連載
posted:2022.10.28 from:長野県軽井沢町 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
さまざまな分野の第一線で活躍するクリエイターの視点から、
ローカルならではの価値や可能性を捉えます。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
photographer
Ryusuke Nagaoka
長岡 竜介
取材日の軽井沢はあいにくの雨模様。
それでも「今日も日課の〈野鳥の森〉の散歩に行ってきました」と話すのは、
〈サマリーポケット〉などを展開するSumally Founder&CEOの
山本憲資(けんすけ)さん。軽井沢に拠点を移して3年目。
自然の中での暮らしを楽しんでいる様子が窺える。
山本さんが軽井沢に拠点を移したことがことさらトピックスとして扱われる理由は、
山本さんがスタートアップ企業の代表だからだ。
サマリー社は「『所有』のスタイルを進化させる」というコンセプトのもと、
宅配収納サービス〈サマリーポケット〉というサービスなどを展開している。
いわばデジタルを駆使した先端的ビジネスといえる。
六本木ヒルズでギラギラやってそうなイメージもあるかもしれないが、
新しいアイデアをもってサービスを提供するCEOも、
自然と近い暮らしを望んでいるのだ。
山本さんは、東京に住んでいるときから軽井沢をちょくちょく訪れていて、
軽井沢を好きになった。その思いが特に強くなったのは3年ほど前。
「土地の雰囲気が好きで定期的に訪れていて、
そのうちに思い切って軽井沢に拠点をつくってしまおうと。
当初は、月2回くらい、週末に来られればいいかなと思っていました」
そうして軽井沢で物件を探し始め、約1年ほど見て回った。
購入したのは、別荘エリアとして有名な千ヶ滝エリアの一角。
家の前に流れるせせらぎも気に入った。
「家を見てすぐにリノベーションのイメージが湧きました。
部屋はすべてぶち抜いて一度スケルトンにし、ワンルームにしました」
ワンルームのうえに窓ガラスが大きく、
外へとシームレスにつながっているような感覚でとても広く感じる。
骨格には手を加えていないというが、
数寄屋づくりのような屋根の張り出しに風情を感じる。
家の中から漏れる光が、一層それを強めるのかもしれない。
2019年末に家を購入、さあリノベーションの工事に入りかけた2020年3月頃になると、
新型コロナウイルスの流行が爆発した。
「それもあって別荘的な住まいではなく、きちんと快適に生活できるように、
ちょっと力を入れてリノベーションすることにプランを変更したんです」
拠点自体を軽井沢に移すと決めたので、当然、住むには申し分ない設備が整っている。
都会よりむしろ便利なのでは? という感じでIoT化など、最先端のテクノロジーを駆使。
「距離をテクノロジーでハックする」と表現する山本さん。
「どこまで物理的な場所がボトルネックにならないように暮らせるかな、
と取り組んでみるのはおもしろそうだと思いました。
自然環境を享受したいと思って軽井沢に来たわけで、
たとえば電波がつながらないといった不便な暮らしをしたいわけではありませんから」
掃除機やエアコンなどはリモートで動かせるので、
東京からの帰り道に遠隔で作動させておくことができる。
玄関のインターフォンを鳴らすと、自分のスマートフォンに連絡が届く仕組み。
軽井沢の家に来た宅配便などへの指示も、東京にいても可能なのだ。
「コロナ禍になる前の数年のテクノロジーの進化が、
現在のリモートライフを支えている気がします。
ZOOMやSLACKなどのサービス、スマホの通信速度など。
10年前だったら、
こんなにスムーズにリモート的な環境に移行できていなかったと思います。
僕個人というより、社会全体としてインフラが整いつつあったところに、
コロナがトリガーとなりましたね」
このような暮らしは、サマリーの基本的な考え方にも通じる。
常に所有や距離、場所など、
フィジカルであることのユーザーエクスペリエンスについて
問い直してきたスタートアップの側面もある。
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働き方は、暮らし方とリンクしている。
自身のワーク・ライフスタイルをもって、実験を行なっている山本さん。
気になるのは「スタートアップの社長」としての働き方だ。
サマリーはコロナ禍に入り、全社でリモート体制になった。
以来いままでずっと、その体制を保っている。
「たぶん東京にいても、結局うちの会社ではオフィスに行かないことが普通になっており、
働き方としては大きい差はなかったのでは? と思います。
会社全体でみてもわりとスムーズにリモートワークに移行できたのではと感じています。
スタートアップでも、リモートワークがハマる組織と
リアルのほうがパフォーマンスがあがるという組織がありますよね」
リモートとリアル、どちらがいいという話でない。
「どちらがその企業文化に合っているか」と言いながら、続ける。
「サマリーでは、コロナ以前から
属人的な部分を取り払おうという仕事のスタイルがあります。
僕も含めて上のレイヤーの人の
“胸先三寸”で仕事が動くみたいなことが起こらないようにしようとやってきました。
とにかく仕組み化にこだわりドキュメント化して、
基本的に定量的に物事を判断することをベースにしているフラットな働き方と
リモートワークの相性は、一定程度はいいと感じています。
とはいえリアルが大事な部分ももちろんあるとも思いますけどね」
いまや、東京にいる者同士でもオンラインで会議をすることも多くなった。
ちょっとした移動時間すらもったいないと思うようになった。
「本当にリアルじゃないと成立しないいう仕事はとても減りました。
重要な打ち合わせとか、会食とか」
しかし会社としてそのような文化であっても、
やはり直接「会う」ことの重要性は残されているようだ。
「チームとして、組織として考えたとき、
やはりコミュニケーションとして実務的になりすぎるのは良くないので、
キックオフミーティングのようなものは半年に一度くらいやっています。
チームごとに顔を合わせて仕事をする機会は
定期的につくったほうがいいんだろうなと思っています。
そのほうがきっと、結果的に“リモートでの仕事”も捗ると思っています。
そういった部分はまだチームのシステムに組み込めていないので、
これからもう少し力を入れてやっていこうと思っています」
“人に会うというシステム”、
これまで人と会うことは当たり前で、それ以外の部分をシステム化していたが、
社会の変化に合わせれば、逆転した発想も生まれてくるのかもしれない。
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東京を拠点にしていた頃から、
「東京で一番好きだ」という〈明治神宮〉の散歩を日課にしていた山本さん。
毎日、小屋のそばの野鳥の森を散歩している現在の暮らしと、実はそう変わりがない。
「うちのクルマはメルカリで20万円で購入したものですが(笑)、
高級車に乗ったり、ブランドものを着て幸せを感じるということが
まったくないかというと嘘になります。
ただそれ以上に、自然に近い暮らしというのは贅沢なのではないか、と。
夏に冷房ナシで寝られるのって、
高級ホテルのいい感じの空調よりもはるかに贅沢だと思っています。
軽井沢で体験することで、そういう嗜好性がより高まりました」
こうした山本さんの話を聞いていると、軽井沢でも東京でも、
暮らしはある意味で「変わっていない」という気にもなってくる。
週1回程度は東京に行っている。
現代アート愛好家としても知られ、
音楽や食、カルチャーにも造詣が深い山本さんが東京でやることといえば、
展覧会やコンサートへ行くこと。
東京のそういう楽しさは地方ではやはりなかなか味わえない。
軽井沢は東京への物理的・心理的な近さから「東京24区」と呼ばれることがある。
新幹線でも1時間程度だし、高速バスだと2500円程度と安い。
なんなら東京都内に住んでいても、繁華街から家までタクシーで帰るような値段だ。
東京との物理的、心理的近さというのは移住の決め手のひとつになった。
山本さんは前職は雑誌の編集者。
それもあってか、いろいろな場所に出かけること、
そして自分が身を持って体験することが重要という考え方がある。
その機会が減ってしまう懸念はなかったのだろうか。
「それが全然減っていません。
リモートワークの恩恵で、どこでも仕事ができるようになり、
むしろ、地方でいろいろな体験をすることは、昔よりも増えていますね」
月によっては10泊以上地方で過ごしていることもあるという。
「仕事ついで」に行くのではなく、
純粋に自分が行きたいところに行き、見たいものを見て、食べたいものを食べる。
流行りのワーケーションを、そんな言葉がない頃からすんなりと取り入れている。
こうして距離をハックすると時間が生まれる。
山本さんがそれを充てているのが、軽井沢の自然にふれること。
「使える時間が長くなったというより、自然との距離感が近くなり、
余暇の時間をスノーボードとか、森の中を散歩とかに使えるようになりました」
東京ではできないこと。
森に行くには1時間程度はかかるだろうし、ゲレンデなんて言うまでもない。
東京の1時間と軽井沢の1時間では、当然できることが違う。
東京からは程よい距離。
そしてテクノロジーを駆使して東京と変わらない暮らしを実現しているうえに、
自然に近いという要素が加わっているのだから、悪いわけがない。
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軽井沢に住むことで、長野県を再発見するようになったという。
「長野は広くて、それだけにそれぞれのまちに個性があっておもしろい。
長野駅まで新幹線で30分程度なので、
長野市の美術館に行ったり、飯田なんて東京に行くより遠いですが、
〈柚木元〉という好きな割烹もあります。
先日は松本でやっていた『セイジ・オザワ松本フェスティバル』に行ってきました。
昔はそこまで縁がなかったけど、長野のことがすごく好きになりましたね」
住んでいるエリアの魅力を再発見している山本さん。
どこであろうと住んでみれば、その周辺から探りたくなるのは、
どんな社会になっても「体験」として同じだし、必要なことだろう。
ビジネスとしては、物理的な制約から解放されるサービスを展開しており、
自身の住まい方としてもそういった暮らしを実践している。
鶏と卵の関係のように、生まれてきたサービスと暮らしなのかもしれない。
そしてコロナ禍でステージアップしたリモート的=場所に捕らわれない働き方を、
サマリーという会社が社会の変化に敏感になりながら求めてきた結果でもあるだろう。
profile
Kensuke Yamamoto
山本憲資
大学卒業後、広告代理店を経て、雑誌編集者に。2010年4月に独立し、〈Sumally〉を設立。ユーザーが今すぐ使わない持ち物を預けてスマートフォンで一元管理できる収納サービス「サマリーポケット」を提供し、好評を博している。2020年夏より軽井沢に拠点を移し、森の中で暮らす。
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