東京・神保町から新潟まで、 出合いを車で運ぶ〈ハリ書房〉の 新しい書店のかたち
300円を握りしめ、『星の辞典』を眺めていた女の子
歩ける距離に本屋がない。その場所のひとつに埼玉県上尾市の尾山台団地がある。
その広場では月に1度、自治会やNPO法人の主催で
子どもたちと高齢者の方が交流するイベントを行っている。
ハリ書房も不定期でこのイベントに参加し、団地の方との交流を深めていた。

大型書店には置いていない本に出合えるのが、独立系書店のいいところ。
「高齢者の方は、大きい本屋さんだとほしい本を探せないっておっしゃるんですよね。
ここだったら目に見えた範囲で探せるからちょうどいいねと言っていただけるので、
それだけでも出店してよかったなと思えます」
昨年、印象深い出来事があった。
尾山台団地で出店中のハリ書房で、小学生くらいの女の子が
表紙の絵柄が印象的な『星の辞典』を欲しがったという。
その子が持っていたお小遣いは300円。本代には足りず、肩を落として帰った。
ハリーさんは、彼女はここで出合った本のことを忘れてしまうかもしれないな、と
少し寂しく感じていた。
しかし数か月後、女の子はお小遣いを貯めて『星の辞典』を買いにきてくれたのだ。

女の子が購入した『星の辞典』は、ほかにも、空、石、山、数、紋などを展開する辞典シリーズ(雷鳥社)の第3弾。ハリ書房ではこのシリーズを定期的に仕入れている。
「ふと目にした本が気になったとき、大人の僕たちだってタイトルを失念したり、
生活しているうちにそのこと自体を忘れてしまったりするじゃないですか。
でもその子は、お小遣いを貯めて自分で購入してくれました。
欲しかったものに出合う機会をつくれた、と感じましたね。
想いがブリッジした瞬間でした」
本が数か月に1冊売れるのでは、正直商売としては成り立たないスピード感だ。
「それでも、必要なことだと思っています」と、ハリーさんは力強く話す。

本に出合いにくるお客さんたちも、手にした1冊を大事に試し読む。
地域の子どもたちが本に出合う機会をつくる
ハリーさんは、幼いころから本に親しみを感じ、
大人になってからは1日1冊を10年以上読み続けていたほど、本の虫だった。
一方で、キャリアとしては本や出版に関わる仕事ではなく、
当時は本屋になる予定はなかった。

お金が自由に使えなかった社会人になったばかりのころから現在まで、繰り返し読み続けているハリーさんの大事な1冊。
ハリーさんのキャリアは、百貨店の屋上ゲームコーナーの店長や
子ども向けゲームの開発者、学習支援のNPO法人など。
共通していたのは小中学生に関わる仕事だったことだ。
本屋をはじめたい気持ちがより強くなったのは、
中高生を対象とした学習支援をしていたときのこと。
フリーランスでイベントの仕事をするかたわら参画していた
NPO法人での出来事がきっかけだった。
「子どもたちの勉強のサポートや普段のコミュニケーションのなかで、
あまり読書の機会が得られていないのかも、と思うことが多々あったんです」
本との出合いが、学習意欲やコミュニケーション能力にも関わるのではないか。
そう考えるようになったハリーさんは、
学習支援の一環として子どもたちに本をセレクトし、読書の機会をつくるようにした。

丁寧に埃をはらうハリーさん。
支援を必要とする環境にいる子どもたちの読書習慣が
少ないことに気づいたハリーさん。
だんだんと、本屋の開業を本格的に考えるようになった。
セミナーや独立系書店巡りをするなかで本の仕入れを学び、
まずはオンラインショップを開設。
実家の新潟市西区に3畳ほどの小さな書店をつくり、
準備期間を経て、新刊移動書店〈ハリ書房〉をスタートさせた。
それからは、ほぼ毎週末イベントにおもむき、地域に本を届けている。
「先ほどお話しした尾山台団地はシーズンに1回は参加しています。
関越道で新潟に帰るので、中越あたりでイベントがあれば出店したり、
下越では春に〈高野酒造〉さんの蔵開きにお邪魔したり。
定期的にいくところだと、神奈川県川崎市のレストラン〈アンジュ〉さんもですね」

神奈川県川崎市の住宅街にあるレストラン〈アンジュ〉で出店。依頼があればイベントやマルシェに限らず出店できる(ハリ書房提供画像)。