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ローカルフードをテーマに
廃校利用したサテライトオフィス
〈タノカミステーション〉

坂口修一郎の「文化の地産地消を目指して」
vol.015

posted:2022.5.27   from:鹿児島県南九州市  genre:食・グルメ / 活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  音楽家である坂口修一郎さんは、フェスの運営やコミュニティづくりのために、
東京と鹿児島、さらには日本のローカルを移動し続けています。
坂口さんが体現している新しい働き方やまちづくりを綴ってもらいました。

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Shuichiro Sakaguchi

坂口修一郎

さかぐち・しゅういちろう●BAGN Inc.代表/一般社団法人リバーバンク代表理事
音楽家/プロデューサー。1971年鹿児島生まれ。93年より無国籍楽団〈ダブルフェイマス〉のメンバーとして音楽活動を続ける。2010年から野外イベント〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉を主宰。企画/ディレクションカンパニー〈BAGN Inc.(BE A GOOD NEIGHBOR)〉を設立。東京と鹿児島を拠点に、日本各地でオープンスペースの空間プロデュースやイベント、フェスティバルなど、ジャンルや地域を越境しながら多くのプレイスメイキングを行っている。2018年、鹿児島県南九州市川辺の地域プロジェクト〈一般社団法人リバーバンク〉の代表理事に就任。

リバーバンクの森から川辺の中心市街地へ

2018年に発足した〈リバーバンク〉は、
地域の人と地域外の人が関わるコミュニティづくりを活動の軸としてきました。

〈リバーバンク森の学校〉では、
コロナ禍でも夏には子どもたちのサマーキャンプを開催したり、
〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉も規模を縮小し参加者を絞って開催。
こうしたイベントを中心に、
森の学校を大事に感じてくれる人たちの会員制度を募ってキャンプ利用をしたりと、
静かな環境を守りながら活動しています。

制限した人数で静かに盛り上がるグッドネイバーズ・ジャンボリー。

制限した人数で静かに盛り上がるグッドネイバーズ・ジャンボリー。

同時にリバーバンクのメンバーであるジェフリー・アイリッシュさんを中心に
周辺の空き古民家を洗い出し、大家さんとの交渉を経て6軒の家を改修。
それ以外にも空き家の紹介などを通じて
27名の人たちが地域外から移住して来てくれました。

ジェフリーさんがこだわって改修した空き家。

ジェフリーさんがこだわって改修した空き家。

移住してきた人たちは、シェフやデザイナー、陶芸家やモデルなど職業はさまざまですが
主にクリエイティブ・クラスと呼ばれるようなタイプの若い世代の人たち。
人口はだいたい周辺地域で1200名強(600世帯)なので、2%強の増加です。
年間平均で20軒近くの空き家が出る地域に6世帯が増え、
こうした人たちが森の学校周辺の地域に暮らすようになったというのは
大きなインパクトがあります。

このような活動を続けているうちに、
僕らリバーバンクに新しいプロジェクトの話が出てきました。
それは、小さな川辺町(かわなべちょう)のなかでも
さらに小さな高田地区というエリアでの活動だったところから、
川辺の中心街でのプロジェクトでした。

空き店舗も目立つようになってきた中心商店街。

空き店舗も目立つようになってきた中心商店街。

川辺町が属している南九州市の地方創生のための総合戦略のなかに
「サテライトオフィス」をつくって企業誘致をするという項目があり、
なんとかこれを実現しなければいけない。しかし、具体的にどうしたものか……。
市のほうでも悩んでいるという相談がありました。

ただサテライトオフィスをつくるといっても漠然とし過ぎています。
鹿児島市から車で約1時間かかる山あいのまちに、どういうものが必要なのか。
そもそもサテライトオフィスってなんなのか。
役所の人たちと話をするなかで、
サテライトオフィスとコワーキングオフィスという言葉も入れ混じったりしていたので、
まずはいろいろとリサーチをして、言葉の定義を確認するところから始めました。

次のページ
支社とサテライトオフィスの違いとは?

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日常的に交流のできる施設を創造する

サテライトオフィスとは、企業の本拠から離れた所に設置されたオフィスのこと。
「サテライト」とは英語の「satellite(衛星)」を指します。
従業員が通勤混雑を避けたり、移動時間を短縮したりするために、
遠隔勤務するための通信設備などを備えたオフィスで、
いわゆる従来の「支社」とはニュアンスが違う。

鹿児島市内で僕ら〈BAGN〉が運営しているコワーキング/ワークラウンジ。

鹿児島市内で僕ら〈BAGN〉が運営しているコワーキング/ワークラウンジ。

サテライトオフィスはどちらかといえば、
支社よりも規模の小さいマーケットのために構えられている拠点や、
社員のライフスタイルを守るために設置されたオフィスのことを指しています。
支社や営業所という単位よりも少ない人員で運営されていることが多い。

サテライトオフィスは本社以外でも働ける場所をつくるのが目的である一方、
支社・支店はその場所でしかできない仕事をするのが目的。
支社・支店の場合は、働き手がその環境を選ぶというよりは、
業務命令として赴任する(もしくは現地採用される)ケースがほとんど。
出張でやってきた本社の社員がワーキングスペースとして利用することはあっても、
そのために設置されているわけではない。などなど。

そしてなぜか一緒に語られがちなコワーキングスペースとなると、
またもう一段階、別の議論が起こります。
サテライトオフィスはあくまで遠隔勤務するというのがメインですが、
コワーキングとなるとそこに集まる人たちが「協働」して仕事をするというイメージ。
サテライトが1社で使うオフィスであるとすると、
コワーキングはいろんな業種やフリーランスの人が交流して仕事をする
新しい文化的な側面が加わります。

サテライトオフィスとは呼んでいますが、
僕らが目指したのはどちらかというとこの「交流」のイメージでした。
というのもリバーバンクの活動を通じて
クリエイティブな人たちが少しずつまちに集まってきていましたが、
日常的に集まる場所というのがなく、
まちのあちこちに点在している感じだったこともあります。

徳島県神山町にあるサテライトオフィス。

徳島県神山町にあるサテライトオフィス。

次のページ
神山町に習ったこととは?

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ローカルフードで人をつなぐ

実際にプロジェクトを進めていくために、
まず僕らは同じくらいの規模のまちでサテライトオフィスで有名になった
徳島県の神山町に役所のメンバーと一緒に旅をして体感するところから始めようと
動き出しました。
僕らは神山とは以前から交流があったので、
いわゆる行政視察というだけでなく
夜は現地で活動している人たちと食事を囲んだりしながら、
表向きの顔だけでなくリアルな部分も見せてもらい語り合いました。

やはりただ箱としてのオフィスをつくるだけではだめで、
どういう人に使ってほしいのかという明確なイメージや、
まちの強みを生かす施設にしなければ地域の人たちにも使ってもらえない
……などいろいろと学びがありました。

なかでももっとも大きな収穫は、行政側で仕様を決めて
オリエンをしてコンペをするというような通常のやり方ではなく、
市民も巻き込んで、時間をかけてじっくり議論をして内容を決めていったという
神山のプロジェクトをつくるプロセスでした。

それを見習って南九州市でも役所だけでなくまちの人たちも巻き込んで
ワーキンググループをつくり、1年という時間をかけて議論が始まりました。
最近の働き方改革などで、サテライトオフィスやコワーキングという言葉は
みんな聞いたことがありました。しかし、そのイメージはバラバラ。
そこでまずはサテライトオフィスの定義や、
目指すべき方向性を話し合い、目線を合わせるところからスタートしました。

人が集まるためには、箱は必要ではあるけれど十分ではなく、
もう少しコンテンツがあったほうがいい。
そこで万人に共通するコンテンツというと
やはり「食」なのではないかということになりました。

生産量は日本一でありながらあまり知られていない知覧茶(ちらんちゃ)。

生産量は日本一でありながらあまり知られていない知覧茶(ちらんちゃ)。

南九州市は一次産業の生産はとても豊か。
そもそも自治体レベルとしては、日本で一番お茶をつくっているまちです。
せっかく多様な生産者はいても、レストランやカフェといった人が集まる場所は少ない。であれば、地元の食材をアレンジして食べることができる
レストランやカフェつきのオフィスがあれば、なにはなくとも人が集まる拠点になる。

農業関係の会社がここで仕事をしてもらってもいいし、
生産者が加工品をつくる場合には、新しいアイデアを持ったシェフや
パッケージなどのデザインといった農業だけでない仕事も生まれる。
そういう人たちが交流する場であれば、
このまちにもサテライト/コワーキング・オフィスがある意味がでてくるのではないか。

すでに川辺にはクリエイティブな人材が集まり始めています。
まずは彼らが使ってくれるのがプロジェクトのスタートになるのでは。
こうして「ローカルフードをテーマに人々をつなぐ施設」としての
方向性が見えてきました。

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廃校を利用した施設とは?

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タノカミステーション完成!

本質的にこのプロジェクトは交流人口を増やして関係人口化し、
最終的には移住や定住人口を増やすことで
人口減少に悩むまちを活性化したいという目的があります。

外から人を集めて来ることばかりに目が行きがちですが、
地元には高校もあり若い人がまったくいないわけではありません。
彼らは大学や就職で一度はこの地域を離れますが、
彼らが魅力に感じるような新しい仕事や新しい働き方をしている
大人の姿をこのまちで見せるということが、彼らの流出を防ぐ、
もしくはまた帰って来たいと思えるまちになるのではないだろうか。
そういうことも方向性に盛り込まれていきました。

そして実際に企画の骨子をまとめ、
森の学校と同じく内閣府の地方創生推進交付金を申請しました。
プロジェクトを実施する場所も、
商店街でほとんど使われずに残っていた
川辺中学校の廃校舎をリノベーションすることにしました。

この建物も地域の遊休資産をみんなでリサーチして見つけました。

この建物も地域の遊休資産をみんなでリサーチして見つけました。

そうして生まれたのが〈タノカミステーション〉と名づけられた、
レストランを併設したサテライトオフィスです。

タノカミステーション外観。生まれ変わった旧校舎。

タノカミステーション外観。生まれ変わった旧校舎。

レストランは地元産の小麦と蕎麦を練り込んだパスタや、
具材にも地元の生産物をふんだんに使ったメニューが中心になりました。

ほぼすべてを地元の食材で構成したメニュー。

ほぼすべてを地元の食材で構成したメニュー。

レストランの厨房の隣には、フードビジネスで起業を考えている人のための
チャレンジキッチンも備えています。
今年の秋にはクラフトビールの工場も施設内にオープン予定です。
ビール工場はグッドネイバーズ・ジャンボリーでも
毎年フードの取りまとめを担当してくれている
林賢太さんが新たに会社を立ち上げて施設に入ります。

もともと教室だったとは思えないレストラン内部。

もともと教室だったとは思えないレストラン内部。

これまでもイベントのときだけ限定醸造してもらっていたクラフトビール。

これまでもイベントのときだけ限定醸造してもらっていたクラフトビール。

実はこの敷地内には温泉が湧いており、
サテライトオフィスの目の前には温泉センターもあるという立地。
仕事に疲れたら温泉に入ってクラフトビールで一杯してリフレッシュという、
なんとも楽しそうなビジョンが。

こうして4月に開業したタノカミステーション。
タノカミの名前は、かつてこの中学校の校歌にも歌われていて
地元の人からはまちのシンボルと親しまれている田上岳(たのかみだけ)から。

リバーバンクは森の学校とタノカミステーションのふたつの拠点を運営しながら、
川辺地域での活動を続けていくことになりました。

賑わう地産地食をテーマにしたコミュニティレストラン。

賑わう地産地食をテーマにしたコミュニティレストラン。

広々した空間で落ち着いて仕事ができます。

広々した空間で落ち着いて仕事ができます。

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タノカミステーション

住所:鹿児島県南九州市川辺町平山6978

営業時間:

TANOKAMI KITCHEN 11:00〜18:00(Lo.17:00)

TANOKAMI FOOD LAB 11:00〜17:00

TANOKAMI SATELLITE OFFICE 10:00〜18:00

定休日:木曜、年末年始

Web:タノカミステーション

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