連載
posted:2022.8.18 from:長野県佐久市 genre:旅行 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Kotaro Okazawa
岡澤浩太郎
おかざわ・こうたろう●1977年生まれ、編集者。『スタジオ・ボイス』編集部などを経て2009年よりフリー。2018年、一人出版社「八燿堂」開始。19年、東京から長野に移住。興味は、藝術の起源、森との生活。文化的・環境的・地域経済的に持続可能な出版活動を目指している。
photographer profile
Osamu Kurita
栗田脩
くりた・おさむ●1989年生まれ、写真家、長野県上田市在住。各地で開催しているポートレイト撮影会「そうぞうの写真館」主宰。ちいさなできごとを見逃さぬよう、写真撮影や詩の執筆を行う。2児の父。うお座。
長野県南佐久郡佐久穂町。
軽井沢から近く、特にコロナ後は移住者や県外からの視線を集めているが、
このまちにはそれよりずっと以前から、国内外の旅行者が頻繁に訪れる、
1棟貸し切りの宿がある。
手がけたのは、〈山村テラス〉の岩下大悟さんだ。
森に続く丘の上にある12畳の小さな小屋、〈山村テラス〉。
築70年の蚕小屋を改装した〈月夜の蚕小屋〉。
北八ヶ岳山麓の別荘地を改装した〈ヨクサルの小屋〉。
訪れた人は、その美しさに目を見張るだろう。
しかもこれらは岩下さんたちのセルフビルド、さらに完全に独学だというから驚きだ。
いずれも空間は小さいが、外装も内装も家具も食器も、
あらゆるところに丁寧な目配りがされている。
丸みのある、どこかかわいらしくもある空間に、質感のあるあたたかで親密な雰囲気。
仕事場にするよりも、ここでただ時間を過ごすことを味わいたい、
叶うものなら、ここでずっと暮らしていたい……
山村テラスの空間には来訪者の心をつかんで離さない魅力がある。
岩下さんは2021年、4軒目の宿泊施設となる〈木馬のワルツ〉を、
佐久穂町が隣接する佐久市の望月という地域にオープンした。
もともとはすぐ近くにある馬事公苑の馬の調教師の宿舎だったが、
約10年使用されておらず、建物を所有する佐久市の観光政策のひとつとして、
市の振興公社から管理運営を委託されるかたちで、岩下さんたちが手がけることになった。
望月という地名が由来する満月、
この地が平安時代から朝廷へ献上する名馬の産地だったという郷土史に想を得て、
「月と馬」を空間のテーマにしたという。
「そういう歴史や文化はヒントにします。
『この場所だったから、この空間になった』というのがベストですね」と岩下さん。
ところが意外にも、「ものづくりはそんなに向いてないと思います」と言う。
東京に工房を構える兄弟の仕事と比べると、
「プロの職人になれなかった劣等感があるからこそ、手を動かして、試行錯誤して、
結果として山村テラスっぽい空間が仕上がっているんだと思います」
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「土っぽいというか、住んでいて、内側から出てくるようなものを、つくっていきたい。
その空間で時間を過ごすことで、物語を読んだような、誰かの人生を歩んだような、
こんな暮らし方や生き方があるんだ、っていう気持ちになれたら」と口にする岩下さん。
その“ものづくり”に至るまでには、いくつかの伏流があった。
岩下さんは旧浅科村(現・佐久市)出身。
家族で暮らしていた家は、父親がDIYで猟師小屋を直した建物だったという。
「当時は興味なかったんですけど、
子どもの頃から『自分の家は自分で直せるんだ』という感覚はあった」と岩下さん。
浪人時代、2階の屋根裏にある自分の部屋に行くのに居間を通るのがイヤで、
父親と一緒に外から直接部屋に行けるように壁をぶち抜いて階段と玄関をつくり、
店のような看板を立てたそう。
「屋根の上まで登れるようにして、そこで星を見たりして。
いま思うと、ボロい家なんだけど、夢はありました。
小さい頃から秘密基地をつくるのが大好きで。
薮のなかでちょっと壁を立てて自分たちのスペースをつくるだけで
全然違う世界に来たかのような感覚になれるんですね。
振り返るとそういった経験がベースにあって、
いまやっていることもその延長線上にある気がします」
学生時代にバイクで日本一周し、田舎の風景の美しさに感動したという。
「例えば、田んぼや畑に積んである石垣。美しい風景をつくろうとしているんじゃなくて、
そこにある暮らしや生活や生業の結果としてその風景が生まれている。
自分も将来は、地元で自分が生きることが結果として、
その土地のいい風景につながっていればいいなと、強く思いました」と当時を振り返る。
大学卒業後は地元商社に勤めた。
ある日、地元の高校時代の友だちと
「次のゴールデンウィークに、出会って10周年記念に何かおもしろいことをやろう」
と盛り上がり、いくつか上がった案のなかから、小屋をつくることが採用された。
「本当にノリでした。プロなんて誰もいないけど、
ホームセンターで資材を30万円分買ってきて、『買ったからにはやるしかない』と(笑)」。
雑誌で読んだ知識を頼りに建て始めるが、しかし、連休中だけでなく、
夏まで時間を見つけては作業に没頭したが、完成しなかった。
その後岩下さんは会社を辞め、かねてから興味のあったフィンランドを訪れる。
「ムーミン、サンタクロース……学生時代に読んだ本やいろいろな刺激が
結果的にフィンランドにつながっていて」
次の人生を描くヒントを得るための渡航だったが、
この旅で岩下さんは大きな財産を得ることになった。
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ひとつは、建築。
もともと自室を内装するのが好きで、
ものでデコレーションしながら空間をつくっていくことに楽しさを感じていたが、
アルヴァ・アアルトらフィンランドの建築に触れ、
「何もないスペースがあるからこそ、
そこにあるものや窓から見える風景が活きることを学びました。
もともと自然が大好きだったので、
まず周りの自然を空間にいかに心地よく取り入れられるか、
そして周辺の環境のなかに建築物がどのように佇むかを、考えるようになりました」
もうひとつは、サマーコテージの文化。
フィンランドの人たちは、家族や親しい友人を連れ立って、
電気も水道もないサマーコテージを頻繁に訪れるという。
自然に囲まれてビールを飲み、サウナに入り、暑くなったら湖を泳ぎ、焚火で肉を焼き、
またビールを飲んで……というのを一日ゆったりと繰り返す。
「彼らにとってそれが何よりも大切な時間で、
実際にサマーコテージで過ごした時間は本当に特別なものでした」と岩下さんは振り返る。
驚いたのは、ヘルシンキのような都市部の人だけでなく、人里離れた森に住む人ですら、
自宅から500メートル離れた川のほとりにサマーコテージを持っていることだった。
「『行く必要なんて全然ないじゃん』って聞いたら、
『どんなに自然のある場所に家があっても、家は日常に追われて忙しい場所だから』と。
そうか、生活は生活なんだなと」
当時からフィンランドではインターネットが進み、インフラが整備されていた。
そのような都市的な環境と「バランスを取るようにしていた」のではと、
岩下さんは回想する。
住む場所と、いい時間を過ごす場所の、両方を持つこと。
これもキーワードになった。
3つめが、フィンランド北部ラップランドの森のなかで過ごした体験だ。
古い建物を自分で改修し、
自給自足の生活をするユッカという若者の家に滞在したときのこと。
そこでは宿泊費を払う代わりに畑やヤギの世話、薪割りなど、
ユッカの日々の作業をともにしながら過ごしていたが、
岩下さんのほかにもAirbnbを使ってさまざまな国の人たちが、
彼の生き方や暮らしに触れるために訪れていたことに、岩下さんは驚いた。
「自分の意志で土地と向き合い理想を描いて地道に生きる姿は、
時にどんな辺鄙な場所からでも世界に鋭く届くんだ」と、肌で感じたという。
フィンランドに滞在したことで、今後の生き方の輪郭がぼんやりと浮かんできた。
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岩下さんは帰国すると、制作途中で放置されていた小屋の建築に取り組んだ。
つくりかけの小屋に寝泊まりしながら作業を続け、1年後、完成させた。
これが岩下さんの1作目、のちに屋号ともなる、〈山村テラス〉になる。
日本ではまだ黎明期だったAirbnbに登録した途端、
海外から旅行者がひっきりなしに訪れるようになった。
自然豊かな環境で、小屋に流れる時間をゆっくりと楽しむ彼らを見て、
自分がフィンランドで感じた価値が確かなものであると確信した。
「普段の生活でも、『あ、なんかいまいいな』という瞬間があると思うんです。
食器を洗いながら外の風景がよく見えるとか、川の音が聞こえるとか、
洗う水の音が部屋に響くとか……『美しい』というと大げさなんですけど、
そういう瞬間を増やしていけるような空間づくりをしたい」
山村テラスを始めて、今年で9年。地元の人が山村テラスの空間を訪れることもあり、
「こうやって見ると、いいところじゃないか」と言われるのだそう。
「目の前の景色が当たり前すぎて、普段は魅力に気づかない。
だけど、建築物やベンチがひとつあるだけで、『意外といいところじゃん』と。
それが自分の役割のひとつなのかな」と岩下さんは言う。
「山村テラスの4つの建物は、どれも人の手が入った美しい里山にあります。
その風景はこれまで住んできた地元の人たちや農村社会が築いてくれたもの。
そのしっかりとした土台の上に僕たちの活動はある。
人が土地や建物に手を入れることをやめてしまうと、
ほんの数年で人が活動できる場所ではなくなってしまいます。
地元のみなさんがあまりにも当たり前に行っているので見えづらいのですが、
農村社会や地域コミュニティ活動、防災に対する仕組みが機能しているからこそ、
いまここで生きていけるんです。
最近は移住される方も増えてどんどん多様性が生まれ、経済も動いています。
“変化と多様性”は地域にとって大切なことだし、
こうやってメディアにも注目してもらいやすい。
でも、当たり前すぎるいまの風景や環境の裏にある、地元の人たちの活動の大切さは、
地域を継続していくうえで、もっと広く認識されるべきだと思います」
いま、佐久穂町は大きな転換点を迎えているといえるだろう。
移住者が商店街の空き店舗を改装して新しい店がいくつも開店し、
またまちが大手アウトドアブランドと提携し、
2年後に複合店舗を備えた道の駅を
高速道路の出口すぐの場所にオープンさせる計画も持ち上がっている。
「外部の大手資本による効果が期待できる一方で、
もともと地域にある魅力や、少しずつ成熟してきた文化、
内側から起こってきた変化があります。
大きな流れが生まれつつあるからこそ、
地域独自のアイデンティティにあらためて着目していきたい。
話題性があってまちを訪れてみたら、田畑が生きていて、河川が管理されていて、
神社や鳥居や家々がよく手入れされていて、
商店街からは歴史と新たな個性が垣間見られる。
そんなまちの風景から、暮らしの息吹を感じられたら魅力的だなあと思います」
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これからの地域の課題は
「“農村社会の土台“と“変化と多様性”の、両方の大切さを認識し合い、
時代に合わせてバランスよく整えていくこと」と岩下さん。
同じ長野県内とはいえ、旧浅科村出身で佐久穂町在住、
つまり半分地元で半分移住者という立場にある岩下さんは、
「僕はちょうど中途半端な立ち位置なので、
そういう部分で意識的に動いていきたい」と口にする。
「多様な人たちが多様な活動をしているのが地域なので、
狙って活性化を行うのは至難の技だと思います。
例えば、コロナ前は海外の人たちが僕らの小屋を訪れて、
地元の飲食店に突然海外の人が行くわけです。
それでお店の人が英語のメニューを用意してくれたりして。
それがひとつの結果なのかなと。
そうやっていま自分ができることをちゃんと価値にして、継続した結果が、
10~20年後の小さな変化になればいい。その連続だと思うんです」
変わりゆくまちと、変わらないまち。
行き交う人々が増える一方で、ずっと暮らしを続けてきた人々もいる。
それぞれの営みの総体が、地域というひとつのアイデンティティをつくるのなら、
そこに住む人たちの暮らしが「いい時間」であることが、
まち全体の魅力につながっていく。
山村テラスで過ごした美しいひとときの積み重ねが、まちを彩ることにつながるのなら、
自分には空間をつくる理由がある――。
いま岩下さんは、自宅近くの古民家を工房兼事務所用に改装し、
さらに数件の建物の改修予定がある。
それらが終われば、ツリーハウスのような、
より自由度が高くおもしろい空間をつくりたいという。
「でも、そんなに増やす気はないです。毎回『これで終わり』と思ってやっているので」
と岩下さんは笑うが、
彼が手がけた空間を、そしてその空間が佇むまちの風景を、これからも見続けていきたい。
Profile
Daigo Iwashita
岩下大悟
いわした・だいご●1985年生まれ。長野県佐久市(旧浅科村)出身。フィンランドでサマーコテージの文化や暮らし方に触れ、帰国後の2014年、同県佐久穂町にセルフビルドの小屋「山村テラス」をオープン。以降、現在まで4軒の宿泊施設を手がける。
information
山村テラス
住所:長野県南佐久郡佐久穂町・佐久市(非公表)
料金:山村テラス 1泊1名17000円〜、月夜の蚕小屋 1泊1名17000円〜、ヨクサルの小屋 1泊1名23000円〜、木馬のワルツ 1泊1名28000円〜
Web:山村テラス
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