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写真家・若木信吾
浜松で本屋を営んで11年。
次世代の文化をつくる

ローカルシフト
vol.010

posted:2022.1.18   from:静岡県浜松市  genre:旅行 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  さまざまな分野の第一線で活躍するクリエイターの視点から、
ローカルならではの価値や可能性を捉えます。

writer profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

photographer

Kazuharu Igarashi

五十嵐一晴

BOOKS AND PRINTSが浜松に残したもの

大手書店とは異なるこだわりのセレクトで、店主の個性が垣間見える。
そんなブックストアが、東京や都心部のみならず、全国に増えてきた。
その先駆けとなったのは、静岡県浜松市にある〈BOOKS AND PRINTS〉だろう。
数々の雑誌の表紙撮影や写真集なども発売している写真家・若木信吾さんが、
生まれ故郷である浜松市で始めた本屋だ。
しかし当時、本人には“先駆け”なんてつもりもないし、“地域貢献”のつもりでもなかった。

ビルの前には大きな立て看板。

ビルの前には大きな立て看板。

若木さんは浜松で生まれ育ち、高校生までを過ごした。
自宅から高校まで、自転車で毎日まちなかを通り抜けて通っていたという。

「写真部でしたけど、実質は帰宅部のようなもの。
学校が終わったら、すぐに帰って、映画を観たり、本屋さんに立ち寄ったり。
今はひとつしかないけど、映画館はもう少しありましたね。
当時は浜松に写真集なんて売ってなかったから、写真に触れ合うといえば雑誌がメイン。
『POPEYE』や『BRUTUS』などをよく読んでいました」

写真自体は小学生から興味を持ち、撮影もしていたという。

「海外の写真家に興味を持ったのは、ポストカードから。近くに額装屋さんがあって、
そこでアンリ・カルティエ=ブレッソンとかのポストカードを売っていたんです」

店内に入ると、左手一面に本棚が。

店内に入ると、左手一面に本棚が。

高校卒業後、写真家を目指す若木さんが選んだのは、東京ではなくニューヨークの大学。
当時は、海外旅行のハードルも低くなり、同時に海外留学する人も多かった。
地方の人が東京に憧れるのと並列に、
海外という選択肢も選べる時代になりつつあったのだ。

大学を卒業後は日本、ニューヨーク、サンフランシスコを行き来しながら
仕事をする生活が10年ほど続いた。
そして徐々に日本での仕事が増えてきて、東京に腰を据えたのが1999年のこと。
このとき、選択肢は浜松ではなかった。

「雑誌が好きで写真を始めたけど、浜松には雑誌がないですもんね。
いまほど、物理的にも精神的にも、東京と浜松が近くは感じなかったです」

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若木さんの父親がつくったコミュニティとは?

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勢いで本屋をオープンしたが……

こうして順調に東京でキャリアを積んでいたところ、
2010年、突如、浜松にBOOKS AND PRINTSをオープンする。

「お正月に浜松に帰ったときに、久しぶりにまちなかを歩いてみたんです。
当時はドーナツ化現象で、郊外のショッピングモールが流行っているようでした。
まちの中心は、見事にシャッターが目立つ感じでしたね。
これなら物件を安く借りられるんじゃないかと思ったんです」

近くの大学生などが多くアルバイトしている。

近くの大学生などが多くアルバイトしている。

思い描いたのは、自分が持っていた蔵書を売るような小さなお店だ。

「本屋が好きなので、旅などに行くと、必ず現地の本屋さんに立ち寄ります。
写真集も集めていて家に山積みになっていたし、これを売るのもいいのではないかと。
それに浜松には写真集を売るお店なんてなかったから、おもしろいと思いました」

東京は家賃が高いし、写真集を売る本屋もたくさんある。あえてそこを選ぶ理由がない。

「友だちや同じ浜松出身のアーティストたちに手伝ってもらったりしながら、
自分たちで壁を塗ったりして、楽しかった。
それでオープンはしたのですが、仕事が忙しくて、
3か月くらいシャッターが下りたまま放置してしまったんです。
ほかのスタッフなど雇わずに、自分が帰ってきたとき、
週1回くらい開ければいいやと思っていたら、3か月経っていました」

浜松のまちなかにて。

浜松のまちなかにて。

これを見かねたのが、若木さんの父親。
開いてない本屋なんて意味がないと、店番を買って出たのだ。

「お客さんが少しずつ来るようになってきたら、
うちの親父が仲良くなって、コミュニティができていたんですよね。
そのなかで興味がありそうな人たちに声をかけて、
お店を手伝ってもらうことにしました」

ダウンタウンの古びた本屋のように

2013年、現在の店舗があるKAGIYAビルに移転する。店舗面積はグッと広くなった。

「KAGIYAビルに入らないかと誘われて。
ちょうど、本屋といえばカフェも付けたい、イベントもやりたいと思っていた時期でした。
あるとき仕事で鹿児島に行ったのですが、
現地でみんな自由にお店をやっているなと思って、
勇気づけられたことも背中を押してくれました」

KAGIYAビルは、1961年に建てられた浜松で最初の鉄筋の商業ビル。
もともとはここがまちの中心地で、
このビルも〈山一証券〉などの大きな会社が入るようなビルだった。
しかし経年劣化は否めない。

たくさんの個性的なテナントが入っているKAGIYAビル。

たくさんの個性的なテナントが入っているKAGIYAビル。

「中心地が駅寄りに移って、このビルもそうだし、
周辺がオールドタウン化していたんですよね。
でも、その感じが、僕が通っていたロチェスターの大学の、
ダウンタウンの雰囲気にそっくりで。
そこには、物好きで始めたような本屋とかもあって、よく通っていました」

自分にすり込まれ、自然と選んでいるようなものは、どうしてもある。
KAGIYAビルでも同じようなことができそうだ。

「古本屋が、新しいビルにあるのも似合わないじゃないですか」と若木さんは笑う。

かすれ具合も味となるビルの佇まい。

かすれ具合も味となるビルの佇まい。

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浜松といえばうなぎではなくそば!?

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旅で訪れるユニークな本屋

若木さんは、BOOKS AND PRINTSで行われるイベントに応じて浜松に来ることが多い。
KAGIYAビルには、入居者が自由に使用できるギャラリースペースがある。
そこでアーティストの展示やトークイベントなどを開催。
1年に5、6回のペースで開催している。

「フォトグラファーやイラストレーター、作家などを招いてトークイベントをやると、
お客さんも喜んでくれますね。登壇側も、浜松だと逆に時間をつくってくれるんですよ。
旅がセットになるから。それがいいなと思っています。
近くにある飲食店を紹介して、一緒に飲みに行ったりね」

若木さんの自宅を覗いているような感覚に。

若木さんの自宅を覗いているような感覚に。

本のセレクトは、若木さんと店長で行っている。若木さんが所有している本を中心に、
新刊は出版社や作家と直接やりとりするなかで仕入れをする。

「フォトグラファーなので、仕事でいろいろな人にお会いします。
そうするとその人がどんな人なのか、
どんな本を書いているのか気になって買って読んでみる。
例えば何年か前にアメリカの映画監督のジョナス・メカスが亡くなりました。
かつて彼に取材したときに買い集めた本があったので、それを店頭に置いてみたり」

ジョナス・メカス追悼コーナーが、東京ではなく、浜松にある。
そのマニアックさがおもしろい。
それはやはり若木信吾という人間の強いフィルターを通した本屋だからだろう。

「本当に、みんな時代の変化にアダプトするのが早いと思います。
そんななか、うちはある意味取り残されているのかもしれません。
でもそんなお店があってもいいのかなと。
オープン当初から売れていない本もあると思うし、
知らない間に価格が高騰している本もあるかもしれない。
逆に値下がりしているのに、高いままの本もあるかもしれない」

情報に疎い、と若木さんは笑う。
かつての古本は店長の一存で値段がつけられたが、
いまは情報が回りすぎて、値段がほぼ統一されてしまった。

「これまでヨーロッパやアメリカなどに行って、写真集をたくさん買い集めてきました。
オーストラリアのビーチ沿いなんかには、
旅人が本を売っていくようなボロボロの本屋があったりします。
するとめちゃくちゃレアな初版本があったりして。
そういうのが好きでしたが、あるときから値段はどこに行っても同じだし、
お店に行かなくてもネットで買える時代ですよね」

旅と本屋。それは失敗体験も含めて思い出になる。
若木さんも、必ず旅先では本屋を訪れ、
現地の言葉がわからなくても、なんとなく行って手に取ってみるという。
そういうところは、個性的な店主が営む本屋も多い。

「“個性を出す”のではなく、個性のある人がやっている。
だから変わりようもないけど、真似のしようもない。
そういうオリジナリティがあれば、
どんなエリアでやってもお客さんは来てくれると思います」

本以外の「浜松らしいもの」を買うのも楽しい。

本以外の「浜松らしいもの」を買うのも楽しい。

だから浜松らしさをことさらに表現することもしない。
自分のフィルターを通した浜松がある。
本屋がローカルの入り口であるのならば、訪問者にとってそれは多様で豊かだ。

「“浜松といえばうなぎ”ではなく〈なるそば〉を紹介します。
ほかには浜松出身の(朝倉)洋美ちゃんがやっている
〈ボブファンデーション〉のハンカチを売ったり。
近くでつくっている〈BASIL HOUSE〉のバジルティーを販売したり。
そういうラインで浜松らしさを表現しています」

クリエイティブグループ、ボブファンデーションのオリジナルハンカチ。

クリエイティブグループ、ボブファンデーションのオリジナルハンカチ。

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BOOKS AND PRINTSに通っていた学生が写真家に!

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本屋というカルチャーが循環する

10年以上、浜松にお店を構えていれば、まちは変わり、住む人も変わるだろう。
若木さんはいまの浜松、そしてこれからの浜松をどう捉えているのか?

「まちにも入れ替わりの時期があると思います。
建物が老朽化で耐えきれないところまでくると、
解体して、新しい大きなビルが建てられる。
この10年くらい、このあたりはその狭間なんですよね。
KAGIYAビルだって、30年後にあるかどうかといえば難しい」

いまは、古い建物を再利用する社会の流れがあるが、
その建物自体あと何十年ももつわけではない。
すると、その頃にいい味になっている建物が人気になるのだろうか。
人はそっちに移るのだろうか。

「その入れ替わりが完了してしまうと、全然違うまちになってしまう。
僕たちみたいな人は、ぞろぞろと別の場所に引っ越してしまうと思います。
つまり今はまだ浜松がいい時代。でもいずれは必ず変わる。
そういういろいろなことが、お店という場所を持つと見えてきておもしろいですね」

例えば10年後。若木さんは浜松に戻るのだろうか?

「おそらく戻らないですね」

現在の雑誌や広告のフォトグラファーという仕事をしている限り、
完全に浜松拠点にするのは難しい。
つまり、結局のところBOOKS ANDPRINTSも本業が支えているからだ。
そこに「表と裏」がある。

「実は経済的にはラクではないけど、本業で支えているというリアルがある。
みんなも夢を見て、そんなことを見て見ぬふりしながらやるのか。
それともそういうリアリティを知りながらやるのか。
それによって、今後のローカルをめぐるあり方もだいぶ変わってくると思います」

かつて若木さんが発行していた『Youngtree Press』を、『Youngtree Diary2020』として2021年に13年ぶりに復刊させた。

かつて若木さんが発行していた『Youngtree Press』を、『Youngtree Diary2020』として2021年に13年ぶりに復刊させた。

それでも若木さんは続けてきた。これははっきりとした事実だ。
10年経つと、開店当時大学生だったお客さんが、
子どもがいてもおかしくない年齢になっているという。

「この間も、静岡文化芸術大学の卒業生が、
自分の写真集を“置いてください”と送ってきました。
彼女はオープン当初に通ってくれたお客さんで、
当時から“ずっとこういう本屋に本を置けるようになりたいと思っていた”と
手紙をつけてくれました。
いまでは東京で写真家としてがんばって、写真集を発売するようになっているんです。
そういうのをみると、なんだか、おおー!って思うよね」

もちろん若木さんが育てたわけではない。
しかしカルチャーが好きで写真家を目指す若者にとって、
地元にBOOKS AND PRINTSがある未来とない未来。
どちらが良かったか、想像に難くない。

「僕自身、先ほど言ったように、高校生の頃に写真のポストカードを見て影響を受けた。
その額装屋さんが今もあることが、結構、支えになっています。
そういう循環が、少しでもBOOKS AND PRINTSで起こってくれればうれしい」

若木さん同様、
その若い写真家にとってBOOKS AND PRINTSが支えになっているかもしれない。
こうした次世代への循環は、
特にローカルには地層のように積み重なっているのではないか。
BOOKS AND PRINTSもその層のひとつになっているはずだ。

Creator Profile

SHINGO WAKAGI 
若木信吾

わかぎ・しんご●1971年浜松市生まれ。ロチェスター工科大学写真学科卒業。広告、雑誌などでカメラマンとして活躍するかたわら、写真展、映画制作、書店経営など精力的に活動の場を広げている。2月3日から積水ハウス浜松住宅展示場にて写真展「ロチェスター」開催。

Web:Youngtree Press

Instagram:@shingowakagi

voicy:若木信吾のヤングトゥリーラジオ

information

map

BOOKS AND PRINTS 

住所:静岡県浜松市中区田町229-13 KAGIYAビル201

TEL:053-488-4160

営業時間:13:00〜18:00

定休日:火・水・木曜

Web:BOOKS AND PRINTS

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