半分生きてる? ちょっと怖い⁉︎
旧美流渡中学校で
『ミチクルのアニマル展』

みる・とーぶ展の一室で開催した動物オブジェの展覧会

ゴールデンウィークを含め、13日間開催した『みる・とーぶ展』がついに終了した。
4年前に閉校した旧美流渡(みると)中学校を舞台に、
地域のつくり手の作品発表をするこの展覧会は、今回で5回目。
美流渡は人口減少が進む300人ほどの集落だが、延べ2261人が来場した。

旧美流渡中学校。美流渡在住の画家・MAYA MAXXが仲間とつくった赤いクマの立体が目印。

旧美流渡中学校。美流渡在住の画家・MAYA MAXXが仲間とつくった赤いクマの立体が目印。

この展覧会の全体については、いずれこの連載で書きたいと思っているが、
今回は、期間中に私が教室の一室で行った『ミチクルのアニマル展』について紹介したい。

これまで〈森の出版社 ミチクル〉という名で、
北海道の自然や人々に触れるなかで生まれた書籍を刊行してきた。
これらの本の販売を『みる・とーぶ展』で続けてきたが、
昨年からは作品も発表するようになっていて、そのひとつが動物マスクだった。

なぜ、動物のマスクをつくるようになったかは、以前、連載に書いた。
三笠市で〈湯の元温泉〉を営み、プロレスラーでもある杉浦一生さんに頼まれて、
リング入場用の衣装をつくったときのこと。
衣装に合わせてクマのマスクもつくったらいいんじゃないかと思い、
やってみたところ、とても良い仕上がりになり、そこから動物マスクづくりが始まった。

杉浦一生さんがマネージャーとなっている覆面レスラー北海熊五郎の入場用マスク。

杉浦一生さんがマネージャーとなっている覆面レスラー北海熊五郎の入場用マスク。

昨年秋の『みる・とーぶ展』では机ひとつ分の動物マスクを展示。
来場者のみなさんに、被った写真を撮ってもらった。
素材として使ったのは着られなくなった毛皮のコート。
近年では毛皮のコートの需要が減っていて捨てられる運命にあるものも多いことから、
それらをもう一度動物に戻してみたら、毛皮も喜ぶ(?)んじゃないかと考えた。

昨年秋の『みる・とーぶ展』に出品した動物マスク。売り場の一角に展示した。

昨年秋の『みる・とーぶ展』に出品した動物マスク。売り場の一角に展示した。

展示してみると、今度はライオンをつくってみたいとか、
ツノのあるものもいいんじゃないかとか、アイデアが広がって、
「よし、次回の『みる・とーぶ展』では、教室で個展をやろう」と思うようになった。

春の展覧会に向けて準備を始めたのは昨年の10月頃から。
展示する場所は、以前コンピューター室として使われていた教室。
8×8メートルと結構な広さがあった。
この規模のスペースで個展をするのは初体験。
いったい、どのくらいつくれば充実感が出るのか手探りだった。

元コンピューター室。配線が出ているので、それを隠すように台を置いてみた。

元コンピューター室。配線が出ているので、それを隠すように台を置いてみた。

食卓と生産者をつなぎたい。
写真展『海と、人と』の
準備から開催終了までを振り返る

写真と食を融合して生まれたこと

伊豆下田に住む写真家の津留崎徹花さんは、
下田の漁師や海人の姿を写真に収めてきました。
それを公開した写真展『海と、人と』が無事に終了。
振り返ると、写真展開催の意義や新しい発見、
そして食卓と生産者をつなげたいという津留崎さんの思いが
伝わる展示となったようです。

小豆島の農家が教えるレシピ。
島内産の完熟レモンで、
簡単レモンジャムづくり

小豆島で実り始めたレモンの赤ちゃん

国産レモンの旬の時期っていつだかご存知ですか?
スーパーなどでは、海外産のレモンが1年中販売されているので、
旬がいつなのかって意外とわからないですよね。
夏にシュワッと飲みたくなるレモンソーダですが、
国産のレモンを収穫できるのは秋から春の間なんです。

ちょっとここで、小豆島でのレモンの1年についてご説明。
春になると赤い新芽がでてきてつぼみが膨らみ、5月頃にたくさんの花が咲きます。
実はレモンは四季咲きで、5月、7月、9〜11月頃に花を咲かせるのですが、
しっかりとした大きさの実に成長するのは春に咲いたもの。
まさに今、うちのレモンの木にはたくさんのつぼみがついています。

5月の青空、新緑、レモンの花。

5月の青空、新緑、レモンの花。

レモンの花のあとに、濃い緑色の小さな果実ができます。レモンの赤ちゃん。
これが、梅雨の時期から夏にかけてぐんぐん成長していきます。
10月頃になると、大きさは一般的に販売されている100グラムくらいの大きさになります。
まだ黄緑色で果汁は少ないですが、爽やかな香りと酸味が最高の
「グリーンレモン」として一部収穫をはじめます。
グリーンレモンというのはそういう品種があるわけではなく、
黄色く色づく前の若いうちに収穫したレモンです。

9〜10月頃のレモン。まだ黄色く色づく前の状態。フレッシュな香りが最高。酸味と苦味が強く、果汁は少ない。

9〜10月頃のレモン。まだ黄色く色づく前の状態。フレッシュな香りが最高。酸味と苦味が強く、果汁は少ない。

12月頃には、熟し始めて黄色に色づきます。
一般的に流通しているレモンは12〜1月頃に収穫されたものだと思います。
だいだい100〜150グラムくらいの大きさでしょうか。

レモンのほかにも温州みかんや橙(だいだい)など小豆島では冬は柑橘の収穫シーズン。

レモンのほかにも温州みかんや橙(だいだい)など小豆島では冬は柑橘の収穫シーズン。

レモンを冬に収穫せずに木につけたままにしておくと、
春頃まで熟し続けどんどん大きくなっていきます。
実はレモンってよく見るサイズよりももっと大きく育つものなんです。
ただ、長い間実をつけておくことは木にとっては負担がかかることですし、
枝や葉とこすれて傷なども増えていくので、早めに収穫されることが多いです。

春まで木につけたまま完熟したレモンってどんなものになるのか。
気になりますよね。
はい、こんな感じです。

5月に収穫した完熟レモン。第一印象は「でっかい!」。

5月に収穫した完熟レモン。第一印象は「でっかい!」。

重さを測ってみると、ひとつ300グラムのレモンも。

重さを測ってみると、ひとつ300グラムのレモンも。

ひとつ200グラム以上のサイズまで成長します。
普段見慣れているレモンよりもだいぶ大きいので、
これって違う品種のレモン? って思ってしまいます。
完熟したレモンは果汁たっぷり。
糖度が増しているので、若い頃のレモンに比べてまろやかな酸味がとてもいい。
そして苦味がほぼない! 
白いワタの部分も食べてみましたが、ほとんど苦味がなく、
果肉、ワタ、皮と丸ごと食べられます。
おいしいなー、完熟レモン。

『みんなとMAYA MAXX展』開幕。
いいしれぬ不安と
その先にある希望を描いた新作

森のようでもあり海のようでもある、青い背景に浮かび上がる人物

2021年から閉校となった美流渡(みると)中学校の利活用が始まり、
今年で5回目となる『みんなとMAYA MAXX展』がゴールデンウィークに開幕した。
画家のMAYA MAXXさんが東京から美流渡に移住して3年。
自然に囲まれたアトリエで過ごすなかで数々の新作が生まれ、
それらを校舎に展示してきた。
一昨年は抽象的な色彩が画面を埋め尽くした作品を、
昨年は北海道に生息する動物たちを愛らしい姿で描いた作品を発表。

そして今春の展示されたのは、青い背景に浮かび上がる人物。
木枠に貼らずに布のままのキャンバスに描かれた作品で、
横幅が3メートルあり、6点のシリーズとなっている。

「勇気を持つために  No.3」

「勇気を持つために No.3」

この絵でまず目に飛び込んでくるのは、青い画面だ。
キャンバスを床に置き、その上にMAYAさんは乗って、
最初は青の油性ペンで円を描いていったという。
次にリキッドタイプのアクリル絵の具のボトルを手に持ち、
クルクルと自分が回転しながらそれを垂らしていく。
30分ほどキャンバスの上で回っていると、ふっと気の済む瞬間が訪れる。
そこで手を置き、今度は霧吹きで水を画面にかけていくそうだ。

開催中の『みんなとMAYA MAXX展』で描き方について語るMAYA MAXX。

開催中の『みんなとMAYA MAXX展』で描き方について語るMAYA MAXX。

霧吹きによって線がにじみ、青い面になっているところがあったり、
線がそのまま残っているところがあったり。

「以前は、霧吹きをかけ過ぎてしまったなと後悔することもありました。
また、線を一度描いただけの部分も、そのまま残しておくことができず、
上から擦ったりしていました。でもいまは、『これでいいんだ』と
心の底から思えるようになりました。この画面がいいかわるいかを自分で判断しない。
判断を捨てることができたんですね」

MAYAさんは、まったくの独学で絵を始めたため、これまで
「本当にこれでいいんだろうか、もっと何かできるんじゃないだろうか」
という気持ちがつねにあったのだという。

行楽シーズン到来。
移動サウナやスキー、
スポーツイベントなど
まちの特色を生かした
「アクティビティ」


今月のテーマ 「アクティビティ」

山登りやラフティング、バードウォッチングなど
まちの地形や特色を生かしたアクティビティは旅先や移住先での楽しみのひとつ。

今回は全国にお住まいのみなさんに
まちのアクティビティ事情について教えてもらいました。

気軽に出かけられるようになったいま、
家族や友人と一緒に楽しんでみてはいかがでしょうか?

【北海道下川町】
今日はどこへ出動? 移動式サウナ小屋の〈どこでもサウナ〉

〈どこでもサウナ〉は、その名の通りどこにでも出動してくれるサウナ小屋です。
まちの面積の9割が森林という下川町の材をふんだんに使っている小屋を
軽トラに積載し、道があるところならどこにでも出動します。
私が運営している〈A-frame cabin iwor〉にも実際に来てもらいました。

〈どこでもサウナ〉を運営しているオーナーの谷山嘉奈美さん。

〈どこでもサウナ〉を運営しているオーナーの谷山嘉奈美さん。

室内に入ってみると、トドマツ材に包まれた室内空間が広がります。
〈どこでもサウナ〉は薪を使用していますが、
薪だからこそ実現できる芯から温まるあたたかさが魅力です。
もちろん、薪も町内産。

プライベートなサウナ空間。小屋のなかは3〜4人まで入れます。

プライベートなサウナ空間。小屋のなかは3〜4人まで入れます。

町内で採取した白樺の若い枝葉を束ねたヴィヒタに
たっぷり水分を含ませたアロマウォーターで
ロウリュ※すると室内全体にナチュラルな香りが広がり、最高の空間になります。
※熱したサウナストーンに水をかけて水蒸気を発生させること。

ジュッという音とともに室内全体に広がるじわーっとくる温かさが最高。

ジュッという音とともに室内全体に広がるじわーっとくる温かさが最高。

オーナー自ら山へ出向き、厳選した白樺を採取してつくったヴィヒタ。

オーナー自ら山へ出向き、厳選した白樺を採取してつくったヴィヒタ。

今回は水風呂の代わりに森の中に溶け込んだ空間ならではの外気浴を行いました。
鳥のさえずりと誰にもじゃまされない空間で心身ともにととのいます。

マイナス気温ならではの外気浴。ととのいます。

マイナス気温ならではの外気浴。ととのいます。

サウナの後には、ととのった体にうれしいジビエ料理が待っています。
ジンギスカンを用意いただいたのですが、こちらは羊ではなく鹿肉ジンギスカン。

雪の下で貯蔵した越冬キャベツと鹿肉の相性抜群です。

雪の下で貯蔵した越冬キャベツと鹿肉の相性抜群です。

食べ終わった頃には、心も体もととのいます。
〈どこでもサウナ〉は今後の下川町での
楽しいアクティビティとして人気になるでしょう。

information

どこでもサウナ

photo & text

大石陽介 おおいし・ようすけ

1988年静岡県焼津市生まれ。 小学校教諭として富士山の麓で8年勤務。うち2年は青年海外協力隊(JICA)としてモンゴルへ。 世界自然遺産である『知床』での生活を経て、現在はSDGs未来都市北海道下川町で活動中。ローカルツアー事業を行う〈ぐるっとしもかわ〉代表。1日1組限定の1棟貸しキャビン〈A-frame cabin iwor〉オーナー。

ごはん屋さん&陶芸工房〈したたむ〉。
料理人の夫と陶芸家の妻が
静岡・掛川に移住して開いた小さなお店

移住者のつくる小さなお店 したたむ vol.1

静岡県掛川市の山間での暮らしを始めて4年目、
料理人の夫と陶芸家の妻による、ごはん屋さんと陶芸工房〈したたむ〉。

完全予約制のランチ営業のみで、Instagramで1か月分の予約を開始すると
すぐに埋まってしまい、キャンセル待ちができるほどの人気店です。
車でしか行けない山奥にあり、決して利便性のいい立地ではないものの、
ここまでの人気店に成長したのはなぜなのか、本連載を通してひも解いていきます。

料理人の夫・奥田夏樹(おくだ なつき)さんは、もともと横浜で
Mac用のアプリを開発するプログラマーとして働いていました。
初回となる今回は、飲食業とは縁がなかった奥田さんが、
飲食店を開こうと考えたきっかけや、お店を出すための土地探しについて振り返ります。

勢いのあるIT業界に身を置いているなか、抱いていたモヤモヤ

スティーブ・ジョブズ氏が初代iPhoneを発表した2007年、
私は横浜みなとみらいにあるオフィスで、プログラマーとして
Mac用のアプリ開発をしていました。
今まで想像していなかったiPhoneのタッチインターフェイスによる操作性に未来を感じ、
新たな時代が始まるワクワク感と、それに関わる仕事ができる喜びとで
胸が躍ったのを覚えています。

最先端の技術を使って仕事ができる誇りと、勢いのあるIT業界に身を置く華々しさ、
そしてなによりプログラムをつくることが楽しかったのですが、
一方で過酷な労働環境があることは実体験として感じていました。

「AI技術の進歩でいずれなくなる仕事」としてプログラマー職も挙がっていたこと、
テクノロジーの進歩によって便利になりすぎる未来へのえもいわれぬ恐怖、
そして2011年の東日本大震災の発生により、
ワークライフバランスや自然に近い暮らしなどへの興味を持ち、
この先ずっとは、この仕事を続けることはないなと、漠然と心にモヤモヤを抱いていました。

この頃の私は、朝から深夜までずーっとMacのモニターにかじりついたまま
カチャカチャとキーボードを叩き続ける毎日。
休みの日も家でMacBookを開き、暇さえあれば仕事、仕事、仕事。
このような生き方が、はたして良い生き方なのかと考え始め、
妻との話し合いにより、一緒にいる時間を増やせるような仕事をしよう、
という流れから転職を検討し始めました。

新たに増えた地域での役割。
下田に開設された
「まちじゅう図書館」館長に就任!

下田移住7年目スタート!
「地域のための役割」はどうしてる?

2017年4月に伊豆下田に移住してきた津留崎家。
7年目の暮らしが始まりました。
新年度ということで、
津留崎鎮生さんの身の回りにもちょっとした変化がありました。

お嬢さんの学校のPTA会長に就任し、
なんと下田市のPTAの代表にも。
さらに「まちじゅう図書館」の館長として
運営していくことになりました。

移住して時間が経つことで増えてきた
「地域の役割」について考えます。

『アカエゾマツの森ガイドマップ』
で知る、
五感を働かせて森を楽しむ10の方法

弟子屈町に移住した理由

森の楽しみ方を教えてくれたのは、
東京農業大学 地域環境科学部 森林総合科学科 造林学研究室の上原巌先生だ。

私は5年前に、大好きな北海道で暮らしてみたいと、東京から移住した。
最初は帯広へ、2年前に道東の弟子屈町へ。

引っ越してきた当初はよく、いまでもときどき
「どうしてここを選んだの?」と聞かれる。
北海道の179もある市町村のなかから、なぜ弟子屈町を選んだのかと。

その理由は、実は自分でもはっきりとはわからなかった。
国立公園の中なので、目障りな人工物が少ないから?
そんな風に漠然と感じていた。

阿寒摩周国立公園の中にある「アカエゾマツの森」は、樹齢約200年の天然林。

阿寒摩周国立公園の中にある「アカエゾマツの森」は、樹齢約200年の天然林。

上原先生と、初めて森を歩いたときのことだった。
2時間ほどの散策を終えて、少し離れて森を眺めたとき先生は
「自然の相似形ですね」と言った。

森の輪郭は、美しい弧を描いていた。
何本もの木々がそれぞれに
少しでも太陽の光を浴びようと枝葉を伸ばした結果、
左右対称のきれいな半円ができていた。

それは庭師によって手入れされた公園の木々とは異なる、自然がつくり出した造形。
私はそこに心地よさを感じて、弟子屈町に惹かれたのではないだろうか。

3月末に完成した『アカエゾマツの森ガイドマップ』は、川湯ビジターセンターで配布している。

3月末に完成した『アカエゾマツの森ガイドマップ』は、川湯ビジターセンターで配布している。

上原先生は、森や木に対してさまざまな手段でアプローチする。
木の名前と特徴を知るだけではない、新しい楽しみ方の数々。

川湯ビジターセンターとアカエゾマツの森を訪ねる人に向けても
それらを紹介できるように、『アカエゾマツの森ガイドマップ』を作成した。

A3サイズを小さく畳んだ、手のひらに収まる地図。
表には、以下の「五感を働かせて森を楽しむ10の方法」が。

A.森全体の香りを味わう
B.樹木の並び方を観察する
C.樹皮に触れる
D.葉に触れて匂いを嗅ぐ
E.森のライフサイクルを知る
F.足の裏で森を感じる
G.樹冠を眺めてわかること
H.風がつくる光の効果
I.森の音を聞く
J.心地いい「空間」を探す

裏には、約0.8キロのゴゼンタチバナコースと約2.2キロのアカゲラコースを、
ここで観察できる動植物の写真と一緒に載せている。

裏面は、森のコース紹介。「五感を働かせて楽しむ方法」を実践できる場所を、A〜Iの記号で記している。

裏面は、森のコース紹介。「五感を働かせて楽しむ方法」を実践できる場所を、A〜Iの記号で記している。

今年も春に『みる・とーぶ展』開催。
さまざまな世代が混じり合って、
好きなことを実現!!

撮影:佐々木育弥

25組中、5組が初参加。懐かしの焼き菓子やこだわりサンド

一昨年から、近隣にある閉校した中学校を活用して、
地域のつくり手の作品を展示販売する『みる・とーぶ展』というイベントを行っている。
北海道岩見沢市の山あいは東部丘陵地域と呼ばれていて、
そのなかに私が住む美流渡地区をはじめ、
朝日、毛陽(もうよう)、万字(まんじ)など多彩なエリアがある。
「みる・とーぶ」という名前は、「東部」を「見る」という意味と、
「美流渡」をかけてつけたもので、私はこのイベントの主催団体の代表を務めている。

4年前に閉校になった旧美流渡中学校。地域に住む画家・MAYA MAXXさんの絵や立体物が学校を彩る。

4年前に閉校になった旧美流渡中学校。地域に住む画家・MAYA MAXXさんの絵や立体物が学校を彩る。

2021年は秋に1回、2022年は春夏秋と季節ごとに3回、『みる・とーぶ展』を行ってきた。
開催期間はそれぞれ約2週間で、これまでのべ5000人が来場した。
美流渡地区は過疎化が進み、人口わずか330人の集落。
ここに予想を超える人々が足を運んでくれたことは、
イベントを企画した私たちにとって大きな喜びとなった。

昨年の『みる・とーぶ展』の様子。雑貨や工芸作品などが並ぶ。(撮影:佐々木育弥)

昨年の『みる・とーぶ展』の様子。雑貨や工芸作品などが並ぶ。(撮影:佐々木育弥)

そして今年は春と秋、2回の『みる・とーぶ展』を企画している。
春はゴールデンウィークに合わせて開催。
いよいよ準備も大詰めとなっている。
今回は全体で25組が参加。
地域の木工作家や陶芸家、ハーブティーのお店、ピザやカレーなど、
お馴染みの顔ぶれに加えて、5組が初参加となる。
ここでは初参加のみなさんにスポットを当てて紹介してみたい。

展覧会のチラシ。

展覧会のチラシ。

フード系では〈グランマヨシエ〉。
辻村淑恵さんは、岩見沢市の図書館勤務を経て定年退職後に焼き菓子工房を始めた。
昭和のお母さんが手づくりしていたような素朴なお菓子で、
地元素材にこだわった安心安全なものを提供しようとメニューを開発。
また、こうした活動を通じて、岩見沢の歴史や地域の魅力も
伝えられたらと辻村さんは考えている。

かつて暮らしていた築100年超えの古家に厨房を設える辻村さん。

かつて暮らしていた築100年超えの古家に厨房を設える辻村さん。

ネーミングにもこだわって。美流渡と名づけられた焼き菓子は、イタリアの「ミルト」というリキュールが入っている。

ネーミングにもこだわって。美流渡と名づけられた焼き菓子は、イタリアの「ミルト」というリキュールが入っている。

もう1軒の初参加は〈きなり〉。
〈きなり〉は2017年に吉成厚人さんが始めた岩見沢の繁華街にある小さな居酒屋さん。
北海道産木炭で焼鳥や焼肉を楽しめるだけでなく、
自家農園野菜や支笏湖産姫鱒が食べられる時期も。
素材にこだわり丁寧に仕上げた料理を提供している。
『みる・とーぶ展』では、北海道産全粒粉の手づくりチャパティに道産鶏肉と有機野菜、
オリジナルソースをのせた無添加ナチュラルサンドを販売予定だ。

〈きなり〉のチキンと野菜のサンド。このほか「八雲ソマチット水よもぎ茶」も提供予定。

〈きなり〉のチキンと野菜のサンド。このほか「八雲ソマチット水よもぎ茶」も提供予定。

4年ぶりに開催される
小豆島の伝統行事
『肥土山農村歌舞伎』

4年ぶりの開催となる伝統芸能

日に日に新緑がまぶしくなっていく季節。
毎年この季節に開催されるのが小豆島の伝統行事『肥土山(ひとやま)農村歌舞伎』です。

肥土山農村歌舞伎舞台の周辺の新緑。毎年5月のこの景色はとても美しい。

肥土山農村歌舞伎舞台の周辺の新緑。毎年5月のこの景色はとても美しい。

2019年5月3日に開催されたのを最後に、もう4年も経ってしまいました。
感染症の影響で世のなかからさまざまなイベントや行事がなくなった3年間。
300年以上続いてきた農村歌舞伎もその影響を受け、
この4年間は中止したり、規模を大幅に縮小したりして行ってきました。

2022年5月の肥土山農村歌舞伎は、序幕である「三番叟(さんばそう)」奉納のみ行いました。

2022年5月の肥土山農村歌舞伎は、序幕である「三番叟(さんばそう)」奉納のみ行いました。

農村歌舞伎というのは、豊作祈願と娯楽として昔から各集落で行われてきた行事です。
そこで暮らす人々が企画し、演じ、楽しむイベント。
小豆島でも昔は各集落に歌舞伎舞台があり、農村歌舞伎が行われていたそうですが、
今では私たちが暮らす肥土山地区と、お隣の中山地区の2地区のみで開催されています。

山々に囲まれた美しい田園地帯にある肥土山農村歌舞伎舞台。

山々に囲まれた美しい田園地帯にある肥土山農村歌舞伎舞台。

行事というのは、定期的に続けていくことがとても大切なんだなとあらためて思いました。
毎年続けていくと、上の歳の人から下の歳の人へ、やることが自然と引き継がれていきます。

たとえば、うちの娘は、小学生の間、子どもだけで演じる
子ども歌舞伎に出演させてもらっていましたが、上級生の子たちに教えてもらいながら、
演じ方や練習の仕方、大人へのあいさつなど学んできました。
自分が上級生になったときには、下の子たちに教えてあげていたと思います。

親である私たちも、何をしたらいいのか、
先輩お母さん、お父さんにいろいろと聞いていました。

小学生時代の娘・いろはは農村歌舞伎とともに成長してきました。歳を重ねるにつれてセリフが増え、難しい役になっていきました。

小学生時代の娘・いろはは農村歌舞伎とともに成長してきました。歳を重ねるにつれてセリフが増え、難しい役になっていきました。

会社ではないし、マニュアルなんてないんです。
作法みたいなものは、なかなかマニュアル化しづらいですしね。
地域の先輩方に聞きながら、教えてもらってやってきました。
受け継いでいくってそういうことなんだなぁと。

先輩のお姉ちゃんたちと一緒に練習。たくさんのことを教えてもらいました。

先輩のお姉ちゃんたちと一緒に練習。たくさんのことを教えてもらいました。

昔から変わらない台本。ふりがなをうったり、区切りをつけたりして、読みやすく。

昔から変わらない台本。ふりがなをうったり、区切りをつけたりして、読みやすく。

植物のツルや草、茎。
森にある素材でカゴができる!
自由に編むのを楽しんで

何気なくツルをとってきたら無性にカゴ編みがしたくなって

北海道にきてから、素材が手に入ると、ときどきカゴを編んでいた。
初めて体験したのは5年前。
カゴ作家で埼玉・秩父在住の長谷川美和子さんが、美流渡(みると)地区で
カゴ編みのワークショップを開催してくれたときのこと。
このときはブドウのツルを主に使ったカゴ編みと、
クルミの木の皮など山での素材の採取方法も教えてくれた。

長谷川美和子さんがつくったカゴ。細いツルで、ゴッズアイと呼ばれる編み方をところどころにアクセントして加えている。

長谷川美和子さんがつくったカゴ。細いツルで、ゴッズアイと呼ばれる編み方をところどころにアクセントして加えている。

その後は年に1、2回、気が向いたときにつくっていたが、
昨年末ごろ、急にカゴ編み熱が高まって、たくさん編むようになった。
きっかけは、私が代表を務める地域PR団体〈みる・とーぶ〉で、
近隣の閉校した中学校の校舎の活用プロジェクトを始めたことだ。
校舎の脇には木が茂っていて、カゴ編みの素材になるツル植物もたくさんあった。
朝、何気なくそれを何本か切って持って帰り、その場ですぐにカゴを編んだことがあった。
編み物よりも自由度があって、特に規則的に編まなくてもかたちが決まる。
30分ほどで、なかなか立派なものができあがった。

朝、ツルをつんで思わずつくったカゴ。

朝、ツルをつんで思わずつくったカゴ。

私は編集や執筆の仕事をしており、ほとんど一日中パソコンにむかっている。
夕方になると脳みそだけがクタクタになっていて、体はほとんど動かさないため、
心身のバランスが悪い状態になってしまう。
そんななかで、カゴ編みの素材を採取しに外に出たり、自然素材に触れたりしながら、
指を使って編む業に集中すると、スーッと心が休まる感じがする。

この作業を体が欲しているのではないか!
最近では、だんだんカゴ編みの時間が長くなっていて、
「あっ、原稿の締め切りだった!」と気づいて慌ててパソコン作業に戻ることもある。

家にどんどん作品が溜まっているので、今年はこれらを販売したいと考えている。
私たちの団体が企画している、地域のつくり手の作品を集めた『みる・とーぶ展』。
春に旧美流渡中学校で行われる、この展覧会に出品しようと準備中だ。

タンポポ、レンゲ、サクラ……
春の花で仕込む、
簡単「自家製シロップ」のつくり方

※野生の花は毒を持つものもあるため、必ず毒性がないか調べてからつくりましょう。

※花を採取する際は、土地の持ち主さんに許可をとってからにしましょう。

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

暖かくなり、あちこちで色とりどりの春の花が咲く季節になりました。
今回はこの道端に咲く可憐な花たちを使って、
シロップをつくってみようと思います。

春のエネルギーをたっぷりと詰め込んだお花のシロップは、
どんな味がするのでしょうか。
春の山へ飛び出して、きれいなお花をたくさん摘んできました。

山や田んぼで集めた、タンポポ、レンゲ、シロツメクサ 、オオジシバリ。

山や田んぼで集めた、タンポポ、レンゲ、シロツメクサ 、オオジシバリ。

摘んできたお花を種類別に分けます。

摘んできたお花を種類別に分けます。

春の花の王道! 「タンポポ」のシロップ

タンポポはあっという間に綿毛になってしまうので、見つけたらすぐに収穫。

タンポポはあっという間に綿毛になってしまうので、見つけたらすぐに収穫。

春の花のシロップで最も有名&手軽なのが「タンポポ」のシロップ。
草むらでもひと際強い存在感を放つタンポポは、
お散歩しながらでも簡単に見つけることができます。

タンポポはデトックス効果が高く、
冬の間に体内に蓄積された毒素や老廃物の排出を促す作用があるといわれています。

ヨーロッパではビタミンいっぱいの若芽を
そのままサラダにして食べるほど一般的な野草で、
根っこはハーブティーやコーヒーとして飲むのだそうです。
今回はこの身近な春の花を煮詰めて、簡単なシロップをつくります。

<材料>

・タンポポ 50グラム (お花50~60個くらい)

・水 200〜250ミリリットル

・お砂糖 80〜100グラム(お好みで。長期保存させたい人は多めに入れて)

・レモン(またはレモン果汁)

レモンと一緒に煮込みます。お砂糖なしの状態で味見をするととても苦い。

レモンと一緒に煮込みます。お砂糖なしの状態で味見をするととても苦い。

<つくり方>

(1)花をさっと洗う

(2)花(レモンがある場合は薄くスライスしたレモン)を鍋に入れ、軽く浸るくらいの水を入れたら弱火で15〜20分ほど煮る。煮汁に花の色が溶け出したらOK。

(3)花とレモンを取り出し、さらしで濾す。
※花などが残っていると傷みやすい。すぐに消費する人や、気にならない人はざるで濾しても。

(4)(3)でとり出した液体にお砂糖を加えて弱火で20分ほど煮る。

(5)最後にレモン果汁を入れて味を見る。少し煮て水分を飛ばし、とろみが出たら完成。煮詰めすぎるとレモンの酸味が飛びやすいので注意! 保存性を高めたい人は長めに煮る。

 
<保存方法>

しっかり水分が飛ばせていれば、常温で数か月もちます。
水分量や砂糖の量によってはカビが生えやすくなるので、
心配な人は冷蔵保存がベター。

ヨーグルトにかけて食べると絶品!

ヨーグルトにかけて食べると絶品!

スプーンですくいあげると少しトロトロとしていて、
味はまるで蜂蜜のよう。
口に含むと花の香りがいっぱいに広がる上品な味です。

初めて食べたときの衝撃が忘れられず、
あれから毎年タンポポを見かけるたびにこのシロップのことを考えてしまうのでした。

ヨーグルトに、パンケーキに、
そのままスプーンでぺろっと舐めて幸せに浸るのもおすすめです。
タンポポの花はマーマレードの隠し味として入れてもおいしそう。

ボウルいっぱいに花を摘んできても、できるのは小さな小瓶に一杯程度。
花のシロップはとっても貴重です。

花いっぱいの小豆島、
「自然と近い暮らし」のなかで
感じる“春”という季節

“コンパクトな田舎”で感じる春

4月、小豆島ではあっちこっちで春の景色が広がっています。

私が暮らしているところは、小豆島の肥土山(ひとやま)という農村集落で、
家のすぐうしろは山、家のまわりには畑や田んぼが広がっています。
わかりやすくいうと田舎です(笑)。

田舎にもいろいろあると思いますが、北海道みたいに遠くまで畑の風景が続くような
広大な田舎もあれば、小豆島のようにとってもコンパクトな田舎もあります。
ご近所さんの家がすぐ隣にあったり、家と家の間に小さな田んぼがあったりと、
狭いエリアに家や畑がぎゅっと集まっていて、それがこの場所の魅力でもあると思います。

わが家のすぐ隣の畑からの眺め。小さな畑が段々になっています。

わが家のすぐ隣の畑からの眺め。小さな畑が段々になっています。

さて、こんな場所で暮らしていると、
季節の移り変わりを教えてくれる要素がたくさんあります。
春がやってくるとき、最初に感じるのは「光」の変化。
2月上旬、立春の頃から、太陽の光が強くなっていき、
風景の色が少しずつ変わっていきます。

春が近づいてくると、海のキラキラ感がアップしてきます。ついつい車を停めて写真を撮りたくなる景色。

春が近づいてくると、海のキラキラ感がアップしてきます。ついつい車を停めて写真を撮りたくなる景色。

レモンの葉にあたる日差しも強くなり、葉っぱが輝いて見えるように。

レモンの葉にあたる日差しも強くなり、葉っぱが輝いて見えるように。

まだまだ気温は低く、山や畑も枯れ葉の茶色が目立ちますが、
日差しが強くなってくると、風景のコントラストも強くなっていき、
静かで穏やかだった冬もそろそろ終わりが近いなぁと
(農家としては繁忙期に入ってくるので)、ちょっとハラハラしてきます。

3月になると、わが家の庭のサクランボの花が咲き始めます。
サクランボの花は、観賞用の桜よりも1か月くらい早く咲きます。
うっすらピンク色の小さくて素朴な花ですが、
このサクランボの花が咲くといよいよ春がくるなといつも思います。

今年のわが家のサクランボは3月10日に開花宣言。

今年のわが家のサクランボは3月10日に開花宣言。

3月中旬頃には満開。サクランボの花はすぐにしおれてしまうけど、このあと5月頃にはかわいい赤い実をつけてくれます。

3月中旬頃には満開。サクランボの花はすぐにしおれてしまうけど、このあと5月頃にはかわいい赤い実をつけてくれます。

続いて、ご近所さんの家のハクモクレンが華やかに咲きほこり、
畑ではアブラナ科の野菜の黄色い菜の花や、
ルッコラの小さな白い花が次々と咲いていきます。

ルッコラの花。食べるとちゃんとルッコラの味がします。

ルッコラの花。食べるとちゃんとルッコラの味がします。

今年特にきれいだなぁと感じたのは、赤峰大根の花。
大根もアブラナ科なのですが、薄ピンク色の赤峰大根の菜の花がかわいいんです。
ちなみに食べるとピリ辛。

赤峰大根の菜の花。

赤峰大根の菜の花。

春の畑ではいろんな菜の花を楽しめます。大根の菜の花はぴりっと辛かった。

春の畑ではいろんな菜の花を楽しめます。大根の菜の花はぴりっと辛かった。

北海道で暮らして12年。
息子の小学校卒業で
移住にひと区切りがついたと感じて

北海道への移住や地域活動の原動力は、子どものことだった

3月19日、息子が小学校を卒業した。
美流渡(みると)からスクールバスで15分ほどのところにある、
全校児童30名ほどの小規模校・岩見沢市立メープル小学校に通っていた。
卒業生ひとりひとりが、自分の言葉で中学校へ向けての抱負を語り、
また両親や先生に向けた感謝の言葉もあった、あたたかな式だった。
背中のランドセルがやけに大きく感じたあの日から6年が経った。

卒業に際して制作した自画像と陶芸作品。

卒業に際して制作した自画像と陶芸作品。

東京から北海道へ一家で移住したのは息子が生後9か月の頃。
その成長は北海道で暮らした日々と重なる。
移住のきっかけは東日本大震災。
当時、原発事故による放射性物質がさまざまな場所に飛散し、
関東にもホットスポットができており、そこからできるだけ遠く離れ、
子どもを安全な場所でのびのび育てたいという思いがあった。

夫の実家のあった岩見沢市に身を寄せたのは2011年夏。
まちなかで暮らし始めたが、数年後に山あいの地区に縁ができ、美流渡へ引っ越した
息子は美流渡小学校に入学。児童が10名に満たない小さな学校。新入生は4名だった。

美流渡小学校の教室。(撮影:佐々木育弥)

美流渡小学校の教室。(撮影:佐々木育弥)

隣には美流渡中学校があった。
こちらも生徒の人数はわずかで行事を一緒に行い、つねに交流があった。
小中学校あげての運動会は、父母はもとより地域住民も参加し賑やかなものだった。
こんなふうに地域の拠点であったが、過疎化の波によって小中学校ともに2019年に閉校
小学校はメープル小学校に統合された。

小学校の閉校式。息子は2年生だった。(撮影:佐々木育弥)

小学校の閉校式。息子は2年生だった。(撮影:佐々木育弥)

「自分の人生でいちばん悲しかったことは、美流渡小学校が閉校したこと」

あるとき息子はそう語った。
閉校を食い止めるために、できる限りのことをしたのだろうかと私は自問自答した。
やがて閉校したことは受け入れるしかないが、校舎がそのまま寂れてしまうのは忍びない、
活用の道を探ってみたいと思うようになった。
そこで市民や大学生などを集めた校舎活用の話し合いの場をつくり、
意見交換をするようになった。

市役所の方針を知ることができず、話し合いは草の根の活動だった。
私は、話し合いの議事録をつくり、市に提出することを続けていった。

話し合いでは毎回、ゲストスピーカーを招いた。株式会社〈良品計画〉の廃校活用の取り組みなどを鈴木恵一さんに解説してもらったこともあった。

話し合いでは毎回、ゲストスピーカーを招いた。株式会社〈良品計画〉の廃校活用の取り組みなどを鈴木恵一さんに解説してもらったこともあった。

そんななかで画家のMAYA MAXXさんが東京から移住。
校舎の1階に打ちつけられた窓板に絵を描くなど、
活用の具体的な提案をMAYAさんがしてくれたことがきっかけとなって、
地域の仲間と一緒に中学校校舎の試験活用を行えることとなった。
一昨年、昨年と校舎でイベントを開催。
地域のつくり手の作品を集めた『みる・とーぶ展』
『みんなとMAYA MAXX展』はこれまでで合計5000名の来場者があった。
今年もゴールデンウィークにふたつの展覧会を実施予定。準備に追われている。

小豆島からまちへ。
朝6時半のフェリーに乗って
島から高校に通う

春からついに高校生になる娘

春がやってきますね。
小豆島では黄色のミモザ、白いモクレン、ピンクの桜、あちこちで春の花が咲いています。
鳥たちの鳴き声も増えて、日に日に春らしくなっていくのを感じます。

さて、この3月に我が家のひとり娘が中学校を卒業しました。
小豆島に移住してきた頃は、幼児園の年中さん。
それから小学校、中学校と9年間、島の学校に通い、無事に卒業。
この春からは小豆島から船に乗って高松市の高校に通うことになりました。

春の瀬戸内海を進むフェリー、オリーブライン。小豆島と高松を結びます。

春の瀬戸内海を進むフェリー、オリーブライン。小豆島と高松を結びます。

高校受験の前日、高速艇に乗って高松へ。島外の学校を受験する島の子たちは、試験当日船が動かないと困るので、前日から移動します。

高校受験の前日、高速艇に乗って高松へ。島外の学校を受験する島の子たちは、試験当日船が動かないと困るので、前日から移動します。

小豆島に引っ越すことを決めて準備をしていた頃、
「島って子どもの教育的には大丈夫なの?」と聞かれたことがあります。
そのときはなるようになる! とあまり深く考えませんでしたが、
たしかに子どもが成長するにつれていろいろ考えることも増えました。
今回はそのことを書いておこうと思います。

小豆島に引っ越してきたばかりの頃の娘。陽気ですね。

小豆島に引っ越してきたばかりの頃の娘。陽気ですね。

今の時代、「少子高齢化」という言葉をよく耳にすると思いますが、小豆島ももれなく少子高齢化。
小豆島に引っ越してきて、通い始めた幼児園の同級生は5人。
それまで通っていた愛知県の保育園と比べたらとっても小規模になりましたが、
違う年齢の子たちと触れ合うことも多く、田んぼや山道をよく歩いたりして、
自然のなかで、みんなでのびのびと過ごす様子がとてもいいなぁと感じていました。
ちなみに、小豆島にはこども園や幼稚園など全部合わせると10か所以上あり、
定員が230人ほどの大きなところもあります。

小豆島の子どもの人数はどんどん減っています。
小豆島にはふたつの行政(町)があり、
私たちが暮らしている土庄(とのしょう)町には小学校が1校、中学校が1校あります。
高校は小豆島全体で1校。
私たちが引っ越してきてから、こども園が統合され、小学校が統合され、
高校が統合され、現在も統廃合が進んでいます。

娘の中学の同級生は約90人いるのですが、
住民基本台帳ベースによると2021年の土庄町の出生数は45人。
約15年ほどで娘たちの同級生の数の半分まで減ってしまうなんて
(小豆島に引っ越してくるなどして、子どもの数が増える可能性もありますが)。
減少のスピードにびっくりしました。

小学1年生の頃、近所のお兄ちゃんと一緒にスクールバスの乗り場まで歩いていきました。

小学1年生の頃、近所のお兄ちゃんと一緒にスクールバスの乗り場まで歩いていきました。

帰り道にちょっと寄り道。田んぼのなかを歩く娘。

帰り道にちょっと寄り道。田んぼのなかを歩く娘。

絶品ご飯のおともから
焼酎といちじくを使用した
ショコラテリーヌまで。
「贈り物」にぴったりなまちの味


今月のテーマ 「贈り物」

ちょっとしたお礼や手土産、お祝いごとなどに欠かせない「贈り物」。
何を贈るかあれこれ悩む人も少なくないのでは?

そこで今回は全国にお住まいのみなさんに
まちの魅力が詰まったおすすめの「贈り物」を選んでもらいました。

お世話になった人や大切な人へのプレゼントにいかがですか?
もちろん、頑張っている自分へ贈るのもアリです。

【新潟県新潟市】
新潟のうまいもの大集結! 産直セレクトショップ〈KITAMAE〉で
人気の贈り物を紹介

新潟市の総合ショッピングセンター〈DEKKY401〉内にある
産直セレクトショップ〈KITAMAE〉は、
県内最大規模の産直ECサイト〈新潟直送計画〉の実店舗として人気を博しています。

今回は〈KITAMAE〉ギフトセットの考案などを担当している小野塚愛さんに
約1万6千点もの商品のなかから人気の贈り物を教えてもらいました。

ギフト担当の小野塚愛さん。

ギフト担当の小野塚愛さん。

まずは、県内の人気店の味を集めた焼き菓子の詰め合わせ。

焼き菓子の詰め合わせ 1197円。

焼き菓子の詰め合わせ 1197円。

内容は、長岡市〈加勢牧場〉のガンジーマドレーヌ、
ガンジーレモンケーキ(上段)と、
五泉市〈渡六菓子店〉のサンクフォンテーヌとタルトノア(下段)。
こだわりの味をぜひ召し上がれ。

お次は、白米が止まらなくなること間違いなし!
絶品ご飯のおともセット。

絶品ご飯のおともセット 3294円。

絶品ご飯のおともセット 3294円。

〈三幸〉の〈新潟三幸ごほうび便 かき〉、
〈KITAMAE〉の全商品のなかで人気No.1〈阿部幸製菓〉の〈柿の種のオイル漬け〉、
〈小川屋〉の〈紅さけ 荒ほぐし〉。
海の幸を堪能できるセットになっています。

最後に紹介するのは、予算を約1万円に設定して、
小野塚さんに特別に組み合わせてもらったこちら。

お母さんからの仕送りセット1万円。内容は、新潟の味であるのっぺい汁のパウチに、ちょっと変わり種の柿の種、名物バスセンターのカレーに車麩、お米、へぎそば、村上牛ビーフカレー、かんずり、のどぐろの味噌汁の素、日本酒、新潟五大ラーメンの詰め合わせです。

お母さんからの仕送りセット1万円。内容は、新潟の味であるのっぺい汁のパウチに、ちょっと変わり種の柿の種、名物バスセンターのカレーに車麩、お米、へぎそば、村上牛ビーフカレー、かんずり、のどぐろの味噌汁の素、日本酒、新潟五大ラーメンの詰め合わせです。

新潟の味であるのっぺい汁のパウチに、
お米やへきそば、かんずり、のどぐろの味噌汁の素など
お母さんの愛情が感じられる地元の味がぎゅっと詰まったラインナップ。
日本酒やちょっと変わり種の柿の種なども入っているのもたまりません。

今回ご紹介したものはオンラインショップ「新潟直送計画」
でも一部の商品を見つけていただけます。

大切な人への贈り物に、新潟の味をお楽しみくださいね。

information

map

KITAMAE

住所:新潟県新潟市中央区上近江4-12-20 DEKKY401 2F

TEL:025-378-0839

営業時間:10:00〜20:00

Web:KITAMAE

オンラインショップ:新潟直送計画

※表示価格は取材時と変更となっている場合がございます。

profile

齋藤悦子 さいとう・えつこ

新潟在住のフリーライター。しばらく勤め人でしたが、ひょんなことからライターの道へ。南魚沼市→新潟市→阿賀町→新潟市と県内を転居する生活をしています。寝るのが大好き、朝が苦手、スノーボードとたまに登山、ラジオとエッセイとレモンチューハイが好き。
Instagram:@suzuki_epi/

徳島市から阿南市、美波町、海陽町へ。
四国の右下、
海沿いを南下するサステナブルな旅

倉庫街のあり方を変えた〈アクア・チッタ〉

徳島県の県庁所在地である徳島市から西方向に目を向ければ、
ごみゼロを目指すゼロ・ウェイストで有名な上勝町や、
多くのサテライトオフィス誘致の事例がある神山町など、
先進的な取り組みをしている自治体が多い。
今回は徳島市から海沿いを南下して、高知県境まで旅をする。
こちらの地域もまたソーシャルな気づきを得られる旅となった。

まずは徳島駅から車で10分弱の万代中央ふ頭へ。
東西500メートルに渡るいわゆる倉庫街だが、近年、倉庫を転用した事務所の開設、
カフェや書店、家具店、古着店などのオープンが続いている。

万代中央ふ頭の倉庫街。

万代中央ふ頭の倉庫街。

その仕掛け人といえるのがNPO法人〈アクア・チッタ〉理事の岡部斗夢さんだ。

「近くに新しい港ができて、1990年代後半から物流機能が移転し、
倉庫としての機能が低下していきました」と教えてくれた。

「しかし港湾施設なので、簡単に転用ができません。
それでも地域の活性化を目指して、とにかく掃除から始めました。
そして2005年に『アクアチッタフェスタ』を開催し、19年までに15回開催。
最終的には1万7千人を集めるイベントになりました」

アクア・チッタの理事、岡部斗夢さん。東京の〈寺田倉庫〉の活用を見て刺激を受けたという。

アクア・チッタの理事、岡部斗夢さん。東京の〈寺田倉庫〉の活用を見て刺激を受けたという。

現在では20棟の倉庫のうちおよそ3分の2が転用され、
30の事業者が利用しているという。
最近では1棟貸しではなく、
小規模事業者に向けて分割して貸す取り組みも始まっている。

「倉庫に興味を持ってくださる方はたくさんいますが、
どれも100〜150坪という大きな倉庫なので、
リノベーションをするとすぐに1千万円くらいかかってしまいます。
そこで私の〈ユニフォーク〉という会社で倉庫を借りて分割し、
シェアショップとしてお貸ししています。
6坪くらいから、そして1日や1週間という単位でも貸し出し可能です。
立ち寄りやすい空間をつくることで、地域の回遊性を高めたいと思っています」

もともとあった倉庫名や壁の質感など、雰囲気を残したリノベも多い。

もともとあった倉庫名や壁の質感など、雰囲気を残したリノベも多い。

新しい箱をつくるのではなく、すでにあるものを再利用していく取り組み。
特にこのふ頭では、建物それぞれではなく地域で統一された、
倉庫街としてブランディングされた活性化を目指す。

「港の倉庫街という風情を残したい」と岡部さんは言う。
どの施設も、倉庫としての佇まいを残しながら、うまくリノベーションされている。
“倉庫街に出かけよう”というお出かけが、
徳島市内では少しずつ人気になっているようだった。

information

map

NPO法人アクア・チッタ

住所:徳島県徳島市万代町5丁目

web:NPO法人アクア・チッタ

弟子屈中学校の授業で
アカエゾマツの森を学ぶ。
動画『森の中へ』も完成!

地元の中学生と歩いた「アカエゾマツの森」

きっかけは、地域おこし協力隊の同期、高橋志学くんからの誘いだった。
「弟子屈中学校の先生から
『協力隊と一緒にできることはないでしょうか?』と相談を受けました」

昨年の初夏のこと。
「アカエゾマツの森」を、できるだけ多くの人(とくに町民)に
知ってもらいたいと考えていた私は、迷わず手を挙げた。

そして実現したのが、2日間におよぶ
弟⼦屈中学校1年生 × 東京農業⼤学教授・上原巌先⽣
「川湯の森の散策と森林講座」
(この模様は、上原先生のブログに楽しく紹介されているので、
ぜひご覧ください)

2020年から毎年、弟子屈町の森を訪れている、東京農業大学教授・上原巌先生。「川湯の森の散策と森林講座」は、弟子屈町の広報誌の表紙も飾った。

2020年から毎年、弟子屈町の森を訪れている、東京農業大学教授・上原巌先生。「川湯の森の散策と森林講座」は、弟子屈町の広報誌の表紙も飾った。

1日目は中学校の講堂でスライドを観ながら、
「森とは何なのか?」「弟子屈町にはどんな森があるのか?」など
アカエゾマツなどの蒸留をしつつ学んだ。

2日目は「アカエゾマツの森」と、近くにある「川湯の森」をみんなで歩いた。
「この森は、どんな風に感じる?」「この葉っぱ、どんな形をしている?」
上原先生は、いつも問いかける。
そして参加者は、眺めるだけでなく、考えるようになる。
すると木や森は、いつもとは違う姿をどんどん見せてくれるのだ。

2日目には「アカエゾマツの森」。中学生はタブレットを持ち、写真を撮りながら歩く。

2日目には「アカエゾマツの森」。中学生はタブレットを持ち、写真を撮りながら歩く。

地域紹介の似顔絵マップ、
更新を続けて6年! 
まちの変化の大切な記録となって

地域の話題を入れ込んで、次第に充実!!

私が住む北海道・岩見沢の山あいの地域を紹介するマップづくりを始めたのは2017年。
マップの名前は〈みる・とーぶmap〉
この地域一帯は東部丘陵地域と呼ばれていて、
「東部」を「見る」で〈みる・とーぶ〉とつけた。

毎年欠かさず更新を続けていて、今回で6度目の更新となる。
表面は写真とスポット紹介、裏面は似顔絵マップとなっていて、
似顔絵の制作やデザインも私が担当している。
当初は、いわゆる観光スポット的な場所の少ない地域にあって、
いちばんの魅力はそこに暮らす人なのではないかと考えて、
似顔絵がメインのマップとなっていた。
表面には、この地域がさまざまなエリアに分かれていたため、
その特徴をざっくりと紹介してきた。

2017年、最初につくったマップ。表面では万字、毛陽、美流渡、朝日などエリアごとの特徴を紹介。

2017年、最初につくったマップ。表面では万字、毛陽、美流渡、朝日などエリアごとの特徴を紹介。

それがやがて年を重ねるごとに、ゲストハウスや体験施設が増え、
旅人が立ち寄れるスペースもできたことから、
店舗などの紹介コーナーを設けるようになっていった。

昨年のもの。店舗など立ち寄れるスポットが増えている。

昨年のもの。店舗など立ち寄れるスポットが増えている。

今年の更新では、思い切ってイメージを大きく変えることにした。
表紙となる部分には、これまで「みる・とーぶ」のロゴマークを掲載していたのだが、
今回からは美流渡に3年前に移住した画家・MAYA MAXXさんが描いたクマの顔に。
また、クマのまわりにはMAYAさんが描いてくれたハートを散らした。

右側が表紙の部分。地域全体を示したマップにはMAYAさんが描いたクマの絵がどこで見られるのかのポイントも入れた。

右側が表紙の部分。地域全体を示したマップにはMAYAさんが描いたクマの絵がどこで見られるのかのポイントも入れた。

そして一昨年、昨年とMAYAさんが地域のさまざまな場所に描いた
絵についての紹介コーナーを設けた。
それは看板やシャッターといった平面だけではない。
赤字が続いていた路線バスが廃止され、
昨年春より運行が始まったコミュニティバスの車体にも絵が描かれた。
そのほか、MAYAさんの活動拠点となっている旧美流渡中学校をはじめ、
巨大な食品倉庫に描いたクマなど、地域にひとつまたひとつと絵が増えている状況も紹介。
いずれの絵もバス路線にそって設置されているので、
バスに乗りながらMAYAさんの絵を見る旅もできるようになっている。

左下がコミュニティバスの紹介。右側がMAYAさんの絵が見られるスポット紹介。

左下がコミュニティバスの紹介。右側がMAYAさんの絵が見られるスポット紹介。

コミュニティバスの車窓からもMAYAさんの絵を見ることができる。(撮影:久保ヒデキ)

コミュニティバスの車窓からもMAYAさんの絵を見ることができる。(撮影:久保ヒデキ)

地元のお米で米麹づくり、
米麹たっぷりの味噌をつくる

味噌づくりのための施設で米麹からつくる

小豆島で2015年から始めた味噌づくり。
今年で8年目になります。

毎年、年が明けると「今年は味噌をいつ仕込もうかねぇ」と友人と話し出します。
味噌は、大豆やお米、麦などの穀物に、塩と麹を加えて発酵させてつくる発酵食品。
暑い時期に仕込むと、温度、湿度が高いためにカビが生えやすかったり、
一気に発酵が進んでしまうことでおいしい味噌にならなかったり。
家庭でつくる場合は冬場に仕込むことが多いと思います。
私たちもだいたい2〜4月くらいに味噌づくりをして、
半年後の夏の終わり頃から食べ始める感じです。

去年仕込んだ味噌。1年経っておいしいお味噌になりました。

去年仕込んだ味噌。1年経っておいしいお味噌になりました。

今年は、島の友人と3人で味噌づくりをすることに。
私たちの味噌づくりは米麹づくりから始まります。

今年は友人と3人で味噌づくり。もうひとりは写真を撮ってくれた牧浦知子ちゃん。

今年は友人と3人で味噌づくり。もうひとりは写真を撮ってくれた牧浦知子ちゃん。

まずは味噌づくり0日目の夜、お米15キロを洗って水に浸しておきます。
15キロ! 1斗です、言い換えると10升です、つまり100合です!
洗うだけでもひと苦労。

なぜ15キロかというと、1回で15キロの米麹をつくることができる
自動製麹(せいぎく)機を使うことができるからなんです。
私たちが味噌づくりをしている場所は、地域で管理している味噌づくり専用の施設
(私たちは「みそ小屋」と呼んでいる)で、地元の人はその施設を利用できます。
そこに製麹機があり、この機械が温度を管理してくれるので、
安定した米麹をつくることができるんです。
このみそ小屋があるのは本当にありがたい。

加温したり冷却したり、温度管理をしてくれる自動製麹機。

加温したり冷却したり、温度管理をしてくれる自動製麹機。

米麹って価格がけっこう高いものなんです。
だから、米麹の割合が多い味噌は贅沢品です。
甘めのお味噌になります。

さて、水に浸しておいた15キロのお米ですが、味噌づくり1日目の朝、
ざるに上げて水をしっかり切っておきます。
水が切れたら、40分ほどお米を蒸します。

15キロのお米を2段の蒸し器3台で蒸します。お米に指で穴を開けて、全体に蒸気が行き渡るように。

15キロのお米を2段の蒸し器3台で蒸します。お米に指で穴を開けて、全体に蒸気が行き渡るように。

蒸した米4〜5粒を指で7〜8回ひねって餅になるくらいになったら、布の上に広げます。
しっかり広げて、何度もひっくり返して、人肌くらいに冷まします。
冷めたら、種麹となる麹菌(粉状になってます)をぱらぱらとふりかけて、
米全体になじませるように混ぜ込みます。

蒸したお米を広げて急いで温度を下げます。40度くらいに冷めたら麹菌をふりふり。

蒸したお米を広げて急いで温度を下げます。40度くらいに冷めたら麹菌をふりふり。

ここポイントですが、あっつあつの蒸したお米に種麹をまぶしたら、
“こうじくん”たちが死んでしまいます。
人肌くらいのやさしい温かさが快適で、その快適な環境を保つことで、
麹菌はどんどん増えていきます。

新幹線でビュンと移動、
城下町・信州上田で
ワーケーションする良さとは?

新幹線でビュンと移動、城下町・信州上田でワーケーションする良さとは?

コロナ禍を機に、テレワークに切り替えた企業も多かったため、
全国各地にテレワーク施設が増えた。
そのなかで、地方の観光を楽しみながら
通常通りに仕事も行う「ワーケーション」という新しいワードも登場。
今やすっかり定着、普及した。

オフタイムの過ごし方も合わせ、
地域ごとに個性を打ち出しているワーケーションだが、
テレワーカーからすると、どこに出かけて仕事をしたらいいのか
と迷うばかりである。

そんな人には東京駅から新幹線で約90分と、アクセスしやすい長野県上田市がおすすめだ。
上田の特色は企業向けワーケーションに力を入れていること。
テレワーク施設には、テレワーカーたちの力になるコンシェルジュ的存在なる
「コーディネーター」が常勤し、相談すると地元とのコネクションを考えてくれる、
力強い味方だ。

そんな上田をまずはバケーション視点での魅力から紹介しよう。

上田は戦国時代の氏族、真田家発祥の地であり、真田昌幸から続く三代の本拠地。歴史好きに人気の観光地だ。

上田は戦国時代の氏族、真田家発祥の地であり、真田昌幸から続く三代の本拠地。歴史好きに人気の観光地だ。

上田駅到着と同時に、まるで時代を飛び越えたような感覚になるのは、
NHK大河ドラマ『真田丸』でもおなじみ、真田幸村の銅像が迎えてくれるからだろうか。
ここは、真田一族ゆかりの地で、信州きっての城下町。
放映当時の2016年は、721万人も観光客が訪れたという。

上田城跡公園。戦国時代、難攻不落といわれた上田城であるが、関ヶ原の戦い後、真田昌幸、幸村父子は九度山(和歌山県)に幽閉され、上田城は徳川氏に破壊されている。その後も歴史とともに数奇な運命をたどり、櫓などが復元され、現在の上田城跡公園としての形ができあがった。

上田城跡公園。戦国時代、難攻不落といわれた上田城であるが、関ヶ原の戦い後、真田昌幸、幸村父子は九度山(和歌山県)に幽閉され、上田城は徳川氏に破壊されている。その後も歴史とともに数奇な運命をたどり、櫓などが復元され、現在の上田城跡公園としての形ができあがった。

上田城の東虎口櫓門には、「信州上田おもてなし武将隊」の真田幸村たちが旅行者をもてなしている。

上田城の東虎口櫓門には、「信州上田おもてなし武将隊」の真田幸村たちが旅行者をもてなしている。

東京駅からは新幹線で90分の距離だ。
都内に通勤している人がいてもおかしくはない。

とはいえ、せっかく古都風情を味わえるまちなのだから、
滞在しないのはもったいない。
山間の城下町で、暮らす気分でテレワーク。
これが上田ワーケーションの醍醐味だ。

旧北国街道の古き良き風情を残す、柳町のまち並み。映画のロケ地にもなっている。パンの〈ルヴァン〉や日本酒〈亀齢〉の〈岡崎酒造〉、ワイナリーの〈はすみふぁーむ〉直営カフェもあり、周辺には、フレンチ、イタリアンなどの個人店が点在し、ランチめぐりも楽しい。

旧北国街道の古き良き風情を残す、柳町のまち並み。映画のロケ地にもなっている。パンの〈ルヴァン〉や日本酒〈亀齢〉の〈岡崎酒造〉、ワイナリーの〈はすみふぁーむ〉直営カフェもあり、周辺には、フレンチ、イタリアンなどの個人店が点在し、ランチめぐりも楽しい。

しかも、上田市内には、「美人の湯」で知られる信州最古の温泉、別所温泉もある。
風情のある温泉街と地域のソウルフードが好きな人にはたまらないワーケーション先だろう。

上田から上田電鉄別所線で別所温泉まで約30分。

上田から上田電鉄別所線に乗って別所温泉までは約30分。

ミントグリーンのレトロな駅舎は撮影地としても人気。

ミントグリーンのレトロな駅舎は撮影地としても人気。

平安時代から続くといわれる、いで湯の里・別所温泉にもコワーキング施設が点在する。ランチの後に、さっと無料の足湯〈ななくり〉でリフレッシュできるのも温泉地でのワーケーションならでは。もちろんリモートワーク後に、共同浴場の湯めぐりで疲れを癒すことも可能。

平安時代から続くといわれる、いで湯の里・別所温泉にもコワーキング施設が点在する。ランチの後に、さっと無料の足湯〈ななくり〉でリフレッシュできるのも温泉地でのワーケーションならでは。もちろんリモートワーク後に、共同浴場の湯めぐりで疲れを癒すことも可能。

もう少し足を延ばすと、鹿が教えた湯といわれる
「鹿教湯(かけゆ)温泉」も上田にはある。

下田に移住したカメラマンが撮り続けた
海人の姿。
写真展『海と、人と』開催

海人さんから学んだ、生き方と食の原点

かつて九州の天草諸島で撮影して以来、
海人さんの存在に強く惹かれていた津留崎徹花さん。
下田に移住してからも、積極的に海人さんを撮影し続け、
とうとう東京で写真展を開催することになりました。
徹花さんが感じた、
自然と寄り添う海人さんの生き方や考え方、
そして食の原点を、
写真を通して改めて考える機会になりそうです。

特別な道具がなくても麹はできる?
赤ちゃんを育てるように
麹を育てた冬の味噌づくり

東京から移住して、保存食づくりが日課に

移住して暮らしに変化があったことのひとつが、保存食をつくるようになったこと。
東京で出版社に勤務していた頃は、毎日のように終電で帰り、
土日も取材で出かけることが多く、料理に時間をかけることはほとんどなかったし、
つくることにそれほど興味を持っていなかった。
けれど北海道で暮らしていると保存食を上手につくっている人が、
周りにたくさんいることを知った。

またホームセンターでは、季節になると保存食づくりの材料が豊富に売られていて、
自分でもやってみたいと思うようになった。

毎年の恒例行事となっているのが梅干しづくり。

毎年の恒例行事となっているのが梅干しづくり。

梅干し、ジャム、トマトピューレ、乾燥野菜など、
時期に合わせていろいろつくっていて、今年は久々に味噌に挑戦することにした。
初めて味噌をつくったのは2015年。
教えてくれたのは、有機栽培の野菜や無添加食品を扱う八百屋さんを通じて知り合った、
おがわまさえさん。

おがわさんの家では祖母、母、おがわさんと3代にわたって味噌をつくっているという。

2015年、初めての味噌づくり。

2015年、初めての味噌づくり。

2年ほど一緒につくらせてもらっていたのだが、
その後は仕事も忙しかったこともあって時期を逃してしまっていた。
重い腰が上がらなかった理由は、味噌づくりは量によっては半日以上かかるし、
ひとりで黙々とやるのはしんどいから。
そんななか、今年は近所の友人が一緒につくろうと声をかけてくれた。

友人とは、この連載でその活動を紹介したこともある笠原麻実さん
私の住む美流渡(みると)から車で10分ほど山あいに行った万字地区で、
〈麻の実堂〉という名でハーブブレンドティーの販売と
タイ古式マッサージのサロンを営んでいる。

笠原麻実さん。オーガニックハーブを使ったワークショップも地域で開催している。写真はリップバームづくりの様子。

笠原麻実さん。オーガニックハーブを使ったワークショップも地域で開催している。写真はリップバームづくりの様子。

「路子さん、麹から一緒につくりませんか? 楽しいですよ!」

そう麻実さんは提案してくれた。味噌の材料は大豆と塩、そして麹。
私はこれまで麹は麹屋さんで買っていた。
なんとなく自分でつくるのは大変そうというイメージがあったのだが、
麻実さんによると特別な道具がなくても大丈夫なのだという。
ということで、2月初旬、まずは麹づくりからやってみることとなった。

〈モノサス〉副社長・永井智子さん
「どこでも仕事はできる」
周防大島町に
サテライトオフィスをつくる

リモートワークやテレワークという言葉は今や日常的に使われるようになった。
実際に、ネットワーク環境さえ整っていれば働けるという職種も少なくない。

東京・代々木に本社を構える〈株式会社モノサス〉は、
Web制作事業を主にマーケティングやプランニング、
デザイン、コーディング、運用などを行うIT企業である。
2017年、取締役副社長の永井智子さんが東京から山口県の周防大島町に移住し、
徳島県の神山町に続くふたつめのサテライトオフィスを開設した。

永井さんは島ではどのような働き方、暮らし方をしているのだろう。

周防大島町の母の生家をオフィスに

周防大島町は青い海に囲まれ、平均気温15℃ほどという年間を通して温暖な気候だ。
モノサスのサテライトオフィスがある地家室(じかむろ)は
周防大島町の中心部から離れた南の沿岸部に位置する。

山口県のガードレールは夏みかん色。その奥に見える集落が地家室と呼ばれる地区だ。

山口県のガードレールは夏みかん色。その奥に見える集落が地家室と呼ばれる地区だ。

オフィス周辺に到着すると永井さんが出迎えてくれた。

「目印になるものはコカ・コーラの自販機です」

この地区唯一の自販機を曲がった突き当たりの木造の建物が
モノサスのサテライトオフィスだ。

この辺りは海に近く、塩害から家を守るために焼杉を使った民家が多いという。

この辺りは海に近く、塩害から家を守るために焼杉を使った民家が多いという。

オフィスに改装した古民家はもともと永井さんの母親の生家だった。
東京と変わらない快適なネット環境を整えたオフィスで、
現在4名の仲間と日々仕事に励む。

「主にホームページを制作する会社で、
私はWebディレクターとして各スタッフにデザインやコーディングの指示、
プロジェクトの進行状況を管理しています。
クライアントによっては週1で打ち合わせをしたり、
メンテナンスやサポートの仕事を行ったりします」

企業のコーポレートサイトなどの制作に関わる業務内容は
東京にいた頃とさほど変わっていないという。
変わったことといえば、打ち合わせの方法。
以前は月に2、3回ほど打ち合わせのために上京していたが、
コロナ禍で東京に行くことは大幅に減った。

「移住して3年くらいは、
東京に行って打ち合わせしないと仕事になりませんでした。
でも最近ではお客さまからリモート会議でお願いしますといわれることも増えて、
環境のほうが変わりましたね」

地方で仕事をする距離的なデメリットが減り、偶然にも時代の流れにマッチした。

近所を一望できる高台へ。仕事の気分転換のためによく散歩するという。

近所を一望できる高台へ。仕事の気分転換のためによく散歩するという。

永井さんは都会から島へ生活環境を変えて、すんなり地域に溶け込めたのだろうか。

「地域に溶け込むのにハードルは感じませんでした。
閉校した近くの地蔵小学校で祖父母が先生をしていたので、
『先生にお世話になったから』といって近所の方によくしてもらうこともありました。
もう50〜60年も前の話なのにね」

学校の夏休みに遊びに来ていた記憶から、地域での暮らしをある程度は予想できたという。

「インターネット通販で注文すれば、翌々日には届きます。
車の運転は、20年以上ペーパードライバーだったんですけど、
さすがに車を買って練習しました。
最初の1、2年は大変でしたが、Wi-Fi環境はむしろ東京よりもいいし、
不自由を感じることはありませんね」

東京ではほぼ外食だったが、移住してからは自炊が増えたという。
自分たちの畑で育てた野菜や魚屋さんで手に入る新鮮な魚が永井家の食卓を彩る。

オフィスの裏手にある畑で季節に合わせた野菜をつくっている。夫婦ふたりで食べる野菜は8割がた賄えるそう。

オフィスの裏手にある畑で季節に合わせた野菜をつくっている。夫婦ふたりで食べる野菜は8割がた賄えるそう。

「スーパーで食材を買ったり、親戚がお米をつくっているので送ってもらったり。
といっても、ピザもパスタもインスタントラーメンも食べるし、
田舎ならではのメニューばかりでもないですよ」

移住後すぐは新しい拠点整備に大わらわだったそうだが、
今では生活にも慣れ地域に馴染んでいる。