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コピーライター・日下慶太の旅コラム
「新聞配達員として、
道を切り開くおばあちゃん」

旅からひとつかみ
vol.029

posted:2022.10.7   from:島根県江津市  genre:活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  さまざまなクリエイターがローカルを旅したときの「ある断片」を綴ってもらうリレー連載。
自由に、縛られることなく旅をしているクリエイターが持っている旅の視点は、どんなものなのでしょうか?
独特の角度で見つめているかもしれないし、ちいさなものにギュッとフォーカスしているかもしれません。
そんなローカル旅のカタチもあるのです。

text

Keita Kusaka

日下慶太

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第29回は、コピーライターとして、
そして「ケイタタ」名義で写真家としても活動する日下慶太さん。
島根県の新聞社〈山陰中央新報社〉の140周年の広告制作として
江津市の山間部で働く
ある新聞配達員のおばあちゃんに会った話。
配達員は、新聞以外にも配るものがあるということに気がついたようです。

新聞配達員の大切さを広告を通じて伝える

大阪に住んでいるが月の半分ぐらいは家にいない。
フリーのコピーライターとしてだいたいローカルで仕事をしている。
写真家としても活動していて、あちこちで展示をしている。
今年、仕事や写真展で主に行ったところは、
北海道、青森、高松、島根、福井、京都、高知など。
仕事をして、写真展をして、写真を撮り、釣りをして、UFOを呼ぶ。
だいたいいつもこんな感じだ。
釣りとUFOのことはまたの機会があれば語りたい。

今取り組んでいる仕事は、島根県の新聞社〈山陰中央新報社〉の140周年の広告である。
新聞配達員にスポットライトを当てた広告をつくってほしいという依頼があった。
配達員が高齢化してリタイアし、なり手がおらず人材不足となっている。
これは山陰だけではなく全国の地方紙が抱える問題となっている。
配達員の大切さを広告を通じて伝えることが私のミッションだった。

山奥のぽつんと一軒家まで新聞を届ける配達員。

山奥のぽつんと一軒家まで新聞を届ける配達員。

配達をしながら新聞が溜まっていないか、不審者はいないか、
電気のつけっぱなしはないかと、配達員は日々の異変をチェックしている。
例えば、ポストに新聞が数日たまっていたならば、
新聞を取りにこれないほど体調に異変があった可能性がある。
独居老人も多い。新聞配達しか他者との継続的な接点がないような山奥の民家も多く見た。
配達員の不在によって、
新聞だけでなく目が行き届かなくなることも地域にとって損失である。

山村の民家にあった手作りのポスト。

山村の民家にあった手づくりのポスト。

広告の仕事でもありながら、社会課題でもある。
私はこういう仕事が好物だ。
島根県内をぐるぐると回っては、新聞配達、印刷所、新聞記者など、十数名に取材をした。
朝何時に起きるか、どうして新聞配達を始めたのか、配達で心がけていることは、
などと聞き出して1枚の原稿を仕上げていく。

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獣道を通って配達することも……

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おばあちゃん配達員の話

取材をしていて特に印象的だったのが光岡さんというおばあさんの配達員だった。
前情報として、豆腐をつくってから新聞配達をしているとのことだった。
このネタがおもしろいということで、
複数いた配達員の候補から光岡さんを選び、取材に向かった。

中国山地の農村。赤い石州瓦が美しい。 

中国山地の農村。赤い石州瓦が美しい。

江津市の山間の一軒家に行くと玄関に光岡さんがいた。
「あんたが取材にきたのかね」と光岡さんは猫を抱えながら、怪訝な表情で我々を迎えた。
普通、じゃあ中にどうぞと、居間などに通してもらって取材が始まるが、
家に入れてもらえる気配がない。そのまま立ち話をして取材を進める。

毎日のスケジュール、新聞配達で気をつけていることなどを尋ねる。
1時に起きて、4時に配達にでかけて、6時に帰ってくる。
豆腐のことは趣味でつくっているものだからと、語りたがらない。
豆腐づくりの現場を見せてもらおうとしたが、片づいていないからと見せてくれない。
これは困った。豆腐のネタが使えない。
何かほかにネタになりそうなことはないかと、質問を重ねる。
しかし、これといって興味を引くようなものがない。
なんでもいいから糸口を探そうと、
「とりあえず、配達ルートを見せてください」と光岡さんと一緒に現地を回ることにした。

車で配達ルートを回る。左が光岡さん。

車で配達ルートを回る。左が光岡さん。

一緒に仕事をしているアートディレクターの布野さんが運転し、
光岡さんが助手席に座って道案内をする。私は後部座席に座った。
川沿いの道を行く。ここは水害が多いので、道から少し高いところに家がある。
車を道に止め、階段を昇るのはひと苦労なので、
だいたいの家が階段の下にポストを置いている。
しかし、なかには坂を登って家の玄関にあるポストまで
新聞を届けなくてはいけないところがいくつかある。

「ここが、いちばん大変だがぁ」と光岡さんは言った。

車を止めると急な上り坂があった。
光岡さんは車で待ち、私たちはポストまで歩いて行くことにした。
舗装はところどころ崩れていて、油断をすると足を挫いてしまいそうだ。
舗装がなくなると、獣道のようになり、歩くこと5分。
ようやく石州瓦の家が見えてきた。
すべての階段を登り切ったところにポストがあった。

急な坂道を登ると現れた民家。

急な坂道を登ると現れた民家。

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まるで修行のような新聞配達?

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光岡さんの新聞配達の苦労

降りていくと、光岡さんが待っていた。

「大変だったろ?」
「いやあ、疲れました」
「くだりが滑るけぇ、あぶないんよ。冬は凍結しとるけ、杖をついて歩いとる」
「それは危ないですね」
「そだがに」

車に戻って再び配達ルートを走った。
左手に山が迫り、右手に田んぼが広がる、
軽自動車がギリギリ1台通れるような道を通った。

「ここはイノシシが道に石を落とすけ、それ踏んだらパンクするけ、
だけん、車で避けれんかったら自分で動かす」

さらに車は山の中に入り、
対向車がきたらどうしようと不安になると鬱蒼とした細い山道を通った。

「木や竹が伸びて道を塞ぐけ、特に青竹はどんどん伸びるけ、
いつも車にハサミとノコを置いててそれで切る」

自分の大変さをわかってくれてうれしかったのだろうか。
光岡さんは楽しそうに配達中の苦労を話し始めた。
光岡さんは、新聞配達のために、文字通り、道を切り開いている。
この配達の苦労なら広告できる。

そして、私が文章を書き、写真を撮った原稿が以下のものである。

広告主:山陰中央新報社 読者局(大庭 浩史・戸谷延康・原正樹) CD&C&P:日下慶太 AD&D:布野カツヒデ (あしたの為のDesign)

広告主:山陰中央新報社 読者局(大庭 浩史・戸谷延康・原正樹)/CD&C&P:日下慶太/AD&D:布野カツヒデ(あしたの為のDesign)

毎日が障害物競走。

深夜1時に起きる。
豆腐を作って4時に新聞配達へ出かける。
ほとんどが細い山道だ。落石があれば自分でどける。
伸びた木や竹が道を塞いでいれば、
車に常備しているハサミやノコギリで道を切り開く。
どうしても車が通れない場所は、歩いて新聞を届ける。

川の氾濫が何度かあった。走れる道から新聞を配った。
どの道がよく冠水するかは生まれ育った町だから知っている。
配達は昼までかかったが、こんな時にありがとうと感謝された。

新聞の配達を終えて家に帰ると豆腐の配達をする。
趣味で作っている豆腐は道の駅やご近所で評判だ。

家に戻ると猫の散歩をして、日が暮れるまで農作業をする。

「配達毎日してると健康でええよ。人の悪口も言わんでいいけぇ」

と、猫を抱えながら光岡さんは語った。

新聞を配ることは、気を配ること。

山陰中央新報 140th

台風の日も、大雪の日も、洪水の日も、毎朝、早く起きて、道を切り開き、新聞を配る。
誰にも会うことなく、感謝されることもなく、毎日黙々と新聞を配る。
それは、宗教の修行のようで、光岡さんも、取材したほかの配達員も、
常人が到達し得ない崇高さを帯びていた。
いつも家のポストに普通にある新聞が
このような人たちの手によって配られているということを、
心のどこかに留めてもらえると幸いである。

日本海沿いの神社でストレッチをするおじさん。

日本海沿いの神社でストレッチをするおじさん。

私はこの記事を島根県益田市のホテルで書いている。
明日もまた撮影だ。
140周年の広告はまだ続く。乞うご期待。

profile

Keita Kusaka 
日下慶太/ケイタタ

コピーライター・写真家・コンタクティ。1976年大阪生まれ、大阪在住。コピーライターとして働きながら写真家、UFOを呼ぶためのバンド「エンバーン」のリーダーとしても活動中。商店街のユニークなポスターを制作しまちおこしにつなげる「商店街ポスター展」の仕かけ人。著作に自伝的エッセイ『迷子のコピーライター』(イーストプレス)、写真集『隙ある風景』(私家版 )。佐治敬三賞、グッドデザイン賞、TCC最高新人賞、KYOTOGRAPHY DELTA award、造本装幀コンクール日本印刷業連合会会長賞、ほか受賞多数。

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