連載
posted:2022.8.15 from:東京都八丈町 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
さまざまなクリエイターがローカルを旅したときの「ある断片」を綴ってもらうリレー連載。
自由に、縛られることなく旅をしているクリエイターが持っている旅の視点は、どんなものなのでしょうか?
独特の角度で見つめているかもしれないし、ちいさなものにギュッとフォーカスしているかもしれません。
そんなローカル旅のカタチもあるのです。
text
Seijun Nishihata
西畠清順
さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第27回は、“プラントハンター”西畠清順さんによる
八丈島のワーク&サーフトリップ。
八丈島で待っているのは“難しい”買い付けと、格別の波。
雄大な自然に身を投じていると、
次なるステップに進むアイデアも生まれてくるようです。
実は八丈島の花卉(かき)園芸(観賞用植物の産業)の産地としての歴史は意外に古く、
東京都でありながら温暖な気候に恵まれた環境を生かし、
第二次世界大戦以降に観葉植物の生産農家が増えた。
島内の農業生産額20億円(だいたい)のうち、15億円(だいたい)が花卉園芸の生産であり、
そのうちフェニックス・ロベレニーというヤシ1品種で10億円(だいたい)を稼ぐという、
ずいぶんと特殊なセグメントだ。
フェニックス・ロベレニーは業者間で通称・ロベと呼ばれ、
それに関しては全国のトップの産地となるほど有名だ。
あ、いや、やっぱ有名ではない。
八丈島産ロベの鉢物は日本全国のそこら辺の喫茶店や駅など、
あまりにもどこでも目にするし、
切り葉は知らず知らずのうちに花屋さんのブーケやアレンジなどに紛れていたり
私たちの生活の日常に浸透しすぎていて気づかないほどだからだ。
そんな八丈島は、ロべ以外にも多少いろいろな品種の観葉植物の産地でもあるので、
都内の園芸屋さん、グリーン屋さんにとって身近な産地であり、
例えばここ10年くらいで植物業をやり始めた人が
海外での買いつけなら、まずはタイ旅行に行ってバイヤー気分で園芸屋を回るのが
テッパン初心者コースであるのと同じように、
国内の離島での観葉植物の買いつけといえばまずは八丈島から、
といったニュアンスは若干あるような気がする。
ただし、八丈島の特殊なところは、近年植物の商いをやり始めたバイヤーでも、
おれのようなド業者の大卸屋でもあまり関係なしに、
隙あらば高い値段をふっかけてくるところだ(爆)。
例えば、農家と一度金額を合意して発注してから
「やっぱり荷造りが大変だから金額を上げたい」などと
あとで悪気なく平気で言われて空いた口が塞がらない……的な経験は一度や二度ではない。
しかも八丈島の観葉植物の産地での相場はとんでもなく値上がりしており、
設定する売価の目安が仕入れ値の2.5倍といわれる小売り屋ならまだしも、
利益3割ベースといわれる問屋業界には八丈島での仕入れは割にあわない。
Page 2
そんなこともあって、
何年かは「八丈島はおれがわざわざ行くところではないな」と距離を置いていたのだが、
近年、また行くようになったきっかけがふたつあった。
まずひとつ目がコロナで東京都が島から芝浦港への船の輸送費に
補助金を出すようになったこと。
これで格段に経費が落ちることになったのだ
(そのおかげコロナ禍になってから4トン車にして20〜30台分の植物を輸送したが、
確かに輸送費がかからなかった)。
もうひとつのきっかけがサーフィンだ。
八丈島は知る人ぞ知るサーフィンのスポットで、
普通、日本各地のローカルポイントはどこであっても
「サーファーのしきたり」なるものがあって、
普通はローカルのサーファーが優先になるわけだが、八丈島のそれはさらに厳しく、
ローカルサーファーしか海に入らせてもらえない。
ただ、実はその奥に通称「タコス」と呼ばれるビジターも
「入らせてもらえる」ポイントがあると聞いた。
そんな話を聞いたからには行かないわけがない。
それは島の南東に位置する洞輪沢(ぼらわざわ)という
小さな小さな漁港の脇道の奥に位置し、100メートルほどの切り立った断崖絶壁の下、
波で大破した凸凹の道なき道をボード片手に足を切らないように
20分ほど歩いてようやく辿りつけるポイントだ。
道中は長年の藻が付着していて、「たけし城か!」とツッコミたくなるほど滑りやすく、
転けると尖った石やフジツボで流血は免れない。
また、ようやく辿りついた孤独なビーチからも、波が割れるポイントまで、
ひたすら20分パドリング。
ここまで来る人を選ぶポイントは日本でもなかなかないと思うが、
入ると、必ず心から満足させてくれる波に出合えること、
そしてその海原に浮かんでいるだけで人工の海水浴場では味わえない
ガチリアルな自然を感じることができる格別な場所なのだ。
ある日、いつものように仲間たちとサーフィンしていると、
そのうちのひとりのリーシュが切れて、
サーフボードが流されてしまうという事件が起きた。
ボードは瞬く間に切り立った岩場まで流され、
本人は夢中でボードを追いかけ岩場に近づく。
大きな波がガンガン入ってくるなか、
その力で岩場に生身の人間がたたきつけられると思うと、背筋が凍る。
なんとしても早く助けなければ! と、
アドレナリン全開で助けに行ったときはまさに無我の境地だったが、
なんとか無事救い出せた10分後には、
もう次の波に夢中で、楽しいあまりそのことを忘れていた。
自然とは、慄く(おののく)ような怖さと、雄大なやさしさ、
その両面が同居する不思議な存在だ。
そういえば20代の頃、仕事で無茶をして山で二度ほど死にかけたことを思い出せば
その恐怖と感覚が今でも昨日のことのように残っているし、
数か月前に同じ場所でサーファーが死んだというニュースを聞いたときもなおさらだ。
でも、だからこそリアルな自然と重なる時間は神聖でやめられない。
草木を扱うこの仕事も、波を読み波に乗るライフスタイルも。
一番生きていることを実感できるからだ。
そんな八丈島での自然体験を重ねていると、
いつのまにか、この素朴な島に魅力されてしまう。
気がつけば仲間と一緒にサーフィンスポットへの道中に見つけた絶景の物件を取得し、
最高のリゾートホテルにするべくプロジェクトが進んでいる。
最高の自然に、最高の宿、そして最高のフェニックス・ロベレニー。
これらが揃う八丈島は今後も都内からアクセスできる最高のリトリート先になるはずだ。
きっと植木の買いつけ金額の高い安い云々の話なんかちっぽけに聞こえる。はずだ。
profile
Seijun Nishihata
西畠清順
そら植物園株式会社代表取締役。21歳より日本各地・世界各国を旅してさまざまな植物を収集し、依頼に応じて植物を届けるプラントハンターとしての活動をスタート。日本はもとより海外の植物園、政府機関、企業、貴族や王族などに届けている。2012年、“ひとの心に植物を植える”活動・〈そら植物園〉を設立。植物に関するイベントや緑化事業など、国内外のプロジェクトを次々と成功させ、日本の植物界の革命児として反響を呼んでいる。著書に『教えてくれたのは、植物でした』(徳間書店)、『そらみみ植物園』(東京書籍)など。
Feature 特集記事&おすすめ記事