連載
〈 この連載・企画は… 〉
伝統の技術と美しいデザインによる日本のものづくり。
若手プロダクト作家や地域の産業を支える作り手たちの現場とフィロソフィー。
writer profile
Yuriko Hamano
浜野百合子
ハマノ・ユリコ●埼玉県川越市出身。大学卒業後インテリアデザイン事務所を経て、輸入家具のオンラインビジネスに従事。2011年、デザイン情報メディアの編集長に就任。2015年より、フリーランスでの活動を始め、ものづくりやデザインに関わる企業のWEBディレクション、コンテンツコンサルティング、執筆などを行っています。好きなもの:器・インテリア・チンチラ。
credit
写真提供:アリタセラ
有田焼の産地として知られる佐賀県有田町にある〈アリタセラ/Arita Será〉は、
約2万坪の敷地に日用食器から業務用、美術工芸品まで、
多種多様な陶磁器の専門店が軒を連ねるエリアの総称だ。
かつては〈有田陶磁の里プラザ〉と呼ばれ、
集客に悩んでいた有田焼の商社が集まる卸団地が、
〈アリタセラ/Arita Será〉と改称したことをきっかけに、
今では、「心地よい場所」「また行きたい」と
SNSにもたびたび投稿されるまでに変化を遂げた。
愛される場所へと創生を促す、5年間の歩みを取材した。
毎年ゴールデンウィークに開催される〈有田陶器市〉には、
約120万人の観光客が訪れ賑わいをみせる佐賀県有田町。
しかしながら、それ以外の時期は驚くほど閑散としているのがまちの現状だ。
そんな有田町にとって、2016年は大きな節目となる年だった。
日本で最初の磁器である有田焼が誕生したとされる1616年から
400年を迎える2016年に向け、
佐賀県は〈有田焼創業400年事業〉を立ち上げ、
3か年をかけ17ものプロジェクトが推進されたのだ。
アリタセラ(旧・有田陶磁の里プラザ)も、
有田焼の販売を担ってきた拠点という位置づけから、さらなる産業基盤整備が求められ、
外部のクリエイターやシェフなど食と器文化に関わる専門家や、
広く観光客までを迎え入れられる滞在型の交流および情報発信を強化するべく、
敷地内の空き店舗を活用し、レストランを併設した宿泊施設を開業することが決まった。
そこで事業化推進とプロモーションの依頼を受けたのが、
有田焼創業400年事業の一環で招聘された、
クリエイティブディレクターの浜野貴晴さんだ。
事業主となる有田焼卸団地協同組合から、はじめに相談された内容は、
「何かSNSを使ったPRができないか?」というものだったという。
「SNSを使えば、来場者が勝手に発信してくれるのでは」という発想の組合幹部に、
浜野さんは問いかける。
「厳しいことを言うようですが、今、この場所に、
発信したくなるようなどんな魅力があると思いますか?」
組合事業なので、各店舗の運営に口を出すことはできないが、
当時はショーウィンドウや店先など管理の行き届かないケースも散見された。
さらにヒアリングを進めると、この場所に店を構えている組合員たちの悩みと、
ネガティヴな思いが見えてきたという。
「話を聞いていてびっくりしました。
『この場所をどのように活用していったらいいかわからない』
『〈有田陶磁の里プラザ〉という名称が好きではないので誰も使わない』
という声もあったのです」
当事者たる自分たちが悩み、不満を感じている場所で、
来場者が楽しめるはずがない。
「もっと魅力的な場所に、自分たちの手で変えていかなければ!」と
浜野さんの発案で立ち上げられたのが、
〈魅力創出プロジェクト〉だ。2017年10月のことである。
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魅力創出プロジェクトを立ち上げてからの展開はめまぐるしいものだった。
新しくできるレストランを併設した
ホテル(のちに〈arita huis/アリタハウス〉と命名)は、
年度末の2018年3月までに竣工して4月に開業というスケジュールが決まっていた。
あと3か月もないという2017年末のプロジェクトミーティングで、
にわかに湧き上がったのが
「新しい施設ができるのに、〈有田陶磁の里プラザ〉では格好がつかない」
「名称を変えたい!」という要望だった。
時間もないし、新しい名前の候補があるわけでもない。
どうすれば効果的に実現できるか? と考えた末に浜野さんが提案したのが、
「名称を決めるということ自体をイベント化して、プロモーションにする」企画だった。
すぐに募集要項をつくり、名称の公募が始まった。
この場所が変化を始める最初のできごとである。
2018年1月から2月にかけてインターネット上で公募を行い、
新名称を〈アリタセラ/Arita Será〉と決定。4月1日に改称した。
まずは4月18日の〈arita huis〉開業お披露目に間に合うよう、
新名称の看板やパンフレット、ホームページ、SNSのアカウントなどの
体裁を整える作業に追われたという。
「怒涛のような3か月でしたが、ここからが地道な努力の始まりです。
名称を変えただけで、自然と意識が変わるわけではないので、
アリタセラという名にふさわしい魅力的な集客企画を立案し実行、
その結果を分析して、次の企画に生かすよう提案しています。
また、これまで統一感のなかったプロモーションツールなどを改善し、
SNSの運用にも力をいれていきました」
改称1周年を迎えた2019年4月には、
イベント情報や店舗案内などを紹介する新たなプロモーションツールとして
フリーニュースペーパー〈Arita Será TIMES〉を創刊した。
それまで年間に行う数多くのイベントごとにその都度作成していたチラシ類を整理し、
年4回発行の季刊紙として内容を集約。
アリタセラ内の各店舗、近隣のホテル、観光施設などで配布するほか、
九州北部の都市圏へも新聞折り込みを行い、アリタセラの情報を届けている。
また、インスタグラムを使った観光情報検索が増えていることから、
各社への運用指導も実施した。
「2018年当時、自社アカウントを持っていない店がほとんどでしたが、
今ではほぼすべての店がアカウントを持ち、自発的に運用できるようになりました。
アリタセラの公式インスタグラムアカウント「@arita.sera」では、
各社の投稿からさらにセレクトしてシェアすることで、
アリタセラとしての魅力と統一感を出せるよう工夫しています」
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魅力創出プロジェクトで、浜野さんが特に力をいれている施策のひとつに、
〈茶わん供養〉がある。
「アリタセラの南館には、焼きものの神様として親しまれる
〈陶山神社〉の分霊を祀る御神体〈茶わん神輿〉があり、毎年11月後半に、
秋のイベントとして〈茶わん供養 有田のちゃわん祭り〉を開催しています。
欠けたり割れたり、役目を終えた愛用の茶わんをご持参いただき、
陶山神社の宮司に供養をしていただくのですが、
実際に器をお持ちにならなくても、茶わん神輿にお参りして、
茶わんの形をした絵馬に焼きものへの感謝の気持ち書いて納められるように
設えを一新しました」
五色幕を背景に、しめ縄、鈴緒、賽銭箱を配し、
以前よりも御神体らしさが増した茶わん神輿にお参りする来場者の姿も多く、
「絵馬の奉納も想像以上」とのこと。
茶わん供養の一環として、2021年より新たに取り組んでいるのが
〈べんじゃらプロジェクト〉だ。
アリタセラの敷地内は豊かな緑が魅力的だが、その植栽の足元に、
ときどき陽光に反射する白いものが敷き詰められていることに気がつくだろう。
「茶わん供養は、今年40回目を迎える歴史ある神事です。
これまで納めていただいた茶わんは、
供養が終わったら産業廃棄物として処理してきました。
これらを廃棄するのではなく、アップサイクルできないかと考え、
供養後の茶わんなどをチップ状に粉砕したものが〈べんじゃら〉です。
アリタセラの植栽のグランドカバー材に利用し、
有田焼産地らしい景観の創出を試みています」
「ここは、焼きものを買いに来るだけの場所ではなく、
焼きものに愛着をもち、感謝の気持ちを育む場所を目指し、
商社ならではの発想で長らく運営されてきました。
その象徴たる茶わん供養を、もっと社会に伝えていくべき」と、浜野さんは意欲を語る。
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来場者の印象に残る店舗リニューアルや新オープンが続いていることも、
イメージアップに一役かっているといえるだろう。
有田焼創業400年を見据え、いち早く2016年にリニューアルした〈KIHARA〉に続き、
世界各国のデザイナー16組と有田の窯元・商社16社の協働による
有田焼の新ブランド〈2016/ 〉がカフェを併設した旗艦店をオープン。
2018年には有田焼の器と食を楽しむレストラン&ホテル〈arita huis〉が開業。
2020年には〈百田陶園〉が、
オリジナルブランド〈1616 / arita japan〉に特化したショールームとして
リニューアルオープンし話題を集めた。
2022年12月には〈まるぶん〉が、
ベーカリーカフェを併設したショップとしてリニューアルオープン予定。
来春には〈山忠〉も改装を予定しているという。
数多くの商品を並べ、お客様に選んでいただくこれまでの受動的な販売から、
現代のライフスタイルに合わせた使い方提案や、
カフェなどで実際に体験いただく
能動的なプレゼンテーションにシフトする店が増えてきたのも特徴的だ。
22店舗からなるアリタセラにおいて、ここ数年続くリニューアルラッシュ。
新たな相乗効果が生まれることを期待したい。
アリタセラへと名称を変える前は年配の方が多かった来場者の属性も、
ファミリー層や若者同士などの比率が増えたという。
アリタセラのメインストリートを背景に記念撮影をしたり、
旅の思い出として「アリタセラで買いました」と
器の写真がSNSで発信される機会も多くなった。
「アリタセラという呼び名がすっかり定着しましたよね」
「#アリタセラ とハッシュタグをつけたSNS投稿を見つけるとうれしくなります」
「小さいお子さんをつれたお客様など、若い方が増えているのを感じます」
各店舗のスタッフからも、近年の変化を好ましく感じている声が聞こえてくる。
「〈有田陶磁の里プラザ〉という名称に馴染めず、
自分たちの居場所をダンチ(有田焼卸団地の略称)と
少しネガティヴに呼んでいたのが嘘のよう。
愛着をもって、セラ(アリタセラの略らしい)と呼ぶのを聞くたびに、
プロジェクトの成果が少しずつでも実っていることを感じます」と浜野さん。
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年間を通してイベントを企画し、来場者に楽しんでもらえるよう
試行錯誤を続ける魅力創出プロジェクトにおいて、
各社の次期後継者など若い世代がUターンし、
アリタセラの企画に参加を始めたことも、場に影響を与えているのではないか。
「有田陶器市やちゃわん祭り以外でも
『アリタセラに行きたい』と思えるようなイベントを開催して、
アリタセラから有田のまちを盛り上げよう! と皆でよく話します」
そう語るのは、百田陶園の百田大成さん。
家業である〈1616 / arita japan〉ショールームの運営を担いながら組合青年部にも所属。
最年少ながら新たなイベント企画も提案する。
青年部メンバーとともに初めて企画に参加したのが、
一夜限りの屋外レストランイベント〈ダイニングバル〉だった。
「たくさんのお客さまに参加いただき盛り上がったのですが、
夜にイベントを開催しても、
アリタセラの店舗は閉店していて販売促進につながらないと反省しました。
それでも、焼きものとは異なる業界とコラボレーションすることで、
客層を広げる可能性があると手応えを感じています」
その後も、人気のパン屋さんを集めた〈パンマルシェ〉、
糸島野菜の〈ファーマーズマーケット〉、
キッチンカーによる食を楽しむイベントなどの企画を続け、
新たな来場者の獲得を模索している。
名称を変え、場のイメージが洗練されたことで、来場者が変わってきた。
好循環が生まれたことで、現場のモチベーションも自然と上がっているのだろう。
おもてなしの心が向上し、商品の陳列などディスプレイにも力が入る。
ショーウィンドウの見せ方や、開店前の掃除、店先の草花の手入れにも、
変化が見られるようになった。
まずは、自分たちが、自分たちの居場所を好きになること。
当初掲げた目標の成果を感じる一端だ。
さまざまな立場から集まる同業者の共同体において、
共通意識を持ち実行することの難しさを感じることもあるだろう。
ときに外部ディレクターとしてよそ者の視点で、
ときに気心の知れた内輪のメンバーとして、
アリタセラの誕生とともに歩んできた浜野さんは、
これからのアリタセラについて何を想うのだろうか。
「ここは、陶磁器の商社が集まり、器の魅力を発信する場所です。
旅行客を迎える有田町の産業観光拠点としての役割を担いつつ、
器と親和性の高い「食」を通じて、地域住民にも気軽に楽しんでいただきながら、
器への愛着や、物を大切にする気持ちを醸成することができればと考えています。
さらにはアリタセラ周辺で活動する窯元などのつくり手のみなさんとも連携し、
磁器のものづくりを見学・体験できる産地ならではのクラフトツーリズムへと発展させ、
地域の誇りである有田焼の魅力を、
もっといろいろなかたちで伝えていきたいですね」
アリタセラの魅力創出から、
有田焼の魅力発信へと広がるさらなる取り組みに期待が高まる。
information
Arita Será
アリタセラ
住所:佐賀県西松浦郡有田町赤坂丙2351番地169
TEL:0955-43-2288
営業時間:10:00〜17:00(一部店舗により異なります)
Web:アリタセラ
Instagram:@arita.sera
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