ツレヅレハナコさんとめぐる
はちのへエリアツアー【後編】
五戸町の長芋農家と、
三戸町のてんぽせんべい

食と酒と旅を愛する文筆家・料理研究家のツレヅレハナコさんが
最近、気に入っている土地のひとつが、青森県八戸市。
ツレヅレハナコさんとともに、冬の味覚を楽しむ、食材探しの旅へ。

前編の記事ではツアー１日目をレポート。
「八戸 毬姫牛」を育てる八戸市の〈イチカワファーム〉や、
南部町の燻製工場兼カフェ〈南部どき〉、
八戸市の炭焼きイタリアン〈ポルタオット〉を訪ねて、
はちのへエリアの新たなテロワールを感じました。

後編では、ツアー２日目の様子をお伝えします。

五戸町で長芋づくりしている〈大山農園〉へ

ツアー２日目は、長芋が大好きだというハナコさんのリクエストで、
長芋農家さんのもとを訪れることに。

「長芋はスーパーで買うだけでなく、青森県の産直から取り寄せているんです。
まとめ買いするので、ホームパーティーでたくさん長芋を使ったり、
長芋が好きな人と共同購入したりしています」（ハナコさん）

取材当日、雪が積もっていた。

朝早くから、五戸町にある長芋農家〈大山農園〉へ。
氷点下の寒いなか迎えてくれたのは、大山真弘さんと、妻の絢さん。

〈大山農園〉では、年間35〜40トンもの長芋のほか、
米やごぼうなども生産しています。

五戸町出身の真弘さんは、子どもの頃から農業を営む祖父母、
両親の背中を見て育ってきたそう。
真弘さんで３代目、親元就農ではありますが、
実は最初から農業に就いていたわけではありませんでした。

「大学を出てからはIT企業に勤め、東京や札幌で営業職をしてきました。
でも、自然のなかで育ったからなのか、体ひとつでできる農業のほうが
性に合っているようなんです」（真弘さん）

今年で就農して９年目。
Uターンして農家になり、最初にしたことは、
新規の販路を開拓するためのホームページづくりでした。

「これまでの経験を生かして、オンライン販売ができるホームページをつくりました。
できるだけ直接、一般消費者へ届けたいと思っているので、
商談会やマルシェへの参加もしています」（真弘さん）

長芋を洗うための機械。「ジャブジャブ洗われる立派な長芋たちが壮観……」（ハナコさん）

長芋の生産量は、北海道と青森で全国の９割近くを占めます。
その理由は、土壌にありました。

「火山がある土地に見られる、火山灰と腐植物質で構成される黒ボク土は、
保水性と排水性にすぐれ、地中に伸びる長芋のような作物に適しているんです。
五戸町にみられる火山灰土壌は、十和田火山によって
降り積もったものと考えられています」（真弘さん）

〈大山農園〉では、このたっぷりと養分を含んだ土地で、自家製の堆肥と、
精米所から出た米糠を畑に還元して長芋を育てているそう。

長芋が大きさ順に並べられていた。

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長芋のおいしい時期は？

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長芋の旬と、おいしい食べ方

長芋が一番おいしい時期はいつなのでしょうか？
「旬のピークは年に２回ある」と、真弘さんが教えてくれました。

「収穫時期が２回あるんです。１回目の収穫は、12月に入ってから雪が降るまで。
この時期とれる長芋は『秋堀り』と呼ばれ、とれたてでみずみずしいのが特徴です。
２回目は、冬の間に雪の下で追熟したものを、３〜４月中旬にかけて収穫します。
こちらは『春堀り』と呼ばれ、粘りが増しているんです」（真弘さん）

長芋の栽培サイクルは、５〜６月に畑に種をまき、だいたい半年で収穫できる状態に。しかし、その間に３回植え替えるなど、とても手間ひまがかかっている。

そう聞いたハナコさん、「それぞれに適した調理方法はありますか？」と質問。
食育アドバイザーの資格を持つ絢さんが答えます。

「秋堀りの長芋は火を通す調理がおすすめです。
わが家では、肉じゃがをつくるとき、じゃがいもの代わりに使ったり、
豚キムチにちょい足ししたり。皮ごと輪切りにして、てんぷらにするのもおいしいです。
粘りがある春掘りは、すりおろして食べるのがおすすめです。
もちもちした食感が楽しいですよ」（絢さん）

ハナコさんは長芋を使ってグラタンにするのがお気に入りだそう。
「半分は食感を残すように潰して、半分はすりおろすと、
ホクホクとトロトロを両方味わえます」（ハナコさん）

どのメニューもおいしそう……！
長芋はすりおろそうとすると、ぬるぬるとすべるし、手がかゆくなることもありますが、
絢さんによると、手でつかむ部分だけ皮を残しておくと、すりおろしやすくなり、
手がかゆくなりにくくなる、とのこと。これは有益な情報！

緩衝材に使っているおがくず。

長芋は、空気に触れている時間が長いと、風味や色に影響するので、
〈大山農園〉では、ホームページからオンライン注文を受けてから洗って箱詰めしています。

「新鮮な長芋は、切ったときに水分を感じるようなみずみずしさがあります。
時間が経ってからのものは、パサパサとしてしまうんですよね。
ダンボールにおがくずを詰めて、できるだけ空気に触れさせないようにして発送します。
ぜひスーパーで買うものと比べてみてほしいです」（真弘さん）

２〜３週間は日持ちしますが、鮮度のいいうちに１週間くらいで食べてほしいとのこと。
新鮮だと皮やヒゲ根まで食べられるんだとか。

なんと、帰りには長芋と手造り味噌を持たせてくれました。

「帰ったら長芋パーティーしなきゃ！」とうれしそうなハナコさんでした。

このあと昼食をすませてから三戸町へ移動し、はちのへエリアの伝統的なおやつ、
南部せんべいの専門店へ向かいました。
こちらは南部せんべいを“半生”で食べられるお店とのこと。
一体、どういうことでしょうか!?

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南部せんべいを“半生”で食べられるお店!?

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三戸町の〈小山田せんべい〉で「てんぽせんべい」を食べる

「南部せんべい」は、青森県八戸市と周辺地域、岩手県北地方の名物おやつ。
米菓ではなく、小麦粉や塩を水で混ぜて練り、丸い鋳型で焼きあげたせんべいです。
小麦粉の香ばしさが感じられる素朴な味わいが特徴。

太平洋に面した八戸では、海から吹く冷たくて湿った偏東風
「やませ」による冷害や凶作に、昔から悩まされてきました。
冷害に強い小麦や蕎麦、あわ・ひえなどの栽培に力を入れるようになり、
粉もの文化が発達してきたのです。

1917（大正６年）創業の〈小山田せんべい〉は、地元の人々に愛されるせんべい店。
雪の降るなか迎えてくれたのは、三代目店主の小山田美穂（おやまだ よしお）さん。

ここでは焼きたてもちもちの半生のおせんべい「てんぽせんべい」が食べられます。
おみやげ屋さんやスーパーマーケットに並ぶ南部せんべいは
パリッと食感ですが、実は焼きたてもおいしいのです。

「焼き方が一人前になるまでに少なくとも10年くらいかかるかな」と笑う小山田さん。
ご自身は小学生の頃から家業の手伝いをしていたそうで、
手ぎわよく手動の焼き機に生地を入れ、鋳型に挟んで回転させていきます。
焼き加減に寸分の狂いもなくせんべいを取り出すさまは、まさに職人技。

「通常の南部せんべいと、てんぽせんべいでは焼き方が違うのですか？」とハナコさん。

「南部せんべいは、１枚焼くのにだいたい５分。
でも、てんぽせんべいは10秒くらい焼いたら完成だね」（小山田さん）

焼きたてのてんぽせんべいを手渡されると、まだアツアツ！　

「香ばしくてふにゃふにゃモチモチ、初めての食感！」（ハナコさん）

これは直接お店へ行った人しか食べられない、特別な味。

てんぽせんべいはサイズを選べ、薄いもので18円から、
厚くなるにつれて30円、50円、80円があります。

50年以上使い続けているという、せんべい焼き機の持ち手部分は真っ白に。

〈小山田せんべい〉では、てんぽせんべいだけでなく、
もちろん通常のせんべいも販売しています。
ベーシックな白せんべいに、１番人気のごま入り、えごま、くるみ、
水飴とマーガリンと卵で甘めに仕上げたピーナツ入りなどさまざまな味を展開。

「少しだけ重曹を入れているからこの食感が出せる」という白せんべいはパリッと軽い食感。
全国にファンがいて、「せんべい汁に入れるのはここのせんべいじゃないと」という人も。

せんべいのまわりのはみ出た部分をカットしてできる「みみ」は噛みごたえがあり、そのまま食べればおやつになるし、ゆでるとうどんのような食感に。

「目指すはこの道80年！　そうしたら伝説の人になれるでしょ」と笑う小山田さん。
いえいえ、すでに伝説の人です……！

その場で食べきれなかったてんぽせんべいを持ち帰ったハナコさん、
自宅に戻ってからせんべい汁にしたそう。

「これまでも何度かせんべい汁をいただいたことはあるけれど、かなり別モノ。
ひっつみやすいとんのように生のまま入れるのではなく、
サッと焼いてあるため独特の食感になり、ツルツルもちもち感がたまらない。
人生ベストワンせんべい汁になりました！」（ハナコさん）

小山田さんに見送られ、車で八戸へ。

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夕食ではちのへエリアの食材を堪能！

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八戸市の〈旨味処 わらじ〉で夕食を

夕食は八戸へ戻って〈旨味処 わらじ〉でいただくことに。
2010年に八戸屋台村みろく横丁でオープンした同店は、
19年に六日町のなかやビル２階へ移転しました。

料理人のニノ久保勝寿（にのくぼ かつとし）さんが腕をふるいます。

八戸港に水揚げされた新鮮な魚介を入荷し、
刺身はもちろん、寿司も一貫から注文できるのがうれしいところ。

こちらの名物は、「銀さばしゃぶしゃぶ」。

「焼いたり締めたりするのではなく、しゃぶしゃぶにするのは新しい試み。
脂がのっているから、しゃぶしゃぶでさっぱりと食べるのがちょうどいいですね。
ニラの風味もよく合います」（ハナコさん）

続いては、特別に持ち込ませていただいた、
〈大山農園〉の長芋を使った串焼きがふるまわれました。
ホクッとする長芋はみずみずしく、豚肉のうまみと合わさって
あっという間に食べ終わってしまいます。

ほかにも南部せんべいを使った「せんべいピザ」、
粉もの文化のひとつ「かっけ」など、
郷土料理を存分に堪能しました。

そば粉でつくる「そばかっけ」、小麦粉でつくる「むぎかっけ」は、厚い餃子の皮のようなもの。パンチの効いた、にんにくダレでいただく。

もちろん、料理のおともは日本酒。
〈八戸酒造〉の「八仙」や「陸奥 男山」をはじめ、
青森市〈西田酒造店〉の「田酒」など、
県内産の日本酒を堪能しながら夜はふけていきました。

はちのへエリア旅へ

ツレヅレハナコさんとめぐった、冬の味覚を満喫するはちのへエリア旅。
移動して、食べて、移動して、食べて……という、
大満足で大満腹のツアーでした。

これまで何度もこのエリアを訪れてきたハナコさんですが、
今回は初めて、生産者さんをめぐりました。
あらためて印象に残っていることを聞くと、
「お会いした生産者さんたちは、お話がとても上手で聞き入ってしまいました」と話します。

〈イチカワファーム〉の市川広也さん。

〈南部どき〉の根市大樹さん。

〈大山農園〉の大山真弘さんと絢さん。

「生産者さんって職人気質で、伝えるのは苦手な人が多いと思っていたのですが、
みなさんに共通していたのは、理念や信念があり、すごく言語化するのが上手だということ。

一度は県外に出ていろんなこと経験してから、
自分の故郷に戻って、継承した事業を守りつつ、
未来に向けて新しいことに挑戦していますよね。

お子さんに『お父さんの仕事が嫌』と言われてブランド化した
〈イチカワファーム〉の市川さんや、
地域の子どもたちの学びの場を提供している〈南部どき〉の根市さんなど、
子どもたちの未来についても考えて活動されている方もいて、
地域をよりよくしていこうとしている姿勢を感じました」

もし今後、誰かにはちのへエリアの食をおすすめするとしたら？　
と聞いてみると、「てんぽせんべい」を挙げてくれました。

「これまではパリッとした南部せんべいしか食べたことがなく、
今回てんぽせんべいを初めて食べたのですが、焼き時間で食感が全然違うんですよね。
ここに来ないと食べられないという特別感もあるので、
ぜひ現地を訪れて食べてほしい一品です。

このエリアの人にとって、南部せんべいは家ごとにひいきの店があると聞きました。
秋田のきりたんぽや、富山のますずしもそうですが、
外の人間から見ると同じに見えるけれど、
きっと地元の人にとっては大きな違いがあるんでしょうね。
地元の人が食べているものを食べると、
ただの観光というよりも、暮らしに近づけるような気がします」

土地に根づいた食文化を体験するのも旅の醍醐味。
古くから伝わってきた食文化と、生産者が築いていく新たなテロワール。
そのどちらも楽しむことができる、はちのへエリアへ出かけてみませんか。

〈八戸魚菜小売市場〉での朝食。

〈八食センター〉でのお買い物。

本編で紹介しきれなかったスポットも、たくさんめぐりました。
コロカルのInstagram（@colocal_jp）で紹介していますので、ぜひチェックしてください。