連載
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:田中陽介
淡路島の西海岸に、人の流れが生まれている。
〈GARB COSTA ORANGE〉というレストランがオープンし、
「ガーブコスタオレンジ前」というバス停もできた。
周辺には〈KAMOME SLOW HOTEL〉〈LONG〉〈中華そば いのうえ〉
〈しまのねこ〉〈酒場ニューライト〉など、飲食店やホテルが続々とオープン。
関西や徳島などからも客が訪れるエリアになっている。
これらを仕かけているのが、全国に飲食店などを展開する〈バルニバービ〉だ。
そしてバルニバービのあらたな事業として、
廃校をリノベーションした複合スペース〈SAKIA〉が生まれた。
飲食店のほか、こども図書館、コワーキングスペースを備え、
施設内の至るところに現代アートが飾られている。
これらはすべて徒歩圏内にあり、さながら新しいまちができあがったようだ。
バルニバービが、「Frogs FARM ATMOSPHERE」という
地方創再生プロジェクトをはじめ、
淡路島の西浦エリアで活動している理由を、佐藤裕久会長に聞いた。
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地方創生を意識したのは、2011年に起きた東日本大震災だという。
バルニバービ各店舗でも東北の食材を扱っていたが、
その流通が止まる恐れがあった。
そこで、日本全国さまざまな産地の食材を探し始めると同時に、
「地方に多くの魅力あるエリアが取り残されていることに気がつきました」と言う。
そして2016年、滋賀県のJR大津駅、380坪の全面改装をお手伝いした。
「自治体やまちの方の評判も良く、地方という言葉で“十把一絡”にされているまちが、
われわれのような些少なきっかけで動くということを体感しました。
と同時に、大津駅はじめ、首都圏のレストランを展開するうえで、
淡路島との食材取引も増えていきました」
淡路島との関係性が深まり、とにかく一度訪れてみようと、
佐藤さんは西海岸にある西浦エリアに降り立つ。
「その日の夕陽が、とにかく美しかった。
これをそのまま放っておくのは“国民の損失だ”、くらいに思ったんですよね(笑)」
淡路島でも、温泉などがある南部の洲本市と違って、
西浦あたりは人を呼び込むものがあるわけではなかったなか、
夕陽の美しさに可能性を感じ、
まずはレストラン、ガーブコスタオレンジを立ち上げることにする。
しかし当時、淡路島で成功するかどうか本人にもわかるわけもなく、社内では大反対。
「“社長、大丈夫ですか?
車でしか来られない場所でビールやワインを売る業態は無理では?”と言われる。
僕もドキドキしながらやっているけど、“大丈夫や”と言うしかない(笑)」
次なる問題点は、「誰が淡路島に行くか」だったという。
「ここで働くスタッフたちも、当初は嫌がっていました。
しかし住み始めるとだんだんとまちが好きになって、
“住宅ローンを組めますか?”と移住を視野に聞いてくる人が、もう数人じゃありません」
まずは身内から。実際、すでに40室以上ある寮はほぼ埋まっているという。
バルニバービ社員のかなりの人数が、淡路島に移住し始めている。
実はこれは佐藤さんの思惑通りである。
お客さん以上に、まずは社員が楽しく暮らすこと。
そうして地元の人と交流が生まれれば、いずれまちになっていく。
実際、〈酒場ニューライト〉は比較的夜遅くまで営業しているが、
周辺の飲食店が閉店後、その従業員たちが集まってくる。
バルニバービ社員への福利厚生のような役割も担っているのだ。
もちろん観光客も訪れることができる。
結果、地元住民、観光客、そしてバルニバービ社員が混ざり合った
独特の空間が生まれている。
「そういう場所がなかったらやはり社員たちもさみしいはず。
住みたいまちという意味でいえば、
生活インフラ以外にもいろいろなものが必要になってくると思います」
飲食店で賑わうことだけが地方創再生ではない。
そこにさまざまな人がどう絡んでいくか。その仕組みや流れをどうデザインするか。
佐藤さんが意識しているのはさらにその先だ。
「僕にとって地方創再生は、観光客を呼び込むことだけではなく、
最終的にそのまちに住みたくなることです。
だからガーブコスタオレンジなど飲食店だけで地方再生をやるつもりではなく、
間口を広げるためのファーストステップ。
助成金頼りではないので、経済合理性もないと絶対に成立しません。
そこでいちばん得意なスタイルでやることで、まずは定着させたいと思ったんです」
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こうしてガーブコスタオレンジを中心としてさまざまなお店がオープンし、
ひとつの村のようなものが出現することになった。
そして今年3月、少し離れた場所にSAKIAという複合施設が誕生。
2014年に廃校になった元・尾崎小学校をリノベーションしている。
この施設では一転して、
経済合理性よりもコミュニティの創出が主たる目的だと話す佐藤さん。
「地方創再生の究極の姿は、そのまちに人々が住みたくなり、
そしてそこに住むことに誇りと喜びを感じる暮らしを創出することです。
そのためには我々のような新参者と、
従来からお住まいのいわゆる地元の方とがうまく融合し、
新たなコミュニティを形成していくことだと考えています」
たしかに1階の飲食店は、観光客が多いガーブコスタ周辺に比べて、
地元の人と思しき姿が多く見受けられた。
メニューも、カツカレーやナポリタン、オムライスなど、
懐かしく親しみやすい内容となっている。
〈こども図書館 KODOMONO〉やコワーキングスペースなどもあり、
地域の人たちも繰り返し利用できる施設のようだ。
「学校という元々は公施設をお預かりさせていただいていると認識しているので、
それを裏切らないように、地域とお客さま、
そして私たちの複合的な地域コミュニティの場としていきたい」
廃校とは、言うまでもなく地域の住民が子どもの頃に通っていた思い出の地である。
それだけに建物だけでもなくさず、
有効活用してほしいという地域からの思いは根強い。
「涙を流しながら
“ありがとうございます。廃校となった母校がこんな風になるなんて、
感謝しかありません”と握手をしてこられた地元の方もいました。
“まだまだこれからなので、一緒に盛り上げましょう”と、決意をあらたにしましたね」
オープンに先駆けて、地域住民を招いて「サキア祭」が開催された。
学校だけに、仲間たちの手づくりによる文化祭のような雰囲気。
地域の人たちと混ざり合って楽しむ姿が映像にも残っている。
そしてこの映像こそが、
佐藤さんが理想とする地域コミュニティのベースとなる景色だという。
「これもぼくたちがやりたいことのひとつです。
このときは僕が歌いましたけど(笑)、
自然とまちの人たちが歌ってくれたりするのも理想ですよね。
つまり、僕らみたいよそ者が一歩踏み出せば、みんなも踏み出してくれる。
地域にひとり、こんなおせっかいな新参者がいると、
たぶんローカルっておもしろくなるんですよ」
SAKIAは暮らしがベースになってくる。
元々住んでいる人、移住してきた人、これから住もうとする人。
経歴はさまざまであっても、ローカルに暮らすという大きな目的が混じり合う。
「レストランとホテルと、食物販店、バーさえあれば、
地域コミュニティができるなんてまったく思っていません。
そこに人と人との営みがちゃんと根づいたときに初めて、
ローカルに住むということが成立する」
27年前、大阪の南船場に飲食店をオープンし、
それに追随して周辺にさまざまなお店が増えていき地域に賑わいを生み出した。
そうした経験を持つ佐藤さんは、まちの魅力を“雑多性”という言葉で表現する。
「暮らすことのベースは食だと思いますし、自分たちの得意とするところ。
経済合理性もある。ただ、僕たちだけでまちの“雑多性”を生み出すことは難しい。
土地を独占するつもりもないし、飲食のみならず、
いろいろな業種が混ざり合うとおもしろいと思っています。
すでに外部の人に完全に任せているプロジェクトも動いていますよ」
こうして成功例を積み重ねていくなかで、土地を無料で貸してくれる人さえ出てきた。
「先祖代々の土地だから売るわけにはいかないが、
どうせ使っていないので使ってください」という申し出だった。
地域の人たちにとっては、商売がいかにうまくいくかだけではなく、
コミュニケーションの場であると考えられている証でもある。
「その地域に住んでいる人たちにとっては、
どれだけ自分たちの生活が楽しくなるか、なんですよね。
僕の造語ですが、退屈・窮屈・卑屈の“3屈”を覆えすことができるか?
つまりそのまち・エリアに求める『面白い』『そのまちにしかない』ものをベースに
誇りを持ち、行きたくなる店ができ、交流が生まれる。
それを僕たちは実現していかないといけないし、
想像以上のことを企画していく覚悟をしております」
まちに活気が生まれると、暮らしが向上する。
こうやって、住みたくなるまちが形成されていくのかもしれない。
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佐藤さん自身、現在は年間3分の1程度を淡路島で暮らしている。
「リモートワークが可能になったので、
3分の1程度は淡路島にいることができるようになりました。
それくらいなら、こっちでちょっとした農業も可能だと思いますよ。
水やりなんかも交代でやればなんとかなりますしね」
都会ではできない農作業にも精を出しているという佐藤さん。
都会ではがんばってもベランダ菜園くらい。淡路島ならそれなりの広さを確保できる。
「ある程度の広さがあれば家族分くらいは食材の確保ができると思います。
少しでも自分の手で食材をつくることができれば、
ある意味、生きるうえでの“安全保障”になると思うんですよね。
都会は機能的であるからこそ、ひとたびそれが止まってしまうとすべてが機能しなくなる。
食べ物の供給が止まったらどうするのでしょうか?
お金があっても、ないものは買えません。
だから自分たちの土地でつくれるようにしておく。しかもそれを仲間と分かち合える」
休耕地を使ったバルニバービの自社農園もあり、
そこで採れた野菜などは飲食店でも提供している。
経験のない社員たちを農業指導してくれているのは、地元の農家の方々。
バルニバービの若いスタッフが一生懸命に畑作業している姿を、よろこんでいるという。
佐藤さんもツナギを着て、草むしりをして汗を流しながら、
きっちりと地元住民とのコミュニケーションをとっているようだ。
まずは従業員が移住し、地元の人と関係性を構築。
そうしてコミュニティやまちが生まれていくという佐藤さんの理想。
その先には何があるのか? そもそもそれをローカルで行う目的は何か?
「都会は何でも揃っていて確かに便利ですが、
余白の時間がつくりずらい部分があるのもまた事実です。
地方では都会に比べると“不便”と思われることが多々あります。
5分ごとに正確にくる電車や24時間営業のコンビニエンスストア……。
しかしなければないで、どうとでもなるのです。
事実、ガーブコスタオレンジに車でしかこれなくても、
アルコールを飲まなくても多くの方にお越しいただいています。
地方に住むなんて無理だと思っているだけで、
ないものを憂うのではなく、今あるもので暮らしていく、
あるものの大切さに気がつく暮らしができるのです」
実際に地方に住むなんてできないと思っていたとしても、
今はさまざまな手法がある。「できない理由を探すのは簡単」と佐藤さんも言う。
それより、できる手法を探した方が建設的だ。
ローカルに暮らすということ、そしてローカルが暮らしやすく盛り上がるということ。
両面から機運が高まっていけばいい。
「日本中にまだまだ見捨てられた土地、諦められた場所がたくさんあると思います。
現状を見て、無理だと思われている場所。
今できないことは、未来にできないことではありません。
まだまだ日本はおもしろくなる。
それに気がついてもらえるまで、言い続けて、やり続けていきたいと思っています」
information
SAKIA
住所:兵庫県淡路市尾崎1798-3
Tel:0799-70-9077
営業時間:9:00~19:00
Web:SAKIA
Frogs FARM ATMOSPHERE(フロッグス ファーム アトモスフィア)
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