連載
posted:2021.7.14 from:鹿児島県大島郡 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
音楽家である坂口修一郎さんは、フェスの運営やコミュニティづくりのために、
東京と鹿児島、さらには日本のローカルを移動し続けています。
坂口さんが体現している新しい働き方やまちづくりを綴ってもらいました。
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Shuichiro Sakaguchi
坂口修一郎
さかぐち・しゅういちろう●BAGN Inc.代表/一般社団法人リバーバンク代表理事
音楽家/プロデューサー。1971年鹿児島生まれ。93年より無国籍楽団〈ダブルフェイマス〉のメンバーとして音楽活動を続ける。2010年から野外イベント〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉を主宰。企画/ディレクションカンパニー〈BAGN Inc.(BE A GOOD NEIGHBOR)〉を設立。東京と鹿児島を拠点に、日本各地でオープンスペースの空間プロデュースやイベント、フェスティバルなど、ジャンルや地域を越境しながら多くのプレイスメイキングを行っている。2018年、鹿児島県南九州市川辺の地域プロジェクト〈一般社団法人リバーバンク〉の代表理事に就任。
グッドネイバーズ・ジャンボリー(以下、GNJ)には
毎年多数のクラフトマンやアーティスト、シェフなどが
全国あちこちから参加してくれます。
今回はそのなかのひとり、奄美大島の染色作家、〈金井工芸〉金井志人さんの工房に
コロナ禍の緊急事態宣言の合間をぬって訪ね、
考えたことなどを書いてみたいと思います。
GNJでは毎回20〜30組ほどのものづくりのワークショップを開いています。
初期は鹿児島で活動しているクラフトマンから
その場でできる比較的簡単なものづくりを教わり、
一緒に体験して持って帰るということを行っていました。
しかし次第に参加してくれるクラフトマンも全国から集まってくれるようになり、
またGNJに協力してくれる企業のブースなども出るようになって
大がかりになってきました。
さまざまな企画をしていくなかで僕らが一番大事にしているのは、
ほかの地域でもできることではなくて、
「いま」「ここ」でしか体験できないものにしようということです。
具体的には鹿児島という地域ならではとか、GNJでしか実現できない組み合わせとか。
クラフトワークショップ企画担当の実行委員、
飯伏正一郎くん(自身もRHYTHMOSという
革細工のブランドを主宰するクラフトマン)を中心に、
各クラフト作家や協賛社のみなさんとディスカッションを重ねてつくってきました。
毎年人気のワークショップとなるのが、オフィシャルTシャツを制作してくれている、
〈ユナイテッドアローズ・グリーンレーベルリラクシング〉と
奄美の染色工房とのコラボレーションワークショップです。
会場が廃校だということもあって、
オフィシャルTシャツはカレッジTシャツをモチーフに毎年色違いでつくっています。
それをワークショップ用として、特別に白地に白いラバープリントでつくってもらい、
GNJの会場で自分で泥染めをします。
プリント部分は染まらないので、くっきりとロゴが浮き出た自分だけのTシャツが完成。
イベントが終わると、その日のうちに持って帰れるというもの。
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このワークショップは、〈森の学校〉周辺の木から取った染料で
草木染めにチャレンジしたりと、毎年バージョンアップを重ねています。
最初は思いつきだったアイデアをおもしろがって、
さらにアイデアを重ね実行してくれるのが金井工芸の金井志人さん。
奄美大島で生まれ育ち、家業の泥染め工房を継いで奄美から全国、
さらには世界的にものづくりをしている人たちと
コラボレーションをしている染色作家です。
彼は何度もGNJには来てくれていますが、
いつか僕も現地で実際にその染色の仕事を体験したいと思っていたので
それが今回の奄美への旅の目的となりました。
数年前、最初に声をかけて森の学校に来てもらったときに印象的だったのが、
「こんな森に囲まれたところでイベントなんかやって大丈夫ですか!?」と聞かれたこと。
「??」となっている僕に、「ついハブが出るかと思ってしまって……」と金井さん。
考えたこともない反応でした。
ハブの棲息の北限は屋久島の手前なので、もちろん鹿児島にハブはいません。
でも森を見ると反射的にそう思ってしまうくらい、ハブは奄美では身近な存在。
ちょっとした藪に入るときでもハブに気をつけるようにと注意されます。
さらに印象的だったのは、ただ怖がっているだけではないということ。
ハブは奄美では山や森の守り神だとも考えられていて、
ハブがいるおかげで奄美は乱開発から守られているといいます。
これは奄美滞在中にほかの人からも聞いた話。
奄美の人たちは土着の神をリアルに信じているのです。
そんな奄美に何百年も伝わる伝統の泥染めは、
工程のすべてが奄美の自然からの素材を使って行われます。
最初に、島で伐りだした車輪梅(現地の言葉ではテーチ木)という木を煮出した、
タンニンを含む染色液を使うところから始めます。
その後、奄美特有である鉄分が豊富な泥田に浸けて、
化学変化を起こして色を定着させていきます。
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泥田は何度も染めていると、
泥染にとって重要な成分である鉄分が減ってくることがあります。
そんなときはソテツの葉を泥田に放り込んで鉄分を補給するそうです。
ソテツは漢字では「蘇鉄」と書き、
弱ってきたら幹に五寸釘を打ち込むと鉄分を補給して元気になるというくらい、
自らの中に鉄分を多く持つ樹種。かつて食料が少なかったときは、
その実を食用にしていたそうで、島にはたくさん自生しています。
奄美の泥染めは、
最初から最後まで島にふんだんにある素材を使って独特の深い色を出します。
その素材を提供してくれるのは奄美の豊かな森であり、その森をハブが守っています。
完全に自然と共生した暮らしがある。ハブは確かに怖いけど、
だからこそ奄美の島ならではの仕事があり、暮らしが守られているのです。
完全に自然のものだけで染めているので、
このきれいな川に流してもなんの問題もありません。
これを水道でやろうとすると何度も水を汲み直したりしなければならず、
逆に手間がかかる。天然の川で流すのが最も効率がいいのだそう。
染色の体験をひと通り終えたあと、
金井さんが奄美の島料理が食べられる居酒屋に誘ってくれました。
席に着くと次から次へと料理が運ばれてきます。
もうお腹いっぱいになっても出される料理が止まらない。
とにかく島を楽しんで帰ってもらおうという気持ちをすごく感じます。
そのうちカウンターで飲んでいたお客さんがおもむろに三線を手にすると、
料理を出していたおかみさんがカウンターの中から歌いだしました。
用意されたステージなどではなく、すべてがなんとなく自然に流れていきます。
気づけばいつの間にか当たり前のように楽器が回されて、島唄セッションに。
上手い・下手なんて関係ない。僕らにはわからない島口(島の方言)の歌詞は
標準語に翻訳してくれたりしながら、朗らかな夜はどんどん盛り上がります。
最後は金井さんも三線を手にして、みんなで島唄の大合唱!
即興でも、初めて会った人でも、島で育ったら島唄はだいたい歌える。
育った地域の名を聞いて「じゃあそのあたりの歌を」といって盛り上がる。
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そんな島の人たちに、帰る前に会えたら会っていくといいと言われた人がいました。
それは人ならぬ神様。ユタ神様と呼ばれている女性の霊媒師で、
島の人はちょっと悩んだり困ったりしたことがあるとすぐに会いに行くのだそうです。
外から来た人でも、タイミングが合えば会ってくれるとのこと。
でもどうやって……と思っていたら「電話番号教えますよ〜今電話してみたら?」。
神様めちゃくちゃカジュアルです。
奄美にはなんとなくそういう存在の人がいるというのは聞いていたものの、
そんなにすぐ会ってくれるものなのか。
半信半疑でしたがとにかく電話してみることにしました。
1回かけてつながらない。ちょっと時間を置いてもう1回。留守電にもなりません。
ダメ元でもう1回かけてもやっぱりつながらない。
忙しいのでしょうか。「どうも電話つながらないみたいです」と島の人に伝えたら、
こともなげに「あなたは今、神様が必要じゃないんだよ」と。
「必要なときはすぐつながって会ってくださるから」。
そんなの当たり前でしょっていう感じ。
ハブといいユタ神様といい、島の人たちは目に見えないことでも普通に信じている。
そういえば、実は僕が奄美に渡ろうとしたのはこれが3度目。
でも過去2回は、台風が直撃して飛行機が飛ばず、その後の予定もあったので断念。
今回3度目の正直で来られたのは、島が呼んでくれたのかもしれない。
それでもユタ様とはタイミングが合わなかった。
会ってもいないユタ神様に「1回くらいじゃまだ早い、またおいで」と
言われている気がしました。
神様というと僕らは天の上のほうにいる、
ものすごく強大な存在と考えてしまいがちです。
僕らも悪いことがあるとお祓いをしてもらったり、
調子に乗っていると「神様のバチがあたる」とか言いますが、
島の人たちは僕らよりもっと普段の暮らしに霊的なものを感じている。
それはこの島の生活の身近にある、圧倒的な自然がそうさせているのだと思います。
自然によって生かされているという感覚が強い。
金井さんも自分は「染めている」のではなく、
「染めさせてもらっている」のだと語っていました。
同じ鹿児島県なのに、海を隔ててその文化は大きく違います。
多様性という言葉は最近あちこちでよく耳にします。
僕ら日本人はかつては八百万というように、神様にも多様性を認めていましたが、
都市化が進むにつれてそのことをずいぶん忘れてしまっているように思います。
しかし、島の人たちとふれあい、あらためて誰もいない奄美の美しい海を眺めていると、
確かにこのまわりのすぐ近く、
いたるところに神様がいると信じられるような気持ちになってくるのでした。
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