連載
〈 この連載・企画は… 〉
日本一周の旅の途中だった「うんまほふうふ」が、今度は海外のガストロノミーを巡る世界一周の旅へ。
その土地ならではの食文化を体感しながら、その背景にあるストーリーを、日本の食文化と比べながら、
うんまほふうふの視点でご紹介していきます。
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unmahofufu
うんまほふうふ
1993年生まれの“うんちゃん”と“まほ”。2023年9月から夫婦でDIYした軽バンにて日本一周をスタート。日本各地で体験した文化やさまざまな人との交流から、日本食による地域の魅力化の可能性にあらためて気づかされる。1年間の日本周遊を経て、もっと食文化について学びたいと考え、世界各国の食文化を体験する旅に出ることを決意。9か月33か国の世界一周旅を通して、海外の食文化やガストロノミー事例を学び、発信していく。
Instagram:@unmahofufu
YouTube:うんまほふうふ Travel
公式サイト:うんまほふうふブログ
こんにちは、世界一周旅中のうんまほふうふです。
2024年10月頭に日本を発ち、最初に訪れたのは東南アジア諸国。
タイにはじまり、ラオス、ベトナム、カンボジアと4か国を巡りました。
日本と同じアジア圏に属する国々ですが、似て非なる調味料を使った
独自の料理の数々に出合いました。
タイの屋台で出合った麺料理「クイッティアオ」、
日本でも人気のタイ料理でひき肉とバジルの炒め物をごはんにのせた「ガパオライス」、
ひき肉をミントや唐辛子、野菜と混ぜ合わせたラオスのサラダ「ラープ」、
これらに共通して使われている調味料が何かおわかりでしょうか?
その調味料は東南アジアの現地スーパーでは数多く並んでおり、
屋台のテーブルでも必ず目にしました。
これらの料理に共通して使われているのが「魚醤」です。
魚醤は、魚介類を塩漬けにして発酵させた発酵調味料で、
タイの「ナンプラー」が一番有名かもしれません。
発酵過程で、魚の内臓などに含まれる酵素や微生物の働きにより、
魚自体のタンパク質が旨み成分であるアミノ酸に分解されています。
私たち日本人にとって身近な調味料・醤油に含まれる主な旨み成分が
原料である大豆由来の「グルタミン酸」であることに対して、
魚醤にはそのほかに「リジン」「アルギニン」「イノシン酸」など
いくつもの旨み成分が含まれているのが特徴です。
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あの特有のエスニック香が苦手な人もいるかと思いますが、
とても奥深い味わいを生み出してくれる「魚醤」。
国ごとにも少しずつ違いが見られました。
タイの魚醤「ナンプラー」はカタクチイワシなどの小魚を丸ごと使い、
発酵期間は1年ほど。
独特な香りと濃厚な旨みが特徴です。
前述のタイのラーメン「クイッティアオ」は、
ナンプラーがスープの味に深みを生み出すことで、
シンプルながらもトッピングの香草やお肉に負けない存在感に。
気づけばスープをいつも飲み干していました。
ベトナムの魚醤「ヌクマム」は発酵期間が短く、約3か月でつくります。
ナンプラーより特有の香りが強いものの、塩気は控えめ。
ヌクマムは、エビワンタンの漬けダレなどにも使われていました。
ヌクマムの旨みとやさしい塩味がエビワンタンを包み込んでくれて、
噛むほどにエビの味が引き立つ感じがしました。
海がないラオスの魚醤「ナムパー」は、海魚ではなく、川魚を原料として使います。
ナムパーづくりには魚の塩蔵に米ぬかを加えて、乳酸発酵を促す工程もあります。
味噌に近い魚醤という感じでしょうか。
ナムパーとライムで味つけられているラオスのサラダ「ラープ」は、
ナムパーの酸味がありながら辛味ともマッチしていて絶品でした。
カンボジアの魚醤「トゥック・トレイ」は
コイ科の魚を原料とした「ブラホック」という
塩辛のような発酵ペーストをつくるときの副産物。
ナンプラーよりもマイルドな味わいに感じました。
お肉を甘辛いタレに絡めて炒めたカンボジアの定番料理「ロックラック」にも、
トゥック・トレイの風味が。
味わいは甘味強めでも全体はまろやかで、
横に添えられていたトゥック・トレイ入り酢胡椒がさらにパンチを効かせてくれました!
奥深い魚醤を使った料理の数々に魅了された私たち。
タイ滞在中に料理教室に参加してみました。
3時間で「トムヤムクン」「パッタイ」「ソムタム」「マッサマンカレー」
「マンゴーライス」の5品を習いました。
タイ料理づくりを体験してみて実感したのは、
料理によってさまざまなスパイスを使うものの、
やっぱりベースは「魚醤」ということ。
どの料理にも、欠かさず入れました。
魚醤を入れることで、簡単に旨みをつけることができるのです。
魚醤自体が、魚を塩漬けにしたものなので、
程よい塩味と魚の旨みをつけられます。
独特な香りも、加熱をすれば特に気にならず、
生で使えば香りも楽しめます。
そこにスパイスが合わさることで
さまざまな風味を味わえるようになります。
魚醤の使い方の特徴は、最後に入れて風味をつけ加えること。
また、パームシュガーと合わせて使うのが多い印象です。
それから、ライム汁やタマリンドペーストも魚醤と合わせて使います。
タマリンドペーストは、大きなそら豆の形をしたマメ科フルーツ
「タマリンド」をペースト状にした、酸味が強めの甘酸っぱい調味料。
旨みと塩味が強い魚醤と合わせることで、
料理全体の複雑な味のバランスをとってくれます。
これらの調味料を使ってつくったタイの焼きそば「パッタイ」は、
しっかりと魚の出汁のような深みがありながら、
日本のはちみつ梅干しのような強めの甘酸っぱさもポイントに。
旨み、塩味、甘味、酸味など、いくつもの要素が同時に感じられる一品で、
これこそ魚醤を体感できるタイ本場の味だと気持ちが高ぶりました!
このように料理教室もまた
使う食材、調理の仕方、調味料の使い方などから
その地域の食文化の特徴や背景を考察するいい機会だと実感しました。
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実は、魚醤が生まれた背景には、
主食の米を田んぼでつくるという
東南アジアの稲作文化が大きく関わっているとか。
東南アジアの多くの地域は、
一年を通して高温多雨な熱帯モンスーン気候です。
そして、熱帯モンスーン気候の特徴は、雨季と乾季があること。
雨季になると、川が氾濫するほど雨が降ります。
それにより田んぼが水浸しになり、川魚が田んぼに入り込みます。
田んぼが川魚の繁殖場所になり、
雨季には田んぼで大量の魚を調達できるというわけです。
乾季には稲作をする田んぼが、雨季には川魚を獲る場所になるのです。
そして、季節によって調達量が偏る魚を長期保存するために
「塩蔵」されるようになっていきました。
もともとはおかずとして食べる魚が、塩蔵を経て発酵することで魚醤へと変化。
調理の味付けからちょい足し調味料まで、幅広く使われるようになったようです。
日本で定番の調味料といえば、大豆からつくる醤油ですが
日本にもいくつかの地域に魚醤があります。
有名なのは、石川県の「いしる、いしり」や秋田県の「しょっつる」。
いしる、いしりはイカの内臓やイワシ、サバなどを原料としていて、
石川県の郷土料理でもある「いしる鍋」や「貝焼き」などに使われます。
秋田県の魚醤「しょっつる」(漢字で塩魚汁)は、
秋田県の県魚である「ハタハタ」が主な原料。
今では、ハタハタの漁獲量の減少から、イワシやサバなどでつくられることもあるとか。
しょっつるは、秋田県の郷土料理である「しょっつる鍋」をはじめ、
ドレッシングやタレの隠し味として使われます。
前職でご当地フェアを開催したことがあり、
料理人に「しょっつる鍋」をつくってもらいました。
その際、料理人は
「現地の味に近づけるためにはご当地の調味料を使うことが1番重要」
と話していたことを思い出しました。
実際に、醤油を使用した鍋と、しょっつるを使用した「しょっつる鍋」とでは、
明らかに風味が違う印象を受けたのを覚えています。
しょっつるを使用した鍋の方が、より濃厚な旨みを感じることができました。
その後、実際に秋田県を訪れた際には、
まさにしょっつるが秋田県の郷土料理らしさを引き出しているのだと実感。
食材から調味料まで、現地でとれたものを使うことで
よりおいしい料理が味わえる。
郷土料理というものが存在する所以もそこにあるのかと思います。
東南アジアの魚醤との違いでいうと、
日本の魚醤の方がより旨みが凝縮されている印象です。
これには、気候による違いが大きいと思っています。
年中高温多湿な東南アジアと、四季(特に冬の影響)がある日本。
気温や気候による発酵具合が、味の違いにも
大きく影響しているのではないでしょうか。
発酵熟成に時間がかかるからこそ、
匂いのクセは比較的控えめで、けれど味はより濃厚で
旨みが凝縮されているのだと思います。
調味料ひとつとってみても、国ごと地域ごとに少しずつ異なっていて、
その地域の“味のベース”になっていることを知りました。
実際に現地で料理体験をしたり、食文化について語り合ったり
その背景を探りながら、旅先での食事に向き合うと、
味わいの感じ方もまた違ってきます。
これこそがガストロノミー旅の醍醐味なんだと、身をもって実感しています。
やっぱり生まれながらに慣れ親しんできた調味料の味わいは、
その土地の人のソウルフード、ならぬ、ソウルテイストになっているんですね。
残り7か月、ガストロノミーを巡る旅はまだまだ続きます!
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