まるで南国の踊り!
今でも鹿児島に多く残る
奇抜な装束の奇祭とは?

生活文化が色濃く残る祭り

鹿児島では現在の県名と同じくらいの使い方で、
今でも「薩摩」という古い呼び方を使います。
地元だけじゃなく地域外からも薩摩といえば
「あぁ鹿児島のことね」というイメージがあると思います。
地元の人も薩摩という呼称にプライドを持っている。
明治維新を成した「薩長土肥」のなかでも、
いまだに薩摩「藩」だけが「県」とニアリーイコールで語られることが多い。

70年代に生まれた僕らの世代くらいまでは、子供の頃に、男の子は
「薩摩隼人」(かつてこの地域にいた部族であり、のちの薩摩国の武士の呼称)の
気概を持てと教わり、
女の子は「薩摩おごじょ」(やさしいしっかりもの)であれと言われて育ちます。
いずれにしても頭には常に「薩摩」がつく。

明治維新の後に300ほどあった藩は、廃藩置県とその後の統廃合などで
結果的に現在の47都道府県になりましたが、
150年以上経ってもまだまだ日本人の心には
殿様がどっしりと鎮座していると感じることがあります。
そのなかでも「薩摩っぽ」(薩摩の人)の頑なさは
群を抜いているのではないでしょうか。

そんな薩摩という地域名を守り続ける鹿児島人ですが、
守っているのは呼び方だけではなく、県内全域でいろんな古い風習を守っています。
一度県外に出て戻ってきてから地域を見ている自分にとってすごく興味深いのは、
かつての生活文化が色濃く残っている多種多様な祭りのかたちです。

伝統的な祭りはどこでもそうですが、
その地域の共同体のあり方と密接に関わっています。
現在はコロナ禍でかなりの数が中止を余儀なくされていますが、
コロナ前には一説によると日本全国のお祭りの数は年間30万回も行われていたなかで、
鹿児島の離島の祭りのエキゾチックさたるや、とても日本とは思えないものばかり。

鹿児島硫黄島のメンドン。《YOKAI NO SHIMA》 2013–2015© Charles Fréger, courtesy of MEM

鹿児島硫黄島のメンドン。《YOKAI NO SHIMA》 2013–2015© Charles Fréger, courtesy of MEM

県本土にもどうしてこうなった? と言いたくなるような祭りはあちこちに見つかります。
数年前に出版されたフランス人の写真家、シャルル・フレジェ
YOKAI NO SHIMA』という写真集があります。
これは日本中の奇祭の装束を集めたものですが、
そのなかに鹿児島の古い祭りの装束がかなりたくさん収録されています。

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坂口修一郎 Shuichiro Sakaguchi
さかぐち・しゅういちろう●BAGN Inc.代表/一般社団法人リバーバンク代表理事
音楽家/プロデューサー。1971年鹿児島生まれ。93年より無国籍楽団〈ダブルフェイマス〉のメンバーとして音楽活動を続ける。2010年から野外イベント〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉を主宰。企画/ディレクションカンパニー〈BAGN Inc.(BE A GOOD NEIGHBOR)〉を設立。東京と鹿児島を拠点に、日本各地でオープンスペースの空間プロデュースやイベント、フェスティバルなど、ジャンルや地域を越境しながら多くのプレイスメイキングを行っている。2018年、鹿児島県南九州市川辺の地域プロジェクト〈一般社団法人リバーバンク〉の代表理事に就任。

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