連載
posted:2022.6.25 from:北海道弟子屈町 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道の道東・弟子屈(てしかが)町の「自然に住む心地よさ」に惹かれて移住した井出千種さん。
身近になった木や森を通して、「自然に惹かれる理由」を探ります。
writer profile
Chigusa Ide
井出千種
いで・ちぐさ●弟子屈町地域おこし協力隊。神奈川県出身。女性ファッション誌の編集歴、約30年。2018年に念願の北海道移住を実現。帯広市の印刷会社で雑誌編集を経験したのち、2021年に弟子屈町へ。現在は、アカエゾマツの森に囲まれた〈川湯ビジターセンター〉に勤務しながら、森の恵みを追究中。
4年前に北海道に移住した井出千種です。
179市町村のなかから暮らしたい場所を探した結果、
豊かな自然があふれる森と湖の温泉郷、
道東の弟子屈町に辿り着いた。
しかし、それまで特別自然について詳しいわけでなかったのに、
どうして惹かれたのか? 心地よさの理由は何か?
自分でもまだ完全に理解できているわけではない。
そこで、弟子屈に住む「自然とともに暮らす先達」に話を聞き、
弟子屈の自然の魅力を伝え、理解を深めるとともに、
魅力を紹介する連載を始めることになった。
第1回は、自然ガイドの片瀬志誠(しのぶ)さんの話を聞きに
森に入った。
阿寒摩周国立公園の中、屈斜路湖に突き出た和琴半島。
一周約2.5キロに及ぶ森の散策路では、
天然記念物に指定されている和琴ミンミンゼミをはじめ、
希少な動植物を観察することができる。
日本最大のカルデラ湖、屈斜路湖の面積は約80平方キロメートル。東京の山手線がすっぽり入る広さ。その南側にあるのが、和琴半島。(写真提供:Shinobu Katase)
6月の初め、自然ガイドの片瀬志誠(しのぶ)さんに案内してもらった。
「新緑がきれいで、花がモリモリ咲いていて、なのに虫はまだ少ない。
この時期の和琴半島は、自然のエネルギーが満ち溢れている。
週1ペースで歩いています」
長い冬を乗り越えて、草木も、動物も、人間も、
「頑張るぞ!」と気合を入れているのだ。
カツラの木。中央から右側が、春の葉っぱ。左側が、夏の葉っぱ。紅葉の時期には、甘辛い独特の匂いを発する。
「これはカツラ。同じ木なのに、形が違う葉っぱがついている。
根元のほうは、春の葉っぱ。初夏になると、
先が少し尖った夏の葉っぱが出てくる。不思議ですよね」
散策路に落ちていたクルミの雄花。手にもついている黄色い粉が、花粉。
大木の下にたくさん落ちている房を拾って、
「これはクルミの花の成れの果て(笑)。
花粉がいっぱい出ているから、雄花です」
次から次へ、草木の名前と、
どんな特徴を持っているのかを教えてくれる。
葉脈が浮き出ている丸い葉っぱが特徴の、ジンヨウイチヤクソウ。緑の蕾が開くと、小さな白い花が咲く。
「この葉の形。ある内臓の形に似てません? そう、腎臓。
だから、ジンヨウイチヤクソウという名前がついている。
あと1週間もすれば、たくさんの花が開きますよ」
和琴半島の散策路にて。この日は、オオアカゲラ、エゾリス、アオサギ、ニホントカゲ、シマヘビまで! たくさんの動物にも遭遇した。
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片瀬さんのガイドは、「へぇ〜」の連続だ。
いつもは何気なく眺めていた森の中に、
こんなにもたくさんの知識が隠されているのかと驚く。
同世代の女子だったら、植物博士のような片瀬さんのこと、
きっと好きになってしまうだろうな。
色づいているのが、ハウチワカエデの種子。和琴半島の東側にはカエデの木が多い。「紅葉のピークと初雪の日が被るときがあって、真っ赤になった葉の上に雪が載る。めちゃくちゃきれいです」と片瀬さん。
「これはハウチワカエデの種子。もう少し成熟したらふたつに割れて、
プロペラみたいにくるくる回って落ちるんです」
そう言ってひとつを投げて、その様子を見せてくれる。
「できるだけ遠くに飛んで、繁殖地を少しでも広げるようとしているんです」
散策中、片瀬さんが「将来有望ないい子」と目をつけたイタヤカエデの赤ちゃん。「大きくなったら、いい樹液を出してくれそうで(笑)」
草花だけでなく樹木だって、芽が出て、蕾になって、
花が咲いて、実になって、というサイクルを繰り返している。
そんな当たり前のことに気づかされて、楽しくなってくる。
普段は山に登って高山植物の花ばかり追いかけている私には、とても新鮮だ。
散策路の中間地点、和琴半島の先端には『オヤコツ地獄』と呼ばれる温泉がある。地熱の影響から、ミンミンゼミが生息するなど、この地ならではの自然がある。
「季節の移ろいは早いので、アンテナを張っていないと、
あっという間に花は終わってしまいます。
だけど花だけでなく、その前の蕾や咲いた後の変化を見るのもおもしろい。
そして次はどうなるのかがわかり始めると、また行ってみたくなる。
森の中には、何回訪ねても新しい発見があるんです」
同じ場所で観察を続けること。
これこそが自然の醍醐味なのだと、片瀬さんは教えてくれる。
だから自然の中に暮らす。
片瀬さんの家は、屈斜路湖畔の森のログハウス。
北海道道52号線(屈斜路摩周湖畔線)沿いに建つ、片瀬さんのログハウス。
「家の前、道の向こうが湖畔なので、
何もないときは、そこでぼけ〜っと佇んでいるんです。
気づくと『やべぇ、もう2時間経っている』とか、よくあることで……(笑)」
佇む時間は、好きだけどもったいないからと、
自然の音を収録した動画を、HPで紹介している。
題して『湖畔の森の自然音』。
この場所で佇むのが、片瀬さん至福のとき。「湖の青がいちばんきれいなのは、氷が溶ける瞬間。氷が砕けてくる隙間から見える屈斜路ブルー、めっちゃきれいですよ」
たとえば湖のさざ波が、シャパン、シャパンと延々と続いている。
『湖の波音でリラックスする2時間』とか、
『波音と虫の音で月を眺める1時間30分』とか、etc。
「いちばんよく視聴されているのは、真冬に収録した氷の音。
寄せ氷のガシャガシャする音や、全面結氷する前に氷が軋む音を
聞ける機会なんてなかなかないですからね」
真冬の湖畔に佇みながら収録した『打ち寄せる氷の音でリラックスする1時間22分』。
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4年前から、春はメープルシロップをつくるようになった。
「庭にあるイタヤカエデとハウチワカエデの
樹液でもできると知って、独学で」
年々改良を重ねて、今年は生産本数100本を超えた。
2種のカエデの樹液を混ぜることでオリジナルの風味が楽しめる、メープルシロップ〈春の雫〉。「Golden」と「Dark」がある。HPで販売中。(写真提供:Shinobu Katase)
「偶然の発見に出合える場所が好き」という片瀬さんのフィールドは、
和琴半島や屈斜路湖をはじめ、摩周湖、硫黄山、藻琴山、西別岳と
それらを取り囲むたくさんの森。
こちらは和琴半島の対岸にある藻琴山。霧に包まれているダケカンバの森の写真。(写真提供:Shinobu Katase)
「火山と湖がある弟子屈町の自然は、バリエーションに富んでいる。
その魅力は、何といっても『気軽に行けること』。
身近な場所に、人を惹きつける自然が広がっているんです」
10年以上もこの地を観察してきた片瀬さんが、
彼なりの視点で、その日その時間に感じた自然を伝える。
これが、片瀬さんの自然ガイドとしてのコンセプトだ。
片瀬さん夫妻。妻の亜美さんは、〈川湯ビジターセンター〉で自然解説員として活躍中。
私が森の中で暮らし始めてから、1年が経った。
草木の名前を覚えようと、アプリや図鑑を睨み続けてきたけれど……
「どういう風に森を見たらいいのか、どう感じたらいいのか。
自然に接する機会が少ない人ほど、難しいんじゃないでしょうか」
という片瀬さんの言葉にドキッとする。
和琴半島には、樹齢数百年にもなるカツラの巨木もある。
「森の見方がわかったら、
いろんな場所で自然に触れてみたくなる。
都会の公園に行ったって、こんな木があったんだ、
こんな花が咲いていたんだ、と見え方が違ってきますよ」
さらには、「日々の変化が意識できるようになれば、
自然に対する思いや行動も変わってくる気がします」と締めくくった。
森の中に移り住むということは、
一年365日、小さな変化に驚きながら暮らすこと。
そんな贅沢がここにある。
profile
SHINOBU KATASE
片瀬志誠
かたせ・しのぶ●自然ガイド、写真家、メープルシロップ作り人。1986年8月15日、静岡県出身。2010年に北海道弟子屈町に移住。春から秋は散策や登山、冬はスノーシューで弟子屈町近郊の自然を案内している。一年を通して手がけている、摩周湖の星空ガイドも好評。
Web:片瀬自然ガイド事務所
twitter:@shinobu_katase
※和琴半島ガイドウォークは1.5時間より。詳細はHPにて。
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