連載
〈 この連載・企画は… 〉
本屋が減少し、まちにひとつも本屋がないという市町村もあります。
一方で独立系書店と言われる本屋は少しずつ増加しているし、そこで取り扱うようなジンやリトルプレスの発行も増えています。
まだまだ本や活字の文化が消えることはなく、そのあり方を進化し続けながら活動する人たちを紹介します。
writer profile
Hiromi Shimada
島田浩美
しまだ・ひろみ●編集者/ライター/書店員。長野県飯綱町出身、長野市在住。信州大学時代に読んだ沢木耕太郎著『深夜特急』にわかりやすく影響を受け、卒業後2年間の放浪生活を送る。帰国後、地元出版社の勤務を経て、同僚デザイナーとともに長野市に「旅とアート」がテーマの書店〈ch.books〉をオープン。趣味は山登り、特技はトライアスロン。体力には自信あり。
photographer profile
Yukihiro Shinohara
篠原幸宏
しのはら・ゆきひろ●写真家。1983年長野県上田市生まれ。長野県を拠点に活動中。20代後半の中東旅行をきっかけに写真をはじめる。寒がりなので冬は海外へ脱出します。最近のお気に入りはタイ東北部のコーンケン。上田市の〈本と茶NABO〉で書店員もしています。
「本が売れない時代」だといわれて久しい。
本の売り上げは1996年をピークに右肩下がりを続け、
日本出版インフラセンターの統計によると、
この10年で全国の書店数は3分の2に減少。
全国の市町村の4分の1以上が「書店ゼロ」のまちになっているという。
一方で、個人オーナーによる独自セレクトの小規模な独立系書店は
全国各地で次々と開店しているという驚きの事実もある。
たとえば2023年には全国で80店以上が新規開業しているというデータも。
つまり独立系書店は、
新しいかたちの「まちの本屋」として、着実にその存在感を発揮しているのだ。
こうしたムーブメントの背景にあるものはなんだろうか。
そして、その流れやスタイルは、都会とローカルとで違いがあるのだろうか。
そんな問いを抱いて訪ねたのが、現在、東京と長野県御代田町で
二拠点生活を送るブックコーディネーターの内沼晋太郎さんだ。
大開口から注ぐ光が心地よい内沼さんの御代田町の住まい。
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内沼さんの活動は多岐にわたる。
2012年に東京・下北沢にて新刊書店〈本屋B&B〉をオープン。
「ビールを飲みながら本が買える」「毎日トークイベントを開催」という
革新的なコンセプトで、“新しいまちの本屋”として一目置かれる存在となった。
2020年には、下北沢駅周辺の再開発にともなって誕生した
新たなスタイルの商店街〈ボーナストラック〉を運営。
その2階に〈本屋B&B〉を移転した。
こうしたまちづくりの活動は、東京だけにとどまらない。
2016年から2022年まで、
「本のまち」を掲げる青森県八戸市でオープンした
市営書店〈八戸ブックセンター〉のディレクターをつとめた。
公共施設として民間との競合を抑えるため、
地元書店との棲み分けと協力体制という新たな仕組みを構築した。
自身が代表取締役をつとめる〈NUMABOOKS〉に加え、
長野県上田市に拠点を置く大手オンライン書店を営む
〈株式会社バリューブックス〉の取締役も務める。
御代田町への移住も〈バリューブックス〉での縁がきっかけだ。
長く東京に住んでいたが、もっと同社の仕事へのコミットを増やそうと思ったこと、
そして第2子が生まれ、
東京より長野で暮らす人たちのほうが子育てに余裕があるように見えたことで、
まずは2019年に上田市に引っ越した。
さらに翌年、子どもの学校の関係から、
上田市からもアクセスがしやすい御代田町に住まいを移した。
豊かな自然も御代田町の移住の後押しに。
「下北沢に深くかかわるほど、
自分が“シモキタの人”のままでいいのかなという疑問がありました。
下北沢の魅力を理解するためには、生活拠点を下北沢から離し、
外からの目線を持ったほうがいいと思ったんです。
いまは長野と往復することで、
都市に暮らす人、都市から離れて暮らす人それぞれの幸せについて、
思いを巡らせる機会が増えましたね。
最近は、最先端である東京こそ
知らない人同士がコミュニケーションをする場をもっと増やしたほうがよい、
というようなことを考えています」
こうした都会での思考とローカルからの視点を得たことで、
内沼さんは、
これからのローカルにおける本屋のあり方や存在意義への解像度を高めている。
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内沼さんの御代田町の住まい。リビングには壁一面に本が並ぶ。
内沼さんの住まいの本棚のひとつひとつの本を眺めると、
大きな出版流通には乗らない、
個人のつくり手によるジンやリトルプレスといったインディペンデントな本も見られる。
こうした商品を主に扱う独立系書店が、近年、増加傾向にあるのは
「自分たちのまちに本屋をなくしてはいけない」
と考える人の熱意が大きいと内沼さんは語る。
「例えば、自分が住んでいる場所や愛しているエリアに
本屋がなくなっていくのが寂しい。自分が好きな本の業界が廃れていくのは嫌だ。
そういう個人的な強い思いが動機になって、
自分に何かできないだろうかと思った人が
店づくりや場づくりをはじめているように感じています」
内沼さんが棚から紹介してくれたのは、太田市美術館・図書館の作品展から生まれた『山風にのって歌がきこえる 大槻三好と松枝のこと』(惣田紗希)。「ローカルの歌人にあらたな光を当てる、このような本をつくることも、まちの文化を支える営みだと思います」
実際、内沼さんの「これからの本屋講座」では、
「自分のまちに本屋がなくなったから」
「まちの本屋が廃業するニュースを聞き、自分なら何かできるかもしれない」といった
使命感を抱いて受講する人が少なからずいるという。
なかでも、オンライン講座の受講生の8割が地方在住者。
つまり独立系書店の開業の背景として、地方のほうが課題感が強いことがうかがえる。
そうした人に対し、内沼さんは可能な限りノウハウを開示してきた。
しかし、書店の利益率は、1冊の本が売れても20%程度。
利益構造が苦しい業態であり、
内沼さんも講座の受講者には「儲からない」という
厳しい現実もまず最初にはっきりと、具体的に伝えるという。
「それでも、儲からなくてもいいから、
自分の住んでいるまちに本屋さんをなくしたくないと考える人が立ち上げます。
それは、それまでにあった店のような、売れ筋の本や雑誌やコミックがそろう便利な店では、
必ずしもないかもしれない。
インターネットで本を買うことが当たり前になって以降、
そういう店を維持するのは正直、難しいです。
けれど、まちのなかに未知のものに出合える場として、
たくさんの本が並ぶ場所を開き、運営することは、知恵をしぼればできます。
棚を介した静かなコミュニケーションであっても、
自分という人間や、身の回りの社会を変えるための対話を生み出せることが、
本屋を構える意味だと思っています」
コミュニケーションのグラデーションはあれど、都市もローカルも対話の場を求めている人がいるのは変わらない。
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しかし、同時に、使命感や善意だけでは商売は成り立たない。
となると、独立系書店の持続可能性は低いようにも思うが、
本の在庫は腐らない分、基本的に固定費の家賃と人件費さえ抑えられれば成立し、
ある意味、サスティナブルだと内沼さんは言う。
とくに都会より家賃が安い地方は、
小さな店をはじめることにおいては圧倒的に適しているのだそうだ。
「実際、独立系書店を経営している人は、
それぞれの方法で持続している人がたくさんいます。
儲からなくても地域にとって必要な場所になると、
なんとか続けようと考えるのでしょうし、経済合理性が優先される一般書店と違い、
最初から不採算前提ではじめている独立系書店は強いですね」
カフェを併設したり、イベントを頻繁に開催したり。
人が集いやすい空間をつくってきた印象だ。
「本屋はビジネスとしては儲からないけれど、それでも開きたいという強い意思がある人の店は潰れない」と内沼さん。
そのうえで、独立系書店には、
本を読んで考えたことを周囲と共有したい人の受け皿となり、
地域コミュニティの核になる存在価値もあるという。
本という共通言語や土台があることで、
ローカルから何か行動を起こそうとする人にとっては、
まちを変えて自分たちの暮らしをより良くしていくために、
社会的あるいは政治的なアクションを起こすハブにもなり得るのだ。
「だからこそ、ぼくは本屋が持続し、増えていってほしいと思っていますし、
世界をより良くするためにぼくが本当にやりたいことは、
本屋として小さくとも利益を上げられるような枠組みを構築し、
そのパーツを全国の書店さんに提供したり、真似をしてもらえるようにしたりすることです。
そうすることで、本屋をはじめる人の背中を押したり、続けている人を支えたい。
本屋には、本を通じてその人の意識や人生が変わるような出会いを提供したり、
身の回りの人と読むことを楽しむ場をつくったり、
一緒に話し合って生活や環境を良くしたりする力があります。
本屋という生き方が、個人にとってすごくやりがいがあるからこそ、
みななんとか実現したいのだと思いますし、そうした営みが続いていく世界にしたいですね」
「世界をより良い方向に動かす手段として、ぼくのやるべき仕事は本屋を増やすこと」だと内沼さんは話す。
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さらに独立系書店は、ZINEやリトルプレスなどを扱う場所としての役割も担い、
本づくりの文化も高めていくことにつながる。
「自分でつくった本を持ち込む人もいるでしょうし、さらに地域を知る本屋は、
その土地のおもしろいつくり手を発見し、広めていくこともできます。
京都の〈誠光社〉さんや名古屋の〈ON READING〉さん、
岩手・盛岡の〈BOOKNERD〉さんなどを筆頭に、
本をつくって全国の独立系書店に卸す本屋さんも増えています。
出会った人との関係性のなかで本づくりがはじまり、それがある地域から、日本中に伝わる。
それもまたローカルな本屋さんのひとつの意味だと感じています」
例えば誠光社は『珈琲の建設』『喫茶店のディスクール』『アウト・オブ・民藝』、
ON READINGは〈ELVIS PRESS〉という出版レーベルとして
『生活フォーエバー』『POOL』、
BOOKNERDは『わたしを空腹にしないほうがいい』などを出版している。
独立系書店がZINEやリトルプレスを扱う。扱ってくれる場所があるから、それをつくる。
「タマゴが先か、ニワトリが先か」わからないが、
小さいながらも本屋とつくり手の好循環が生まれている。
どちらにとっても、本質的に望ましい現象といえよう。
個人的な出版物をつくっている人にとって、その流通先である独立系書店は重要なのだという。
世の中、活字離れともいわれるが、内沼さん曰く
「活字そのものはSNSなどで読んでいる人もいるから一概にはいえない」という。
とはいえ、ショート動画などインスタントなものはトレンドでもあるし、
その流れを否定も停止もできない。
それに、活字とはまた違った刺激があることも理解できる。
「ショート動画はそれまでの歴史にないフォーマットで、
SNSが生んだすごい発明だと思います。
短期的な刺激が連続する体験から、人はなかなか抜け出せなくなる。
それでも紙の本には、
時間をかけて読まれるからこその深い理解、味わいや感動があります。
ぼくは新しいものに否定的ではなくて、どちらもある時代のほうが豊かだと考えるからこそ、
そのなかで分が悪い、紙の本がこれからも読まれ続けるために、本もおもしろいよ、
能動的に読み進めるのもいいものだよ、せっかく長い歴史の蓄積があるのだから、
体験しないのはもったいないよ、と伝え続けていきたい」
「本を介してさまざまな意見が交わされることで、世界がより良くなればいいな」と語る口調は穏やかながらも力強い。
「本」をめぐる環境はいま、大きく変化している。
紙の本にはデジタルとは異なる手に取る感覚、
膨大な数の書籍のなかから出会うような醍醐味が味わえ、
所有する喜びや共有できる魅力がある。
その本という土台の上で、
本屋には知的な刺激を受けながらコミュニケーションを図る楽しさがある。
そして独立系書店は、
インディーだからこそ許されるカウンター表現やオルタナティブな姿勢もまた
魅力になっていく。
内沼さんに話を聞いていても、本屋と本をめぐる環境はとてつもなく厳しいようだ。
ただしそれは、経済合理性においては、という意味で。
本を読みたくて、読んだことを話したくて、本屋という空間にいるのが楽しい、
そのようなただ真っ直ぐな思いが、逆に際立ってきているように思う。
そんな純粋さも、なんだかうれしいのだ。
だってそれこそが、本が好きではない人に一番伝えたいことなのだから。
内沼さんは、時代とともに変容するものとしないものを見極めながら、
本のある場所が持続していく道を開拓していく。
profile
SHINTARO UCHINUMA
内沼晋太郎
うちぬま・しんたろう●1980年生まれ。一橋大学商学部卒。ブック・コーディネーター。株式会社NUMABOOKS代表取締役、株式会社バリューブックス取締役。2012年にビールが飲めて毎日イベントを開催する新刊書店〈本屋B&B〉を、2017年に出版社〈NUMABOOKS出版部〉を、2020年に日記専門店〈日記屋 月日〉をそれぞれ開業。また、東京・下北沢〈BONUS TRACK〉の運営を行う〈株式会社散歩社〉の代表取締役もつとめる。著書に『これからの本屋読本』(NHK出版)『本の未来を探す旅 台北』『本の未来を探す旅 ソウル』『本の逆襲』(朝日出版社)などがある。現在、東京・下北沢と長野・御代田の二拠点生活。二児の父。
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