連載
posted:2025.1.17 from:東京都 genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
2024年12月の月刊特集のテーマは「次をつくる12人」。
地方経済や文化を醸成してきたトップランナーたちに、スタートアップ、地方創生、アート、建築、食など
それぞれの分野で、注目すべき若手を推薦してもらい、次世代を担う男女10組にインタビューを行いました。
writer profile
Saori Nozaki
野崎さおり
のざき・さおり●富山県生まれ、転勤族育ち。非正規雇用の会社員などを経てライターになり、人見知りを克服。とにかくよく食べる。趣味の現代アート鑑賞のため各地を旅するうちに、郷土料理好きに。
photographer profile
Hiromi Kurokawa
黒川ひろみ
くろかわ・ひろみ●フォトグラファー。札幌出身。ライフスタイルを中心に、雑誌やwebなどで活動中。自然と調和した人の暮らしや文化に興味があり、自身で撮影の旅に出かける。旅先でおいしい地酒をいただくことが好き。
https://hiromikurokawa.com
〈コンランショップ・ジャパン〉代表取締役の中原慎⼀郎さんが推薦したのは
建築デザインユニット〈Kii〉の新井里志さんと中富慶さんです。
推薦人
中原慎⼀郎
〈コンランショップ・ジャパン〉
代表取締役
Q. その方を知ったきっかけは?
2024年6月にコペンハーゲンで行われた『3daysofdesign』に参加。宿泊したホテルが一緒で、朝ごはんの会場などで顔を合わせて話すようになり、最終日には丸1日、いろんな場所を一緒に訪ねました。
Q. 推薦の理由は?
新井くんと中富さんそれぞれの経歴もすばらしいですが、彼らのオフィスは、リノベーションのバランスが僕にはない軽やかさとリズム感、カラーリングなどいろいろ驚かされました。何より居心地のよさと、おふたりのウェルカムなキャラクターに甘え、何度もご飯を食べに行ったことも。インテリアのなかでも、ダイニングテーブルは彼らの”らしさ”が詰まった作品。テーブルはまるで絵画のようであり、ラグのような存在感です。
「東京で近所の人と仲良くなることなんてあるかなって
思っていたけれど、普通に住んでいるから生まれる
コミュニティっていうのがちゃんとありました」
建築デザインユニット〈Kii〉として活動する
新井里志さんと中富慶さんが、仕事場兼住まいとして
設計デザインした〈House K〉は、
築50年ほど経ったマンションの最上階にある。
「僕らは地方出身ですが、今はまだ東京に拠点があるほうがいい。
そう思って物件を探しました。
古い一軒家など、たくさん現地を見て検討した上で
集まって住むことにみんなが希望を持っていた時代に
建設されたマンションに住もうという結論になりました」
そんなふうに新井さんは職場を兼ねた自宅で
現在の住まいを選んだ理由を教えてくれた。
House Kがあるのは山手線の駅から10分ほど歩いた
集合住宅と戸建て住宅が向かい合わせに並ぶ地域。
2年以上に渡って100近い物件を見て歩くうちに、
この辺りは都心にありながらローカル感が強い場所だと感じた。
「道の向こう側に行くと地元に根づいたお店がいろいろあって、
小さいコミュニティもいくつも存在していました。
ここに住んだら楽しそうだなと思ったんですよ」と新井さんがいう通り、
その時点でふたりが想定していた地元コミュニティは、
喫茶店や個人経営の商店のようなものだった。
多くの分譲マンションは管理会社と契約し、管理人が派遣されているが、
このマンションは自主管理の形態をとっている。
自主管理のマンションで、手入れが行き届いている建物は珍しく、
それは住民の多くがマンションに愛着を持つ証拠だ。
Kiiのふたりが住み始めて3年ほどだが、この間に大規模修繕も経験した。
その過程では、マンション内のコミュニティがしっかりしていて
マンション外の近隣住民ともつながっていることがわかった。
結果としてご近所さんとの交流も生まれるようになった。
最近では、おすそわけを持ってきてくれたマンションの老婦人と
少しだけと談笑していたら、
いつの間にか1時間ほど経っているということも何度かあった。
そんなことも都会のマンションを選んだふたりにとって
予想外の楽しい出来事だ。
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House Kは、住まいであり、職場である。
人を招き入れる機会が多いため、空間全体が応接スペースや、
ふたりの作品が見られるショールームの役割を果たすこともある。
物件選びの決め手となった広いバルコニーは、
まるで室内から続いているかのよう。
窓の向こうに出ると、目の前に高い建物がなく、
数百メートル先に流れる川やその向こうの住宅街まで見渡せる。
食事に招かれた人たちは、夜深い時間になると
いつの間にかバルコニーに出てお酒を飲んではくつろいでしまうらしい。
Kiiのふたりを推薦してくれた中原さんも、
テラスを含めたHouse KとKiiがつくる居心地のよさに、はまってしまったひとり。
特に食事や打ち合わせに使われるダイニングテーブルに注目している。
「住み始めてしばらくして、きれいな色の絵が欲しいと思っていたことが
絵を描くみたいにテーブルをつくれないだろうかに変化しました。
自由に描くなら左官の技術が使えないかな、と
付き合いの長い〈原田左官工業所〉に相談したんです」と中富さん。
表面を研いでもらって完成した変形楕円の天板は
ピンクを主に淡い色合いがいくつも組み合わされて、
面積も広くてずっしりと固い材質ながら、存在が柔らかだ。
この左官屋さんに限らず、ふたりは現場で職人さんたちとよく話をする。
「僕たちは、いろんな人を巻き込んで場所や物をつくることが多いです。
職人さんともガンガン話すし、現場が始まると入り浸って
『もうちょっとこうできない?』なんてお願いする。
みんな、渋々なのか、付き合ってくれます(笑)」
とある現場監督からは、今回の仕事はKiiの設計だと伝えると
俄然やる気になる職人さんが多いと聞かされたそう。
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推薦者、中原さんが「何より居心地がいい」とコメントしたHouse K。
ふたりは居心地のいい場所をつくりたいと強く考えていて
そのポイントとはどんなことかと尋ねてみると
「居心地のよさを感じる要素ってたくさんあると思っています」と新井さん。
「会話がしやすいこと、ごはんがおいしく食べられること、
暖かくて、暑くはないこと、おひさまの光が入って、風が抜けること。
それから、片付けが得意かどうか、身長は? など使う人のキャラクターも重要」
と例として挙げた要素には、視覚的なものは含まれていない。
「使う人にとってベストの居心地とはなんだろうかと考えます。
それはお店なのか、オフィスなのか、家なのか。それに適した場所か。
既存の状態を注意深く観察して、その場所のよさを生かすことも考えます。
その場所にいたら、ちょっとワクワクすることも居心地のよさです」と中富さん。
Kiiの2人が考える、居心地よく、ワクワクする空間づくりのなかでも
実は要となっているのかもしれないと思わされたのが、
その場所が持つ時間的なつながりへの意識だ。
一方で、天井や梁(はり)、タイルを剥がして現れた
キッチンのコンクリート壁などは、
建設当時に当時の職人さんが付けたメモや接着剤の跡まで残している。
2022年6月に吉祥寺にオープンした
クラフトミルクスタンド〈武蔵野デーリー〉の設計デザインも
その場所のそれまでを意識した。
「オーナーは戦前から続く牛乳屋さんを継いで、
飲み物を自動販売機に卸す仕事をしていた70代のお父さんと
その息子さんです。
お父さんがこれまでのビジネスからは引退することになって。
いつかやりたいと話していたミルクスタンドを始めることになりました」
新井さんは、プロジェクトの背景をそう話し始めた。
「みんなが知らないローカルなおいしいものと、吉祥寺のまちを繋げている。
それがすごいと感じました」と中富さん。
その動作は、店主自身が長く続けていた
プレハブ型冷蔵庫の扉を開けてトラックに飲み物を積み込む作業を継承したものだ。
「ここはお店ですと主張するものをつくるのは、
まちの風景に合わないような気がしました」と新井さん。
このまちの日常風景として
業務用冷蔵庫がそこにあったことを覚えている人にとって、
目立つ変化をつくることよりも、
まちの風景に馴染むことを心がけた。
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Kiiのふたりと推薦者の中原さんは、
2024年6月にコペンハーゲンで知り合ってから半年足らずの間に
焼き物の産地である滋賀県の信楽や、
美濃焼とともにタイルづくりが発展した岐阜県多治見市、
さらには三重県伊勢など、何度か一緒に旅を経験した。
その影響もあってか、Kiiではあらためて日本の地方にも目を向け始めている。
12月には、武蔵野デーリーに携わった縁もあって石川県の能登半島へ。
半島の先端からほど近い輪島市や能登町の
海からも近い場所で牛やヤギを放牧で育てる人たちや
その恵みから新しく何かをつくって魅力を伝え、
暮らしを支えたいと考える人たちに会った。
能登半島地震から1年近くが経っても、
奥能登は今もあちこちの道路が応急処置的につなげられ、
倒壊した家屋への対応も遅れているなど、言葉を失うような状況だった。
「それでも、能登の風景はすばらしく土地の魅力がすごくある」と中富さん。
今はまだ能登のプロジェクトにどう関わっていくかは模索中だが、
新井さんは「僕らの仕事は、人がいる場所をつくること」と言葉にした。
「地方だろうと都心だろうとそれはどこにでも必要なことです。
居心地のいい、楽しい場所をつくったら、人が集まってきて交流が生まれる。
それがグラデーションのようにまち全体に滲み出て、
まち自体が魅力的になっていくといい。そう思って設計の仕事をしています」
2014年から活動するKiiがこれまで手がけたプロジェクトは、
東京のオフィスや店舗を中心に都会的な軽やかさも伴ってきた。
今後、地方からもっと何かを取り入れる、
その土地で場所づくりを手がけることでどんな居心地のよさが生まれるのか、
楽しみにして待ちたい。
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