連載
posted:2021.4.7 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
〈森の出版社ミチクル〉という名前で小さな出版活動を始めて4年。
そのなかで、いつも頭を悩ませていることがある。
それは“印刷”についてだ。
自分の本は絵も文字も手書きで、デザインも含めて全部手で行っているのだが、
印刷という段階になると、どうしてもほかの会社に委ねることになってしまう。
ネット印刷などを利用する場合は、入金してデータをアップロードしてと、
フォーマット化された作業の流れに自分の本を載せるのだが、
これがどうにも馴染めない。
しかも、印刷にはコストが結構かかり、気軽に誰もが本をつくることが難しい、
その要因になっているのではないかと感じている。
自分の手で印刷までできる方法はないだろうか?
最近、真剣に考えていたなかで、友人から
オンラインワークショップに参加してはどうかという誘いがあった。
講座は「Virtual Risograph Basics」。
ポートランド州立大学の教授でイラストレーターの
ケイト・ビンガマン・バートさんによる
〈リソグラフ〉という印刷機を使った作品づくり体験だ。
私に声をかけてくれたのは、ポートランド在住の山中緑さん。
札幌からの移住を「冒険の旅」として、
美流渡(みると)でお話会をしてくれたことがあり、
このワークショップ開催のためにつくられた団体
〈いろいろイロラボ〉の推進役のひとりでもある。
リソグラフとは〈理想科学工業〉の製品で、
チラシや教材の印刷で広く使われている印刷機。
コピー機と同じように見えるが仕組みが異なり、コピー機よりも省エネルギーで、
高速で印刷できるため、1枚ごとの単価が安いのが特徴。
こんなふうに説明するとオフィス機器としての印象が強くなるが、
この印刷機独特の風合いに注目して、
クリエイターらが作品づくりに生かすケースも多く、世界中にファンがいる。
オンラインワークショップが開催されたのは3月28日。
日本とアメリカから63名の参加があった。
司会と進行役を務めたのは、いろいろイロラボの代表・井出麻衣さん。
井出さんは日本でテキスタイルデザイナーとして活動後、
ポートランドに活動の拠点を移し、現在州立大学でアートを専攻している。
大学で学ぶなかでケイトさんと出会い、
彼女の主宰するアートスタジオ〈アウトレットPDX〉をたびたび訪ねて、
リソグラフによる作品づくりを体験してきた。
このすばらしいワークショップを日本の皆さんにも伝えたいという思いから、
日本語による「Virtual Risograph Basics」を今回企画したという。
ワークショップの始まりは、ケイトさんのこれまでの活動紹介から。
ケイトさんはイラストレーターとして、世界中のクライアントと仕事をしてきた。
2006年から1日も休まずに、目に止まった日用品などを
ペンで描くことを続けているという。
「これがすべてのインスピレーションの源です。
ここからリソグラフでZINEをつくったり、陶器のデザインをすることもあります」
こうした制作とともに大切にしているのが、人にものづくりの楽しさを伝える活動。
「私はできるだけ人と出会いたいと思ってワークショップを行ってきました。
旅行を兼ねてスタジオを訪ねてくれる人もいて、とてもうれしかったですね」
対面でのワークショップがスタートしたのは2017年。
これまで1000名以上が参加したという。
リソグラフの魅力を直接伝えることを重視していたため
オンラインでの開催はしてこなかったが、
2020年3月からコロナ禍となり、方向転換を余儀なくされた。
「実際に始めてみると、世界中のリソグラフ・ファンとつながることができて、
とても興奮しました」
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次にケイトさんがスタジオの中を案内してくれた。
壁には、このスタジオに関わった人たちが制作したリソグラフ作品が並べられ
ギャラリーのようになっていて、一角にはZINEの販売コーナーも設けられていた。
案内のなかでとても印象的だったのは、印刷機のひとつひとつに名前をつけていたこと。
「こちらが“ジャネット”で、中にはドラムが入っています」
そんなふうにケイトさんは、まるで人に接するようにやさしく機械を扱っていた。
以前に活躍していた印刷機の名前は“バーバラ”。
この印刷機の脇にはこんな言葉が添えられていたという。
「MIS-REGISTRATION IS BEAUTIFUL & COOL BARBARA」
ミスレジストレーションとは「版ズレ」という意味。
リソグラフはコピー機と違って、使いたい色数ごとに版を分けて印刷するため、
色と色との境目がズレてしまうことがある。
ケイトさんによると、バーバラは型番の古いリソグラフで
絶妙な版ズレが起こっていたことから
「版ズレは美しくてかっこいい」という言葉を掲げたそうだ。
ほかにも多少の刷りムラやローラーの汚れが付着することもあるが、
それこそがリソグラフの個性と語っていた。
「実験できるところが、とても楽しいんです」
このあと、リソグラフに向いている原稿のつくりかたや
入稿方法などの具体的な説明があり、参加者たちは手を動かした。
まずは、さまざまな画材を使ったタッチが
どのように印刷で出るのかを試すためのシートを描き、
その後にA4サイズほどの紙に2色で印刷するための原稿を描いていった。
このワークショップでは、リソグラフで印刷を行っている
大阪の会社〈レトロ印刷JAM〉の担当者も参加しており、
後日、日本からの参加者はこの会社に原稿を送って
印刷してもらうプログラムとなっていた。
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ケイトさんは、目を輝かせながらリソグラフのおもしろさと
モノづくりの喜びを語ってくれていて、
萎縮せずに伸び伸びと作品をつくってみたくなるワークショップだった。
参加者の質問コーナーでは、リソグラフに出会ったきっかけを尋ねられ、
こんなふうに答えていた。
「最初に出会ったのは〈プリントゴッコ〉。この印刷機の大ファンだったんです。
同じくファンだったジェイソンという友人が、あるときガレージセールで
リソグラフを手に入れたことが始まりでした」
私たちの世代からすると、年賀状印刷で活躍した懐かしいプリントゴッコ。
家庭用のコンパクトな孔版印刷機でヒット商品となったが、
インクジェットプリンターの普及によって需要は減っていき、
2008年に販売が終了されている。
プリントゴッコも理想科学工業の商品。
ガレージセールで手に入れた機械は、
どのように使うのかまったくわからなかったそうだが、
「RISO」というロゴマークがついていたために、
きっとプリントゴッコに関連する何かに違いないと思ったという。
「ジェイソンと一緒にどういうふうにこの印刷機とつき合っていくのか、
手探りで発見していったことで、いまの私たちがあるのです」
ワークショップは2時間30分と長いものだったが、まったく飽きることがなかった。
印刷機というものが、ケイトさんのクリエイティビティを刺激し、
それによって人々とのつながりが生まれ、
人生に欠かせないパートナーとなっていることがすばらしいと感じた。
印刷物ができあがっていく過程すべてを楽しみつくし、
つねに発見をしていくことができたら、本づくりの視点も
もっと変えられるのかもしれないという希望につながった。
現在はコロナ禍で、このスタジオを訪れる人は少ないが、
リソグラフで作品づくりをする人々が集う場にもなっていたことにも興味を持った。
そして、今回わかったことは、ケイトさんのスタジオのように
印刷を通じて地域とつながる試みは、日本でも行われているということだった。
先に紹介したレトロ印刷JAMでは、リソグラフワークショップのほか、
シルクスクリーンの印刷やグッズ制作ができるワークスペースや
ギャラリーなどが併設されているという。
もう1社、東京の西小山にある〈Hand Saw Press〉という、
リソグラフと木工工具があるスタジオのスタッフもこのワークショップに参加しており、
ここでもオープンスタジオの時間があり、
訪れた人が印刷機を使える機会を設けているという。
ならば美流渡で、私の出版活動の印刷を独自に行い、
さらに印刷スタジオもつくって、新しい人のつながりが生まれたら楽しそう。
みんなで本づくりの可能性を広げられたり、
雇用が生み出されたりなんてことにもなったりして!
リソグラフ買っちゃおうかな……(いや、うちの山より高いかも)、
そんな気持ちになってしまうような楽しいひとときだった。
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