子育て世帯にとって 最適な家とはどんな家だろうか? 新潟のリノベーション住宅

こどもが生まれると、住まいに求める条件は大きく変わる。
小さな命を守り、健やかに育てるためには、快適で安心できる住空間が不可欠だ。
そんな理想の子育てを実現するうえで、
マイホームの購入を希望する若者夫婦は多いと思うが、
住宅価格の高騰やそもそも子育てや教育にお金がかかることもあり、
購入を躊躇してしまう子育て世帯は多いのではないだろうか。

住宅購入に悩む若者夫婦を支援しようと、
新潟県が取り組んでいるのが『にいがた安心こむすび住宅推進事業』という制度。
県内にある築10年以上の空き家を子育て世帯向けにリノベーションし、
販売する事業者に対して最大350万円の補助金を支給するこの制度は、
安心安全に子育てに取り組める住宅が
相場よりも求めやすい価格帯で売り出されることにつながるため、
間接的に子育て・若者夫婦世帯への間接的な経済支援につながっている。

家族みんなが安心して快適に過ごせる住まいとはどのようなものなのか。
新潟県が子育て世帯に向けて運営している
ウェブマガジン『にいがたのつかいかた for Family』で
取り上げてきた取材事例のなかから、子育てしやすい住まいづくりのヒントを探る。

家のどこにいてもこどもを見守ることができる。
長岡市の子育て世帯向けリノベ住宅

まずは長岡駅から徒歩15分の立地にあるこちらの住宅。
保育園や小学校が徒歩10分圏内にあるほか、
長岡市の子育て支援施設〈子育ての駅ぐんぐん〉や
ショッピングセンター〈原信〉も生活圏内にあり、
立地だけでも子育て世帯にとって大きな需要があるだろう。

リノベーションを手がけたのは
〈セキスイハイム〉のアフターサービスやリフォームを担当する
セキスイファミエス信越株式会社〉。
同社は2021年から中古住宅をリノベーション・再販する
「Beハイム」事業を展開しており、
その独自基準が今回の県の事業の認定基準と合致していたことから、
積極的に参加を決めたという。

リノベーションを担当した〈セキスイファミエス信越株式会社〉の(左から)黒河内伸治さん、大島浩史さん、中沢美代子さん。

リノベーションを担当した〈セキスイファミエス信越株式会社〉の(左から)黒河内伸治さん、大島浩史さん、中沢美代子さん。

この住宅のリノベーションでは、
「家族同士のふれあいをいかに自然に実現させるか」に重点を置いたと担当者は語る。
玄関を上がるとすぐにウォークインクローゼット、
そしてLDKの扉を開けてすぐ横には脱衣所と浴室がある。
こうした細かい間取りの配慮が家事負担を軽くしてくれると同時に、
こどもの存在をちゃんと把握できることにもつながる。

玄関を上がってすぐ左手にあるウォークインクローゼット。アクセスしやすい。

玄関を上がってすぐ左手にあるウォークインクローゼット。アクセスしやすい。

「ウォークインクローゼットで上着を脱いでリビングの扉を開ければ、
すぐ横に浴室があります。
そこで手洗い・うがいを済ませてから、リビングやダイニングへと入っていけるので、
お子さんもストレスなく家の中に入っていけますし、
親御さんもお子さんの動きをちゃんと把握することができます。
生活空間のなかでどれだけ家族が顔を合わせられるかは気をつけて設計した部分です」

特に大きなリノベーションポイントだというのはLDK部分。
もともとリビングとダイニングキッチンが壁で分断されていたが、
壁を取り払い、両者の間に「フリースペース」を設置した。
この空間は、こどもの遊び場や勉強スペースとして機能し、
料理をしながらこどもの様子を見守れる設計となっている。

ダイニングからフリースペース、リビング、奥の和室まで一直線に望める。

ダイニングからフリースペース、リビング、奥の和室まで一直線に望める。

リノベーション前のリビングスペース。ダイニングキッチンは左の扉の向こう側にあり、それぞれどんな様子か確認することはできなかった。(写真提供:セキスイファミエス信越株式会社)

リノベーション前のリビングスペース。ダイニングキッチンは左の扉の向こう側にあり、それぞれどんな様子か確認することはできなかった。(写真提供:セキスイファミエス信越株式会社)

こうした大幅な間取り変更を可能にしたのは、
セキスイハイムの「ボックスラーメン構造」によるものだ。
この構造は耐震性にもすぐれており、
さらに定期的に住宅健診が受けられる長期サポートシステムもあるとのことで、
子育て期だけに最適な家というわけではなく、
こどもが巣立ったあとも長く家族が暮らし続けられる家でもある。

ボックスラーメン構造の特徴がよくわかる高床部分は車庫として使えるほか、趣味を楽しむ場所としても使えそう。

ボックスラーメン構造の特徴がよくわかる高床部分は車庫として使えるほか、趣味を楽しむ場所としても使えそう。

そのほかにも、玄関には録画機能付きインターホンとスマートキーを設置し、
こどもだけの在宅時も安心。
また、住宅全体にシックハウス症候群対策を考慮し、
低ホルムアルデヒドの建材(F☆☆☆☆)を使用。
さらに引き戸にはドアクローザーを導入するなど、
こどもの安全を守る細やかな配慮が施された家だ。

気になる価格だが、同エリアのセキスイハイムの新築住宅と比較すると、
なんと1000万円ほど安価になっているという。
しっかりとリノベーションすると、なんだかんだ予算が嵩張ってしまうものだが、
県の施策として信頼がおけるリノベーションが施されたこの家が
これだけお得な価格で買えるのは、子育て世帯にとって大きな魅力となるだろう。
機能と価格のすぐれたバランスが、
今の子育て世帯にとって最も重要な要素かもしれない。

◎にいがたのつかいかたfot familyの記事はこちらから

軽やかな口当たりがおいしい! 兵庫県の進化する日本酒はいかが? 〈ひょうごフィールドパビリオン〉 Vol.3

かつて、主に摂津・播磨・但馬・丹波・淡路という5つの国に分かれていた兵庫。
歴史も風土も多様な五国は、まるで日本の縮図のよう。
兵庫県では県そのものを大きなパビリオンに見立て、
地域の人々が主体となって地元の魅力を発信する〈ひょうごフィールドパビリオン〉を展開。
県内各地でユニークなプログラムが用意されている。

兵庫県は日本一の酒どころと呼ばれている。
土地が生み出すお米と、その旨みを最大限に引き出す杜氏の伝統技術の賜物であるが、
さらに兵庫県の日本酒をめぐる文化にはSDGsも関係していた。

酒米の王様〈山田錦〉が生み出す日本酒

大吟醸の日本酒。フルーティでさわやかな酸味が特徴で、
お店によっては、より香りを楽しんでもらうために
ワイングラスで提供されることも珍しくない。
その原料となる酒米の多くに「山田錦」という品種が使用されているのはご存知だろうか。
山田錦の生産量全国1位は、兵庫県である。

山田錦がつくられる前から、兵庫県は日本酒の一大産地として名を馳せてきた。
〈大関〉〈白鶴〉〈菊正宗〉など、
全国のスーパーマーケットやコンビニエンスストアでも売られているような
メジャーなブランドも数多く出している。

兵庫県にある酒米研究交流館で閲覧できる資料。

兵庫県にある酒米研究交流館で閲覧できる資料。

最近では全国各地で日本酒がつくられ、小さな酒蔵も多い。
さまざまな流通環境の進化や技術革新の賜物であるが、
そもそも日本酒は、その土地の水や米、自然環境に味が左右される
テロワールの元祖のような存在(かつての日本の食文化のほとんどはそうだった)。
それぞれの食文化に適した場所がある。

つまり兵庫県は米づくり、とくに山田錦の生育環境として適していたのだ。
それに加え、江戸時代より酒造りが盛んだったことも兵庫県が
酒どころとして発展した重要な要素となっただろう。

山田錦が酒米としてすぐれている理由

〈酒米試験地(酒米研究交流館)〉は、全国でも唯一の酒米専門の試験研究機関。
兵庫県が生産量全国1位である酒米「山田錦」が
ここまで受け入れられるようになった理由には、着実な研究結果による裏付けがあった。

「この地域は何メートルも火山灰が積もっていて、非常に崩れやすくて柔らかい。
その分、根が深くまで入り込みやすく、水や養分を吸ってくることができるという
特徴があります。カルシウムやマグネシウムが多く、肥料の吸着能力も高い」と
教えてくれたのは、酒米試験地の主任研究員である松川慎平さん。

稲が土壌の中で広がる様子を示した展示。

稲が土壌の中で広がる様子を示した展示。

この肥沃な土壌に合わせた酒米の栽培が行われてきたのかと思えば、そうでもないようだ。

「実は歴史的には仕方なしにつくってきたようなんです。
山田錦が生まれたのが昭和11年。
当時は大阪のお米のほうが酒づくりに向いているといわれていました。
その後、戦争の時代に突入。米の流通や移動に知事の許可が必要になるなど、
ハードルが高くなりました。
そこで兵庫の酒蔵さんは“仕方なし”に山田錦を使っていたようです」

はじめは酒米として使いにくかったようだが、
研究を進めていくといいお酒がつくれることがわかり、
昭和38年には作付面積が最大になった。
はじめは“仕方なし”だったかもしれないが、
灘を中心に酒づくりのプロフェッショナルが多くいた兵庫だからなし得たこと。
偶然のようでいて、必然だったのかもしれない。

山田錦の特徴のひとつに「削りやすさ」があると松川さんは言う。
お米を50%以下にまで削る(精米する)のが大吟醸の日本酒。
最近では精米歩合が30%や20%台なんて大吟醸酒も見かける。

「心白というお米の中心の白濁部分が小さいので、
たくさん削っても割れにくいという特徴があります。
だから流行りのフルーティな吟醸酒に適しているともいえます」

40%にまで削った山田錦。

40%にまで削った山田錦。大吟醸などに使われる。

突出した特徴があるというより、バランスがよく使いやすいのが山田錦であるとも、
松川さんは続ける。

「扱いやすいというのも受け入れられている理由のひとつです。
思った通りのお酒ができるというのは、何回も酒蔵さんから聞いたことがありますね」

品種による背の高さの違いがわかりやすい展示の様子

品種による背の高さの違いがわかりやすい。山田錦は右から8番目で長いほうに分類される。

最近の課題は暑さ対策。「冷害」への対策は過去の資料にもあったが、
「高温」対策はなかったという。

「肥料や田植えの時期などを調整して、
山田錦を高温でも適切に育てる試験なども進めています。
同時に『高温に強い山田錦』のような新しい品種の『育種』も行っていますが、
なかなか簡単ではありません」

山田錦を守りつつ、進化もさせていきたい。山田錦がすぐれた酒米であるからこそ、
そうしたニーズが高まっていくのだろう。

酒米試験地の主任研究員、松川慎平さん。

酒米試験地の主任研究員、松川慎平さん。

information

酒米試験地/酒米研究交流館(兵庫県立農林水産技術総合センター)

兵庫が育む “日本最古”に出合い、体験する旅  〈ひょうごフィールドパビリオン〉 Vol.2

かつて、主に摂津・播磨・但馬・丹波・淡路という5つの国に分かれていた兵庫。
歴史も風土も多様な五国は、まるで日本の縮図のよう。
兵庫県では県そのものを大きなパビリオンに見立て、
地域の人々が主体となって地元の魅力を発信する〈ひょうごフィールドパビリオン〉を展開。
県内各地でユニークなプログラムが用意されている。

多彩なプログラムから、今回は「日本最古」をテーマにした3つのストーリーをお届け。
日本列島のはじまりとされる国生み神話や、起源は1500年前ともいわれる金物の名産地、
さらには日本、いや、世界でも最も古い伝統芸能である能の世界も、ここ兵庫が舞台に。

過去から未来へ脈々と受け継がれる、兵庫の歴史と文化にたっぷりと触れる旅へ。

400年以上続く姫路・江崎福王会の「能」

「この能の舞台がみなさんにとってのテーマパークになればと思っているんです」

思いがけないひと言とやさしい笑顔で迎え入れてくれたのは、
江崎福王会十二世江崎欽次朗さん。
滋賀の膳所藩お抱えの能楽師だった江崎家は、姫路藩にスカウトされて姫路の地へ。
1695年から現在に至るまで、この場所で伝統を守っている。

江崎福王会十二世江崎欽次朗さん

主役である「シテ」の相手役となるワキ方を務める江崎家の12代目。ワキ方とは、能面をかぶるシテ(死者)の悩みを聞く現世のカウンセラーのような役割なのだそう。

ワークショップは約3時間。実際に能舞台に上がり、
江崎家の歴史や能楽の成り立ちについてのお話を聞くところから始まる。

琵琶法師が語り継いだ平家物語などのお話を演劇として楽しむため、
室町時代に誕生した能楽。途切れることなく続いているという意味では、
世界最古の伝統芸能だ。

「狭い空間の中で現世とあの世を表現できるのが唯一無二の能の世界。
この高揚感、まるでテーマパークに来たような気持ちになれるんです」
能の知識がなくても大丈夫。
江崎さんのこうした軽快なトークに、知らぬ間に引き寄せられる。

生きている間に叶わなかった恋の話や、戦での悩み。
能で描かれている神話や歴史に触れることで、
現代を生きる私たちも古の人と同じように思いを馳せることができる。
室町時代の人たちと変わらぬものを目にできるなんて、
なんだかタイムスリップしたような気分。

また、ひとつひとつの物語には哲学や文学、
音楽といったさまざまな要素が溶け込んでいるため、
能を知れば日本に詳しくなれると言っても過言ではないのだ。

ワークショップの様子

ワークショップではお話を聞きながら実際に能装束(写真は敦盛の衣装)を身につけることができるほか、刀を使った所作やすり足の体験も。

能面を傾ける様子

ほんの少しの角度の違いで、顔が晴れやかになったり沈んで見えたり。能面は意外と表情豊か。

さまざまな能面

江崎さんの願いは、能楽の楽しさをひとりでも多くの人に伝え、
次世代に受け継いでいくこと。能の作品は200曲もあるそうだが、
なかでも兵庫ゆかりの「高砂」と「敦盛」は地元姫路の能楽師だからこそ
誇りを持って演じていきたいという。

「結婚式の高砂席の由来にもなっている高砂は、昔からお祝いごとで歌われている曲。
相生の松という木のお話なんです。
途中に“言の葉草の露の玉 心を磨く種となりて”というセリフがあるんですが、
これは“言葉が心を磨く”という意味。幸せな言葉を伝えると、相手も幸せになれますね」

ほうきと熊手を手にした縁起物の高砂人形。

「お前百まで(掃く)わしゃ九十九まで(熊手)」。ほうきと熊手を手にした縁起物の高砂人形。

セリフも歌い方も、600年前からずっと変わることのない能楽。
世界に目を向けずとも、美しく尊い文化は私たちの目の前に。

information

兵庫から発信する日本伝統文化の守り人たち
姫路藩主御用能楽師「十二世江崎欽次朗」から「能」を学ぶ

体験場所:江崎能舞台

実施日:要相談

所要時間:3時間程度

料金:1名あたり50000円(体験費用、姫路駅から体験場所へのタクシー送迎費込み)

決済手段:事前に銀行振込

受入可能人数:2~9名

予約:

予約方法:メール

問い合わせ先:一般社団法人 江崎福王会

Email:comomo4sai@yahoo.co.jp

Web:姫路藩主御用能楽師「十二世江崎欽次朗」から「能」を学ぶ

多可の和紙、丹波篠山の陶器、 三田の青磁。 兵庫県中部の伝統工芸の産地を巡る 〈ひょうごフィールドパビリオン〉 Vol.1

かつて、主に摂津・播磨・但馬・丹波・淡路という5つの国に分かれていた兵庫。
歴史も風土も多様な五国は、まるで日本の縮図のよう。
兵庫県では県そのものを大きなパビリオンに見立て、
地域の人々が主体となって地元の魅力を発信する〈ひょうごフィールドパビリオン〉を展開。
県内各地でユニークなプログラムが用意されている。

和紙、陶器、そして青磁器。
自然に囲まれた兵庫県中部ならではの環境と生活風習から生まれた工芸品たち。
受け継がれる伝統の背景はもちろん、
現代のライフスタイルや未来につなぐ試みにも目を向けてみたい。
多可、丹波篠山、三田を巡り、
現地でしか体験できない兵庫の手仕事の魅力に触れてみてはいかがだろう。

「1000年残る紙をつくるために」

兵庫県の中央、山間部に位置する多可町の道の駅〈杉原紙の里〉。
思わず深呼吸したくなる山間にあるこちらは、
1300年の歴史を持つ播磨紙を継ぐ和紙、杉原紙の産地として知られている。

多可町の風景

自然に囲まれた多可町〈杉原紙の里〉。目の前を流れる杉原川で紙の原料となる楮(こうぞ)をさらす。近くには青玉神社も。

杉原紙は美しく、高級和紙として鎌倉時代には公家や武士に愛され、
その後は広く一般に流通。
浮世絵や版画などにも使用されていたことでも知られている。
紫式部の『源氏物語』もこの紙に書かれた、という説もある。
現在は兵庫県の重要無形文化財に指定されている伝統工芸品だ。

〈杉原紙の里〉にある〈杉原紙研究所〉では現在も、
昔ながらの製法を大切に受け継ぎながら和紙が生み出されている。

杉原紙

杉原紙は地元の小学校の卒業証書や感謝状などにも使用されている。

杉原紙の特徴は色の白さ。地域で採れるクワ科の植物、
楮(こうぞ)とトロロアオイを原料とした、
いわば多可の自然環境と人々の知恵が生み出した賜物である。
手すきの際の水も、天然の澄んだ井戸水を使用しているそうだ。

「水道水でもそこまで問題はないんですが、
これまでこの紙が1000年残ってきたように、
これから1000年残る紙をつくるために昔ながらの手づくりの製法を守り続けています」

そう話すのは〈杉原紙研究所〉所長で紙すき職人の藤田尚志さんだ。

藤田尚志さん

〈杉原紙研究所〉所長で紙すき職人の藤田尚志さん。入口では書道や手紙展などを展示。

藤田さんに聞けば、冬は楮の収穫期。伝統の製法はまず、
皮の表面を剥いだ楮を杉原川にさらし、繊維を白くする。
そして、その楮を蒸して繊維をほぐすことで和紙の原料となる。
川さらしの光景は遠方からも見物客が訪れる冬の風物詩となっているという。

かつて杉原紙は農家が農閑期につくっていたもの。
手すきのタンクに混ぜ合わせる粘剤のトロロアオイの粘度を保つためにも、
冬の冷たい水が適しているのだそう。

「ここでつくる紙は生き物のようなものだと考えています。
例えば、新鮮な魚をすぐに料理すれば美味しいのと同じで、
収穫期に採った楮(こうぞ)を冷たい水にさらし、日光を当てる。
そうすると白く美しい紙になるんです」

楮の乾燥

楮は乾燥させ、川の中にさらすことでさらに白い紙に。冬期、約8トンを収穫。〈杉原紙研究所〉には資料館も併設。

杉原紙の紙すき体験で、世界で一枚のはがきをつくる

〈杉原紙研究所〉では手すきの和紙つくり体験ができる。
はがきサイズ、半紙サイズ、A3サイズのなかから、
まずは紙のサイズを選び、それに合った掬桁(すきげた)で水をすくっていく。
この作業を繰り返し、紙に厚さを出していく。

職人さんいわく、すくう作業は掬桁をまっすぐ水面に入れるのがコツなのだそうだが、
個人差が出やすく、厚さの違いやシワができてしまう。
その個性がおもしろいポイントではあるけれど、
均等の厚さと紙面ですくい続ける手すき職人の集中力や高い技術を想像できるかもしれない。

すくった紙に、楮に染料を加えた5種類ほどのカラーをつけることや、
紅葉や銀杏の葉を紙に付けることもできる。
すいた紙は乾燥させ、トータル1時間半ほどで完成。
掬桁の網の目が紙に薄くつくことも手づくりならではの味わいだ。

杉原紙づくりの体験を通じて、自然に寄り添いながら、
カルチャーを生み出してきた多可町ならではの歴史の一端を感じてみてはいかがだろう。

information

map

杉原紙研究所

住所:兵庫県多可郡多可町加美区鳥羽768-46

TEL:0795-36-0080

休館日:水曜、年末年始

所要時間:30分

料金:450円~900円

決済手段:現金のみ(杉原紙研究所の紙すき体験、売店についてはPayPayのみ可)

受入可能人数:5~6名程度(最大20名)

予約:

予約方法:予約フォーム または電話

Web:杉原紙研究所

Web:多可の語り継がれる伝統産業・芸能

ツレヅレハナコさんとめぐる はちのへエリアツアー【後編】 五戸町の長芋農家と、 三戸町のてんぽせんべい

食と酒と旅を愛する文筆家・料理研究家のツレヅレハナコさんが
最近、気に入っている土地のひとつが、青森県八戸市。
ツレヅレハナコさんとともに、冬の味覚を楽しむ、食材探しの旅へ。

前編の記事ではツアー1日目をレポート。
「八戸 毬姫牛」を育てる八戸市の〈イチカワファーム〉や、
南部町の燻製工場兼カフェ〈南部どき〉、
八戸市の炭焼きイタリアン〈ポルタオット〉を訪ねて、
はちのへエリアの新たなテロワールを感じました。

後編では、ツアー2日目の様子をお伝えします。

五戸町で長芋づくりしている〈大山農園〉へ

ツアー2日目は、長芋が大好きだというハナコさんのリクエストで、
長芋農家さんのもとを訪れることに。

「長芋はスーパーで買うだけでなく、青森県の産直から取り寄せているんです。
まとめ買いするので、ホームパーティーでたくさん長芋を使ったり、
長芋が好きな人と共同購入したりしています」(ハナコさん)

雪が積もっている様子

取材当日、雪が積もっていた。

朝早くから、五戸町にある長芋農家〈大山農園〉へ。
氷点下の寒いなか迎えてくれたのは、大山真弘さんと、妻の絢さん。

大山真弘さんと妻の絢さん。

〈大山農園〉では、年間35〜40トンもの長芋のほか、
米やごぼうなども生産しています。

五戸町出身の真弘さんは、子どもの頃から農業を営む祖父母、
両親の背中を見て育ってきたそう。
真弘さんで3代目、親元就農ではありますが、
実は最初から農業に就いていたわけではありませんでした。

「大学を出てからはIT企業に勤め、東京や札幌で営業職をしてきました。
でも、自然のなかで育ったからなのか、体ひとつでできる農業のほうが
性に合っているようなんです」(真弘さん)

今年で就農して9年目。
Uターンして農家になり、最初にしたことは、
新規の販路を開拓するためのホームページづくりでした。

「これまでの経験を生かして、オンライン販売ができるホームページをつくりました。
できるだけ直接、一般消費者へ届けたいと思っているので、
商談会やマルシェへの参加もしています」(真弘さん)

長芋を洗うための機械

長芋を洗うための機械。「ジャブジャブ洗われる立派な長芋たちが壮観……」(ハナコさん)

長芋の生産量は、北海道と青森で全国の9割近くを占めます。
その理由は、土壌にありました。

「火山がある土地に見られる、火山灰と腐植物質で構成される黒ボク土は、
保水性と排水性にすぐれ、地中に伸びる長芋のような作物に適しているんです。
五戸町にみられる火山灰土壌は、十和田火山によって
降り積もったものと考えられています」(真弘さん)

〈大山農園〉では、このたっぷりと養分を含んだ土地で、自家製の堆肥と、
精米所から出た米糠を畑に還元して長芋を育てているそう。

大きさ順に並べられた長芋

長芋が大きさ順に並べられていた。

ツレヅレハナコさんとめぐる はちのへエリアツアー【前編】 八戸 毬姫牛と、南部町のフルーツ

食と酒と旅を愛する文筆家・料理研究家のツレヅレハナコさんが大好きな土地のひとつが、
青森県八戸市。
ツレヅレハナコさんとともに、冬の味覚を楽しむ、食材探しの旅へ。
【後編はこちら】

はちのへエリアの魅力とは?

青森県の南東部、太平洋に面した八戸市は、
古くから全国有数の水揚げを誇る水産都市として栄えてきました。
そのため、食材といえば魚介類のイメージが持たれていますが、実は農業や畜産業も盛ん。
さらに、三戸町、五戸町、田子町、南部町、階上町、新郷村、おいらせ町を加えた
8つの市町村が一体となって形成される「はちのへエリア」では、
地の利を生かした特産品がたくさんあります。

津々浦々、おいしい食と酒を探すのがライフワークになっているツレヅレハナコさんは、
仕事でもプライベートでも青森に通っており、八戸へ訪れた回数も数えきれないほど。
「八戸には見どころがたくさんあるから、下調べもなく初めて訪れた人も、
丸腰でも楽しめるのがうれしいですよね」と、その魅力を語ります。
今回は生産者をめぐりながら、はちのへエリアのテロワールを感じる旅に出ます。

地域を代表するブランド牛「八戸 毬姫牛」を育てる〈イチカワファーム〉

〈イチカワファーム〉

まず向かったのは、八戸市市川地区にある〈イチカワファーム〉。
こちらは、「八戸 毬姫牛」というブランド牛の肥育農家です。

「ブランド名は、青森の伝統工芸品である『南部姫毬』からとっています」
と教えてくれたのは、就農14年目だという、2代目の市川広也さん。

『南部姫毬』

「南部姫毬は、邪気を払い、人々の身代わりとなって色あせるとされているお守りです。
育てた牛を正面から見ると、毬のようにまんまるな見た目になること、
そして、すべて雌牛ということもあり、かわいらしさを連想させる名前にしたくて
この『八戸 毬姫牛』というブランド名をつけました」(市川さん)

〈イチカワファーム〉の市川広也さん。

〈イチカワファーム〉の市川広也さん。

市川さんに牛舎内を案内してもらうと、
さっそく「毬姫牛の特徴は?」と興味津々のハナコさん。

「すべて未経産の雌牛で、きめ細かくてやわらかい肉質が特徴です。
体が大きくて赤身の多いホルスタイン種の母と、
霜降りがきれいに入るA5ランク黒毛和牛の父から生まれる交雑種なので、
大きく育ち、ジューシーな赤身のなかに、ほどよい霜降りが入ります」(市川さん)

ハナコさんに群がる牛たちの画像

ハナコさんに群がる牛たち。「私の読者も女性がほとんど。女子にモテる運命なのかなあ」と笑う。

苦難を乗り越える故郷に 新たな光を照らす「海のワイン」。 陸前高田〈ドメーヌミカヅキ〉の挑戦

陸前高田ならではのテロワールを生かしたワイン造り

岩手県は三陸海岸の南東部に位置する陸前高田(りくぜんたかた)市。
牡蠣の産地として知られる広田湾の、
美しく静かな青色を望む、高台のブドウ畑まで、
海のリフレクションが眩しく届く。

美しい広田湾の風景

美しい広田湾のリフレクション。実はこれもまたワイナリーにとっての恵みとなる。

この地で2021年、新しいワイナリーが立ち上がった。

〈ドメーヌミカヅキ〉。

立ち上げたのは陸前高田で生まれ育ったひとりの青年。
及川恭平さん、当時27才。

設立の目的は、ワインそのものの文脈でいえば、
「陸前高田のテロワールを生かして、
地元の美味である牡蠣や魚介に合うワインを造る」こと。

テロワール。
ワイン業界では一般的に使われている用語で、
ブドウが育つための気候、土壌のことを指し、
それゆえに生まれる産地の個性や品質を生かし、楽しむこと。

陸前高田のテロワールをざっと書けば、
複雑なリアス式海岸からの海風。
冬でもそれほど極寒にはならないが、1日の寒暖差はしっかりある気候。
海からすぐに高台へと続く斜面があるので日照も十分。
広田湾からの照り返しも日照のひとつだ。

ワイン好きの人に向けて例えるなら、
「スイスに似ていると感じます」と及川さん。
スイスのワイン造りには「3つの太陽」があるという。
太陽、石垣が蓄える輻射熱、美しい湖の照り返し。

広田湾の静かで入り組んだ海は、
確かにスイスの湖にも似ている。
地質は氷上花崗岩(ひかみかこうがん)という、
大陸移動説の時代から日本の一部となっていった地層。

花崗岩は良きワインを生む土壌のひとつとして知られているが、
そのひとつの産地が、スペインの北西部にあるリアス・バイシャス。
陸前高田が太平洋なら、リアス・バイシャスは、
大西洋に向けて続くリアス式海岸に広がる地域だ。
ここで栽培されている主要なブドウ品種はアルバリーニョ。
及川さんは陸前高田で造るワインのブドウを、
アルバリーニョに絞った。

アルバリーニョの実。

アルバリーニョの実。水はけのいい乾燥しやすい土壌を好むが、耐病性が高いため湿度のある地域、海に近いエリアに適する。スペインのガリシア地方やポルトガルの北部で注目されるほか、日本でも良質なワインが生まれている。

海のワインとも異名をとるブドウで、
主要な産地は海に近い場所。
味わい、酸、香り、テクスチャーなど、
アルバリーニョから生まれるワインは、
海を連想させるものが多い。

「地層、日照、さまざまな要素を考えても、
海の幸にはまるワインに仕上がる確信があります」

及川さんの言葉には確信が溢れている。

東京・神保町から新潟まで、 出合いを車で運ぶ〈ハリ書房〉の 新しい書店のかたち

本屋がないなら、本屋から会いにいけばいい

よく晴れた空のもと、公園の広場に並ぶのは少し変わった8台のワゴンカー。
販売されているのはクレープでも焼きそばでもない。
新刊から古本、小説や絵本などの多種多様な本たちだ。

「日本一の読書のまち」を掲げる埼玉県三郷市で開催された
みさとブックマーケット〉。
本×アウトドアを楽しむというコンセプトの当イベントでは、
本の出張販売を行う移動書店が集まっていた。

公園の奥にある開けた場所にワゴンカーが並び、
来場者が休憩に使うアウトドア用のテントやイスとテーブル、
ワークショップのスペースなどが用意されている。
購入した本を読みながら焚き火ができるブースでは、
イベントに訪れた人たちが暖を取りながら思い思いに過ごしていた。

ワゴンカーが並ぶイベント会場。

春日和に恵まれたイベント当日、会場では子ども連れやペット連れの家族の姿が目立つ。

移動書店と椅子

新刊や古本、絵本専門店から『星の王子さま』専門店など、並んでいるのは個性的な移動書店。

出店書店のひとつである〈ハリ書房〉は、
当イベントに出店している移動書店の連絡調整役を担っている。
300冊以上の本を車に載せて、関東から新潟まで本屋のない地域に本を届ける
ハリ書房のハリーさんに、活動についての想いを聞いた。

主人のハリーさんと書籍『ハリネズミの願い』。

「子どもたちに気軽に呼んで欲しくて、ハリネズミのハリーと名前をつけました」とハリーさん。名前の由来となった書籍『ハリネズミの願い』に登場する主人公のハリネズミは、ハリーさんと性格が似ているのだとか。

ハリーさんは新潟県新潟市の出身で、現在の住まいは本のまち、東京の神保町だ。

「地方には本屋が少ないんです。
ぼくが小さいころは歩いていける範囲に3軒くらい本屋がありましたが、
いつの間にかなくなっていました。
今は、移動範囲の限られる子どもや高齢者の方が、
歩いて立ち寄れる本屋がないんですよね」と、話すハリーさん。

一方で地方の大きな書店の駐車場は、休日ともなればたくさんの車であふれている。

「すでに欲しい本が決まっているなら、
品揃えの良い大型書店は利用しやすいと思います。
でも、ほかの本も見てみようかなと思ったとき、
どうしても売り出し中の新刊やベストセラーが目に入りやすい」

働くハリーさん

“いい本”はベストセラーに限らない、とハリーさんは続ける。

「その人にとって“いい本”との出合いは、
目的もなく時間潰しに本屋に入ったときのような、
偶然のなかにあるんじゃないかと思うんです」

そんな機会が今、物理的に減っていることにハリーさんは問題意識を覚えた。
自身の地元のように本屋のない、あるいは少ない地域の子どもたちが
“いい本”に出合い、本を身近に感じるために何ができるかを考えるようになったのだ。

悩んだハリーさんが導き出したのが「本屋から会いにいけばいい」という答えだった。

作家・せきしろの旅コラム 「郷愁を誘う、冬晴れの富山吟行」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。第44回は、作家のせきしろさん。
定型に縛られず自由な韻律で詠む「自由律俳句」をつくる俳人でもある、
せきしろさんの目的地は富山。魚津のまちを吟行しながら、
旅の途中で思いついた自由律俳句とともに綴ってもらった。

故郷の原風景と重なる富山

車窓から山が見えた。山は悠々とそして堂々と連なっていた。
自分の原風景にはだだっ広い雪原がある。何もない白い世界である。この山が富山の人の原風景なんだろうなと思った。
ただ、私が故郷にいた頃は見えるものすべてが当たり前の風景であって、それが原風景になるなんて一切思っていなかった。故郷を離れてから原風景だと気づく。きっとこの山々もそうなんだろう。

富山駅に着くとひんやりとして、上着のファスナーを上げた。同時にある記憶が蘇った。私は富山に一度来たことがあった。1989年、平成元年に富山大学を受験したのだ。なぜ富山大学を志望したのかは覚えていない。その頃はとにかく知らないところに行きたかったから、ただそれだけの単純で衝動的な理由だった気がする。受験することが決まってから私はまだ見ぬ富山に住むことばかり想像していた。
ところが仲の良かったクラスメイトが「東京でお笑いをやる」と私に告白してきたので心はそっちに支配されてしまった。受験どころではなくなった。それでも受験することは決まっていたから富山に向かい、前日は富山市に泊まったはずだ。次の日、大きな川があって、橋を渡ったのを覚えている。親にお土産で初めて見るホタルイカを買ったが、私はそのまま東京に行って故郷には帰らなかったので結局渡していない。

山頂白くなり手には赤本
山動かず見る者が変わっていく

クラフトミルクの魅力を届けるために。 牧場主と取り組む“新しい酪農のかたち”

それぞれの牧場が環境に合わせ、手間ひまかけて、
丁寧につくられた牧場牛乳「クラフトミルク」。
地域の風土、季節、牛の種類や飼料……
ひとつとして同じ味わいはなく、
牧場ごとに異なる個性を見つけることができる。
そんな「クラフトミルク」を取り巻く新しい動きが今起きている。

子どもたちや次世代に届ける東京の牧場、能登の牧場と届ける
「CRAFT MILK’S PROJECT」や、石川・七尾市に拠点を置く〈能登ミルク〉の
地域のテロワールを生かした注目の商品、つくり手たちの思いをお届けします。

23区最後の牧場〈小泉牧場〉の
オンリーワンの牛乳

東京23区に残る唯一の牧場として約90年、
練馬で酪農を営む〈小泉牧場〉。

小泉牧場

もともと東京23区は日本の牧場が多くあったそう。時代とともに減っていき、最後に残った〈小泉牧場〉。

都会の住宅地にある牧場ということで、
匂いなど、さまざまな問題が発生し、存続するのは至難の技。
そんななかでも〈小泉牧場〉は、においの対策や衛生管理を徹底しながら、
地域の人々の暮らしと共にあり続けてきた。

3代目牧場主の小泉勝さん

〈小泉牧場〉3代目牧場主・小泉勝さんと、先代の興七さん。

小泉牧場

現在、ブラウンスイス、黒毛和牛、ホルスタインの合計25頭を育てている〈小泉牧場〉。

しかしながら、〈小泉牧場〉の牛乳を飲んでもらうことは、
なかなか叶わずにいたのだそう。

「練馬あっての〈小泉牧場〉なので、地域のみなさんに
飲んでもらいたいという気持ちは、ずっと持っていたのですが、
酪農は24時間、365日、牛と向き合う仕事。
牛を育てて、搾乳するだけで手一杯で、
6次化(酪農家が牛乳を生産に加え、加工、販売まで手がける)までは、
正直なところ手が回りません。

ただ、昨年体を壊してしまったこともあり、将来のことを考えると同時に、
練馬に恩返しできるときにしなくては……という気持ちが高まり、
『CRAFT MILK’S PROJECT』で、オンリーワンの牛乳をつくろうと決めたんです」
と語ってくれたのは〈小泉牧場〉3代目の小泉勝さん。

CRAFT MILK’S PROJECT

「CRAFT MILK’S PROJECT」を手がける〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉の地下には、自ら牛乳や乳製品をつくることができる工房を設立。

「CRAFT MILK’S PROJECT」は、〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉 の
木村充慶さんはじめたプロジェクト。
全国の牧場を巡るなかで、6次化まで手が回らない牧場も多く、
「せっかくおいしい牛乳を生産しているのだから、その価値を届けたい」
という思いから、これまで世の中に出てこなかった牧場単位の牛乳を生産する
プロジェクトとして、本格始動した。

CRAFT MILK’S PROJECT

牧場単位の牛乳をつくる「CRAFT MILK’S PROJECT」の第1弾として誕生した〈小泉牧場〉のクラフトミルク(500円)と、以前、製造していたが少し前から製造をやめていたアイスクリーム(500円)も復活。

小泉牧場

牛には地域の豆腐屋から出るおからをエサとして与え、甘くてすっきりとした味わいが特徴。土日を中心に、小泉牧場の目の前のスペースで販売している。

〈小泉牧場〉では、何十年もこの場所で酪農を続け、
近所の人が牛に触れることができたり、
子どもたちに酪農や牛のことを伝える酪農の体験授業を行う
「酪農教育ファーム」の認証牧場として、
地域にひらかれ、練馬と共に歩む牧場として長年親しまれてきた。

小泉牧場

小泉牧場

近所の子どもたちも牛たちの様子を見学に来ることも。

「練馬で育った牛の牛乳を、地域の人たちに飲んでもらうというのは、
地産地消ですし、サスティナブルなかたちだと思います。
僕から練馬のみなさんへの恩返しのつもりでしたが、
まちの皆さんから『ありがとう』と言われるんです。
『やっと小泉牧場のミルクを飲める』『アイスも復活してうれしい』って。
そんな声をもらえることが、僕たちの活力になっています」(小泉さん)

小泉牧場

information

map

小泉牧場

住所:東京都練馬区大泉学園町2-7-16

TEL:03-3922-0087

俳優・山本奈衣瑠の旅コラム 「そのまちの人みたいな顔して歩く」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第43回は、俳優の山本奈衣瑠さん。

長期の撮影仕事で訪れた高知県の奈半利町。
海に面したまちで、時間があればすぐに海に行ったという。
観光スポットとして賑わうわけではないこの場所で
山本奈衣瑠さんはどんな過ごし方をしたのだろうか。
海辺を中心に出会った人、過ごした時間、感じたことを綴ってくれた。

海がある日常の生活

去年の夏、私は高知県の奈半利町にいた。場所的には徳島県の下あたり。
町は海に面していてどこにいてもまっすぐ行けば海にたどり着く。
滞在していたホテルから海は歩いて10分。
自分の生活のなかで海がこんなに近くにあることは貴重だったので
時間があるときはすぐ海に行った。

このまちを訪れた理由は撮影だったのだけど、
長期撮影だったため、のんびりとそのまちで1か月程生活をさせてもらっていた。
海はあるけど大きな観光スポットや人で賑わう有名な場所があるかというと
正直そうではない。
観光客が泊まりに来るホテルが沢山あるわけではなく、
あるのは大きなホテルが2つだけ。

着いてすぐに分かった。
派手じゃないけど東京とは確実に違う時間の流れを感じられるのが
このまちの魅力なのだろう。
仕事で来ているとはいえ、休みの日や撮影が早く終わった日は
宿泊していたホテルを出てなるべく外でこのまちに触れるようにしていた。
一応これを旅と言わせてもらおう(笑)。

気の利いた選曲とうっとりする眺め。 橋のたもとに佇む、松江〈PUENTE〉

音楽好きコロンボとカルロスが
リスニングバーを探す巡礼の旅、次なるディストネーションは
島根県松江市。

音楽の道は深くて険しいと、それとなく気づかせてくれた夜

コロンボ(以下コロ): まあ、音楽の世界は広いね。
まだまだ知らないことばっかりだよ。

カルロス(以下カル): どうしたの? なんかギャフンとさせられちゃったの。

コロ: いや、松江の〈PUENTE〉ってカフェで、
マスターの角田潤さんにいろいろかけてもらったら、まあ、幅が広いわけ。
フォークにエレクトロにニュージャズに北欧って感じで。
自分の狭さを痛感しちゃった。

カル: 音楽の道って、深くて険しいから、知っているつもりでも1%も知らないもの。
まあ、そんな発見があるから、楽しいんじゃない。
そもそも、その松江のお店、どんな経緯で見つけたの?

陽の高さにかかわらず、しっとりと音楽でまったりさせてくれるカフェ。

陽の高さにかかわらず、しっとりと音楽でまったりさせてくれるカフェ。

コロ: 去年、山下達郎さんのライブが島根県民会館であったんだけど、
翌日に知り合いに薦められて、ちらっと寄ってみたんだ。

カル: 行った自慢?(笑)。地方のライブに東京の人が行っちゃ迷惑だよ。
楽しみにしている地元のファンが見られなくなっちゃうから。

コロ: お店でも行かれなかったお客さんにそう言われた(笑)。
でね、特に達郎さんアピールをしたいわけじゃないんだけど、
お店でかけてくれたのが、弾き語りでライブに乗せた「シャンプー」だったの。

カル: 達郎さんがアン・ルイスに書いた曲のセルフカバーね。

コロ: 久しぶりに生で聴いてリフレインしていた曲が、
見透かされたようにかかって、うれしかったんだよ。

カル: ライブ帰りにお客さんにサービスするつもりなら、
もっとわかりやすいキラーチューンがあるよな。

ボブ・ディランのいたって感傷的で内省的な作品ともいえる『OH MERCY』。アートワークはトロツキーのストリートアート。

ボブ・ディランのいたって感傷的で内省的な作品ともいえる『OH MERCY』。アートワークはトロツキーのストリートアート。

最近、堀っているという和ジャズの神レーベル〈スリー・ブラインド・マイス〉から鈴木勲トリオ/クワルテットの『ブロー・アップ』。

最近、堀っているという和ジャズの神レーベル〈スリー・ブラインド・マイス〉から鈴木勲トリオ/クワルテットの『ブロー・アップ』。

コロ: そうなのよ。控えめにひねったところにセンスが漂う。
ディランにしても『OH MERCY』をピックアップしたり。

カル: ダニエル・ラノアと組んだ霧のようなサウンドのアルバムだ。
裏最高傑作ともいわれているけどな。

コロ: そこからつないだのがロバート・グラスパーの『DOUBLE BOOKDED』。

カル: 意外性に満ちたいいつなぎ。なかなか思いつかないかも。

コロ: でしょ。ニュージャズも詳しいけど、
去年から和ジャズにもハマりはじめて、
和ジャズの専門レーベル〈スリー・ブラインド・マイス〉を中心に掘り出したんだって。

カル: あくなきディガー精神。

コロ: マスターがいうには、都会のお店と違うのはかけるだけで終わらないことで、
大切なのはそのあとの会話なんだそう。

カル: たしかにね。独りよがりにならないように、
説明したり、掘ったり、薦めたりとね。
客層はどんな感じなの?

コロ: 20代から80代。
地元の人から観光客と全方位。最高齢は90代前半らしい。

マスターの角田さんの意外性に満ちた選曲の流れに感心。それでいてマニアックにならないところが不思議。

マスターの角田さんの意外性に満ちた選曲の流れに感心。それでいてマニアックにならないところが不思議。

〈武蔵野デーリー〉で知る、 牧場主の哲学と情熱が反映された クラフトミルクの魅力

牧場の環境、飼育方法、季節によっても変わる味わい

牧場や牛によって、それぞれ異なる個性を持つ「クラフトミルク」。
普段の生活のなかでは、なかなか触れる機会が少ないが、
実際、どのような個性を持ち、どのような違いがあるのだろうか。

品種、エサ、育て方、殺菌方法により味わいが変わり、
特に放牧の場合は、季節、場所によって草の状態が違うため、
それが味や風味にもダイレクトに反映される。

〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉の副店主・木村充慶さん。

〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉の副店主・木村充慶さん。

「草が青々と茂る春は乳から草のような爽やかな香りが感じられますし、
夏になると牛が水分をたくさん飲むようになるので、すっきりした味わいに。
冬になると脂肪を蓄え、水分もあまり取らなくなるので甘くて濃厚なんです。

3月頃から徐々に春らしい味わいになってきます。
放牧のほうがそういった季節の違いや牧場ごとの味わいが
そのまま感じられるので、僕は放牧牛のクラフトミルクが好きですね」
と教えてくれたのは〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉の副店主・木村充慶さん。

『阿寒アイヌアートウィーク』 から考える これからのアイヌのカタチ

木彫りのお土産物からアートへ

「アイヌ」と聞いて、どんなイメージを持つだろうか。
最近では実写映画・ドラマ化もされた
マンガ『ゴールデンカムイ』で興味を持った人も多いだろう。

樺太から北海道の先住民族であるアイヌ民族は、
北海道の各地に「コタン」と呼ばれる集落を形成している。
そのひとつ、阿寒湖にあるコタンを舞台に、
昨年11月から12月にかけて『阿寒アイヌアートウィーク』が開催された。
アイヌ作家のみならず、ほかの地域から訪れた現代作家たちが
アーティスト・イン・レジデンスとして現地に滞在し、作品を生み出した。

そもそも阿寒湖アイヌコタンは、観光地としての阿寒湖温泉とともに歩んできた。
コタンはひとつのエリアに集まっており、通りの両サイドには、
アイヌ作家が経営するお店が立ち並んでいる。
ほとんどの1階はお土産物店になっていて、それぞれのオーナーは2階に住んでいる。

お土産物として売られているものの多くは、木彫りの商品である。
伝統的な「マキリ」というナイフから、定番の木彫りの熊、
お土産に最適なかわいいキーホルダーまで。

オープニングイベントでは、普段は外部の人間はなかなかお目にかかることができない伝統儀式「カムイノミ」が特別に行われた。

オープニングイベントでは、普段は外部の人間はなかなかお目にかかることができない伝統儀式「カムイノミ」が特別に行われた。

彼らが先祖代々受け継いできた木彫技術は、お土産物として現代に受け継がれてきたが、
その様子が変わってきたのは数年前から。

「それまでは『俺が彫った木彫りは俺の店で売るんだ』で済んだのです」
と話してくれたのは、
『阿寒アイヌアートウィーク』の監修をしている「デボ」こと秋辺日出男さん。
自身も木彫りの作品を出展しているアイヌの作家でもある。

秋辺日出男さんはデボさんと呼ばれている。映画『urar suye』のひとコマから(後述)。

秋辺日出男さんはデボさんと呼ばれている。映画『urar suye』のひとコマから(後述)。

「数年前に、あるブランドとコラボして作品をつくる機会がありました。
向こうも商品だから『もうすこし軽やかにしてくれ』
『お客様の手に本当に届くような魅力あるものにしてくれ』などの注文がくるんです。
私たちと違う目線で秤にかけられるんですね。
そうした経験を経て、
アイヌのつくり手ひとりひとりの意識も変わってきたと思っています」

流木の形を生かしたデボさんの『魚』。全体に鱗彫りやアイヌ文様が彫り込まれ、黒漆も施されている。

流木の形を生かしたデボさんの『魚』。全体に鱗彫りやアイヌ文様が彫り込まれ、黒漆も施されている。

そこで阿寒湖アイヌコタンの潜在能力を感じたという。

「こうした技術や感性をもっと磨き上げたいと思っていた矢先に、
このアートウィークの話が浮上してきたんです」

今回は14名の阿寒アイヌの作家が出展。
アイヌ文様を施した木彫や刺繍の作品、伝統楽器のトンコリなどが展示され、
オープニングイベントではアイヌ古式舞踊などを鑑賞できた。

アイヌ文様が刺繍された、西田香代子『ルウンペ』。

アイヌ文様が刺繍された、西田香代子『ルウンペ』。

まるでヘビメタのヘッドバンギングのように女性が髪を振り回す『アイヌ古式舞踊』の演目のひとつ「フッタレチュイ(黒髪の踊り)」。

まるでヘビメタのヘッドバンギングのように女性が髪を振り回す『アイヌ古式舞踊』の演目のひとつ「フッタレチュイ(黒髪の踊り)」。

牧場の個性や本当のおいしさを。 クラフトミルクの発信地 〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉

牛乳には牧場ごとのおいしさがある

スーパーやコンビニで手軽に手に入れることのできる牛乳。
その牛乳が、どこで誰によって、
どのようにつくられているのかを考えたことはあるだろうか?
市販の牛乳は、日本各地で搾乳された牛乳をブレンドしていることがほとんど。
しかし、単一の牧場や、同じ品質の少数の牧場のみで
手間ひまかけて、丁寧につくられた牧場牛乳「クラフトミルク」
を扱う店が吉祥寺にあると聞き、訪ねた。

〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉

〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉副店主の木村充慶さん、代表の義之さん、スタッフの松村さん。

〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉は、
この地で100年続く牛乳屋さんが、
2022年5月にオープンしたミルクスタンドだ。

「牛乳は品種や餌、育て方といった要素によって変わるので、
牧場によって味わいはまったく違います。
自然の中に放牧して、のびのびと育てたり、
牛をノーストレスな環境のなかで育てたり。
本当にさまざまな育て方があります。
それぞれに牧場主・酪農家の哲学や思いが反映されている。
それこそがクラフトマンシップだと思うんです。
本来、そういった違い、個性があるのに、ほとんど知られていません。
そんなこだわりの詰まった牛乳『クラフトミルク』を
味わってもらいたいと考え、ミルクスタンドをオープンしました」
と語るのは〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉の副店主・木村充慶さん。

牛乳嫌いを変えた、放牧牛乳との出合い

武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND

実は、幼い頃は牛乳嫌いだったという木村さんが、
牛乳のおもしろさに気づいたのは20代後半のこと。
北海道の有名な放牧牧場を訪れた際、その牧場のミルクを飲んでみたら、
「こんなにすっきりしていて、草の甘みが爽やかに感じられるんだ」
と、その味わいに衝撃を受けたのだそう。

そこから全国の牧場を訪ねたという木村さん。
牧場主や酪農家と語らい、牛乳を飲むなかで、
そのおいしさ、放牧のおもしろさを実感。
まだまだ知られていない魅力を多くの人に届けるべくオープンさせたのが、
ここ〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉だ。

〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉木村義之

〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉の代表で、木村さんのお父さんである義之さん。

「うちは祖父の代からこの場所で牛乳配達の仕事をしていました。
父の代で自動販売機の配送業も請け負うようになったのですが、
父も高齢になったことで、これからを考えるようになり、
思い切って、クラフトミルクを売るお店をはじめてみようと思ったんです。
実は父もかつて全国の牧場を巡っていたことがあるようなので、
親子の活動がつながったふしぎな縁も感じます」

ゆーゆー牧場

木村さんが訪れた、東京で唯一放牧をしている牧場「ゆーゆー牧場」。八丈島の南国感あふれるゴルフ場だった場所を放牧地に。ヤシの木と太平洋とジャージー牛という、ここでしか見られない風景。

端正でオーセンティックな 米子のカフェ〈遠音〉で、 日がな一日まどろむ。

音楽好きコロンボとカルロスが
リスニングバーを探す巡礼の旅、次なるディストネーションは
鳥取県米子市。

クラシック→ボサノヴァ→ジャズと三毛作でうつろう一日

コロンボ(以下コロ): 米子の街道沿いの郊外に品よく佇むカフェがあったから、
ちょいと寄り道したら、これが大当たり!

カルロス(以下カル): 外観を見る限り、
まさかレコードを音源としてかけているお店だとは思わないね。

コロ: でしょ。レコードバーだと、なんだか怪しい匂いに誘われて、
なんとなく鼻が利くもんだけど、カフェとなるとね。

カル: いま風な感じだと、わからないでもないけど、
ここまで端正な一軒家のお店だと、ボクらのアンテナも機能せずだ(笑)

コロ: それでもオープンして今年で14年目だそうだ。

カル: 〈遠音(とおね)〉っていう店名も情緒があるね。
遠鳴りがする音はいい音っていうし。

コロ: ローマ字で表記すると「TONE(トーン)」とすることもできて、
メッセージがこもっているでしょ?

米子郊外の街道沿いにポツンと佇む瀟酒な一軒家のカフェ。

米子郊外の街道沿いにポツンと佇む瀟酒な一軒家のカフェ。

朝はクラシックからはじまり、陽の動きとともに選曲も変わっていく。

朝はクラシックからはじまり、陽の動きとともに選曲も変わっていく。

カル: うっとり。 しかも9時半オープンだっていうじゃない。
この連載で最も早い開店時間だ。
やっぱりお店は静かに始まるの? パット・メセニーとかアール・クルーな感じで。

コロ: 午前中はクラシック。12〜14時はボサノヴァ、
そして14時以降はジャズっていうタイムテーブルなんだよ。

カル: シームレスな流れ、美しい‼︎ 

コロ: すっきりと広々とした店内にぴったりの音質なんだよ。
奥ゆかしい音っていうのかな。

カル: 意識高いお店だね。

コロ: お店を始めるきっかけは、
マスターの瀬尾尚史さんの社会人になってからの夢なんだって。いつかはこんなお店をと。
だから建物の設計からして、音楽を聴くためにこだわりが詰まっているようだよ。

カル: 防音とかそういうこと?

コロ: それも大事だけど、窓、カーペット、壁の中の構造まで、
とにかく響きを研究し尽くしたらしい。

カル: 本棚にあった『住まいと音』(岡山好直著)が指南書なのかな?

コロ: そのとおり、
『遮音は材料によって行うのではなく、建築の構造によって行う』という教えを
具現化したんだ。

放送局から払い下げてもらったDENONの業務用プレーヤーをレストア。

放送局から払い下げてもらったDENONの業務用プレーヤーをレストア。

設計段階から音響にはこだわったお店。そのバイブルともなった書籍『住まいと音』。

設計段階から音響にはこだわったお店。そのバイブルともなった書籍『住まいと音』。

〈アウトクロップ〉栗原エミルさん 映像制作と場づくりで、 秋田の雪解けを担う

〈ロフトワーク〉創業者で、現在は、地方と都市の新たな関係性をつくることを目的とする
〈Q0〉を率いる林千晶さんが推薦するのは、秋田県秋田市の映像制作会社
〈アウトクロップ〉の代表取締役CEO兼プロデューサー栗原エミルさんです。

推薦人

林千晶さん

林千晶

Q0代表取締役社長

Q. その方を知ったきっかけは?

雪降る夜、ふと気づくとエミルくんの秋田オフィスの前を歩いていた。エミルくんは秋田を変えていこうと仲間と飲み会を開いていたというのだから驚き。あのときのワクワク感は今でも消えていない。

Q. 推薦の理由は?

「見えない物語を魅せる」、そんなモットーを掲げる〈アウトクロップ〉代表取締役のエミルくん。ハーフで秋田への移住組でもある。彼らが映像を通じて描こうとする世界が、シンプルに格好いい。伝統、食文化、祭、その豊かさの片鱗を映像化できたら、世界に発信することができる。そんな想いがプンプン伝わってくるのだ。2024年には〈アトレデルタ〉という宿泊もできる複合拠点もオープンさせた。そんなこと、あり? と一瞬耳を疑ってしまうようなサービスを、これからもつくっていってほしい。

映像制作と場づくりの両輪で

横殴りの雪が吹きつける秋田駅で下車し、車で10分。
コーヒーハウス〈マチノミナト〉の明かりがぼんやりと見えてくる。
その建物の4階で、栗原エミルさんが待っていた。
林千晶さんは推薦文のなかで、雪の日にオフィスで栗原さんと会ったというが、
奇しくも同じような状況で彼に話を聞くこととなった。

栗原さんの活動は多岐にわたる。
まずは、ドキュメンタリーからフィクション、TVCM、プロモーション映像、映像教材、
2D・3Dアニメーションなど、
幅広く映像制作を行う〈アウトクロップ〉の代表取締役CEO兼プロデューサー。
宿泊施設〈DELTA HOSTEL〉、
ランチ営業から夜のバー営業まで行う飲食店〈マチノミナト〉、
ワークスペース・スタジオ〈CREATORS’ GARAGE〉を有する
複合施設〈Atle DELTA(以下、デルタ〉の企画と運営。
そして、秋田市内の古民家をリノベーションした
月1上映のミニシアター〈アウトクロップ・シネマ〉の運営。
栗原さんは、映像制作と場づくりというふたつの武器を持って、
秋田の若者や企業を巻き込んで切磋琢磨している。

アウトクロップシネマ

秋田市中心街にあるアウトクロップシネマ。

ドイツで生まれ、京都で育った栗原さんは、公立の国際教養大学への進学を機に、
2015年に秋田へ移住した。国際教養大学を選んだのは、
中嶋嶺雄先生(初代学長)の本を読んだことがきっかけだったという。

「こんな大学が地方にあるんだ、すごいなと思ったのが第一印象です。
どちらかというと“何が学べるか”よりも、
“どんな人と一緒に4年間過ごせるか”が自分にとっては大事だったのですが、
秋田という利便性がいいとはいえない地に国内外から人が集まってくるって、
どんな魅力的な場所なんだろうと惹かれました」

受験前までは秋田がどこにあるかもよくわからなかったというが、
進学後は栗原さんが決め手にしていた「人」に恵まれる。
在学中の2019年に大学の後輩である松本トラヴィスさんと共に、
秋田の伝統野菜で“いぶりがっこ”の原料となる沼山大根を主題とした
短編映画『沼山からの贈りもの』を制作し、
「全国地域映像団体協議会グランプリ2020」において学生部門の最優秀賞である
文部科学大臣賞を受賞。翌年に松本さんとともにアウトクロップを創業した。

短編映画『沼山からの贈りもの』

短編映画『沼山からの贈りもの』

『沼山からの贈りもの』より。

卒業後も秋田を拠点とした理由は、こうした映像制作を通して見えてきた地域課題にある。
「東京での可能性よりも、秋田でのチャレンジのほうが
自分にとってわくわくする選択でした。
それに地域社会へのインパクトも秋田のほうが大きいと考えたのです。
秋田の見えない価値を掘り起こして伝えたいという想いと、
映像という手段が合致して起業しました」
立ち上げ当初は映像制作を軸に栗原さんは動き出した。

推薦人の林千晶さんとの出会いは、国際教養大学の先輩が、
林さんが創業した東京のクリエイティブカンパニー〈ロフトワーク〉で
働いていた縁だったという。
その後、秋田の20代の若者が集まって、
酒を飲みながら自分たちがやっていることやこれからチャレンジしたいことを発表し合う、
栗原さん主催の「夢を語る会」の会中に、
オフィス前ですれ違うかたちでたまたま林さんと再会。
栗原さんから会の主旨を聞いた林さんは飛び入り参加をし、
黙って後方で見守っていたそうだ。
そこで栗原さん含む秋田の若者の熱量にほだされ、
次の開催時には、コミュニティデザインのパイオニア〈スタジオL〉の山崎亮さんを伴って
参加したのだという。

 「夢を語る会」の集合写真

「夢を語る会」の集合写真。左から2番目が栗原さん。3番目が林さん。5番目が山崎さん。

「私もデルタの構想や、今後やろうとしていることの話をしましたが、
まさに山崎さんの専門分野であるコミュニティデザインのことなので、
さまざまなお話をうかがいました。
その際、収益性の話よりも、『秋田という場所において
その場がどういう役割を果たすのか?』と山崎さんから尋ねられました。
映像をつくる過程で、いろんな人に取材をするなかで、
秋田にこういう場所があったらいいなとか、
秋田に熱い人がたくさんいるけども点と点でなかなか交わる機会がないといった、
自分たち目線での課題感や、もう少しこうなったらわくわくするよなという考えはあって。
その思いは、山崎さんや林さんと話したときから今も変わっていないです」

これを契機に栗原さんは林さんと連絡を取り合うようになり、
現在も事業にまつわるアドバイスをもらっている。

【座談会】コミュニティをつくるための 「対話的な装い」とは? ローカル×ファッションの現在地

2024年11月、都内某所。平日の午後とあって隣の公園は人もまばら。
そんななか、とあるアパートの一角に集まった面々。
編集者やライター、キュレーターやリサーチャーといった肩書きを持つ林 央子さん、
美術家であり大学准教授の西尾美也さん、
リメイクのブランドを主宰する山下陽光さん、
編集を軸に幅広く活動する影山裕樹さんの4人だ。

書籍『拡張するファッション』(2011)で著者の林さんは
「ファッションは楽しいし、ファッションについて考えることも楽しい」と語っている。
ファッションは、当然ながら限られた人だけのものではないし、
もっと自由かつ主体的に楽しむべきである、と。

公園という場所がだれにとってもひらかれているように、ファッションもまた、
あらゆる人にとっての居場所やつながりを生む可能性になれるはず。
さらに、その延長線上に浮かび上がってきたのは
「ファッションは社会に対してどのようなアプローチができるか?」という問いである。
ここに集まったメンバーで、
ローカル×ファッションについてのあれこれを自由に語り合ってみたい。

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集合場所は林央子さんの事務所のはず。しかし隣にある小さな公園に、なぜか集まってくる面々。

集合場所は林央子さんの事務所のはず。しかし隣にある小さな公園に、なぜか集まってくる面々。

2010年以降、ローカルにおけるファッションの現在地

影山裕樹(以下、影山): 今回の座談会企画のきっかけは、
西尾さんがディレクター、林さんがキュレーターとして参画されている
『浦安藝大』というアートプロジェクトのプログラム「拡張するファッション演習」でした。
あらためて、浦安藝大とはなんですか?

西尾美也(以下、西尾): 浦安藝大は、
東京藝術大学と浦安市が連携して2022年に発足した、
社会課題へのアプローチをアートで模索しようとするプロジェクトです。
メンバーはキュレーターに林さん、
ファッション研究者の安齋詩歩子さんをリサーチャーに迎えています。
具体的には、人間にとっての「装い」を
「対話としてのファッション」として学び直しながら、
社会的孤立の問題に対して何ができるかを考え、実践する試みです。
本プロジェクトでは高齢化と孤立という課題に取り組んでいますが、
単に高齢の方だけの問題ではないと思っています。

林 央子(以下、林): 本格始動したのは2023年4月で
「拡張するファッション演習」がスタートしたのもそのときからです。
さまざまな専門家たちが外部講師として参加してくれて、
レクチャーやワークショップを行ったり、浦安市内の理髪店や美容院の協力のもと、
まちなかで「浦安するファッション」という展示もしました。

影山: 個人的に印象に残っているのは、
ローカルでセレクトショップを営む人たちの座談会です。
僕は東京が地元なんですけど、10代の頃は裏原ファッションの全盛期で、
誰もが人と被らないような個性的な格好をしていた時代でした。
よく、東京を出たら奇抜な格好は通用しないっていいますけど、
その座談会で「ファッションとは住んでいる地域と自分を切り離すためのものだった」
という話がありました。
要するに、地方における狭いコミュニティに属することなく
自分を確立するための手段でもあったのだと。

一方で、これからの時代は切り離すのではなく巻き込むような形の、
ローカルならではのファッションを媒介にしたコミュニティのつくり方も
あるのではないかと感じています。
今、どのような流れや動きがあるのか、そこにはどんな可能性があるのか、
事例なども挙げつつ話してみたいと思いました。

林: ローカルでいうと、そもそも日本は世界のローカルですよね。
だから自分たちがおもしろいと思っているものは、
世界からは外れているものだったりする。
たとえば、かねてから私が憧れていた雑誌は『i-D』ですが、
セントラル・セント・マーチンズに留学していたときに図書館にあったのは
『VOGUE』だけ。『i-D』はロンドンで創刊された雑誌なのに、置いてなかったんです。
つまり世界のローカルである日本、
そしてマイノリティである私たち日本人が熱烈に憧れたり興味を抱いたりしながら
輸入してきたファッションの文化は、
世界のなかで見るとすごく偏ったものだったのかなあとも思いましたよね。

影山: なるほど。

林: 影山さんの話にあった
「ローカルでコミュニティをつくるうえでのファッション」に
おもしろみを感じられるようになってきたのは、
おそらく2010年以降ではないかと思っています。

影山: 2010年以降というと、西尾さんと山下さんはまさにそこに当てはまりますよね。
西尾さんが手がけるブランド「NISHINARI YOSHIO」はどんなブランドですか?

西尾: 元たんす店を創作の拠点として活用しながら、
大阪の西成区山王という地域の女性たちとの共同制作で立ち上げたブランドが
NISHINARI YOSHIO」です。
芸術家やアーティストが地域資源を素材として制作したり、
そこに住む人たちと協働するというアートプロジェクトは、
2000年代に日本各地で実践されてきました。
こういった手法を地域に根ざしたファッションの可能性に置き換えて考えた場合、
それを誰が担うのかは重要です。
いずれにせよ、地域との関わりを持ちながら創作できる機会と場所があれば、
そこでしか生み出せない新たなものが出てくる可能性はあるということですね。

〈OF THE BOX〉追沼翼さん 建築、カフェ経営、地域の情報発信、 “一専多能”な新しいまちづくり

建築家で東北芸術工科大学教授の馬場正尊さんが推薦したのは、
山形市で建築プロジェクトを行う〈OF THE BOX〉の追沼翼さん。

推薦人

馬場正尊さん

馬場正尊

オープン・エー代表取締役/
建築家/東北芸術工科大学教授

Q. その方を知ったきっかけは?

山形にある東北芸術工科大学で彼が学部3年生(建築・環境デザイン学科)のとき、僕の研究室の学生として入ってきました。大学院在籍中に起業。僕の仕事を手伝ってもらったり、彼の仕事をサポートしてみたり、いろんなトライを横で見守っていました。

Q. 推薦の理由は?

彼のようなタイプを、「新しい日本人」と呼んでいます。なんだか行動のモチベーションがサラサラしているんですよね。周りの人を楽しませながら自分も走っている、というような。仕事のつくり方や進め方も、僕らの世代とはまったく違う。仕事の内容も場所も、横断的かつ離散的。
例えば、カフェをやりながら、設計事務所を並行して経営していたり。プロジェクトを動かすとき、クラウドファウンディングで数百万円集めることから始めたり。
クライアントが全国にいて、ほとんどのコミュニケーションをオンラインでこなしていたり。なんだかよくわからないけど、でもそれらの活動はちゃんとつながっていて、なおかつ時代の要請に素直に対応している。
軽やかで、しなやかで、でもちゃんと経営につなげていく。そんな感性を持った人たちを「新しい日本人」と呼んでしまっているのですが。追沼くんは僕の身近にいる人のなかで、その代表選手かな。

大学の課題「リノベーションの妄想」が現実に

東北芸術工科大学在学中から、
大学のある山形市を中心にまちの課題を解決するようなプロジェクトを展開。
現在は日本各地にその舞台が広がっている、追沼翼さん。
推薦者の馬場正尊さんは、彼の進路を方向づけたひとりといえる、大学時代の恩師だ。
その推薦文を読んだ追沼さんは、「新しい日本人」という言葉に反応した。

「馬場さんからはよく、『宇宙人』って言われていたんですよね。
もう少しやさしい言い方にすると、こうなるのかな(笑)」

仙台市出身の追沼さんは、大学進学を機に山形市へ。
そもそも専攻した建築・デザイン学科は第一志望ではなかったが、
未知の世界だったからこそ、可能性は四方八方に散らばっていた。

「〈みかんぐみ〉の竹内昌義さんが学科長だったこともあり、
全国の大学でも珍しいんですけど、
エコハウスやエネルギー関連の授業に力を入れていたんです。
ほかにも、自分たちの食べているものが、
どこから来ているのかを考える哲学寄りの授業があったりして、
建築に徐々に興味を持つようになっていきました」

まちや地域のコミュニティに入り込むきっかけとなったのが、
大学3年生のときに馬場さんのゼミで取り組んだ夏休みの課題。
「空き物件のリノベーションを妄想せよ」というテーマを与えられて選んだのが、
山形市七日町の通称「シネマ通り」にある〈郁文堂書店〉だった。

かつての〈郁文堂書店〉

かつての〈郁文堂書店〉

リノベーションブームの先駆けといえる〈とんがりビル〉の隣で、
ひっそりとシャッターを閉ざしていたこの書店を、
ブックカフェにするアイデアがまず浮かぶ。

オーナーにヒヤリングを行うと、閉店してすでに10年ほど経つこと、
シネマ通りはかつて映画館が6つも立ち並ぶ文化の拠点だったこと、
斎藤茂吉や井上ひさしなど名だたる文化人が足を運び、
「郁文堂サロン」と 呼ばれていたことなどが判明。
そんな夢のような空間が現代に蘇ったら……と希望を抱いた追沼さんは、
妄想を妄想のままで終わらせず、ブックカフェの案を練り直すことに。

「あのときまちの人たちと接して、
山形を知ることができたのは大きかったと思っています。
オーナーの原田さん(故人)は、僕らが出会った頃すでに80代でしたが、
界隈で知らない人はいないくらい顔が広く、
住民との関係の築き方を教えてもらいました。
結局、半年くらいほぼ毎日、片付けなどに通ったのですが、
表からは見えにくい地道な活動の積み上げが大事だというのも、
実践しながら学ばせてもらいました」

2016年9月、山形ビエンナーレで書店の1日限定オープンを成功させたあと、
追沼さんたちは郁文堂サロンの本格的な復活を目指す。

その際に活用したのが、当時はまだ認知度の低かったクラウドファンディングだった。
資金力のない学生ゆえにたどり着いた選択ではあったが、
お遊びでやっていると思われたくないプライドや、
周りに迷惑をかけたくないというプレッシャーが交錯。
不安をよそに目標金額を達成できたことは、自信と励みになっていく。

「設計料や活動費を自分たちで集めていくようなやり方は、
このときの経験が原点になっているのだと思います」

店舗からストリートへ、エリアリノベーションを展開

電気工事など専門的なところは職人にまかせ、
それ以外の部分は学生とまちの人たちのDIYによって完成した〈郁文堂書店TUZURU〉。
書店とサロンの機能を持つ、まちに開かれた空間は、
メディアなどに取り上げられて注目が集まり、住民にも喜ばれた。

書店とサロンの機能を持つ〈郁文堂書店TUZURU〉

書店とサロンの機能を持つ〈郁文堂書店TUZURU〉。(撮影:斎藤哲平、吉木綾)

「一方で、学校で勉強しているだけでは接点を持てなかった人たちと出会い、
それぞれの世代ごとに抱えている課題が具体的に見えてきたことで、
まちについてもっと真剣に考えたいと思うようになりました。
それが〈山形ヤタイ〉や〈シネマ通りマルシェ〉の
プロジェクトへとつながっていったんです」

山形ヤタイは、木枠にレジャーシートの屋根を張った、
シンプルかつおしゃれな佇まいの屋台。
ホームセンターで揃えられる材料と工具で、
DIY初心者でも簡単につくることができるのがポイントだ。
チャレンジショップのようなビジネス利用から、町内のイベント、
あるいは庭先でのピクニックでも活躍する汎用性の高さが受けて、
設計やつくり方を実践的に学ぶワークショップを全国で展開する。

その山形ヤタイを活用したのが、2017年~19年に年2回のペースで開催された、
シネマ通りマルシェ。コーヒー、パン、野菜、アクセサリーなど、
毎回2~30店舗が出店し、多いときは約2000人が来場。
さらにマルシェに合わせて山形リノベーション協議会の協力のもと
「空き物件ツアー」を行い、新たな実店舗の開業へとつながる動きも生まれた。

汎用性が高い〈山形ヤタイ〉。

汎用性が高い〈山形ヤタイ〉。

シネマ通りマルシェの様子。

シネマ通りマルシェの様子。東北芸術工科大学と山形大学の有志も協力した。

2018年、大学院に進学した追沼さんは、
こうしたプロジェクトを行ってきた〈OF THE BOX〉を法人化。
さらにその翌年には〈株式会社デイアンド〉を設立して、店づくりにも着手する。
山形駅近くの通称「すずらん通り」に、
コーヒースタンド〈Day & Coffee〉をオープンさせたのだ。

安土桃山時代から続く老舗呉服店〈とみひろ〉の旧本社ビル

安土桃山時代から続く老舗呉服店〈とみひろ〉の旧本社ビルを、2019年にフルリノベーション。1階がコーヒースタンド、1、2階がオフィス、2、3階がメゾネット住居になっている。

〈とみひろビル〉の奥に立つギャラリー。

〈とみひろビル〉の奥に立つギャラリー。山形副市長の定例朝会などに利用されている。

「Day & Coffeeが入っているのは、老舗呉服店の本社ビルだった建物で、
10年くらい使われていなかったんです。
オーナーさんが芸工大の理事だったこともあり、
学生やまちの人と関わりながらリノベーションして、
若者が来るような場所にしたいという相談が大学にあって。
芸工大の先輩である〈リトルデザイン〉代表の佐藤あさみさんから声をかけてもらい、
プロジェクトに参加することになりました」

Day & Coffee

Day & Coffeeのコンセプトは「すべての日に特別なひと時を」。特別感のあるリボンをモチーフにロゴをデザインしてもらった。

Day & Coffee 店内

世界各地の豆を丁寧に店内で焙煎し、ハンドドリップなどで提供。テイクアウトもOK。

ハンドドリップしている様子

そして、すずらん通りもかつては様相が違っていたことを、
プロジェクトを通して知るように。

「もともとは文房具屋さんや呉服屋さんなどが立ち並ぶ商店街だったのですが、
僕が山形に来た頃には
夜の繁華街のイメージが強くなっていました。
もちろんそれも悪くないのですが、駅から徒歩数分の立地なので、
昼間、外から訪れた人には暮らしが見えないうえに、
お店も開いていないので、“何もない場所”という印象になってしまう。
僕自身も外から来た人間だから、もったいないなと思ったんです」

暮らしの息づかいが聞こえるような、
昼夜問わず人がいる状態をつくりたいと考えた追沼さんたちは、
オフィスと飲食、住居の機能を持ち合わせたビルにリノベーション。
まちに新たな人の動きを生み出した。
ちなみにオープン時からカフェの店長を務めている北嶋孝祐さんも、
芸工大の出身者だ。

「彼は高校時代からスペシャルティーコーヒーの店でバイトして、
バリスタトレーニングを受けるほどのコーヒー好きなんです。
もともとの出会いは、
郁文堂書店の再生プロジェクトを手伝ってくれたからなんですけど、
コーヒーの道具を現場に持ってきて、
毎日いろんな種類のコーヒーを振る舞ってくれました。
『自分が受けた感動を味わえるような、
スペシャルティーコーヒーの店が山形にもあったらいいのに』
と話していたのが印象に残っていて、一緒にお店をやることになりました」

一方、学生時代から追沼さんを見てきた北嶋さんは、その印象をこう語る。

「理想と現実のバランスがいい人だと思います。
社会がこうなったほうがいいという理想をしっかり持ちつつ、
理想のままで終わらせないというか、
現実的に自分ができることを常に考えて、継続してアクションを起こしている。
いろんな活動をしているので、一貫性がないように見えるかもしれないし、
たぶん本人もそう言われがちだと思うのですが、
理想に対して一歩ずつ近づいている印象は、そばで見ていて変わりません。
一見飄々としていますけど、内側には熱いものを持っているんですよね」

Day & Coffeeの店長 北嶋孝祐さん

芸工大の後輩で、Day & Coffeeの店長を務める北嶋孝祐さん。コーヒーが飲めなかった追沼さんを、コーヒー好きにした人物でもある。

キャンプのその先へ。 京都で 薪ストーブのあるログハウスで暮らす

薪ストーブが置ける家を探して

京都駅から車で約1時間半。
谷さんとあやかさんご夫妻は、山に囲まれた自然環境の中に建つ
〈BESS〉のログハウス「G-LOG なつ」で暮らしている。
谷さんはもともとこのあたりの出身。
「都会に憧れて」京都市内で就職、そして市内で10年間暮らした。

2階「NIDO(ベランダ空間)」から。周辺では最も若いおふたりなのだそう。

2階「NIDO(ベランダ空間)」から。周辺では最も若いおふたりなのだそう。

あやかさんと結婚し、
新しい家に求めたのは「薪ストーブを気兼ねなくつけて過ごせる」こと。
夫婦ともにキャンプが趣味で、その延長で浮かんだアイデアだ。
谷さんいわく、当初は京都市内で探していたのだそうだ。けれど…。

「市内にはそんな家も、建てられる環境も見つけられなくて。
探しているうちに自然豊かなこの場所まで来てしまいました(笑)。
でも都市の生活も十分に満喫したし、なによりキャンプで自然環境の魅力に気がついた。
それにこの家が似合う環境はやっぱり自然の中かな、と。
ここは田舎だけど、
スーパーにも車で10分くらいで行けるので不便さは感じていませんね」

まるでキャンプ場のような約300坪の敷地内に
「G-LOG なつ」を建てたのは2023年の春。
この家との出会いは京都・久御山のLOGWAY(BESSの展示場)にて。
さまざまな住宅展示場を巡るなかで、薪ストーブの設置が可能であること、
それに「カントリー調のかっこいい雰囲気」に惹かれた。
このロケーションもBESSからの紹介だそうだ。

薪ストーブを前にロッキングチェアに揺られるのも至福の時間。

薪ストーブを前にロッキングチェアに揺られるのも至福の時間。

あやかさんは、昔から「三角の屋根の家」が憧れだったという。
だからBESSの展示場で三角の屋根が特徴的な「G-LOG なつ」を見るなり、
「理想の家がそこにあった」と驚いた。
あやかさんの出身は静岡県の富士山の麓で
「京都市内は車も自転車も多いし将来的に自分が住むところではないな、
田舎のほうが向いている」と感じていたそうだ。

心地良い陽射しが差し込む2階はおふたりの寛ぎスペース。

心地良い陽射しが差し込む2階はおふたりの寛ぎスペース。

インドのチャイ文化が教えてくれた 日本の心とお茶時間の大切さ

こんにちは、世界一周旅中のうんまほふうふです。
東南アジアを立ち、次に向かったのはインド!

インドからその周辺国、さらには世界中に広まった食も多く、
独自で多様な食文化が発展していったおもしろい国のひとつです。

インドではよくお茶(チャイ)を飲む!

タイのバンコクからインドに飛行機で移動し、
第3の都市・コルカタ市街地に到着したのは、現地時間の朝8時頃。
バスを降りて、すごい人集りを見つけたと思ったら
そこは「チャイスタンド」でした。

たまたま出合ったローカルなチャイスタンド。一杯18円ほど。

たまたま出合ったローカルなチャイスタンド。一杯18円ほど。

次から次へと人がやってきては、
チャイを飲みながら店の前で談笑する。

噂には聞いていたけど、
「ほんとうにインドではチャイをよく飲むのだ」
と感じた瞬間でした。

最初に飲んだチャイは、その甘さにびっくり!

最初に飲んだチャイは、その甘さにびっくり!

私たちも、さっそくチャイを試してみることに。
初めての感想は、想像以上においしい!
甘いけどスパイスがしっかり効いている。
これは、ハマってしまいそうな予感……。

宿泊していたゲストハウスの朝食でも提供されました。

宿泊していたゲストハウスの朝食でも提供されました。

建築デザインユニット〈Kii〉 新井里志さん、中富慶さん 人々の思いや背景からつくる、 居心地のいい場所

〈コンランショップ・ジャパン〉代表取締役の中原慎⼀郎さんが推薦したのは
建築デザインユニット〈Kii〉の新井里志さんと中富慶さんです。

推薦人

中原慎⼀郎さん

中原慎⼀郎

〈コンランショップ・ジャパン〉
代表取締役

Q. その方を知ったきっかけは?

2024年6月にコペンハーゲンで行われた『3daysofdesign』に参加。宿泊したホテルが一緒で、朝ごはんの会場などで顔を合わせて話すようになり、最終日には丸1日、いろんな場所を一緒に訪ねました。

Q. 推薦の理由は?

新井くんと中富さんそれぞれの経歴もすばらしいですが、彼らのオフィスは、リノベーションのバランスが僕にはない軽やかさとリズム感、カラーリングなどいろいろ驚かされました。何より居心地のよさと、おふたりのウェルカムなキャラクターに甘え、何度もご飯を食べに行ったことも。インテリアのなかでも、ダイニングテーブルは彼らの"らしさ"が詰まった作品。テーブルはまるで絵画のようであり、ラグのような存在感です。

住まい兼職場はローカル感を感じて
選んだヴィンテージマンション

「東京で近所の人と仲良くなることなんてあるかなって
思っていたけれど、普通に住んでいるから生まれる
コミュニティっていうのがちゃんとありました」

建築デザインユニット〈Kii〉として活動する
新井里志さんと中富慶さんが、仕事場兼住まいとして
設計デザインした〈House K〉は、
築50年ほど経ったマンションの最上階にある。

Kiiのふたりで設計デザインした〈House K〉

ふたりで設計デザインした〈House K〉。

「僕らは地方出身ですが、今はまだ東京に拠点があるほうがいい。
そう思って物件を探しました。
古い一軒家など、たくさん現地を見て検討した上で
集まって住むことにみんなが希望を持っていた時代に
建設されたマンションに住もうという結論になりました」

そんなふうに新井さんは職場を兼ねた自宅で
現在の住まいを選んだ理由を教えてくれた。

House Kがあるのは山手線の駅から10分ほど歩いた
集合住宅と戸建て住宅が向かい合わせに並ぶ地域。
2年以上に渡って100近い物件を見て歩くうちに、
この辺りは都心にありながらローカル感が強い場所だと感じた。

〈House K〉のバルコニー

今の部屋を選んだ決め手は、最上階に広いバルコニーがあり、建物全体がよく手入れされていたこと。

「道の向こう側に行くと地元に根づいたお店がいろいろあって、
小さいコミュニティもいくつも存在していました。
ここに住んだら楽しそうだなと思ったんですよ」と新井さんがいう通り、
その時点でふたりが想定していた地元コミュニティは、
喫茶店や個人経営の商店のようなものだった。

多くの分譲マンションは管理会社と契約し、管理人が派遣されているが、
このマンションは自主管理の形態をとっている。
自主管理のマンションで、手入れが行き届いている建物は珍しく、
それは住民の多くがマンションに愛着を持つ証拠だ。

〈House K〉の書斎

Kiiのふたりが住み始めて3年ほどだが、この間に大規模修繕も経験した。
その過程では、マンション内のコミュニティがしっかりしていて
マンション外の近隣住民ともつながっていることがわかった。
結果としてご近所さんとの交流も生まれるようになった。

最近では、おすそわけを持ってきてくれたマンションの老婦人と
少しだけと談笑していたら、
いつの間にか1時間ほど経っているということも何度かあった。
そんなことも都会のマンションを選んだふたりにとって
予想外の楽しい出来事だ。

青森県田舎館村の 〈スノーアーティスト集団It’sOK.〉 逆境から生まれた田んぼの二毛作アート

田んぼアートで有名な田舎館村

青森県南津軽郡の田舎館村(いなかだてむら)は、
桜の名所である弘前市の隣に位置する津軽平野の米どころ。
田んぼに色とりどりの稲を植えることで広大な絵を描く
「田んぼアート」のパイオニアだ。
今でこそ田んぼアートは全国各地でつくられているが、
1993年に初めて田んぼアートを制作した歴史を持つ田舎館村のそれは、
見るものを圧倒する緻密さを誇る。
人口およそ7200人の村で、田んぼアートは30万人を超す観光客を集めてきた。

2023年田んぼアート第1会場『門世の柵と真珠の耳飾りの少女』。

2023年田んぼアート第1会場『門世の柵と真珠の耳飾りの少女』。7色10種類の稲を植え分けて緻密なアートを描いている。

夏は田んぼアートで盛り上がる田舎館村で、
2016年から新しいプロジェクトが始まった。
田んぼアートと同じ会場で、一面の雪原に幾何学模様を描くスノーアートだ。
閑散期だった冬の津軽平野に展開されるスノーアートは
「冬の田んぼアート」として「アートの二毛作」とも呼ばれている。

スノーアートを制作する〈スノーアーティスト集団It's OK.〉の
代表・田澤謙吾さんにその経緯をうかがった。

最初は1枚の写真から

2014年秋、青森県庁若手職員による研究会では、
津軽地域の課題である冬の観光アイディアを探していた。
春は弘前公園の桜、夏は青森ねぶた祭り。
国内外から数百万人を集める春夏に比べ、どうしても冬の観光客は少なくなる。
交通の便が乱れ、住民は雪かきに追われる世界有数の豪雪地帯。
しかし、雪は美しさ、アクティビティともに、
魅力的な観光コンテンツにもなるのではないか。
いろいろな案は出るものの、なかなか決め手になるような目玉が見つからない。
何度もミーティングを持ち、リサーチをするなか、
ひとりの職員が不思議な写真を見つけた。
「これ、すごくないですか?」

幾何学模様が描かれた雪原の写真。

幾何学模様が描かれた雪原の写真。

雪面に描かれた万華鏡のような幾何学模様。
その光と影のコントラストの美しさに、みんな息を呑んだ。
いったい誰がどうやってつくっているのか?
調べていくと、
イギリス人のサイモン・ベック(Simon Beck)というアーティストが、
フランスのスキー場などで制作しているらしい、
サッカーコート2〜3面分あるらしい、
と『らしい』ばかりだった。

もしこれを青森で実現するとしたら?
スノーアートの制作には広い雪原と、観覧には高さのある展望台が必要。
……田舎館村の田んぼアート会場ならぴったりなのでは?
田んぼアート第2会場のためにつくられた展望台は、
冬には田んぼとともに休眠していた。

2017年に制作された田んぼアート第2会場『桃太郎』。

2017年に制作された田んぼアート第2会場『桃太郎』。第1会場に比べ、田んぼが横長に広い。

田んぼアート第2会場のために建てられた弥生の里展望所。

田んぼアート第2会場のために建てられた弥生の里展望所。『道の駅いなかだて弥生の里』の敷地内にある。

さっそく田舎館村に相談したところ、
もしサイモン氏が協力してくれるのであれば、
と条件付きながらも前向きな反応があった。

そう、このスノーアートプロジェクトは、
田んぼアート会場の冬季活用が先にあったのではなく、
津軽の冬の観光コンテンツの開発から生まれたものだったのだ。

米子で見つけた モノラルレコードの殿堂。 〈ロックンロールレコード〉

音楽好きコロンボとカルロスが
リスニングバーを探す巡礼の旅、次なるディストネーションは
鳥取県米子市。

かたまりでドーン! モノラルで浴びせるガッツのある音

コロンボ(以下コロ): またしてもスーパーマニアックな店を見つけちゃったよ。
世界的にもレアじゃないかな?

カルロス(以下カル): なになに、もったいつけないで教えてよ。

コロ: ひと言でいえば、大広間みたいなところで、
オリジナル盤によるロックが心おきなく聴けるお店。

カル: オリジナル盤を聴かせてくれるのが、そんなレア?

コロ: それがさー、ほぼほぼモノラル盤なんだよ。
しかも7インチシングルが中心。

オープンして1年と半年が過ぎたところ。広がりでなくかたまりで聴かせる空気の振動対策が最大の難関だったとか。

オープンして1年と半年が過ぎたところ。広がりでなくかたまりで聴かせる空気の振動対策が最大の難関だったとか。

モノラルの忠実な再現を追求した自前のオーディオシステム。試行錯誤の賜物らしい。

モノラルの忠実な再現を追求した自前のオーディオシステム。試行錯誤の賜物らしい。