写真家・在本彌生の旅コラム
「原風景でもある海南市へ、
お墓参りに行った」

自らの原風景でもある海南市

今夜宿泊する和歌山市の繁華街にあるホテルまで
車なら40分で到着するはずだったが、
電車で1時間ほどかかって和歌山駅へ、そこからタクシーで10分弱で到着した。
深夜便で帰国したので、時差はあまりないのに結構、頭がクラクラしている。
向かいにある温泉に行ってシャキッとしてくればとの夫の提案にありがたく従った。

体調も整い、まちでなんとか夫が見つけてくれたレンタカーで、いざ、お墓に向かう。
非常に珍しいケースだと思うのだが、
夫の両親と私の父は同じまちの出身で、
それゆえ、義父の墓は私の父の実家のあるまち、海南市下津にある。
私も子供の頃は毎年通ったまちなので、全体像はわからないにしても、
このまちの路地に流れる用水路や家並み、
金色の果実がまるでアクセサリーのようにみかんの木々を彩るさまや、
漁港と工業港が一緒になった働く海の印象、光の強さ、などなど、
断片的な光景が私の原風景にもなっている。

義父は他界して既に20年以上経っているので、私は実際に会ったことがない。
それでも夫の父であると同時に、
私自身のルーツが少しでも義父と共通しているという点で、
義父は私にとってなんとも不思議なつながりのある人物だ。

夫の親族はもうこのまちに誰も住んでいないので、
親戚の人がしばしば墓を手入れしてくれているという状況を夫が気にしていたのだが、
寺に着いて墓をみつけると、とてもきれいに整えられていた。
代わりに墓の世話をしてくださっている方の気持ちが本当にありがたい。

墓石に水をかけ、拭い、持って来た花をさし、線香を焚いて手を合わせる。
そういえば、ここに来るのもコロナ禍後初めてだ。
(お義父さん、随分ご無沙汰してしまってごめんなさいね)
寺務所に寄ってご挨拶し、お寺を後にした。
若干、無理矢理ながら、夫と共に義父の命日の墓参りを敢行してよかった。

墓参りとは今回の私たちも然りだが、
この世に残されたものたちの満足感に支えられているように思う。

実際には亡き人を思うことは墓に行かなくてはできないことではないし、
墓をつくらないということもこれからの選択肢としてありえる。
それでも、たまに墓を参ることで亡き人がいた風景の片鱗をこの目で確かめられたら、
それは心に残る時間になる、そう実感した旅だった。

profile

Yayoi Arimoto 
在本彌生

東京生まれ。大学卒業後、外資系航空会社にて乗務員として勤務。機内で会話した乗客からの勧めで写真を撮りはじめる。複数のワークショップに参加後、2002年に初個展「綯交ぜ」を開催。2003年にフォトグラファーとしての活動を開始、2006年よりフリーランス。 各地の衣食住、文化背景の中にある美と奇妙を求め国内外を奔走し、写真作品を雑誌、書籍、展覧会にて発表している。

主な写真集:『Magical Transit Days』(アートビートパブリッシャーズ)、『わたしの獣たち』(青幻舎)、『熊を彫る人』(小学館)

主な書籍:『インド手仕事布案内』(小学館)、『中国手仕事紀行』(青幻舎)

主な展覧会:「旅する惑星」FUJIFILMギャラリー、「わたしの獣たち」森岡書店、「Treasure hunting IZARI」GREAT BOOKS、

「THE COLORS OF AMAMI」outdoorgallery

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在本彌生 Yayoi Arimoto

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