いま「気になるもの」のは、コレ!
まちがザワつくいろいろ


今月のテーマ 「気になるもの」

日常のなかにあるちょっとしたモノやコトで
気になっているものってありませんか?

今回は全国にお住まいのみなさんに
いま「気になっているもの」を教えてもらったところ、
「人」や「食べ物」はもちろん、
行動制限が緩和された現在ならではの「お祭り」という声も。

あなたがいまいちばん気になってるものはなんですか?

【秋田県にかほ市】
森が育てる「岩牡蠣」のおいしさ

秋田県にかほ市に暮らし始めたわたしを
もっとも驚かせたのは「岩牡蠣」です。
夏になると漁港のあたりがいつもより賑やかになったり、
魚屋さんや飲食店が色めき立つような雰囲気を感じます。
その理由は、市内の海で獲れる岩牡蠣。

殻つきのまま売られていて、その場で剥いてもらい生で食べるのが定番。
大きい実をひと口でほおばると、
口の中には海の香りと濃厚な牡蠣のミルクが広がります。
ひと口でこんなに幸せな気持ちになれるのかと、
わたしもすっかり魅力にとりつかれてしまいました。

なぜこんなにおいしい岩牡蠣が獲れるのか。
その秘密、実は“森”にあるんです。

まちのシンボルである鳥海山に降り注いだ雨や雪は、
森の養分をたくさん吸収して地下へと浸透します。
それがまちのあちこちで地表に湧き出し、
海へと流れて、おいしい牡蠣を育てているという訳です。

このまちの自然との営みを象徴するような岩牡蠣。
にかほを訪れた際には、その味をぜひ一度お試しあれ!

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國重咲季 くにしげ・さき

京都府出身。秋田県の大学に進学したことを機に、東北各地の1次産業の現場を訪ねるようになる。卒業後は企業に勤めて東京で暮らした後、にかほ市で閉校になった小学校の利活用事業「にかほのほかに」に携わるべく秋田にAターン。地域で受け継がれてきた暮らしを学び、自給力を高めることが日々の目標。夢は食べものとエネルギーの自給自足。

古民家のリノベーション実例集!
自宅、カフェ、ゲストハウスまで…
実践者たちが語る古民家DIY

築数十年の古民家を購入し、自分たちの住まいを
自分たちの手で仕上げていくことに、憧れている人も多いと思います。
古民家を解体し、床張りをして壁を塗り、
思い思いの家づくりを実践するためには、何から始めればいいのでしょうか。

この記事では、これまでコロカルが取材してきた、
古民家リノベーションの実例を紹介します。
移住者やローカルのプレイヤーたちは
試行錯誤しながらも、古民家のリノベーションを実践しています。

古民家のリノベ:01 
自宅古民家の床張りをDIY

静岡県下田市で暮らす津留崎家は、
伊豆に古民家を購入し自分たちの力でリノベーションを進めています。
大広間の畳をフローリングにし、キッチンを新設、
洗面台も一からつくるという、大規模なリノベーションをレポートしてくれました。

建築関係の仕事もしていた旦那さんを中心に
床の下地から、断熱材、床材の選定まで自分たちだけの力で
施工するのが津留崎流の家づくり。

断熱材として床下に籾殻くん炭を敷いたり、
防カビ対策に青森ヒバを撒いたり、試行錯誤しながら
オリジナリティあふれる家づくりを心がけています。

記事はこちら:家族でDIYリノベの家づくり。慣れない作業に妻も参戦!

古民家のリノベ:02 
古材・廃材を使ってシェアハウスをフローリングに!

福岡県糸島にある〈いとしまシェアハウス〉では、
ルームメイトとともに築80年以上の古民家の床をフローリングにDIYしました。

床材に使ったのは、使われなくなった廃材や、解体のときに出てきた古材。
新調した木材ではないので、汚れている部分を切り落とし、
表面を電動やすりで仕上げることで木材を再利用しています。

古民家はもともと家が傾いていたりするので、
廃材も古材も、ぴったりとはまらなくて当然。
小さな隙間や不揃いなところも、
数日過ごせば馴染んで気にならなくなるとのこと。

床板は、「ちょこちょこ直す」というのができないので
細かいことは目をつむり、一気に仕上げちゃうのも大事なポイントだそうです。

記事はこちら:古材・廃材で古民家リノベーション! 「床張り」を失敗しないDIYのコツとビフォー&アフターをご紹介

北九州市・小倉〈cafe causa〉
「リノベーションまちづくり」が、
ここから始まる

タムタムデザインvol.1

みなさん、こんにちは。
タムタムデザインの田村晟一朗(たむら・せいいちろう)と申します。
福岡県北九州市で建築設計事務所を営みつつ、転貸事業や飲食店運営をしています。
九州圏内を中心に全国各地へフットワーク軽く動き、現在はオフィスやホテル事業、
行政施設などBtoB、BtoG(企業と行政の取引)の設計を中心に仕事の依頼をいただいています。

生まれは高知県。工業高校から建築科に入学し、高校卒業後に進学のために北九州市へ。
その後も専門学校で建築を学んで、設計事務所に勤めてからも建築の実務しか学んでこなかったのですが、
なぜリノベーションに軸足を置きつつほかの事業も展開しているのか、
本連載を通じてお届けしていきます。

今回はタムタムデザインを立ち上げる前のお話。
小倉駅北口にて「リノベーションまちづくり」の起点となり、
そしてタムタムデザインの原点ともなった、とあるカフェのプロジェクトをご紹介します。

建築士による新たな営業方法

さかのぼること2009年。当時はまだ設計事務所に勤めていました。
“リノベーション”という言葉をまったく知らないそんな時代です。
設計室の室長というポストに着き、社長から「君も営業してきなさい」と命令が下されました。
それまで現場か設計作図か、という技術畑でしか経験を積んでいなかった僕が、
急に営業して仕事をとってくるという使命を持たされ、
「いや~マジどうしよう……飛び込み営業とかできない……」と弱気になっていました。
それで必死に考えた結果、ひとつの営業方法を思いついたんです。

それは“空き物件にプランを入れて売り込む”という方法。

一般的な設計事務所の実務の流れは以下になります。

1.クライアントが土地や空きテナントの区画情報を持って相談にくる
2.希望の用途に応じて計画する
3.イメージパースを描き、具体的なデザインを共有していく
4.実施設計、見積り、施工者選定を進める
5.着工し監理を行う
6.完工、引渡し

もっと細分化できますが、概ねこういう流れです。
僕が思いついた営業方法はこの1~3を先に自分でやっちゃって、
このプランを使ってもらう人を探す、という方法でした。

倉庫の中に家を建てた!?
古いものに囲まれる暮らしを
実現した骨董屋〈温古知新〉

硫黄山の麓にある骨董屋〈温古知新〉に惹かれるのは、なぜ?

日本最大の屈斜路カルデラの中にあり、屈斜路湖と摩周湖の中間に位置する活火山。アイヌ語では、「アトサヌプリ(裸の山の意)」と呼ばれる。

日本最大の屈斜路カルデラの中にあり、屈斜路湖と摩周湖の中間に位置する活火山。アイヌ語では、「アトサヌプリ(裸の山の意)」と呼ばれる。

森と湖と火山があるまち、弟子屈には
有名な観光地として、摩周湖と屈斜路湖に加え、硫黄山がある。
毎日噴煙を上げている活火山は、
ネオンイエローの噴気孔を間近で眺めることができる、ダイナミックな場所だ。

明治時代には硫黄の採掘が行われ、輸送のために北海道で2番目に鉄道が敷かれた。その後のJR釧網本線や釧路の繁栄につながったといわれる。

明治時代には硫黄の採掘が行われ、輸送のために北海道で2番目に鉄道が敷かれた。その後のJR釧網本線や釧路の繁栄につながったといわれる。

ここから徒歩で約20分。
車ならほんの数分のところに、週末だけ営業する骨董屋がある。
店の名前は〈温古知新〉。「温故」ではなく、「温古」。
経営者のひとり、池上典古(のりこ)さんの名前に由来する。
「名前に『古』という字を使ってくれた。
親には本当に感謝しています」とうれしそうに話す。

ブロック塀の壁を白くペイントした大きな倉庫の広さは、約180平方メートル。この建物が、〈温古知新〉のショップ兼、池上さんの住居である。

ブロック塀の壁を白くペイントした大きな倉庫の広さは、約180平方メートル。この建物が、〈温古知新〉のショップ兼、池上さんの住居である。

というのも、典古さんは骨董屋の仕事が大好き。
訪ねるたびに、「楽しくてしょうがないの」と言いながら
いきいきと働く姿に、弟子屈町民はたくさんの元気をもらっている。
「古いものを当たり前に使っていた家に育ったので、
大人になっても古道具に囲まれた生活がしたい、
これが私の夢だったんです」

昭和5年に開業した川湯温泉駅(当時は川湯駅)は、赤い三角屋根のノスタルジックな建物。天皇陛下のための貴賓室も残されている。

昭和5年に開業した川湯温泉駅(当時は川湯駅)は、赤い三角屋根のノスタルジックな建物。天皇陛下のための貴賓室も残されている。

大阪出身の典古さんは、23歳のとき
硫黄山の麓のまち、弟子屈町川湯にやって来た。
1990年代、日本全国を巡りながら、
行く先々で働いて、お金を貯めては次の目的地へ。
そんな旅人になろうと、まずは北海道を目指したのだそう。

「当時好きでたまらなかった真っ赤なランクルを買って、
実家の駐車場に停めて眺めながら、毎日教習所に通ったの。
いま考えると、すごいよね。免許取る前に、車を買っちゃった(笑)」

釧路から網走まで。道東エリアを南北に走る、JR釧網本線は路線距離約166キロ。弟子屈町内の川湯温泉駅は、そのほぼ中間にある。

釧路から網走まで。道東エリアを南北に走る、JR釧網本線は路線距離約166キロ。弟子屈町内の川湯温泉駅は、そのほぼ中間にある。

知人の紹介で住み込みのアルバイトを始めたのが、
川湯のクリスチャンセンターだった。

「夏休みになると都会の小学生がやって来て、2週間のキャンプ生活。
釣りをしたり、硫黄山に登ったり。そのお手伝いが楽しくて……」

旅のスタート地点だったはずなのに、すっかり定住してしまった。
4月に免許を取って、6月からアルバイトを始めて、
12月には結納(!)を交わしていたというから驚き!!

釧網本線に沿うように走る国道391号線から駅に向かう道に入ると、温古知新の看板が立っている。駅前にはほかに、ケーキ屋、雑貨店、酒屋が並ぶ。

釧網本線に沿うように走る国道391号線から駅に向かう道に入ると、温古知新の看板が立っている。駅前にはほかに、ケーキ屋、雑貨店、酒屋が並ぶ。

典古さんを川湯に留まらせたのは
もちろんご主人の忠昭さんの功績だけど、川湯の力も大きかった。

「本州とは何もかもが違う。車で走っても気持ちがいいし、
星空はすごくきれいだし、見るものすべてに感動していた。
こんな場所で生活できるなんて、本当に幸せ」

その思いは、30年近く経ったいまも変わらない。

展覧会づくりもバンド活動も、
みんなで一緒に! 
心と心がひとつになる、アフリカ太鼓

撮影:佐々木育弥

展覧会のフィナーレをアフリカ太鼓で飾りたい

この春から、アフリカ太鼓の練習を始めた。
リズム感がまったくなく、手拍子ですらうまく合わせられない自分にとって
思ってもみないことではあったけれど、ほぼ毎週、練習していて、
ライブも経験させてもらった。

教えてくれるのは、私が住む美流渡(みると)地区から
さらに山の方に入った万字(まんじ)地区に4年前に移住した岡林利樹さん
利樹さんは、セネガルとブルキナファソで太鼓を学んだ経験があり、
移住の翌年から美流渡で太鼓教室を定期的に開催。道内各地でライブ活動も行ってきた。

コロナ禍となって、こうした活動はいったん中断を余儀なくされたが、昨年頃から
一緒にアフリカで太鼓を学んだ妻の藍さんや道内各地の太鼓仲間と組んで、
ライブを再開していた。
昨年、10月には私が代表を務める地域団体が主催する、
地域のつくり手の作品を集めた『みる・とーぶ展』で、フィナーレライブを行ってもらった。

地域で行われるイベントでたびたび演奏をしていた。利樹さん、藍さんと、ダンサーで美流渡と札幌を行き来する寺林里紗さんらが中心となっていた。

地域で行われるイベントでたびたび演奏をしていた。利樹さん、藍さんと、ダンサーで美流渡と札幌を行き来する寺林里紗さんらが中心となっていた。

これまでライブは聴く側だったのだが、昨年末に起こった
大きな出来事によって気持ちが変わった。

このとき藍さんはふたり目を妊娠していた。
12月に臨月を迎え、赤ちゃんは無事に生まれたものの、
以前に子宮の病気を患ったこともあったからか出産時の出血がひどく、
藍さんは帰らぬ人となった。

長男の杜樹(とき)君と一緒に。右が藍さん。(撮影:佐々木育弥)

長男の杜樹(とき)君と一緒に。右が藍さん。(撮影:佐々木育弥)

利樹さんと藍さんは太鼓の奏者であり、『みる・とーぶ展』では、
海外でつくりかたを学んだマクラメ編みのアクセサリーも販売していて、
いつも顔を合わせる仲間だった。
藍さんの訃報を知った日は、展覧会に参加したメンバーが
集まってランチ会をすることとなっていた。
食事をするような気分ではなかったけれど、とにかくみんなで集まろうということになり、
信じがたい事実を前に、取り止めもなく話をした。

利樹さんは、その後数か月間、岩見沢市内にある両親のもとで子育てをしていた。
春になって長男と生まれたばかりの長女を保育園に預けることになり、万字地区に戻った。
これまで利樹さんは土地を開墾して畑をつくり自給自足に近い生活をしていた。
ふたりの子どもを抱えて以前のようにはいかないが、
それでも自分なりの暮らしを模索しているところだった。

太陽光パネルで自家発電をし、お風呂も薪で沸かしていた。(撮影:佐々木育弥)

太陽光パネルで自家発電をし、お風呂も薪で沸かしていた。(撮影:佐々木育弥)

そんななかで、今年は年3回の開催を計画していた『みる・とーぶ展』に
アクセサリーを出品してくれることになった。
展覧会の準備中、利樹さんと話す機会があった。
目の回るほどの忙しさなのではないかと思ったが、私は
「アフリカ太鼓をみんなに教えてほしい。
展覧会のフィナーレでまたライブをやってほしい」と頼んだ。
フィナーレの演奏は「できるかどうかわからない」と言ってはいたが、
「太鼓教室はやりたい人がいるのであれば開きたい」と前向きに考えてくれた。

利樹さんと藍さんは、アフリカだけでなく世界中を旅していた。旅の途中で手に入れた石とマクラメ編みとでアクサセリーをつくってきた。

利樹さんと藍さんは、アフリカだけでなく世界中を旅していた。旅の途中で手に入れた石とマクラメ編みとでアクサセリーをつくってきた。

10年書き続けてきた
小豆島日記、連載300回!

ライフステージの変化とともに振り返る、小豆島暮らしの10年

私たち三村家は、2012年秋に小豆島に引っ越してきました。
月日は流れ、現在2022年。
この秋で小豆島暮らし10周年を迎えます。

そしてなんと、小豆島に引っ越してきた半年後から書き続けてきた
この『小豆島日記』が今回で連載300回目!
いやはや、我ながらよく書き続けてきたなと、ちょっと感慨深い気持ちになります。
今回はこの10年を振り返り、30代から40代へのライフステージの変化、
そしてこの先50代に向けて、小豆島でどう暮らしていきたいか、
今考えていることを書きます。

小豆島で迎える10回目の夏。今年も暑かった。夏より冬が好きだけど、この夏の景色は大好き。

小豆島で迎える10回目の夏。今年も暑かった。夏より冬が好きだけど、この夏の景色は大好き。

まずは20年前の話から。
私は大学で建築学を学び、大学卒業後は大学院に進学しました。
卒業した時点で24歳。建築の道には進まず、地元の地図制作会社に就職し、
その会社が大手IT企業に吸収合併され、気づけばIT企業で働く人になりました。
28歳のとき、長女いろはを出産し、子育てしながら働く人に。
夫であるたくちゃんは庭の設計事務所でほぼ休みなく働く日々。
子育てや家事を夫婦で分担しながら都会で暮らす、核家族、共働きの家庭でした。

それなりには満たされていたけれど、30代に入った頃から、
これからどう生きていくか夫婦でよく話すようになりました。
とにかくたくちゃんは仕事が忙しく、こんなに働きづめでいいんだろうかという思い。
私は会社ではとてもいい待遇(短時間勤務、休みもある程度融通がきくなど)を
受けさせてもらっていたけれど、何か役に立てているのだろうか、
そこにいる必要はあまりないんじゃないか……という思いが強くなっていくと同時に、
子育てや家事をやりきれていないという思いが重なり、なんとなく悶々とする日々でした。

そんなときに起こったのが、東日本大震災。
それと同じ年に私は婦人科系の病気で入院。
あー、生き方を変えたい! と吹っ切れたのが2011年でした。
翌2012年秋、たくちゃん35歳、私33歳、いろは5歳のときに、
たくちゃんの祖父の家がある小豆島へ移住。
そこから小豆島暮らしが始まりました。

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築130年以上になる祖父の家を改修して暮らしています。

築130年以上になる祖父の家を改修して暮らしています。

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小豆島日記 家についての記事はこちら

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移住してからずっと導入したかった薪ストーブをこの春にようやく設置。

移住してからずっと導入したかった薪ストーブをこの春にようやく設置。

夫婦ふたりそろって会社を辞めてしまったので、
小豆島に来てからしばらくの間は家を片づけながら、
知り合いの仕事のお手伝いをしたりしていました。
振り返ると移住してからの1年間ほどは、私たちの人生のなかで
とても有意義な時間だったと思います。
今日何をしようかと日々考えながら、家を直し、小さな畑で野菜を育て、
子どもとともに過ごし、ジャムをつくったりオリーブオイルをつくったりして。

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小豆島日記 梅仕事の記事はこちら

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〈HIKE〉で語ったアツい夜。 “おもデザ本” 出版トークイベントレポート!

郊外だからいい。全国行脚のクリエイティブな集い

『おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる』。

通称「おもデザ本」は、
全国各地21人のデザイナーが自ら記した、
地域をおもしろくする工夫が詰まった一冊。

今年3月に学芸出版社から発行された本書は、
コロカルでもこちらの記事でご紹介しました。

初版はすぐに完売、増刷という人気ぶりで、
発売開始後は編著者や著者、地域のクリエイターらによる
「おもデザ本出版トークイベント」が全国各地で開催されています。

福井県鯖江市を皮切りに、東北から石垣島を経て、
九州を巡る今回、16か所目となるのは
熊本県玉名市にある〈HIKE(ハイク)〉です。

全国行脚もようやく中盤、
7月17日に行われたトークイベントのレポートをお伝えします!

HIKEの1Fラウンジスペース。この日は、〈OVAL〉の杉村武則さんの個展〈明星〉が開催中ということで多くの来場者が。

HIKEの1Fラウンジスペース。この日は、〈OVAL〉の杉村武則さんの個展〈明星〉が開催中ということで多くの来場者が。

元病院の建物をリノベーションしたHIKE。
閉塞的な両側の壁を取り払って生まれた、
光の差し込む明るい空間が印象的です。

連休中ともあって多くの人で賑わうなか、
トークイベントがスタート。

熊本県玉名市にある〈HIKE(ハイク)〉で行われた『おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいる』出版記念トークイベント。

登壇者は「おもデザ本」編著者である
〈TSUGI〉の新山直広さんと
〈オフィスキャンプ〉の坂本大祐さん。

そして熊本からは「おもデザ本」の著者のひとりである、
デザイナーで〈BRIDGE KUMAMOTO〉代表の佐藤かつあきさんと、
箸メーカー〈ヤマチク〉の山崎彰悟さんが登壇されました。

まずはそれぞれの会社の概要やプロジェクトについての説明から。

オフィスキャンプの坂本大祐さん(左)とTSUGIの新山直広さん(右)。

オフィスキャンプの坂本大祐さん(左)とTSUGIの新山直広さん(右)。

坂本大祐さんが代表を務める〈オフィスキャンプ〉は、
人口1700人、高齢化率54%という奈良県吉野郡東吉野村に
2015年、官民協働でシェアとコワーキングスペースである
〈オフィスキャンプ東吉野〉を開業、2016年に法人化。

坂本さんいわくオフィスキャンプは、
「山奥にあるフリーランスのギルド組織」なのだそう。

デザイナーなどクリエイターや木工職人、ITエンジニア、
元行政職員など幅広い職能を持った人たちが集まり、
近年は奈良県がクライアントの〈MIND TRAIL 奥大和〉
奈良県生まれのスニーカー〈TOUN(トウン)〉を発表、
さらに新しいプロジェクトが進められています。

代わって新山直広さん率いるTSUGIは、
福井県鯖江市の地域特化型クリエイティブカンパニー。

「創造的な産地をつくる」をビジョンに掲げ、
“支える・作る・売る・醸す”をキーワードに、
主に地域や地場産業のブランディングを行います。

6人にひとりがメガネ産業の仕事に従事しているという
ものづくりのまち、鯖江市。

新山さんが鯖江に移住後どのように地域に馴染んでいったか、
地域の職人さんや行政とのエピソードを交えながら
「インタウンデザイナー」になった経緯が語られました。

TSUGIは2013年の結成後に、アクセサリーブランド〈Sur〉
産業観光プロジェクト〈RENEW〉〈SAVA!STORE〉を次々スタート。

自社ブランド、観光イベント、実店舗運営、
メディアの立ち上げといったデザインの枠に囚われない
領域を横断した取り組みを続けています。

司会の佐藤かつあきさん(左)、ヤマチクの山崎彰悟さん(右)。

司会の佐藤かつあきさん(左)、ヤマチクの山崎彰悟さん(右)。

そして2016年の熊本地震をきっかけに
一般社団法人〈BRIDGE KUMAMOTO〉を立ち上げた佐藤かつあきさん。
「ソーシャルデザインの実践集団」として
クリエイティブの力で社会課題を解決するプロジェクトを実施する、
熊本を代表するデザイナーです。

ヤマチクは「竹の、箸だけ。」をコンセプトに掲げる、
熊本県南関町の箸メーカー。

3代目である山崎さんは、
「下請けの仕事に頼らず、自分たちのブランドをやっていこう」と、
箸の原点回帰として2019年に自社ブランド〈okaeri〉をリリース。

パッケージは〈Pentawards〉、〈NY ADC〉など
名だたる海外のデザイン賞を受賞しました。

持ち前の行動力とアイデアで切り開いていく、
そんな山崎さんのつくり手の視点とユーモアも交えながら、
4名の軽快なトークは進みます。

お米の自給自足で、喜び、感謝し、
悩み、苦労した58日間の記録。
SNSに投稿した本音とは?

田植えしてから稲はどう育つ? そのリアルな記録

移住してから自給用の米をつくるようになった津留崎さん、
今年も多くの人の協力のもと手作業での田植えで米づくりをスタート。
その後の様子を、リアルタイムでSNSに投稿しています。
投稿には、日々の喜びや感謝、苦労、悩みなど、
米づくりに対する本音が垣間見られました。

心からかわいいと思えるものを描きたい 
校舎を包み込んだ、
MAYA MAXXの新作絵画

撮影:佐々木育弥

前回の展覧会から、わずか2か月の間に生まれた絵の数々

私が代表を務める地域PR団体〈みる・とーぶ〉が中心となって、
3年前に閉校した旧美流渡(みると)中学校にて、今年、年3回の展覧会を企画している。
1回目はゴールデンウィーク、2回目は7月、3回目は9月で、
地域のつくり手の作品を集めた『みる・とーぶ展』と、
美流渡に暮らす画家・MAYA MAXXによる『みんなとMAYA MAXX展』を同時開催している。

つい先日、7月16日〜31日に開催した2回目の展覧会が終わったところ。
ようやく人心地つき、来場したみなさんが書いてくれたアンケートを眺めている。

展覧会ではイベントも多数。初日はアンデス民族音楽のバンド〈ワイラジャパン〉によるライブが行われた。

展覧会ではイベントも多数。初日はアンデス民族音楽のバンド〈ワイラジャパン〉によるライブが行われた。

9月23日には、ギニア出身のアフリカ太鼓の奏者・ソロケイタさんによるライブも。

9月23日には、ギニア出身のアフリカ太鼓の奏者・ソロケイタさんによるライブも。

来場したのはおよそ1000人。
アンケートを集計してみると、市内や札幌だけでなく、
道内各地から足を運んでくれていることがわかった。
また、私たちの活動が少しずつ認知されているようで、
毎回展覧会を楽しみにしてくれている人がいることも実感できた。
何よりうれしかったのは、前回よりもさらに内容が充実しているという声が多かったこと。

「春の展覧会よりスケールアップしていてすごく楽しかったです。どの作家さんたちの生み出したものも素敵だったけれど、MAYA MAXXさんのエネルギッシュさはすごいなぁ……、2か月でこれだけの作品を生み出されるんですよね」(来場者アンケートより)

万字地区でハーブのブレンドティをつくる〈麻の実堂〉。

万字地区でハーブのブレンドティをつくる〈麻の実堂〉。

みる・とーぶ展では元職員室にテーブルを並べて、12組の作家がそれぞれ新作を発表。
陶芸や木工、ハーブティや本などを販売するブースを設けた。
MAYAさんはここで誰よりも大きなテーブルを使って、
手描きのTシャツを販売しただけでなく、3階の2教室で新作の絵画も発表。

さらに、木工作品をつくる〈アトリエ遊木童(ゆうもくどう)〉と
〈木工房ピヨモコ〉が制作した額縁に絵を合わせ2階に展示。
わずか2か月の間に無数の作品が生み出され、校舎全体がMAYAさんの作品に包まれた。

MAYAさんはキッズの手描きTシャツやサロペット、うちわなどの販売も行った。

MAYAさんはキッズの手描きTシャツやサロペット、うちわなどの販売も行った。

「予定に追われることはいいことだけれど、やっつけてはいけない。そこが難しいところ」

準備期間中、MAYAさんはそう言いながら、日中はアトリエで絵を制作。
夕方を過ぎれば自宅に戻ってTシャツに絵を描いた。
そのうえ、校舎の清掃活動や幼稚園・保育園での絵を描く
ワークショップなども行っていた。
私は毎日近くでMAYAさんの様子を見ているのだが、
あれだけの枚数をいつ描いたのだろうと不思議になるほどだった。

そして、疲れを見せず、
「今日も夜はTシャツに描かなくちゃ! 
もう、まるでみる・とーぶの奴隷のようだよー」
と、なんだか困りつつもうれしそう(!?)

『おんがくしつ no 椅子と絵画展』。木工作家が額をつくり、それに合わせてMAYAさんが絵を描いた。

『おんがくしつ no 椅子と絵画展』。木工作家が額をつくり、それに合わせてMAYAさんが絵を描いた。

MAYAさんによると
「ほかにまったく何もすることがなくて、絵だけをずっと描く状態」は、
むしろ辛いのだという。
2年前、東京のマンションで暮らしていた頃、コロナ禍で外出自粛が要請され、
展覧会やワークショップの予定もすべてなくなってしまったことがあった。
絵を描く時間は十分にとれたものの、MAYAさんは短時間に精魂を込めて描く
という方法を取っており、しかも絵具が乾かないと先に進めないことから、
時間を持て余してしまったという。

絵を描くこと以外で忙しくしていて、わずかな時間を見つけては、
あれこれ迷わずに一点集中で取り組むという、現在のような状態のほうが、
よい結果となることが多いそうだ。

展示や販売のほかに、4月から行っているのがビッグベアプロジェクト。建築資材であるスタイロフォームを削って、クマの顔を制作中。

展示や販売のほかに、4月から行っているのがビッグベアプロジェクト。建築資材であるスタイロフォームを削って、クマの顔を制作中。

校舎の庇にクマの顔を設置。これに耳をつけて赤く塗って仕上げる予定。

校舎の庇にクマの顔を設置。これに耳をつけて赤く塗って仕上げる予定。

〈葺田の森テラス〉で味わう、
小豆島のおいしい物語が
ぎゅっと詰まったお弁当

旧小学校の一角を活用した〈葺田の森テラス〉

3年に一度開催されるアートイベント〈瀬戸内国際芸術祭2022〉。
春・夏・秋の3会期に分けて開催され、8月5日から夏会期が始まっています。
夏会期はとにかく暑い!
でもこの時期にしか見られない青々とした美しい夏の風景が広がり、
そこで作品に出合えます。
熱中症対策を十分にして遊びに来てくださいね。

〈瀬戸内国際芸術祭2022〉会期

春会期:2022年4月14日(木)~5月18日(水)

夏会期:2022年8月5日(金)~9月4日(日)

秋会期:2022年9月29日(木)~11月6日(日)

さて、この夏会期もたくさんのすばらしいアートが公開されていますが、
今回ご紹介するのはアート作品じゃなくてお弁当!
芸術祭の会期中しか食べられないお弁当があるんです。

まずは、そのお弁当を食べられる場所のことから。
小豆島の北東に、福田港という港を擁する小さな集落があります。
その集落にある小学校だった建物(旧福田小学校)を改修したアート施設〈福武ハウス〉は、
2013年の芸術祭のときから始まり、地域の新たな文化交流の拠点として、
またアジア各地域のアーティストの作品を展示するギャラリーとして活動を続けています。
その〈福武ハウス〉の一角に、2022年の春に新たにオープンしたのが
〈葺田(ふきた)の森テラス〉です。

旧福田小学校を改修した〈福武ハウス〉。瀬戸芸の会期中のみ営業しています。

旧福田小学校を改修した〈福武ハウス〉。瀬戸芸の会期中のみ営業しています。

〈福武ハウス〉の一角にオープンした〈葺田の森テラス〉。ウッドデッキの素材には小豆島の間伐材が活用されています。(写真提供:葺田の森テラス)

〈福武ハウス〉の一角にオープンした〈葺田の森テラス〉。ウッドデッキの素材には小豆島の間伐材が活用されています。(写真提供:葺田の森テラス)

〈福武ハウス〉のすぐ隣には、昔から地元の人たちに大切にされてきた
〈葺田八幡神社〉があり、その神社と〈福武ハウス〉の間に、
鎮守の森(ちんじゅのもり、神社の境内や周辺などにある森林のこと)があります。
大きな木が何本か立ち並ぶその場所にはやさしい木陰があり、
風が通り抜けていて、とても心地いい立地です。

その鎮守の森を、すぐ目の前に眺めることができる場所にあるのが〈葺田の森テラス〉。
ちなみに、葺田(ふきた)というのは福田地区の古い地名で、
そこからこのテラスの名前をつけたそう。

まちを盛り上げる
「クリエイター」の活動にフォーカス!


今月のテーマ 「まちのクリエイター」

SNSを日常的に使う現代において
何かをつくり、発信したり、表現したりする人も少なくありません。

辞書を引いてみると、クリエイターとは「何かを創造する人」という
一説が記されています。

今回紹介するのは、
まちの特産品や特色を生かして“創造”している人たち。

あなたのまちにはどんなクリエイターがいますか?
その活動から地元を盛り上げるヒントを見つけてみてください。

【岡山県浅口市】
牡蠣の貝殻がアクセサリーに! アクセサリーでまちおこし

岡山県浅口市の港町・寄島町で生まれ育った三宅由希子さんは
「このまちを知ってほしい」という思いから、
貝殻アクセサリーをつくっています。

ハンドメイドでアクセサリーづくりをしている三宅由希子さん。

ハンドメイドでアクセサリーづくりをしている三宅由希子さん。

コンセプトは「アクセサリーでまちおこし」。
近くの海岸で見つけた貝殻を砕き、レジンで固め、
色とりどりのアクセサリーに仕上げていきます。
なかには、寄島の特産品の牡蠣の貝殻からつくられるものも。

こちらは牡蠣貝殻の紫色の部分を手作業で選別し、色つきのレジン液と混ぜて制作しているもの。

こちらは牡蠣貝殻の紫色の部分を手作業で選別し、色つきのレジン液と混ぜて制作しているもの。

天文関連施設が多くあることから
「天文のまち あさくち」と呼ばれている浅口市。
アクセサリーの名前はまちの特色を反映し、
〈星のかけら〉になりました。

「うちの店でも販売したい」「こんなアクセサリーはつくれる?」と、
星のようにきらめく貝殻アクセサリーの輪が広がってきています。

photo & text

こばん

大阪府出身。〈カブ〉で旅するフォトライター。全国各地を愛車と旅する様子をインスタグラムに投稿するのが趣味。フォトジェニックな「星と海のまちあさくち」に一目惚れし、2017年5月、岡山県浅口市地域おこし協力隊に着任。浅口の魅力を取材し、紙面やWEB、SNSで発信中。

地元の方から郷土食を学ぶ。
食を通じて愛媛県南予エリアを
体験するツアー

海も森も。南予の魅力はひと括りにできない

愛媛県の南予と呼ばれるエリアで、2022年4月24日から12月25日まで
「えひめ南予きずな博(以下、きずな博)」が開催されている。
2018年7月の豪雨災害からの復興と、
新型コロナウイルス拡大以降の働き方の変化の受け皿を目指すことを趣旨とした
プロジェクトだ。

南予とは、県の西南部に位置する、宇和島市、八幡浜市、大洲市、西予市、
内子町、伊方町、松野町、鬼北町、愛南町の、合わせて9つの市町の総称。

愛媛県内の一部地域とひと括りにできないほど、
山や森、海の雰囲気も、特産品として販売されている食べ物も、
それぞれ異なるのが見どころのひとつ。

地域おこし協力隊のメンバーなどが体験プログラムに関わっていることもあり、
通常の旅行では味わえないほど深くまちを知ることができるのが特徴だ。

たわわに実る愛南ゴールド。

たわわに実る愛南ゴールド。

船の上でサバが溢れかえり、まちなかには柑橘の香りが漂う愛南町

「きずな博」の目玉のひとつが、「南予暮らし体感ツアー」だ。
南予で活躍する地域おこし協力隊の暮らしや仕事に密着し、
その地域に暮らす人びとのコミュニティに入り、
お互いに関わりながら楽しく暮らす様子を体験できるツアーを実施する。
まずは第1弾で八幡浜市、西予市、伊方町へ。
第2弾では、鬼北町、松野町エリアへ。
そして、第3弾では、宇和島市、愛南町エリアの体験ツアーが予定される。

このうち、第3弾の愛南町のツアーアテンドを担当している
地域おこし協力隊の関根麻里さんは、東京生まれ東京育ち。

東日本大震災のボランティアを経験してから「田舎暮らし」を志すようになり、
移住先を探すなかで、愛南町に出合った。

縁もゆかりもないまちにもかかわらず、
見ず知らずのおじいちゃんおばあちゃんがよくしてくれたことから、
人のあたたかさを感じ、この地に移住することに決めたという。

「愛媛のなかでも海の近くに住みたい、と言うと、愛南町がいいと勧められました。
移住するまでに3回訪れたのですが、毎回新しい発見があって。
もともと、飲食関係の仕事に就きたいと思っていたのですが、
地域おこし協力隊の業務のなかで、特産品のPRや開発もできて食に関われる、
とわかったのが決め手のひとつです」

地元の人たちからは、季節が違うと見える景色も作物も違うから、
焦らず、回数を重ねて実際に暮らす環境を見てからの移住でもいいのではないか、
と言われたそうだ。

「最初に来たときはゴールデンウィークが終わった頃。
漁協の水揚げに連れて行ってもらったのですが、とにかくサバが大量に獲れる時期で。

1トン2トンなんてレベルじゃないんです。
船の上でサバが溢れかえっている光景に衝撃を受けました。

まちなかには柑橘の花が咲いていて、歩いているだけでもいい香りが漂ってきて、
愛媛らしさを感じられたことを覚えています」

かつおの水揚げの様子。

サバ以外にもカツオもとれます。愛南町はカツオの水揚げが四国NO.1!

2度目の訪問は冬。
1度目が海だったこともあり、山の暮らしを見ることに。
そこではジビエの解体なども見る機会があり、
「海だけでない」という感覚があったとのこと。

3度目には観光はほとんどせず、地元の飲み屋で出会った町内の人と飲みに行くなど、
早速地域に溶け込んでいったようだ。

〈山水郷チャンネル〉の展示が開催中! うなぎの寝床・真鶴出版・ドット道東の 3者から多様なコンヴィヴィアリティを学ぼう

ローカルの本質的な活動を取り上げる〈山水郷チャンネル〉

東京・丸の内のギャラリー〈GOOD DESIGN Marunouchi〉が手がける、
オンライントーク番組〈山水郷チャンネル〉

名前の「山水郷」という言葉は、
山水の恵み豊かな地域と、人と人がつながり生まれる郷(さと)を意味する、
〈日本総合研究所〉シニアスペシャリストでこの展示のディレクターでもある
井上岳一さんがつくった造語です。

この番組が始まったのは2020年。
日本各地の山水郷で、その土地でしかできない活動をする、
粒揃いの個性豊かなクリエイターが軒を連ね、
本質的なローカル活動の断片を知ることができる内容となっています。

『山水郷のデザイン2 - 3つのコンヴィヴィアリティ』では〈うなぎの寝床〉、〈真鶴出版〉、〈ドット道東〉の三者がそれぞれの地域と活動を紹介した展示を実施。

現在、そんな同チャンネルのリアルイベントが
8月14日(日)まで、GOOD DESIGN Marunouchiで開催中。

『山水郷のデザイン2 - 3つのコンヴィヴィアリティ』と題したこの展覧会では、
〈うなぎの寝床〉、〈真鶴出版〉、〈ドット道東〉の3者が、
「共に生きる」という原義を持つコンヴィヴィアリティ*をテーマに
それぞれの地域と活動を紹介した展示を実施。

*原義は「共に生きる」だが、一般には宴会や陽気を意味する。思想家のイヴァン・イリイチ(1926-2002)が「関わりの中で育まれる個の自由や生き生きとした喜び」という意味で用い、コンヴィヴィアルな世界の回復こそが、産業化され過ぎた現代社会の桎梏から逃れるための鍵だと主張した。

地域特有の「野菜のおすそ分け」。
素材を生かした調理法も教えてくれる
ご近所づきあいとは?

シソ、ピーマン、明日葉、
らっきょうにふだん草!
野菜のおすそ分け文化

家の周辺に野菜を育てている人が多く、
散歩や回覧板を回しに行くと、
たくさんの野菜を「おすそ分け」していただけるという津留崎家。
それならばと、育てている本人におすすめの料理を聞くと、
意外な調理法もあるようです。
今回はそこで学んだレシピも紹介してくれます。

函館市〈大三坂ビルヂング〉前編。
地域のパン屋、デザイナー、不動産屋と
結成した〈箱バル不動産〉の活動。

富樫雅行建築設計事務所 vol.4

函館市で設計事務所を営みながら、建築施工や不動産賃貸、
ポップアップスペースの運営など、幅広い手法で地域に関わる
〈富樫雅行建築設計事務所〉の富樫雅行さんによる連載です。

今回お届けするのは、地域のパン屋、デザイナー、不動産屋とともに
〈箱バル不動産〉を立ち上げ、「函館移住計画」や古民家の再生などを通じて、
小さな複合施設づくりに挑んでいくお話。前後編にわたってお送りします。

仲間たちとの出会い

独立前、〈小澤武建築研究室〉に勤めていた頃に、
函館山の麓の大三坂にある陶芸ギャラリーを改修する仕事をしました。
そこで出会ったのが、パン屋〈tombolo(トンボロ)〉を営む
芋坂淳・香生里(うさか じゅん・かおり)夫婦。
芋坂さんはご両親が運営する陶芸ギャラリーをパン屋にリノベーションして開業するため、
東京からUターンしてきたところでした。

仕事をするうちに仲良くなり、独立後も〈トンボロ〉に立ち寄っては
「空き家がもったいない」だの「あの家が壊された」だの、
西部地区でなかなか古い建物の活用が進まない現状を嘆きながら、
「おもしろい不動産屋が地元にいたらいいよね〜」とか、
しまいには「自分たちでがんばって宅建を取るか!」とか話していました。

函館山の麓の大三坂沿いで、黄色の外壁が特徴的な〈トンボロ〉。大正15年築であり、函館市の伝統的建築物にも指定されている。

函館山の麓の大三坂沿いで、黄色の外壁が特徴的な〈トンボロ〉。大正15年築であり、函館市の伝統的建築物にも指定されている。

そんなある日、ある友人が
「常盤坂の家を見たいと言っている」と連れてきた、
最近Uターンしてきたという後輩が、不動産屋〈蒲生商事〉3代目になる
蒲生寛之(がもう ひろゆき)さんでした。

すぐに意気投合し、2015年6月に共通の友人である
札幌の〈FUZ design〉の永井準平(ながい じゅんぺい)くんと飲みに行き
「蒲生商事の記念事業で空き家ツアーをやりたい」
「それなら空き家に泊まってもらい、暮らしを体験してもらおう!」と盛り上がりました。

その晩、みんなで空き家を巡りながらあらためてその数の多さに驚き
「このような名もなき古き良き建物を、自分たちが残していきたい!」と
語り合いながら帰宅しました。

その熱も冷めぬまま次の日をむかえ、
〈トンボロ〉の芋坂夫婦にも協力を仰ぎに行くとまた盛り上がり、
「じゃあ、移住希望者を募って『函館移住計画』をやろう」
「どうせなら西部地区を体験できるハシゴ酒のイベント『バル街』に合わせてやろう!」
という話に。9月上旬に開催される「バル街」まであと2か月ほど。
時間もないなか、無謀な挑戦が始まりました。

第1回の函館移住計画のポスター。2015〜17年まで計3回の移住計画を〈箱バル不動産〉で主催した。

第1回の函館移住計画のポスター。2015〜17年まで計3回の移住計画を〈箱バル不動産〉で主催した。

函館山の麓に広がる旧市街地の西部地区。東側と西側、海側と山側でそれぞれまったく違った地域性があり、応募者の特性に合わせて家を選んだ。

函館山の麓に広がる旧市街地の西部地区。東側と西側、海側と山側でそれぞれまったく違った地域性があり、応募者の特性に合わせて家を選んだ。

昔ながらのイボイボ四葉キュウリを
おいしく食べるには?
選び方と、下ごしらえ方法

夏バテ予防に夏野菜を食べよう!

むむむ、蒸し暑い(涙)!
日本の夏はどうしてこうも蒸し暑いのか……。
高温と多湿がタブルでパンチしてきます。
夏バテしないように、とにかくちゃんと食べてちゃんと寝て、
健康管理をしっかりしないといけないですね。

しかし、こう蒸し暑いと食欲もなんとなく減退気味。
……なんですが、こんな時期だからこそ、
おいしい夏野菜をたくさん食べてほしいと思います。

夏野菜といえば、その存在だけで主役級のトマト、トウモロコシから始まり、
油料理と相性のいいナス、ピーマンなんかが人気かもしれませんが、
今回紹介したいのは、キュウリ!

みんな知っているキュウリ。
庶民の野菜って感じですよね。

夏にはたくさん採れすぎて食べきるのに困ったり、スーパーでも安く売られていたり
(ときどき価格が上がるとキュウリなのに高い! と思われたり)、
もう少し貴重な存在として認めてあげたい(笑)。
キュウリっておいしいんです。
まさに今みたいな蒸し暑い時期には主役になれるんです! 
ということをお伝えしたいなと。

キュウリは1日であっという間に大きくなってしまうので、収穫が始まったらほぼ毎日収穫。

キュウリは1日であっという間に大きくなってしまうので、収穫が始まったらほぼ毎日収穫。

四葉キュウリは長さ30センチくらいが食べ頃。ぱっと見、細いゴーヤかと思ってしまうイボイボぶり。

四葉キュウリは長さ30センチくらいが食べ頃。ぱっと見、細いゴーヤかと思ってしまうイボイボぶり。

〈HOMEMAKERS(ホームメイカーズ)〉の畑では、
「四葉キュウリ」を育てています。
「四葉」と書いて、「すうよう」と読みます。
中国から渡ってきた品種で、株に本葉が4枚ついた頃から実がなるので
この名がついたといわれています。

一般的なキュウリと比べると大きく、長さ30センチほどに成長します。
表面には白いイボイボがあって、シワもよっているので、
ゴーヤに見間違えられることがありますが、キュウリです。

この小さなトゲがポロポロと取れてしまうので、なるべく傷つかないように出荷作業では気をつけています。

この小さなトゲがポロポロと取れてしまうので、なるべく傷つかないように出荷作業では気をつけています。

このイボイボというかトゲトゲのある四葉キュウリ、
今ではスーパーなどではほとんど見かけなくなってしまいました。
昔はイボイボのキュウリが普通でしたが、年々品種改良が進み、
今ではイボなしつやつやキュウリが流通しているキュウリの主流です。
というのも、このイボはちょっと触っただけでポロポロと取れてしまい、
イボがとれたところから傷みやすく、収穫や出荷作業のときとても気を使います。
そんな理由で四葉キュウリはあまり流通しないようになってしまいました。

でも、なんで四葉キュウリを育てているのか?

おいしいから! 好きだから!

たくさん採れたときでも飽きずにおいしく食べられるように、いくつかレシピを知っておくといいんですよね。

たくさん採れたときでも飽きずにおいしく食べられるように、いくつかレシピを知っておくといいんですよね。

四葉キュウリは皮が薄くて歯切れがいいのが特徴。
ポリポリというかバリバリというか、表現が難しいのですが、
漬けものやたたきにすると、あー、この食感がいいって感じます。
それとキュウリの香りがしっかりします。

伊豆下田、移住者が教える
9つの海水浴場と海遊びスポット。
ライフスタイルで変わる海の楽しみ方

下田にある9つのビーチとは?

伊豆下田には、9つのビーチがあります。
そのそれぞれに個性があり、
下田住民も時と場合によって使い分けているという津留崎さん。
夏本番を迎え、地元に住んでいる目線で
それぞれのビーチの特徴を教えてくれました。
お気に入りのビーチを見つけてみてください。

〈種と旅と2022〉 “その土地の在来種や伝統食を味わう” 15日間の祝祭が7月21日よりスタート

〈種と旅と〉が今年も始まります!

〈種と旅と〉とは、日本中の農家、八百屋、レストラン、料理人と暮らすひとがつながり、
その土地の在来種や伝統食を味わう15日間の祝祭です。

従来型の1か所に集まるマーケットとは異なり、
“全国同時多発”スタイルが〈種と旅と〉の特徴。

種と農について考え、味わい、学び、どこまでもローカルに、
同時に全国でつながるイベントです。

その〈種と旅と2022〉が、7月21日(木)〜8月4日(木)までの期間で、
全国津々浦々で催されます。

写真:繁延あづさ 料理:原川慎一郎

写真:繁延あづさ 料理:原川慎一郎

2020年の冬、2021年の秋から3回目の開催となるこの夏は、
前回よりも50組以上参加が増え145組にパワーアップ!

まずは〈種と旅と〉のはじまりからご紹介します。 

発起人は、長崎県雲仙市の〈タネト〉と横浜市の〈青果ミコト屋〉

タネトは奥津爾さん典子さん夫妻が2019年から営むオーガニック直売所で、
プラスチックフリーを実践、地域の在来種野菜を軸に、
農薬・化学肥料不使用の野菜を扱っています。

タネトに並ぶのは9割以上が車で20分圏内の野菜。野菜の他に古本屋や食堂を併設し、焼き菓子や器も販売している。写真:栗田萌瑛

タネトに並ぶのは9割以上が車で20分圏内の野菜。野菜の他に古本屋や食堂を併設し、焼き菓子や器も販売している。写真:栗田萌瑛

2010年に開業した青果ミコト屋
現在、横浜市青葉区に、廃棄される野菜をつかった
アイス屋〈KIKI NATURAL ICECREAM〉を併設した実店舗を構えます。

日本中の田畑を巡る旅を通じて出合った、「本当においしい野菜」と
「背景にある農家の人柄やストーリー」が詰まった、
野菜セットを全国宅配している八百屋です。

昨年春にオープンした〈MICOTOYA HOUSE〉の前で、ミコト屋、KIKIスタッフ一同。

昨年春にオープンした〈MICOTOYA HOUSE〉の前で、ミコト屋、KIKIスタッフ一同。

九州と関東という距離はあるものの、
「その土地の食文化やルーツを守りたい」
「在来種を残していきたい」という互いの共通した思いの原点には、
あるひとりの農家さんの存在がありました。

「在来種には個性があり、
ひとつひとつ違うおいしさがあるということ。
そしてそれはぼくたち人間と一緒だということ。
岩崎さんが言った言葉、
『食べてくれる人をつくることが、種を守ることにつながるんです』と。
あぁ、やっぱりこれは僕たち八百屋の役目なんだとなぁと、
あの時身が引き締まったのです」(青果ミコト屋)

岩崎さんとは、雲仙市で在来種の野菜を育て種を採取している農家さん。

岩崎さんは約40年ほど前から有機農業に切り替え、
現在は約80種類の野菜を生産するなかで、
毎年50種類以上の野菜の種子を採っているといいます。

岩崎政利さんは1950年長崎県生まれ。諫早農業高校卒業後、農業に従事する。 写真:繁延あづさ

岩崎政利さんは1950年長崎県生まれ。諫早農業高校卒業後、農業に従事する。 写真:繁延あづさ

岩崎さんの畑で採取された種。写真:繁延あづさ

岩崎さんの畑で採取された種。 写真:繁延あづさ

九条太ねぎの種とり風景。写真:繁延あづさ

九条太ねぎの種とり風景。 写真:繁延あづさ

奥津さん一家が移住を決断したのも、
岩崎さんのつくる野菜が雲仙にあったから。

その土地の風土を理解し、
大切に育て上げられた希少な在来種の野菜に魅了されるひとは少なくなく、
雲仙市で〈BEARD〉を営んでいる
料理人の原川慎一郎さんも東京からこの地へ移り住んだひとりなのです。

BEARDの原川慎一郎さん。写真:繁延あづさ

BEARDの原川慎一郎さん。写真:繁延あづさ

「世界を見渡しても、岩崎さんのような農家さんはいないんじゃないか」

そう思わせるほど、岩崎さん自身が稀有な存在であり、
育てられた野菜は別格なのだそう。

種と旅との期間中、岩崎さんの野菜は一部の店舗のみの取り扱いにはなりますが、
北海道から沖縄まで105店のレストランで、
それぞれの地域で育った在来種や地元野菜を使った
創作料理や伝統料理が特別に提供されます。

また各地の料理人たちも腕をふるい、レシピも公開される予定。

「在来種ってどんな味わいだろう?」
「地域の郷土料理を食べてみたいな!」
そんなワクワクや期待が高まる、15日間となりそうです。

MAYA MAXXとつくり手の展覧会。
年3回の開催で、
メンバーはどこまで成長できる?

MAYA MAXXの新作。撮影=佐々木育弥

年3回の展覧会開催! ハードルを上げることで力を発揮

「がんばるなんて、当たり前なんだよ。がんばるから、生きていて楽しいんだよ」

ゴールデンウィークに旧美流渡(みると)中学校で開催した、
地域のつくり手の作品を集めた『みる・とーぶ展』と、
一昨年、この地に移住した画家・MAYA MAXXさんによる『みんなとMAYA MAXX展』
その反省会の席でMAYAさんは、みんなに語りかけた。

この日集まっていたのは、会場で木工や陶芸、ハーブティーブレンド、
キッチン雑貨などを販売したり、飲食ブースを出したり、
イベントを行ったりしたメンバーたち。
今年は、7月と9月にも同様の展覧会を計画中のため、反省会の場でも、
今後どうするのかについて熱のこもった話し合いが行われた。

年3回の展覧会となると、作品をどんどんつくり出さなければ間に合わない。
しかも、来場者を飽きさせないように、つねに何かしら
新しい視点を盛り込んでいかなければならない。

5月に開催した『みんなとMAYA MAXX展』。(写真提供:佐々木育弥)

5月に開催した『みんなとMAYA MAXX展』。(写真提供:佐々木育弥)

5月に開催した『みる・とーぶ展』。地域のつくり手の作品を集めた。

5月に開催した『みる・とーぶ展』。地域のつくり手の作品を集めた。

「来場者数とか全体の売り上げとか、そんな数字は一切関係なくて、
大切なのは自分が成長をすることだよ」

MAYAさんは、そう続けた。
年3回にしようと発案したのはMAYAさん。
ハードな状況をあえてつくり出すことによって、ここに関わるメンバーが、
いつも以上の力を発揮できたらと考えての決断だった。

5月に開催したMAYAさんのワークショップ「キミのコトバを描いてみようか」。参加者に描いてほしいものを聞き、それを描きながら対話を重ねた。

5月に開催したMAYAさんのワークショップ「キミのコトバを描いてみようか」。参加者に描いてほしいものを聞き、それを描きながら対話を重ねた。

5月の展覧会では2週間でおよそ2000人が訪れた。
みんなゆったりと会場を楽しんでくれたようで、
「山あいの地域で、自分なりのものづくりをやっている人たちが
いることを知って元気が出た」や
「この学校の卒業生です。校舎をこうして利用してくれていることがうれしい」
という温かなメッセージが寄せられた。

連日、飲食ブースもにぎわって、毎日ほぼ完売状態。
出店メンバーは大きな手応えを感じていたようだ。
そして期間中、「次の開催まで、あと65日!」と私たちは心のなかで唱え、
7月の展覧会に思いを馳せていた。

〈アトリエ遊木童(ゆうもくどう)〉の五十嵐茂さんは、5月の会期中、展示をしつつ、次回に向けて木工室で家具をつくり続けた。

〈アトリエ遊木童(ゆうもくどう)〉の五十嵐茂さんは、5月の会期中、展示をしつつ、次回に向けて木工室で家具をつくり続けた。

何気ない行動ひとつにも現れる
「県民あるある」

今月のテーマ 「県民あるある」

普段何気なくやっていることや身の回りの些細なことから
その人のひととなりが伺えます。
今回はその土地に住む人たちがついしてしまう言動や行動にクローズアップ。

移住者から見て県民性が現れていると感じる
あれこれを教えてもらいました。

子どもの頃から当たり前だと思っていた習慣や
何気なく使っていた言葉にも地域性が根づいているようです。

【秋田県にかほ市】
「えふりごき」な秋田県民のあたたかな心意気

秋田県民は「えふりごき」だと言われることがあります。
「えふりごき」とは秋田弁で
「かっこつける」「見栄をはる」という意味。

「身の丈に合わないことをしている」と、
ネガティブな文脈で使われることもありますが
心あたたかい県民性の現われではないかと感じます。

地域の方のお宅にお邪魔すると
食べきれないほどたくさんのご馳走が出てきたり、
帰り際にはお土産まで持たせてもらえたりということがよくあります。

そのエピソードを別の場所で披露すると
「秋田県民はえふりごきだからな~」と、
みんな口を揃えて言います。

ネガティブな言葉で語られることの多いこの言葉。
わたしにとっては、心あたたかい県民性の現れに感じています。
お客さんを精一杯おもてなししようという
「えふりごき」は受け継ぎたい秋田の県民性です。

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國重咲季 くにしげ・さき

京都府出身。秋田県の大学に進学したことを機に、東北各地の1次産業の現場を訪ねるようになる。卒業後は企業に勤めて東京で暮らした後、にかほ市で閉校になった小学校の利活用事業「にかほのほかに」に携わるべく秋田にAターン。地域で受け継がれてきた暮らしを学び、自給力を高めることが日々の目標。夢は食べものとエネルギーの自給自足。

瀬戸内の島の小さな食料品店
〈クマ グローサリー〉

小豆島に新しいお店がオープン

「春に小豆島で食料品店をオープンする予定なんです」

と、素敵な女性がうちのカフェにやってきてくれたのは冬のこと。
あれから数か月、彼女の言葉通り、2022年6月18日に小豆島に新しいお店ができました。
〈クマ グローサリー〉という名前の小さな食料品店です。

2022年6月18日にオープンした食料品店〈クマ グローサリー〉。

2022年6月18日にオープンした食料品店〈クマ グローサリー〉。

〈HOMEMAKERS(ホームメイカーズ)〉のシロップ・ドレッシングも並んでいます。

〈HOMEMAKERS(ホームメイカーズ)〉のシロップ・ドレッシングも並んでいます。

お店をオープンされたのは、奈良から引っ越してこられた
三浦隆洋さん・奈苗さんご夫妻。
笑顔が素敵すぎる、爽やかなおふたりです。
隆洋さんのお父さんのご実家は小豆島。

お店を開くにあたって、ほかの土地もいろいろ見に行かれたそうですが、
どこもしっくりこず。
そういえば小豆島はどうだろうと訪れてみると、ここがいい! と感じたそう。
適度に大きくて、人もいる。田舎すぎないけど、海も山もある島。
小豆島でお店を開こう。

〈クマ グローサリー〉は、土庄(とのしょう)町の中心エリアにある
オリーブ通りにオープンしました。
島のなかで1番都会なエリアです。夜も明るい(笑)。
買い出しなどで島の人たちがよく通る道なので、お店がオープンする前から
「あそこ工事してたよ。お店ができるみたいだよ」と噂になっていました。

さて、まず気になるのはお店の名前。
クマ? 動物のクマ?
ではなくて、素敵な意味が込められています。
お店のwebサイトにはこんなふうに書かれています。

“COOMYAH”とはある国の言葉で
「こっちへおいでよ」という意味です。
現地での正しい発音は資料に乏しく実はわからないのですが、
私たちは勝手に「クマ」と発音しています。
大好きなアメリカのミュージシャンが歌う曲のタイトルから名づけました。

Come here!
ウェルカムな感じがふたりにぴったりなお店の名前。

クマさんって覚えやすい。

クマさんって覚えやすい。

それと、「クマ」という名前にしたのは、
“こっちへおいでよ”という気持ちと、シンプルですぐ覚えてもらえる響きだからだそう。
たしかにクマさんって覚えやすくて親しみやすくて呼びやすい。いい名前。

森のようちえん〈ちいろば〉
保育ではなく
「人間臭さ」を育てる

「やりたい」「楽しい」を大切に

自然という環境下での保育や、地元の有機野菜を採り入れた給食などの点だけを見れば、
特段めずらしい試みをしているわけではない。
〈認定こども園 ちいろばの杜〉(以下、ちいろば)の特徴は、
例えばこんなところに表れる
――子どもたちの発案で「探検隊」が組織され、
森に行くまでの道になっていたアケビの実を採りに冒険しに行く。
あるふたり組が帰りの会で発表した人形劇が、年長組全員が参加する演劇に発展し、
物語と配役と衣装を子どもたちがつくる。
ラグビーW杯を見て夢中になり、ボール替わりに長靴を手に、
泥だらけになって自作の「ハカ」を披露し合う。

泥だらけになって遊ぶ子どもたち。「帰りたくない」の声が響く。(写真提供:認定こども園 ちいろばの杜)

泥だらけになって遊ぶ子どもたち。「帰りたくない」の声が響く。(写真提供:認定こども園 ちいろばの杜)

森へ続く道中も遊びの宝庫。植物や昆虫の姿に目を輝かせる。(写真提供:認定こども園 ちいろばの杜)

森へ続く道中も遊びの宝庫。植物や昆虫の姿に目を輝かせる。(写真提供:認定こども園 ちいろばの杜)

小屋を建てたい、絵を描きたい、火おこしをしたい……
それぞれの子どもたちの内側から湧き出た、たくさんの「やりたい」「楽しい」気持ちと、
実現までの試行錯誤を何よりも大切にする。
大人たちが答えを手解きすることはほとんどない。
大人は少し離れて見守るか、子どもに触発されて一緒に楽しんでいる。
失敗しても構わない。評価も競争もない。
春先に芽生えた新芽のように、子どもたちが森にみずみずしく躍動している。

まずは自分でやってみるのが、ちいろば流。大人は子どもの姿をそっと見守る。(写真提供:認定こども園 ちいろばの杜)

まずは自分でやってみるのが、ちいろば流。大人は子どもの姿をそっと見守る。(写真提供:認定こども園 ちいろばの杜)

森や田んぼや畑など、自然の環境に身を置きながら、
保育や教育などを行う「森のようちえん」。
近年の生活意識の変化などから注目を集めているが、
〈NPO法人森のようちえん全国ネットワーク連盟〉によると、
同連盟の加入団体だけでも、その数は全国で250以上に広がっている。

長野県南佐久郡佐久穂町にある、ちいろばもそのひとつだ。
厳冬期は氷点下20度にもおよぶ標高約1000メートルの森の中、
八ヶ岳に連なる山々の空気と水と土に囲まれ、子どもたちは日々を生き生きと遊んでいる。

園舎からの風景。晴れた日は山々が見渡せる。

園舎からの風景。晴れた日は山々が見渡せる。

〈森の出版社 ミチクル〉の新しい絵本
土偶は、なぜ不思議な
かたちをしているの?

12年前につくり始めた、縄文時代の土偶をテーマにした絵本

大学在学中に美術系の出版社で働くようになってから約30年、編集の仕事を続けてきた。
どんな本をつくっていても何かしらの発見やワクワク感があって、
この仕事は自分に合っていると日々実感している。
けれど時々、自分の創作に突き進んでみたいという気持ちが
頭をもたげてくることがあった。

高校・大学で私は絵画制作に取り組んできたが、
表現するということがなんなのかがつかめないまま卒業してしまった。
その後、編集の仕事へとシフトしたのだが、心のどこかで、
学生時代の自分を置き去りにしたような感覚が残っていた。

今年の6月、『DOGU かたちのふしぎ』という絵本を刊行した。
この絵本をつくろうと思ったのは12年前のこと。
当時、このまま編集の仕事だけを続けていていいのだろうかという迷いと、
絵を描くことにもう一度チャレンジしてみたいという想いがあってのことだった。

日頃から本づくりをしていたこともあり、1枚の絵を描くよりも、
内容があってそれを描くほうが、手がかりがあって進めやすいと考え
絵本という形式を選んだ。

テーマは土偶。
1万年も続いた縄文時代、人々はさまざまな「ひとがた」をつくっていた。
それらは、宇宙人かと思うほどの不思議なかたちをしており、
そこに私は以前から惹かれていた。

『DOGU かたちのふしぎ』(森の出版社 ミチクル) アクリル絵の具で、リアルにかたちを描いた。

『DOGU かたちのふしぎ』(森の出版社 ミチクル) アクリル絵の具で、リアルにかたちを描いた。

仕事の合間をぬって半年ほどで完成させ、海外の絵本コンペに応募した。
結果は落選。そののちに出産。やがて東日本大震災が起こり、北海道へ移住。
忙しない日々のなかで、絵本は出版することなくお蔵入りになっていた。
そのまま10年以上、この絵本を開くことはなかった。

屈斜路湖の和琴半島。
「気軽に行ける」森の散策路を
自然ガイド・片瀬志誠と歩く

4年前に北海道に移住した井出千種です。

179市町村のなかから暮らしたい場所を探した結果、
豊かな自然があふれる森と湖の温泉郷、
道東の弟子屈町に辿り着いた。

しかし、それまで特別自然について詳しいわけでなかったのに、
どうして惹かれたのか? 心地よさの理由は何か?
自分でもまだ完全に理解できているわけではない。

そこで、弟子屈に住む「自然とともに暮らす先達」に話を聞き、
弟子屈の自然の魅力を伝え、理解を深めるとともに、
魅力を紹介する連載を始めることになった。

第1回は、自然ガイドの片瀬志誠(しのぶ)さんの話を聞きに
森に入った。

新緑が美しい和琴半島で見つけた草木コレクション

阿寒摩周国立公園の中、屈斜路湖に突き出た和琴半島。
一周約2.5キロに及ぶ森の散策路では、
天然記念物に指定されている和琴ミンミンゼミをはじめ、
希少な動植物を観察することができる。

日本最大のカルデラ湖、屈斜路湖の面積は約80平方キロメートル。東京の山手線がすっぽり入る広さ。その南側にあるのが、和琴半島。(写真提供:Shinobu Katase)

日本最大のカルデラ湖、屈斜路湖の面積は約80平方キロメートル。東京の山手線がすっぽり入る広さ。その南側にあるのが、和琴半島。(写真提供:Shinobu Katase)

6月の初め、自然ガイドの片瀬志誠(しのぶ)さんに案内してもらった。

「新緑がきれいで、花がモリモリ咲いていて、なのに虫はまだ少ない。
この時期の和琴半島は、自然のエネルギーが満ち溢れている。
週1ペースで歩いています」

長い冬を乗り越えて、草木も、動物も、人間も、
「頑張るぞ!」と気合を入れているのだ。

カツラの木。中央から右側が、春の葉っぱ。左側が、夏の葉っぱ。紅葉の時期には、甘辛い独特の匂いを発する。

カツラの木。中央から右側が、春の葉っぱ。左側が、夏の葉っぱ。紅葉の時期には、甘辛い独特の匂いを発する。

「これはカツラ。同じ木なのに、形が違う葉っぱがついている。
根元のほうは、春の葉っぱ。初夏になると、
先が少し尖った夏の葉っぱが出てくる。不思議ですよね」

散策路に落ちていたクルミの雄花。手にもついている黄色い粉が、花粉。

散策路に落ちていたクルミの雄花。手にもついている黄色い粉が、花粉。

大木の下にたくさん落ちている房を拾って、
「これはクルミの花の成れの果て(笑)。
花粉がいっぱい出ているから、雄花です」

次から次へ、草木の名前と、
どんな特徴を持っているのかを教えてくれる。

葉脈が浮き出ている丸い葉っぱが特徴の、ジンヨウイチヤクソウ。緑の蕾が開くと、小さな白い花が咲く。

葉脈が浮き出ている丸い葉っぱが特徴の、ジンヨウイチヤクソウ。緑の蕾が開くと、小さな白い花が咲く。

「この葉の形。ある内臓の形に似てません? そう、腎臓。
だから、ジンヨウイチヤクソウという名前がついている。
あと1週間もすれば、たくさんの花が開きますよ」

和琴半島の散策路にて。この日は、オオアカゲラ、エゾリス、アオサギ、ニホントカゲ、シマヘビまで! たくさんの動物にも遭遇した。

和琴半島の散策路にて。この日は、オオアカゲラ、エゾリス、アオサギ、ニホントカゲ、シマヘビまで! たくさんの動物にも遭遇した。