連載
posted:2016.6.16 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
この春手に入れた山をこれからどのように活用していくのか。
この連載で何度か書いたように、わが山は木がすっかり伐採されており、
そのほとんどが笹原となっている。
ここに植物を植えて、ハーブガーデンのようにつくり変えられたら
ステキなんじゃないだろうか。
そんな思いがあり、北海道の長沼でハーブを育て、
ブレンドしたお茶の販売を行っている友人の柴田翔太さんを山に招き、
意見をうかがうことにした。
翔太さんが来てくれた5月25日は、北海道も気温が高く汗ばむような陽気となった。
わが山は、木がないので日差しがダイレクトに照りつける。
笹原が広がり、とくに伐採した木を運ぶためにつくられた
ブルドーザーの通る道“ブル道”は、土がむき出しになり乾燥が激しい。
しかしそんななかでも、翔太さんは、笹以外に
野バラのような植物があちこちに自生していることを教えてくれた。
そして翔太さんは山を歩きながら、石狩の当別町にある
北海道医療大学が所有する山で行われている、ある取り組みについて教えてくれた。
この大学の薬学部では、薬用植物とこの地域の生態系の研究のために、
校舎に隣接する山林を〈北方系生態観察園〉として、
山に自生する植物を守り育てる活動を行っている。
「山野草の生育を助けるために、この大学がやっているのはとてもシンプルな作業です。
刈り払い機を使わずに、手作業で笹を根元から刈るというもの。
土の中にはたくさんの種が眠っています。
笹を刈ると地面に光が当たり、さまざまな植物が芽を出すんですよ」
そう言いながら、翔太さんが笹の根元をかき分けると、
小さな双葉がそこかしこに顔を出している。
いまは日光が遮られているため、芽を出した植物たちは
なかなか大きく成長することが難しいが、笹を刈ることによって
山野草がいっぱい咲く花畑ができるかもしれないと翔太さんは言う。
「一度、医療大学に見学に行きませんか?
笹を刈ったあとの変化がどんなものか、きっとわかると思いますよ」
山をどうやって再生していけばいいのか、悩んでいた私にとって
願ってもないお誘いだった。
さっそく1週間後に、この大学を訪ねることにした。
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北海道医療大学の北方系生態観察園は、総面積が約15ヘクタール。
北海道ならではの貴重な植物があり、野生動物も生息している豊かな森だ。
事前に電話連絡をすれば、誰でも自由に見学ができるということで、
翔太さんに案内してもらいながら散策をすることになった。
訪ねた時期は、カタクリなど北海道の山野草の見頃が過ぎていたのだが、
それでも翔太さんが言っていたように、多様な植物の姿があった。
また、笹がある場所とない場所で、山野草の育ち方が
まったく違っていることも実感できた。
翔太さんはときどき立ち止まって、地面すれすれの目線で植物を見つめ、
「リスが食べたドングリを見つけることもできるんですよ」と笑顔を見せた。
翔太さんにここに連れてきてもらって、初めてわかったことがある。
わが山が、笹に覆われているからといって、刈り払い機などを使って
そこにある植物をすべて切って、どこからか持ってきた種を私たちがまくということは、
山の植物たちの営みを断ち切ってしまう行為にもなりうるということだ。
翔太さんが山野草を見ながら何度も語っていたのが、
「植物から種が落ち、それを風や動物たちが運んでつくられた配置は、
人にはできない美しさがある」ということだった。
翔太さんがこうした想いに至ったのは、学生時代の経験が大きいという。
祖父と山菜採りに山へ行ったとき、まったく人の手が入っていない山の斜面一面に、
シダが数学的な規則性が感じられるような配列で自生しており、
その美しさに心を奪われたことがあったそうだ。
また、翔太さんには植物の師と仰ぐふたりの専門家がおり、
ふとした瞬間に語った言葉が、植物の奥深さに目を向けるきっかけとなった。
縁あって出会った近畿大学の田中尚道教授から
「植物が育つのはあっという間だからね」という言葉をあるとき聞いた。
ちょうど同じ時期に、今度はハーブ専門家であるハーバリストの萩尾エリ子さんに、
「植物が育つには人の一生より長い時間がかかることもあるからね」
という言葉を聞いたそうだ。
「人と植物のつき合い方は、時間や規模など、そのすべてが本来自由で、
どんなこともありで、いままで自分が思っていた以上に
果てしなく壮大なんだと気づいた大事な言葉でした」
いま、翔太さんは、ハーブティーのブレンドを仕事にしており、
自身がつくるガーデンでは、できる限り自然に近い環境をつくろうとしている。
例えば、木のまわりの少し木陰ができる場所で、
その環境に合ったハーブを植えるなどの試みを行っている。
「原生風景をマネて環境をつくると、実は育てるのがとても楽なんです。
ハーブは野菜と違うところがあって、例えば苗をつくって間隔を開けて植えるよりも、
密集したほうがよく育つこともあります」
翔太さんは、こうして自分で育てたハーブに加え、
世界各地から取り寄せたハーブを使ってブレンドをしている。
香りが高く、クセがなく、複雑な味わいがして、
私がいままで飲んだハーブティーの中で、いちばんおいしいと感じられた。
「ハーブティーは、効能をメインに考えてしまうことがあって、
それだけだとおいしくないんです。
ぼくは、カクテルや香水をつくるような感覚でブレンドしています」
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こんなおいしいブレンドを翔太さんはどこで学んだのか?
そんな質問を投げかけると、実は知識のほとんどは独学なのだという。
ハーブの知識やブレンドについては学校で学んだのではなく、
直接専門家に話を聞いたり、図鑑や専門書によって知識を深めたりしていったそうだ。
しかし独学と言っても、その探究心は研究者も顔負けだった。
あるとき、シナノキとリンデンの見分け方を知りたいと、
各地の薬用植物園を訪ね歩いたことがあるという。
リンデンはハーブティーに用いられ、セイヨウシナノキとも呼ばれる樹木で、
シナノキとの見分けはつきにくいそうだ。
薬用植物園のスタッフに聞いても、土地によっても変化があるので
一概には言えない、そんな答えが返ってきたという。
結局、さまざまな土地のシナノキとリンデンを見ていくことで、
その違いが肌でわかるようになったそうだ。
「こうやってひとつのことを調べていったら、
ほかの植物のこともわかるようになってきたんです」
また、翔太さんは、ハーブティーのブレンドとともに、
デザイナーや写真家としても活動をしており、
植物の撮影が知識を深めることにつながったそうだ。
「写真は光を意識するので、木漏れ日の当たるところには、
こんな植物があるんだなとか、この時間になると花が開くんだな
ということがわかりました。
また、風で揺れる草を撮ろうとシャッタースピードを速くしたとき、
ああ、風の吹くところにはこんな種類のものが生えるんだなと
気づいたこともありました」
翔太さんの話から、自分は山の植物がまったく見えていなかったのだ
ということに気づかされた。
ブル道をただ歩くだけで、しゃがんでその地面を気にかけたこともなかった。
植物の声にもっと耳を傾ければ、きっと山に対する意識はガラリと変わるのだろう。
翔太さんからもらったアイデアをさっそく実践しようと、
今後の活動の中心は笹を手で刈っていくことに決めた。
手始めに山の東側に位置する斜面から手をつけることを考えている。
ここは日光がある程度遮られることから、湿度があって山野草が多数自生しており、
すぐにでも変化が現れそうだからだ。
笹を刈っていくことで、そこが山野草の花畑となることを願って、
地味な作業だけれどコツコツとやっていきたいと思う。
これまで山での活動を「山活!」と名づけていたが、
笹刈りをするので「笹活」とも呼んで、仲間を募ってがんばってみようと思う。
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