連載
posted:2025.3.19 from:青森県八戸市 genre:旅行 / 食・グルメ
PR 青森県八戸市
〈 この連載・企画は… 〉
日本のローカルにはおいしいものがたくさん。
地元で愛されるお店から、お取り寄せできる食材まで、その味わい方はいろいろ。
心をこめてつくる生産者や料理する人、それらを届ける人など全国のローカルフードのストーリーをお届けします。
writer profile
Chihiro Kurimoto
栗本千尋
くりもと・ちひろ●青森県八戸市出身。旅行会社勤務→編集プロダクション→映像会社のOLを経て2011年よりフリーライターに。主な執筆媒体はマガジンハウス『BRUTUS』『CasaBRUTUS』『Hanako』など。2020年にUターンしました。Twitter
credit
撮影:蜂屋雄士 取材協力:一般財団法人 VISITはちのへ
食と酒と旅を愛する文筆家・料理研究家のツレヅレハナコさんが大好きな土地のひとつが、
青森県八戸市。
ツレヅレハナコさんとともに、冬の味覚を楽しむ、食材探しの旅へ。
【後編はこちら】
青森県の南東部、太平洋に面した八戸市は、
古くから全国有数の水揚げを誇る水産都市として栄えてきました。
そのため、食材といえば魚介類のイメージが持たれていますが、実は農業や畜産業も盛ん。
さらに、三戸町、五戸町、田子町、南部町、階上町、新郷村、おいらせ町を加えた
8つの市町村が一体となって形成される「はちのへエリア」では、
地の利を生かした特産品がたくさんあります。
津々浦々、おいしい食と酒を探すのがライフワークになっているツレヅレハナコさんは、
仕事でもプライベートでも青森に通っており、八戸へ訪れた回数も数えきれないほど。
「八戸には見どころがたくさんあるから、下調べもなく初めて訪れた人も、
丸腰でも楽しめるのがうれしいですよね」と、その魅力を語ります。
今回は生産者をめぐりながら、はちのへエリアのテロワールを感じる旅に出ます。
まず向かったのは、八戸市市川地区にある〈イチカワファーム〉。
こちらは、「八戸 毬姫牛」というブランド牛の肥育農家です。
「ブランド名は、青森の伝統工芸品である『南部姫毬』からとっています」
と教えてくれたのは、就農14年目だという、2代目の市川広也さん。
「南部姫毬は、邪気を払い、人々の身代わりとなって色あせるとされているお守りです。
育てた牛を正面から見ると、毬のようにまんまるな見た目になること、
そして、すべて雌牛ということもあり、かわいらしさを連想させる名前にしたくて
この『八戸 毬姫牛』というブランド名をつけました」(市川さん)
〈イチカワファーム〉の市川広也さん。
市川さんに牛舎内を案内してもらうと、
さっそく「毬姫牛の特徴は?」と興味津々のハナコさん。
「すべて未経産の雌牛で、きめ細かくてやわらかい肉質が特徴です。
体が大きくて赤身の多いホルスタイン種の母と、
霜降りがきれいに入るA5ランク黒毛和牛の父から生まれる交雑種なので、
大きく育ち、ジューシーな赤身のなかに、ほどよい霜降りが入ります」(市川さん)
ハナコさんに群がる牛たち。「私の読者も女性がほとんど。女子にモテる運命なのかなあ」と笑う。
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現在は約1200頭規模で牛を育てている〈イチカワファーム〉ですが、
市川さんの父が始めた約50年前には、プレハブ事務所と牛舎ひとつで、
牛も50頭くらいだったといいます。
「幼い頃から、父には『家業じゃないから継がなくていい』と
言われて育ってきたので、牛舎に行くのは叱られたときくらい(笑)。
東京で就職して、建築関係のサラリーマンをしていたのですが、
あるとき父から畜産業への思いを聞いて共感し、継ぐことを意識するようになりました。
地元で子育てしたいと思いはじめた頃、父がケガをして、
27歳のとき家族でUターンしたんです」(市川さん)
市川さんが近づくと、牛に舌でペロッと触られて、挨拶されているかのよう。普段から愛情をこめて接しているのが伝わってくる。
もともと〈イチカワファーム〉では、企業から牛を預かって育てる
預託経営と呼ばれるスタイルでしたが、市川さんに代替わりしてからブランド化。
そのきっかけは、息子さんからのひと言でした。
「仕事にのめりこんで、朝から晩まで牛舎にいて髪を振り乱して働いていました。
家族のために頑張っているつもりだったのですが、当時まだ年長さんだった長男に
『将来何の仕事をしたい?』と聞いたら『パパの仕事以外』と言われてしまったんです。
私のしていることが、息子にとっては世界一嫌な仕事に見えているんだ……
とショックを受け、このままの働き方だとまずいと思いました。
そこで、ブランド化して付加価値をつける方向に舵を切ったんです」(市川さん)
牛肉の脂質や肉質は、エサで決まるという。イチカワファームでは、トウモロコシや麦の飼料にきなこを混ぜたオリジナルのエサを与えている。また、温室効果ガスのメタンの生成を抑制する動物用医療機器を投与するなどSDGsへの配慮も。
港町の八戸では、これまでブランド化された牛肉がなかったため、
みるみるうちに注目されるようになっていきました。
働き方を変えると、息子さんにも変化があらわれはじめます。
「長男の保育園で、牛へのえさやり体験をやることになり、
実際に給食でも毬姫牛を食べてもらったんです。
とても誇らしそうにしていたのが印象に残っています」(市川さん)
小学校高学年になった今では、お父さんが育てた牛を世界中に広める仕事をしたいと、
パソコン教室と英会話教室に通ってくれているそう。
「継いでほしいと無理強いするつもりはないけれど、うれしいです」と、
市川さんは顔をほころばせます。
畜産業の魅力ややりがいを発信していきたいと、
力強く話している姿が印象的でした。
全国的にみると、八戸で畜産のイメージはまだ浸透していませんが、
海の近くに立地するため、夏は太平洋からの冷涼な風「やませ」が吹き、
暑くなりにくく、自然と牛舎の換気もできます。
冬は雪が少ないため雪害の心配も不要。
市内に飼料会社があるので新鮮なエサが手に入りやすいし、
屠畜場も近く、牛を飼う環境としては最適なのだとか。
「今まで八戸で牛肉のイメージはあまりなかったのですが、
実は育てるのに適した環境なんですね。新たなテロワールの風を感じます。
そしてなにより、牛たちがみんなやさしい顔をしていたのが印象的でした。
本当に愛情を込めて育てられているのが伝わってきました」とハナコさん。
次に向かうのは、八戸市の隣まちである南部町です。
information
イチカワファーム
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やってきたのは、燻製工場を兼ねたカフェ〈南部どき〉。
三戸駅前にあった古い倉庫をリノベーションし、2018年にオープンしたお店です。
ナッツやチョコレート、柿の種などを燻製にして販売していますが、
果物のまちらしく、リンゴやサクランボ、梅、ブドウの木などの、
これまでは廃棄されていた剪定枝を燻製チップに活用しています。
〈南部どき〉の根市大樹さん。
代表を務めるのは、新聞社で記者を勤めたあと、
海外留学を経て南部町へUターンした根市大樹さん。
農家だった祖父母の影響で就農したものの、「センスがない」ことに気づき、
南部町の農家が協力し合って6次産業化を進めるためのNPO法人の設立に参加。
現在では販路の開拓や、農家さんたちの取りまとめなど、事務局のような役割をしています。
今回は、根市さんが南部町の農業事情について教えてくださるとのこと。
アップルパイとシードルを用意して迎えてくれました。
根市さんがぶどう栽培で関わる〈八戸ワイナリー〉のシードルと、〈農家Caféこみゅ〉のアップルパイ。
シードルは、氷結させて搾る製法を採用。
氷結する直前で搾るので、糖度だけがアルコールに変わり、ビターに仕上がっています。
アップルパイも素朴な味わいで、甘いものよりしょっぱいもの派のハナコさんも、
「おいしい! 甘すぎず、酸味が強めでぺろっと食べられる」と食が進んでいる様子。
デザートとお酒を楽しみつつ、根市さんからお話を伺います。
「南部町は、福地ホワイト六片種というニンニクの発祥の地である福地村と、
サクランボが有名な名川町、食用菊や南部太ねぎの産地である南部町が合併してできたまち。
標高615メートルの名久井岳があり、町内を横断するように馬淵川が流れています。
山からの雪解け水が川になるため、農業に適したさまざまな水の使い方ができるんです。
山の斜面にフルーツ、下流域に行くにつれて、地面の下にできる米やニンニク、
ごぼう、長芋、さらに、水を引いてつくれるねぎや食用菊といった具合で、
多様な作物をつくれるのが、南部町の農業の強みです」(根市さん)
〈南部どき〉は2階建て。1階がスタンド、2階がソファ席になっている。
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青森県はおおまかに津軽地方、下北地方、南部地方にエリア分けされ、
今回めぐっているはちのへエリアは、南部地方にあたります。
地方によって、農業のやり方にも個性が出るのだとか。
「津軽地方は豪胆で、南部地方はビビリ気質(笑)。
例えば、津軽地方の弘前に行ってみると、農家はだいたい米かりんごづくりに専念していて、
10ヘクタールの土地に米5:りんご5みたいな感じで栽培するんです。
一方で、南部地方では10ヘクタールあったら、桃、さくらんぼ、りんご、
ブドウ、ねぎ、米など、10種類の作物を1ヘクタールずつやります。
少量だけど、多品目を生産しているのが南部地方ですね。
農業の売り上げでいうと津軽のほうが上なのですが、
少量多品目生産はリスクヘッジになっているので、実はやめる農家が少ないんです」
名久井岳と馬淵川。
高齢化にともなう人手不足や、耕作放棄地の増加、食料自給率の低下など、
農業の課題が叫ばれ、野菜の高騰に米不足なども世間を騒がせていますが、
南部町の現状はどうなのでしょうか?
「高齢化によって農家の数自体は減少しており、全体的に不足の傾向ではあります。
ただ、このエリアは新規就農した若い農家が多く、
『農業は儲かる』と思って働いている人たちばかり。
意志がしっかりしていて経営力もあり、新しいことにチャレンジしています。
ハブになって戦略を練られる人がいれば、
農業はもっと稼げる職業になると思っています」(根市さん)
南部町でつくられている南部太ねぎや食用菊、
西洋梨のゼネラルレクラークに、ネクタリンのスイートビーナスなどは、
県外の高級青果店やスーパーなどからの需要も生まれているそう。
「ほかのエリアではあまり聞きなじみのないようなフルーツもたくさんあり、
6月から12月にかけて本当にいろんなものが見られるので、
その時期にお越しいただければ、またご案内したいと思います」(根市さん)
南部太ねぎは、取材時には収穫できないタイミングだったので、
実物大に編まれたぬいぐるみを見せてくれました。
見本用に、地元のおかあさんが編んだものなのだとか。
それを見て、
「原寸大でかわいいですね! これは商品化したほうがいい、売れる!」とハナコさん。
もしかしたら商品化もありえるかも?
そうこうしているうちに、ドタドタッと子どもたちの足音が。
実は根市さん、2021年から地域の子どもたちの学び舎〈学びどき〉をスタート。
根市さんの記者や農家の経験を子どもたちに伝えつつ、居場所づくりをしているのです。
未来を担う子どもたちへの希望を胸に、八戸へ戻ります。
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夕食は、八戸市の中心街にある〈Porta Otto(ポルタオット)〉へ。
イタリア語で、ポルタは「戸(ドア)」、オットは「八」を意味し、
八戸愛が感じられるネーミングです。
中心街の表通りに面したビルの2階にたたずむ店。
同店は、2020年にオープンした、カジュアルなイタリアンバル。
近隣で獲れた魚介や、地もの野菜、地元ブランド牛の炭火焼きなどを楽しめる、
地産地消のイタリアンです。
シェフ 小笠原 拓哉さん
平山貴之シェフがオーナーのお店の小笠原シェフは、東京や神奈川での修行を経て、
地元・八戸へUターン。
はちのへエリアの食材の魅力について、こう話します。
「肉、魚、野菜と、すばらしい食材が揃う土地です。
私はできるだけ素材の邪魔をしないよう、シンプルな調理を心がけています」(小笠原さん)
夕食には、〈イチカワファーム〉の市川さんや、〈南部どき〉の根市さんも同席。
この日は特別に、「八戸 毬姫牛」の複数部位や、
南部町産のフルーツなどを使ったメニュー構成を提案してくれました。
毬姫牛のタルタルとすじ肉のスープからスタートし、
ハモンセラーノに、紅ほっぺや干し柿、ゼネラルレクラークなど
南部町のフルーツを合わせた前菜。
毬姫牛のトマト煮込みをのせたサフランライスのリゾットなど、
この日めぐってきた生産者さんたちの食材が存分に味わえました。
メインは、「八戸 毬姫牛」の炭火焼きステーキ。
写真左からモモ、サーロイン、シャトーブリアン。
〈イチカワファーム〉の市川さんに解説してもらいながらいただきます。
「牛肉のおいしさを数字で“見える化”しているのですが、
牛肉のうまさの指標である『オレイン酸』は、
一般的な牛肉で40%程度ですが、毬姫牛は55.3%と高ポイント。
脂肪が溶け始める『融点』は、一般的な30℃程度に比べ、
26.4℃と低めなんです」(市川さん)
うまみがあり、舌の上でとろけるのは、こうした数字にも裏づいています。
「最近は赤身ブームといわれていますが、
牛肉からしか得られない脂のおいしさってありますよね。
赤身と霜降りを両方味わえるのは、交雑牛の特徴なんでしょうね」とハナコさん。
今回のテーマである“テロワール”を総合的に体感でき、大満足の様子。
ツアー1日目は、生産者のみなさんと遅くまで語り合いました。
2日目の様子は後編でお伝えします。
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Porta Otto
ポルタオット
profile
文筆家・料理研究家
ツレヅレハナコ
つれづれはなこ●食と酒と旅を愛し、雑誌・書籍・WEBなどでレシピやエッセイを発表。揚げもの専用鍋やアルミ丸バットなど、オリジナル調理器具のプロデュースも手がける。著書に『女ひとりの夜つまみ』『まいにち酒ごはん日記』(ともに幻冬舎)、『ツレヅレハナコのホムパにおいでよ!』(小学館)『ツレヅレハナコのからだ整え丼』(Gakken)など多数。
Instagram:@turehana1
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