連載
posted:2021.3.17 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
2016年、岩見沢市の山あいに8ヘクタールの山を買ったことがきっかけで、
私の出版活動は始まった。
購入の動機は、エコビレッジをつくりたいという構想をかたちにするためだった。
いまのところ、この土地でのエコビレッジづくりはまだまだ先の話だけれど、
山を買ったことに興味を示してくれる人が多く、
2017年春に、購入の経緯をイラストエッセイとしてまとめた
『山を買う』という小さな本をつくった。
本といっても大手ネットショップでの販売もしていないし、
ほぼ書店営業もしていない状況ながら、予想を超える反響があり、
現在までに800部ほどが売れた。
この出来事は、時間をかければ、小さな出版活動も
やがては経済が回るようになるのではないかという可能性を感じさせる出来事だった。
今回は、出版活動の実情を振り返りつつ、未来の可能性について考えてみたい。
これまで商業出版に携わっていたこともあって、本の流通や印刷費のことを考えると、
自費で出すということに魅力を感じられずにいたが、
『山を買う』の刊行で新しい世界が開けたように思った。
その世界とは、顔の見える関係性だ。
本をいつもレジの横に置いてくれた書店さん、
講演会を企画してくれた図書館のみなさん、
たびたび記事にしてくれた新聞記者さん。
地元のみなさんが本の販売をサポートしてくれ、
「本読んだよ!」と声をかけてくれたことが、次なる行動の原動力となった。
これまで何百冊と本をつくってきたけれど、
読者の姿はSNSの投稿で知る程度だったこともあり、
身近な地域の人たちが本を読んでくれたことに、本当に勇気づけられた。
2018年夏に、切り絵の絵本『ふきのとう』刊行を機に、
この出版活動の名前を〈森の出版社ミチクル〉として、
さらなる本づくりをやっていこうと考えた。
翌年には、北海道の道南せたな町で、
オーガニックな農法で作物や家畜を育てる〈やまの会〉に取材した本
『やまの会と語った死ぬと生きる』を刊行。
2020年には、山主や林業関係者などに取材した内容をもとに
『山を買う』の続編をつくった。
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森の出版社ミチクルで扱っている本は現在4冊。
内容や想いについては、いままでの連載で語ってきたので、
ここでかかった経費について比べてみると、
『山を買う』が1冊だいたい150円で、
『やまの会と語った死ぬと生きる』が1冊500円くらい。
これらは主に印刷費や取材の交通費などで、
一般的にはここに原稿料や編集料、デザイン料などがプラスされるけれど、
全部自分でやっているので今回はカウントしていない。
『山を買う』は定価500円で、これまで約800部販売したので40万円ほどの売り上げ。
ここから経費や販売店の取り分などを引いてみると、
ざっと25万円くらいの利益が出ている計算になる。
対して『やまの会と語った死ぬと生きる』は定価1540円で、
これまで約400部販売してはいるが、ほかの本よりもページ数が多く、
経費が50万ほどかかっているので、まだ利益が出ていない状態となっている。
差し引きを考えてみると、もし会社だったらはっきり言って成り立っていないと思う。
私の主な経済活動は、フリーランスの編集者。
森の出版社ミチクルは出版社と名乗っているが法人格ではないので、
いまのところ気軽にできている状態と言える。
ただ、ゆくゆくはこの出版活動を主軸に動いていきたいという希望も持っている。
そのために一番必要なことは、地道に本のラインナップを増やしていくことだと思う。
それを痛感したのは『続・山を買う』を刊行したことだ。
近年、山を書いたいという人が増えていて、
買い方のアドバイスが欲しいという問い合わせも多く、それなら1冊目よりも、
もっと役立つ情報を入れたものをつくったらいいんじゃないかと考え制作した。
この本をSNSで告知したところ、1か月で50冊以上が売れた。
道内のテレビやラジオ、新聞などで紹介してくれたおかげもあって、
いまでもコンスタントに週に数冊の注文がきているのがとてもありがたい。
そして驚いたことに、注文の8割は1冊目の『山を買う』も
一緒に買ってくれるのだった。ラインナップが増えていくことで、
つながりのある本が売れていくことが実感できた。
注文を受けて『山を買う』を郵送するときに、「本は古くならないな」といつも思う。
4年前につくったものでも、その内容は色褪せていない。
瞬間的にたくさん売れるものではないけれど、
10年経ってもきっと新鮮な気持ちで受け入れてくれる読者がいるはずなので、
販売する本が増えていけば、長い目で見れば
出版活動はきっと軌道にのっていくのではないだろうか。
そういえば、私が東京時代に勤めていた美術の専門出版社も、
先人たちがつくった何十年も前の定番美術本の販売が、
経営の下支えになっていたことを思い出す。
着実に本のラインナップを増やしていくためには、
本をじっくりつくる時間が必要になる。
そのために私が考えたのは、本の営業活動に時間を費やさないことだ。
書店に出向いて営業を積み重ねれば、本の販売機会は増えるかもしれないし、
ネットショップを立ち上げるのもいいかもしれない。
ただ、私は猛烈にこうした事務作業が苦手で、ものすごく時間がかかってしまうので、
この部分はキッパリと諦めて(本当は諦めないほうがいいと思うけど)、
得意な本づくりのほうに時間を使いたいと思っている。
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ネットショップを整備しないことは、思わぬ喜びを私にもたらしてくれている。
本を置いてくれていた書店さんが閉店となってしまい、
いまはFacebookやメールなどで注文を受けているのだが、
みなさんとても温かな言葉を寄せてくれる。
「祖父が所有していた山林があるので活用の参考にしてみたい」とか
「友人と山を買おうと計画中です」とか、本を買いたいと思った理由を教えてくれる。
また代金は本を送付してからの後払いにしているのだが、
「昨日振り込みました!」と報告までしてくれる人もいる。
ネットショップのシステムに乗らないことで、人と人とのつながりが生まれていって、
それが私の本づくりの大切な糧となっているのだ。
どんな人がどんな気持ちで読んでくれているのかを知ることは、何より大切だと思う。
そして、今年から新しい出版活動が始まろうとしている。
最近、私の小さな出版社から本を出してほしいという依頼が舞い込むようになった。
最初はこの依頼に戸惑った。
いままでは自分の関心事を自分で書いてきただけなので、
この出版社から、それ以外にどんな本を出したいかという明確なビジョンがなかったし、
本の企画に対して、自分が出すか出さないかの判断を下すというのが、
おこがましいことのように感じられたからだ。
しかも、出版流通に必要なISBNコードも取っていないし、
ネットショップもやっていないしで、依頼側にも
メリットになるようなことがないように思えた。
依頼してくれるのは主に友人たちなのだが、話を聞いているうちに、
本の出版は専門的で、つくり方がわからないのだということが理解できた。
それならば、もっと気軽に本を出せる環境をつくり出せたらいいんじゃないか。
いままで出版に携わっていない新しい感覚を取り入れることが、
本づくりの可能性を広げるんじゃないかと考えるようになっていった。
そこで友人らにも出資してもらって、お互いにあまり負担がかからないような
“ゆるやかな共同出版”のかたちを、いま模索しているところだ。
私としても、本のラインナップが増えることで、
新しいつながりが生まれ、ミチクルの本を知ってもらう機会となったら、
それはとてもありがたいことだと思っている。
小さな出版活動4年目の春。1年に3冊くらいは出していくことを小さい目標に。
そしてやがては、ローカルな出版活動で
経済がしっかり回るようになっていくようにとイメージしながら、
この活動を続けていきたい。
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