連載
posted:2018.12.5 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
長年編集者をやっていると、この人と本をつくりたいと血が騒ぐことがある。
今夏ポートランドへ旅立った山中緑さんは、そんな編集者魂をくすぐる人物だ。
緑さんと出会ったのは昨年のこと。
そのとき仕事の関係で、たった15分ほど話をしただけだった。
その後、会う機会はなかったのだが、
あるとき冒険の旅に出るというFacebookの投稿を見て、わたしは心底驚いた。
「アメリカに14年暮らし、日本に戻って札幌をベースにしてちょうど5年。
いろんなことがありましたが、この夏、私は娘とふたり、
札幌を引き払ってベースをアメリカに移します!
行き先はオレゴン州ポートランド!!!
知り合いも、友人もいない、去年5日間だけ訪ねた場所です♪
お友だち、紹介してください♡」
緑さんの仕事はデザインやブランディング。
フリーランスで活動しているため、渡米しても継続中のプロジェクトは行うそうだが、
ポートランドに仕事が待っているわけでもなかった。
しかも、住居も決めず、とりあえず2週間民泊を予約しただけだった。
「固定観念に縛られず、住居のことも、仕事のことも、学校のことも、
あまり気負わずに楽しむことを重視して、
クリエイティブに挑戦していこうと思っています(祈っていてください!!!)。
この先は、娘とふたりで“旅”と“人との出会い”と“本”と
“テクノロジー(インターネット)”で学んでいくつもりです」
8月24日に旅立って以来、日々の暮らしを綴ったFacebookを欠かさず読んだ。
住まいがなかなか見つからずに悪戦苦闘したり、
娘さんは学校へ通うようになったけれども一部の授業はボイコットしたり。
難しい状況があっても、そこから気づきを見出し前へと進む緑さんの冒険に、
わたしはどんどん引き込まれ、ときおり彼女とコンタクトを取るようになった。
10月に入り、緑さんが感謝祭の連休を利用して一時帰国をし、
時間が合えばどこかでポートランド暮らしの報告会をしてみたい
というメールをもらった。
すかさず、それなら地元の美流渡(みると)でやってほしいと提案をしたところ、
トントン拍子に話が進み、11月17日の開催が決まった。
わたしはポートランドに行ったことはないのだが、
この地域のローカリティーを生かした魅力的な取り組みに興味を持っており、
その動きは、岩見沢の山あいに移住してくる人々の精神との
共通項があるような気がしていた。
何より緑さん自身が、実際にポートランドで暮らした生の声を聞いてみたいと、
お話会の開催を心待ちにした。
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当日、札幌や深川など道内各地から20名以上の人が集まった。
緑さんがまず話したのは、なぜ自分が冒険の旅に出たのか、そのいきさつからだった。
札幌に戻り、4年前に離婚した緑さんは、娘さんとふたり暮らし。
5歳までアメリカで過ごした娘さんは、日本で幼稚園に通い、その後小学校に入学。
しかし2日目にして「学校をやめます」と言い不登校となった。
学校に通っていれば現在は小学5年生。
最近の娘さんの様子から、いまこそ自ら学びたいという意識が
芽生えているように緑さんは感じたという。
「でも日本の小学校には行きたくないと言っているし、
アメリカで学んだほうがいいのかもしれないと考えるようになりました」
そんななかで、札幌でカフェを営む友人夫婦がポートランドを訪ねたという話を聞いた。
そして「行かないほうがいいよ、住みたくなっちゃうから」と言われたそうだ。
住みたくなっちゃうまちという言葉に引かれ、
昨年、ふたりの誕生日だった11月にポートランドを旅行した。
緑さんはそのときに目にしたものについて、生き生きとした表情で語ってくれた。
例えば、ポートランドにはカフェが多く、洗練されているけれど、
どことなく田舎臭さがあって、そのゆるさが居心地よく感じられたこと。
そして、ユーモアを感じさせたり、使う人の心をくすぐる雑貨を
そこかしこで見かけたこと。
「ふとしたところにうれしくなっちゃうことがいっぱいありました」
また印象的だったのは、タクシーのようにウェブから配車を予約できる
〈ウーバー〉を利用したときにドライバーらが語った言葉だった。
「他人を尊重して初めて自分も尊重してもらえる」
「自分たちが政府なのだ」
たまたま乗った車中で、人生哲学を語るドライバーや、
自分たちでポートランドをつくりあげているという意識を持ったドライバーに出会って、
このまちの人々の考え方に感銘を受けたという。
お話会ではポートランドの歴史についても触れられた。
早い時期から持続可能な社会を目指す取り組みが始まったそうで、
1967年に就任したトム・マッコール州知事は、
自然環境を守り共生するまちづくりを進めた。
また、全米で高速道路建設が最盛期を迎えた時代に、
住民の運動により高速道路を撤去して公園をつくるなど、
独自の道を歩むようになっていった。
さらに温室効果ガスの排出を先進国で削減しようと議決された
京都議定書(1997年)の3年前に、いち早く温暖化政策を打ち出しており、
全米で唯一、人口と経済を伸ばしつつ、
都市圏の二酸化炭素の排出量を削減し続けている都市なのだという。
この旅行をきっかけに、ふたりはポートランドへの引っ越しを決意。
約10か月後の片道航空券を購入し、その日までにいかに準備をしていくのか、
冒険の旅が、ここから始まったのだという。
「娘がアメリカだったら学校に行きたいといいました。
私自身も日本にいるよりラクなことに気づきました。
日本だと、子どもをちゃんとさせなくちゃという
プレッシャーを感じていたことに気づいたんです」
緑さんの行動力には圧倒されるものがある。
アメリカで暮らした経験はあるものの、たった5日間訪ねただけの
身寄りのいない地域に引っ越すという決断はどうやったらできるのだろう?
決断の背景には、ふつうはマイナスと捉える面を
自分の強みと意識を転換できたことが大きかった。
「シングルマザーだからこそ、娘と自分が決断すれば身軽に動ける。
フリーランスだからこそ、いつでも新しい場所で仕事が始められる。
裕福でないからこそ、お金がそんなになくても暮らすことに慣れている」
娘さんが不登校だったこともあり、札幌では会社勤めではなく
時間に融通がきくフリーランスの道を選んだ。
デザインの仕事は1日わずかしかできなかったというが、
そうしたなかで暮らしをつないでいくサバイバル力を
緑さんは次第に身につけていったようだ。
札幌の住まいを引き払い、荷物をスーツケース4つに収めて、
いよいよポートランドでの生活が始まった。
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緑さんは新生活を始めるなかで、次々にポートランドの魅力を発見していった。
ポートランドはグリーンシティと呼ばれており、
木々を大切にし自然を保全する活動が盛んで、
農作物の地産地消にも住民たちが積極的に取り組んでいること。
まちの人々はみなフレンドリー。
誰ともすぐに打ち解けて友だちづきあいが始まること。
得意な人もそうでない人も、気軽にいつでもDIYができる環境があること。
NPOの活動に多様性があり、使命感を超えてみんなが楽しみながら関わっていること。
そして、ポートランドの特徴を表すものとして、よく活用されている言葉に
「KEEP PORTLAND WEIRD」があること。
緑さんはたくさんの写真を使いながら、
ポートランドの人々の活動を細やかに解説してくれた。
ここでそのすべてを紹介することはできないが、なかでもわたしが注目したのは、
ポートランドの空気の中で緑さんの心が次第に自由になっていった点だ。
ある日、緑さんが訪ねたのは〈DIY BAR〉。
この場所は、お酒を呑んだり、軽食を食べたりしながらものづくりができるそうで、
娘さんと一緒に革小物の制作をしたという。
「日本と違うところはDIYの敷居が低いことでした。
ものづくりには生みの苦しみがあると思っていたんですが、
食べたり呑んだりしてもいいし、あまりにも適当(笑)。
肩の力を抜いてもいいんだと気づきました」
またNPOが運営する〈Scrap PDX〉は
すべての仕入れが寄付でまかなわれているショップ。
売れ残りの商品や個人からの寄付で、とにかくありとあらゆるものが集められ
陳列されており、リーズナブルな価格で提供されている。
これらの素材は、年間を通じて開催されるクラフトワークショップで活用されるほか、
作品づくりなどの素材として購入する利用者も多いという。
「ガラクタのようですが、娘は“宝の山”だと歓声をあげて、夢中で店内を見ていました。
確かにこの場所には、子ども時代の何か、あの楽しかった頃を思い出させるような
ワクワクするものがありました。そして、とにかく何かをしたくなる」
クリエイティブな心をくすぐられる感覚は、緑さんが5つ目にあげたキーワード
「KEEP PORTLAND WEIRD」の精神にもつながっていくものだ。
WEIRDとはヘンテコという意味。
「ポートランドはヘンテコなままで」というこの言葉が、
まちのあちこちに掲げられているという。
緑さんがまちで撮ったスナップ写真にも、
ヘンテコさを楽しむ住民の笑顔がたくさんおさめられていた。
「この言葉は、ほかの人がどう思おうとも、
自分の好きなことをやろうという精神につながっています。
つきつめてやっていくと新しい世界が生まれていき、起業家や小さなビジネスとなる。
やればできるというメンタリティが育っていくのだと思いました。
ポートランドで私が気づいたのは、つい正しいことをしようとか、
正しい答えを出さなくちゃいけないと、自分が無意識に考えていたことです。
そもそもポートランドには正しいという基準がない。
自分で答えはつくっていくものだと思いました」
緑さんは、自分につくっていた壁をどんどん壊し、
ひとつ超えるたびに楽しさや幸せを見出していく。
話を聞いていると、同年代のわたしにも、
新しい挑戦ができるんじゃないかという期待がふくらんでワクワクとしてくる。
そうか、本をつくりたいと思ったのは、まるで緑さんと一緒に
冒険をするような感覚を味わって自分も殻を破りたい、
そんな気持ちがあったからだということに気がついた。
次回の帰国のときにも、ぜひ美流渡に来て、さらなる発見を話してほしい。
1年後、2年後の緑さんは、果たしてどこまで飛躍しているのか、
楽しみに待っていたい。
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