〈和み処サンシャイン〉斉木佑介さん “生きている実感”がある新島で、 塩工房と居酒屋を営む

生き方や働き方を考える事業を数多く行い、
求人サイト『日本仕事百貨』を立ち上げたナカムラケンタさんが推薦するのは、
新島で居酒屋〈和み処サンシャイン〉を営み、〈しおさいの塩〉をつくる斉木佑介さんです。

推薦人

ナカムラケンタさん

ナカムラケンタ

日本仕事百貨
代表

Q. その方を知ったきっかけは?

16年前から伊豆諸島の新島に通っています。佑介さんは、新島の居酒屋〈和み処サンシャイン〉で働きはじめて、お店を引き継いだこともあって、よく訪問するようになりました。

Q. 推薦の理由は?

居酒屋を引き継いだあとに「自分にしかできないことは何か?」を考えていたように感じます。そこで思いついたのが、新島での塩づくりだったようです。実は新島の海は水の汚れを示す化学的酸素要求量=CODが低く、透明度の高い海として知られています。山口県長門市の〈百姓庵〉で塩づくりを学び、新島で塩小屋をつくります。最初は掘っ建て小屋をつくろうと思ったら、先輩のみなさんに手伝ってもらって、立派なものができたそうです。塩はサンシャインのメニューにも活かされています。自分のオススメは塩レモンサワーです。

先輩に導かれて新島へ。移住するという感覚もなかった

「まさか10年後に自分がこうなっているなんて、
新島へ来たときはまったく想像していなかったんですよ」

斉木佑介さんは、開口一番そう言った。
東京から南へ約160キロの洋上に浮かぶ離島、新島。
そこで斉木さんは〈和み処サンシャイン〉という小さな居酒屋を営むかたわら、
自宅横の工房で海水を釜炊きして塩づくりを行っている。
昨夏には島内外の仲間と会社を設立し、島での農業をスタート。
今年は宿の開業も控えている。

新島へ移住して10年。
彼がたどってきた道は、どれも新島にはなかったものばかりだ。

斉木さんが営む居酒屋〈和み処サンシャイン〉。

斉木さんが営む居酒屋〈和み処サンシャイン〉。

埼玉県出身の斉木さんが、初めて新島を訪れたのは2014年9月のこと。
島に来た理由はシンプルで「大事な先輩がいたから」。
学生時代のバイト先だった居酒屋チェーンの店長が、
新島に移住して自分の店を持つことになったという。
「手伝わないか?」という短い連絡に、ふたつ返事でOKしたのがはじまりだった。

「当時、僕は4年間暮らしたニューヨークから引き上げるタイミングだったんですよ。
新島ってどこ? というくらい何も知らなかったんですが、
ニューヨークから帰って離島にいるって、なんかおもしろいんじゃないと思って。
半分ノリでしたけど、先輩とはいつか一緒に店をやりたいねとずっと話していたんです。
先輩が店を開くなら自分も行くのが当然という感覚でした」

2015年2月に新島へ移住し、ナカムラケンタさんに出会ったのも、その頃だ。

「新島に来たときは必ず店に来てくれますね。
僕のあれこれをずっといい距離感で見守ってくれているのを感じています。
『自分にしかできないことを考えていたように感じる』と
思ってくれていたのはうれしいですが、
僕はケンタさんと同じように新島がただただ好きで、
島から離脱しないためにはどうすればいいだろう? って感じ。
たいしたことは考えていなかったと思います(笑)」

その年の夏に先輩とともに〈和み処サンシャイン〉をオープン。
当時の新島で移住者が飲食店をオープンするのは稀なケースで、
大きな注目を浴びたという。住民はみな誰かの親戚、というほど人間関係が濃密な離島。
右も左もわからない状態で、先輩と一からつくっていった。

推薦人のナカムラケンタさんがおすすめだという塩レモンサワー。

推薦人のナカムラケンタさんがおすすめだという塩レモンサワー。

塩レモンサワーの店内POP。

塩レモンサワーの店内POP。

「サンシャインにいる若い子」として、のんびりと新島暮らしを楽しんでいた日々が、
急展開を見せたのは3年後のことだ。
突然、先輩が家庭の事情で島を出ることになったのだ。
この人の後をついていけば何の問題もない、と思っていたその人が島からいなくなる。
しかも先輩から告げられたのは「サンシャインを継いでくれないか」という言葉だった。

「信頼していた先輩から『一緒に島を出よう』じゃなくて、
『俺は出ていくから店を継がないか』と言われたことが驚きでした。
何が驚いたかって、置いていかれて悲しいということよりも、
テンション上がっている自分がいたことです。
先輩のサポート役が天職だと思っていた自分が、まさか店長になるなんて、
どうなるんだオレ!って」

流されるままにやってきた新島だけど、いつのまにか新島での暮らしも、地元のつきあいも、
自分にとって大切なものになっていた。島を出るという選択肢はない。あとはやるだけだ。
そして2018年秋、斉木さんはサンシャインの2代目店長になった。

自然に近い暮らしを自らの手で。 広葉樹の森に佇む 「つくりたくなる」家

子どもが自由に遊べる広葉樹の森で

子どもたちが、家の中で外で、自由に遊んでいる。
周囲は日が差し込む森と落ち葉の絨毯。
親が心配するような要素はほとんどない。

西岡恭平さん・まどかさん夫妻は〈BESS〉の「カントリーログ」を山梨県北杜市に建て、
千葉から移住してきた。
現在、3人のお子さんとともに、広葉樹に囲まれた森の中で暮らしている。

西岡さん一家。長女は今春から小学校に入学し、バスケットに打ち込んでいるという。

西岡さん一家。長女は今春から小学校に入学し、バスケットに打ち込んでいるという。

自然豊かなこの地に家を建て、移住しようと思ったきっかけはふたつ。
まずひとつは、千葉で暮らしていたあるとき、
恭平さんは重度のアトピーに悩まされたこと。そのときに暮らしを見直そうと思った。

「仕事は楽しくやっていたので、何かストレスがひどかったとかではないんですが、
多分暮らしが雑だったんでしょうね。それから食事や暮らしを見直すようになりました。
そのなかで、
都市から離れて自然の中で丁寧な暮らしをしていきたいと強く思うようになったんです」

家の中でのお気に入りの空間は薪ストーブがある1階の空間だという。焼き芋も時々つくるそうだ。

家の中でのお気に入りの空間は薪ストーブがある1階の空間だという。焼き芋も時々つくるそうだ。

そしてコロナウイルスが流行する。ふたり目の子どもの出産、育児のタイミングだった。
自由がなく、先が見えない状況での育児に憔悴していたと、
まどかさんは当時を振り返る。

「あの頃は子どもを公園に連れていくのもダメ、
賃貸だから外で遊べる自分たちのスペースもないし、保育園にも通えませんでした。
そういう状況でふたりの子育てはかなりしんどくて、すごく生きづらさを感じました。
自分たちだけの家や庭があれば、子どもをもっと自由に遊ばせられるのになと。
それが土地探しの私の原動力になりました」

「移住するなら今しかない」

まどかさんはそう決意を固め、文字通り死ぬ気で土地を探したという。
そして夫婦の希望だったナラやクヌギといった広葉樹の森に囲まれた
今の土地に運良く出合うことができた。
すぐに不動産屋に電話し、その土地を契約。
2021年に山梨県北杜市での暮らしが始まった。

家からの借景。広葉樹の森が好きだったという西岡さん夫妻。季節によって色合いを変える森の絶景に今も感動するという。

家からの借景。広葉樹の森が好きだったという西岡さん夫妻。季節によって色合いを変える森の絶景に今も感動するという。

〈日本草木研究所〉古谷知華さん 日本の森林は、もっとおいしい。

発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが推薦するのは、
里山に眠る「食べられる植物」の活用を考える
日本草木研究所の古谷知華さんです。

推薦人

小倉ヒラクさん

小倉ヒラク

発酵デザイナー

Q. その方を知ったきっかけは?

イベントでご一緒したのをきっかけに、僕のお店〈発酵デパートメント〉に遊びに来てくれるようになりました。僕の住む山梨にも遊びに来てくれて、フットワークの軽さが印象的でした。

Q. 推薦の理由は?

広告代理店というメディア業界の出身にもかかわらず、土と密接に関わる世界に飛び込んだのが素晴らしいなと思います。しかも単なる伝え手ではなく実体を扱う事業として責任を背負っているのを頼もしく思っています。生来のセンスの良さを活かして、21世紀の本草学が復活することを期待してます!

里山を巡り、可食植物を蒐集・記録し、活用する

品川区の五反田駅から歩いて10分ほどの閑静な住宅街。
古い屋敷の隣には、大きなクスノキがそびえ立っている。
敷地内には広い庭があり、土を踏みしめながら歩く。

「食べられる庭」にはさまざまな木々が生い茂る。

「食べられる庭」にはさまざまな木々が生い茂る。

「ここにノビルが出てますね。
これはシナモンの木で、こっちには金柑の木もあります。
足元にあるのはヨモギで、これはワサビの葉っぱです」

ここでは根の部分は育たないというが、ワサビの葉っぱがあった。

ここでは根の部分は育たないというが、ワサビの葉っぱがあった。

話しながら庭を案内してくれたのは、〈日本草木研究所〉の古谷知華さん。
日本の里山に眠る「食べられる植物」を研究し、
それらを使ったドリンクや調味料といった自社ブランドの製品も手がけている。

「食べられる庭」には、もともと植わっていた木と新たに植えた植物とが入り混じっている。古谷さんは仲間と共同管理している敷地の一角にショールームを構え、2年ほど前から庭の管理を担当するようになった。

「食べられる庭」には、もともと植わっていた木と新たに植えた植物とが入り混じっている。古谷さんは仲間と共同管理している敷地の一角にショールームを構え、2年ほど前から庭の管理を担当するようになった。

あなたが知らない 「アメ横」の“ラビリンス”へ あなたのまちの焼酎ハイボール
アテ探し旅

全国で、思わずその場で缶を開けたくなるほど魅力的な
「焼酎ハイボールのお供」を見つけるこの連載。
今回は、酒ライターの岩瀬大二さんがアテンドする、
上野アメ横商店街、通称「アメ横」編です。

賑わうアメ横で狙うは、老舗の自慢の旨いアテ

「アメ横」。
その名は場所を示すだけではなく、日本の冬の歳時記でもある。
JR上野駅からJR御徒町駅の間、
約500メートルの間に400店あまりの商店や飲食店がひしめくが、
年末のニュースでもおなじみの鮮魚店、各ジャンルのプロ御用達の食の専門店、
昭和から男子憧れのミリタリーやレザーを扱う店に、
最新のK-POP風ファッションの店、
飲食店では角打ち、酒場にガチ中華系、中近東系が混在。
ジャンルもそうだが、歩んできた歴史の多種多彩さもある。
年末の歳時記のイメージ通りのアメ横もしっかりあるし、
もしかしたらあなたの知らないアメ横もある。

「アメ横」をアテンドする岩瀬さん

アメヤ横丁や上野アメ横など数々の通称。商店街名としては、「アメ横商店街連合会」。第二次世界大戦終戦直後の闇市がルーツ。名前の由来は飴を売る店が多かったこと、アメリカからの舶来品が多かったというふたつが有力。

今回のアテ探しは、そのなかから、
アメ横の歴史を見続けてきた老舗の3軒をピックアップ。
伝統の豆類からマニアにも人気の高いスパイスを扱う〈大津屋〉。
年末ならではの口上も楽しい、鮮魚・海産物の〈三幸商店〉。
ナッツとドライフルーツの目利き〈小島屋〉。
老舗と書くと、古めかしい感じもするが、
いずれの3軒も、時代とともに、その変化とともに歩んできた古くて、新しい店だ。

まずは大津屋へ。
戦後、闇市から派生したといわれるアメ横だが、
そのころから豆類を専門に扱う店として創業した店で、
次第にスパイス類の専門店としても注目を集めた。
「コロナの時期には、おうちカレーをスパイスからつくりたい、
という一般のお料理好きの男性が増えました」
というのは代表で4代目の竹内森英さん。

開創400年という徳大寺。護身や蓄財の神、武運開運の願いをこめて戦国武将にも愛された摩利支天を祀る。

開創400年という徳大寺。護身や蓄財の神、武運開運の願いをこめて戦国武将にも愛された摩利支天を祀る。大津屋さんの並びはこの徳大寺が大家。

店頭には昔から扱う豆類とスパイス類が並べられる。

店頭には昔から扱う豆類とスパイス類が並べられる。「年末はおせちなどに使う豆類が売れますね。そしておせちに飽きたらカレーもね(笑)」と敦子さん(中央)。それにしてもいいモノ、世界中から集まったものが安価で売られている。敦子さんは「薄利多売。アメ横で言うところの手あかがつけばいいんですよ」と微笑む。

続けて4代目の母で3代目を支えてきた敦子さんが、
スパイスに力を入れ始めたころを振り返る。
「バブルの頃、パキスタンやイランの人たちが、
ハラールの食材を探しに来るようになったんです。
そこで主人(先代)が欲しいスパイスを聞きながら、
関係先のルートから仕入れ始めたのがきっかけ。
それから口コミで広がっていきましたね」

ハラールはイスラム教で許された食材や料理のこと。
最近ではよく聞く言葉だが当時は「初耳」と敦子さん。

「パキスタンの人がカレーを食べるなんて知らないですし、
スパイスのこともわからない。
しかもこちらはヒンディー語なんてわからないですし、
あちらは、日本語はもちろん英語もわからない(苦笑)」

アチャール? あ、漬物のことか。干しブドウはキスミス。
カロンジって言っているのはブラッククミンのこと……。
ひとつひとつ紐解き、ノートに記して、またコミュニケーション。
それを繰り返し、積み重ねていった結果が、
「久々に来られたお客さんが、自分の国のバザールに帰ってきたみたいだ、
なんて言ってくださって、うれしいですよ」

店の奥、ズラリとスパイスとハーブが並ぶ光景は圧巻。

店の奥、ズラリとスパイスとハーブが並ぶ光景は圧巻。スパイスは半分以上知らないものだった。

本場のエスニック料理店や名だたる有名店も取引先。
加えて「お好み焼き屋さん、ハンバーグ屋さん、最近だとクラフトのコーラも」(竹内代表)
今までなかったスパイスがここにあればアイデアは膨らむ。

選んだのは大津屋オリジナルのカレースパイスミックス。
今回の焼酎ハイボールのアテは、
カレースパイス×魚介のコラボでいってみたい。

多彩なカレーミックス。

基本となるオリジナルからストロング、スーパーホット、激辛のカシミール、マイルドな欧風、シーフード用など多彩なカレーミックス。大津屋がイメージを膨らませ、ブレンダーと相談しながらつくっていったものだ。

前橋市議会議員 岡 正己さん スタイリストから市議会議員へ。 前橋を芽吹かせる“B面”の活動

ジンズホールディングス代表取締役CEOの田中仁さんが推薦するのは、
ファッションスタイリストやFMラジオ局を経て、
地元で前橋市議会議員として活動している岡 正己さんです。

推薦人

田中仁さん

田中 仁

株式会社ジンズホールディングス
代表取締役CEO

Q. その方を知ったきっかけは?

私が主宰する群馬イノベーションスクールに3期生として入学したことで知り合いました。

Q. 推薦の理由は?

もともとは東京でスタイリストをしていたのですが、地元に帰郷しFM局で働いているときに群馬イノベーションスクールに入学し今後の人生を考えるキッカケが生まれ、前橋市をカッコ良くしたいという思いが強くなり一念発起し、市議会議員選挙に立候補し当選。そして前橋市をカッコ良くするため現在もさまざまな活動をしていることから推薦します。

地元の衰退に責任を感じていた

「東京は狭くて、苦しい」

ファッション雑誌や広告など、
東京でさまざまな媒体でスタイリストとして活躍していた岡正己(まさみ)さんが
地元の前橋に戻ろうと決めたのは、
ふたり目のお子さんが生まれるタイミングで奥さまが発した
そんな言葉がきっかけだった。

30歳になる手前で前橋市にUターン移住。
高校卒業以来、約10年ぶりの前橋での生活が始まった。
岡さん自身、帰省するたびに感じる地元の衰退をなんとかしたいという思いが、
年々強くなっていたという。

「高校生の頃、スタイリストになろうと思って前橋を出ていったときは、
まさか戻ってくるとは思っていませんでした。
むしろ『こんなところ出ていってやる!』みたいな感じでした(笑)。
でも正月やお休みで帰省するたびに、まちが廃れていくのが目に見えてわかって。
自分もこのまちを出ていったひとりとして責任を感じてたんですよね。
それからだんだん地元に興味を持つようになったんです」

前橋市議会議員 岡正己さん

前橋に戻ってからしばらくは東京に車で通いながらスタイリストの仕事を続けていたが、
同時に寂れた地元を活性化させるために何をすればいいかとずっと考えていたという。
銀座にある群馬県のアンテナショップ〈ぐんまちゃん家〉に
自分のアイデアをいきなりプレゼンしに行くなど、破天荒な行動にも出た。

ある日、前橋にラジオ局〈まえばしCITYエフエム〉が開局するという
知らせを聞いた岡さん。
「これだ!」と思い、すぐにラジオ局へ応募し、入社が決まった。
ラジオ局では営業として、スポンサー集めから番組制作までさまざまな業務をこなした。
そうしてラジオ局の仕事に勤しむと同時に、
岡さんは仕事を通じて培った自身のネットワークを活かして
まちを盛り上げるためのイベントを企画するようになっていた。

「ラジオ局ってすごく便利。
メディアだから取材と称して誰にでも会いに行けちゃうんです。
それでいろいろな前橋のおもしろい人に会って、
どんどん自分のコミュニティを広げていきました。
そういうネットワークも使って、自分なりのまちおこしをやり始めました。
潰れたスナックやビリヤード場を貸し切って音楽イベントをやったり、
市民参加型の部活動『前橋〇〇部』の共同発起人として立ち上げるなど、
とにかくいろんなことをやりましたね」

撮影中、岡さんの姿を見かけたまちの人たちが声をかけている。

撮影中も岡さんの姿を見かけたまちの人たちが声をかけ楽しそうに喋っていた。

岡さんの精力的な活動の裏には、
スタイリスト時代の経験が大いに活きていると岡さんは語る。

「自分のスタイリストの師匠は岡部文彦さん。
当時、アシスタントの自分が
スタイリングのプレゼンテーションをすることがザラにあったんです(笑)。
今では考えられないですけど、『この服の組み合わせが絶対合います!』って
20歳そこそこの奴がCMの衣装合わせとかで説明してるんですよ。
でもその経験がラジオ局の営業としてもそうだし、
まちおこしのイベントを考える際にも相当活きたと思います。

スタイリストは服を扱いますけど、
前橋に帰ってからはまちを洋服に見立てて考えるようになりました。
前橋にはどんな機能が必要なのか、どこを見せたほうがいいのか、
そういう考え方ができるようになったのも
アシスタント時代を含めてスタイリストの経験があったからこそです」

これでもかの装飾と 照明演出が圧巻! 大宮〈ROCK MEMORIES〉

音楽好きコロンボとカルロスがリスニングバーを探す巡礼の旅、
次なるディストネーションは、埼玉県さいたま市大宮。

通りすがりのお客さんも入店に10年かかった圧倒的デコレーション!

コロンボ(以下コロ): キラキラの外観、なかなかのもんでしょ。

カルロス(以下カル): クセ強いねー。絢爛豪華! ロックはこうじゃないと。

コロ: 毎日、前を通って気になっていたお客さんでも、
入るのに10年かかったらしいよ(笑)。

カル: いくらマイケルが出迎えてくれるといっても、
このグラマラスな佇まいだと、ドアを開けるにはかなりの勇気がいるよな。

コロ: 内装だって、すこぶるゴージャス。
マスターのケイさんはいたってフレンドリーなんだけどなー。

カル: 白を基調とした店内に、あるわあるわ往時のレコードジャケットの数々。
まさにロックメモリーズだね。

コロ: ジャケットのカラーコピーをこれでもかと貼りめぐらせているんだけど、
笑っちゃうのが、
帯がないレコードはカタカナでわざわざアーティスト名を加えちゃっているところ。

カル: 手づくり感がなんともいえず好印象。

コロ: わかりやすいがモットーなんだって。

カル: ジャケットに「GOOD」とか丸印とかもあるけど。

コロ: それはケイさんによる評価。まあ、感想ね。

突如現れるジャケットに彩られた絢爛豪華なファサード。

突如現れるジャケットに彩られた絢爛豪華なファサード。

店内のデコレーションもキラキラ。白を基調とした壁面にレコードジャケットがこれでもかと。

店内のデコレーションもキラキラ。白を基調とした壁面にレコードジャケットがこれでもかと。

カル: お店に入ったとき、最初にかかっていたのはなんだった?

コロ: シャカタクの「Easier Said Than Done」だったかな。
雨が降って、寒い夜だったんで、滲みたなー。

カル: フュージョンの名盤、『Night Birds』収録曲だね。

コロ: シャカタクはAOR全盛時のフュージョンだから、とにかくキラキラしている。

カル: ブリット・ファンクの文脈からも、最近、盛り上がっているみたいね。
店内のジャケットを見る限り、70年代〜80年代のチャートやロックが中心だけど。

コロ: ロックメモリーズだけにマスターのメモリーを具現化しているんだ。

ホストの仕事もしていたというマスター、ケイさんの長髪時代。まるでロックスター。

ホストの仕事もしていたというマスター、ケイさんの長髪時代。まるでロックスター。

ディスコが学校、『MUSIC LIFE』が教科書だったという10代。

ディスコが学校、『MUSIC LIFE』が教科書だったという10代。

タイの「ナンプラー」から 日本の「いしる・いしり」まで。 東南アジアと日本の奥深き魚醤の世界

こんにちは、世界一周旅中のうんまほふうふです。

2024年10月頭に日本を発ち、最初に訪れたのは東南アジア諸国。
タイにはじまり、ラオス、ベトナム、カンボジアと4か国を巡りました。

日本と同じアジア圏に属する国々ですが、似て非なる調味料を使った
独自の料理の数々に出合いました。

東南アジア料理に共通する、ある調味料とは?

タイの屋台で出合った麺料理「クイッティアオ」、
日本でも人気のタイ料理でひき肉とバジルの炒め物をごはんにのせた「ガパオライス」、
ひき肉をミントや唐辛子、野菜と混ぜ合わせたラオスのサラダ「ラープ」、
これらに共通して使われている調味料が何かおわかりでしょうか?

タイのラーメン「クイッティアオ」

一般的にスープ入りの麺料理を指すタイの「クイッティアオ」は、お肉や肉団子のせが定番。

本場タイの「ガパオライス」

本場の「ガパオライス」はエスニック香が強いホーリーバジルと刻んだ唐辛子をふんだんに使っていて、スパイシーでした。

ラオスのサラダ「ラープ」

ラオスのサラダ「ラープ」は、酸味のあるひき肉と爽やかなミントの風味が食欲を引き立ててくれます。

その調味料は東南アジアの現地スーパーでは数多く並んでおり、
屋台のテーブルでも必ず目にしました。

タイの食卓の上に置かれている4種の調味料セット

タイの食卓に必ず置かれている「クルワンプルーン」という4種の調味料セット。

これらの料理に共通して使われているのが「魚醤」です。

魚醤は、魚介類を塩漬けにして発酵させた発酵調味料で、
タイの「ナンプラー」が一番有名かもしれません。

発酵過程で、魚の内臓などに含まれる酵素や微生物の働きにより、
魚自体のタンパク質が旨み成分であるアミノ酸に分解されています。

私たち日本人にとって身近な調味料・醤油に含まれる主な旨み成分が
原料である大豆由来の「グルタミン酸」であることに対して、
魚醤にはそのほかに「リジン」「アルギニン」「イノシン酸」など
いくつもの旨み成分が含まれているのが特徴です。

魚醤入りのピーナッツダレ

生野菜やゆで野菜を魚醤入りのピーナッツのタレにディップして食べることも。

マンションリノベで新たな選択肢を。 心地よい住まいを形づくるもの。

住まいの選択肢が広げるリノベーション。
戸建てやマンションといった枠にとらわれず、古い物件を活用したり、
自分たちの暮らし方に合わせて工夫してみたり、その自由度は高く、
さまざまな選択肢も豊富に揃ういま、本当に住み心地のいい部屋は、
どのようにしつらえばいいのか。

今回は自分らしい家づくりと暮らしを楽しむウェブマガジン
「TOKOSIE(トコシエ)」で取り上げてきた取材事例のなかから、
心地よさを追求した5つのマンションリノベーションの
事例とともに、自分らしい住まいづくりのヒントを探る。

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理想の住まいは静かな環境で。
愛犬家夫妻の団地リノベ

現在2匹の愛犬と暮らす松野さん夫妻は、横浜の山下公園の
近くの市街地で暮らしたのち、山口県の古民家を借りて移住。
しかし数年して横浜に戻ることになり、新たな物件を購入した。

古民家暮らしで、都会よりも自然に囲まれた生活に魅力を感じていた。
犬もいて既存の物件を探すのは難しさや
暮らしの拠点を移した心境の変化があり、
市街地から離れた丘陵地に建つ築53年、95平米のスケルトン物件を
購入し2LDKにリノベーションすることに。

玄関側のリビングダイニングと松野さん夫妻

玄関側のリビングダイニング。スケルトンの物件だったため、希望した奥行きのある広さに。

山口で暮らしていたため、手がけた〈SHUKEN Re〉との
打ち合わせのほとんどはリモートで行われた。
施工中は来ることができず、初めて自宅を見たのは引き渡しの時だったという。

現在2匹の愛犬と暮らす松野さん夫妻。
住まいには自分たちが暮らしやすいだけでなく、
一緒に暮らす愛犬たちも、快適に過ごすための工夫が随所に見られる。

足場板と愛犬

足場板は視覚的な効果だけでなく、滑りにくいという、愛犬家の夫妻にとって大事なメリットも。さらに汚れや傷が目立ちにくく、椅子を引きずっても気にならない。

床材に足場板を使用し、全体的に淡く不規則な色合いが
周りの白壁と交わり柔らかな空間に。

「足場板は山口の古民家で使おうと購入したものでした。
自分たちで塗り直して色を統一したり、削ったりしていたんです。
でもプランナーさんが、塗っていない裏面を使いませんかと
提案してくれたんです」

表面は艶があってワントーン暗く、全体のバランスを考えると
裏面を使って正解だったと振り返る。

日当たりの良いリビングの奥には愛犬たちの部屋としてテラスを設けた。

日当たりのいいリビングの奥には愛犬たちの部屋としてテラスを設けた。山口の古民家で隙間風の寒さに苦しんだ経験を踏まえ、窓にはインナーサッシをつけて断熱と防音性能を上げた。

愛犬への愛情はキッチンにも見られる。
寝室の扉はリビングダイニングの奥にあるが、
自由に愛犬たちが回遊できるようにとキッチンにも、
寝室に繋がる通路を設けて「基本的には開けっぱなしです」
と裕史さん。

キッチンと寝室の扉。ベッドでくつろぐ愛犬のルナくん。

キッチンと寝室にも扉を設けることで、空間全体の風通しを良くし、空調効果を高めるメリットもある。ベッドでくつろいでいるのは愛犬のルナくん。

空気の循環にも役立ち、特に調理中のキッチンは
熱がこもりがちだが、空気の流れをつくることで解消された。
「広めにつくったキッチンには、おやつづくりに使う
スライサーなどの機材も置けてお気に入りです」

愛犬と郁子さん

郁子さんは山口の生活で、害獣として駆除された鹿や猪のほとんどが活かされず処分されていることを知り、犬のおやつとしてジビエを有効利用する活動も行っている。

「昔は便利な市街地がいいと思っていましたが、
今は静かなほうがいいなと思いますね。こうして自宅で
家族や愛犬と過ごしている時間が、とても落ち着きます」

賑やかな大都市の中心地から地方へ移住した経験や、
これまで一緒に暮らしてきた愛犬たちとの思い出が、
日々の暮らしや住まいづくりに詰まっている。

◎本編の記事はこちら

なにごとにも全力で! 暮らしと共にある趣味を楽しむ [BESSの家の場合]

趣味が楽しすぎる!

暮らしのなかで趣味を最大限に楽しむこと。
好きなことをやっているのだから当たり前にできそうなものの、
こだわりをもって実現させるのは、意外とできていない人も多いだろう。

そこで、暮らしを楽しむ人の家を拝見する
連載『わが家が楽しすぎる! BESS×colocal』から、
趣味を楽しんでいる「9人の趣味人」を紹介する。
〈BESS〉はログハウスなど木の家を得意とする住宅ブランドで、
そこに住んでいる人は、
家の中でも、外でも、趣味に全力な人が多い。

はたしてどのように趣味に向き合っているのだろうか。

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SUP、スノーボードをそのまま収納/福井県福井市

若い世代からも慕われる“遊びの達人”である竹下光彦さん。
「横乗り系の遊びは全部、やりました」と語る竹下さんは、福井県鯖江市で生まれ、
若い頃はスケーターとしても北陸で名を知られた。

さすがに若い頃と比べて横乗り系の遊びには出かけられなくなったというが、
玄関口にはスケートボードが立てかけられ、
吹き抜けのリビングの一角には、3メートル近くありそうな
サップ(SUP=Stand Up Paddleの頭文字。立ったままパドルを漕いで乗る板)が、
立てかけられている。

「空気を入れて膨らませるタイプなので、本当は小さく収納もできます。
ただ、丸めてしまうと素材も傷みます。
いろいろ保管場所を考えたのですが、
これほど大きなサップをそのまま置ける場所といえば、ここしかありませんでした。
リビングの窓が大きく、ウッドデッキにもつながっているので、
サイズのある道具でも出し入れがラクです」

確かに竹下さんのように、さまざまな道具を駆使しながら屋外の遊びを存分に楽しむ人には、
このような家でないと窮屈かもしれない。

◎本編の記事はこちら

地元食材を生かすお菓子づくり/長野県松本市

お菓子づくりが趣味の的場友恵さんが、
この家でこだわり抜いたというのがアイランドキッチンだ。
キッチンにはあらゆる調理器具を取りそろえ、それに合わせてキッチンを調整した。
〈ミーレ〉の食洗機やオーブン、〈キッチンエイド〉のミキサー、
〈ロボクープ〉のフードプロセッサーなど、
プロ顔負けのキッチンツールが並んでいる。

松本に移住して、
東京暮らしのときにはなかなか挑戦しづらかったお菓子にもチャレンジしている。

「東京に住んでいたときは、マンションの手狭なキッチンがとにかく窮屈でした。
このキッチンなら下の女の子3人も広く使うことができるので楽しいし、
ストレスなく料理できるようになりました」

とくにマカロンは、簡単そうで意外と難易度の高いお菓子。
すぐにひび割れてしまったり、オーブンが変わるだけでも微妙な誤差が生じるので
マカロンづくりに実験的な楽しさを見出している。

新しいレシピに挑戦することも日々の楽しみ。
松本に来てBESSの家で暮らすことで、自然を身近に感じ、
本格的に家庭菜園を始めたり、地元の特産食材にも注目するようになった。

地元で採れたブルーベリーやルバーブは新鮮でおいしい。
そうした地元の食材を、どうしたらお菓子としてさらにおいしくなるか、
研究しながらお菓子をつくることがとにかく楽しいようだ。
友恵さんの料理への探究心と情熱は、松本に来てより一層燃え上がっている。

◎本編の記事はこちら

土地の植生を生かした雑木の庭/長野県安曇野市

雑木の庭において重要なのが、その地域の里山を意識すること。
「安曇野の自然植生が師匠ですね」と、五郎丸良輔さんは言う。

高木のクヌギやコナラに、アオダモやソヨゴなど中高木、低木、地被植物を寄せて、
数種類の木々で構成して島をつくっていく。
その島をいくつも配置し、
多くの草木を組み上げていくのが五郎丸さんの雑木の庭づくり。
安曇野の里山に自生している木々を植栽するので、病気にもなりにくい。

自生種の庭をつくると、その地域の虫や鳥などがやってくる。
そうなればもう、その庭は里山そのものといってもいい。
現在、五郎丸家の庭には、足元に生える宿根草が400〜500品種、
クヌギやコナラなど低木、中高木40〜50の原種や品種が植栽されている。

「庭づくりを続けることによって、個々の庭がつながっていくようにしたい。
自生種の庭はその地域の景観をつくり、まち並みをつくっていきます。
それが住む人にとってアイデンティティになり、
さらには文化にまで育っていけばいいなと思っています」

◎本編の記事はこちら

しっとりソウルからたまにディスコ。 松本にオープンした ソウルバー〈Super Duper〉

音楽好きコロンボとカルロスが
リスニングバーを探す巡礼の旅、次なるディストネーションは
長野県松本市。

おもてなしから始まったゴージャスなディスコサウンドのヘビロテ!

コロンボ(以下コロ: 今回は松本のニューオープンのソウルバー。
なんたって、今年の4月15日オープン!

カルロス(以下カル): 松本でソウルバーってなんだかイメージしづらいね。

コロ: でしょ、そうはいっても根強いファンが多いようで、
地元はもちろん県内からこぞってお客さんが来てくれるんだって。
といっても、マスターの上原紀喜さん曰く、
この手の店は長野県だと松本市と長野市くらいでしか成立しないそうだ。

カル: ソウルバーならスキー場近くもいけそうだけどな。

コロ: そりゃ、『私をスキーに連れてって』以前の話じゃない? 
ゲレンデそばのディスコ的な。ディスコじゃなくてソウルバーだから。

カル: でも、上原さんはその昔、
銀座のすずらん通りの大箱ディスコ〈マジック〉を仕切っていたんでしょう。

コロ: そうらしいよ。銀座の〈マジック〉といえば、
ベテランのステッパーさんたちが集まる熱いディスコ。
それ以前は三軒茶屋のソウルバーとか、なんだかんだでソウルバー歴は20年近いらしい。

お店の奥がレコードラックとDJブース。オーダーがてんてこ舞いでない限り、こちらに移動してパワープレイ。

お店の奥がレコードラックとDJブース。オーダーがてんてこ舞いでない限り、こちらに移動してパワープレイ。

エントランスにある面出しジャケットの数々。バンド・オブ・チーヴスとかデルズとか、シブいところが飾られる。

エントランスにある面出しジャケットの数々。バンド・オブ・チーヴスとかデルズとか、シブいところが飾られる。

選択肢はもっと自由でいい。 暮らしのサブスクや滞在型施設。 理想が叶う“もうひとつの拠点”づくり。

旅と暮らしが溶け合うと、地域や環境の課題解決に。

好きなとき、好きな場所で、自由に生活を楽しむ。
暮らし、住まい、働き方が多様化しているいま、
ライフステージの変化に合わせて、
軽やかに多拠点を実現できる、暮らしのサブスクや、
自然と共生しながら過ごす滞在型施設を、
利用する人やコミュニティは年々広がっている。

こうして選択肢が広がっているからこそ、自由でおもしろい。
自分らしい理想を叶えてくれる、4つの事例とともに、
「これからの暮らしと、住まい」を考える。

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〈SANU 2nd Home〉の
豊かな自然に囲まれたキャビンに、ただいま。

すでに何度かコロカルでもその動向を取り上げてきた
メンバーシップ制セカンドホームサービス
〈SANU 2nd Home(サヌ セカンドホーム)〉。

現在28ある拠点はどれも自然豊かな場所にあり、
ほとんどが都心から片道1時間30分~3時間程度でアクセスできる。

2024年8月10日、北軽井沢(長野)に開業した〈SANU CABIN MOSS(モス)〉。2022年につくられた〈北軽井沢1st〉の近隣拠点として〈北軽井沢2nd〉と名づけられた。

2024年8月10日、北軽井沢(長野)に開業した〈SANU CABIN MOSS(モス)〉。2022年につくられた〈北軽井沢1st〉の近隣拠点として〈北軽井沢2nd〉と名づけられた。

2021年にスタートし、現在サービスプランは3種類。
1つ目は、福利厚生の一環となる法人向けのプラン。
2つ目は、個人向けのサブスクリプションサービス。
2024年には、新たに共同オーナー型別荘
「SANU 2nd Home Co-Owners」が加わった。

個人向けの場合は、月額5万5000円で、
1か月に7泊まででき、平均2〜3泊利用が多いそう。
気軽に自然のなかで、暮らしをはじめてみたい人にもおすすめだ。

SANU 2nd Homeは、あくまでライフスタイルブランド。
一時的に訪れて観光として滞在するよりも、
生活者として「暮らし」を体験することを重視している。
たとえ場所が違っても、利用者が帰ってきた気分になれることを意識して
SANU 2nd Homeとしてつくるキャビンは4種類に限定。

どのタイプもキッチンを中心としたつくりに。地元の商店や直売所などで手に入れた新鮮な食材を調理して食べることも提案するライフスタイルに含まれているからだ。

どのタイプもキッチンを中心としたつくりに。地元の商店や直売所などで手に入れた新鮮な食材を調理して食べることも提案するライフスタイルに含まれているからだ。

キャビンに置かれる備品は、プロジェクターや焚き火台、
調理器具やカトラリー、調味料に至るまで同じものを揃えている。

こうして通っているうちに、近くにあるお店の人と顔なじみになり、
地域の新たな魅力を発見した、という声も聞こえてくる。
さらに気に入った地域との2拠点生活を実行する人や、
真剣に移住を考えている人、実際にすでに移住した人もいるのだとか。
「都市と自然を軽やかに行き来して、生活を営む。」という、
ライフスタイルを、しっかりと自分のものにしている会員も増加中だ。

SANU 2nd Homeが一般的な宿泊施設とは
大きく違う点が、もうひとつある。
それはSANU 2nd Homeが増えるほどに、
日本の森が豊かになる仕組みがあることだ。

SANU 2nd Homeが増えるほどに日本の森が豊かになる仕組み

SANUの環境再生型プログラム「FORESTS FOR FUTURE」。

キャビンに使う木材は、岩手県釜石をはじめ日本中から原木を調達。
土壌環境に配慮して基礎は高床式になっている。
そして、建築に釘を使わないため、キャビンの解体後には
木材を資源として再利用することで、自然環境へ適応していく。

SANU 2nd Homeが考える、環境再生型プログラム「FORESTS FOR FUTURE」。

カーボンネガティブを目指すひとつの取り組みとして、建築の解体までデザインした「サーキュラー型建築」を開発。

そして建築に使った以上に、日本の森に木の苗を植える活動
「FORESTS FOR FUTURE」も実行中。
事業で排出されるCO2の量よりも、植林などによる吸収量が上回る
状態を保ち、環境負荷をかけない「カーボンネガティブ」を目指している。

日本中の自然に、もうひとつの家を持つ

来年には北はにニセコ、南は奄美大島まで、
その数は30拠点へと拡大していく見込みだという。
全国に広がるSANU 2nd Homeに、繰り返し通いながら、
日本中の自然に、もうひとつの家を持つ。
そんな自然共生を叶える暮らしを、
まずは軽やかに、始めてみるのもよさそうだ。

information

SANU 2nd Home 

サブスクリプション会費:月額55000円(1か月7泊まで)

共同所有型の購入金額:330万円〜(年12泊〜・30年権利)

※上記の月会費に加え、利用ごとに宿泊費がかかる場合あり

Web:SANU 2nd Home

これまでの旅とは異なる。 何度も地域に通う旅、帰る旅。 「第2のふるさとづくりプロジェクト」

コロナ禍を経て、旅のスタイルに変化が起きました。
長期的に地域との交流を育み、「何度も地域に通う旅、帰る旅」。
1度きりの旅行では味わうことができない、豊かで新しい旅体験を、
求めている人も増えています。

現在、観光庁が取り組んでいる「第2のふるさとづくりプロジェクト」では、
新たなコンセプトとして『まちが わたしが 育つ旅。「いくたび」』を掲げ、
2024年9月26~29日の4日間、東京・有明の東京ビッグサイトで行われた
『ツーリズムEXPOジャパン2024』にも参加。
この「第2のふるさとづくり」とは、一体どんな取り組みなのでしょうか?

『観光庁「いくたび」のブース。

『ツーリズムEXPOジャパン2024』に出展した観光庁「いくたび」のブース。

10 回目の開催となった今回のテーマは、「旅、それは新たな価値との遭遇」。
国内外から1384 もの企業や団体が参加し、会場には外国や日本の自治体、
観光にまつわる事業者によるブースが並び、
多数の来場者が訪れて賑やかに開催されました。

観光庁のコーナーでは、新たな旅のスタイルを普及、定着させることを推進する
プロジェクト「第2のふるさとづくり」に関するブースも。

人口減少や高齢化が進む地方で、
各地域が抱える課題への取り組みにも関わりながら、
その土地を繰り返し訪れ、地域との関係性の構築につなげる
このプロジェクトは、令和4(2022)年度から始動し、
令和6(2024)年6月時点で、
北海道から沖縄まで36の地域が参加しました。

いつか「森の番人」になる
〈トーヤの森〉プロジェクト

北海道の南西部に位置する洞爺湖に面する〈トーヤの森〉も
「第2のふるさとづくりプロジェクト」に参加しています。
ユネスコ世界ジオパークにも指定されている洞爺湖周辺の
美しい景観は多くの人を魅了してきました。

トーヤの森から一望できる洞爺湖。

トーヤの森から一望できる洞爺湖。

一方で、そのカルデラの湖と周辺の森を維持していくために、
必要な担い手不足が地域の課題になっています。

トーヤの森は、洞爺湖に面した約72ヘクタール、
東京ドーム15個よりも広い森です。
森を舞台に、人をつなぎ未来を創造する「トーヤの森プロジェクト」として、
令和6(2024)年度に大きく4つのイベントを企画し、
第1回では森林作業道づくりをテーマにした1泊2日のイベント
「森と街のがっこうinトーヤの森2024」を7月に実施しました。
ほかにも山主の渡辺大悟さんが森をガイドする企画も。

第2回「もりであそぼうinトーヤの森」サップ体験

9月に行われた第2回「もりであそぼうinトーヤの森」では、森歩きやバーベキュー、サップ体験などを通して、環境に与えるインパクトを最小限にして、アウトドアを楽しむ、「LEAVE NO TRACE(リーブ ノー トレース)」の考えを共有。

第3回は10月に木こり、家具職人、木工作家といった、
木材で仕事をする人たちと一緒に森を巡り、
第4回は雪が積もる12月以降にスキーやスノーシューを履いて行う
森遊びと山の観察を予定しています。

トーヤの森がある洞爺湖は、新千歳空港から車で1時間半ほど。
札幌からは車で2時間強の距離です。
北海道在住者を中心に何度も通っているファンもいます。

「もりであそぼうinトーヤの森」

「もりであそぼうinトーヤの森」では、参加者が洞爺の自然を感じながら、トーヤの森でのさまざまな体験を通じて、森との結びつきを強化。

山主である渡辺大悟さん自身も、
洞爺湖から車で1時間半ほど離れた北広島市に住んでいます。
渡辺さん一家にとって洞爺湖は、
家族で休暇を過ごすたびに訪れる、まさに“第2のふるさと”のような場所です。

渡辺さんは、精密機械や美術品など貴重な品物を木材で梱包する会社を経営し、
この事業で扱う木材は、輸送が完了すると廃棄されることに課題を感じていました。
そのため、若い頃から山を買って林業も行いたいという目標を持ち、
2019年にトーヤの森となる山を購入して夢を実現。

所有している森が健全に保たれるためにはどうしたらいいかと、
林業の専門家からアドバイスを受けたことが、
今回のプロジェクトの一環でもある森林作業道づくりにつながっています。

トーヤの森の伐採の様子。

トーヤの森の伐採の様子。

トーヤの森 道づくり

森が健やかに育つように手入れを行い、機材や人が入るための道が必要。北海道で林業に従事する人のなかでも経験者が少ない道づくりは、トーヤの森でもまだ始まったばかり。

今回のプロジェクトは、トーヤの森での道づくりを
本気で学びたい人がメインターゲットとされ、
今後イベント企画や案内ができる
「森の番人」が生まれることも期待されています。

今回『ツーリズムEXPOジャパン2024』に参加した渡辺さんの妻であり、事業の事務局を務める紗智子さん。

今回『ツーリズムEXPOジャパン2024』に参加した渡辺さんの妻であり、事業の事務局を務める紗智子さん。森のなかには道だけでなく、トイレなど水回りも整備されていないことが課題のひとつだとか。

プロジェクトを通して、旅行だけでは味わえないトーヤの森の魅力に触れ、
森への理解が深まり、何度も通いたくなる場所に育っていくことを目指しています。

日本一周から、世界一周へ。 海外のガストロノミーを巡る旅

いつか自由な身になって、気ままに旅したい……。
その夢を叶えるため、夫婦揃って30才手前で脱サラし、
2023年9月に日本一周の旅へ出ました。
そこから1年後の2024年10月には、なぜか世界一周へ旅立つことになった私たち。
日本で感じたこと、世界へ旅立った理由など、旅への序章をご紹介していきます。

はじめまして。うんまほふうふです。

1993年生まれのうんまほふうふ(うんちゃん&まほ)です。
新卒で約5年間、食品会社に勤め、食や地域創生に関わる仕事をしていました。

ふたりの共通の趣味である旅行を気軽に楽しめるように軽バンを車中泊仕様にDIYし、
週末になると各地に遠征して休みを満喫。

そんな日々を送るなかで、ゆくゆくはふたりでどこかに移住し、
地域に密着したまちおこしに関わる事業をしたいと考えるようになっていきました。

その思いが膨らみ続け、新たなスキルを身につけるためにSNSや動画制作の勉強をし、
人生のひとつのチャレンジとして退職を決意。

SNSで発信しながら、軽バンで自分たちができるまちおこしについて考えるための
「日本一周の旅」に出ました。

日本一周のスタートは四国から! 愛媛県の松山城をバックに。

日本一周のスタートは四国から! 愛媛県の松山城をバックに。

日本の各地を旅していると、同じ国内なのに、風土や地域資源を生かした独自の風習や文化が
地域ごとに根づいていることを実感しました。

それは表面的には理解していましたが、
各地の景色や人と会って話すことでリアルに伝わってくるものがありました。
なかでもその特徴がわかりやすく表現されていると感じたのは「日本食」。

沖永良部島の〈西郷食堂〉にて。鮮度バツグンの伊勢海老がおいしかった!

沖永良部島の〈西郷食堂〉にて。鮮度バツグンの伊勢海老がおいしかった!

例えば地方をドライブしていると、多くの畑や田んぼを目にしますよね。
日本人からすると当たり前の”原風景”ですが、季節によって景色は変わりますし、
地域によっても育てられる作物は異なります。

今でこそ農業技術が進み、全国的につくれる作物は増えたものの、
そのルーツはひとつの小さな村だったりします。

熊本県阿蘇の〈喫茶竹の熊〉は、田園風景の見晴らしが心地良い空間!

熊本県阿蘇の〈喫茶竹の熊〉は、田園風景の見晴らしが心地良い空間!

高知県の四万十市からさらに山奥に入ったところにある、三原村という小さな村。
高知県内でも有数の米どころであり、住民の半数を米農家が占めるほどの場所です。

山間部に位置するため夏はそこまで暑くならず、冬はしっかり寒いという
ハッキリとした気候区分や、豊富な水資源の恵みもあり、
米を使ったどぶろくづくりが盛んに行われるようになったそうです。

そんな村に日本一周の途中で立ち寄った私たちは、
せっかくなのでどぶろくづくりを行う米農家さんの家で民泊を体験。

どぶろくづくりの工程や写真をたくさん見せていただきながら、
産地の食材を使った料理とともに、何種類かのどぶろくを試飲させてもらいました。

お酒が好きでどぶろくもよく飲んでいましたが、
製法などはなんとなく理解している程度だったので、
すごくためになる経験になりました。

〈土佐三原どぶろく〉甘口「このこ」と辛口「あのこ」は、三原村のどぶろく文化・伝統を守り続けるために開発された商品。

〈土佐三原どぶろく〉甘口「このこ」と辛口「あのこ」は、三原村のどぶろく文化・伝統を守り続けるために開発された商品。

どぶろくは静置しておくと米粒が沈んで2層になるのですが、
「いきなり混ぜて飲むのではなく、おいしいからまず上澄みだけを飲んでみて」
とおすすめしてもらったことが、とても印象に残っています。

実際に味わってみると、上澄みのスーッと入ってくる味がすごくおいしいんですよね。

お米ひとつをとっても、その地域ならではの素材の生かし方、味わい方も
多岐に渡っていると再認識しました。

いろいろな日本の食文化があるはずなのに、
風土との結びつきについて考える機会を今まであまりつくってこなかったなぁと。

日本一周の旅を通して、
あらためて身近な日本食のすばらしさを体感することがとても多かったです。

三原村には農作業のお手伝いのために時期をずらして再び滞在し、大根掘りも体験。

三原村には農作業のお手伝いのために時期をずらして再び滞在し、大根掘りも体験。

その地域の背景にある歴史や文化を学び、
その土地の食べ物をその土地で味わうおいしさは格別。

”現地で体験するからこそ大きな価値があるものだ”と感じました。

さらには、このような旅先での体験こそが、
普段の生活の豊かさや地球環境に対する意識にもつながると思うようになりました。

音楽のまち、松本。 創業50周年を迎えた ジャズ喫茶の本格派〈EONTA〉

音楽好きコロンボとカルロスが
リスニングバーを探す巡礼の旅、次なるディストネーションは
長野県松本市。

アナログとハイレゾ音源をほどよくミックスした進化系の老舗

カルロス(以下カル): 松本っていうと音楽のまち、
それも小沢征爾さんってイメージだよね。

コロンボ(以下コロ): 夏の風物詩『セイジ・オザワ 松本フェスティバル』。
小沢さんが亡くなった今年も開催されたんだ。

カル: クラシックだけの祭典じゃなくて、
ジェイムス・テイラーがお忍びでやってきたりとゲストも多彩だよね。

コロ: ほかにも「りんご音楽祭」とか、
ボクらが行った週末には「信州ギター祭り」が開催予定だったよ。

カル: ハイエンド・ギターとギター・ビルダーが集うイベントね。
ギターの産地としても信州は有名。
さらに〈サウンドパーツ〉社っていうオーディオメーカーもあるね。

コロ: そうそう創業時は真空管と関連パーツをつくっていた会社なんだけど、
いまじゃマニア垂涎のアンプを製作している。
ここ〈エオンタ〉のパワーアンプも〈サウンドパーツ〉のカスタムだよ。
〈マッキントッシュ〉のプリアンプとのコンビで稼働中。

エオンタとは古代クレタ語で「存在するものたち」。まさに創業50周年を迎えた〈エオンタ〉に相応しい。

エオンタとは古代クレタ語で「存在するものたち」。まさに創業50周年を迎えた〈エオンタ〉に相応しい。

入口の階段の壁に書かれたサイン。ビル・エヴァンスをはじめレジェンドたちの足跡が。

入口の階段の壁に書かれたサイン。ビル・エヴァンスをはじめレジェンドたちの足跡が。

バックパックブックス・ 宮里祐人の旅コラム 「計画をたてないからこそ出会えた。 本とレコードがつないだ沖縄旅」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第42回は、〈バックパックブックス〉の宮里祐人さん。

旅は好きなものの、いつも詳細な計画はたてないという宮里さん。
2024年6月に沖縄本島を旅したときも
ほとんど行き当たりばったりの旅をしたようだ。

しかしそれでも興味の赴くままに行動していると、
なぜか偶然がうまく重なることがある。
でもそれは偶然ではないのかもしれない。

そんな出会いを繰り返した沖縄の旅。
本屋、本、レコード、ジャズがつないだ縁とは?

計画は立てない、沖縄の旅

旅の本を多く扱っている新刊・古本屋を営んでいます。
以前は出版社に勤めていましたが、
自営業ならやり方次第でまとまった休みをとって
旅に出やすくなるかもしれないという目論見もあって開業しました。
なので真冬や梅雨や真夏など、
お客さんの足が少し遠くなりがちな時期にまとめて休みをとって
旅に出るようにしています。

今年6月は10日間ほど沖縄本島に行きました。
旅に行く際はほとんど計画を立てません。
帰りの時間や場所にもできるだけ縛られたくないので、
行きのチケットしかとらないことが多いです。
今回もじっくり見て回ったことのない沖縄本島の北部に行くことと
6月23日の沖縄の慰霊の日の式典に参加することくらいしか予定を立てずに、
東京が梅雨入りして沖縄が梅雨明けしたタイミングの6月後半に出発しました。

那覇空港に着いて、前に乗ったことのあるモノレールは避けて
那覇市街までフラフラと歩いてみることに。
空港に隣接した航空自衛隊の基地など
モノレールからでは目に入らなかったかもしれないものを目に焼きつけました。
途中、ブックオフがあったので入店して沖縄に関する本を物色。
そのなかのひとつに
沖縄独自のジャズ文化を追って紹介した『沖縄ジャズロード』がありました。

日本の海からはじまる、 新たな価値創造を目指して。 海藻から未来の食を変える 〈シーベジタブル〉

海藻を食べることで未来が変わる

日本の食卓に欠かせない海苔やわかめなどの海藻。
普段あまりにも当たり前の存在ゆえ、
その価値や魅力に注目することは少ないかもしれない。
しかし、今、海藻への注目が高まっている。

日本近海に約1500種を超える海藻が生息し、
そのすべてが食用になり得るとされている。
一方で、世界で類をみないほど海藻を食べるとされている日本でも
普段の食卓に並ぶのは数十種類に留まっているという。

海藻を手ですくう様子

まだまだ海藻食文化は発展途上なのだ。
そんな海藻の栽培や研究に取り組みながら、海藻食文化の普及に力を入れている
〈合同会社シーベジタブル(以下、シーベジタブル)〉。

〈シーベジタブル〉共同代表の友廣裕一さん

〈シーベジタブル〉共同代表の友廣裕一さん

「海藻が育つことで、海の環境もよくなるんです。
環境問題への意識が高まり、
さまざまなサステナブルフードが登場してきましたが、
中にはサステナブルであるためだけに、つくられているものもあるので、
食べずにいたほうが環境に負荷はないんです。

でも、海藻は食べて消費量が増えても、
環境負荷をかけずにたくさん育てることができる。
そして、海やそこに暮らす魚たちにとってもよりよい環境をつくることができる。
食べることで地球環境に貢献できる稀有な存在なんです」
と〈シーベジタブル〉共同代表の友廣裕一さんは話す。

佐賀牛の40年にわたる軌跡。 美しい「サシ」誕生前夜の物語と 50周年に向けたネクストアクション

変わらないピンク色こそ佐賀牛の証

パチパチと高く弾ける音がフロアに響き渡る。
やがてその拍手のようなリズミカルな音に、ジュワーという低い音が加わった。
いま、目の前の鉄板では肉が焼かれている。
本日の主役は「佐賀牛」。
いわずと知れた食の宝庫・佐賀県が誇る、全国にその名を轟かすブランド牛だ。

この美しいサシこそ、佐賀牛の証。写真の部位はサーロイン。

この美しいサシこそ、佐賀牛の証。写真の部位はサーロイン。

ダイヤモンドを散りばめたかのような、美しいサシを持つそれに、
シェフは丁寧に、かつ確実に火を通していく。
溶け出した脂は鉄板の上でキラキラと輝き、
その脂の上で浮遊するかのように焼かれていく佐賀牛は、
火を通してもなお、佐賀牛の魅力であるみずみずしいピンク色を保っていた。

「佐賀牛の特徴といえば、その肉質のやわらかさと、口溶けの良さですね。
ただ、見た目ですぐわかるのはこの色でしょうか。
この霜降りが、
きれいに肉に散りばめられることで生まれるピンク色があってこその佐賀牛。
当店では必ず、焼く前に生の状態の肉をお客様にご覧いただいているんですよ。
期待感も高まりますしね」

そう話してくれたのが、昨年30周年を迎えた〈JAグループさが〉直営のレストラン
〈佐賀牛レストラン 季楽 (きら)本店〉で腕を振るう料理長・田中洋一郎さん。

料理長・田中洋一郎さんの軽やかなナイフさばきに思わず見惚れてしまう。

料理長・田中洋一郎さんの軽やかなナイフさばきに思わず見惚れてしまう。

田中さんは続けて「与えられた最高の素材を、
限りなくおいしい状態でお客様に届けること。私たち料理人は、それが仕事です。
最高の素材になるよう育ててくださった生産者さんたちの熱い思いの結晶が、
このピンク色なんです。焼く前の、佐賀牛本来の色をお客様にきちんと披露することは、
生産者の方々への礼儀でもあると思っています」と言葉に力を込めた。

〈佐賀牛レストラン 季楽 (きら)本店〉ではコースのほか、単品でも気軽に佐賀牛を味わうことができる。佐賀牛を含むディナーコースは11000円〜。

〈佐賀牛レストラン 季楽 (きら)本店〉ではコースのほか、単品でも気軽に佐賀牛を味わうことができる。佐賀牛を含むディナーコースは11000円〜。

地域発信の本がおもしろい! それぞれの編集長が推す ローカルブックス7選

ローカル情報一辺倒ではない、誌面づくり

出版への物理的・経済的なハードルが下がったこともあり、
ローカルにおいても、
個人や小さな会社からたくさんの雑誌や書籍が発売されている。
そしてそのクオリティはどんどん高まっている。

そこでローカルをベースにしながら出版されている本を紹介したい。
ひとつ共通しているのは、距離の近さだ。
物理的な近さはもちろん、人と人との心理的な近さも内容に大いに影響しているようだ。
その「距離感」をどう捉えて誌面にしているのだろうか。

本の紹介文は、それぞれの編集長が自ら、思いを込めて書いてくれた。

旅に行ったら、 まずは本屋さんに行きたい! 地域に愛される、全国の本屋さん12選

全国の旅先で、本屋さんに行きたい

全国にはたくさんの本屋さんがあり、多様化している。
大型書店とはまた違うセレクトだったり、何かのジャンルに特化していたり、
立地が独特だったり、店構えが本屋さんの域を超えていたり。

実際に足を運べば何かに出合える、それは本だけでないかもしれない。
知れば行ってみたくなる、そんな本屋さんたち。

そこで北は北海道から南は沖縄まで、
ローカルにあり、特徴のある本屋12店をお届けする。

〈小鳩書房〉(長沼町)
「岩波少年文庫」のみを取り扱う本屋

2023年に北海道・夕張郡長沼町の農場にオープンした
「岩波少年文庫」のみを取り扱う本屋。
世界の古典文学シリーズが古本、新刊問わず並ぶ古民家は、
北海道の雄大な山々と夕張川を背にして、
見渡す限りなにもない土地に建つ。

小鳩書房の鍵がかかった扉を開けるには、まず農場内にひっそりと佇むこの小さな小屋で鍵を受け取ろう。

小鳩書房の鍵がかかった扉を開けるには、まず農場内にひっそりと佇むこの小さな小屋で鍵を受け取ろう。

敷地内でハーブ農家を営む店主の柴田翔太さんが本屋を始めたのは、
数年前に祖父の本棚から見つけた古い岩波少年文庫の巻末にあった
「岩波少年文庫発刊に際して(1950年)」という文章に感銘を受けたことが
きっかけだった。

「世界でいちばん岩波少年文庫が揃う書店」を標榜する同店だが、コロカルで連載を持つ來嶋路子さんの『家の庭』など、地元作家のリトルプレスの取り扱いも。

「世界でいちばん岩波少年文庫が揃う書店」を標榜する同店だが、コロカルで連載を持つ來嶋路子さんの『家の庭』など、地元作家のリトルプレスの取り扱いも。

小鳩書房に入るには、まず農場内にある小屋で鍵を受け取る。
来店者が自身で鍵を開け、誰にも干渉されずひとりで本を選ぶ、
自分だけの時間を過ごすことができるようになっているのだ。
ここへ来てから帰路に着くまでのすべてが
「1冊の本を買った体験」として来店者に刻まれそうだ。

information

map

小鳩書房

住所:北海道夕張郡長沼町東5線北18 白銀荘農場内

営業時間:13:00〜17:00

営業日:土・日・月曜(白銀荘の営業日と連動)

Instagram:@kobato_shobou

高松市〈本屋ルヌガンガ〉 独立系書店から ローカルに「やさしい本屋さん」へ

〈本屋ルヌガンガ〉の1週間が始まる

定休日明けの水曜、午前10時前。
〈本屋ルヌガンガ〉の中村涼子さんが店先の植物に水をやり、
看板を出して開店の準備をしていると、自転車に乗った高齢の女性がやってきた。
「もう開けますから、さあどうぞ!」と軽やかに声をかける涼子さん。
常連のお客さんだという。
少し立ち話をしたあと、涼子さんは「配達に行ってきますね」と雑誌を手に外へ。
常連さんは雑誌が並ぶ平台へ。ほどなくしてひとり、ふたりとお客さんがやってくる。

カウンターでは黙々と本の検品作業を進める、店主の中村勇亮(ゆうすけ)さん。
先ほどの常連さんに目を向けると、椅子に腰かけゆっくりと雑誌をめくっていた。

店内で常連さんが本を読む様子

高松市の繁華街に店を構える〈本屋ルヌガンガ〉。
田町商店街から1本入った通りに位置し、
周辺にはミニシアター系の映画館や古本屋などもある。
2017年8月17日に夫婦でオープンした。

看板「本」の描き文字はお客さんだった装丁家・平野甲賀さんによるもの。

看板「本」の描き文字はお客さんだった装丁家・平野甲賀さんによるもの。

香川の伝統的工芸品、高松張子が本棚に飾ってある。

香川の伝統的工芸品、高松張子が本棚に飾ってある。

名古屋から高松へUターンして本屋を開く

勇亮さんは高松市出身だが、地元を離れていた時間が長い。
信州大学を卒業後、「本が好き、本屋が一番身近な場所だったから」という理由で
名古屋に本社がある書店に就職。
岐阜と大阪の支店で3年ほど働いた後、商社へ転職し、結婚した。
書店を辞めても本は変わらず読んでいたが、ライフスタイルが変化するなか、
昔のように大型書店でゆっくりと本を選ぶ時間はとれなくなっていた。
その代わりにまちの小さな書店に入って、さっと本を選ぶスタイルが定着していたという。

店主の中村勇亮(ゆうすけ)さん

「その頃、世の中に新しいタイプの書店が出てきたのを知ったんです。
店主のセレクトが光る、小さな店。
まさにぼくもそんなお店を求めていたし、やってみたいと思いました。
ただ、会社員から自営業者になるイメージがなかなかわかなくて」

2015年にブックコーディネーターの内沼普太郎さんが主催する
本屋講座に参加したことが転機となった。

「会社を辞めずにそのとき暮らしていた名古屋で週末だけ本屋をやろうか、
もしくは故郷の高松で誰かを雇って本屋のオーナーになろうかなどと、
ぼんやり考えていたんです。
でも講座を受けて本屋のプランを考え、少しずつ準備を進めているうちに、
やっぱり自分でするほうが楽しそうだからやってみようと気持ちが固まりました。
当初、妻は賛成ではなかったのですが、流れのなかでふたりでやろうということに……」

絵本・育児関連の棚を担当している、妻・涼子さん。

絵本・育児関連の棚を担当している、妻・涼子さん。

「最初は驚きました。ふたりとも会社員を続けていくと思っていましたし、
まさか起業するとも、生まれ育った愛知を離れるとも思っていませんでした」

当時は涼子さんも会社員だったが、仕事と子育ての両立に悩み、
女性の起業支援セミナーに行き始めていた矢先だったという。

「どちらかというと私がやりたいことを探していて、
夫は会社で頑張っていくと思っていたので、
ある日、夫が本屋をやりたいと言い出したのでビックリしました。
でも、お互いに本が好きでしたし、ふたりで古本市に参加して
本を売っていたこともあったりしておもしろそうという思いもありました。
私は書店員経験がなかったので、名古屋のまちの書店で修行をすることにして、
本屋をやるイメージを膨らませていきました。
腹をくくるのに1年以上かかりましたけどね(笑)」と、涼子さん。

そんなふたりが最終的に高松を選んだのは、
〈本屋ルヌガンガ〉がある物件との出合いが大きい。
ツテを伝い安く借りられそうだったこと、
かつ活気のある商店街に隣接する立地だったこと。
小さな書店を始めるにはリスクの少ない理想的な条件が揃っていたことが背中を押した。

屋号からして酒が進む アメリカンロック酒場、 横浜〈LAST WALTZ〉

音楽好きコロンボとカルロスが
リスニングバーを探す巡礼の旅、次なるディストネーションは
神奈川県横浜市。

厳格なまでにいにしえのアメリカンロックにこだわる店

コロンボ(以下コロ): 〈LAST WALTZ〉! 店名からしてボク好み。
屋号だけで飲めちゃう。

カルロス(以下カル): だろうね。
こういうオールドタイマー、うっとうしいほど多いんだよ。
しかも、この手の人はやたら音楽に詳しいから手に負えないわけ。

コロ: そう、ディスるなよ。
『LAST WALTZ』と聞くとざわつかないわけにはいかない世代なんだから。
あれは1976年の出来事で……。

カル: はいはい、時は1976年11月25日、所はサンフランシスコの〈ウィンターランド〉、
ザ・バンドのラストコンサートね。
マーティン・スコセッシ監督による同名の映画にもなった伝説のコンサート。

コロ: 知ってるじゃん!

カル:  基礎教養です。つまり、このお店、
アメリカンロック、バリバリのお店ってことになるのかな?

コロ: マスターの小泉豊太さんがアメリカンロックを聴くきっかけになったのが
『ラスト・ワルツ』なんだって。
でも、地味な映画って印象でピンとこなかったらしい。
わからないでもないけど。

カル: 単なるいちバンドのラストコンサートにディランやらクラプトンやら、
ゲストがこんなにたくさん集まるなんてなかなかないね。
トリビュートはあるけど、
ラストコンサートにゲスト多数っていうのはあまり記憶にない。

ノスタルジックなアメリカ酒場なカウンター。LAST WALTZはもちろん、イーグルスのLONG RUN TOURのポスターがある。

ノスタルジックなアメリカ酒場なカウンター。LAST WALTZはもちろん、イーグルスのLONG RUN TOURのポスターが

ブックコーディネーター・ 内沼晋太郎さんに聞く 「世界をより良くしていくための」 本と本屋

大型書店が姿を消し、増える独立系書店

「本が売れない時代」だといわれて久しい。
本の売り上げは1996年をピークに右肩下がりを続け、
日本出版インフラセンターの統計によると、
この10年で全国の書店数は3分の2に減少。
全国の市町村の4分の1以上が「書店ゼロ」のまちになっているという。

一方で、個人オーナーによる独自セレクトの小規模な独立系書店は
全国各地で次々と開店しているという驚きの事実もある。
たとえば2023年には全国で80店以上が新規開業しているというデータも。
つまり独立系書店は、
新しいかたちの「まちの本屋」として、着実にその存在感を発揮しているのだ。

こうしたムーブメントの背景にあるものはなんだろうか。
そして、その流れやスタイルは、都会とローカルとで違いがあるのだろうか。

そんな問いを抱いて訪ねたのが、現在、東京と長野県御代田町で
二拠点生活を送るブックコーディネーターの内沼晋太郎さんだ。

大開口から注ぐ光が心地よい内沼さんの御代田町の住まい。

大開口から注ぐ光が心地よい内沼さんの御代田町の住まい。

精神科医・星野概念の旅コラム 「初めての酒蔵見学。 醸造家を質問攻めにした夜」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第41回は、精神科医の星野概念さん。

発酵、なかでも日本酒に興味があり、
尊敬する醸造家に会えるならば、
地方にまで足を運ぶことを厭わないという星野さん。

しかしながら、まだ酒蔵見学に行ったことがなく、
実際の酒造りをしている醸造家にも会ったことなかった頃、
ある酒蔵を行く機会を得る。

聞きたいことがたくさんあったようですが、
初めての体験で緊張していたという星野さん。
実りのある旅になったのだろうか。

発酵とメンタルヘルスは似ている

旅の多くは、メンタルヘルスや発酵に導かれることが多いです。
両者は僕のなかでは強いつながりがあります。
目に見えない微細な変化が実は常に生じ続けていて、
あるときそれが目視できたり、実感することができるものになるというのは
多くの物事に共通したことかもしれません。
僕はメンタルヘルスや発酵の学びを通してそれを感じています。

人のこころは簡単には変わりません。
でも、長い年月を振り返ってみると、
いろいろな物事に対する向き合い方は変化しているはずです。
この変化に関係するのは年齢だけではありません。
さまざまな経験や取り組んだ自己研鑽のような物事が、
年月を経て本当に少しずつかたちになっているのだと思います。

酒づくりで考えてみると、タンクの中に入っているのが水と米だけだったはずなのに、
実は地道に発酵のプロセスが進んでいて、
目に見えない反応がタンクの中ではたくさん生じています。
そしてあるとき、そんな少しずつの変化が形になり、
タンクの中の液面にポコポコと反応が現れ始めるのです。

メンタルヘルスと発酵の重なりについては、
これ以外にもたくさん感じていることがあり、
僕はそれを追い求めて旅をしています。
自分の活動地域ではなくても、
メンタルヘルスの中で気になる取り組みをしている場所を見学できる機会があれば
出かけていくし、
尊敬する醸造家とコミュニケーションできる可能性があるならば、
迷わず足を運んでいます。
そんな旅が始まったときの体験を書こうと思います。

田中知之(Fantastic Plastic Machine)プロデュース。 京都〈FUL〉は 静謐なサウンドフォレスト

音楽好きコロンボとカルロスが
リスニングバーを探す巡礼の旅、次なるディストネーションは京都市。

森に彷徨い込んだようなおだやかなサウンドスケープ

コロンボ(以下コロ): 音が上から降ってくるって気持ちいいもんだね。
すこぶる心地いいので、チルっちゃったよ。

カルロス(以下カル): 〈ドルビーアトモス〉とかの空間オーディオってこと?
サラウンドを進化させた7.1.4chのいわゆる多次元システムで聴いたのかな?

コロ: 京都にある〈FUL〉っていうミュージック・ラウンジなんだ。
いわゆる空間オーディオの文脈とはちょっと違くて、
サウンドフォレストと標榜するだけに、森に迷い込んだみたいなんだよ。

ソファと木があふれる店内。

北アフリカやモロッコの建築様式をベースにつくり上げたサウンドフォレスト。

カル: FPM(Fantastic Plastic Machine)の田中知之さんが
プロデュースしたスペースだよね。空間オーディオとはどう違うの?

コロ: いま、いちばんイケてるアメリカの〈1 SOUND〉ってところの
スピーカーシステムを採用していて、
すべてのスピーカーは天井に配置されているんだ。

カル: 〈1 SOUND〉っていえば、クラブイベントで人気の〈VOID〉に続く、
サウンドシステムのアップカマーだね。

コロ: そうそう。セレブや音楽好きがこぞって集まる
バリ島のスミニャックにあるビーチラウンジ
〈POTATO HEAD〉のシステムもそうだよ。

カル: 〈POTATO HEAD〉っていえば、
この間、細野晴臣さんも出た〈NTS One Day Bali〉が行われたところだ。
〈1 SOUND〉って何がすぐれているわけ?

コロ: 田中さんによれば、非常に解像度がよくて、
周波数帯の整理が行き届いているんだって。

カル: 周波数帯の整理が行き届いてるって?

コロ: ある程度の音量で聴いたとき、
ダイナミズムをたっぷり感じるにもかかわらず、
人の会話も聞き取りやすいってこと。

カル: ラウンジにはうってつけだけね。

コロ: しかも小口径のスピーカーにも関わらず、いい音圧でちゃんと鳴るんだ。

テーブルと木にあふれる店内。

森に迷い込んだような空間。プラントデザインは〈MAESTRO〉の綛谷武史さんと〈松竹園〉の竹岡篤史さんが担当。

店内の壁にも自然のアート。

店内は3つの空間から構成される。自然光が入る日没前の独特の表情もまたたまらない。