連載
posted:2022.6.8 from:大阪府豊中市 genre:旅行 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
さまざまなクリエイターがローカルを旅したときの「ある断片」を綴ってもらうリレー連載。
自由に、縛られることなく旅をしているクリエイターが持っている旅の視点は、どんなものなのでしょうか?
独特の角度で見つめているかもしれないし、ちいさなものにギュッとフォーカスしているかもしれません。
そんなローカル旅のカタチもあるのです。
text
宮崎信恵(STOMACHACHE.)
さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第25回は、姉妹によるイラストレーターユニット、
STOMACHACHE.のお姉さん、宮崎信恵さん。
自身の絵本の展示があり、大阪の本屋さんに行く旅です。
娘の成長を感じ、多くの人に会い、自分のネクストステップを踏み出すなど、
思い出深い旅になったようです。
2019年の夏、娘とふたりで4年半暮らした徳島から引っ越すことになった。
名古屋に住む恋人と一緒に住むことになったのだ。
同じ年の冬、大阪の本屋さんで私が描いた絵本の展示があり、
搬入と在廊も兼ねて初めて3人で旅をした。
展示の搬入日は金曜で、私は一足先に昼前に大阪に到着して搬入作業をし、
恋人が学校から帰った娘(当時小学3年生)を連れて来てくれて、
合流することになった。
ひとりでの電車での移動は滅多にないので、何となく手持ち無沙汰に感じる。
動きがぎこちなくなってないかな、とか大阪の電車のアナウンスは早口だな、
とかどうでもいいようなことを考えてしまう。
でも、電車に揺られて静かなひとりの時間を過ごせるということは、
娘が小さい頃には考えられない時間だった。
こうして自由に身軽に出かけられるくらい、娘は大きくなったのだなぁと思う。
名古屋駅から新大阪駅まではあっという間で、
徳島に住んでいた頃のことを思うと、交通の便がいいということは
本当に素晴らしいことだな、としみじみ感じる。
徳島には新幹線が通っておらず、
本州から鉄道で行こうと思えば、岡山から高松を経由しなくてはならなかった。
それなので、名古屋くらいまでなら車で移動することが多かった。
恋人に会いに何度も往復したおかげで、運転技術が向上した。
今思い返すと健気によく頑張って運転していたな、と思う。
本屋さんは豊中市の服部緑地の近くにある〈blackbird books〉だ。
マンションに囲まれたこぢんまりとしたお店だった。
店主の吉川さんとはSNSをフォローし合っていて、
メールのやり取りを数回していたが、搬入日にやっと対面することができた。
初対面の吉川さんに少し緊張しつつ、作業は15時半頃まで続いた。
途中、近くの小学校の下校中の子どもたちが賑やかな声とともに通り過ぎ、
このお店の日常を垣間見られたようでうれしくなった。
作業後に店内の本を見ているとあれこれ欲しいものがあって困ったが、
あと二日間あるのでおいおい吟味することにして途中で店を後にした。
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娘たちと合流するにはまだ早かったので、
一旦ホテルにチェックインして荷物を置きに行くことにした。
展示のときなどは家族や友人の家に泊めてもらうことが多いが、
今回は3人だったので近くのビジネスホテルを予約していた。
ホテルのエレベーターに乗ったり、客室の廊下を歩いていると、
私はいつも村上春樹の『羊をめぐる冒険』を思い出す。
あとで恋人にその話をすると、
彼はスタンリー・キューブリック監督の映画『シャイニング』を思い出す、
と言っていた。
どちらにせよ、非日常の不気味さがあるかもしれない。
新大阪の改札付近の柱に寄りかかって、ふたりがやってくるのを待っていた。
3人での移動はよくあることだが、
私不在のふたりでの長距離移動は初めてのことだったので、
どんな感じだったんだろう、と考えていた。
楽しい新幹線の旅になるといいなと思っていたが、
あとで聞いたところによると、何と娘はほとんど喋らなかったらしい。
他人のように黙る娘と怪訝そうな表情を浮かべる恋人の姿を想像して、
私は笑ってしまった。普段はよくふざけ合って仲が良いのだが。
無事に合流し、晩ごはんを食べに梅田に移動した。
私は中学・高校時代を大阪で過ごし、通学の電車の乗り換えで梅田を毎日通っていた。
そんな青春時代によく通った懐かしい道を
恋人と娘と一緒に歩くのは何だか不思議な気分がした。
夕食は新梅田食道街で洋食を食べ、
その後、想像以上の寒さに耐えられなかった私は防寒用にダウンベストを購入した。
旅先でのこういう買い物は、何でもないものでも
「大阪で買ったベスト」という箔(?)がつくのが
おもしろくて気に入っている。
以前、横浜のコンビニで買った普通の折り畳み傘も
「横浜で買った折りたたみ傘」として大事に使っている。
のちにTBSラジオの『安住伸一郎の日曜天国』でも
安住さんが同じような話をしていて頷いた。
その後無事にホテルに到着し、疲れもあってみんな早々と寝た。
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二日目。
朝食をホテルの近くの喫茶店で食べ、服部緑地へ向かう。
この日は徳島に住んでいたときに仲の良かった友人家族が
会いに来てくれることになっていた。
娘の同級生の家族なのだが、幼稚園の頃からよくお互いの家で遊んだり、
ときどきみんなでごはんを食べに行く親しい間柄だった。
引っ越し後、久しぶりに会えるということで娘も私もとても楽しみにしていたのだ。
遊具で遊び倒し、緑地内を散策し、昼食を囲んで久々の再会を楽しんだ。
服部緑地には以前にも一度来たことがあったのだが、
都会の中にあるとは思えない気持ちのいいところだなぁと思う。
午後からは私はお店にいることになっていたので、
みんなで展示を見に行き、それぞれ本を物色した。
恋人は次の日が仕事だったので先に名古屋に戻り、
娘は友人家族に万博記念公園の水族館〈ニフレル〉に連れて行ってもらった。
展示での在廊は正直いうと少し苦手だ。
普段、家に篭って仕事をしているせいか、人前に出ると異常に疲れてしまう。
それでも、やはりたくさんの人に会えるのは刺激があり、
直接話ができる貴重な機会だなぁと思う。
初めて会うお店の常連客の方々や懐かしい友人姉妹、
たまたま名古屋から遊びに来ていた友人家族、
10年以上ぶりに会う高校時代の友人も突然現れたりして驚いたが、
変わらない調子で話す彼女を見ていたら、お互い昔に戻ったように話していた。
夜はまた別の高校時代の友人たちと梅田で食事をし、またもや懐かしい気分に浸った。
みんな、学生の頃とあまり変わらないようで、やはりお互い歳をとったなぁとも感じる。
娘には退屈極まりない時間だったかもしれないが、
この日ばかりは夜更かしをしてつき合ってもらい、22時半頃ホテルに戻った。
この濃厚な一日をいつもの淡白な日々で割れたらちょうどいいのに、と思った。
三日目は娘も一緒にお店にいることになっていた。
朝はホテルの部屋で簡単に朝食を済ませ、
チェックアウトの時間ギリギリまでダラダラと過ごした。
緑地公園駅を少しうろついて、蕎麦屋で鴨南蛮蕎麦をすすり、昼過ぎにお店に到着。
娘はとりあえず学校の宿題を済ませ、店内の本を読ませてもらったり、
途中、ひとりでコンビニにおやつを買いに行ったりしていた。
展示で一緒に在廊するのは何度目かなので、
娘も少し退屈しながらも彼女なりの時間を過ごしていた。
昨日ほどではなかったが、
また別の同級生が子どもを連れて会いに来てくれたりして時間が過ぎていった。
昔から知っている人と場所、新しい人と場所、その中間の人たち。
それらがごちゃ混ぜに入り乱れた三日間だった。
また来たいな、と思ったが、
その頃には新しい人と場所は「知っている人と場所」になり、
また新たな「新しい人と場所」が加わるのだろう。
日常もその繰り返しのはずで、当たり前のようなそれを改めて強く感じたのは、
非日常を訪れる「旅」でこそだったのだと思う。
大阪から家に帰ると、恋人が「籍を入れるのはいつにするの」と言い始めた。
私たちが不在のときに何やら動きがあったらしい。
そんなこんなで年末に入籍することになり、
それも含めて印象に残る旅となったのだった。
profile
宮崎信恵(STOMACHACHE.)
1984年、徳島県生まれ。STOMACHACHE.として妹とともに雑誌などのイラストを手がける。絵本に『See You Tomorrow』(ELVIS PRESS)がある。
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