連載
posted:2018.11.21 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
今年の夏に岩見沢の山あいにある美流渡(みると)地区で
〈森の出版社 ミチクル〉を立ち上げた。
スタートを切ったあと、まわりのみなさんから
「実は、自分もいつか本をつくってみたいんだよね」という話を聞く機会が増えた。
自分が大切に思っていることを本としてまとめたい。
そんな真剣な想いが伝わってくると同時に、
「いまは時間がないから、いつかはね……」と語る人も多かった。
そんなやりとりをしているうちに、ふと思った。
「いつかじゃなくて、いま本をつくってみたらどうなるんだろう?」
そして、せっかく本をつくりたいと言ってくれる人がいるなら、
ワークショップを開いてみようと考えたのだ。
本づくりのワークショップは11月4日と10日の2日間開催した。
場所を提供してくれたのは、ご近所に住む中川文江さん。
森のパン屋〈ミルトコッペ〉の女将で、
〈森の山荘〉というログハウスのオーナーでもある。
このログハウスの1階に、つい最近〈美流渡の森の小さな図書館〉
と名づけたスペースを中川さんはつくったばかり。
本がたくさん並べられ、ゆったりとくつろげるスペースとなっており、
本づくりのワークショップにはピッタリの場所だった。
1日目に集まった参加者は7名。
岩見沢に住む人だけでなく、車で30分ほど離れた長沼からやってきてくれた人もいた。
まずはじめに、本づくりは意外と簡単で、
いますぐ始められるという話をさせてもらった。
例として出したのは、自分のプロフィールをまとめた小さな冊子だ。
A4サイズの用紙の表裏に文字と絵をプリントアウト。
それを4つ折りにして、ノド部分をホッチキスで留めて仕上げている。
カッターで周囲をカットすると見栄えもよくなり、
家庭用プリンターでも本らしい仕上がりになるところがポイントだ。
また、子どもが生まれた出産記念としてつくったジャバラ折りの小さな本も紹介した。
こんなふうに、出版社から本を出すだけでなく、日常的に気軽な気持ちで
本づくりを始めていってもいいんじゃないかと提案した。
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その後、参加者それぞれと、どんな本をつくりたいのか具体的な相談をした。
岩見沢市内からやってきた北井元気さんは、
自分の撮りためた写真をまとめてみたいと考えていた。
これまで撮影した写真をSNSで公開していたが、本にするためには、
どんな順番でどのように配置していったらいいのか迷いがあったという。
また、わたしの友人でハーブティーのブレンドを行う
〈白銀荘〉という活動を長沼で行っている柴田翔太さんは、
植物のさまざまな側面を紹介したいと、いくつかのプランを考えていた。
参加者のほとんどが、こんな本をつくりたいというハッキリとした希望があり、
すでに自分でホッチキス留めをしてつくった本を持ち込んでくれた人もいた。
興味深かったのは、みんなそれぞれ本のつくり方が違っていたことだ。
植物に対して深くマニアックな知識を持っている柴田さんは、
考えがあふれ、つくるにまかせて、紙をどんどんつなげて絵巻物のようにしていった。
また、ある参加者は自分がこれから始めようとしている仕事について、
8ページの手書きの解説ブックをつくっていたり、
高校の講師をしているという参加者は
生徒に配るテキストをパソコンに向かって打ち込んでいたり。
その様子を見てわたしは発見したことがあった。
商業的な出版では、本の中身は著者がつくるが、
デザインや印刷はプロにゆだねる場合が多い。
しかし、つくるプロセスや本の形状をひとりの人間が考えることで、
その人の個性がよりにじみ出てくると感じられたのだった。
最後に参加者それぞれに自分がつくろうとしている本について説明してもらい、
1日目のワークショップは終了した。
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6日後に2日目のワークショップを行った。
自分の写真集をつくりたいと語ってくれた北井さんは、
すでにサンプルをつくって持ってきてくれた。
タイトルは『ENOURA』。
前回、私は写真の並べ方として、自分が一番いいと思う並べ方と、
そうでない並べ方を試してみることを提案した。
何かテーマを設定してもよいが、まず比較をしてみることで、
写真は並べ方でずいぶん違って見えるということが
実感できるのではないかと思ったからだ。
北井さんがつくってきたのは、自分が一番いいと思う並べ方。
実際に本にしてみて、これがとても気に入ったそうで、
カッコいいと思えない並べ方には挑戦しなかったそうだが、
本づくりがおもしろくなって、以前に舞台を撮った写真も本にまとめてみたという。
できあがった北井さんの表情は本当に満足そう。
私も本ができると何度もめくってニヤニヤしてしまうのだが、
そんな楽しみを参加者と共有できたことがうれしくなった。
そして、もうひとつ、参加者に教えてもらったことがあった。
1日目のワークショップに参加してくれたある女性は、
お母さんが亡くなったばかりという。
わたしが森の出版社で刊行した『ふきのとう』の絵本を、
生前にお母さんと見てくれていたそうで、
こんな本がつくりたいねとふたりで話していたという。
そのときお母さんは末期がんで闘病中。
以前から詩や絵を描くのが好きだったそうで、それらを1冊にまとめられたらと、
娘さんがカラーコピーし病室で一緒に本をつくった。
彼女はもっと本らしくしたいという希望を持っていたが、
わたしが見たときに、それはもう完成されているすばらしいものだと思った。
絵をカラーコピーして切って台紙に貼ってあり、
もう少し絵を大きくしたいなどお母さんの希望がメモとして残っていた。
未完成にも思えるが、その紙を切って貼った状態の生々しさや鉛筆の走り書きが、
お母さんと娘さんのやりとりを彷彿させ、
思い出が本の中にリアルに封じ込められているように感じられたのだった。
また、2日目のワークショップにやってきてくれた80代の男性は、
とても分厚い日々の暮らしの記録集をつくっていた。
第1巻と記された本には、天保4年から昭和64年までとあり、
除籍簿で家の歴史をさかのぼり、
ご自身が生まれてからはアルバムや日記がもとになっていた。
高校で恩師に「1日の出来事をメモしなさい」と言われたことが、
日記をつける始まりになったという。
本のレイアウトは、左ページに年表、
右ページにその時代にまつわる写真が無数に並べられ、
北海道の生活史を知る重要な資料にもなっていた。
しかも、もうすぐ2巻目も完成する予定だという。
今回のワークショップでは、参加者のみなさんに寄り添って、
これまで培った自分の編集技術からアドバイスをさせてもらおうかと思っていたが、
それはおごった考えだったのかもしれないと思った。
わたしが磨いてきたのは、多くの人が見やすくわかりやすいものをつくるという
商業出版のためのスキルであって、個人の想いが凝縮した本に、
何かを言う資格などなかったのだ。
本を売ることよりも、ただただ本をつくりたいという想いの強さを持つ
手づくりの本は、どこにもない個性を放って光り輝いて見えた。
森の出版社 ミチクルは、日本の出版社の中でもかなり山奥にあって、
ここだからこそできる本づくりをやっていこうと思っていたが、
参加者の本を見て、自分の本づくりに対する想いは
まだまだ薄いんじゃないかという気持ちになった。
耳触りのいい言葉や心地のよい絵を集めるよりも、
荒削りであってもゴリゴリと想いが凝縮した本をつくっていきたい。
参加者のみなさんから、わたしは大切なことを教わった。
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