連載
posted:2025.3.5 from:新潟県新潟市 genre:活性化と創生
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Idaka Ayumi
井高あゆみ
いだかあゆみ●ライター。淡路島出身、新潟県在住。建設業のバックオフィス勤務等を経て、2023年よりフリーランスに。地域情報誌、ローカルWebメディアへの寄稿が中心。企業・地域の人材課題に関心が高く、採用関係や町おこしの発信サポートも行う。古い町並みと古い道具と日本酒がすき。
credit
撮影:井高あゆみ
よく晴れた空のもと、公園の広場に並ぶのは少し変わった8台のワゴンカー。
販売されているのはクレープでも焼きそばでもない。
新刊から古本、小説や絵本などの多種多様な本たちだ。
「日本一の読書のまち」を掲げる埼玉県三郷市で開催された
〈みさとブックマーケット〉。
本×アウトドアを楽しむというコンセプトの当イベントでは、
本の出張販売を行う移動書店が集まっていた。
公園の奥にある開けた場所にワゴンカーが並び、
来場者が休憩に使うアウトドア用のテントやイスとテーブル、
ワークショップのスペースなどが用意されている。
購入した本を読みながら焚き火ができるブースでは、
イベントに訪れた人たちが暖を取りながら思い思いに過ごしていた。
春日和に恵まれたイベント当日、会場では子ども連れやペット連れの家族の姿が目立つ。
新刊や古本、絵本専門店から『星の王子さま』専門店など、並んでいるのは個性的な移動書店。
出店書店のひとつである〈ハリ書房〉は、
当イベントに出店している移動書店の連絡調整役を担っている。
300冊以上の本を車に載せて、関東から新潟まで本屋のない地域に本を届ける
ハリ書房のハリーさんに、活動についての想いを聞いた。
「子どもたちに気軽に呼んで欲しくて、ハリネズミのハリーと名前をつけました」とハリーさん。名前の由来となった書籍『ハリネズミの願い』に登場する主人公のハリネズミは、ハリーさんと性格が似ているのだとか。
ハリーさんは新潟県新潟市の出身で、現在の住まいは本のまち、東京の神保町だ。
「地方には本屋が少ないんです。
ぼくが小さいころは歩いていける範囲に3軒くらい本屋がありましたが、
いつの間にかなくなっていました。
今は、移動範囲の限られる子どもや高齢者の方が、
歩いて立ち寄れる本屋がないんですよね」と、話すハリーさん。
一方で地方の大きな書店の駐車場は、休日ともなればたくさんの車であふれている。
「すでに欲しい本が決まっているなら、
品揃えの良い大型書店は利用しやすいと思います。
でも、ほかの本も見てみようかなと思ったとき、
どうしても売り出し中の新刊やベストセラーが目に入りやすい」
“いい本”はベストセラーに限らない、とハリーさんは続ける。
「その人にとって“いい本”との出合いは、
目的もなく時間潰しに本屋に入ったときのような、
偶然のなかにあるんじゃないかと思うんです」
そんな機会が今、物理的に減っていることにハリーさんは問題意識を覚えた。
自身の地元のように本屋のない、あるいは少ない地域の子どもたちが
“いい本”に出合い、本を身近に感じるために何ができるかを考えるようになったのだ。
悩んだハリーさんが導き出したのが「本屋から会いにいけばいい」という答えだった。
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歩ける距離に本屋がない。その場所のひとつに埼玉県上尾市の尾山台団地がある。
その広場では月に1度、自治会やNPO法人の主催で
子どもたちと高齢者の方が交流するイベントを行っている。
ハリ書房も不定期でこのイベントに参加し、団地の方との交流を深めていた。
大型書店には置いていない本に出合えるのが、独立系書店のいいところ。
「高齢者の方は、大きい本屋さんだとほしい本を探せないっておっしゃるんですよね。
ここだったら目に見えた範囲で探せるからちょうどいいねと言っていただけるので、
それだけでも出店してよかったなと思えます」
昨年、印象深い出来事があった。
尾山台団地で出店中のハリ書房で、小学生くらいの女の子が
表紙の絵柄が印象的な『星の辞典』を欲しがったという。
その子が持っていたお小遣いは300円。本代には足りず、肩を落として帰った。
ハリーさんは、彼女はここで出合った本のことを忘れてしまうかもしれないな、と
少し寂しく感じていた。
しかし数か月後、女の子はお小遣いを貯めて『星の辞典』を買いにきてくれたのだ。
女の子が購入した『星の辞典』は、ほかにも、空、石、山、数、紋などを展開する辞典シリーズ(雷鳥社)の第3弾。ハリ書房ではこのシリーズを定期的に仕入れている。
「ふと目にした本が気になったとき、大人の僕たちだってタイトルを失念したり、
生活しているうちにそのこと自体を忘れてしまったりするじゃないですか。
でもその子は、お小遣いを貯めて自分で購入してくれました。
欲しかったものに出合う機会をつくれた、と感じましたね。
想いがブリッジした瞬間でした」
本が数か月に1冊売れるのでは、正直商売としては成り立たないスピード感だ。
「それでも、必要なことだと思っています」と、ハリーさんは力強く話す。
本に出合いにくるお客さんたちも、手にした1冊を大事に試し読む。
ハリーさんは、幼いころから本に親しみを感じ、
大人になってからは1日1冊を10年以上読み続けていたほど、本の虫だった。
一方で、キャリアとしては本や出版に関わる仕事ではなく、
当時は本屋になる予定はなかった。
お金が自由に使えなかった社会人になったばかりのころから現在まで、繰り返し読み続けているハリーさんの大事な1冊。
ハリーさんのキャリアは、百貨店の屋上ゲームコーナーの店長や
子ども向けゲームの開発者、学習支援のNPO法人など。
共通していたのは小中学生に関わる仕事だったことだ。
本屋をはじめたい気持ちがより強くなったのは、
中高生を対象とした学習支援をしていたときのこと。
フリーランスでイベントの仕事をするかたわら参画していた
NPO法人での出来事がきっかけだった。
「子どもたちの勉強のサポートや普段のコミュニケーションのなかで、
あまり読書の機会が得られていないのかも、と思うことが多々あったんです」
本との出合いが、学習意欲やコミュニケーション能力にも関わるのではないか。
そう考えるようになったハリーさんは、
学習支援の一環として子どもたちに本をセレクトし、読書の機会をつくるようにした。
丁寧に埃をはらうハリーさん。
支援を必要とする環境にいる子どもたちの読書習慣が
少ないことに気づいたハリーさん。
だんだんと、本屋の開業を本格的に考えるようになった。
セミナーや独立系書店巡りをするなかで本の仕入れを学び、
まずはオンラインショップを開設。
実家の新潟市西区に3畳ほどの小さな書店をつくり、
準備期間を経て、新刊移動書店〈ハリ書房〉をスタートさせた。
それからは、ほぼ毎週末イベントにおもむき、地域に本を届けている。
「先ほどお話しした尾山台団地はシーズンに1回は参加しています。
関越道で新潟に帰るので、中越あたりでイベントがあれば出店したり、
下越では春に〈高野酒造〉さんの蔵開きにお邪魔したり。
定期的にいくところだと、神奈川県川崎市のレストラン〈アンジュ〉さんもですね」
神奈川県川崎市の住宅街にあるレストラン〈アンジュ〉で出店。依頼があればイベントやマルシェに限らず出店できる(ハリ書房提供画像)。
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「もっと本との出合いの幅を広げる活動を進めていきたい」
ハリーさんは、移動書店をメインに地域に本を届けながら、
業界誌のコラム執筆・寄稿や本づくりなど、
本の発信に関する分野も強化している。
『能登の手』もその活動のひとつ。
『能登の手』で取材した石川県七尾市〈中央茶廊〉の珈琲を読書のお供に。どちらもハリ書房で購入できます。
能登の手は専修大学の学生が2024年9月に石川県能登半島を訪問し、
そこで暮らす人たちに取材した話を冊子としてまとめたものだ。
地震当時の被災状況、再建の様子、そして現在の思いなどが
丹念に積み上げられた調査書となっている。
ハリ書房は文章の校正や目次づくりなどをアドバイス。
初めて冊子をつくる学生のサポートに尽力し、本に関するイベントの共同開催も行った。
被災地への寄付と交換にお渡しする冊子となっている。
ほかにはYA出版会が発刊する『2025年版 YA図書総目録』で、
コラムの寄稿を行ったり、
出版業界唯一の専門誌『新文化』で半年間コラムを担当したりするなど、
ハリーさんの活動は幅広い。
Young Adult(ヤングアダルト)とは、アメリカで13歳から19歳の世代の人たちに対して使われている言葉。目録集はその対象の層に向けて選書されている。
「ハリ書房は地域と本をつなぐ移動書店ですが、情報の発信面を強化していくことで
もっと本と人、地域をつなぐ役割の幅を広げていけたらと考えています」
『おさらがわらった』
作:はやかわ ちえ 絵:いわま かおり(新風舎)
「現在は直販サイトとハリ書房でも販売中。
離乳食を始めるタイミングのお子様にぴったりの1冊。
字のない絵本、初めから読んでも、終わりから読んでも、
かわいい絵を見ながら親子で一緒にお話しするように過ごす時間は、
きっと人生で大切なひとときでしょう」
『ちいさな ハチドリの ちいさな いってき』
絵・再話:ウノサワ ケイスケ(イマジネイションプラス)
「移動書店の活動も世界や国内、業界から見ても気がつかないくらい、
ちいさな、ちいさな、もっとちいさな存在です。
でも、だけど本を読むという、本屋さんの減った地域にも、
ちいさないってきを届けていきたいですね」
『ハリネズミの願い』
著:トーン・テレヘン 訳:長山さき(新潮社)
「お店の名前の「ハリ」はハリネズミからとりました。
本屋さんを始めようと思ったとき、いろいろ考えてもなかなか行動に起こせなかった自分と
作中の主人公ハリネズミを重ね、最初に届けたいと思った1冊。
ハリーはこの本に登場するハリネズミさんに性格が似ているのかなと思っています」
ハリ書房の選書のメインは絵本や児童書、そして岩波文庫。
ハリーさんが選書する本は、定番のロングセラーから親子3代で長く楽しめるもの、
大人と子どもでわいわい話しながら読めるものが多いという。
今回の3冊は変化が訪れる春に向けて、
読む人の背中をそっと押してくれるような選書だ。
“移動書店”という新しい販売のかたちを通して、
本屋の少ない地域に本を届けるハリ書房。
偶然出合ったその本は、きっとあなたの「ササル」1冊になるはずだ。
訪れた人を迎えてくれる、ハリ書房の看板ハリネズミ。
information
ハリ書房
住所:新潟県新潟市西区五十嵐中島3-22-30-2 ハリ書房(新潟本店)
営業日:金・土・日曜
※普段は神保町から関東圏を中心に移動書店が出動しています。
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