住まい手が自ら進める家づくり。
建築家集団〈HandiHouse project〉は
「家づくりを楽しむ文化」をつくる

ローカルでの暮らしを考えるうえで、一番の懸念事項とも言えるのが「住まい選び」だ。
賃貸にするのか、思い切って戸建てを購入するのか、選択肢はさまざまだが
空き家を活用するなど、セルフリノベーションをして
自分の思い描く理想の家と暮らしを手に入れようと考えている人も多いだろう。

では、自らの力だけで、リノベがうまくいくのだろうか。
リノベのやり方を教えてくれるところなんて聞いたことがないし、
大工や建築家の知り合いもいない。

そんなときに、住まい手のサポートをしてくれるのが、
〈HandiHouse project(ハンディハウスプロジェクト)〉だ。
専門家たちとともに、住まい手が中心となった「家づくり」を
広めようとしている21人の若手建築集団で、
日本全国を舞台にさまざまなプロジェクトを推進している。
そんな彼らが掲げているビジョンが「家づくりを楽しむ文化」を醸成することだ。

〈HandiHouse project〉の事務所。〈Handi Labo〉もプロジェクトのひとつで、参加者で家づくりを実践したり、工作を行うコミュニティをつくっている。

〈HandiHouse project〉の事務所。〈Handi Labo〉もプロジェクトのひとつで、参加者で家づくりを実践したり、工作を行うコミュニティをつくっている。

“家づくり”をすることで、家への理解が深まる

神奈川県・鶴見市。東急東横線の綱島駅から車で10分ほどの
「駒岡」という地区にある大きな倉庫が〈HandiHouse project〉の事務所だ。といっても、
21人のメンバーの多くは個人事業主でもあり、
プロジェクトごとにチームを組んで活動しているので、
ここは〈HandiHouse project〉という活動母体のコアと
言ったほうが正しいのかもしれない。

事務所の倉庫部。さまざまなプロジェクトを実践した形跡が残されている。

事務所の倉庫部。さまざまなプロジェクトを実践した形跡が残されている。

彼らは、それぞれ別々の下積み時代を送っていたのだが、
建築家としてのキャリアを積む過程で生まれた日本の住宅事情に対する疑問が、
〈HandiHouse project〉として団結し、同じ方向に向かって歩むこととなった。

「家づくりって、営業、設計、施工、大工さんと、登場人物が多すぎる。
だから住まい手は、誰に思いを託したらいいのかわからなくなっちゃうんですよね。
まずはそこを取っ払って、設計の段階から施主さんを徹底的に巻き込む。
ここがほかとはまったく違うところだと思います」

発起人である中田裕一さん(左)と加藤渓一さん(右)。

発起人である中田裕一さん(左)と加藤渓一さん(右)。

と語るのは、発起人のひとりである加藤渓一さん。
人は、お金を出して買った瞬間、それを「モノ」として扱ってしまう。
特に家においては、誰がどうつくっているか、何でできているのかというところは
一切わからないまま、完成した家に何の疑問も持たずに住むことになる。
それでいて、住み始めてから初めて気がつくちょっとした傷や汚れには敏感だ。
家を「モノ」にしないために、〈HandiHouse project〉では、
家づくりを通して施主の意識を変えていくということをひとつのゴールにしている。

「家って完成したらそこで終わりで、
なんとなくもう触っちゃいけないというイメージがありませんか?
僕たちとしては完成がゴールではなくて、住み始めがスタート。
施工の過程で 『家をつくる』ということに対して理解が深まっていくと、
住み始めてからも能動的に手を加え続けるようになるんです。
自分たちでつけてしまった傷や汚れも、思い出として受容するようになる。
そうすると、家の価値って下がらずに、どんどんと魅力が増していく。
僕たちはそこを目指しています」(加藤さん) 

結成当時の様子。家づくりを楽しんでいるこの写真はHPに掲載されている印象的なカット。

結成当時の様子。家づくりを楽しんでいるこの写真はHPに掲載されている印象的なカット。

彼らの出会いは2009年。

初期メンバー4人のうちの中田裕一さんと坂田裕貴さんが、ちょうど独立を考えていた時期。
渋谷のハロウィンパーティーで偶然知り合い、意気投合。
「設計・施工という過程のなかに施主を
完全に組み込んでしまうって、おもしろくない!?」と、
その場でチームの基盤ができた。
それから、それぞれの友人を誘ったのが〈HandiHouse project〉のはじまりだ。

「お互い仮装していたんで、素顔は全然見えない状況でした(笑)。
でも、考えは同じでした。家づくりに施主が参加するということが、
日本人の住宅に対するリテラシーを向上させていくと、
あのときから本気で考えていましたね」(中田さん)

「多くの人は、家がどんな手順で、どんな材からできているかを知らないんです。
もちろん学校でも教えてもらえないですし、社会に出ても知るきっかけがない。
家を買うタイミングで初めて調べ始める。それじゃ遅いんです。
あれよあれよという間に完成してしまう。
僕らの仕事は、家づくりに対して興味を持ってもらうきっかけをつくってあげること。
その本質は、『住まいに対するリテラシーの醸成』なんです」(加藤さん)

DIYできる賃貸〈アパートキタノ〉。住まい手が自由にカスタムできる工夫が詰まっている。

DIYできる賃貸〈アパートキタノ〉。住まい手が自由にカスタムできる工夫が詰まっている。

自治体だけの仕事じゃない
「わたしのまちのPR」

今月のテーマ 「わたしのまちのPR」

今や、まちの特色をアピールするのは
自治体だけにとどまりません。
そのまちに住む個人や有志のグループが集まり、
イベント開催、動画配信などを行っていることが増えてきました。

今回はそんなまちのPRについて
〈地域おこし協力隊〉のみなさんに教えてもらいました。

オンライン、オフライン、さまざまなかたちでPRされる
まちの特色をぜひご覧ください。

【秋田県にかほ市】
まちの特産物と文化をモチーフにしたMV

秋田県にかほ市には、
地元の人たちでつくり上げたミュージックビデオがあります。

数年前、にかほの風景を描いた楽曲を
つくってくれたミュージシャンがいました。
その曲のタイトルは『いちじく忘れない』。

にかほ市の特産物であるいちじくと、
それを甘露煮という保存食にして贈り合うという
まちの文化がモチーフになった曲。
歌詞にはにかほの美しい風景や日常が描かれていて、
にかほの魅力が詰まったすてきな歌です。

その曲のミュージックビデオがつくれないか? という
地元から生まれたアイデアがかたちになった動画です。
プロの振付家、カメラマンと地域の人たちが協力し合い、
半年ほどの月日をかけて完成しました。

「地元があらためて好きになった」などと涙を流すがいるほど、
思いの込もったミュージックビデオになりました。
地域を楽しい場所にするには、地域を誇りに思うことが不可欠。
その力強い一歩になった動画です。

photo & text

國重咲季 くにしげ・さき

京都府出身。秋田県の大学に進学したことを機に、東北各地の1次産業の現場を訪ねるようになる。卒業後は企業に勤めて東京で暮らした後、にかほ市で閉校になった小学校の利活用事業「にかほのほかに」に携わるべく秋田にAターン。地域で受け継がれてきた暮らしを学び、自給力を高めることが日々の目標。夢は食べものとエネルギーの自給自足。

目の前の川で釣り糸を垂れ、
せせらぎを聞きながら一杯飲む。
那珂川での川のある暮らし

コンパクトシティ・福岡ならではの暮らし方

福岡の移住先として人気なのは、糸島半島エリア。
福岡市内から西に30分もドライブすれば、
ビーチリゾートのようなのんびりとした環境が広がっている。

では、山側となると、どこだろうか。
最近、俄然注目を集めているのが、今回紹介する那珂川市だ。

きっかけは、2011年に九州新幹線が開通したこと。
那珂川市にある博多南駅と博多駅間が8分で結ばれ、
福岡市内に通勤する人たちのベッドタウンとして選ばれるようになった。
実際に那珂川市の南端にあたる南畑地区は、その環境の良さに若い移住者が増加中。
手つかずの自然がありながら、都心へも車で40分程度。
個性的なショップやカフェもでき、新たな賑わいをみせている。

今回ご紹介する2家族も、
ここ1年のうちに南畑にBESSの家を建てた30代のファミリー。
目の前を清流が流れ、家にいても川のせせらぎが聞こえる環境のなか、
新しい暮らしを心底楽しんでいた。

那珂川市南畑地区の上空から。眼前には棚田が広がる。

那珂川市南畑地区の上空から。眼前には棚田が広がる。

きっかけは、デートで行ったログハウス

福岡市から車で南下していくと、住宅地から徐々に田畑の広がる風景へと変わっていく。
水遊びスポットとして人気のある中之島公園を抜けて、山あいに差しかかる頃には、
深呼吸したくなるような大自然。
佐賀県へと抜ける県道から一本逸れると、今回の2家族の住む宅地があった。

到着してまず最初に私たちを出迎えてくれたのは、
坂田真一さん、望友(みゆ)さん、真悠(まはる)くん一家。
BESSのログハウス、ホワイトグレーの「G-LOG」が、夏の空に映える。

木造りの温かみと、洗練されたデザインの両立が人気のG-LOG。

木造りの温かみと、洗練されたデザインの両立が人気のG-LOG。

真一さんは福岡市内の出身。市街地で生まれ育ったが、母の実家は佐賀県武雄市。
子どもの頃は、里帰りするたびに、大自然に包まれる環境にワクワクしたという。

「家族を持ったら、田舎暮らしがしたい」

そう思いながらも、勤務地が福岡市内のため、なかなか決断できずにいた。

そんな折、妻の望友さんと一緒に、熊本・小国のあるカフェを訪れた。
そこは、オーナーがセルフビルドしたログハウスのカフェで、ふたりは一目惚れ。
男の子が誕生したこともあって、家探しは一気に加速した。
BESSのLOGWAY(ログウェイ・展示場)に見学に行き、
担当が那珂川の土地を見つけてきてくれて、「ここだ」と即決。

「背後には脊振山、家の目の前は筑紫耶馬渓。こんなすばらしい環境、なかなかない。
子どもの頃に好きだった武雄に似た雰囲気も感じて、迷いなく決めました」

デートで行ったログハウスが忘れられなかったという坂田さん夫妻。ついに念願の我が家を手に入れた。

デートで行ったログハウスが忘れられなかったという坂田さん夫妻。ついに念願の我が家を手に入れた。

一方、望友さんには不安要素が残っていた。
なんせ、宅地といえど当時はまだ畑を切り開いたばかりの土地。
近所に息子と近い世代の子がいるとも思えない。
通学はどうする? いざというときの病院は? 
望友さんは、事前に入念なシミュレーションをすることにした。

「ここでの暮らしが楽しみだったからこそ、
引っ越してから失望しないように準備しようと思って。
病院まで何分、スーパーまではこう行く、幼稚園はここなら良さそう。
そうやって、細かく情報収集していきましたね」

九州は近年、夏の豪雨による水害が増えていることから、川の氾濫なども気になる要素。
だが、実際どうなのかは、インターネットで調べてもなかなかわからない。
望友さんは、現地の人に聞き込みをして確認。
自分のなかで安心材料をひとつずつ集めていった。

市街地から田舎への移住は、生活スタイルの変化を余儀なくされる。
そのため、家族のなかで優先順位をはっきりさせることが大事だ。
坂田さん一家にとっては、まず環境が第一。かといって便利さも、諦めたくはない。
那珂川の環境は、このバランスがちょうど良かったようだ。

こうして、2020年の6月に転居。コロナ禍での新生活が始まった。

秋の小豆島〈四方指展望台〉で
楽しむ山コーヒー

アウトドアで景色とコーヒーを楽しむ

9月も下旬となり、日に日に秋の気配が強くなってきました。
ミーンミーンと鳴いていたセミはすっかり静かになり、
スズムシがリーンリーンとよく鳴いています。
入道雲は姿を消し、空は高くなり、鳥の羽のようなすじ雲が美しい夕焼け。
絵に描いたような秋の景色を、10月~12月頃の小豆島では楽しむことができます。

毎年9月下旬に咲く「彼岸花」。秋を知らせてくれる花です。

毎年9月下旬に咲く「彼岸花」。秋を知らせてくれる花です。

秋の夕空。夕陽に照らされて少しピンクがかった雲が美しい。

秋の夕空。夕陽に照らされて少しピンクがかった雲が美しい。

秋といえば栗! 宝探しみたいでいつも楽しい。

秋といえば栗! 宝探しみたいでいつも楽しい。

気候が穏やかになると、外に繰り出したくなりますね。
そろそろ山でコーヒーを飲むのがおいしい季節かなと、
久しぶりに「四方指(しほうざし)」へ。

その名のとおり、360度ぐるりと四方を眺められる標高777メートルの高台。
ちなみに小豆島で有名な観光地「寒霞渓(かんかけい)」のロープウェイ山頂駅は
標高612メートルなので、そこよりも高い位置にあります。
四方指はレストランやお土産屋さんがあるような観光施設ではなくて、
ただただ四方に広がる景色を楽しむ展望スポット。
ドライブの途中にちょっと立ち寄ってみようかなくらいで訪れてみるといいと思います。

標高777メートルの高台にある「四方指園地」の展望スポット。

標高777メートルの高台にある「四方指園地」の展望スポット。

四方指展望台と大観望というふたつの展望台があります。

四方指展望台と大観望というふたつの展望台があります。

大観望と呼ばれる台の上からの眺め。小豆島内海湾とまち並みを見渡せます。

大観望と呼ばれる台の上からの眺め。小豆島内海湾とまち並みを見渡せます。

収入は半減、
でも「贅沢な暮らし」とは? 
移住後のお金と時間の使い方

お金がなくても
「贅沢な暮らし」はできる!?

伊豆下田に移住してから収入が減った、というよりも
意図して減らしたという津留崎さん。
それでも、暮らしの質が下がったとは感じず
むしろ以前より「贅沢な暮らし」になったと感じているそう。
それはどういうことなのでしょう。
コロナ禍のいま、考えたいテーマです。

夏は北海道、
冬は三重を拠点に暮らすキッチンカー
〈カフェ・アルコバレーノ〉の物語

キャンピングカー暮らしのふたりが美流渡(みると)にやってきた

キャンピングカーで暮らし、北海道を新婚旅行中だった
ケビンさんとキャサリンさんに出会ったのは2年前の夏のこと。
私が案内人を務めた美流渡をめぐるツアーがあり、そこにふたりは参加してくれた。

ケビンさんは本名・中谷兼敏(かねとし)。
名前を音で読むとケンビン。それがいつしかケビンとなった。
キャサリンさんは本名・清美。
ケビン名義で兼敏さんがブログを書き始めたとき、
ケビンに似合う名前としてキャサリンという呼び名が生まれた。

そのときふたりは、これからソフトクリームの
移動販売を始めたいという話をしてくれた。
そして、「また美流渡に来るね」と言って去っていった。
ふたりはいったいどんな生き方をしているのだろう? 
大きな車を見送りながら、固定された家を持たない暮らしの様子を
いつか聞いてみたいと思った。

7月の中旬に、突然ケビンさんから
「今日の午後会えませんか?」というメッセージをもらった。
15時に待ち合わせをすると、2年前とまったく変わらないふたりの姿があった。
あのときの言葉どおり、ふたりはソフトクリームの移動販売を実現させていて、
来週末に美流渡でお店を開きたいのだという。

すぐさま場所を探すことになり、
私たちが利活用を行っている旧美流渡中学校の駐車場と、
地域で長年食堂を営んでいる〈一番〉の駐車場で、2日間の営業ができることとなった。

この夏、北海道は記録的な暑さ。
キッチンカーが旧美流渡中学校にやってきてくれた日は、地域住民による校舎の清掃日。
猛暑のなかでの草刈りや雑巾掛けけでヘトヘトになった私たちにとって、
ソフトクリームは活力のもととなった。

しかも、美流渡にはソフトクリームを提供してくれるお店はどこにもなく、
この地域にいながら食べられることが、大袈裟だけれど“夢のよう”だった。
乳化剤を使っていないそうで、口に入れるとサーッと溶けていって、
爽やかなミルクの味がたまらなかった。

草を食べて育ったグラスフェッドミルクを使用。濃厚だけれど後味がスッキリしている。

草を食べて育ったグラスフェッドミルクを使用。濃厚だけれど後味がスッキリしている。

新潟ってどうオモシロい? キーパーソンに聞いてみよう。 〈地元をオモシロくする10人の発信力〉開催

新潟で注目のローカルプレイヤーを講師に、トークセッションを開催

時代の流れとともに「ローカル」に関心が高まっていますが、
新潟にも地元の魅力を発信するキーパーソンはたくさんいます。
オンラインセミナー〈地元をオモシロくする10人の発信力〉では、
今、新潟で注目すべきローカルプレイヤ―10人を講師にお招きして、
地元を盛り上げる「発信力」を、実践事例とともに紹介しています。

9月10日に行われた第1回は、『コロカル』の創刊編集長・及川卓也と、
「まちを編集する」がコンセプトの、
三条市にある本屋兼喫茶店〈SANJO PUBLISHING〉の水澤陽介さんが登壇。
「まちの編集とは」をテーマに、価値を見つけて編集し、発信することの
視点や実感について語りました。

及川からは『コロカル』での経験から、編集という手法で地域と関わることについて。
デジタル時代のメディアの変化を、
「これまで出版社やテレビなど、マスメディアが情報を発信してきたが、
今はウェブやSNSで個人がメディアになれる時代」と話します。
さらには、県外のメディアは取材において一時的にしか地域に入り込まないことの
メリット・デメリットに触れ、
「外部のメディアが捉えられない情報を地元の人は捉えることができる」
とまちの編集の可能性について語りました。

続いては水澤さん。
PUBLISHINGといっても、媒体の制作だけでなく、
「必要なものは自分でつくる」をテーマに、本屋や喫茶店・パブの運営を通して、
リアルな場でも積極的に発信をしています。
SANJO PUBLISHINGは、出会いの場でもあり、活動・仕掛けの場。
三条のまちをメディアとし、「まちを編集」している好例を紹介しました。

SANJO PUBLISHING店内。

SANJO PUBLISHING店内。

その後はファシリテーターを務める建築家・小林絋大さんを交えて、
「まちで編集する」と「まちを編集する」ことの違いや、
ほかの地域の編集事例について話しました。
「持続可能、ファンになってくれるような事業のあり方が重要」
という及川の言葉に、一同頷く場面も。

ファシリテーター小林絋大さん(上)、コロカル創刊編集長 及川卓也(左)、〈SANJO PUBLISHING〉水澤陽介さん。

ファシリテーター小林絋大さん(上)、コロカル創刊編集長 及川卓也(左)、〈SANJO PUBLISHING〉水澤陽介さん。

さらに、「地域の魅力を地元の方に尋ねると、だいたい人・自然・食べ物と返ってくるが、
もっと固有の魅力を掘り下げることが大切」と議論は進みます。
取材のなかで、特定の分野に詳しい人や特技を持った人と出会えたことを例に、
その地域の魅力やオモシロさを“暗号”と例え、「暗号探し」の重要さを語りました。

「地域の編集のハードルの高さを感じる必要はないが、
メディアが目指すものを意識することが大事。
難しい部分があれば一緒に考えていきましょう」
新潟県民もそうでない方も、「新潟の魅力の編集」と「発信」について、
考える機会になったのではないでしょうか。

「新生姜」ってどんな生姜?
その旬と、おいしい食べ方

おいしい生姜ができるまで

夏の始まり頃に、スーパーの野菜売り場に並ぶ「新生姜」。
この新生姜ってどんな野菜か知ってますか? 
そもそもふつうの生姜とどう違うんでしょ。

まず、生姜はどうやって育つのか。
露地(ビニールハウスなどの施設を使わず、屋外の畑で栽培する方法)で
生姜を栽培する場合、霜が降りなくなった4月頃に種生姜を植えます
(地域によって多少ずれます。北海道では6月頃に植えるそうです)。
種生姜というのは、前年に収穫して保管しておいた生姜。
普通に食べることもできる生姜です。

今年(2021年)は少し遅めで、4月28日に種生姜の植え付け。

今年(2021年)は少し遅めで、4月28日に種生姜の植え付け。

150〜200グラムにカットした種生姜をひとつずつ土の中に植えていきます。

150〜200グラムにカットした種生姜をひとつずつ土の中に植えていきます。

土の中がいい環境になるように、落ち葉と米ぬかなどを土の上に。

土の中がいい環境になるように、落ち葉と米ぬかなどを土の上に。

地上に最初の茎が出てくるのは6月頃。
土の中では親生姜が分けつして新しい生姜が増えていき、
新しい生姜からそれぞれ茎が伸びていきます。
1本目の茎が1次茎、続いて2次茎、3次茎……と、
ひとつの親生姜から何本かの茎が出てきます。

5月24日、最初の茎を発見! うれしい瞬間です。

5月24日、最初の茎を発見! うれしい瞬間です。

生姜と同じように、そのほかの草もぐんぐん育ちます。栽培中は何度か除草作業も必要。

生姜と同じように、そのほかの草もぐんぐん育ちます。栽培中は何度か除草作業も必要。

8月頃にはそれぞれの茎が1メートルくらいまで伸び、葉を茂らせます。
土の中では新しい生姜が育ち、大きく育った新しい生姜が
ときどき土の外に出てきてしまうので、土をかぶせてあげます。
土の中で生姜はじっくりじっくり育っていきます。

この日はすごい入道雲でした。8月上旬の生姜畑。雨が欲しい。

この日はすごい入道雲でした。8月上旬の生姜畑。雨が欲しい。

栽培中は何度か生姜に土をかぶせる作業をします。

栽培中は何度か生姜に土をかぶせる作業をします。

9〜10月、ようやく生姜の収穫を始めます。
この時期のまだ若い生姜は、肌が白くてほんとにきれいなんです。
繊維も少なくてみずみずしい。
カットするとフレッシュな香り。青りんごみたいな香りがします。
そして生姜の塊と緑の茎との間のピンク色がなんともかわいらしい。

そう! これが「新生姜」。この夏の終わり頃に収穫した、
掘ったばかりのピチピチの生姜が新生姜と呼ばれます。

9月に入りようやく生姜の試し掘り。茎は立派ですが、生姜は意外と小さかったりします。

9月に入りようやく生姜の試し掘り。茎は立派ですが、生姜は意外と小さかったりします。

まだまだ大きくなりますが、若い時期限定の、白肌でみずみずしい状態の新生姜を楽しむために少しずつ収穫。

まだまだ大きくなりますが、若い時期限定の、白肌でみずみずしい状態の新生姜を楽しむために少しずつ収穫。

収穫後、土を落とした新生姜。ほんとにきれいな肌。ピンク色も鮮やか。

収穫後、土を落とした新生姜。ほんとにきれいな肌。ピンク色も鮮やか。

野村友里さんが思う 宮崎県西都市の魅力は? 移住オンラインイベント 〈西都はじめるLIVE〉参加者募集中!

〈西都はじめるLIVE〉で野村さんは西都市をどう語る?

宮崎県の県央に位置する西都市。
古墳群とその関連拠点が点在し、古代のロマンあふれるまちです。
また、近年ではグリーンツーリズムにも力を入れ、
食と農、伝統芸能を横断した魅力創出を進めています。

俯瞰で見た古墳。

俯瞰で見た古墳。

古墳祭りの女人の舞。

古墳祭りの女人の舞。

西都市ではマンゴーなど南国の農産物も育ちます。

西都市ではマンゴーなど南国の農産物も育ちます。

ところてんってどうやってつくる?
原料のつくられ方から
家庭でもできる簡単レシピまで

下田に移住して知った、
ところてんができるまで

下田で暮らす津留崎家のこの夏のブームが、ところてん。
ところてんというと酢醤油で食べるイメージですが
ところてんの原料、天草の産地である下田では
家庭によってさまざまな食べ方があるそう。
意外と簡単につくれるところてんのレシピや
ところてんが食卓に運ばれるまでの道のりをご紹介します。

島移住を比較してみよう!
あなたに最適な島は?
夢を実現した7つの家族の物語

6800あまりの島々からなる島国・ニッポン。
そのうち北海道・本州・四国・九州・沖縄本島を除く有人島は約400あると言われ、
総人口の0.5%にあたる約61万人が離島で暮らしています。

移住を考えるうえで、誰しもが一度は憧れる島の暮らし。
コロカルでは、これまでたくさんの移住者を取材してきましたが
そのなかから島への移住にまつわる7つの物語をお送りします。

こんな人は要注意!? 移住に向いていない人ってどんな人?

コロカルの人気連載のひとつ、
津留崎さん夫婦の「暮らしを考える旅 わが家の移住について」では、
下田に移住した夫婦が自らの経験をもとに、移住に向いていない人をこのように綴っています。

1. 収入を下げたくない
2. 虫、爬虫類と暮らせない
3. 心配性すぎる
4. 教育機関にこだわる
5. 免許がない、車の運転が苦

つまり、移住に向いているのは

「収入以外に価値をおいていて、虫が苦手でなく、
ポジティブシンキング、家族で過ごす時間が大切、
子育ては自然豊かな環境が一番と思っていて、そして運転が苦でない人!」

と夫の津留崎鎮生さんは語ってくれました。「移住はうまくいっているか?」と言われれば
万事がそうとは言えないケースがほとんどでしょう。
近所づき合いはもちろん、台風で家庭菜園が散らかされてしまったり、
欲しいものが手に入らなかったり、友だちと会う機会が減ってしまったり。

でも、それらの問題を「どうにかなる!」とポジティブに捉えられることこそ
移住して良かった、と思える秘訣なのでしょう。

記事はこちら:こんな人は要注意!?移住に向いていない人ってどんな人?

画家・MAYA MAXXの描く姿勢に
地域の人たちは……?
校舎の窓板に絵を描くプロジェクト

雪止めの板に絵を描くプロジェクト、1か月経過

前回の連載で、2年前に閉校になった
岩見沢市の美流渡(みると)小・中学校の窓に張られた板すべてに、
画家のMAYA MAXXさんが絵を描くプロジェクトについて書いた。

雪から窓を守るために打ち付けられた板は、およそ40枚。
幅が5メートルにもなるものもあり、
前回はようやく5枚描き上げたところまでだったが、
あれから約3週間が経過して、メインの部分が仕上がる段階までこぎつけた。

並んで建つ小学校と中学校。そのすべての窓板をタイムプラスで撮影してみた。

8月中旬まではSNSで告知を行い、ペイントをサポートしてくれる仲間を募ったが、
それ以降は、MAYAさんが単独で黙々と制作を続けるようになっていった。

MAYAさんは本当に毎日まったく休まない。
窓板ペインティングの制作期間中、故郷・今治での展覧会開催のため、
1週間ほど美流渡を離れたことがあった。
今治の美術館では設営を行い、展覧会オープン後はギャラリートークなどの
イベントを行うという目まぐるしいスケジュールだったが、
美流渡に戻ると、何事もなかったかのようにすぐに窓板に絵を描き始めた。

今治で開催された『みんなとMAYA MAXX展』、ギャラリートークの様子。

今治で開催された『みんなとMAYA MAXX展』、ギャラリートークの様子。

小学校から始めたペイントも、ようやく中学校へ行き着いた。

小学校から始めたペイントも、ようやく中学校へ行き着いた。

その姿勢に引きつけられるように、地域の人たちも動き出した。
学校の向かいにあるお寺の住職さんが、
閉校してから伸び放題になっていた草を刈ってくれ、
また近隣のカフェのオーナーが、板に下地となる白いペンキを塗ってくれた。
そのほか、農家さんがドローンで制作中の記録映像を撮ってくれたりもした。

それぞれ一緒にお昼を食べたり休憩したりすることもなく、
作業が終わるとスッと自分の仕事に戻っていった。

このプロジェクトが進むにつれ、MAYAさんを“手伝う”という意識を離れ、
自分のこととして、これを進めようとする人たちが
増えていったように私には感じられた。

草がきれいに刈られ、絵がとても見やすくなった。

草がきれいに刈られ、絵がとても見やすくなった。

デザイナー・スズキタカユキ
東京・根室、ふたつの拠点の往来が
服づくりをより自由にする

日本あるいは北海道のイメージを超えた世界

学生時代、表現活動のひとつとして独学で服づくりを習得し、
映画、演劇、ダンス、音楽シーンなどの衣装を手がけるようになった
ファッションデザイナーのスズキタカユキさん。
自身の名前を冠したブランド〈suzuki takayuki〉では、
“時間と調和”をコンセプトに、
着る人の本質的な美しさを引き出すような洋服をつくり続けている。

カラフルな洋服が並ぶアトリエ

流行を追い求めることなく、長く愛されるものづくりを目指すスズキさんの洋服には著名人のファンも多い。

最近だと、東京オリンピック開会式で
ダンスパフォーマンスを披露した森山未來さんの衣装制作や、
同じく開会式冒頭、コロナ禍でアスリートたちが抱いた
不安や葛藤を表現したパフォーマンスで、
ダンサーの衣装デザインを手がけたことでも話題に。

一方で〈仕立て屋のサーカス "circo de sastre" 〉という
音楽家とのユニットに所属し、自ら舞台の上に立って、
音と光と布が織りなす見たことのない世界を創出。
国内だけでなくフランス、スペイン、インドネシアなど
海外でも公演を行っている。

デスクでデッサンするスズキさん

「鉛筆と紙があればどこでも仕事ができるし、生きていける。ものにあんまり執着がないんです」とデザイン画を描きながら。

そんなスズキさんが北海道・根室の土地に魅せられ、
東京と2拠点生活を送るようになったのは、2015年のこと。

「移住先を積極的に探していたわけではなかったのですが、
僕も妻も地方出身ですし、“東京にしか住めない”という意識は
もともとありませんでした」

さらさらと女性服を描いていく

会話をしながらも手を止めることなく、さらさらとデッサンを描きあげていく。

根室を訪れるきっかけとなったのが、友人の移住だ。
フライフィッシングが趣味のその友人は、
日本全国を回るなかで根室を訪れ、あっという間に移住を決意。

「彼は、東京でも活躍していたアクセサリー作家で、
『とにかく一度、来た方がいいよ』と強く誘ってくれるわけです(笑)。
彼のセンスや、ものを見る目を僕はとても信用していたのですが、
半信半疑で行ってみたら、日本にこんなところがあるのかと驚くほど、
想像を超えた世界が広がっていました」

荒涼とした春国岱が広がる

人の手がほとんど入っていない湿地と原生林からなる、春国岱(しゅんくにたい)。

北海道に行ったことは何度もあったし、
北海道に縁のある知り合いも少なくなかった。
しかしスズキさん夫妻が降り立った根室は、
今まで知っていた北海道とはまったく異なる場所だった。

「釧路と根室は同じ道東で比較的近いのですが、
それでも釧路から根室に向かう途中で風景が一気に変わる。
人の手が入っていそうな場所が圧倒的に減るんですよね。
しかも緯度が高いので、太陽が斜めから射してくるような感じで、
スコットランドとか北欧みたいなドラマチックな光なんです。
こういう環境に身を置いてみるのはおもしろいかもしれないと思いました」

浜辺に咲く花はオオハナウド

根室の浜辺に咲いているオオハナウド。

唯一の気がかりは、
訪れた時期がベストシーズンといえる6月だったこと。
すでにその時点で心はほぼ固まっていたものの、
自然環境がもっとも厳しくなる冬を知らずに決めるのは心もとない。
結局、地元の人が強くおすすめしてくる真冬に再訪し、
もうひとつの生活の場を根室に定めた。

丹波篠山の800坪の土地へ移住。
畑と竹林に囲まれたログハウスに住む

都会生活から草刈り生活へ

家を建てるにあたって、まずは土地を選ぶ。
整理された住宅地ではなく、裏手に山が迫る土地を選んだ時点で、
山ノ口翔太さん・かなふさん夫妻の「暮らしの覚悟」は決まったのかもしれない。
しかも大阪市内から電車で約1時間、兵庫県丹波篠山市の山間部である。

山ノ口翔太さんとかなふさん。

山ノ口翔太さんとかなふさん。

とにかく「草刈りが大変だ」と翔太さんは繰り返す。
〈BESS〉の「カントリーログ」を建てるために購入した土地は、
「見に来てみたら、雑草が生えまくり」だった。まずは草刈りをしなくてはならない。
ここからすでに、自分たちの手による里山暮らしがスタートしていたようだ。

土間が木製である「木土間」仕様。

土間が木製である「木土間」仕様。

「最初は雑草に加えて竹もたくさん生えていて、ジャングルのようでした。
1年間かけて、自分たちの手で土地の整備をしました。
竹は400本くらい伐っているんじゃないかな(笑)」

それまで大阪の中心部で暮らしていて、
もちろん草刈りなどしたことはないという翔太さん。
家を建てる前の草刈り作業は、予想以上に過酷だったようだ。

「最初は家も建物もない。つまりトイレも水道もないわけです。
だから、特に炎天下での作業は堪えましたね。
草刈りのために、クーラーボックスいっぱいに水を入れて大阪から通いました」

最近では草刈りも手慣れたもの。とはいえ、夏は週1回やっても間に合わないそう。

最近では草刈りも手慣れたもの。とはいえ、夏は週1回やっても間に合わないそう。

屋内に設置したブランコ。

屋内に設置したブランコ。

つくり置きも地産地消!
「まちの食材を使った常備菜」

今月のテーマ 「まちの食材を使った常備菜」

まちの名産を使った郷土料理は地元の人はもちろん、
訪れた旅行者の楽しみのひとつ。

その土地の名産を使ったご当地グルメは
昔ながらの郷土料理からB級グルメと呼ばれるものまで多種多様。
ネットショップでも手軽に購入できますが、
せっかくなら産地ならではの調理法や食べ方をしたいもの。

そこで今回は地域の食材を生かした常備菜を
〈地域おこし協力隊〉のみなさんに教えてもらいました。

日持ちもして調理法も簡単。
つくり置きして保存できる常備菜はまちの「家庭の味」といえます。
たくさんつくってそのまま食べてもよし、
アレンジしてもよしの便利な料理ばかりなので
食材をお取り寄せしてお試しあれ。

【秋田県にかほ市】
和のスーパーフードを使った贅沢メニュー

秋田県にかほ市はそばの産地。
夏には、あたりにそばの白くて可憐な花が咲き誇ります。

そばの花

そばの実

そば粉はこの「そばごめ」と呼ばれる
「タネ」の部分を挽いて製粉しますが、
「タネ」をまるごと食べるのがこの地域の文化。
殻をとってゆでで、麺つゆや出汁をかけて食べるのは
「むきそば」という郷土料理です。

それ以外にも、ゆでたそばごめを冷凍保存し、
味噌汁に入れたり、和え物にしたり、煮物に添えたりと、
何にでも万能に使える常備菜です。

こちらは、麺つゆで和えたなめことそばごめを混ぜたもの。

こちらは、麺つゆで和えたなめことそばごめを混ぜたもの。

つぶつぶとした食感がとてもおいしく、
また栄養たっぷりなスーパーフードなんですよ。

そばの産地ならではの贅沢な常備菜です。

photo & text

國重咲季 くにしげ・さき

京都府出身。秋田県の大学に進学したことを機に、東北各地の1次産業の現場を訪ねるようになる。卒業後は企業に勤めて東京で暮らした後、にかほ市で閉校になった小学校の利活用事業「にかほのほかに」に携わるべく秋田にAターン。地域で受け継がれてきた暮らしを学び、自給力を高めることが日々の目標。夢は食べものとエネルギーの自給自足。

「防災グッズ」を見直そう!
災害から命を守る
おすすめアイテム7選

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

この数年、我が家では自然災害による避難が増えています。
初めて避難したのは、以前コロカルの記事に書いた2018年。
それまで避難なんてしたことがなかったのに、
そこからは毎年、年によっては2回も避難しなければならないときもありました。

地球温暖化による気候変動、といってもピンとくる人は少ないかもしれませんが、
里山に住んでいると、暮らしのすぐそばに迫る異常気象の影響を肌で感じます。

山の上が雲で真っ白になった糸島の風景写真

山の上は雲で真っ白に。雷も鳴っています。

今、里山で起きていること

この3~4年、糸島でも異常な雨や台風が続いています。

過去最大級といわれた2020年の台風10号は、九州全体が暴風域になると予想され、
普通の家でも「屋根が吹き飛ぶほどの威力」と報道されていました。

我が家も、築80年以上の古民家に残るのは命が危ないと判断し、福岡市内のホテルまで避難。
翌朝ハラハラしながら帰宅し、
なんとか無事な姿で残ってくれている我が家にひと安心したのでした。

窓や玄関にベニヤ板を打ちつける作業風景写真

窓や玄関にベニヤ板を打ちつけて暴風対策。ストックしておいた廃材が役立ちました(ホームセンターでは売り切れ)。

そして今年8月のお盆は、まるで梅雨のように毎日、雨、雨、雨。
外が真っ白になるほどの大雨に、古民家の我が家はついに雨漏りが始まりました。

そして、やはり今年も避難指示が発令。
雨漏り対策として家のあちこちにタライやバケツを設置し、
カビ対策のために扇風機をマックスにしてから避難しました。

石垣から大量に流れる雨水の写真

石垣から雨水が滝のようにあふれ出して、周りも川のようになっていました。

無事に帰ってはこれたのですが、山の土砂が川に流れ出すので、田んぼが心配です。
田んぼに砂が入ると稲に栄養が送られなくなり、お米の育ちに影響するからです。

ちなみに、昨年の7月は月間降水量が平均比の222%と、
観測史上最高値になったといわれています。
この長雨の影響で、米の収穫量は普段の半分になってしまいました。
我が家だけではありません。集落のみんなが同じような状況です。

今年は、なんとか耐えてくれるだろうか……。

小豆島〈タネむすび堂〉
ごはんとおやつと量り売り商店

手づくりの空間でいただく、体にも地球にもやさしいおやつ

小豆島でおいしくて体にやさしいごはんを食べたいなぁと思ったら、
おすすめのお店があります。
池田港という港近くの住宅街にある小さな一軒家を改修した
〈タネむすび堂〉というお店です。

たしかこの辺にあるんだよなぁと地図で確認しながら、住宅街をぐるぐる。
この細い道でいいのかなぁと向かっていくと、ようやく手づくりの看板発見。
ちゃんと地図を見て行かないと迷います(笑)。

鉄くずでつくった〈タネむすび堂〉の看板がすてきです。

鉄くずでつくった〈タネむすび堂〉の看板がすてきです。

昭和中期頃に建てられた一軒家を改修したお店。

昭和中期頃に建てられた一軒家を改修したお店。

タネむすび堂は、ごはん屋さんであり、おやつ屋さんであり、量り売り商店。
2013年に小豆島に移住してきた片岡玲子さんが営んでいます。
何かのお話に出てきそうな小さな平屋のおうち。
庭を通り抜けて、今日はお店やってるよなぁと思いつつ玄関をあけると、
玲子さんが自分たちの手でつくりあげた空間が広がります。

印象的なのは、やさしいサーモンピンクや黄土色、薄緑色に塗られた壁。
昭和中期頃に建てられたちょっとレトロな民家の雰囲気を残しつつも、
でも日本じゃないみたいな感覚。

玲子さんが自分たちの手でつくりあげた店内。

玲子さんが自分たちの手でつくりあげた店内。

庭に面した縁側の席。いい光が入ってきます。

庭に面した縁側の席。いい光が入ってきます。

サーモンピンクの壁、黄土色のメニューボードなど、色がつくりだす店内の雰囲気がいい。

サーモンピンクの壁、黄土色のメニューボードなど、色がつくりだす店内の雰囲気がいい。

そんなすてきなお店の中心にあるのが、スコーンやマフィンなどの
焼き菓子が並ぶガラスのショーケースと、さまざまな食材の量り売りのガラス瓶。
よく見てみるとガラス瓶には、素材名と価格が書いてあります。
オーガニックシナモンスティック、オーガニッククミンシードなど、
島のスーパーでは買えないようなものがずらり。

量り売りのいいところって、パッケージ袋などのゴミが出ないのはもちろん、
必要な分だけ買えるからロスが出ないこと。
島内だとオーガニックスパイスなど手に入らない食材が結構たくさんあって、
ネットで注文すると送料がかかるので、まとめて買ってしまう場合が多い。
そうすると使い切るまえに古くなってしまったり……。
身近なお店でこまめに必要な分だけ買えるって、あらためていいなと思いました。

そうそう、持ち帰り用の容器(空き瓶やタッパーなど)は
自分で持って行かないといけないですよー。
もし忘れちゃったら、玲子さんに相談すれば何か貸してくれるかもしれませんが。

お店の中心にあるガラスのショーケースと量り売りのガラス瓶たち。

お店の中心にあるガラスのショーケースと量り売りのガラス瓶たち。

ずらっと並ぶ量り売りのスパイスやナッツなどの食材。

ずらっと並ぶ量り売りのスパイスやナッツなどの食材。

量り売りの際は、持ち帰り用の容器を持って行きましょう。

量り売りの際は、持ち帰り用の容器を持って行きましょう。

現代の家と昔の家は何が違う?
古民家をリノベーションしてわかった
昔ながらの家づくり

リノベーションをするなかで
気づいたこととは?

移住した下田で古民家を購入し、リノベーション中の津留崎さん。
これまでも建築関係の仕事に携わってきた津留崎さんですが、
自分の手でリノベーションするのは初めて。
実際にやってみると、これまでの知識や“あたり前”とは違う
昔ながらの家づくりが見えてきたようです。

豊田市足助町にステイしながら まちのためのプランを考える。 滞在型プログラム参加者募集中

1か月の共同生活でどんなことができるだろう?

愛知県豊田市足助町が、地域での活動や事業創生、2拠点生活などに
関心のある若者を募っています。
期間は1か月。共同生活を送りながら、
地域内外の新たな関わりのかたちを生み出すきっかけをつくる、という
地域滞在プログラムです。

足助町は愛知県豊田市中心部から車で30分、名古屋から車で1時間。
大都市にほど近い中山間地域に位置しています。
かつては街道の商家町として栄え、
その面影は今も重要伝統的建築物保存地区に選定された
美しいまち並みとして残っています。

秋の香嵐渓。

秋の香嵐渓。

足助のまち並み。

足助のまち並み。

旧美流渡小・中学校に
アートの力で賑わいを。
窓板にMAYA MAXXが絵を描く

30枚以上の窓板に絵を描く新たな挑戦

6月に、私の仕事場の向かいにある、
2年前に閉校した旧美流渡(みると)中学校の活用プロジェクトが始まり、
前回の連載では7月に行った活動についてリポートした。
今回紹介したいのは、8月に入って、
校舎の1階の窓に打ちつけられた板に絵を描く取り組みについてだ。

活用を進めている中学校に隣接して、同じく閉校になった小学校があり、
どちらの窓にも落雪による破損を防ぐために、閉校してすぐに板が張られた。
岩見沢市は豪雪地帯であるため雪止めの板を張るのは仕方のないこと。
けれど、ここが閉鎖された場所であることが強く感じられて、
建物全体が物悲しい印象となっていた。

煉瓦造りの小学校の校舎。窓に貼られた板の1枚は幅5メートルにもなる。(撮影:佐々木育弥)

煉瓦造りの小学校の校舎。窓に貼られた板の1枚は幅5メートルにもなる。(撮影:佐々木育弥)

白い壁の小学校の校舎。こちらにも大きな窓板が10枚ある。(撮影:佐々木育弥)

白い壁の小学校の校舎。こちらにも大きな窓板が10枚ある。(撮影:佐々木育弥)

この校舎活用の中心的なメンバーとなっている、
昨年美流渡に移住した画家のMAYA MAXXさんは、
あるとき窓の板に絵を描いてはどうだろうと提案してくれた。

窓にたくさんの板が張られているのは主に小学校側。
この校舎は築年数も古く、内部の活用は難しいのではないかという話が
持ち上がっており、それならばせめて廃墟のようなイメージにならないように
外観だけでも明るい印象にできたらとMAYAさんは考えてくれた。

そこで、私は市役所や教育委員会、町内会のみなさんと相談をし、
さらに市内にある北海道教育大学岩見沢校にも協力を呼びかけ、
8月6日から「MAYA MAXX 窓板ペインティング」を実施することとなった。

先頭に立って動くMAYA MAXXさん。(撮影:佐々木育弥)

先頭に立って動くMAYA MAXXさん。(撮影:佐々木育弥)

ペインティングの初日、北海道教育大学の学生9名と
札幌などからSNSを見て駆けつけた数名が集まった。
窓の板は非常に大きく、小学校の煉瓦造りの校舎にある3枚は、
高さ約2メートル、幅5メートル。
高い位置にあるため足場を組んでの作業となった。

まず、周囲にペンキがかからないように養生をして、
合板のヤニを止めるためにシーラーを塗る作業から始めていった。
しかし、この日は午前中で32度。
風通しが悪く壁面から反射する熱もあって、体感温度はそれ以上。
熱中症にならないようにこまめに休みを入れたものの、
体力の消耗が激しく、午前中で作業は終わらせることにした。

壁面にペンキがつかないように養生をする。(撮影:佐々木育弥)

壁面にペンキがつかないように養生をする。(撮影:佐々木育弥)

2日目も10数名の参加者が集まってくれたのだが、
この日もたいへんな猛暑だったため、思うように作業ははかどらなかった。
日陰部分の作業を優先させつつ、ようやくメインの壁面のシーラーが塗り終わり、
上から下地となる白いペンキを少し塗り始めたところで作業が終了。
当初の予定では、この時点で下地となる白いペンキをすっかり塗り終えて
絵を描いているだろうと予想をしていたが、状況はまったく違っていた。

あまりの暑さに水道水をかぶるMAYAさん。

あまりの暑さに水道水をかぶるMAYAさん。

「手伝いに来てくれる人は、下地塗りじゃなくて
絵を塗りたいと思っているんじゃないかな。
早く絵を描ける状態になったらいいよね」

そんなふうにMAYAさんも語っており、
とにかくどこか1面だけでも下地を完成させる必要があると私は感じた。

そこで、次の日、私は集合より2時間早く現場に行って、白ペンキを塗ることにした。
白ペンキは1度塗っただけでは下の板の色がうっすらと見えてしまうので、
2度塗りが必要。
なんとか集合時間までに2度塗りまで仕上げられれば、
すぐにMAYAさんが絵を描き始められるんじゃないかと考えた。

窓に張られていた板はOSB合板。細かな凹凸があるため刷り込むようにペンキを塗る。(撮影:佐々木育弥)

窓に張られていた板はOSB合板。細かな凹凸があるため刷り込むようにペンキを塗る。(撮影:佐々木育弥)

「自由研究」にもオススメ!
“灰”を使った、手づくりエコ洗剤

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

夏休みもあと半分。
自由研究どうしよう? と思っている方へ、
“灰でつくる世界最古の洗剤”をテーマにしてみてはいかがでしょう? 

普段から湧き水を利用し、下水道もない我が家では、
自分たちが使った洗剤はそのまま畑や田んぼに流れ、
野菜や米にダイレクトに影響します。
そのため、我が家では洗剤も自然から手づくり。

今日は、紀元前から汚れを落とすために使われていたという
“灰”のアルカリ洗剤をつくってみたいと思います! 

「灰が手に入らない」という方は、蚊とり線香の灰でもOK! 
暖炉や薪ストーブを使っている知人や、近隣に石窯ピザのお店などがあれば、
灰をわけてもらえないか相談してみるのもひとつの手。

アウトドアやキャンプでの食器洗いなどにも活用できるこの技術、
覚えておけば、いざというとき役に立ってくれるかもしれません。

庭に置かれた、灰入りのバケツの写真

庭のピザ窯の隣に置いてある、灰の保存用バケツ。この灰を使います。

汚れを石鹸に変える!? “灰”のアルカリ洗剤

石鹸は、古代の「祈りの儀式」から偶然誕生したといわれています。
羊を焼いて神にささげる文化のあった古代ローマで、
焼かれた羊から落ちた「脂」と、燃やした「木の灰」が混ざって土にしみ込み、
石鹸が誕生したといわれています。
ここから「汚れが落ちる土がある」と人から人へと伝わり、
暮らしに浸透していったのだそう。

この話にあるように、アルカリ性を示す灰と油脂が反応すると
「鹸化(けんか)」という化学反応が起こって、一種の石鹸をつくり出します。

洗濯の場合、服についた皮脂汚れがアルカリと反応すると、
皮脂汚れは「汚れ」ではなくなり、一種の石鹸になります。
石鹸となった皮脂は、今度は周りの汚れまで洗い流してくれるため、
ダブルの効果で皮脂汚れを落とすといわれています。

灰洗剤で洗い、ぴかぴかに輝くボウルの写真

灰洗剤で水垢がピッカピカになったボウル。ここまでくると掃除が楽しくなってきます。

江戸時代では、灰は農業用肥料・洗剤・染料・アク抜き・傷薬として
暮らしに欠かせないものでした。
各家庭のかまどに残った灰を買う「灰買い業者」や、灰を売買する「灰市」、
さらには「灰の問屋」もあったというのだから驚きです。

我が家でも、薪ストーブや床暖房オンドルで焚いたときの灰があるので、それを使います。
昔の人々の暮らしに想いを馳せながら、洗剤を自分で「手づくり」してみましょう。

写真家・川内倫子
移住先の千葉で
見つけたものとは?

田舎暮らしを、後押ししたもの

「毎日この景色を目にするたびに、豊かだなと思います。
緑の木々、川の流れ、燃えるような夕焼け。
家にいるだけで、写真を撮りたくなる瞬間がたくさんやってくるんです」

小さな生き物や草花など日常のなにげない光景から、
生命力に満ちた祭りや儀式まで、
やさしく真摯な目で世界を撮り続けている写真家・川内倫子さん。
長く都内で暮らしていた川内さんが、千葉県に移住したのは2017年。
豊かな自然が残る環境と、東京まで車で1時間という利便性。
両方を備えた土地を見つけ、大きな窓がある気持ちのいい家を新築した。

川内さんのご自宅の大きな窓。

周囲の自然を取り込むように、大きな開口部がふんだんに設けられた川内さんのご自宅。

「結婚、出産、引っ越し。
人生最大の変化がいっぺんにやってきたんです」

移住を決めたいちばんのきっかけは結婚だった。
田舎暮らしにはずっと憧れていたけれど、
ひとりでは不便だし心もとない。

「一緒に田舎暮らしを楽しめるパートナーが
いつかできたらいいな、とは思っていました。
夫は自然が好きなうえ、
小屋を建てたり、庭を整えたりという“生きる力”も持っている。
価値観は同じ。すぐに引っ越しを決めました」

ご主人が手作りした子ども用の小屋。

広い庭には、ご主人が手作りした子ども用の小さな小屋も。室内には、デスクやロフトも完備。

時代の流れも移住の後押しになった。

「10年くらい前は、東京に住んでいないと仕事に不利、
みたいな気分もありましたし、何より、
フイルムの現像所が近くにないと仕事にならなかった時期もありました。
でも今は、ネットがあればものはすぐ届くし、
地方であることの支障はほぼないですよね」

とはいえ、生活は一変。
子どもができ、家族と過ごす時間が長くなったことで、
限られたなかで、できることを効率的に進める習慣がついた。

廊下にはほかの作家の作品も。

ほかの作家の作品が飾られた廊下。

「夜中までだらだら過ごすということも、なくなりましたね……」

ふと川内さんが言葉を止めた瞬間、
開け放った窓から、さらさらと流れる川の音が聞こえてくる。
なんて気持ちがいいんだろう。

「ね? せせらぎが聞こえると、
家での会話もちょっとなごやかになるんです」

メロンみたいな野菜!? 
スッキリとした甘さの
「マクワウリ」って知ってる?

いまではちょっと珍しい、メロンの先祖

夏ーーーーー!
絵に描いたように青い空、モクモクの入道雲、
じりじり照りつける太陽、響き渡る蝉の声。
これでもかっていうくらい夏の風景が広がっている小豆島。
暑くて暑くて夜になるとクタクタの毎日ですが、夏だからしょうがない。
畑で作業して汗かいて、海で泳いで体冷やして、そんな日々を送っています。

小豆島の夏の太陽はパワフルです! 焦げる〜。

小豆島の夏の太陽はパワフルです! 焦げる〜。

ビビッドな夏野菜たちが元気をくれます。

ビビッドな夏野菜たちが元気をくれます。

さてさて、畑も夏モード全開です。
といってもトマトやピーマンなどの夏野菜の多くは7月にピークを迎え、
8月は夏終盤戦という感じ。
暑さに加えて雨も少ないので、夏野菜たちにとっても厳しいシーズンです。

そんな8月の上旬〜中旬に収穫ピークを迎えるのが「マクワウリ」。
ウリ科キュウリ属の野菜で、見た目は黄色だったり模様があったり、
いろんな種類があります。

漢字で書くと「真桑瓜」。
岐阜県の真桑村(現在は本巣市)が名産地だったことから
この名前が浸透したそうです。

畑一面のマクワウリの葉。よーく見てみるとたくさん実がなってます。

畑一面のマクワウリの葉。よーく見てみるとたくさん実がなってます。

黄色のマクワウリ〈金太郎〉!

黄色のマクワウリ〈金太郎〉!

ひと言で言うと「甘すぎないメロン」という感じ。
マクワウリはメロンの仲間というかメロンの先祖。
昔から日本各地で育てられている野菜です。
プリンスメロンやマスクメロンなどあまーいメロンに押されて、
いまはほとんど育てられなくなってしまったみたいです。

カフェ店頭やイベントなどでマクワウリを販売すると結構人気で売り切れちゃいます。

カフェ店頭やイベントなどでマクワウリを販売すると結構人気で売り切れちゃいます。

私たちも小豆島で暮らすようになって初めてマクワウリのことを知りました。
マクワウリを並べて販売していると、
「懐かしいなあ、小さい頃によく食べたわ〜」とよく言われます。
地元の人はマクワウリのことを「マッカウリ」とか「マッカ」と呼んだりして、
お盆のお供えものとして欠かせない野菜だったそう。
いまでもうちではお仏壇にお供えしてます。

庶民のメロン!(笑)

庶民のメロン!(笑)

マクワウリの断面はこんな感じ。皮を向いて中のタネを取り除いて食べます。

マクワウリの断面はこんな感じ。皮を向いて中のタネを取り除いて食べます。

無農薬での米づくり、
雑草取りはこんなに大変!
効率のいいやり方は……?

自分でやってみて、あらためてわかったこと

津留崎さん一家が移住して始めた米づくりも4年目。
無農薬栽培なので、なんといっても雑草取りが大変。
これまで夫に頼っていたこの作業を、
今年は妻の徹花さんがメインですることに。
除草剤を使おうかと思うこともあったものの
苦労して草取りをするなかで感じたこととは。