下田〈soul bar 土佐屋〉
ソウルレジェンドが足しげく通う、
こってり濃くて、イカすソウルバー

音楽好きコロンボとカルロスが
リスニングバーを探す巡礼の旅、次なるディストネーションは
静岡県下田市。

吉田松陰ゆかりの1854年建造の蔵がアジト

コロンボ(以下コロ)名前: 夏の終わりはやっぱり伊豆・下田だよ。
ビーチもきれいで、おセンチな気分になっちゃいます。

カルロス(以下カル): 下田といえば、
なんたってサザンの「唐人物語(ラシャメンのうた)」。春の歌だけど。

コロ: 原坊の泡沫感たっぷりのヴォーカルがたまらんね。

カル: 今回はソウルバーだって?

コロ: そう、〈soul bar 土佐屋〉。
「唐人物語」の歌詞にある、了仙寺すぐそば、ペリー通り沿い。
1854年建造で江戸時代からあるなまこ壁の蔵を使ったイカしたソウルバーなんだ。
ソウル関係はどうなの?

カル: ブラックミュージックって流れで、普通に聴いてたって感じかな。
スティービー・ワンダーをソウルというなら、
「Don’t You Worry ‘bout a Thing」はテープが伸びるほど聴いたなー。

コロ: テープが伸びるほどか、世代だね。レコードの溝が擦り減るじゃないんだ。

カル: MUROさんのミックステープシリーズ『Diggin’ Ice』世代なもんで。
シェリル・リンとかダンスクラシックも好きでした。

コロ: ダンクラね。〈土佐屋〉のマスターの斉藤さんももちろん好きだけど。
人の店でかけてもらうのが、一番いいってさ(笑)。

カル: マーヴィン・ゲイの『What’s Going on』のレコードなんて、本当に擦り減って、
「What’s Going on」のところだけ落ちちゃったらしいじゃない。

コロ: 今のレコードで5枚目だって。斉藤さんは東京の出身。
新宿で〈綺麗〉という店を始めて、
六本木、両国で〈フィラデルフィア・モーター・タウン〉とやって、
ここ下田に来て15年。
ソウルシーンではかれこれ40年、こってりと濃い人脈の持ち主だよ。

カル: 赤坂ムゲンのマイク鈴木さんやテリー大野さんとかのレジェンドが
回しに来たりするんでしょう? ゴージャスだなー。

コロ: 錚々たるDJが集まるみたいよ。斉藤さん自身は自称「踊らせないDJ」らしいけどね。

カル: 「踊らせないDJ」、いまや世界のトレンドらしいよ。
リスニングバーが世界中で流行っているけど、
今年ニューヨークで〈イーブスドロップ〉をオープンさせたダン・ウィッシンジャーさんは
日本のジャズ喫茶の存在を知って、
「客を踊らせるんじゃなくて、聴かせようとするのが新鮮で、
音楽とレコードへの敬意を感じた」と。
読売新聞にそんな記事が出ていた。
リスニングバーはマインドフルネスだとも。

【へラルボニー・松田崇弥・文登×
スノーピーク・山井梨沙】(後編)
自然とアートは似ているのか?

連載5回目となる今回は、
岩手と東京の二拠点で「異彩を、放て」というミッションのもと、
新たな文化をつくりだす福祉実験ユニット「ヘラルボニー」代表の
松田崇弥&松田文登さんにお話を伺った。
前編では、へラルボニーの活動内容の原点、
「障害者」や「障害」の現状やその言葉に対して思うことなどを語った。
今回は後編をお届けする。
(※前編「『違うからこそおもしろい』アートで『障害』の概念を変えていく」はこちら

自然とアート

山井梨沙(以下、山井): もともと個人的にアートが好きで、
今は『さどの島銀河芸術祭』も仕事で関わらせてもらっていますが、
自然とアートってものすごく近い存在だと思うんです。
もちろん、どちらも価格というかたちでその価値が決められてしまう面もありますけど、
本来アートは生活の延長線上にあるもの。
それって自然のフィールドとすごく近いですよね。
スノーピークは自然と共に楽しむことをビジネスとして展開しています。
自然は誰のものでもないし、誰がどう楽しもうがその人次第。
だからこそ純粋な信頼関係ができる。
アートにもそんな部分があって、
作品を前にしたら社会的地位とか関係ないじゃないですか。

以前、スノーピークで社員とその家族でキャンプをする
「スノーピーク・ファミリー・ウェイ」というイベントを企画しました。
検品や製造の補助をする〈スノーピークウェル〉という子会社では、
障害のある方の就労支援をしているんですけど、
彼らにも一緒にキャンプを体験して欲しくて。
スノーピークウェルのスタッフのなかには
初めてキャンプをするという人もいたのですが、とても楽しんでくれました。
普段あまりコミュニケーションをとるきっかけがない人たちばかりだったので、
キャンプを通じてひとりの人間として関わることができて、
私もすごく楽しかったんです。
アートにもその感覚に通じる部分を感じていて、
作品を通してコミュニケーションをとるということは、
お互いにとても自然なことだと思うんです。

(写真提供:さどの島銀河芸術祭)

(写真提供:さどの島銀河芸術祭)

松田文登(以下、文登): 自然とアートが似ているって、おもしろいですね!
確かに、なんでだろう。
そんなに詳しいわけじゃないんですけど、
『どうぶつの森』というゲームのコンセプトも
「なんにもないけど、なんでもできる」って感じですよね、確か。
梨紗さんの「自然は誰のものでもない」という発言を聞いて、
何もないと思うか、それとも何でもできると思うかっていうその感じは、
確かにアートも同じだと思う。
価値づけというよりは、人それぞれ価値観が違うっていう意味で
共通点があるのかなと思いながら聞いていました。

松田崇弥(以下、崇弥): 私たちのパートナーである
知的障害のあるアーティストのなかには、
自分の作品をアートとすら思っていない人も多いと思います。
特に重度の人たちは。
点を打ち続けることが好きだとか、円を描き続けることが好きという方が多くて、
こちらでおこがましくもアートと定義させていただいているんです。
ただしその作品が売れないと、その好きな行為を辞めさせて、
コーヒーのパック詰めの作業を勧めることにもなりかねない。
私たちは、好きな行為を続けることを肯定していきたいと思っています。

文登: それが喜びにつながるのであればね。

崇弥: これは『let it be』という作品なんですけど、
作品が結構有名になったおかげで
オノヨーコさんが実際会いにいらっしゃることになったんですよ。
そのときに、作者の小林 覚さんは
オノヨーコさんと会ってもまったく喜ばなかったそうなんです。
『Let it be』という曲が好きなのであって、オノヨーコが好きなわけではないから。
もし私だったら、
無理矢理でも「来てくれてありがとうございました」と言ってしまうと思いますね。
当時、周りにいた人たちは滅茶苦茶焦ったらしいです(笑)。

(写真提供:HERALBONY)

(写真提供:HERALBONY)

【へラルボニー・松田崇弥・文登×
スノーピーク・山井梨沙】(前編)
「違うからこそおもしろい」
アートで「障害」の概念を変えていく

連載4回目となる今回は、
岩手と東京の二拠点で「異彩を、放て。」というミッションのもと、
福祉を起点に新たな文化をつくりだす福祉実験ユニット〈ヘラルボニー〉代表の
松田崇弥さん&松田文登さんにお話を伺った。
前後編の2回に分けた前編をお届けする。
(※後編「自然とアートは似ているのか?」はこちら

 

「障害」の概念やイメージを変えていく

 

山井梨沙(以下、山井): おふたりとお会いするのはこれが初めてですが、
実は結構同じシンポジウムなどにゲストやパネラーとして呼ばれることも多いんですよね。
やっとお会いできてうれしいです。

松田崇弥&松田文登(以下、崇弥、文登): こちらこそ書籍も読ませて頂いたりしていて、
ずっとお会いしたかったので、今回の対談をとても楽しみにしていました。

山井: まずはヘラルボニーさんの活動について、改めてお話を伺えますか?

文登: 簡単に説明しますと、障害のある方のアートデータを管理し、
それを軸にさまざまなモノやコト、場所に落とし込むような事業を中心に展開しています。
そのデータを使用したプロジェクトの利益の一部を
福祉施設さんに直接バックしていくようなモデルをつくり、
現在は北海道から沖縄まで、
全国37の社会福祉施設や個人の作家とアートのライセンス契約を結んでいます。
「障害」を話題にすると途端に重苦しい話になりがちですけど、
障害の有無に関わらず、ひとりひとりが本当の意味で尊重される、
そういう風に社会の意識を変えていけるような活動をしています。

世界中にいわゆる「障害者」が10億人、日本だと936万人が障害者手帳を持っていて、
そのうち知的障害の方は109万人ほどいらっしゃるんです。
障害のある方は福祉施設でいわゆる受産品と呼ばれるような
クラフトや食品などをつくっている方が多くて、
もちろん絵を描いている方もいらっしゃるのですが、月額の平均賃金は16000円くらい。
一概には言えないですが、やっぱりそれは妥当な額ではないと思うし、
僕たちの活動によって、まずは一緒に仕事をしているアーティストから
そういったところを根本的に変えていけたらと思っています。

 

 

崇弥: 僕たちは岩手県出身。
岩手県花巻市にある福祉施設〈るんびにい美術館〉をきっかけに会社が始まったこともあり、
自分たちのアイデンティティやスタンスを忘れたくないという気持ちが強くて、
本社は岩手県に置き、東京との二拠点で会社を運営しています。
今では、全国のギャラリーで「障害者アート」の展示がされるようになってきましたけど、
アートに興味のない人にも観てもらえるように、
例えば駅舎や電車ごとラッピングしたり、工事現場の仮囲いにアートを掲示するなど、
パブリックな場所にアートを落とし込んでいくことで、
障害の概念やイメージが変わっていけばいいなと思っています。

あとは自社ブランドとして〈HERALBONY〉という
アートライフスタイルブランドを展開しています。
支援や貢献の文脈ではなくて、デザインが好きだからとか、
直感的に欲しいから買うという行動につながるように、商品の品質にもこだわり、
百貨店を中心にポップアップショップで販売しています。
あとは地ビールのメーカーや食品会社など、
さまざまな企業とコラボレーションもさせていただいています。
作家さんたちによりお金の流れを生んでいけるような仕組みをもっと広げていきたいですね。

 

今年プロデュースした〈ハイアット セントリック 銀座 東京〉というホテルの客室。(写真提供:HERALBONY)

今年プロデュースした〈ハイアット セントリック 銀座 東京〉というホテルの客室。(写真提供:HERALBONY)

釜石線のアートラッピング車両。(写真提供:HERALBONY)

釜石線のアートラッピング車両。(写真提供:HERALBONY)

パピエラボ・江藤公昭の旅コラム
「必ず“収穫”がある。
3度目の〈板室温泉 大黒屋〉」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第28回は、パピエラボ代表の江藤公昭さんによる
那須の山奥にある旅館〈板室温泉 大黒屋〉を訪れた話。
当初の目的は現代美術家・菅木志雄の作品の鑑賞でしたが、
通ううちに、違う魅力や「収穫」もあったようです。

かつて旅とは仕事であった

国内で旅した履歴を思い返せる限り思い返してみると、
自ら国内旅行のプランを立てたことがほとんどない。
ひとりでの地方出張は可能なら日帰りにするし、
出かけたところで目的以外にまちをぶらぶらすることもほぼない。

写真を見返してみても、旅先の記録はほとんどなく、
かろうじて撮っているものといえば仕事の素材になりそうなものばかりで、
食べ物もまちの様子もきれいな景色も写っていない。

仕事を始めてから特に20代の頃は、
「出かける=店のための仕入れをする」というのが常だったこともあり、
何も収穫なく帰ることに対して罪悪感を感じていたのを引きずっているのか、
見たいものや欲しいものがそこにあって、それを見聞きしたり手に入れたり、
何かしらの収穫を得られるという確信がない限り、重い腰はなかなか上がらない。

とはいえ、気心知れた人と会ったり、車窓の景色の変化を眺めたり、
おいしいお酒や食を味わったり、
日常ではない環境で過ごしたりするのは楽しいという感覚はある。
それが遠方であれば「旅」なんだとしたら、
旅が嫌いなわけではなく、むしろ旅をしたいのだと思う。
収穫を得なければという強迫観念みたいなものが足かせになってきた。

ところが、期待しなかった収穫を得てばかりの旅先がある。
那須の山の中にある温泉旅館、〈板室温泉 大黒屋〉だ。
これまでに3度泊まった。
最初は数年前、現代美術家の菅 木志雄さんの作品が館内に飾られているというのを聞いて、
そんなに尖がった旅館が那須にあるのかという物珍しさで行ってみることにした。

館内の菅 木志雄作品。

館内の菅 木志雄作品。

ソーラーシェアリング農業で
ぶどう&ブルーベリーづくりに挑む。
「自分でつくること」を楽しむ暮らし

ソーラーシェアリングの農業

特にフルーツの産地というわけではない神奈川県秦野市というエリアで、
ぶどう(シャインマスカット)とブルーベリーを育てている佐藤岳さん・美紗子さん夫妻。
しかも、ふたりとも農業経験がないところからのスタートだった。

農業のなかでもハードルが高いフルーツを選んだ理由を岳さんに尋ねると
「好きだから」と単純明快な答えが返ってくる。
好きなものには、一直線。

佐藤岳さんと美紗子さん、シャインマスカットの下で。

佐藤岳さんと美紗子さん、シャインマスカットの下で。

約1年前からBESSの「G-LOG イスカ」モデルに住んでいる佐藤さん一家。
以前の借家アパートに住んでいたときから、
なんとプランターでブルーベリーを育てていたという。

「ブルーベリーは4年前からつくっています。
当時住んでいた家にちょっとした敷地があって、
そこにたくさんプランターを置いて育てていました。
ご近所さんに売りものと勘違いされるくらい(笑)。
でも、当時は自分で食べたり、ジャムをつくったり、
自分で消費するだけでした」(岳さん)

ブルーベリーは20種類以上の品種を育てている。

ブルーベリーは20種類以上の品種を育てている。

その後、現在の農地を借りる縁を得て、
本格的に生業としてブルーベリーとシャインマスカットの農家を始めることとなる。
農地は約2反(約600坪)。
その半分には屋根を設置して、その下の「棚」でシャインマスカットを育て、
地面でブルーベリーを育てている。
もう半分はなんと、太陽光パネルの下でシャインマスカットを育てている。

ソーラーパネルの下にぶどう棚がある。ほどよく日と雨を遮ってくれる。

ソーラーパネルの下にぶどう棚がある。ほどよく日と雨を遮ってくれる。

最近では、太陽光パネルの下で農作物を育てる
ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)と呼ばれる農業スタイルも増えてきている。

当時、農地を探していた佐藤さん。
その頃からソーラーシェアリングでシャインマスカットを育てることも念頭にあった。
そこに現在の地主さんがソーラーパネルをつけることになり、
その土地を借りることになった。
だから佐藤さんは発電には関与していないが、
実は日光をほどよく遮ることは、シャインマスカットの生育にとって意味がある。

「シャインマスカットのように緑のぶどうは、
あまり陽に当てすぎると日焼けして黄色っぽくなってしまうんです。
巨峰のような赤系ぶどうはどんどん陽に当てても構わないのですが」

背の高い岳さんの身長に合わせた高さになっているが、それでも実がなってくると前屈みに。

背の高い岳さんの身長に合わせた高さになっているが、それでも実がなってくると前屈みに。

シャインマスカットは現在4年目。
木が大人になりきるのに6年くらいかかるようで、
それまでは実をつけ過ぎないないほうがいいという。
人間でいうなれば、まだ完全に体ができていない高校生のようなもの。
“木の体力”と相談しながら育てていかないと、来年以降に実が採れなくなってしまう。
いまの収穫量は約3000房だが、6年目になると2倍近く増えるという。

現在は、まだ規模も小さく、夫婦ふたりのみで作業を行っている。
去年までは収穫量も多くなかったので、家に持ち帰って梱包などをしていた。
それらの資材も家に置いていたという。

しかしそれでは間に合わなくなり、今年になって畑の前に作業・物置小屋を建てた。
BESSの家を建てたときに出た端材を一部利用しているという。
畑自体の柵も前面が木で囲われており、
家も畑も、木を身近に感じる暮らしを楽しんでいるようだ。

BESSの家を建てたときに出た端材を利用した壁面。

BESSの家を建てたときに出た端材を利用した壁面。

まるで南国の踊り!
今でも鹿児島に多く残る
奇抜な装束の奇祭とは?

外から流れてきた文化は、取り入れられ、定着する

今年から僕ら〈BAGN Inc.〉では鹿児島の文化やアートの情報を収集〜発信する施設、
かごしま市文化情報センター(Kagoshima Culture Information Center=KCIC)の
運営を引き受けることになり、新しい活動を始めています。

かごしま文化情報センターは市役所の中にあります。

かごしま文化情報センターは市役所の中にあります。

この施設では「アートマネジメント実践人材育成講座」や、
市民に開かれた文化を学ぶワークショップなども随時開いていきます。
実は県立美術館がひとつもない鹿児島県ですが、
この講座では実際に鹿児島のあちこちで
さまざまなインディペンデントな企画を実践しているプロデューサーを毎回招いて、
半年かけてみんなで新しい企画を立ち上げていこうというもの。

ワークショップでは地域の生活文化にもフォーカスして、
いわゆるアートだけではなく、地域の食文化を子どもたちと一緒に学んだり、
現代の文学の一形態として、
子どもたちが地元で活動しているラッパーからラップを学び、
自己表現するなかで現代の文化に親しむ機会をつくるというような企画も。

センター内ではさまざまな地域内外の文化芸術関連の情報の案内や書籍の閲覧もできます。

センター内ではさまざまな地域内外の文化芸術関連の情報の案内や書籍の閲覧もできます。

この連載では文化の地産地消ということをタイトルに掲げて書き連ねていますが、
そもそも「文化ってなんだろう?」と改めて思うことがあります。

文化とは、ひと言でいうと
「地域社会のなかで共有される固有の考え方や価値基準」のことです。
ですが、今僕らが地域固有のものだと思っているものも、
ルーツを辿ると外から来たものだったということは多々あります。
そういうことに意識的じゃないと、
外来種と知らずに地元固有だと思いこんで地産地消と叫んでいる
というようなことになりかねない。

ただ、同じように外から流れてきても、
地域に根づくものとそうでないものがあって、地域によって大きく違いが生まれる。
なので、地域固有の文化というのは、土地固有のものや風土に加えて、
外からもたらされたものを地域の人がどう受け止め、
自分たちのものとして取り込んだかという受容の仕方のことだとも言えそうです。

人が介在しなければ文化とは呼ばないので、結局のところ地域の文化というのは
「その地域の人々のあり方=人柄」と言えるかもしれません。

県内を巡回する「六月灯」という移動祝祭日も地域に根づいた生活文化のひとつ。

県内を巡回する「六月灯」という移動祝祭日も地域に根づいた生活文化のひとつ。

外から取り入れたのちにガラパゴス化して、
いつの間にか独自の文化になっているものも往々にしてあります。
そんな目でもう一度鹿児島という地域を眺めてみると
ここに残る文化のなかにいろんなものが見えてきます。

〈graf〉服部滋樹が手がける
ローカルのブランディング。
「リサーチ力」が物を言う

つくり方からデザインする

ローカルのものづくりを都心部のデザイナーがお手伝いする。
そんな図式はここ数年で定番化してきた。
そうした活動をもう10年以上前から行ってきたのは、大阪の〈graf〉だ。
プロダクトや家具、グラフィックを中心とするデザイン集団だったgrafのなかで
ローカル活動が増えていくきっかけは、プロダクトのデザイン依頼だった。

「ある東大阪のものづくりの産地から、
“この土地らしいものをつくりたい”という商品のデザイン依頼がありました。
それで現地に行ってみて倉庫を開けてみたら、
90年代に先輩方がデザインしたものが在庫として積み上がっていたんです。
ぜんぜん売れていなかったんですよね」と話す、graf代表の服部滋樹さん。

graf代表の服部滋樹さん。

graf代表の服部滋樹さん。

そうした現状を目の当たりにして、
「ものをつくるだけではなく、つくられる以前からしっかり整えていかないといけない。
そうしないとまた同じようなものばかりできてしまう」と、
“つくり方自体をデザインする”というところから入り込むように心がけた。

2003〜5年あたりは、デザイナーとして産地に行っても、
必ずしも歓迎ムードではなかったという。
しかも上記のようなgraf流のやり方でいると、
半年経っても肝心のデザインそのものが上がってこない、なんてことも。
それで怒られたり、批判されたりもした。
しかし、服部さんは粘り強く、クライアントを説いた。

「例えば、“工場で機械を入れたときに解雇した職人さんはいますか?”と聞くと、
数人いると。
定年した職人さんも含めて、そういう人たちにインタビューしたいと提案するんです。
すると機械生産の前に行われていたこと、先代や先々代の社長が考えていたこと、
その社長たちが実は当時の技術を機械化したかったことなど、
会社の哲学がわかってきます」

服部さんがそこまで遡るのは、
デザインと歴史や風土は、密接に絡み合っていると考えるからだ。

「その土地にあった資源や素材があったから、技術が生まれ、産業になり、
コミュニティができ上がる。
そこまで遡って土地らしさを見出さないと、デザインはできません」

倉庫の中に家を建てた!?
古いものに囲まれる暮らしを
実現した骨董屋〈温古知新〉

硫黄山の麓にある骨董屋〈温古知新〉に惹かれるのは、なぜ?

日本最大の屈斜路カルデラの中にあり、屈斜路湖と摩周湖の中間に位置する活火山。アイヌ語では、「アトサヌプリ(裸の山の意)」と呼ばれる。

日本最大の屈斜路カルデラの中にあり、屈斜路湖と摩周湖の中間に位置する活火山。アイヌ語では、「アトサヌプリ(裸の山の意)」と呼ばれる。

森と湖と火山があるまち、弟子屈には
有名な観光地として、摩周湖と屈斜路湖に加え、硫黄山がある。
毎日噴煙を上げている活火山は、
ネオンイエローの噴気孔を間近で眺めることができる、ダイナミックな場所だ。

明治時代には硫黄の採掘が行われ、輸送のために北海道で2番目に鉄道が敷かれた。その後のJR釧網本線や釧路の繁栄につながったといわれる。

明治時代には硫黄の採掘が行われ、輸送のために北海道で2番目に鉄道が敷かれた。その後のJR釧網本線や釧路の繁栄につながったといわれる。

ここから徒歩で約20分。
車ならほんの数分のところに、週末だけ営業する骨董屋がある。
店の名前は〈温古知新〉。「温故」ではなく、「温古」。
経営者のひとり、池上典古(のりこ)さんの名前に由来する。
「名前に『古』という字を使ってくれた。
親には本当に感謝しています」とうれしそうに話す。

ブロック塀の壁を白くペイントした大きな倉庫の広さは、約180平方メートル。この建物が、〈温古知新〉のショップ兼、池上さんの住居である。

ブロック塀の壁を白くペイントした大きな倉庫の広さは、約180平方メートル。この建物が、〈温古知新〉のショップ兼、池上さんの住居である。

というのも、典古さんは骨董屋の仕事が大好き。
訪ねるたびに、「楽しくてしょうがないの」と言いながら
いきいきと働く姿に、弟子屈町民はたくさんの元気をもらっている。
「古いものを当たり前に使っていた家に育ったので、
大人になっても古道具に囲まれた生活がしたい、
これが私の夢だったんです」

昭和5年に開業した川湯温泉駅(当時は川湯駅)は、赤い三角屋根のノスタルジックな建物。天皇陛下のための貴賓室も残されている。

昭和5年に開業した川湯温泉駅(当時は川湯駅)は、赤い三角屋根のノスタルジックな建物。天皇陛下のための貴賓室も残されている。

大阪出身の典古さんは、23歳のとき
硫黄山の麓のまち、弟子屈町川湯にやって来た。
1990年代、日本全国を巡りながら、
行く先々で働いて、お金を貯めては次の目的地へ。
そんな旅人になろうと、まずは北海道を目指したのだそう。

「当時好きでたまらなかった真っ赤なランクルを買って、
実家の駐車場に停めて眺めながら、毎日教習所に通ったの。
いま考えると、すごいよね。免許取る前に、車を買っちゃった(笑)」

釧路から網走まで。道東エリアを南北に走る、JR釧網本線は路線距離約166キロ。弟子屈町内の川湯温泉駅は、そのほぼ中間にある。

釧路から網走まで。道東エリアを南北に走る、JR釧網本線は路線距離約166キロ。弟子屈町内の川湯温泉駅は、そのほぼ中間にある。

知人の紹介で住み込みのアルバイトを始めたのが、
川湯のクリスチャンセンターだった。

「夏休みになると都会の小学生がやって来て、2週間のキャンプ生活。
釣りをしたり、硫黄山に登ったり。そのお手伝いが楽しくて……」

旅のスタート地点だったはずなのに、すっかり定住してしまった。
4月に免許を取って、6月からアルバイトを始めて、
12月には結納(!)を交わしていたというから驚き!!

釧網本線に沿うように走る国道391号線から駅に向かう道に入ると、温古知新の看板が立っている。駅前にはほかに、ケーキ屋、雑貨店、酒屋が並ぶ。

釧網本線に沿うように走る国道391号線から駅に向かう道に入ると、温古知新の看板が立っている。駅前にはほかに、ケーキ屋、雑貨店、酒屋が並ぶ。

典古さんを川湯に留まらせたのは
もちろんご主人の忠昭さんの功績だけど、川湯の力も大きかった。

「本州とは何もかもが違う。車で走っても気持ちがいいし、
星空はすごくきれいだし、見るものすべてに感動していた。
こんな場所で生活できるなんて、本当に幸せ」

その思いは、30年近く経ったいまも変わらない。

富山〈ハナミズキノヘヤ〉
名機「エベレスト」で聴く、
デザイン好き店主のミュージックバー

〈JBL〉のエベレストで聴く雄大な音

音楽好きコロンボとカルロスがリスニングバーを探す巡礼の旅、
次なるディストネーションは富山県富山市。

コロンボ(以下、コロ): 前回の目的地、金沢から新幹線で2駅、
富山の〈ハナミズキノヘヤ〉に。新幹線ができてずいぶんと近くなったよね。

カルロス(以下、カル): 在来線だと金沢から1時間はかかったから、
かなり身近になった気がするよね。ここ富山は素朴でとっても風情があるんだ。

コロ: そう。なんだかのんびりする。好きだなー、富山。

カル: こと音楽となると、富山の人はオタク気質の人が多いみたいだよ。
古くからあるジャズバーはもちろんだけど、
ブラジルやアルゼンチンのレコードばかりを集めたレコ屋、
〈ボン・ディスコス〉があったりと。

コロ: 〈ハナミズキノヘヤ〉は一青窈と関係あるの?

カル: お店のビルが空を押し上げているけど、関係はまったくない。
店の前の道がハナミズキ通りというので、そこから命名したんだって。

コロ: 築50年というビルがほどよくやれてて、いい感じだよね。

カル: 壁面のグラフィティとアイビーのコントラストはあまく危険な香りがするよね。
お店は1階なんだけど、3階にはたばこの煙に燻されたイベントスペースがあったりと、
怪しいナイトライフの匂いが満々なんだ。

コロ: とはいえ、入ったときにかかっていたレコードは夏っぽくて、最高だったな。
ジョン・ルシアンの「クエンダ」。

カル: 波の音からスキャットへとつながる、イカしたラテンサウンド。
センスのいいセレクトだよね。店主の水原憲人さんのヘビーローテーションなんだって。

コロ: レコードで聴くのは初めてだな。
まさか〈JBL〉の「エベレスト」でこの曲が鳴っているとはね。

カル: JBLのフラッグシップモデルと言ってもいい、このスピーカーは、
幅1メートル、高さ1.4メートルと超大型。
JBLといえば、「パラゴン」もすごいけど、こいつはまさに威風堂々な存在感を発している感じ。

コロ: 巨大スピーカーならではの雄大さがあって、
音を鳴らすというより空気を鳴らす、エベレストの名に恥じない振る舞いなんだ。
一度は聴いてみる価値のある音だと思う。

圧倒的存在感で店内奥にどかりと君臨する〈JBL〉のフラッグシップ・スピーカー〈エベレスト〉。

圧倒的存在感で店内奥にどかりと君臨する〈JBL〉のフラッグシップ・スピーカー〈エベレスト〉。

カル: 2011年に〈ハナミズキノヘヤ〉を開いた店主のお父さんが、大病した際に、
生きているうちにもっといい音で聴きたいと買ったものなんだって。
幸い回復して、今はとっても元気でちょくちょくお店に顔を出しているそう。

コロ: お父さんの嗜好はジャズ?

カル: そうみたい。お父さんいわく、
〈エベレスト〉はジャズをかけると音のグルーブが違うそう。
お気に入りのレコードは『DUKE ELLINTON & JOHN COLTRANE』だってさ。

創業者である父、水原健造さんの永遠の1枚、『DUKE ELLINGTON & JOHN COLTRANE』。

創業者である父、水原健造さんの永遠の1枚、『DUKE ELLINGTON & JOHN COLTRANE』。

コロ: エベレストの前の「いつもの席」に座って聞いているんだってね。

カル: ボクが行ったときは、好きな曲がかかると、
お父さんががっつりボリュームを上げて、
それに気づいた息子の憲人さんがこっそり下げるという小競り合いを
10回以上は繰り返していたかな(笑)。
77歳だけど、キャラが強くて、いわゆる昭和の豪傑オヤジって感じ。

コロ: ローリングストーンズをリクエストした常連と、
本気でケンカしていたらしいじゃない。ストーンズが嫌いなの?

カル: いや、音楽を愛し過ぎるが故のバトルのようだったね。
そんなやりとりも、ある意味お店の名物らしい(笑)。

コロ: お父さんは昭和だけど、お店は渋いバーというより、
もっと洗練されたカフェバーって感じ。

カル: ナチュラルワインをはじめ、いろいろなお酒を楽しめるから、
カップルも多いみたい。なんたって空間演出が行き届いている。

床のテラゾー仕上げ、そして堅牢な柱とワーグナーの建築デザインをイメージしたインテリア。

床のテラゾー仕上げ、そして堅牢な柱とワーグナーの建築デザインをイメージしたインテリア。

長野県・佐久穂町
一棟貸し切り宿〈山村テラス〉で過ごす
美しいひととき

セルフビルドの隠れ小屋

長野県南佐久郡佐久穂町。
軽井沢から近く、特にコロナ後は移住者や県外からの視線を集めているが、
このまちにはそれよりずっと以前から、国内外の旅行者が頻繁に訪れる、
1棟貸し切りの宿がある。
手がけたのは、〈山村テラス〉の岩下大悟さんだ。

〈月夜の蚕小屋〉。かつての養蚕の場所はシンプルで美しい寝室に改装。

〈月夜の蚕小屋〉。かつての養蚕の場所はシンプルで美しい寝室に改装。

森に続く丘の上にある12畳の小さな小屋、〈山村テラス〉。
築70年の蚕小屋を改装した〈月夜の蚕小屋〉。
北八ヶ岳山麓の別荘地を改装した〈ヨクサルの小屋〉。
訪れた人は、その美しさに目を見張るだろう。
しかもこれらは岩下さんたちのセルフビルド、さらに完全に独学だというから驚きだ。

いずれも空間は小さいが、外装も内装も家具も食器も、
あらゆるところに丁寧な目配りがされている。
丸みのある、どこかかわいらしくもある空間に、質感のあるあたたかで親密な雰囲気。
仕事場にするよりも、ここでただ時間を過ごすことを味わいたい、
叶うものなら、ここでずっと暮らしていたい……
山村テラスの空間には来訪者の心をつかんで離さない魅力がある。

〈木馬のワルツ〉。奥の部屋との壁を抜く際、筋交いを避けるため曲線状にした。

〈木馬のワルツ〉。奥の部屋との壁を抜く際、筋交いを避けるため曲線状にした。

岩下さんは2021年、4軒目の宿泊施設となる〈木馬のワルツ〉を、
佐久穂町が隣接する佐久市の望月という地域にオープンした。
もともとはすぐ近くにある馬事公苑の馬の調教師の宿舎だったが、
約10年使用されておらず、建物を所有する佐久市の観光政策のひとつとして、
市の振興公社から管理運営を委託されるかたちで、岩下さんたちが手がけることになった。
望月という地名が由来する満月、
この地が平安時代から朝廷へ献上する名馬の産地だったという郷土史に想を得て、
「月と馬」を空間のテーマにしたという。

木馬のワルツ。玄関をはじめ、室内には馬蹄のシルエットがアクセントに。

木馬のワルツ。玄関をはじめ、室内には馬蹄のシルエットがアクセントに。

「そういう歴史や文化はヒントにします。
『この場所だったから、この空間になった』というのがベストですね」と岩下さん。
ところが意外にも、「ものづくりはそんなに向いてないと思います」と言う。
東京に工房を構える兄弟の仕事と比べると、
「プロの職人になれなかった劣等感があるからこそ、手を動かして、試行錯誤して、
結果として山村テラスっぽい空間が仕上がっているんだと思います」

プラントハンター・西畠清順の旅コラム
「フェニックス・ロベレニーと
最高の波が待つ八丈島へ、再び」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第27回は、“プラントハンター”西畠清順さんによる
八丈島のワーク&サーフトリップ。
八丈島で待っているのは“難しい”買い付けと、格別の波。
雄大な自然に身を投じていると、
次なるステップに進むアイデアも生まれてくるようです。

八丈島の「フェニックス・ロベレニー」産業

実は八丈島の花卉(かき)園芸(観賞用植物の産業)の産地としての歴史は意外に古く、
東京都でありながら温暖な気候に恵まれた環境を生かし、
第二次世界大戦以降に観葉植物の生産農家が増えた。

島内の農業生産額20億円(だいたい)のうち、15億円(だいたい)が花卉園芸の生産であり、
そのうちフェニックス・ロベレニーというヤシ1品種で10億円(だいたい)を稼ぐという、
ずいぶんと特殊なセグメントだ。

フェニックス・ロベレニーは業者間で通称・ロベと呼ばれ、
それに関しては全国のトップの産地となるほど有名だ。
あ、いや、やっぱ有名ではない。
八丈島産ロベの鉢物は日本全国のそこら辺の喫茶店や駅など、
あまりにもどこでも目にするし、
切り葉は知らず知らずのうちに花屋さんのブーケやアレンジなどに紛れていたり
私たちの生活の日常に浸透しすぎていて気づかないほどだからだ。

八丈島のフェニックス・ロベレニー。

八丈島のフェニックス・ロベレニー。

そんな八丈島は、ロべ以外にも多少いろいろな品種の観葉植物の産地でもあるので、
都内の園芸屋さん、グリーン屋さんにとって身近な産地であり、
例えばここ10年くらいで植物業をやり始めた人が
海外での買いつけなら、まずはタイ旅行に行ってバイヤー気分で園芸屋を回るのが
テッパン初心者コースであるのと同じように、
国内の離島での観葉植物の買いつけといえばまずは八丈島から、
といったニュアンスは若干あるような気がする。

ただし、八丈島の特殊なところは、近年植物の商いをやり始めたバイヤーでも、
おれのようなド業者の大卸屋でもあまり関係なしに、
隙あらば高い値段をふっかけてくるところだ(爆)。

例えば、農家と一度金額を合意して発注してから
「やっぱり荷造りが大変だから金額を上げたい」などと
あとで悪気なく平気で言われて空いた口が塞がらない……的な経験は一度や二度ではない。
しかも八丈島の観葉植物の産地での相場はとんでもなく値上がりしており、
設定する売価の目安が仕入れ値の2.5倍といわれる小売り屋ならまだしも、
利益3割ベースといわれる問屋業界には八丈島での仕入れは割にあわない。

廃校を再生し〈SAKIA〉へ。
淡路島に
「住みたくなるまち」をつくる

地方創再生プロジェクト「Frogs FARM ATMOSPHERE」とは?

淡路島の西海岸に、人の流れが生まれている。
〈GARB COSTA ORANGE〉というレストランがオープンし、
「ガーブコスタオレンジ前」というバス停もできた。
周辺には〈KAMOME SLOW HOTEL〉〈LONG〉〈中華そば いのうえ〉
〈しまのねこ〉〈酒場ニューライト〉など、飲食店やホテルが続々とオープン。
関西や徳島などからも客が訪れるエリアになっている。

これらを仕かけているのが、全国に飲食店などを展開する〈バルニバービ〉だ。

そしてバルニバービのあらたな事業として、
廃校をリノベーションした複合スペース〈SAKIA〉が生まれた。
飲食店のほか、こども図書館、コワーキングスペースを備え、
施設内の至るところに現代アートが飾られている。

SAKIAの入り口からは、元小学校だったことがわかる。

SAKIAの入り口からは、元小学校だったことがわかる。

これらはすべて徒歩圏内にあり、さながら新しいまちができあがったようだ。

バルニバービが、「Frogs FARM ATMOSPHERE」という
地方創再生プロジェクトをはじめ、
淡路島の西浦エリアで活動している理由を、佐藤裕久会長に聞いた。

バルニバービの佐藤裕久会長。教室の面影が残る会議室から。

バルニバービの佐藤裕久会長。教室の面影が残る会議室から。

〈ぢぢカヌー〉祖父江健一さんと、
別世界のような
釧路川源流域の川下りへ

屈斜路湖畔で異彩を放つ〈ぢぢカヌー〉とは?

第1回の自然ガイド、片瀬志誠さんに続き、
今回はカヌーガイドの祖父江健一さんに、
日本最大のカルデラ湖、屈斜路湖から
釧路川の源流を案内してもらった。

湖畔の道を車で走っていると、目に飛び込んでくる看板がある。
〈ぢぢ〉。
手づくりの木工にペンキの塗装。かなりいい味を出している。

「祖父江」の最初の2文字からついたあだ名が「じじ」。が、なかには「じじぃ」と呼ぶ人もいて、屋号を決めるときに「ぢぢ」にした。

「祖父江」の最初の2文字からついたあだ名が「じじ」。が、なかには「じじぃ」と呼ぶ人もいて、屋号を決めるときに「ぢぢ」にした。

ここは、カヌーガイドと喫茶の店。
いまから1年前、私が弟子屈に移住したばかりの頃、
カヌーはまちを代表するアクティビティだと知って、
初めて「釧路川源流ツアー」を体験した。
そのとき案内してくれたのが、「ぢぢ」こと祖父江健一さん。

カヌーツアーの集合場所であり、おいしいピザとコーヒーが味わえる喫茶店(不定休)でもある。古民家を自分たちで改装した。

カヌーツアーの集合場所であり、おいしいピザとコーヒーが味わえる喫茶店(不定休)でもある。古民家を自分たちで改装した。

取材を兼ねてもう一度、ガイドをお願いすることにした。
訪ねたのは7月初旬。気温30度近い真夏日が、
突然弟子屈町にやってきたとき(7月の平均気温は16.4度)。
「どうぞ座ってください。ツアーの内容を説明しますね」
祖父江さんはそう言って、1冊の本を取り出す。

妻・直子さんがつくった、ぢぢカヌー虎の巻。店内には、木彫りカヌーのストラップなど、夫婦合作の手づくりアイテムも並ぶ。

妻・直子さんがつくった、ぢぢカヌー虎の巻。店内には、木彫りカヌーのストラップなど、夫婦合作の手づくりアイテムも並ぶ。

中を開くと、これから向かう屈斜路湖の絵が描かれていて、
その上に、小さな木彫りのカヌーを置き、
「井出さんがいて……」とリラックマを、
「私がいて……」と子ブタを、それぞれ乗せて巧みに動かし、
約2時間の行程と見るべきポイントを教えてくれる。

全24ページ。人形劇のように展開する絵本(絵と文・直子さん)を見ながら説明を聞いていると、童心になってワクワクする。

全24ページ。人形劇のように展開する絵本(絵と文・直子さん)を見ながら説明を聞いていると、童心になってワクワクする。

説明が終わると、長靴に履き替えて、
ライフジャケットを羽織って、いざ出発!
店の外に出ると、真っ青な夏の空が広がっていた。
「新緑もいいけれど、6月、7月……と葉っぱが出揃ってきて
うわ〜って緑が増える時期も、すごく好きです」
今日は絶好の“ぢぢカヌー日和”だ。

店から150メートルほど歩いたところが出発地点。ふたり乗りのカナディアンカヌーに、出前用の岡持ち(詳細はのちほど)を積んで。

店から150メートルほど歩いたところが出発地点。ふたり乗りのカナディアンカヌーに、出前用の岡持ち(詳細はのちほど)を積んで。

カヌーには、背もたれつきの椅子とパドルが2本積んである。
いずれも手づくりだ。祖父江さんの特技(ときに仕事)は木工で、
パドルは19年前からつくり始めた。

「ジャパニーズアッシュやヤチダモを使うから、やわらかくてしなるし、
長さやグリップを体に合わせてあるから、使いやすい。
漕いでみると全然違う。自作のパドルは、やさしいんです」

風速は約1メートル、湖の状態は凪(なぎ)。「水の上にちょっと出ただけで、向こうに藻琴山が見えて、空も広〜く感じられます」

風速は約1メートル、湖の状態は凪(なぎ)。「水の上にちょっと出ただけで、向こうに藻琴山が見えて、空も広〜く感じられます」

私が前に乗り、祖父江さんは後ろで漕ぐ。これが〈おまかせツアー〉。
湖に出ると、ひんやりとした風が吹いて、とても気持ちいい。

「あの木の下に、カワアイサの親子がいますよ」

そう言われて目を向けると、水鳥が列をつくって泳いでいる。
しかもヒナが何羽も!

お母さんの後ろを追いかけていく、10羽以上のカワアイサのヒナたち。早い!「今年はここら辺に、3家族もいるんです」

お母さんの後ろを追いかけていく、10羽以上のカワアイサのヒナたち。早い!「今年はここら辺に、3家族もいるんです」

チャプチャプと水がカヌーに当たる音を聞きながら、
のんびりと漂うように湖の上を進んでいく。

「あれがバイカモ(梅花藻)。切ってしまわないように、
できるだけ流されながら近寄りましょう」

そして目の前に、水草の花畑が広がった。

約80平方キロメートルの屈斜路湖に現れる、直径10メートル程度の群落。「毎年必ず、この場所だけに咲くんです。なんでだろう?」

約80平方キロメートルの屈斜路湖に現れる、直径10メートル程度の群落。「毎年必ず、この場所だけに咲くんです。なんでだろう?」

金沢・ジャズバー〈穆然〉
マスターはカレー、
お酒とレコードはママ担当

加賀藩前田家御典医屋敷跡に、老舗ジャズバーあり

音楽好きのコロンボとカルロスが
リスニングバーを探すツアーのスタート地に選んだのは、石川県金沢市。

コロンボ(以下、コロ): 音楽はどんな系列が好きなの?

カルロス(以下、カル): ひと通り聴いてきたけど、クラブシーンがベースかな。
でも「GOLDに間に合わなかった世代」の典型で、ちと忸怩たるものがあるんだ。

コロ: ボクもカウンタカルチャーが炸裂した
「レイト60’sムーブメントに間に合わなかった世代」。
洋楽を聴き始めたときはすでに『ラバーソウル』はリリースされていたし、
ウッドストックだって終わっていた。涙。
でも、音楽は最高の酒のつまみだから、レコードバーにはよく行く。
間に合わなかったことへの復讐かもね。

カル: いま金沢がベースなんだけど、東京や湘南に住んでいた時代から
ボクもミュージックバーみたいなところを探してたね。
たしかに「音楽は最高の酒のつまみ」だけど、
お酒が強くないボクには、コーヒーのお茶請けでもあるよ。
ソフトドリンクでも大丈夫なお店があるとうれしい。

大テーブル席とカウンターに分かれる店内、カウンターまわりはジャズを感じさせる。

大テーブル席とカウンターに分かれる店内、カウンターまわりはジャズを感じさせる。

コロ: 金沢って町はジャズが浸透しているみたいだけど、実際のところどうなの?

カル: 〈金沢ジャズストリート〉ってイベントがあって、
このときは金沢駅から片町まで、まちかどライブがあったり、
ホールライブがあったりでジャズ一色。今年も9月17~19日に予定しているんだ。
となりの野々市市にはニューヨークを意識した
〈BIG APPPLE in Nonoichi〉とかもあるし。

コロ: 1973年にマイルス・デイビスが金沢にやってきて、
その30年を記念したイベントとかもあったようですね。
〈穆然〉(ぼくねん)のマスターが言っていた。

カル: 〈穆然〉いいよね。1992年に開店したジャズバーの老舗。
前田家の御典医屋敷だったところにあって、アプローチがいいんだよね。

コロ: こんなとこにジャズバーって感じ。ネオンなんかも怪しいし、
タイムスリップ感がある。入口のところにある松は樹齢400年近いんだって。

カル: ちょっと入りづらいけど、入ってしまえばこっちのもの。
ジャズバーにありがちな排他的な緊張感がないのもいいよね。

菓子研究家・長田佳子の旅コラム
「奄美大島で、
人間味あふれるユタ神様に会う」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第26回は、菓子研究家の長田佳子さんによる奄美大島の旅。
自然豊かなイメージのある奄美ですが、
長田さんが一番印象に残っているのは
ちょっと違う文化のようです。

奄美大島での旅で得た、生きる感覚

旅には、自らの目的で選んで行くときと、
ご縁で訪問するときと、ふたつのパターンがある。

奄美大島への旅は、
奄美在住の友人が声をかけてくれたことがきっかけ。
彼女は奄美の良さを、手つかずの自然がいいと表現するので、
それを感じてみたいと思った。

島の方に教わりながら泥染め、草木染めを研究したときの手ぬぐい。

島の方に教わりながら泥染め、草木染めを研究したときの手ぬぐい。

事前に大まかなスケジュールを考えるなかで、
友人がごく自然に「ユタ神様には会いにいきますか?」と聞くので
「え! なになに!!?? スピリチュアルな感じ!?」
と気後れし「まだ大丈夫かも……」と返事をしてしまった。

まだって一体……、いつならいいんだろうー。
それから数日、
「まだ」と答えたわたしの現在地と
ユタ神様のことが気になりだしたので、
「やっぱり、ユタ神様にお会いしたいので予約をお願いします」と連絡をした。

島のハレの日にいただく郷土料理。ハンダマという野草の茹で汁で炊いたご飯。

島のハレの日にいただく郷土料理。ハンダマという野草の茹で汁で炊いたご飯。

明治維新を
薩摩から前向きに手放そう!
150年後を考える「薩摩会議」

これまでの150年を手放して、ここからの150年を考えよう

僕が監事として末席に名を連ねさせてもらっている
〈薩摩リーダーシップフォーラムSELF〉という団体が鹿児島にあります。
鹿児島でいろいろな活動をしている若い経営者や団体のリーダーの集まりです。
この団体が始まるきっかけの“ひとつ”は
僕があるとき、無責任に言い放ったちょっとした言葉でした。

「明治維新を、それを成した人物を輩出したこの薩摩から前向きに手放しましょう!」

そんな思いを、維新150年を盛り上げようと集まった、
地元の偉い人の前でわーっと口走った(口走ってしまった)。

〈薩摩リーダーシップフォーラムSELF〉のウェブサイトより。

〈薩摩リーダーシップフォーラムSELF〉のウェブサイトより。

もちろん思いつきで言ったのではなく、いきさつはこうです。

2018年は、明治維新150周年という節目の年でした
(※どの時点で明治維新元年とするかは諸説ある)。
鹿児島は大河ドラマ『西郷どん』も決まり、
ここぞとばかりに維新バンザ〜イ! みたいな感じ。

西郷さんの銅像。

西郷さんの銅像。

でも東京と鹿児島を行き来していた僕は、
鹿児島のその雰囲気に違和感を感じていました。
東京やほかの県で明治維新を祝うって感覚はほとんどない。
勝てば官軍で、明治維新150年なんて言ってるのは、日本でも一部。
福島では戊辰(戦争)150年と呼んでいます。

そりゃそうです。
明治維新を牽引したのは「薩長土肥」(薩摩、長州、土佐、肥前)。
明治維新以降、
内閣総理大臣はやっと大正時代になって19代目の原敬が出てくるまで
ほぼ山口と鹿児島(薩長)が牛耳っていて、
それは今でも通奏低音のように続いています。

維新を世界史的にもまれな“無血革命”だという説もありますが、
実際には同じ日本人同士が血で血を洗う戦いを行った。
21世紀のいまになっても、
長州(山口)や薩摩(鹿児島)に良くない思いを持っている人がゼロではない。
そのことを“旧薩長土肥”の人たちはほとんど知らないか、
見ないことにしているんじゃないだろうか。

森のようちえん〈ちいろば〉
保育ではなく
「人間臭さ」を育てる

「やりたい」「楽しい」を大切に

自然という環境下での保育や、地元の有機野菜を採り入れた給食などの点だけを見れば、
特段めずらしい試みをしているわけではない。
〈認定こども園 ちいろばの杜〉(以下、ちいろば)の特徴は、
例えばこんなところに表れる
――子どもたちの発案で「探検隊」が組織され、
森に行くまでの道になっていたアケビの実を採りに冒険しに行く。
あるふたり組が帰りの会で発表した人形劇が、年長組全員が参加する演劇に発展し、
物語と配役と衣装を子どもたちがつくる。
ラグビーW杯を見て夢中になり、ボール替わりに長靴を手に、
泥だらけになって自作の「ハカ」を披露し合う。

泥だらけになって遊ぶ子どもたち。「帰りたくない」の声が響く。(写真提供:認定こども園 ちいろばの杜)

泥だらけになって遊ぶ子どもたち。「帰りたくない」の声が響く。(写真提供:認定こども園 ちいろばの杜)

森へ続く道中も遊びの宝庫。植物や昆虫の姿に目を輝かせる。(写真提供:認定こども園 ちいろばの杜)

森へ続く道中も遊びの宝庫。植物や昆虫の姿に目を輝かせる。(写真提供:認定こども園 ちいろばの杜)

小屋を建てたい、絵を描きたい、火おこしをしたい……
それぞれの子どもたちの内側から湧き出た、たくさんの「やりたい」「楽しい」気持ちと、
実現までの試行錯誤を何よりも大切にする。
大人たちが答えを手解きすることはほとんどない。
大人は少し離れて見守るか、子どもに触発されて一緒に楽しんでいる。
失敗しても構わない。評価も競争もない。
春先に芽生えた新芽のように、子どもたちが森にみずみずしく躍動している。

まずは自分でやってみるのが、ちいろば流。大人は子どもの姿をそっと見守る。(写真提供:認定こども園 ちいろばの杜)

まずは自分でやってみるのが、ちいろば流。大人は子どもの姿をそっと見守る。(写真提供:認定こども園 ちいろばの杜)

森や田んぼや畑など、自然の環境に身を置きながら、
保育や教育などを行う「森のようちえん」。
近年の生活意識の変化などから注目を集めているが、
〈NPO法人森のようちえん全国ネットワーク連盟〉によると、
同連盟の加入団体だけでも、その数は全国で250以上に広がっている。

長野県南佐久郡佐久穂町にある、ちいろばもそのひとつだ。
厳冬期は氷点下20度にもおよぶ標高約1000メートルの森の中、
八ヶ岳に連なる山々の空気と水と土に囲まれ、子どもたちは日々を生き生きと遊んでいる。

園舎からの風景。晴れた日は山々が見渡せる。

園舎からの風景。晴れた日は山々が見渡せる。

屈斜路湖の和琴半島。
「気軽に行ける」森の散策路を
自然ガイド・片瀬志誠と歩く

4年前に北海道に移住した井出千種です。

179市町村のなかから暮らしたい場所を探した結果、
豊かな自然があふれる森と湖の温泉郷、
道東の弟子屈町に辿り着いた。

しかし、それまで特別自然について詳しいわけでなかったのに、
どうして惹かれたのか? 心地よさの理由は何か?
自分でもまだ完全に理解できているわけではない。

そこで、弟子屈に住む「自然とともに暮らす先達」に話を聞き、
弟子屈の自然の魅力を伝え、理解を深めるとともに、
魅力を紹介する連載を始めることになった。

第1回は、自然ガイドの片瀬志誠(しのぶ)さんの話を聞きに
森に入った。

新緑が美しい和琴半島で見つけた草木コレクション

阿寒摩周国立公園の中、屈斜路湖に突き出た和琴半島。
一周約2.5キロに及ぶ森の散策路では、
天然記念物に指定されている和琴ミンミンゼミをはじめ、
希少な動植物を観察することができる。

日本最大のカルデラ湖、屈斜路湖の面積は約80平方キロメートル。東京の山手線がすっぽり入る広さ。その南側にあるのが、和琴半島。(写真提供:Shinobu Katase)

日本最大のカルデラ湖、屈斜路湖の面積は約80平方キロメートル。東京の山手線がすっぽり入る広さ。その南側にあるのが、和琴半島。(写真提供:Shinobu Katase)

6月の初め、自然ガイドの片瀬志誠(しのぶ)さんに案内してもらった。

「新緑がきれいで、花がモリモリ咲いていて、なのに虫はまだ少ない。
この時期の和琴半島は、自然のエネルギーが満ち溢れている。
週1ペースで歩いています」

長い冬を乗り越えて、草木も、動物も、人間も、
「頑張るぞ!」と気合を入れているのだ。

カツラの木。中央から右側が、春の葉っぱ。左側が、夏の葉っぱ。紅葉の時期には、甘辛い独特の匂いを発する。

カツラの木。中央から右側が、春の葉っぱ。左側が、夏の葉っぱ。紅葉の時期には、甘辛い独特の匂いを発する。

「これはカツラ。同じ木なのに、形が違う葉っぱがついている。
根元のほうは、春の葉っぱ。初夏になると、
先が少し尖った夏の葉っぱが出てくる。不思議ですよね」

散策路に落ちていたクルミの雄花。手にもついている黄色い粉が、花粉。

散策路に落ちていたクルミの雄花。手にもついている黄色い粉が、花粉。

大木の下にたくさん落ちている房を拾って、
「これはクルミの花の成れの果て(笑)。
花粉がいっぱい出ているから、雄花です」

次から次へ、草木の名前と、
どんな特徴を持っているのかを教えてくれる。

葉脈が浮き出ている丸い葉っぱが特徴の、ジンヨウイチヤクソウ。緑の蕾が開くと、小さな白い花が咲く。

葉脈が浮き出ている丸い葉っぱが特徴の、ジンヨウイチヤクソウ。緑の蕾が開くと、小さな白い花が咲く。

「この葉の形。ある内臓の形に似てません? そう、腎臓。
だから、ジンヨウイチヤクソウという名前がついている。
あと1週間もすれば、たくさんの花が開きますよ」

和琴半島の散策路にて。この日は、オオアカゲラ、エゾリス、アオサギ、ニホントカゲ、シマヘビまで! たくさんの動物にも遭遇した。

和琴半島の散策路にて。この日は、オオアカゲラ、エゾリス、アオサギ、ニホントカゲ、シマヘビまで! たくさんの動物にも遭遇した。

イラストレーター・
STOMACHACHE.の旅コラム
「大阪の本屋に絵本の展示をしに行く」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第25回は、姉妹によるイラストレーターユニット、
STOMACHACHE.のお姉さん、宮崎信恵さん。
自身の絵本の展示があり、大阪の本屋さんに行く旅です。
娘の成長を感じ、多くの人に会い、自分のネクストステップを踏み出すなど、
思い出深い旅になったようです。

名古屋から大阪へ、3人旅

2019年の夏、娘とふたりで4年半暮らした徳島から引っ越すことになった。
名古屋に住む恋人と一緒に住むことになったのだ。
同じ年の冬、大阪の本屋さんで私が描いた絵本の展示があり、
搬入と在廊も兼ねて初めて3人で旅をした。

展示の搬入日は金曜で、私は一足先に昼前に大阪に到着して搬入作業をし、
恋人が学校から帰った娘(当時小学3年生)を連れて来てくれて、
合流することになった。

ひとりでの電車での移動は滅多にないので、何となく手持ち無沙汰に感じる。
動きがぎこちなくなってないかな、とか大阪の電車のアナウンスは早口だな、
とかどうでもいいようなことを考えてしまう。
でも、電車に揺られて静かなひとりの時間を過ごせるということは、
娘が小さい頃には考えられない時間だった。
こうして自由に身軽に出かけられるくらい、娘は大きくなったのだなぁと思う。

名古屋駅から新大阪駅まではあっという間で、
徳島に住んでいた頃のことを思うと、交通の便がいいということは
本当に素晴らしいことだな、としみじみ感じる。
徳島には新幹線が通っておらず、
本州から鉄道で行こうと思えば、岡山から高松を経由しなくてはならなかった。
それなので、名古屋くらいまでなら車で移動することが多かった。
恋人に会いに何度も往復したおかげで、運転技術が向上した。
今思い返すと健気によく頑張って運転していたな、と思う。

本屋さんは豊中市の服部緑地の近くにある〈blackbird books〉だ。
マンションに囲まれたこぢんまりとしたお店だった。
店主の吉川さんとはSNSをフォローし合っていて、
メールのやり取りを数回していたが、搬入日にやっと対面することができた。
初対面の吉川さんに少し緊張しつつ、作業は15時半頃まで続いた。
途中、近くの小学校の下校中の子どもたちが賑やかな声とともに通り過ぎ、
このお店の日常を垣間見られたようでうれしくなった。
作業後に店内の本を見ているとあれこれ欲しいものがあって困ったが、
あと二日間あるのでおいおい吟味することにして途中で店を後にした。

異国情緒あふれる庭と、
宇宙船のようなドームハウス

すべてはトレーラーハウスから始まった

南国のヴィラか? はたまたアメリカ西海岸の邸宅か?
今いる場所を錯覚してしまうようなBESSの家があった。
しかしここは、紛れもなく埼玉県久喜市である。
通りから奥まった場所にあり、エントランスを抜けていくと、
大きなドーム状の家〈BESS DOME〉が現れる。

扉は友人につくってもらったという。

扉は友人につくってもらったという。

住んでいるのは、宮澤さん一家。
そもそもこの土地を購入したのは10年ほど前。
当時、敷地は荒れていて、古い家屋が2軒建っていたという。
宮澤雅教さんは、まず敷地にアメリカから直輸入したトレーラーハウスを導入した。
新しく家を建てるつもりだったので、そのトレーラーハウスに住みながら、
既存の家を解体し、荒地を整備していった。
とはいえ宮澤さん一家は6人家族。さまざまな工夫をしながら暮らしていたようだ。

「庭に小さな池が見えるでしょう? あそこは当時お風呂でした。
ホースでお湯を張ってね。トレーラーハウスにはシャワーしかないから」

〈SPARTAN〉のトレーラーハウスは今も健在。

〈SPARTAN〉のトレーラーハウスは今も健在。

現在、トレーラーハウスは雅教さんの趣味部屋になっている。

現在、トレーラーハウスは雅教さんの趣味部屋になっている。

思いのほかワイルドライフだったようだが、雅教さんはそれを楽しそうに話す。
どんな環境でも楽しくやっていける豪胆さがある。

ひとりでコツコツと整備している期間に、小屋キットであるBESS〈IMAGO〉を導入し、
基本的には、雅教さんひとりでセルフビルド。
これを完成させたことによって、「四角い家ならば自分でもつくれそう」と感じたという。
これがのちのドーム購入にもつながっていく。

BESSの小屋キット〈IMAGO〉をセルフビルド。現在は雅教さんの仕事部屋になっている。

BESSの小屋キット〈IMAGO〉をセルフビルド。現在は雅教さんの仕事部屋になっている。

子どもの頃から、雑誌で見てドームの家に憧れていたという雅教さん。

「家を建てようと考えていたときは、どんな家にしようかと、
夫婦で紙に描いたりして話合っていました。
ただ僕の心の片隅には、常にドームがありました。
妻はきっとNGだろうなと思っていたんですよね。
でも一度見てもらおうと、
代官山にあるBESSのLOGWAY(ログウェイ・展示場)に行ったんです。
代官山だからランチでもしつつ1杯飲んで、なんて誘ってね」

ドームなので天井が高く、とても広く感じる。

ドームなので天井が高く、とても広く感じる。

初めてドームを見せられた妻・愛季さんは
「衝撃的でした。でもほしいと思った」と当時の感想を話す。

「私は、〈スターウォーズ〉が好きなんです。その世界観とつながりました。
パンフレットにも『有限の中の無限大。』というキャッチフレーズがあったり、
当時は『エイリアンズ』というニックネームもあって気に入りました。
もちろん使いにくい部分はあるかもしれないと思い、ほかの家も見ましたが、
それでもドームがいいと思ってしまったんですよね」(愛季さん)

右奥は愛季さんのスターウォーズ棚。工事中にひらめいてその場でお願いしたそう。

右奥は愛季さんのスターウォーズ棚。工事中にひらめいてその場でお願いしたそう。

雅教さんも「真上からドローンなどで撮った写真を見ると、
本当に宇宙船みたいに見えるんですよ。ビンテージのハンドルを買ってあるので、
プール前のウッドデッキ先端につけようと思っています。
何かあったら家ごと飛び出せる」と笑う。

ローカルフードをテーマに
廃校利用したサテライトオフィス
〈タノカミステーション〉

リバーバンクの森から川辺の中心市街地へ

2018年に発足した〈リバーバンク〉は、
地域の人と地域外の人が関わるコミュニティづくりを活動の軸としてきました。

〈リバーバンク森の学校〉では、
コロナ禍でも夏には子どもたちのサマーキャンプを開催したり、
〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉も規模を縮小し参加者を絞って開催。
こうしたイベントを中心に、
森の学校を大事に感じてくれる人たちの会員制度を募ってキャンプ利用をしたりと、
静かな環境を守りながら活動しています。

制限した人数で静かに盛り上がるグッドネイバーズ・ジャンボリー。

制限した人数で静かに盛り上がるグッドネイバーズ・ジャンボリー。

同時にリバーバンクのメンバーであるジェフリー・アイリッシュさんを中心に
周辺の空き古民家を洗い出し、大家さんとの交渉を経て6軒の家を改修。
それ以外にも空き家の紹介などを通じて
27名の人たちが地域外から移住して来てくれました。

ジェフリーさんがこだわって改修した空き家。

ジェフリーさんがこだわって改修した空き家。

移住してきた人たちは、シェフやデザイナー、陶芸家やモデルなど職業はさまざまですが
主にクリエイティブ・クラスと呼ばれるようなタイプの若い世代の人たち。
人口はだいたい周辺地域で1200名強(600世帯)なので、2%強の増加です。
年間平均で20軒近くの空き家が出る地域に6世帯が増え、
こうした人たちが森の学校周辺の地域に暮らすようになったというのは
大きなインパクトがあります。

このような活動を続けているうちに、
僕らリバーバンクに新しいプロジェクトの話が出てきました。
それは、小さな川辺町(かわなべちょう)のなかでも
さらに小さな高田地区というエリアでの活動だったところから、
川辺の中心街でのプロジェクトでした。

空き店舗も目立つようになってきた中心商店街。

空き店舗も目立つようになってきた中心商店街。

川辺町が属している南九州市の地方創生のための総合戦略のなかに
「サテライトオフィス」をつくって企業誘致をするという項目があり、
なんとかこれを実現しなければいけない。しかし、具体的にどうしたものか……。
市のほうでも悩んでいるという相談がありました。

ただサテライトオフィスをつくるといっても漠然とし過ぎています。
鹿児島市から車で約1時間かかる山あいのまちに、どういうものが必要なのか。
そもそもサテライトオフィスってなんなのか。
役所の人たちと話をするなかで、
サテライトオフィスとコワーキングオフィスという言葉も入れ混じったりしていたので、
まずはいろいろとリサーチをして、言葉の定義を確認するところから始めました。

写真家・石田真澄の旅コラム
「河口湖&忍野八海へ。
旅は自分の選択を客観視できる」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第24回は、写真家の石田真澄さんです。
友人と河口湖と忍野八海を訪れた旅を綴ります。
石田さんが人と旅をするときに行う選択と共有、
それはどんなものでしょうか?

予定を立てない河口湖の旅

旅はたくさんの選択が積み重なった時間だと思う。
どこへいく? いついく? から始まり、
どこに泊まる? 朝食つける? 何食べる? 何見る? とか。
相手の選択を聞き、自分の選択を伝え、どちらかを選ぶということの連続。
旅は好きでもこの流れが苦手だったりする。
自分の思い通りにならないからということではなく、どちらかを選べないから。

このどちらでもいいは、全く意思がないというより、
今あなたとならどちらでも楽しめるから、どちらでもいい、となってしまう。
結果的にうまくいかない選択をしたとしても大して気にしない。
これとは反対に、ひとりで選択するときはこだわりがあったり、
失敗しないようにと優柔不断になってしまう。

成人したあとくらいから旅に行くことが増え、
だれかと選択の共有をするようになり自分のことがわかってきた。

部屋に露天風呂がついている旅館に行こう、と決め河口湖に行ったことがある。
電車内で予定を決めようと思い、
何も予定は立てず新宿駅で発車前の車内で集合し河口湖へ向かった。
だいたいこういうときは車内で何も予定を立てず喋っていたら目的地に着いてしまう。
散歩やドライブもそうだが、誰かと横並びで喋る時間が本当に好きだ。

河口湖に到着すると、食べたいものをひとしきりコンビニで買って
湖のそばで座って食べた。唐揚げとサラダ巻きとサンドイッチとか。

天気がいい日は建物の中に入るのが勿体無い。
キラキラしている水面をカモが泳いでいるのを見て、
河口湖に住むカモになりたいなあと話をした。
あの光の粒のなかで泳いで暮らしていたいと思った。

満足するまで湖の光を見てから、ロープウェイに乗って
富士山がきれいに見える高台まで行く。
フォトスポットで観光客の方から写真を頼まれスマホで撮影した。
スマホを返すと、撮りましょうか? と言ってくれた。
こういうときに断れなくて撮ってもらう写真くらいしか
旅先で友人と写真を撮ったりしないので、あとから見返すと良かったりする。

早めに旅館に入り、陽が落ちるまで窓の外の富士山を眺め、
夕飯を食べ、また夜になって外へ出た。
切れた梅酒を買いに遠くのコンビニまで散歩をしていると、
昼間は車で一杯だった広い駐車場が空き地になっていたので、
寝転がりたい衝動にかられコンクリートに寝転がった。
だだっ広い場所に行くとどうしても寝転がりたくなる。
大きな会議室とか、芝生とか。

真っ黒な空を見ながら喋っていたら車のライトに照らされ、慌てて逃げて帰った。
夜の帰り道や夜の公園のような暗闇で喋る時間も好きなので、
人と対面で顔を見て喋ることが苦手なんだなとつくづく思う。

日光に、古着屋とスケートパーク!
ゆるりとマイペースで、
好きなものに囲まれて暮らす

好きなことを思いきり楽しむためのウォーク・イン・クローゼットと本棚

日光市で古着屋とスケートパーク、そして音楽ガレージ(貸しスタジオ)が
ひとつになった〈Van Dyke(ヴァン・ダイク)〉を営む永井康之さん。
日光市で生まれ、埼玉で美容師として働いたあと、地元にUターンした。
ふたり目の子どもが産まれたこともあり、
家を建てたいと探し始めたときにBESSに出合い、2019年に家を建てた。

永井さん家族。

永井さん家族。

「僕が絶対に木の家じゃないとイヤだ、というところからスタートしています」
という康之さん。

彼や妻の里奈さんのファッションや雰囲気から考えると、
BESSであれば遊びごころが前面に出た「ワンダーデバイス」シリーズが似合いそうだ。
しかし「DIYなどをマメにできる人に向いている家ですよね。
でも僕はあまりそういうのは得意ではなくて。
アウトドアを趣味にしているわけでもありませんし」と語る。
そこで一目惚れしたのが和の雰囲気が漂う「程々の家」だった。

2階から土間を見る。

2階から土間を見る。

「本当なら古民家に住みたいくらいなんです。
古いものが好きで、味が出てくるものが好き」と本音を語る里奈さん。

「もちろん今は子育てが重要ですが、いろいろ迷うなかで、
結局自分たちが住みたい家にしようという結論に至りました。
子供が独立したあと、老後でもふたりで違和感なく落ち着いて暮らせる家を考えたら、
程々の家でした」(里奈さん)

ウォーク・イン・クローゼットには、大量の洋服が。

ウォーク・イン・クローゼットには、大量の洋服が。

永井夫妻の価値観が最もよく見てとれるのがウォーク・イン・クローゼットと本棚だ。
古着屋をやるくらい洋服好きだった永井夫妻。
当然、家は大量の洋服で溢れていたという。
自分たちらしい暮らしを思いきり楽しむために、
このふたつは絶対叶えたいと思っていた。

「なるべく洋服をハンガーでかけられるように考えました。
自分たちが持っているアウターはこれくらいで、
畳んでしまうニット類はこのくらいで、って計算しましたね。
あと重要なのは私の身長で届くかどうか」(里奈さん)

本棚スペースには、仕事や子どもたちの勉強用にデスクも設置。

本棚スペースには、仕事や子どもたちの勉強用にデスクも設置。

また本屋さんが好きで、天井まである本棚に憧れていたともいう。

「図書館でも、本棚と本棚の間の床に座って読むのが好きだったんです。
これも文庫本サイズを計算した棚にしたり、奥行きが2列になるように設計を考えました。
これまでは本を買いたくても、しまうところがなかったので自粛していたんですよ。
これで思いっきり買うことができます。
子どもたちにも同じように本を好きになってほしい」(里奈さん)

毎日通いたくなる
「わたしのまちの1000円グルメ」
(新潟編)

今月のテーマ「わたしのまちの1000円グルメ」

どのまちにも、必ずその土地で暮らしている人たちが
日常的に通う飲食店があります。
特別高価ではありませんが、毎日のように食べる、欠かせないもの。

そこで、それぞれの地域で1000円以内で食べられるグルメを紹介します。
どれも地域の人に愛されているもので、
純粋な食以外の“価値”も感じることができます。

通常は全国の地域おこし協力隊に寄稿してもらっている本企画ですが、
今回は新潟県が運営するウェブサイト『新潟のつかいかた』内
新潟でかなえる自分らしい働きかた」と連動した新潟特別編です。
新潟県内の6名の地域おこし協力隊に寄稿してもらいました。

【関川村】 自家製チャーシューが隠れた人気の塩ラーメン

私が紹介したい関川村の1000円グルメは、
国道113号線沿いにある人気のラーメン店〈郷土ら〜麺 雪っ子〉です。

お店で一番人気があるのは、
自家製のニンニク味噌を使ったピリ辛の「スタミナ雪っ子ラーメン」。
ラーメン以外にも、ピリ辛肉とシーフードを卵でとじた「雪っ子丼」や「スタミナ丼」、
「チャーハン」も人気があります。

みそラーメン(830円)。

みそラーメン(830円)。

たくさんメニューがあるなかで、隠れた人気があるのが「塩ラーメン」。
私は雪っ子に行くと必ずといっていいほど塩ラーメンを頼みます。
さっぱりとしたなかにもコクがあり、
飲み干してしまいそうなくらいおいしいスープに細めのちぢれ麵が相性抜群です。

塩ラーメン(720円)。

塩ラーメン(720円)。

トッピングはネギ、メンマ、なると、のり、チャーシューと、シンプルで最高です。
自家製のチャーシューはアツアツのラーメンと一緒に食べると、
口の中で溶けてなくなるほどやわらかく煮込まれています。
この自家製チャーシューはお持ち帰りができます。
とても人気があり売り切れていることが多いので、
電話で予約して購入することをおすすめします。

関川村は温泉郷としても有名です。
道の駅のすぐ近くに〈桂の関温泉 ゆ~む〉という日帰り温泉施設があります。
その隣には〈コラッシェ〉というフィットネススタジオができました。
関川村は、まだまだ寒さが残る季節です。
関川村に来て温泉、フィットネス、雪っ子で汗を流して帰るのはいかがでしょうか。

information

map

郷土ら〜麺 雪っ子

住所:新潟県岩船郡関川村大字土沢674-5

TEL:0254-64-1309

営業時間:11:00~14:30 ※金・土・日曜 11:00~14:30、17:00~21:00(20:30 L.O.)

定休日:月曜

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𠮷田美香 よしだ・みか

関川村地域おこし協力隊。都内でパティシエとして活動後、2021年、地域おこし協力隊としてご主人とともに関川村に移住。主な任務は、渡邉邸の分家である邸宅〈東桂苑(とうけいえん)〉のお手伝いとして、同館の喫茶スペースで提供するスイーツを開発すること。東桂苑が休業となる冬期は、村の食品加工センター〈雲母里(きらり)〉が活動の場。最近では、子ども向けのお菓子教室を開いたり、村の温泉宿で出すウエルカムスイーツを開発することもある。

※『新潟のつかいかた』𠮷田さんのインタビューはこちら