冬の下田を楽しむ!
絶景ハイキング&
お手軽登山コースをご紹介!

下田住民だからこそ知っている
冬のアクティビティ

9つも海水浴場があり、夏のイメージを抱いてしまう伊豆下田。
もちろん冬にもたくさんの魅力があります。
そのなかから、津留崎鎮生さんがおすすめの
ハイキング&プチ登山のコースを紹介してくれました。

どちらもお手軽にアクセスできる場所でありながらも、
それなりのアップダウンもあり、いい運動になるようです。

そしてご褒美には下田らしい絶景を望むことができます。

ローカルこそが知る、夏、そして海以外の
アクティビティに注目です。

北海道に移住して12年。
カバンの中身から
移住のリアルを語ってみる

いつでもどこでも軍手が活躍

東京から北海道へ移住して、今年で12年目。
出版社に毎日出勤していた頃と、暮らしは本当に大きく変わった。

この連載では、仕事、家庭、子育てなどをテーマに北国での生活について書いてきたけれど、
なんだか核心部分を伝えきれていないような気がしてならない。
それは頭で理解する部分ではなくて、体が反応する部分。
それをどうやって書き表したらいいのだろうかと考えていたとき、
ふとカバンの中身が思い浮かんだ。
東京生活で必需品だったものが消え、予想もしなかったものが加わっていたからだ。

私の住む岩見沢市は豪雪地帯。元旦の夜から降り始めた雪は、4日間断続的に降り続き、胸くらいまで積もった。

私の住む岩見沢市は豪雪地帯。元旦の夜から降り始めた雪は、4日間断続的に降り続き、胸くらいまで積もった。

こちらに来てから、いつも持ち歩いているのは、A4サイズくらいのサコッシュ。
スマートフォンやお財布、手帳は、以前と変わらぬアイテム。
そこに新たに加わったのはゴムのグリップつき軍手、ハサミ、懐中電灯、車のキー。

MAYA MAXXさんのクマの絵がプリントされたサコッシュをいつも持ち歩いている。畑仕事をしたり山に入ったりするので、結構汚れている……。

MAYA MAXXさんのクマの絵がプリントされたサコッシュをいつも持ち歩いている。畑仕事をしたり山に入ったりするので、結構汚れている……。

軍手はとにかくよく使う。
春から秋にかけて私は庭とともにある。
基本的には植物が生えたいように生えてくるのをじっと見つめているだけだが、
ほんの少し手をかける。
小道の草を整えたり、一角で草花を育てたり。
そうした細かな作業のときに軍手は欠かせない。

また、家のまわりを歩いていると、山菜や木の実を見つけるので、ここでも軍手が活躍する。
さらには、最近、蔓カゴ編みにハマっていて、道すがら木に絡まっている蔓を採ることも。
植物の採取には、軍手とともにハサミも使っている。

あらゆるところに素材がある。つい蔓を見つけると編まずにはいられない衝動がわく。

あらゆるところに素材がある。つい蔓を見つけると編まずにはいられない衝動がわく。

東京にいたときも、公園で落ち葉を拾ったり、クローバーで花の冠をつくったり
していたけれど、その何十倍もの頻度で土や植物を触っている。
以前は「自然と触れ合う」というような言葉を使っていたが、
今ではその表現は他人行儀な感じがする。
家を一歩出ればそこは自然。
ときおり私もその一部なんだという思いが溢れてくることがある。

11月、北海道は朝晩、氷点下となる。雪に覆われる前のいっとき、植物が凍って朝日に輝く姿は本当に美しい。

11月、北海道は朝晩、氷点下となる。雪に覆われる前のいっとき、植物が凍って朝日に輝く姿は本当に美しい。

小豆島で暮らす人たちの
手でつくられた本と展示
『月樹舎のアトリエと原画展』

新年に訪れてほしい展覧会

あけましておめでとうございます。
2023年が始まりましたー!
今年も『小豆島日記』をどうぞよろしくお願いいたします。

さて、この新しい年の始まりに、小豆島で訪れてほしい場所があります。
棚田が美しい農村、中山地区にあるギャラリーショップ〈うすけはれ〉で開催中の
『月樹舎のアトリエと原画展』です。

小豆島の中山地区にある〈うすけはれ〉。もとはそうめん工場だった建物を改修した、とても素敵なお店です。

小豆島の中山地区にある〈うすけはれ〉。もとはそうめん工場だった建物を改修した、とても素敵なお店です。

店内には、セレクトされた衣服や陶器、雑貨などが並びます。企画展やライブなども開催。

店内には、セレクトされた衣服や陶器、雑貨などが並びます。企画展やライブなども開催。

昨年、小豆島で草木染めをしている〈月樹舎(つききしゃ)〉の植松優子さんと、
絵を描いたりアート雑貨を制作したりしている
〈artHouse tematoca(アートハウス・テマトカ)〉の高野ゆっこさんと
『植物からのメッセージ』という本をつくりました。
優子さんが草木染めをしているときに受け取った植物からのメッセージを、
ゆっこさんの素敵な絵とあわせて伝える本です。

私は編集という立場で本づくりに携わりました。
詳しくは小豆島日記vol.301をご覧ください。

〈artHouse tematoca〉のゆっこさん(左)と〈月樹舎〉の優子さん(右)。

〈artHouse tematoca〉のゆっこさん(左)と〈月樹舎〉の優子さん(右)。

2022年に月樹舎から出版された『植物からのメッセージ』という絵本。

2022年に月樹舎から出版された『植物からのメッセージ』という絵本。

昨年秋に発売し、多くの友人たちが手にとって読んでくれました。
「植物からのメッセージ読んだよ! めっちゃ感動した。すごくよかったよー」
と言ってくれた友人が何人かいて、わー、こんなに反響があるんだと
とてもうれしくなりました。

うすけはれの店主、上杉道代ちゃんも本を読んでくれて、
とてもよかったと話してくれました。
彼女がこの本を初めて読んだときに感じたぬくもりややさしさを、
ほかの誰かとも共有したい、本とはまた別のかたちで届けたいという思いから、
展示会『月樹舎のアトリエと原画展』を企画してくれました。

萩市の魅力って?
山口県の移住者に会えるイベントで
地域の暮らしと仕事のイリグチを探る

「萩の入口」となる拠点を知ることから始める

移住への第一歩として、まずは地元の人たちに話を聞くのが近道だと考える。
でも実際には、都心で地方在住者や移住者に
どうやって出会えばいいかわからないという人もいるだろう。

先日、山口県萩市での移住に関するイベントが都内で開催された。
2022年10月2日(日)、場所は東京・有楽町の〈東京交通会館〉。
今年度4回目の開催となる〈YY! ターンカレッジ〉は、
山口県と密接につながりながら
新しい働き方・暮らし方・生き方を見つけた先輩たちなどと語り合えるイベントだ。

今回は「山口とつながる」part.1として、
「地域へのイリグチからシゴトまで」をテーマに開催、約40名の参加者が集まった。

“YY! ターン”とは、「やまぐち」のYと「わいわい楽しい暮らし」のYを組み合わせた山口県へUJIターンを意味するキャッチフレーズ。

“YY! ターン”とは、「やまぐち」のYと「わいわい楽しい暮らし」のYを組み合わせた山口県へUJIターンを意味するキャッチフレーズ。

ゲストは〈株式会社b.note〉の代表取締役である新井達夫さん、
〈萩市商工観光部 企業誘致推進課〉課長の大平憲二さん、
〈萩市総合政策部おいでませ、豊かな暮らし応援課〉課長補佐の
釼物(けんもつ)佳代子さん。

「地域の入口」となる拠点をつくる3名が、萩市内でどんな事業や取り組みを行っているか、
地域とのつながりや地域性を交えながら“萩の魅力”を探っていった。

左から釼物さん、大平さん、新井さん。

左から釼物さん、大平さん、新井さん。

札幌で、もうひとつの
『みんなとMAYA MAXX展』。
不安や心の影が現れた絵画を展示して

まるで洞窟のような空間に、東京時代の絵を並べて

春、夏、秋の年3回、北海道の美流渡(みると)地区で
『みんなとMAYA MAXX展』を開催してきた画家・MAYA MAXXさん。
今年の締めくくりとして、もうひとつの『みんなとMAYA MAXX展』を
札幌で2022年12月14日から2週間開催。
場所は「HUG(ハグ)」の愛称で呼ばれている
〈北海道教育大学アーツ&スポーツ文化複合施設〉。

札幌軟石でつくられた石蔵をギャラリーとして改装した空間で、
まるで洞窟のような重厚な雰囲気を感じさせる。
窓から山々が見渡せる開放的な旧美流渡中学校の展示スペースとは対照的で、
「この空間にはどんな作品が合うのだろうか?」と考えるところから
展示の構想はスタートした。

2022年1月にもHUGで『みんなとMAYA MAXX展』が開催された。MAYAさんが骨折中に描いた鹿の連作が展示された。(撮影:佐々木育弥)

2022年1月にもHUGで『みんなとMAYA MAXX展』が開催された。MAYAさんが骨折中に描いた鹿の連作が展示された。(撮影:佐々木育弥)

これまで描いたもののなかから、コロナ禍となる少し前に
東京で描いたキャンバス作品を選んだ。
2008年から10年、京都で制作発表を行っていたMAYAさんは、
その後、東京に戻って活動を再開させた。
約1年、原宿にある美容サロンの一角で絵を描き、
2020年に吉祥寺に部屋を借りてアトリエをつくった。

展示されたのは、その頃の作品。
木枠に貼らずに切りっぱなしのキャンバスに海や動物、人物などが描かれている。
それぞれに一貫したテーマはないが、
いずれの作品にもどこか所在なげな雰囲気が漂っているのが特徴だ。

美流渡のアトリエに比べると決して広くはなかった吉祥寺のアトリエだが、床いっぱいにキャンバスを広げると250センチほどの幅まで描くことができた。

美流渡のアトリエに比べると決して広くはなかった吉祥寺のアトリエだが、床いっぱいにキャンバスを広げると250センチほどの幅まで描くことができた。

「東京は大学時代からふるさとにいるよりも長く住んでいた場所。
だけど10年ぶりに戻ってみたら、周りの人との関係が変わっていました。
仕事で知り合った人たちは、前よりずいぶん偉くなって時間が取れなくなっていたり、
仕事を辞めたり、連絡がつかなくなっていた人も」

これから自分はどうやって東京で人との関係をつくっていけばいいのかと
考えていた矢先に描いたのがこれらの絵だった。

「あのときの不安な状態が出ている絵を、この薄暗い石蔵に展示したら
シュールな感じになるんじゃないかと思いました」

自然というミュージアムを
巡るための出発点、
〈川湯ビジターセンター〉

アカエゾマツの森に隣接する〈川湯ビジターセンター〉

最近の私の仕事は、朝の収穫から始まる。
庭にあるアカエゾマツの枝葉を数本伐って、袋に入れて、いざ出勤。
車の中には森の香りが漂って、極寒の朝もとてもいい気分だ。

引っ越したときは気づいていなかったけど……庭にアカエゾマツの木があった。ラッキー!

引っ越したときは気づいていなかったけど……庭にアカエゾマツの木があった。ラッキー!

北海道の右側、「ひがし北海道」と呼ばれるエリアには、国立公園が3つある。
知床国立公園、釧路湿原国立公園、阿寒摩周国立公園。
そしてこれらの中には、
各地の自然情報を展示・解説するビジターセンターが10か所もある。

私が勤務しているのは、そのうちのひとつ〈川湯ビジターセンター〉。
阿寒摩周国立公園の半分、摩周・屈斜路エリアを紹介する施設である。

弟子屈町川湯温泉にある〈川湯ビジターセンター(旧・川湯エコミュージアムセンター)〉。

弟子屈町川湯温泉にある〈川湯ビジターセンター(旧・川湯エコミュージアムセンター)〉。

アカエゾマツの天然林に抱かれるようにして建っている、
面積500平方メートルを超える大きな館。

いまから10年以上前、まだ東京に住んでいた頃、
北海道旅行の途中で偶然立ち寄った記憶がある。

森の中にポツンとあるロケーションに惹かれて
「こんな場所で働いてみたいなぁ」とぼんやり感じたことを覚えている。
気がつけば実現していたなんて、なんだか不思議だ。

三村家の春夏秋冬。
2022年も小豆島で
ドラマチックな暮らし

小豆島での2022年を振り返る

いよいよ2022年も残りわずかとなりました。
今年はどんな1年だったかなと写真を見ながら振り返ってみると、
なんだかんだと、いろいろあったなぁと。

私たちにとって小豆島暮らし10周年となった2022年。
10年経っても、日々新しい出会い、発見、学びがたくさんあって、
まだまだ飽きることはありません。
三村家の個人的なことも含めて、今年最後の小豆島日記で、
この1年の大きな出来事、これからの生き方の
ターニングポイントになるであろう出来事について書いておこうと思います。

小豆島暮らし10年目。庭のサクランボの木もずいぶん大きくなりました。

小豆島暮らし10年目。庭のサクランボの木もずいぶん大きくなりました。

三村家に新たなメンバーが加入!

それではさっそく、2022年の三村家トピックスひとつめ!
とっても個人的な出来事なのですが、今年は年明け早々、
我が家に新たなメンバーがやってきました。

保護したときは、推定生後1か月のハチワレ子猫ちゃん。

保護したときは、推定生後1か月のハチワレ子猫ちゃん。

出会いは元旦の夜。
家のすぐ近くで「ミャーミャーミャーミャー」と鳴く声がずっとしていて、
もういてもたってもいられないうちのお父ちゃん(旦那)と娘。

伐採されて積まれた枝のなかに隠れていて、
ちらりと顔を見せたのは小さなハチワレの子猫ちゃん。
目があった瞬間から保護しようと決めていたそう(旦那の後日談)。
その日は逃げてしまったのですが、三村家の心のなかから消えることはなく、
こんな寒いなかでは長く生きられないだろうと心配はつのるばかり。

3日後、また庭で子猫の鳴き声が。あの子に間違いない!
痩せた小さな体で家の前をちょろちょろと走り回っていました。
とても寒い時期だったので、そのまま外に放置することもできず、保護することに。

幸い健康状態はそこまで悪くなく、ごはんも自力で食べました。

幸い健康状態はそこまで悪くなく、ごはんも自力で食べました。

小さい猫はとってもとってもかわいいんです。でも保護するなら責任も大きい。

小さい猫はとってもとってもかわいいんです。でも保護するなら責任も大きい。

すでにうちには体調を崩していた15歳の老犬と、先住猫1匹がいるのに、
さらに増えて大丈夫なのかという思いもよそに、気づけば我が家の一員になっていました。

我が家のワンニャンズ。縁側でそろって日向ぼっこしていた2022年春。

我が家のワンニャンズ。縁側でそろって日向ぼっこしていた2022年春。

そんなこんなで2022年は新年早々新メンバーが加わり、
ベイビーニャンコに長老ワンコと、毎日生き物をお世話しました。
犬も猫もかわいい、でもやっぱり老いたときのお世話はとても大変で、
お金がかかったり、気兼ねなく出かけることもできなかったりします。
それでもともに暮らすことを我が家は選びました。
心配することもあれば、癒やされることもあり、
大変だけどそれが家族だなとあらためて思います。

東京に戻ることも考えていた?
移住してから5年、
ようやく「始まった」下田での暮らし

下田と東京で揺れ動いていた気持ち

下田に移住して5年が経った津留崎家。
それでも「下田で暮らしていくのか」と徹花さんが実感したのは
ごく最近だといいます。

移住以来、東京に戻るべきか否か、
という悩みを持っていましたが、
周囲のライフステージが変わったことによって、
徹花さんの気持ちにも変化があったようです。

季節到来!
だまっこ鍋、はっと、おでん、
鍋のお供の辛い調味料まで
全国の鍋事情をチェック


今月のテーマ 「鍋事情」

少しずつ気温も下がり、
あったかい食べ物が欲しくなる季節がやってきました。
冬のあたたかメニューといえば、そう「鍋」です。

今回は全国にお住まいのみなさんに
地元で食べられている「鍋」について紹介してもらいました。

知っている具材や鍋料理も地域によって呼び名が違ったり、
みんなが知っているあの名物が地元ならではのつくり方で食べられています。
晩ごはんの参考にしてみてください。

【新潟県南魚沼市】
うま味をググッと引き上げてくれる鍋のお供、神楽南蛮と麹の辛味調味料

さてさて、今月のテーマはそれぞれの地域の「鍋」。

山形県には芋煮があるし、
秋田県にはきりたんぽ鍋がありますが、あらためて考えてみると
「新潟ならではの鍋ってなんだろう……」と、悩んでおりました。

ところがバイパスを運転中に突如閃いたのです!

「そうだ! 実家のある南魚沼市では鍋のお供に
神楽(かぐら)南蛮※と麹でつくった辛味調味料が、
食卓に登場しているではないか」と。
※夏に採れるピーマンのような形のコロッと太った唐辛子。

実家で食べるこの「神楽南蛮の辛いやつ(正式名称不明)」は、
義妹のおばあちゃんお手製の逸品。
ただ辛いだけじゃないんです。
神楽南蛮のフルーティーなさわやかさと麹のまろやかさが、
鍋のうま味をググンと引き上げてくれる、そんな鍋の名脇役。

調べてみると神楽南蛮は南魚沼市の伝統野菜なのだそう。
もしかしたら地元で脈々と受け継がれてきた
神楽南蛮を常備するために考えられたのが、
この辛味調味料なのかもしれません。

義妹撮影「神楽南蛮の辛いやつ」。

義妹撮影「神楽南蛮の辛いやつ」。

ただこの辛味調味料、
実家には大切に保管されていたとしても、我が家にはございません。
ましてやおばあちゃんと同じように手づくりすることもできません。

代わりに、新潟県内であれば比較的どこでも手に入りやすい
妙高市(新潟と長野の県境)の名物、かんずりで鍋をいただくことにしました。

〈越後妙高かんずり〉。

〈越後妙高かんずり〉。

 上から見てもかわいい。

上から見てもかわいい。

かんずりは唐辛子が原材料ですが、
神楽南蛮の辛味調味料と同じくフルーティーさを感じられます。

せっかくなので、ほかの具材もいくつか新潟の食材を選んでみました。

南魚沼市の名産〈八色しいたけ〉と阿賀野市の〈川上どうふ〉。

南魚沼市の名産〈八色しいたけ〉と阿賀野市の〈川上どうふ〉。

調理を進めて気がついたことが。
「そうだ、そうだ。このキュートな土鍋も
三条市でつくられたお鍋なんだよね」

株式会社クリヤマの〈耐熱セラミック土鍋〉。めちゃくちゃキュートで、そして軽い。ちなみに我が家は米もクリヤマさんの〈かまどご飯釜〉で焚いています。

株式会社クリヤマの〈耐熱セラミック土鍋〉。めちゃくちゃキュートで、そして軽い。ちなみに我が家は米もクリヤマさんの〈かまどご飯釜〉で焚いています。

「新潟の鍋ってどんなのだろう」と、考えあぐねていましたが
食材も豊富でキッチンツールのメーカーもたくさんある新潟県だったら、
食材も調味料も調理器具も「すべて新潟産の鍋」がつくれそうです。

profile

齋藤悦子 さいとう・えつこ

新潟在住のフリーライター。しばらく勤め人でしたが、ひょんなことからライターの道へ。南魚沼市→新潟市→阿賀町→新潟市と県内を転居する生活をしています。寝るのが大好き、朝が苦手、スノーボードとたまに登山、ラジオとエッセイとレモンチューハイが好き。
Instagram:@suzuki_epi/

労働と食べ物はお金では換算できない。
そばを育てた記録を小さな本に

下書きなしで一気に書き上げる

11月のこの連載で、そばを育て、それを収穫し、
製粉して食べるまでの道のりについて書いた。

そのとき、私は
「まだはっきりとは言葉にできないのだが、お金には換算できない手作業の尊さや、
穀物を食べるということの重みを感じとっている」と締めくくった。
その後、この重みとは一体なんだろうと、おりに触れ考えるようになった。
そして急に、そばづくりのプロセスを1冊にまとめるアイデアが浮かんだ。

閉校した中学校の敷地でそばを育てた。秋にはたわわに実をつけた。

閉校した中学校の敷地でそばを育てた。秋にはたわわに実をつけた。

以前に私が刊行した『山を買う』『続・山を買う』のように、
文字も絵も手書きの、手のひらサイズの本をつくることにした。

A6サイズの小さな本。文字も絵もすべて手書きした。

A6サイズの小さな本。文字も絵もすべて手書きした。

いつものように、ページ構成をメモしたり、下書きはせずに、
頭からぶっつけ本番で一気に走り切る。
ページ配分を先に決めてしまうと、できたような気分になって
ワクワク感が半減するし、下書きから清書という段階を踏むと、
新鮮さが失われるように感じられるからだ。
鉛筆で書くので、間違ったところがあれば消しゴムで消して書き直す。

まずは、そばづくりを一緒にやってくれた美唄市の農家・渡辺正美さんの紹介から。
その後、4月からひと月ごとに行った作業について書いていった。
そばは、夏の間はほとんど手間いらずなのだが、
10月には脱穀、選別、製粉作業が待っていた。
電動機械はできるだけ使わないようにしたいと渡辺さんの提案があり、
昔ながらの道具で作業を進めることになった。

『そばの1年』より。

『そばの1年』より。

今回使ったのは、郷土資料館にあるような農耕器具で、それらは素晴らしく役立った。
これまでも、こうした道具を見る機会はあったが、触ったことがなかったため、
さして気にも留めてこなかったが、今回ググッと距離が縮まったように思った。
特に、タネとそれ以外の葉っぱや茎、ホコリなどを選別する
唐箕(とうみ)という道具には感動した。
ハンドルを回すと風が起こり、タネより軽いものを吹き飛ばすことができるのだ。

実は昨年、手でよりわけたり息を吹きかけたりすることによって、
タネとそれ以外を分けてみたのだが、
数時間かかって選別できたのは、手のひらにのるくらいの量。
しかも、息を吹きかけすぎて酸欠状態になって、完全にきれいにはできなかった……。
昔の人も、きっとそんな経験があったはず。
中国から伝来したという唐箕を初めて使ったとき、本当に喜んだに違いないと実感した。

『そばの1年』より。

『そばの1年』より。

アパートのリノベーション事例集!
アトリエ、宿泊施設、スタジオ……
リノベで生まれ変わるアパートの可能性

日本全国で見られる空き家問題、
その約半数は賃貸用住宅だといわれています。
老朽化した古いアパートも例外ではなく、
リノベーションによって、新たな活用方法が見出されています。

本記事では、各エリアに眠っているアパートが
新たなカタチに生まれ変わった実例をまとめてご紹介します。
アパートは建物の特性上、部屋が小分けにされていることから
工事内容に小回りが効き、低予算でもアレンジできるのが
アパートリノベの特性といえるでしょう。

アパートリノベ:01 
〈大辻の家〉アトリエ

大阪府大阪市此花区で建築事務所〈NO ARCHITECTS〉を営む
西山広志さんは、シェアハウス、通称〈大辻の家〉に住んでいます。
その大辻の家と繋がったアパート4室のうち2室をセルフリノベーションした事例です。

2室の空き部屋は、押し入れ付きの6畳の座敷がふた間と、
板の間の台所がひと間のL型2DK。
かなり長いあいだ空き部屋だったので、廃墟同然で
カビ臭いどんよりした空気が流れていました。

そこで西山さんは、同居人であるパティシエの遠藤倫数さん、
アパレルデザイナーの黒瀬空見さんと共用できる、
ものをつくったり考えたりするためのアトリエとして活用できないか考えます。

玄関を入ってすぐ左手は遠藤さんが使用するキッチンやバーカウンター、
その奥は共有のリビングで、みんなでごはんを食べたり、まったりできるスペースを想定。
右の突き当りの窓際あたりが黒瀬さんのブランド〈ツクリバナシ〉のアトリエです。

床は、下地の角材で高さを揃えてベニヤ板を張り、フラットなワンルームに。
玄関横の壁は、ほかの壁と仕様を変えて大壁(柱を見せない構造)にしました。
トイレ脇の押し入れを解体してできた小さな窪みは
遠藤さんの自転車のカスタムスペースになりました。

この時点ではまだ塗装はされておらず完工には至っていなかったものの
自由なスペースを自分たちらしく楽しく暮らしていけるように
つくり変えていく、という思いのもとに工事を進めていきました。

記事はこちら:NO ARCHITECTS vol.8:シェアしたみんなが思うようにつくる家 後編

アパートリノベ:02 
〈キッチンスタジオ アオイエ〉キッチンスタジオ

埼玉県熊谷市にある設計事務所〈ハクワークス〉の白田和裕さんは
建築家でありながら空き家を使った施設の運営を行っています。

白田さんの地元である埼玉県草加市で、
〈リノベーションスクール@そうか〉というイベントに参加した際、
プロジェクトの題材は取り壊しを待つばかりだった
草加駅前にある2階建て、木造風呂無し賃貸アパートでした。
スクールに参加した10人で構成されたユニットで
近隣のエリアに変化をもたらす事業提案に取り組みました。

白田さんチームは、地域コミュニティが弱体化する草加で、
食を通じて人がつながる地域の食卓のような場所をコンセプトに
料理教室を軸とした、新たな場づくりとして
〈キッチンスタジオ アオイエ〉を提案。

一部の違法な部分を適法化したり、断熱性能や耐震性の
向上を行いつつ、予算を抑えるため塗装は自分たちでやるなど
知恵を絞りながら進めていきました。

アオイエの隣には再建築不可の土地があり、そこに畑をつくり
畑で採れた野菜を使って料理をすることも考えました。

完成後、地元の飲食店のシェフや店主が
料理教室の講師を務めることで、さらに人とまちとがつながっていきました。
SNSでグループができたり、開催を楽しみにしてくれる方々も増えていっているようです。

記事はこちら:草加市〈キッチンスタジオ アオイエ〉 人と人、人とまちがつながる ダイニングキッチン

倉庫リノベーション実例集!
オフィス、カフェ、イベントスペースと
自由度が高い倉庫の再活用法を紹介

思い通りに間取りを設計できる倉庫のリノベーションは、
自由な発想が膨らみ、広々とした空間の使い道は無限に広がります。
そして、地域の交流の場をつくるという点においても
多くの人を集められる箱なので選択肢の広いテナントとして機能します。

本記事では、各エリアのリノベのプロが
これまで手がけた倉庫リノベーションの実例を紹介。
空っぽだった倉庫が、新しい活用方法で再生を遂げる物語をお届けします。

倉庫リノベ:01 
〈SOCO〉カフェ、コワーキングスペース

栃木県宇都宮市で不動産業を営む〈ビルススタジオ〉の塩田大成さんは、
宇都宮でオフィスを構えようと考えているお客さんが少ないことに
疑問を感じていました。

調べてみると自宅兼オフィスとして働いている人が多く、
「個人経営者同士が集まれるワークスペースをつくれば、
仲間同士でよりよい仕事が生まれるのではないか」と考え、
空き倉庫を探し、シェアオフィスとしてリノベーションすることにしました。

施設名はSOHOをもじって〈SOCO(倉庫)〉。

リノベーション工事は、仲間を募ってほとんどをDIYで進めていきます。
工事期間は3か月かかり、仲間たちとペイントしたり、
家具をつくったりしながら少しずつ進めていきようやく完工。
1階にはカフェ、2、3階にはコワーキングスペースが入居し
次々と施設内でのビジネスも生まれてきたようです。

マルシェイベントなども開催され、日々新しい出会いが創出されています。
宇都宮のまちに、またおもしろい場所ができました。

記事はこちら:ビルススタジオ vol.5:倉庫をDIY、はたらく場所をつくる

今年の冬も小豆島から
〈HOMEMAKERS〉の
ジンジャーシロップをお届けします

ただいま、年末まで駆け抜け中!

やってきました! 12月。
クリスマスに大晦日。
あー、今年も年末がみえてきましたね。

私たちにとって、11月から年末にかけては毎年大忙しのシーズン。
収穫や加工などの農作業もいつもより大変なうえに、イベント出店なども重なる時期。
お正月休みを夢見ながら、年末まで一気に駆け抜ける感じです。

まさに今、現在進行系で駆け抜け中(笑)!
今年は初挑戦のジンジャーIPAビールづくりにも取り組み、
そのお披露目イベントでもあり、生姜の収穫を喜び味わうお祭り
〈GINGER FES〉の準備も進めています(小豆島日記vol.306)。
そして私たちにとってこの時期の大切な仕事が、ジンジャーシロップづくりです。

ジンジャーシロップをお湯で割って「ホットジンジャー」に。冬に欠かせない飲みもの。

ジンジャーシロップをお湯で割って「ホットジンジャー」に。冬に欠かせない飲みもの。

〈HOMEMAKERS(ホームメイカーズ)〉のジンジャーシロップは
生姜を育てるところから始まります。
今年も春から生姜を育ててきました。

4月頃、普通に食べることもできる生姜を土の中に埋めます。
そうすると、生姜は自分が蓄えている栄養を糧に、まず地上に芽を出します。
茎を伸ばし、葉を広げ、太陽のエネルギーを得て成長に必要な栄養をつくりだし、
地中では最初に埋めた親となる生姜を核にして少しずつ大きくなっていきます。

私たちは、生姜が健やかに成長していくように、虫を取り除いたり、
強すぎる雑草を抜いたり、土を寄せてあげたりと
春、夏、秋にかけて約半年間、手入れし続けます。
収穫するのは10月頃。150グラムほどの親生姜はうまくいくと
10倍以上の2キログラムくらいまで大きくなることもあります。

私たちが生姜の栽培を始めたのは、小豆島に引っ越してきた翌年の2013年。
体の冷えが気になっていて、体を温める食材といえば生姜だ! 
自分たちで育ててみたい! 
と思ったものの、生姜栽培に関しての知識はゼロ。
でもとにかく育ててみようといろいろ調べて、種生姜を購入して土の中に埋めてみました。

おー、芽が出た! 茎が伸びてきた! と、何もかもが新鮮。
その頃は夫婦ふたりだけで農作業をしていて、まだ小さかった娘も一緒に草を抜いたり、
水やりをしたりしていました。ほんとに懐かしいなぁ。
初めての栽培でしたが、秋に無事に収穫することができました。

2013年秋、まだ幼稚園生だったいろは(娘)も一緒に生姜の収穫。

2013年秋、まだ幼稚園生だったいろは(娘)も一緒に生姜の収穫。

収穫した生姜で初めてつくったジンジャーシロップ。

収穫した生姜で初めてつくったジンジャーシロップ。

東京・有楽町
〈ふるさと回帰支援センター〉
に行けば、
移住しようか迷っていても
道が切り拓ける

漠然としていても大丈夫、という安心感

なんとなく自分の住むべき場所は、今住んでいるまちではない気がする。
そんな漠然とした気持ちで、
「移住のことを考えている」と言ってもいいのだろうか?
“移住“というとハードルが高いと感じる人も少なくないだろう。

以前、移住希望のフォトグラファーがレポートした「ふるさと回帰フェア」も、
移住希望者の背中をそっと押してくれるようなイベントではあったが、
東京・有楽町駅前の〈東京交通会館〉にも、
親身になり、寄り添って考えてくれる人たちがいる。
それが〈ふるさと回帰支援センター〉だ。

ふるさと回帰支援センター全体像

ここには全国44都道府県と1政令市の専属相談員がいる移住相談窓口が設けられている。
移住先が絞り込めていなくても大丈夫。
そもそも移住自体について相談できたり、
広域から少しずつ地域を絞り込むのに具体的な相談ができる「エリア担当者」もいたりと、
移住に対してどんなレベルで迷っていても、あたたかく迎え入れてくれる。

藤岡みのりさん

まずは総合案内でエリア担当を務める藤岡みのりさんを訪ねた。

「移住に漠然とした興味がある、という方のご相談も多いですよ。
その方がどういう暮らしを思い描いているのかをヒアリングしていきます。
おひとりなのか? 今すぐなのか? 住むエリアは海や山に近いところがいいのか?
転職先も探すのか? などさまざまな角度から話をうかがいます」

エリア担当者の藤岡みのりさんも地方移住経験者。自身の経験も踏まえながら相談に乗る。

エリア担当者の藤岡みのりさんも地方移住経験者。自身の経験も踏まえながら相談に乗る。

「移住を進めるにあたっても段階があって、
ステップごとに理想と現実のギャップを確認していくことも。
情報提供や問いかけはしますが、
最終的にはご自身で考えていただくのが大事。
移住先が具体的に絞り込めた方には県の相談員をご紹介しますし、
人によっては移住自体を見送り、ということももちろんあります」

今ここで移住を決めてください! というわけではなく、
現在のライフスタイルのあり方に悩む人それぞれにとっての最適解を、
一緒に深く考えてくれる場所だということが、伝わってくる。

たべよう たべよう めしあがれ
心と身体が喜ぶ食卓の物語

写真:うえすぎちえ

ひわさんと囲んだ食卓での出来事をスケッチブックに記して

私が美流渡(みると)地区を拠点に続けている出版活動〈森の出版社 ミチクル〉では、
昨年からローカルブックスという仕組みを立ち上げ、
本づくりに思いを寄せる仲間と知恵を出し合い、「編集・印刷・流通・販売」を
ともに協力しながら本を刊行する取り組みを行ってきた。
これまで島牧(しままき)、美流渡、美唄(びばい)といった
ローカルな地域に住む人たちの、本に残しておきたい大切なことを綴ってきた。

これまで刊行してきたローカルブックス。左から『さくらの咲くところ』(吉澤俊輔)、『移住は冒険だった』(MAYA MAXX)、『おらの古家』(渡辺正美)。

これまで刊行してきたローカルブックス。左から『さくらの咲くところ』(吉澤俊輔)、『移住は冒険だった』(MAYA MAXX)、『おらの古家』(渡辺正美)。

12月、4冊目となる新刊が登場。
新千歳空港にほど近い長沼町にある〈大きなかぶ農園〉の
およそ13年前の食卓が舞台となっている。

本づくりの始まりは2008年。
札幌で音楽教育の講師を務めていた、うえすぎちえさんが、
この農園で小さなピアノコンサートが開かれることを知り、訪ねたことから。

「D型倉庫に案内された私は、不思議の国の物語の中の扉を開いてワクワクと恐る恐るの気持ちに揺れながら足を踏み入れました。そこには台所に立って洗い物をしている魔女。私を見るなり、コンサートのために知り合いの農家さんからいただいたお花をたくさんの小瓶に飾ってほしいと仕事を与えてくれたのです」(本書より、ちえさんの序文)

『たべよう たべよう めしあがれ 大きなかぶ農園の食卓の記録』より

『たべよう たべよう めしあがれ 大きなかぶ農園の食卓の記録』より

“魔女”と形容されたのは、永野ひわさん。
夫のさとしさんとともに、2001年から長沼で農園を営んでいる。
夫妻は作物を育て、各地の有機農産物や無添加の加工品などの販売を手がけている。

当時、母屋の改修が終わっていなかったふたりが住んでいたのは農業用D型倉庫。
住まいといっても床は土間。
靴を履き、近くの川から水をひき、薪ストーブひとつで暮らしていたという。

私自身も北海道に移住してしばらくして、八百屋さんを通じてひわさんと知り合った。
ひわさんは、敷地に生えているハーブを薬代わりに活用するなど、
昔ながらの知恵を生かした暮らしをしており、
その姿を“魔女”と言ったちえさんの言葉はピッタリだと思った。

以前住まいとなっていたD型倉庫は、現在、野菜の貯蔵場所となっている。極寒の北国で断熱が十分でない倉庫で暮らしていたとは本当に驚く。(写真:うえすぎちえ)

以前住まいとなっていたD型倉庫は、現在、野菜の貯蔵場所となっている。極寒の北国で断熱が十分でない倉庫で暮らしていたとは本当に驚く。(写真:うえすぎちえ)

ブルワリー〈まめまめびーる〉 
農家〈HOMEMAKERS〉がコラボし 
小豆島のジンジャーIPAが誕生

小豆島のブルワリー〈まめまめビール〉とコラボ!

「実りの秋」とはほんとによくいったもので、
秋は野菜や果実など収穫するものがいっぱい。
さつまいもに始まり、生姜、レモンなどの柑橘、
栗や柿も、秋から冬の初めにかけてが収穫シーズンです。
秋に収穫して貯蔵する野菜もあり、収穫、保管、仕込みなど大忙しです。

そんななか、この秋に収穫した「生姜」を使って、
島のブルワリー〈まめまめビール〉と一緒にジンジャーIPAビールを仕込んでいます!

小豆島・坂手地区にある〈まめまめびーる〉の醸造所とお店。

小豆島・坂手地区にある〈まめまめびーる〉の醸造所とお店。

醸造所に併設されているお店のテラス席。海を眺めながらビール飲んでランチとか最高です。

醸造所に併設されているお店のテラス席。海を眺めながらビール飲んでランチとか最高です。

〈まめまめびーる〉の中田雅也・史子ご夫婦は、
2016年に小豆島に移住し、翌年醸造所をオープン。
醸造所には飲食できる店舗が併設されていて、
そこでは醸造所でつくられたビールが飲めて、
史子さんのつくるおつまみやランチをいただくことができます。

〈まめまめびーる〉があるのは坂手地区という島の南東にある港まち。
2013年の瀬戸内国際芸術祭以降、移住者が増え、ブルワリーもカフェもできて、
さらに集落からは海も見えて、今とても楽しそうなエリアです(ちょっと嫉妬、笑)。
これは完全に私のぼやきですが、私たちが暮らす農村、肥土山からは
車で30分くらいかかります。
島は車しか現実的な移動手段がない(バスは本数が少なすぎて、タクシーは高すぎる……)
となると、なかなか気軽に飲みに行けない。これはほんとに寂しいことです(涙)。

お店に入るとズラッと並ぶ瓶。ラベルは史子さんデザイン。

お店に入るとズラッと並ぶ瓶。ラベルは史子さんデザイン。

話は戻り、〈まめまめびーる〉のビールづくりのテーマは「小豆島×ビール」。
小豆島の素材を生かしたビール。
小豆島で飲んだとき、最高だなと感じるビール。
ちなみに、大阪出身の中田くんに醸造所の場所としてなぜ小豆島を選んだのか? 
と尋ねたら、「ここで飲むビールが1番うまいと感じたから!」と。
世界中探せばきっとビールがおいしい場所はたくさんあるだろうけど、
彼が「ここだ!」と感じたのは小豆島。

これまで、小豆島の柑橘やお米、〈ヤマロク醤油〉さんのもろみなどの素材を使って
醸造してきた「しろまめまめ」や「みどりまめまめ」などは
定番のまめまめシリーズとなりました。
定番シリーズのほかに季節限定商品として年間10種類ほどのビールを醸造しています。
※まめまめびーるの製品は、酒税法上は発泡酒です。

閉校した校舎がまた明るくなった!
MAYA MAXXがつくった
クマのAmiちゃん

できるかわからないから、やってみましょうよ!

地域で3年前に閉校になった旧美流渡(みると)中学校の活用を、
昨年からさまざまなかたちで行ってきた。
なかでも美流渡在住の画家・MAYA MAXXさんは、
今年は年3回の『みんなとMAYA MAXX展』を実施し、
子どもと絵を描くワークショップなども精力的に開催してきた。
さらにもうひとつ、校舎に立体物を設置するプロジェクトも立ち上げた。

みんなとMAYA MAXX展会場にて。(撮影:佐々木育弥)

みんなとMAYA MAXX展会場にて。(撮影:佐々木育弥)

以前からMAYAさんは、グラウンドに大きなクマの像を立てたいという構想を持っていた。
その高さは10メートル以上。もし実際に行うことになれば、
重機を使った大がかりな作業が必要になるのではないかと想像された。

クマの全身像をグラウンドの中央に設置したいとMAYAさんが描いた初期スケッチ。

クマの全身像をグラウンドの中央に設置したいとMAYAさんが描いた初期スケッチ。

資金的にも技術的にも未知数で、すぐに具体化するのは難しかった。
そんなあるとき、MAYAさんと話していて、
「まずはできる範囲から始めてみてはどうか」ということとなった。
クマの全身をつくるのは難しくても、顔だけならなんとかなるんじゃないか。

「『スタイロフォーム』を重ねて立方体をつくって、それを削っていこう!」

MAYAさんはそう語った。
プランは、校舎の玄関口にある庇(ひさし)の上にクマの顔を設置すること。

「スタイロフォーム」とは商品名で、正式な名称は押出発泡ポリスチレン。
住宅の断熱材として使用されている。
発泡スチロールより加工も簡単で丈夫なので、
大きな立体をつくるのにも向いているのではないかとMAYAさん。
早速、市内にある建築資材会社で入手することにした。

32枚の「スタイロフォーム」。

32枚の「スタイロフォーム」。

「スタイロフォーム」の規格サイズは180×90センチ。
厚さはいろいろあるが10センチのものを選んだ。
それを18枚重ね、2列分用意すると立方体となる。
この立方体をノコギリやカッターなどで削っていき球体をつくっていくこととなった。
春からワークショップのかたちにして参加者を公募することにした。

「ワークショップの前に、模型をつくったりしないんですか?」

私がたずねると、

「うん、大丈夫。頭のなかではイメージができてるから」

とMAYAさん。いきなり本番に入ることとなった。

プロジェクト名は〈ビッグベアプロジェクト〉。
活動日は第2、第4木曜。
参加を呼びかけるチラシにMAYAさんはこんなメッセージを添えた。

これ、作るのは大変かも? と思います
でも、出来たらめちゃ可愛い! と思います
大変だから、やってみたいです
出来るかわからないから、やってみましょうよ!
力を貸してください〜!

ワークショップというと、事前に失敗がないように準備するものという固定観念があったが、
「出来るかわからないから、やってみましょうよ!」という呼びかけが、
何ともMAYAさんらしいと思った。
自分自身にとっても未知のことにトライするという、ワクワク感がそこには感じられた。

やさしいまちの偉人から超高級りんご、
おしゃれすぎるごみ処理施設まで。
全国のすごい人とモノ

今月のテーマ 「すごい人・モノ」

みなさんのまちの「すごい人・モノ」ってなんですか?
風景だったり、食べ物だったり、確かな技術を持つ匠だったりと
住んでいる人たちが自慢したくなるものなはず。

今回は、「すごい人・モノ」をテーマに
お住まいの地域にある偉人や施設を教えてもらいました。
気になった人はぜひ現地で体感してみてください。

【阿蘇郡南阿蘇村】
旅人のための道しるべづくりに心を砕いた、甲斐有雄氏

初夏、気まぐれな散歩の途中に見つけたそれ。
人も車もほとんど通らない細い道の傍らにポツンと佇む、
「甲斐有雄の道しるべ」。

以来、なんとなく気になって南阿蘇村内を見渡してみれば、
あちらこちらにその道しるべが建っていることに気づきました。

散歩の途中に見つけた道しるべ。

散歩の途中に見つけた道しるべ。

甲斐有雄氏とは何者なのか?
偶然村内のとある区長さん宅を訪ねたときに、そのヒントを見つけました。

区長さん宅の横に、どんと置かれたひと抱えはありそうな石。
うっすらと刻まれた文字は、
「右 阿〇さん 左 くまもと」(おそらく、「右 阿蘇さん」)。
100年以上も前、旅人が道に迷わないようにと、
甲斐氏が自らの材を投じて建てたものであることが、
掲げられた看板に記されていました。
その数、なんと2000基弱!

道に迷って行き倒れる人が多かったという時代、これを目にした旅人は心救われる思いだったに違いありません。

道に迷って行き倒れる人が多かったという時代、これを目にした旅人は心救われる思いだったに違いありません。

調べてみたところ、甲斐氏は1829年熊本県高森町の生まれ。
腕のいい石工(いしく)で、その技を駆使して道しるべを建てたようです。
「その由来を知っている人は、
地元にも少ないかもしれない」とは、ある方の言葉。

探し出せた資料はわずかでしたが、
熊本県の中学校道徳資料にも登場するなど
その心映えの豊かさに言及する記述が多く見受けられました。

幕末から明治に至る動乱の時代に
誰かのためを思って自らの技術を活かした甲斐氏。
今なお阿蘇地域周辺に残る道しるべに
「資性篤実にして公益を思う」と伝えられる人柄が伝わってきて、
あたたかい気持ちになれます。

参考資料
『野尻の自然と歴史』甲斐利雄著(熊本出版文化会館/2011年)
『くまもとの心』熊本県教育委員会中学校道徳教育郷土資料

profile

家入明日美 いえいり・あすみ

北海道帯広市から17年ぶりに熊本県へ帰郷。2022年1月南阿蘇村地域おこし協力隊着任。フリー編集者・ライター「たんぽぽのしおり」として活動開始。狼と馬とエゾナキウサギが好き。趣味は読書と散歩。いかにして、「いい肥料となる生き方」ができるか模索中。Instagram:@dandelion_seeds1124

稲刈り前の準備に必要なこととは?
稲架かけや天日干しまで、
手作業が集約したお米づくり

みんなで稲刈りから脱穀、
そして精米まで

田んぼを引っ越しして、
初めての稲刈りの時期を迎えた津留崎さん一家。

「自分たちだけでは、米はつくれない」
地域の方や友人、そして恵まれた環境があってこその米づくりだと
あらためて感じたようです。

旬のオリーブオイルを味わうなら
11〜12月がおすすめ。
秋の小豆島でオリーブ収穫!

小豆島ではオリーブの収穫時期

10月後半、ようやく空気が冷たくなってきた小豆島。
秋の小豆島は空気が澄んでいて、空は青く、瀬戸内海はキラキラしています。
そんな美しい景色のなか、島のあちこちで行われているのはオリーブの収穫。

小豆島でのオリーブ収穫風景。

小豆島でのオリーブ収穫風景。

秋の澄んだ青い空とオリーブ。美しい景色。

秋の澄んだ青い空とオリーブ。美しい景色。

オリーブの樹は、毎年5月頃に白い小さな花をたくさん咲かせ、
そのあと緑の実をつけます。
夏の間、少しずつ実が大きくなっていき、早いところでは9月頃から収穫が始まります。
オリーブの実は熟していくにつれて、果肉に含まれる油分が増え、
実の色は黄緑色から赤紫色に変わっていきます。

島のオリーブ生産者さんたちは、実の熟し具合、天候などの状況をみつつ、
収穫タイミングを決めて、11月頃まで収穫が続きます。

オリーブの実。まだ完熟する前の状態。ここから熟していくにつれて赤紫色に色づいていきます。

オリーブの実。まだ完熟する前の状態。ここから熟していくにつれて赤紫色に色づいていきます。

ちなみに収穫したオリーブの実は、オリーブオイルやオリーブの塩漬けに加工されて、
小豆島のお土産屋さんなどで販売されます。
加工品だからといって通年販売されているわけではなく、旬の時期があります。

小豆島産オリーブの新漬けは10月頃、オリーブオイルは11〜12月頃が旬!
小豆島のオリーブを楽しみたい! 味わいたい! という方は、
旅行するなら10〜11月がおすすめです。
オリーブ公園などでオリーブ収穫体験を楽しむこともできますし、
その年の新物のオリーブオイルを味わうことができます。

さて、私たちも毎年楽しみにしているオリーブ収穫&オリーブオイル。
今年も友人のオリーブ農家〈tematoca(テマトカ)〉の畑で
オリーブ収穫を手伝わせてもらいました。
小豆島で暮らしていると、オリーブのある風景があたりまえになってしまうのですが、
それってやっぱりスペシャルなことで、身近でオリーブの実を収穫できて、
その実から搾油したオイルを楽しめるなんて、なかなかできることじゃない。
なので、毎年秋にオリーブの収穫をお手伝いできるのはとてもありがたいことだし、
できれば続けていきたいなと思っています。

10月の日曜日、朝から友人のオリーブ畑で収穫お手伝い。

10月の日曜日、朝から友人のオリーブ畑で収穫お手伝い。

小豆島のオリーブ収穫作業は手摘みのところが多く、とても大変で時間のかかる作業。

小豆島のオリーブ収穫作業は手摘みのところが多く、とても大変で時間のかかる作業。

畑の声を聞きながらすべて手作業!
種から育て、石臼で粉をひき、
そば打ちまでの5か月

先人たちの知恵をいまによみがえらせたい

今年の春から、そばを育てそれを製粉するワークショップ『畑の声を聞こう』を、
私が代表を務める地域団体〈みる・とーぶ〉で行ってきた。
そばを栽培したのは、3年前に閉校した旧美流渡(みると)中学校。
これまで生徒たちが作物を育てていたというグランド脇のスペースを利用した。

ワークショップの下準備は4月から。まだ雪がたっぷりと残る畑に炭やコーヒーを融雪剤としてまいた。

ワークショップの下準備は4月から。まだ雪がたっぷりと残る畑に炭やコーヒーを融雪剤としてまいた。

そばの栽培方法を教えてくれたのは、北海道美唄(びばい)市の農家・渡辺正美さん。
昨年『おらの古家』という書籍を〈森の出版社ミチクル〉から刊行し、
本づくりを一緒にさせていただいた。
この本は、昭和初期に建てられた家にずっと住んできた渡辺さんが、
友人の手を借りながら自ら改修した記録をまとめたもの。
渡辺さんは祖父母や開拓のためにこの地にやってきた人々の暮らしに興味を抱いていて、
昔ながらの方法で餅つき会をしたり、藁で靴を編んだりと、さまざまな取り組みを重ねてきた。
農作業でも、納屋に残されていた古い道具を活用しており、
今回のワークショップは、できる限り電動機械を使わず人力で行うこととなった。

美唄から旧美流渡中学校までは車で約40分。渡辺さんは、たびたび畑に通ってくれた。

美唄から旧美流渡中学校までは車で約40分。渡辺さんは、たびたび畑に通ってくれた。

ワークショップ第1回は5月7日に開催。
スコップで畑を耕し、地中深く伸びている雑草の根を取り去る作業を行った。
北海道の家庭菜園は、どこもそれなりに広くて、
たいていは耕運機で耕しているが、今回はあえて手作業。
1平方メートルほどスコップで土をひっくり返すと、汗びっしょりになった。
土はそれほどかたくなかったが、タンポポやスギナなどの根が地中にはびっしり。

「畑でどんな声が聞こえるかな?」

そう渡辺さんは参加者に声をかけた。
地中にはミミズがいたり、芋が埋まっていたり。
機械で一気に耕したのでは気づかない動植物の営みが感じられた。
掘り返したあとは、農具のレーキで根を集めていって2時間ほどで作業は終了した。

続いて5月下旬にワークショップを開催。
そばとともに手のそれほどかからない作物を植えてみようと、
大豆とひまわりの種をまいた。
その後、1週間ほどして発芽。
しかし、その2日後、大豆の双葉が半分以上、何者かに食べられてしまっていた。

〈Sumally〉山本憲資
『距離をテクノロジーでハックする』
軽井沢でのライフスタイル

軽井沢で実現させたスマートハウス

取材日の軽井沢はあいにくの雨模様。
それでも「今日も日課の〈野鳥の森〉の散歩に行ってきました」と話すのは、
〈サマリーポケット〉などを展開するSumally Founder&CEOの
山本憲資(けんすけ)さん。軽井沢に拠点を移して3年目。
自然の中での暮らしを楽しんでいる様子が窺える。

山本さんが軽井沢に拠点を移したことがことさらトピックスとして扱われる理由は、
山本さんがスタートアップ企業の代表だからだ。
サマリー社は「『所有』のスタイルを進化させる」というコンセプトのもと、
宅配収納サービス〈サマリーポケット〉というサービスなどを展開している。
いわばデジタルを駆使した先端的ビジネスといえる。

六本木ヒルズでギラギラやってそうなイメージもあるかもしれないが、
新しいアイデアをもってサービスを提供するCEOも、
自然と近い暮らしを望んでいるのだ。

起床はだいたい5時頃。毎朝、近所の森を散歩し、時間がある日は温泉に入る。

起床はだいたい5時頃。毎朝、近所の森を散歩し、時間がある日は温泉に入る。

山本さんは、東京に住んでいるときから軽井沢をちょくちょく訪れていて、
軽井沢を好きになった。その思いが特に強くなったのは3年ほど前。

「土地の雰囲気が好きで定期的に訪れていて、
そのうちに思い切って軽井沢に拠点をつくってしまおうと。
当初は、月2回くらい、週末に来られればいいかなと思っていました」

そうして軽井沢で物件を探し始め、約1年ほど見て回った。
購入したのは、別荘エリアとして有名な千ヶ滝エリアの一角。
家の前に流れるせせらぎも気に入った。

「家を見てすぐにリノベーションのイメージが湧きました。
部屋はすべてぶち抜いて一度スケルトンにし、ワンルームにしました」

道からも奥まった場所に家はある。

道からも奥まった場所に家はある。

ワンルームのうえに窓ガラスが大きく、
外へとシームレスにつながっているような感覚でとても広く感じる。
骨格には手を加えていないというが、
数寄屋づくりのような屋根の張り出しに風情を感じる。
家の中から漏れる光が、一層それを強めるのかもしれない。

2019年末に家を購入、さあリノベーションの工事に入りかけた2020年3月頃になると、
新型コロナウイルスの流行が爆発した。

「それもあって別荘的な住まいではなく、きちんと快適に生活できるように、
ちょっと力を入れてリノベーションすることにプランを変更したんです」

窓が大きく、抜けがいい。外に見えるのは緑のみ。

窓が大きく、抜けがいい。外に見えるのは緑のみ。

拠点自体を軽井沢に移すと決めたので、当然、住むには申し分ない設備が整っている。
都会よりむしろ便利なのでは? という感じでIoT化など、最先端のテクノロジーを駆使。
「距離をテクノロジーでハックする」と表現する山本さん。

「どこまで物理的な場所がボトルネックにならないように暮らせるかな、
と取り組んでみるのはおもしろそうだと思いました。
自然環境を享受したいと思って軽井沢に来たわけで、
たとえば電波がつながらないといった不便な暮らしをしたいわけではありませんから」

掃除機やエアコンなどはリモートで動かせるので、
東京からの帰り道に遠隔で作動させておくことができる。
玄関のインターフォンを鳴らすと、自分のスマートフォンに連絡が届く仕組み。
軽井沢の家に来た宅配便などへの指示も、東京にいても可能なのだ。

「コロナ禍になる前の数年のテクノロジーの進化が、
現在のリモートライフを支えている気がします。
ZOOMやSLACKなどのサービス、スマホの通信速度など。
10年前だったら、
こんなにスムーズにリモート的な環境に移行できていなかったと思います。
僕個人というより、社会全体としてインフラが整いつつあったところに、
コロナがトリガーとなりましたね」

このような暮らしは、サマリーの基本的な考え方にも通じる。
常に所有や距離、場所など、
フィジカルであることのユーザーエクスペリエンスについて
問い直してきたスタートアップの側面もある。

350もの自治体が勢ぞろい
大規模移住相談会
「ふるさと回帰フェア」で
理想のライフスタイルと
マッチする移住先は
見つかったのか?

「ヤギと一緒に暮らしたい」

ふと私の中から出てきたひと言に、自分で驚いたが、
その場にいた友人はもっと驚いていた。

「東京では難しいんじゃない?」
「なんでヤギなの?」

自分でも説明するのが難しかったが、
きっとヤギがのんびり草を喰んでいる、広々とした風景の中で、
生活してみたいということなのだと思う。

フリーランスのフォトグラファーというお仕事をしている私、黒川ひろみは、
日本各地に出張する機会をいただくことがたびたびあって、
そんな風景を幾度となく目にしていたから、かもしれない。

出張先の淡路島で出会ったヤギ。

出張先の淡路島で出会ったヤギ。

現在、東京を拠点に活動をしていて、
ずっと憧れていた写真を撮るお仕事ができて、
東京にはたくさんの知り合いや仕事仲間もいる。

だから◯◯県に移住がしたくてたまらない、というよりは、
ヤギを飼うことは本当に難しいのだろうか、
「好きな仕事」と「理想の生活」は両立できるのかというシンプルな問い。

そして憧れている先輩フォトグラファーが移住して、
その地で新たに人脈を広げたり、
写真のお仕事を充実させたりしている様子を
SNSで見つけたことをきっかけに、
東京以外の選択肢もあるのでは? と淡く期待をふくらませた。

そんな将来の可能性を拡充するために、
9月25日〈東京国際フォーラム〉にやってきた。

「ふるさと回帰フェア2022」の入場ゲート。

「ふるさと回帰フェア2022」の入場ゲート。

観光者視点ではなく“生活者視点”で

全国から350もの自治体や団体が集う「ふるさと回帰フェア」。
東京・有楽町の〈ふるさと回帰支援センター〉が主催し、
移住希望者や、検討中の人が、
実際に自治体の移住担当者とお話できる貴重な機会だ。

11時に到着したが、すでに大盛況で、
熱心にうなずきながら説明を聞く人、
パンフレットを握りキョロキョロとしている人、
何か新しいことが始まるような高揚感が会場に満ちていた。

都道府県の総合案内ブースと、自治体ごとのブースが並ぶ。のぼりや揃いの衣装、展示物など各自治体工夫を凝らしていて、眺めるだけでも楽しい。

都道府県の総合案内ブースと、自治体ごとのブースが並ぶ。のぼりや揃いの衣装、展示物など各自治体工夫を凝らしていて、眺めるだけでも楽しい。

まず先に向かったのは、故郷である北海道のブース。
深川市、聞いたことがある地名に安心感を覚え、
まずはお話を聞いてみた。

担当してくださったのは同年代くらいの女性で、
市内のありのままの様子をお話してくれた。
(勢いよく話を聞きに行って、
うっかり名刺をもらい忘れてしまった……)

彼女によると深川市は、スーパーには地元野菜もたくさん並び、
お米の生産量は道内3位と豊かな農地が広がる美しい場所だが、
インターチェンジも近く都市にも出やすい穴場とのこと。
観光パンフレットには載っていないような、
生活者視点のお話がありがたい。

「実はヤギを飼いたいと思っていて……」

変なやつと思われるかなと少し心配しながらも、
自分が考える理想の生活を伝えてみると、

「へえ、そうなんですね!」

と落ち着いた笑顔。
「え!?」とか「なんで!?」といつものような
リアクションが来るかと思っていたので拍子抜けした。

「私の知り合いにも飼っている人いますよ」
「かわいいですよね〜」

とのこと。
あれ、犬の話だっけと思うくらい自然に話が進んでいく。

移住した先でヤギを当たり前のように飼っている自分の姿が、
より現実味をおびて浮かび、一気に楽しくなって、
時間が許すかぎりさまざまな地域に顔を出した。

自然と人をつなぐ
木育マイスター
〈てしかが自然学校〉萩原寛暢さん

豊かな自然を誇る、北海道から生まれた「木育」

北海道には、木育マイスターという制度がある。
「木育」とは、「木とふれあい、木に学び、木と生きる。」
をモットーにした、北海道から生まれた言葉。
そして木育マイスターは、その理念に基づき活動できる人。

2010年から育成研修が始まり、
北海道認定の木育マイスターは、299人にも及ぶ(2022年3月現在)。
その栄えある第1期生が、弟子屈町で活躍している。

弟子屈町にある、カラマツ林にて。身長181センチの萩原さんも見上げる、立派な樹木が並んでいる。

弟子屈町にある、カラマツ林にて。身長181センチの萩原さんも見上げる、立派な樹木が並んでいる。

〈てしかが自然学校〉を主宰する、
自然ガイドの萩原寛暢さん。通称“ハギー”。
アウトドアのイベントで、学校の行事で、登山道整備で……
数か月に1度は町議会でもよく見かける、
町民が信頼を寄せる人気者だ。

萩原さんの拠点は、カラマツ林が広がる約10ヘクタールの原野にある。
敷地内には2棟のログハウスがあり、ひとつは4人家族が住む家に、
もうひとつは「原野のもり」という名の「木育」のフィールドになっている。

 

2011年から管理を任されているカラマツ林には、住居(手前)と「てしかが自然学校」の拠点となるログハウス(奥)がある。

2011年から管理を任されているカラマツ林には、住居(手前)と「てしかが自然学校」の拠点となるログハウス(奥)がある。

「元々はカラマツの人工林で、
ササがぼさぼさに生えていたので
草刈りをしたり、間伐材を馬で引っ張り出したり、
薪割り機を使ったり、子どもたちと遊びながら整備しました」

こうした森の手入れも、立派な「木育」。

ここには散策路もつくられていて、
樹齢50年以上の背の高いカラマツの間に、
イタヤカエデ、ミズナラ、タラノキ……
さまざまな広葉樹も自由に育っている。