連載
posted:2024.10.1 from:佐賀県 genre:旅行 / 食・グルメ
PR 佐賀県
〈 この連載・企画は… 〉
日本のローカルにはおいしいものがたくさん。
地元で愛されるお店から、お取り寄せできる食材まで、その味わい方はいろいろ。
心をこめてつくる生産者や料理する人、それらを届ける人など全国のローカルフードのストーリーをお届けします。
writer profile
Yuichiro Yamada
山田祐一郎
やまだ・ゆういちろう●福岡県出身、宗像市在住。日本で唯一(※本人調べ)のヌードル(麺)ライターとして活動中。新聞の連載ほか、麺の専門書、全国紙などで麺に関するコラムや記事を執筆する。著書に「うどんのはなし 福岡」「福岡 秘蔵の一杯」。父の製麺所を事業承継し、2019年から「山田製麺」の代表も務める。
http://ii-kiji.com/
photographer profile
Manabu Yamabe
山辺学
やまべ・まなぶ●福岡県出身 福岡市在住 福岡を中心に活動、食べる事と旅が好きなカメラマン。主に雑誌や広告、ライブなどを撮影。
パチパチと高く弾ける音がフロアに響き渡る。
やがてその拍手のようなリズミカルな音に、ジュワーという低い音が加わった。
いま、目の前の鉄板では肉が焼かれている。
本日の主役は「佐賀牛」。
いわずと知れた食の宝庫・佐賀県が誇る、全国にその名を轟かすブランド牛だ。
ダイヤモンドを散りばめたかのような、美しいサシを持つそれに、
シェフは丁寧に、かつ確実に火を通していく。
溶け出した脂は鉄板の上でキラキラと輝き、
その脂の上で浮遊するかのように焼かれていく佐賀牛は、
火を通してもなお、佐賀牛の魅力であるみずみずしいピンク色を保っていた。
「佐賀牛の特徴といえば、その肉質のやわらかさと、口溶けの良さですね。
ただ、見た目ですぐわかるのはこの色でしょうか。
この霜降りが、
きれいに肉に散りばめられることで生まれるピンク色があってこその佐賀牛。
当店では必ず、焼く前に生の状態の肉をお客様にご覧いただいているんですよ。
期待感も高まりますしね」
そう話してくれたのが、昨年30周年を迎えた〈JAグループさが〉直営のレストラン
〈佐賀牛レストラン 季楽 (きら)本店〉で腕を振るう料理長・田中洋一郎さん。
田中さんは続けて「与えられた最高の素材を、
限りなくおいしい状態でお客様に届けること。私たち料理人は、それが仕事です。
最高の素材になるよう育ててくださった生産者さんたちの熱い思いの結晶が、
このピンク色なんです。焼く前の、佐賀牛本来の色をお客様にきちんと披露することは、
生産者の方々への礼儀でもあると思っています」と言葉に力を込めた。
Page 2
脂の爆ぜる音は徐々に小さくなり、一方で甘く、
食欲を力強く誘う香りがフロアに立ち込めていった。
そろそろかな、と思ったタイミングで、
田中さんは肉を食べやすいサイズにカットしはじめた。
そのナイフのスッと入っていく様は、まるで豆腐を切るかのように滑らかで、
食べるよりも先に、目で肉のやわらかさを感じることができた。
せり上がってきた生唾をゴクリと飲み込み、背筋を今一度、正して、
サーロインステーキと対峙する。
口に含めば、真っ先に舌の上で脂の甘みが広がる。
ほぼ力を入れずに噛むと、ジュワッと肉汁が溢れ出てきた。
やわらかいというよりも、とろける。
そんな食感の軽やかさが手伝い、見た目よりもずっと、すいすいと食べ進められた。
「しっかりと脂がのった肉ではありますが、
若い方からご年配の方まで、みなさんに感動していただいています。
それはきっと脂が上品だからでしょうね。
見た目だけでなく、味においても“きれい”なんです」
田中さんはそう言って、うれしそうに目尻を下げた。
Page 3
佐賀牛が生まれたのは1984年(昭和59年)。
ちょうど今年、その誕生から40年の節目を迎えた。
そんな佐賀牛の歴史を実際に見続けてきたJAさが畜産部の立野利宗さん。
立野さんに「佐賀牛誕生前夜」ともいえる時期の貴重な話をうかがった。
佐賀県は古くから、乳牛の飼育が盛んな地域だ。
ただ、日本全国を見渡すと食肉文化が明治から昭和にかけて
どんどんと高まっていくことを受け、
佐賀県でも食肉用の牛の飼育に力を入れるようになっていった。
1980年代に入る頃に、若手の肥育農家グループによる研究が実を結び、
肉牛の品質がぐんと向上。
その肉を大阪市食肉市場で販売するようになったが、結果は散々だったという。
「最初は苦労しました。なんといっても認知がない。
認知というのはモノを選んでもらう上でとても重要です。
せっかく品質は高いのに、真っ当に品評してもらえませんでした」
例えば路地裏にこの世で最もおいしい店があったとしても、
その店の存在が知られていなければ路地の奥へ足を運ぶ人はいない。
認知がないということは、存在しないのと同義なのだ。
「佐賀牛というシールが貼ってあると売れないからと言われ、
シールを貼らずに売っていた時代もあるんです。
ただ、そんな周囲の批評に負けず、品質を保ち続けた結果、
2年経った頃に評価は一転しました。
逆に佐賀牛のシールを貼ったほうが売れるといわれたんです。
あれは忘れられませんね」
2000年(平成12年)に佐賀牛という名称を商標登録。
こうして全国に知られるブランド牛「佐賀牛」が確立された。
佐賀牛のクオリティ向上とともに常々考えられてきたのが販路開拓。
立野さんは、自身が携わったふたつのアクションについて教えてくれた。
ひとつ目は地元佐賀で食べられる場所を増やすこと。
佐賀牛の名前が広がるにつれて、
県内外から、実際に食べてみたいという声が増えていった。
そこで立ち上げたのが、直営レストラン〈佐賀牛レストラン 季楽 本店〉。
佐賀牛を知り尽くすJAだからこそ、その魅力を余すところなく伝えられる。
もちろん佐賀牛以外も佐賀県産の食材がずらりと揃う。
“オール佐賀”を表現することで佐賀牛そのものも引き立つ。
ふたつ目が、海外への展開だ。
立野さんは佐賀牛をワールドワイドな牛肉としてブランディングできるよう、
その販路を模索した。その際に、ある問題が浮上する。
「佐賀に輸出に対応できると場(と畜解体場)がなかったんです。
そのため鹿児島、宮崎でと畜してもらい、
そのルートを頼って海外へと売り込むことになりました。
そのおかげもあって海外の販路が拡大できたのですが、
やはり他県でのと畜、輸出となるとスピード感に欠けますし、
数量的にも十分ではありませんでした。
送りたいときに、届けたい量をと畜できるような環境が
佐賀県内に必要だなと痛感しました」
輸出にあたる障壁はあったものの、
最初に香港やマカオで大きな信頼を勝ち取ることに成功。
現在はタイやシンガポールといった東南アジア圏内、アメリカなどへの輸出も伸びている。
Page 4
先人たちのたゆまぬ努力、研鑽、そして情熱によって
40年という道筋を歩んできた佐賀牛。あと10年で、その誕生から半世紀を迎える。
ここでもうひとり、佐賀牛飛躍のキーマンに話を聞くことができた。
JAグループ佐賀肥育牛部会の部会長を務める山口伸彦さんだ。
山口さんは佐賀牛の飼育を手がける〈山口畜産〉の2代目でもあり、
佐賀牛の歴史を実務として支えてきた人物だ。
単刀直入に「なぜ、佐賀牛が広く愛されるブランド牛になったのか」を聞いてみた。
「やはり厳しい基準が設けてある点でしょうね。
元々、この佐賀という土地は見渡す限りの平野が広がる
肥沃な大地として古くから知られています。
水も、穀物も豊富で、畜産にはもってこいなんですよ。
だからといって、この土地のロケーションだけでおいしい肉牛が育つわけでもありません」
佐賀牛を名乗れるのは「日本食肉格付協会」が定めた
全国でもトップクラスの厳しい基準をクリアした牛だけ。
多くのブランド牛が、肉質の等級が3〜5、
BMS値(脂肪交雑を評価する基準)が5以上という基準のなか、
肉質等級が4~5、その上、BMS値も7以上でないと佐賀牛にはならない。
40年もの佐賀牛の歴史のなかで、その飼育にはノウハウが築き上げられてきた。
そのノウハウは次の世代にも受け継がれており、
今では仔牛の段階できちんと血統の良い牛を選べば、
ほぼ佐賀牛の基準に育てることができるのだという。
「重要なのは胃を育てること。
しっかり食べられる子でないと、すくすくと成長しませんから。
そのためにできるのは、環境を整えてあげることでしょうか。
牛舎を清潔に保ち、屋根に断熱材を入れるなどして夏場でも涼しい状態にしています」
牛たちの飼料で大きな割合を占めるのが稲わらだ。
佐賀県は米どころ。ゆえに稲わらの自給率は100%。
目に見える関係性のなかで飼料を調達できることは安心につながるだろう。
「あとは人の目を行き届かせ、早い段階で不調に気付いてあげてケアすること。
どれだけAIなどの技術が進んでも、
人間の子育てと同じで、最後は人が大切なんですよね。
ひとつひとつ、丁寧に。
おろそかにできる工程は一切ありませんね」と山口さんは強く言い切った。
Page 5
未来に向けての課題は明確だ。さらなる販路拡大、そして担い手の育成。
その2点について、すでに手を打っているのだと山口さんは言う。
「海外に向けてさらに売っていきたい。これまで需要はあるのに、
と場の問題で供給がずっと追いついていなかった。
そこを打開するために、『KAKEHASHI』という
輸出に対応できる高性能食肉センターが昨年オープンしました。
今後は佐賀県内でと畜した牛たちを海外に直接送り届けることができます」
担い手の育成については、〈佐賀牛いろはファーム〉の誕生が大きく貢献している。
これは山口さんの地元である佐賀県唐津市にある〈JAからつ〉が運営する施設で、
実践的に繁殖経営が学べる全国的にも数少ないトレーニングファームだ。
そもそも肉牛の経営には、
仔牛を購入して育てる「肥育」と、母牛に仔牛を産ませて育てる「繁殖」がある。
「仔牛、つまり9か月前後の肥育素牛になるまで育てる繁殖農家の存在も、
佐賀牛の未来を考える上で、大変重要です。
私たち肥育農家の数も維持していかなければなりませんが、
繁殖農家は切ってもきれないパートナーですから、
私たちと両輪になって、この先の未来を切り開いていかないといけないと思っています。
佐賀牛いろはファームは地元だけでなく、
繁殖農家にチャレンジしたい県外の方々の受け皿になればと願っています」
現在、全国には300種を超えるブランド牛が存在する。
そのなかでも、年々、認知を広げているブランド牛として前出の立野さんは、
飛騨牛、石垣牛を例に挙げた。
「飛騨牛や石垣牛は人気観光地のブランド牛です。
観光地として魅力があるので、訪れる観光客も多く、
メディアに取り上げられる機会が多い。
ブランド牛の認知向上を考える上でもメリットしかありません」
佐賀県はというと、玄界灘の雄大な海、
その対局に豊かな生態系を育む干潟が広がる有明海があり、
脊振山や天山、雷山といった山々もそびえる。
唐津焼、有田焼、伊万里焼といった陶磁器は、いうまでもなく全国区の知名度で、
嬉野、武雄といった人気温泉地も擁している。
観光地としてのポテンシャルは揃っているはずだ。
「佐賀県の魅力をもっとアピールすることも、今まで以上に求められていくでしょうね。
これからの世代は、佐賀牛がブランド化できる以前を体験していません。
私たちには情熱があった。彼らにも熱く、挑んでほしい」と立野さんはエールを送った。
魅力あふれる佐賀県。
訪れた際には、ぜひ佐賀牛に舌鼓を。
そして、思い出の1ページに、美しいピンク色を添えてほしい。
information
佐賀牛レストラン 季楽 (きら)本店
住所:佐賀市大財3丁目9-16
tel:0952-28-4132 フリーダイヤル0120-297-132
営業時間:11:00~15:00(L.O.14:00)、17:00~22:00(L.O.21:00)
定休日:水曜
*価格はすべて税込です。
Feature 特集記事&おすすめ記事