連載
posted:2022.8.26 from:大阪府大阪市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
さまざまな分野の第一線で活躍するクリエイターの視点から、
ローカルならではの価値や可能性を捉えます。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
photographer profile
Shinryo Saeki
佐伯慎亮
広島出身、写真家。関西を拠点に雑誌、広告などのカメラマンとして活動。淡路島と大阪の2拠点生活が始まり、淡路の草刈りのことばかり考えている。おもな書籍に『挨拶』『リバーサイド』(赤々舎)などがある。
http://www.saekishinryo.com/
ローカルのものづくりを都心部のデザイナーがお手伝いする。
そんな図式はここ数年で定番化してきた。
そうした活動をもう10年以上前から行ってきたのは、大阪の〈graf〉だ。
プロダクトや家具、グラフィックを中心とするデザイン集団だったgrafのなかで
ローカル活動が増えていくきっかけは、プロダクトのデザイン依頼だった。
「ある東大阪のものづくりの産地から、
“この土地らしいものをつくりたい”という商品のデザイン依頼がありました。
それで現地に行ってみて倉庫を開けてみたら、
90年代に先輩方がデザインしたものが在庫として積み上がっていたんです。
ぜんぜん売れていなかったんですよね」と話す、graf代表の服部滋樹さん。
そうした現状を目の当たりにして、
「ものをつくるだけではなく、つくられる以前からしっかり整えていかないといけない。
そうしないとまた同じようなものばかりできてしまう」と、
“つくり方自体をデザインする”というところから入り込むように心がけた。
2003〜5年あたりは、デザイナーとして産地に行っても、
必ずしも歓迎ムードではなかったという。
しかも上記のようなgraf流のやり方でいると、
半年経っても肝心のデザインそのものが上がってこない、なんてことも。
それで怒られたり、批判されたりもした。
しかし、服部さんは粘り強く、クライアントを説いた。
「例えば、“工場で機械を入れたときに解雇した職人さんはいますか?”と聞くと、
数人いると。
定年した職人さんも含めて、そういう人たちにインタビューしたいと提案するんです。
すると機械生産の前に行われていたこと、先代や先々代の社長が考えていたこと、
その社長たちが実は当時の技術を機械化したかったことなど、
会社の哲学がわかってきます」
服部さんがそこまで遡るのは、
デザインと歴史や風土は、密接に絡み合っていると考えるからだ。
「その土地にあった資源や素材があったから、技術が生まれ、産業になり、
コミュニティができ上がる。
そこまで遡って土地らしさを見出さないと、デザインはできません」
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だから服部さんは、「リサーチ」を重要視している。
「リサーチはつくるためでもありますが、実のところ、
その先において商品を“伝えるため”のものでもあります。
なぜこのデザインが生まれたか、なぜこれをつくってきたか。
こうしたことを理解してもらいやすいので」
つくり方と伝え方。いいものをつくれたとして、売ることも大切。
そのためにはリサーチを行うことで、
背景や隠れたストーリー、ナラティブを炙り出していくのだ
大きくは5つくらいの手段でリサーチを行う。
まず文献、そしてフィールドワーク、インターネットリサーチ、インタビュー、
定点観測や映像を使ったものだ。
リサーチは、半年〜1年かけることもある。
その労力は、全体の「6〜7割」だという。かなり高い割合だ。
それだけ服部さんにとって重要度が高いものなのだ。
実際はそこまでやりたくてもやり切れなかったり、
クライアントからすぐにデザインを上げてくれと期限を切られることも多いだろう。
だから服部さんは、ある程度の段階で仮説を立てて示していくという。
「リサーチをきちんとやっていれば、2、3か月したら、仮説を立てられるはずです。
そして数案を企画にして見せてみる。
大体の予算とこんなことができそうという話をします。
そうしながら一緒に計画して巻き込んでいく。企みの要素を見出すんです」
途中経過を共有していくという作業が、巻き込みや“参加感”には重要かもしれない。
そして素案を話すと、「この人に聞いてみれば? この場所に行ってみれば?」という
アイデアも出てくる。そうしてまたリサーチを繰り返す。
「その仮説の解像度を上げるためのリサーチともいえます」
2014年から17年にかけて服部さんがブランディングディレクターとして就任していた
『湖と、陸と、人々と。MUSUBU SHIGA』という
滋賀県のブランディングプロジェクトでは、
すでにものづくりに留まらず、新たな地域の魅力を発見し、
ブランディングとして完成させていくこととなる。
リサーチ自体をコンテンツ化し展開する方法をとった。
「滋賀は地域ごとに歴史が深い場所。僕ひとりで作業するのではなく、
そこに専門的な脈絡のある人たちを呼んで一緒にリサーチしました」
こうして外部から、料理家の野村友里さんや写真家の濱田英明さん、
編集者のルーカス・B.B.さん、ナガオカケンメイさんなどをリサーチャーとして招いた。
「アウトプットまでにこんなことが起こっていると、
リサーチのプロセスをしっかりと見せたかったんです。
リサーチで見つけ出したことを、そのままPRに採用するという戦略でしたね」
「見えなかったものを見えるようにする」こともリサーチの役割だと言う服部さん。
「地域でアピールしたいと思っているものは、もう世の中に出ているんですが、
実際にはリーチしていないという現状が多い。
むしろその周辺に引き立てる要素があるのではないか。
コンテンツよりコンテクストを揺さぶっていくっていう作業。
それがリサーチをすると出てくるんです」
リサーチや過程、文脈を大切にし、
さらに共有していくようなやり方はいまどきであるといえる。
「自分たちがこうあるべきなんじゃないかということは、割と信じています。
なんとなく使命で動いているからこんなことになっているけど、
超効率悪いですよ(笑)」
そうは言うが、「効率がいいものが正義」という価値観が
すべてではなくなってきているのも事実。
grafのローカルの関わり方は、とてもテマヒマがかかるのだ。
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デザインという範疇を超え、地域ブランディングという活動も多くなってきたgraf。
そのひとつに『瀬戸内経済文化圏』がある。
服部さんと〈uma〉の原田祐馬さんをディレクターとして、
瀬戸内海に接している和歌山、愛媛、兵庫、岡山、広島、大分、福岡、徳島、香川、山口、
そして大阪の11府県をつなぐプロジェクトだ。
各府県から参加しているのは、それぞれの地域で活動をしている会社やユニット。
ホームページでは、各県の「PEOPLE」「PROJECT」「PRODUCT」を順番に紹介している。
「これがおもしろい。キーパーソンというかおもしろい活動家が集まっているので、
毎年、情報交換ができて楽しいです。年に1回、“サミット”を開催しているんですよ」
これだけの県のキーパーソンが集まれば、情報だけでも有益なものになりそうだが、
その本質はネットワークにある。
「かつては瀬戸内海を挟んで、いろいろな交流が行われていたはずなんです。
それを今あらためてつなげてみようという試み。
始めてみたら、ボンボンつながっていって。
なにか地域の情報がほしいと思ったら、
すかさず教えてくれるネットワークが構築できました。
フレッシュな状態のまま、瀬戸内のレイヤーを組み上げている感じですね」
例えば和歌山と福岡であれば、距離的にも遠いし、
お互い瀬戸内というイメージではないだろう。
しかし近畿、中国、四国、九州という行政区分ではなく、
「瀬戸内」という海運を中心にした文化圏の名前でつながると、また視点が変わってくる。
そこに新しい何かが生まれるポテンシャルがありそうだ。
「コロナ禍になったり、
その少し前からグローバルスタンダードからローカルスタンダードへと移行し、
いなか暮らしやローカルが注目されています。
しかし、地域の人たちの暮らしがガラッと変わったのかというと、
さほど大きく変化したわけではないですよね」という服部さん。
瀬戸内経済文化圏のように、もともとあるものを視点を変えて眺めてみる。
それだけで、新しい文化が生まれる可能性が見えてくる。
「彼らにとっては普通の日常だけど、見る側の意識や価値観はどんどん変化しています。
そういう関係性によって時代や文化ってつくられていくのではないかなと。
何かのきっかけで注目されると、いつの間にか中心にいた、みたいな。
価値の移動が起こっているのではないかと」
視点や価値観の変容というものが、外部が持つ大きな役割である。
そこに「正解」や「ルール」はなく、専門性もあるようでないのかもしれない。
「プロではなく、素人のつもりで行きます。地方創生のために来ているのではないし、
僕がなんとかしてやろうという話でもない。
現地の人たちと本当の課題を見つけ出していく。
それを見つけたら、現地の人たちでも解決できるかもしれませんし」
こうも言う。
「小倉ヒラクくんの言葉を借りれば、
『お味噌をつくるのに、環境は揃っていても、混ぜないと菌は培養されない。
それと同じで、地域にいる人たちが揺り動かされたときに、新しいことが起こる。
味噌も地域も、混ぜてくれる人は必要だ』って」
さまざまな理由から、組織や地域が硬直化していることが多いだろう。
それをかき混ぜる役割を服部さんは担う。
「その地域に暮らしている生活様式があるとすれば、
その様式をうまく生きている生活者とともに生きていきたいと思っているんです。
すると僕にとって、ふるさとが増えていくのでおもしろい」
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『めぐみ めぐる てんり』は、grafがブランディングを手がけているプロジェクト。
「くらし、歴史、芸術、文化」を中心に情報発信を行なっている。
これは2018年から開始しており、今年で5年目。
grafとしても、じっくり腰を据えて関わることができている地域だ。
「人、観光、歴史・文化・芸術、産業などをカテゴライズし、
1年ごとにテーマ素材を変えながら展開しています」
そのつながりのなかから、新しいプロジェクトが動き出している。
「エネルギー会社やるんですよ」
天理にある廃校をプラントにして、
地域資源を活用したバイオチャーエネルギー事業を行う。
その先に発電やバイオガス、プラの炭化へと繋がっていくという。
すでにデモンストレーションが行われ、2022年11月から稼働予定だ。
「まずは廃校をオフグリッドにしたいと思っています。
天理は早生の柿が有名で、その剪定木がいいカロリーの炭になるんです。
ほかにも市から剪定などで出てくる未利用バイオマス資源だけでも、
使い切れないくらいあるらしいので、
それを処理できるようにプラントも追加していきたいです」
これを〈クラフトエナジー〉というネーミングで展開するという。
未利用資源を処理できて、エネルギーも生み出せるというすばらしい取り組みだ。
地域にリサーチから入り込むことで、
「デザイン」という範囲を超えた活動になってきているgraf。
そこで最後に、ローカルにも「デザイナー視点」というものが必要なのかと
服部さんに問うと、「特にそんなつもりはないし、意識もしない」と言う。
そしてひとこと。
「まあ、違いのわかる男かもしれないけどね(笑)」
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