デザイナー・スズキタカユキ
東京・根室、ふたつの拠点の往来が
服づくりをより自由にする

日本あるいは北海道のイメージを超えた世界

学生時代、表現活動のひとつとして独学で服づくりを習得し、
映画、演劇、ダンス、音楽シーンなどの衣装を手がけるようになった
ファッションデザイナーのスズキタカユキさん。
自身の名前を冠したブランド〈suzuki takayuki〉では、
“時間と調和”をコンセプトに、
着る人の本質的な美しさを引き出すような洋服をつくり続けている。

カラフルな洋服が並ぶアトリエ

流行を追い求めることなく、長く愛されるものづくりを目指すスズキさんの洋服には著名人のファンも多い。

最近だと、東京オリンピック開会式で
ダンスパフォーマンスを披露した森山未來さんの衣装制作や、
同じく開会式冒頭、コロナ禍でアスリートたちが抱いた
不安や葛藤を表現したパフォーマンスで、
ダンサーの衣装デザインを手がけたことでも話題に。

一方で〈仕立て屋のサーカス "circo de sastre" 〉という
音楽家とのユニットに所属し、自ら舞台の上に立って、
音と光と布が織りなす見たことのない世界を創出。
国内だけでなくフランス、スペイン、インドネシアなど
海外でも公演を行っている。

デスクでデッサンするスズキさん

「鉛筆と紙があればどこでも仕事ができるし、生きていける。ものにあんまり執着がないんです」とデザイン画を描きながら。

そんなスズキさんが北海道・根室の土地に魅せられ、
東京と2拠点生活を送るようになったのは、2015年のこと。

「移住先を積極的に探していたわけではなかったのですが、
僕も妻も地方出身ですし、“東京にしか住めない”という意識は
もともとありませんでした」

さらさらと女性服を描いていく

会話をしながらも手を止めることなく、さらさらとデッサンを描きあげていく。

根室を訪れるきっかけとなったのが、友人の移住だ。
フライフィッシングが趣味のその友人は、
日本全国を回るなかで根室を訪れ、あっという間に移住を決意。

「彼は、東京でも活躍していたアクセサリー作家で、
『とにかく一度、来た方がいいよ』と強く誘ってくれるわけです(笑)。
彼のセンスや、ものを見る目を僕はとても信用していたのですが、
半信半疑で行ってみたら、日本にこんなところがあるのかと驚くほど、
想像を超えた世界が広がっていました」

荒涼とした春国岱が広がる

人の手がほとんど入っていない湿地と原生林からなる、春国岱(しゅんくにたい)。

北海道に行ったことは何度もあったし、
北海道に縁のある知り合いも少なくなかった。
しかしスズキさん夫妻が降り立った根室は、
今まで知っていた北海道とはまったく異なる場所だった。

「釧路と根室は同じ道東で比較的近いのですが、
それでも釧路から根室に向かう途中で風景が一気に変わる。
人の手が入っていそうな場所が圧倒的に減るんですよね。
しかも緯度が高いので、太陽が斜めから射してくるような感じで、
スコットランドとか北欧みたいなドラマチックな光なんです。
こういう環境に身を置いてみるのはおもしろいかもしれないと思いました」

浜辺に咲く花はオオハナウド

根室の浜辺に咲いているオオハナウド。

唯一の気がかりは、
訪れた時期がベストシーズンといえる6月だったこと。
すでにその時点で心はほぼ固まっていたものの、
自然環境がもっとも厳しくなる冬を知らずに決めるのは心もとない。
結局、地元の人が強くおすすめしてくる真冬に再訪し、
もうひとつの生活の場を根室に定めた。

丹波篠山の800坪の土地へ移住。
畑と竹林に囲まれたログハウスに住む

都会生活から草刈り生活へ

家を建てるにあたって、まずは土地を選ぶ。
整理された住宅地ではなく、裏手に山が迫る土地を選んだ時点で、
山ノ口翔太さん・かなふさん夫妻の「暮らしの覚悟」は決まったのかもしれない。
しかも大阪市内から電車で約1時間、兵庫県丹波篠山市の山間部である。

山ノ口翔太さんとかなふさん。

山ノ口翔太さんとかなふさん。

とにかく「草刈りが大変だ」と翔太さんは繰り返す。
〈BESS〉の「カントリーログ」を建てるために購入した土地は、
「見に来てみたら、雑草が生えまくり」だった。まずは草刈りをしなくてはならない。
ここからすでに、自分たちの手による里山暮らしがスタートしていたようだ。

土間が木製である「木土間」仕様。

土間が木製である「木土間」仕様。

「最初は雑草に加えて竹もたくさん生えていて、ジャングルのようでした。
1年間かけて、自分たちの手で土地の整備をしました。
竹は400本くらい伐っているんじゃないかな(笑)」

それまで大阪の中心部で暮らしていて、
もちろん草刈りなどしたことはないという翔太さん。
家を建てる前の草刈り作業は、予想以上に過酷だったようだ。

「最初は家も建物もない。つまりトイレも水道もないわけです。
だから、特に炎天下での作業は堪えましたね。
草刈りのために、クーラーボックスいっぱいに水を入れて大阪から通いました」

最近では草刈りも手慣れたもの。とはいえ、夏は週1回やっても間に合わないそう。

最近では草刈りも手慣れたもの。とはいえ、夏は週1回やっても間に合わないそう。

屋内に設置したブランコ。

屋内に設置したブランコ。

つくり置きも地産地消!
「まちの食材を使った常備菜」

今月のテーマ 「まちの食材を使った常備菜」

まちの名産を使った郷土料理は地元の人はもちろん、
訪れた旅行者の楽しみのひとつ。

その土地の名産を使ったご当地グルメは
昔ながらの郷土料理からB級グルメと呼ばれるものまで多種多様。
ネットショップでも手軽に購入できますが、
せっかくなら産地ならではの調理法や食べ方をしたいもの。

そこで今回は地域の食材を生かした常備菜を
〈地域おこし協力隊〉のみなさんに教えてもらいました。

日持ちもして調理法も簡単。
つくり置きして保存できる常備菜はまちの「家庭の味」といえます。
たくさんつくってそのまま食べてもよし、
アレンジしてもよしの便利な料理ばかりなので
食材をお取り寄せしてお試しあれ。

【秋田県にかほ市】
和のスーパーフードを使った贅沢メニュー

秋田県にかほ市はそばの産地。
夏には、あたりにそばの白くて可憐な花が咲き誇ります。

そばの花

そばの実

そば粉はこの「そばごめ」と呼ばれる
「タネ」の部分を挽いて製粉しますが、
「タネ」をまるごと食べるのがこの地域の文化。
殻をとってゆでで、麺つゆや出汁をかけて食べるのは
「むきそば」という郷土料理です。

それ以外にも、ゆでたそばごめを冷凍保存し、
味噌汁に入れたり、和え物にしたり、煮物に添えたりと、
何にでも万能に使える常備菜です。

こちらは、麺つゆで和えたなめことそばごめを混ぜたもの。

こちらは、麺つゆで和えたなめことそばごめを混ぜたもの。

つぶつぶとした食感がとてもおいしく、
また栄養たっぷりなスーパーフードなんですよ。

そばの産地ならではの贅沢な常備菜です。

photo & text

國重咲季 くにしげ・さき

京都府出身。秋田県の大学に進学したことを機に、東北各地の1次産業の現場を訪ねるようになる。卒業後は企業に勤めて東京で暮らした後、にかほ市で閉校になった小学校の利活用事業「にかほのほかに」に携わるべく秋田にAターン。地域で受け継がれてきた暮らしを学び、自給力を高めることが日々の目標。夢は食べものとエネルギーの自給自足。

「防災グッズ」を見直そう!
災害から命を守る
おすすめアイテム7選

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

この数年、我が家では自然災害による避難が増えています。
初めて避難したのは、以前コロカルの記事に書いた2018年。
それまで避難なんてしたことがなかったのに、
そこからは毎年、年によっては2回も避難しなければならないときもありました。

地球温暖化による気候変動、といってもピンとくる人は少ないかもしれませんが、
里山に住んでいると、暮らしのすぐそばに迫る異常気象の影響を肌で感じます。

山の上が雲で真っ白になった糸島の風景写真

山の上は雲で真っ白に。雷も鳴っています。

今、里山で起きていること

この3~4年、糸島でも異常な雨や台風が続いています。

過去最大級といわれた2020年の台風10号は、九州全体が暴風域になると予想され、
普通の家でも「屋根が吹き飛ぶほどの威力」と報道されていました。

我が家も、築80年以上の古民家に残るのは命が危ないと判断し、福岡市内のホテルまで避難。
翌朝ハラハラしながら帰宅し、
なんとか無事な姿で残ってくれている我が家にひと安心したのでした。

窓や玄関にベニヤ板を打ちつける作業風景写真

窓や玄関にベニヤ板を打ちつけて暴風対策。ストックしておいた廃材が役立ちました(ホームセンターでは売り切れ)。

そして今年8月のお盆は、まるで梅雨のように毎日、雨、雨、雨。
外が真っ白になるほどの大雨に、古民家の我が家はついに雨漏りが始まりました。

そして、やはり今年も避難指示が発令。
雨漏り対策として家のあちこちにタライやバケツを設置し、
カビ対策のために扇風機をマックスにしてから避難しました。

石垣から大量に流れる雨水の写真

石垣から雨水が滝のようにあふれ出して、周りも川のようになっていました。

無事に帰ってはこれたのですが、山の土砂が川に流れ出すので、田んぼが心配です。
田んぼに砂が入ると稲に栄養が送られなくなり、お米の育ちに影響するからです。

ちなみに、昨年の7月は月間降水量が平均比の222%と、
観測史上最高値になったといわれています。
この長雨の影響で、米の収穫量は普段の半分になってしまいました。
我が家だけではありません。集落のみんなが同じような状況です。

今年は、なんとか耐えてくれるだろうか……。

小豆島〈タネむすび堂〉
ごはんとおやつと量り売り商店

手づくりの空間でいただく、体にも地球にもやさしいおやつ

小豆島でおいしくて体にやさしいごはんを食べたいなぁと思ったら、
おすすめのお店があります。
池田港という港近くの住宅街にある小さな一軒家を改修した
〈タネむすび堂〉というお店です。

たしかこの辺にあるんだよなぁと地図で確認しながら、住宅街をぐるぐる。
この細い道でいいのかなぁと向かっていくと、ようやく手づくりの看板発見。
ちゃんと地図を見て行かないと迷います(笑)。

鉄くずでつくった〈タネむすび堂〉の看板がすてきです。

鉄くずでつくった〈タネむすび堂〉の看板がすてきです。

昭和中期頃に建てられた一軒家を改修したお店。

昭和中期頃に建てられた一軒家を改修したお店。

タネむすび堂は、ごはん屋さんであり、おやつ屋さんであり、量り売り商店。
2013年に小豆島に移住してきた片岡玲子さんが営んでいます。
何かのお話に出てきそうな小さな平屋のおうち。
庭を通り抜けて、今日はお店やってるよなぁと思いつつ玄関をあけると、
玲子さんが自分たちの手でつくりあげた空間が広がります。

印象的なのは、やさしいサーモンピンクや黄土色、薄緑色に塗られた壁。
昭和中期頃に建てられたちょっとレトロな民家の雰囲気を残しつつも、
でも日本じゃないみたいな感覚。

玲子さんが自分たちの手でつくりあげた店内。

玲子さんが自分たちの手でつくりあげた店内。

庭に面した縁側の席。いい光が入ってきます。

庭に面した縁側の席。いい光が入ってきます。

サーモンピンクの壁、黄土色のメニューボードなど、色がつくりだす店内の雰囲気がいい。

サーモンピンクの壁、黄土色のメニューボードなど、色がつくりだす店内の雰囲気がいい。

そんなすてきなお店の中心にあるのが、スコーンやマフィンなどの
焼き菓子が並ぶガラスのショーケースと、さまざまな食材の量り売りのガラス瓶。
よく見てみるとガラス瓶には、素材名と価格が書いてあります。
オーガニックシナモンスティック、オーガニッククミンシードなど、
島のスーパーでは買えないようなものがずらり。

量り売りのいいところって、パッケージ袋などのゴミが出ないのはもちろん、
必要な分だけ買えるからロスが出ないこと。
島内だとオーガニックスパイスなど手に入らない食材が結構たくさんあって、
ネットで注文すると送料がかかるので、まとめて買ってしまう場合が多い。
そうすると使い切るまえに古くなってしまったり……。
身近なお店でこまめに必要な分だけ買えるって、あらためていいなと思いました。

そうそう、持ち帰り用の容器(空き瓶やタッパーなど)は
自分で持って行かないといけないですよー。
もし忘れちゃったら、玲子さんに相談すれば何か貸してくれるかもしれませんが。

お店の中心にあるガラスのショーケースと量り売りのガラス瓶たち。

お店の中心にあるガラスのショーケースと量り売りのガラス瓶たち。

ずらっと並ぶ量り売りのスパイスやナッツなどの食材。

ずらっと並ぶ量り売りのスパイスやナッツなどの食材。

量り売りの際は、持ち帰り用の容器を持って行きましょう。

量り売りの際は、持ち帰り用の容器を持って行きましょう。

現代の家と昔の家は何が違う?
古民家をリノベーションしてわかった
昔ながらの家づくり

リノベーションをするなかで
気づいたこととは?

移住した下田で古民家を購入し、リノベーション中の津留崎さん。
これまでも建築関係の仕事に携わってきた津留崎さんですが、
自分の手でリノベーションするのは初めて。
実際にやってみると、これまでの知識や“あたり前”とは違う
昔ながらの家づくりが見えてきたようです。

豊田市足助町にステイしながら まちのためのプランを考える。 滞在型プログラム参加者募集中

1か月の共同生活でどんなことができるだろう?

愛知県豊田市足助町が、地域での活動や事業創生、2拠点生活などに
関心のある若者を募っています。
期間は1か月。共同生活を送りながら、
地域内外の新たな関わりのかたちを生み出すきっかけをつくる、という
地域滞在プログラムです。

足助町は愛知県豊田市中心部から車で30分、名古屋から車で1時間。
大都市にほど近い中山間地域に位置しています。
かつては街道の商家町として栄え、
その面影は今も重要伝統的建築物保存地区に選定された
美しいまち並みとして残っています。

秋の香嵐渓。

秋の香嵐渓。

足助のまち並み。

足助のまち並み。

旧美流渡小・中学校に
アートの力で賑わいを。
窓板にMAYA MAXXが絵を描く

30枚以上の窓板に絵を描く新たな挑戦

6月に、私の仕事場の向かいにある、
2年前に閉校した旧美流渡(みると)中学校の活用プロジェクトが始まり、
前回の連載では7月に行った活動についてリポートした。
今回紹介したいのは、8月に入って、
校舎の1階の窓に打ちつけられた板に絵を描く取り組みについてだ。

活用を進めている中学校に隣接して、同じく閉校になった小学校があり、
どちらの窓にも落雪による破損を防ぐために、閉校してすぐに板が張られた。
岩見沢市は豪雪地帯であるため雪止めの板を張るのは仕方のないこと。
けれど、ここが閉鎖された場所であることが強く感じられて、
建物全体が物悲しい印象となっていた。

煉瓦造りの小学校の校舎。窓に貼られた板の1枚は幅5メートルにもなる。(撮影:佐々木育弥)

煉瓦造りの小学校の校舎。窓に貼られた板の1枚は幅5メートルにもなる。(撮影:佐々木育弥)

白い壁の小学校の校舎。こちらにも大きな窓板が10枚ある。(撮影:佐々木育弥)

白い壁の小学校の校舎。こちらにも大きな窓板が10枚ある。(撮影:佐々木育弥)

この校舎活用の中心的なメンバーとなっている、
昨年美流渡に移住した画家のMAYA MAXXさんは、
あるとき窓の板に絵を描いてはどうだろうと提案してくれた。

窓にたくさんの板が張られているのは主に小学校側。
この校舎は築年数も古く、内部の活用は難しいのではないかという話が
持ち上がっており、それならばせめて廃墟のようなイメージにならないように
外観だけでも明るい印象にできたらとMAYAさんは考えてくれた。

そこで、私は市役所や教育委員会、町内会のみなさんと相談をし、
さらに市内にある北海道教育大学岩見沢校にも協力を呼びかけ、
8月6日から「MAYA MAXX 窓板ペインティング」を実施することとなった。

先頭に立って動くMAYA MAXXさん。(撮影:佐々木育弥)

先頭に立って動くMAYA MAXXさん。(撮影:佐々木育弥)

ペインティングの初日、北海道教育大学の学生9名と
札幌などからSNSを見て駆けつけた数名が集まった。
窓の板は非常に大きく、小学校の煉瓦造りの校舎にある3枚は、
高さ約2メートル、幅5メートル。
高い位置にあるため足場を組んでの作業となった。

まず、周囲にペンキがかからないように養生をして、
合板のヤニを止めるためにシーラーを塗る作業から始めていった。
しかし、この日は午前中で32度。
風通しが悪く壁面から反射する熱もあって、体感温度はそれ以上。
熱中症にならないようにこまめに休みを入れたものの、
体力の消耗が激しく、午前中で作業は終わらせることにした。

壁面にペンキがつかないように養生をする。(撮影:佐々木育弥)

壁面にペンキがつかないように養生をする。(撮影:佐々木育弥)

2日目も10数名の参加者が集まってくれたのだが、
この日もたいへんな猛暑だったため、思うように作業ははかどらなかった。
日陰部分の作業を優先させつつ、ようやくメインの壁面のシーラーが塗り終わり、
上から下地となる白いペンキを少し塗り始めたところで作業が終了。
当初の予定では、この時点で下地となる白いペンキをすっかり塗り終えて
絵を描いているだろうと予想をしていたが、状況はまったく違っていた。

あまりの暑さに水道水をかぶるMAYAさん。

あまりの暑さに水道水をかぶるMAYAさん。

「手伝いに来てくれる人は、下地塗りじゃなくて
絵を塗りたいと思っているんじゃないかな。
早く絵を描ける状態になったらいいよね」

そんなふうにMAYAさんも語っており、
とにかくどこか1面だけでも下地を完成させる必要があると私は感じた。

そこで、次の日、私は集合より2時間早く現場に行って、白ペンキを塗ることにした。
白ペンキは1度塗っただけでは下の板の色がうっすらと見えてしまうので、
2度塗りが必要。
なんとか集合時間までに2度塗りまで仕上げられれば、
すぐにMAYAさんが絵を描き始められるんじゃないかと考えた。

窓に張られていた板はOSB合板。細かな凹凸があるため刷り込むようにペンキを塗る。(撮影:佐々木育弥)

窓に張られていた板はOSB合板。細かな凹凸があるため刷り込むようにペンキを塗る。(撮影:佐々木育弥)

「自由研究」にもオススメ!
“灰”を使った、手づくりエコ洗剤

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

夏休みもあと半分。
自由研究どうしよう? と思っている方へ、
“灰でつくる世界最古の洗剤”をテーマにしてみてはいかがでしょう? 

普段から湧き水を利用し、下水道もない我が家では、
自分たちが使った洗剤はそのまま畑や田んぼに流れ、
野菜や米にダイレクトに影響します。
そのため、我が家では洗剤も自然から手づくり。

今日は、紀元前から汚れを落とすために使われていたという
“灰”のアルカリ洗剤をつくってみたいと思います! 

「灰が手に入らない」という方は、蚊とり線香の灰でもOK! 
暖炉や薪ストーブを使っている知人や、近隣に石窯ピザのお店などがあれば、
灰をわけてもらえないか相談してみるのもひとつの手。

アウトドアやキャンプでの食器洗いなどにも活用できるこの技術、
覚えておけば、いざというとき役に立ってくれるかもしれません。

庭に置かれた、灰入りのバケツの写真

庭のピザ窯の隣に置いてある、灰の保存用バケツ。この灰を使います。

汚れを石鹸に変える!? “灰”のアルカリ洗剤

石鹸は、古代の「祈りの儀式」から偶然誕生したといわれています。
羊を焼いて神にささげる文化のあった古代ローマで、
焼かれた羊から落ちた「脂」と、燃やした「木の灰」が混ざって土にしみ込み、
石鹸が誕生したといわれています。
ここから「汚れが落ちる土がある」と人から人へと伝わり、
暮らしに浸透していったのだそう。

この話にあるように、アルカリ性を示す灰と油脂が反応すると
「鹸化(けんか)」という化学反応が起こって、一種の石鹸をつくり出します。

洗濯の場合、服についた皮脂汚れがアルカリと反応すると、
皮脂汚れは「汚れ」ではなくなり、一種の石鹸になります。
石鹸となった皮脂は、今度は周りの汚れまで洗い流してくれるため、
ダブルの効果で皮脂汚れを落とすといわれています。

灰洗剤で洗い、ぴかぴかに輝くボウルの写真

灰洗剤で水垢がピッカピカになったボウル。ここまでくると掃除が楽しくなってきます。

江戸時代では、灰は農業用肥料・洗剤・染料・アク抜き・傷薬として
暮らしに欠かせないものでした。
各家庭のかまどに残った灰を買う「灰買い業者」や、灰を売買する「灰市」、
さらには「灰の問屋」もあったというのだから驚きです。

我が家でも、薪ストーブや床暖房オンドルで焚いたときの灰があるので、それを使います。
昔の人々の暮らしに想いを馳せながら、洗剤を自分で「手づくり」してみましょう。

写真家・川内倫子
移住先の千葉で
見つけたものとは?

田舎暮らしを、後押ししたもの

「毎日この景色を目にするたびに、豊かだなと思います。
緑の木々、川の流れ、燃えるような夕焼け。
家にいるだけで、写真を撮りたくなる瞬間がたくさんやってくるんです」

小さな生き物や草花など日常のなにげない光景から、
生命力に満ちた祭りや儀式まで、
やさしく真摯な目で世界を撮り続けている写真家・川内倫子さん。
長く都内で暮らしていた川内さんが、千葉県に移住したのは2017年。
豊かな自然が残る環境と、東京まで車で1時間という利便性。
両方を備えた土地を見つけ、大きな窓がある気持ちのいい家を新築した。

川内さんのご自宅の大きな窓。

周囲の自然を取り込むように、大きな開口部がふんだんに設けられた川内さんのご自宅。

「結婚、出産、引っ越し。
人生最大の変化がいっぺんにやってきたんです」

移住を決めたいちばんのきっかけは結婚だった。
田舎暮らしにはずっと憧れていたけれど、
ひとりでは不便だし心もとない。

「一緒に田舎暮らしを楽しめるパートナーが
いつかできたらいいな、とは思っていました。
夫は自然が好きなうえ、
小屋を建てたり、庭を整えたりという“生きる力”も持っている。
価値観は同じ。すぐに引っ越しを決めました」

ご主人が手作りした子ども用の小屋。

広い庭には、ご主人が手作りした子ども用の小さな小屋も。室内には、デスクやロフトも完備。

時代の流れも移住の後押しになった。

「10年くらい前は、東京に住んでいないと仕事に不利、
みたいな気分もありましたし、何より、
フイルムの現像所が近くにないと仕事にならなかった時期もありました。
でも今は、ネットがあればものはすぐ届くし、
地方であることの支障はほぼないですよね」

とはいえ、生活は一変。
子どもができ、家族と過ごす時間が長くなったことで、
限られたなかで、できることを効率的に進める習慣がついた。

廊下にはほかの作家の作品も。

ほかの作家の作品が飾られた廊下。

「夜中までだらだら過ごすということも、なくなりましたね……」

ふと川内さんが言葉を止めた瞬間、
開け放った窓から、さらさらと流れる川の音が聞こえてくる。
なんて気持ちがいいんだろう。

「ね? せせらぎが聞こえると、
家での会話もちょっとなごやかになるんです」

メロンみたいな野菜!? 
スッキリとした甘さの
「マクワウリ」って知ってる?

いまではちょっと珍しい、メロンの先祖

夏ーーーーー!
絵に描いたように青い空、モクモクの入道雲、
じりじり照りつける太陽、響き渡る蝉の声。
これでもかっていうくらい夏の風景が広がっている小豆島。
暑くて暑くて夜になるとクタクタの毎日ですが、夏だからしょうがない。
畑で作業して汗かいて、海で泳いで体冷やして、そんな日々を送っています。

小豆島の夏の太陽はパワフルです! 焦げる〜。

小豆島の夏の太陽はパワフルです! 焦げる〜。

ビビッドな夏野菜たちが元気をくれます。

ビビッドな夏野菜たちが元気をくれます。

さてさて、畑も夏モード全開です。
といってもトマトやピーマンなどの夏野菜の多くは7月にピークを迎え、
8月は夏終盤戦という感じ。
暑さに加えて雨も少ないので、夏野菜たちにとっても厳しいシーズンです。

そんな8月の上旬〜中旬に収穫ピークを迎えるのが「マクワウリ」。
ウリ科キュウリ属の野菜で、見た目は黄色だったり模様があったり、
いろんな種類があります。

漢字で書くと「真桑瓜」。
岐阜県の真桑村(現在は本巣市)が名産地だったことから
この名前が浸透したそうです。

畑一面のマクワウリの葉。よーく見てみるとたくさん実がなってます。

畑一面のマクワウリの葉。よーく見てみるとたくさん実がなってます。

黄色のマクワウリ〈金太郎〉!

黄色のマクワウリ〈金太郎〉!

ひと言で言うと「甘すぎないメロン」という感じ。
マクワウリはメロンの仲間というかメロンの先祖。
昔から日本各地で育てられている野菜です。
プリンスメロンやマスクメロンなどあまーいメロンに押されて、
いまはほとんど育てられなくなってしまったみたいです。

カフェ店頭やイベントなどでマクワウリを販売すると結構人気で売り切れちゃいます。

カフェ店頭やイベントなどでマクワウリを販売すると結構人気で売り切れちゃいます。

私たちも小豆島で暮らすようになって初めてマクワウリのことを知りました。
マクワウリを並べて販売していると、
「懐かしいなあ、小さい頃によく食べたわ〜」とよく言われます。
地元の人はマクワウリのことを「マッカウリ」とか「マッカ」と呼んだりして、
お盆のお供えものとして欠かせない野菜だったそう。
いまでもうちではお仏壇にお供えしてます。

庶民のメロン!(笑)

庶民のメロン!(笑)

マクワウリの断面はこんな感じ。皮を向いて中のタネを取り除いて食べます。

マクワウリの断面はこんな感じ。皮を向いて中のタネを取り除いて食べます。

無農薬での米づくり、
雑草取りはこんなに大変!
効率のいいやり方は……?

自分でやってみて、あらためてわかったこと

津留崎さん一家が移住して始めた米づくりも4年目。
無農薬栽培なので、なんといっても雑草取りが大変。
これまで夫に頼っていたこの作業を、
今年は妻の徹花さんがメインですることに。
除草剤を使おうかと思うこともあったものの
苦労して草取りをするなかで感じたこととは。

アフリカ太鼓に日本舞踊、壁画制作。
美流渡らしい旧校舎の活用が始まる

活用から1か月。こんなふうに使いたいという声が上がって

仕事場の向かいにある旧美流渡(みると)中学校。
2年前に閉校になったこの校舎の利活用の取り組みが、約1か月前から始まった。
私が代表を務める地域PRプロジェクト〈みる・とーぶ〉が
活用の窓口になったことは、以前の連載で書いた。
その後、オンラインで校舎の試験活用についての説明会を行ったり、
月1回の清掃活動を行ったりするなかで、予想以上の広がりが生まれようとしている。

今年は試験活用期間ということで、
まず地域のみなさんにさまざまなかたちで使ってもらって、
意見をヒアリングして、今後につなげていこうと考えており、
さっそく、体育館を使ってみたいと申し出てくれたのは、
岩見沢市の山あいの万字地区に2018年に移住した岡林利樹さんと藍さんだった。

ふたりはアフリカ太鼓の奏者。週末に美流渡地区で開かれることになった
小さな音楽会に参加することになり、そのリハーサルを行いたいというのだった。
リハーサル当日には、道内各地からアフリカ太鼓仲間が集まってきて、
体育館で音合わせが行われた。

広々としたスペースでリハーサル。

広々としたスペースでリハーサル。

その傍らで、太鼓メンバーの子どもたちがボールを蹴って駆け回っており、
これだけ広いスペースがあれば、練習をする大人も、
それを待っている子どもも伸び伸びできてハッピーだということがわかった。

駆け回るスペースも十分。

駆け回るスペースも十分。

また、定期的に体育館を使いたいと言ってくれたのは、
一昨年に美流渡地区に移住した陶芸家のこむろしずかさん。
こむろさんは日本舞踊の名取にもなっていて、
地域の人たちと一緒に踊る教室を開くようになっている。

「ソーラン節」や「炭坑節」など、地域のお祭りがなかなか開催できないなかで、気分だけでも味わってほしいと、少人数で開催。

「ソーラン節」や「炭坑節」など、地域のお祭りがなかなか開催できないなかで、気分だけでも味わってほしいと、少人数で開催。

みる・とーぶでも、8月から9月にかけてイベントを企画。
校舎活用の中心的存在になってくれている、
昨年夏に美流渡に移住した画家のMAYA MAXXさんと
1階の窓に打ち付けられている雪止めの板に絵を描く企画を進めている。

期間は8月6~11日の6日間。
地元の人や市内にあるアートとスポーツに特化している
北海道教育大学岩見沢校の学生にも協力を呼びかけ、
MAYAさんの下描きをもとに、みんなで色を塗る予定。

中学校の隣に立つ、同時期に閉校した小学校側のものを合わせると、
窓は全部で40枚近く。
大きい窓は縦2メートル、横5メートルにもなるので、
絵ができたらきっと迫力あるものになるに違いない。

小学校の一部は煉瓦造り。窓は大きく幅は5メートルにもなる。(撮影:佐々木育弥)

小学校の一部は煉瓦造り。窓は大きく幅は5メートルにもなる。(撮影:佐々木育弥)

このほか9月には教育大学と連携しながら
教室にMAYAさんの作品を展示する計画も進行中だ。
現在、福岡アジア美術館で開催中の『おいでよ! 絵本ミュージアム』で、
MAYAさんは何十メートルにもなるダンボールに、動物や木々を描いており、
これをなんとか美流渡に運び入れて、こちらでも展示ができたらと
調整をしているところだ。

『おいでよ! 絵本ミュージアム』の展示風景。縄文文様のようにうねる木々をMAYAさんが現地で描いた。(撮影:小川真輝)

『おいでよ! 絵本ミュージアム』の展示風景。縄文文様のようにうねる木々をMAYAさんが現地で描いた。(撮影:小川真輝)

知れば暮らしが見えてくる
「わたしのまちの習慣&ご当地ルール」


今月のテーマ 「わたしのまちの習慣&ご当地ルール」

全国にはさまざまな習慣やルールがあり、
まちの文化として代々受け継がれています。

今回は地元の人には当たり前となっている
習慣やご当地に伝わるルールについて
〈地域おこし協力隊〉のみなさんに教えてもらいました。

何気ない暮らしの一部から
その地域の暮らしを覗いてみましょう。

【岡山県浅口市】
伝統の手延べ麺づくり「かどぼし」を守る地域のルールとは

私が暮らす岡山県浅口市鴨方町は手延べ麺のまち。
手打ち麺は生地を麺状に切っていきますが、
手延べ麺は包丁を使わずにだんご状の生地をひたすら延ばしてつくられます。
屋外で麺を干す仕上げの作業「かどぼし」が昔はそこここで見られたそう。

そうめんの手延べ

現在は機械化が進み、
麺づくりの全工程を屋内で行う麺工場がほとんどですが、
今でも晴れた日は季節を問わずかどぼしを行っているのが〈河田賢一製麺工場〉です。
12時頃、白い糸のような麺が軒先でリズミカルに舞います。

かどぼし

かどぼしは空気がきれいでないとできません。
そのため、地区内では午前中の野焼きは禁止。
細かい灰が手延べ麺に付着してしまうのを防ぐためです。
地元の伝統産業を守る、地域のルールの紹介でした。

photo & text

こばん

大阪府出身。〈カブ〉で旅するフォトライター。全国各地を愛車と旅する様子をインスタグラムに投稿するのが趣味。フォトジェニックな「星と海のまちあさくち」に一目惚れし、2017年5月、岡山県浅口市地域おこし協力隊に着任。浅口の魅力を取材し、紙面やWEB、SNSで発信中。

シェアスタジオ〈南太田ブランチ〉
2拠点居住者の
新たな住まいのつくり方

YONG architecture studio vol.7

横浜市の野毛山エリアで活動しながら、
長野県立科町で地域おこし協力隊として活動する
〈YONG architecture studio〉永田賢一郎さんの連載です。

今回はついに最終回。横浜で新しく立ち上げた、
住居兼シェアスタジオについてご紹介していきます。

横浜での新たな暮らし方

2020年6月から始まった、横浜と長野の2拠点生活。
横浜には金・土・日の週3日の滞在になり、
それまで住んでいた〈藤棚のアパートメント〉から引っ越すことになりました。
日中は仕事場の〈藤棚デパートメント〉〈野毛山Kiez〉があるので、
夜に寝泊まりができる25平米くらいの小規模な物件を探すことになったのです。

4年間暮らした〈藤棚のアパートメント〉を出ることに。

4年間暮らした〈藤棚のアパートメント〉を出ることに。

藤棚のアパートメントの管理でお世話になっていた
〈東京R不動産〉さんに物件を問い合わせてみると、
横浜駅から京急本線で7分ほどの南太田にある物件を紹介されました。

4階建てのビルのうち3〜4階が住宅仕様で空いたままになっており、
主に3階が住居スペース、4階は倉庫と屋上という構成。
3〜4階の室内の面積は約180平方メートル、
屋上を合わせるとおよそ300平方メートルの物件です。

〈荒川電気商会〉さんという電気資材問屋の物件で、
3〜4階は前会長宅であったようでした。
老朽化が進んでいますが、改修して活用できそうか相談したいとのこと。
探していた物件は25平方メートル。かなりスペースを持て余しそうですが、
ひとまず現地へ行ってみることになりました。

南太田にある4階建てビル。

南太田にある4階建てビル。

3階の既存図面。3階には7つの部屋とキッチン、4階には広い屋上と倉庫がある。

3階の既存図面。3階には7つの部屋とキッチン、4階には広い屋上と倉庫がある。

全部で7部屋、各部屋が25平方メートルくらいはあります。
室内には以前の生活感が残りますが、それぞれ特徴のある仕上げで
そのまま使えそうな部屋もあり、とても魅力的な物件でした。
とはいえ、自分だけでは使い切れない大きさです。
何か活用できないかと考えていました。

雰囲気のあるテクスチャーの廊下が迎える。

雰囲気のあるテクスチャーの廊下が迎える。

寝室はRのかかった織り上げ天井に暖炉も。

寝室はRのかかった織り上げ天井に暖炉も。

子ども部屋は壁のクロスが印象的。

子ども部屋は壁のクロスが印象的。

身近な“夏の野草”でつくろう!
虫刺されなどに効く
手づくり「チンキ&軟膏」

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

はじめに

みなさま、お久しぶりです! 
妊娠、切迫早産、育児と、環境や体調の変化のため連載をお休みしておりましたが、
体調が回復してきたため、連載を再開することとなりました。
約2年ぶり。
ドキドキしつつも、こうして記事が書ける喜びをあらためて噛み締めています。
元気に仕事ができるって、本当に幸せなことだー! 

そして、出産がこんなにも命がけだということも、体験するまで知りませんでした。
全世界の母みんなを抱きしめたい。
出産については、いつか記事にできたら。

突然の休載にもかかわらず、待ってくださっていた読者のみなさま、
復帰回も丁寧にサポートしてくださったコロカル編集部のみなさま、
本当に本当にありがとうございます。
また今月から、よろしくお願いいたします! 

桜満開の中で笑顔をみせる、畠山千春さん、ご主人のコーイチさん、娘さんのショット

安心して使える、手づくり虫刺され薬のススメ

キャンプにバーベキュー、ハイキングなどのアウトドアが楽しい季節になってきました。
そこで気になるのが、外出時の虫刺され。
「安心して使える虫刺され薬を手づくりしたい」という方のために、
道端に生える“夏の野草”で簡単につくれる「虫刺され薬」を紹介します。

ドクダミ、ツユクサ、アサガオ、オオバコ、ヨモギ。
ここで紹介する野草は、生葉を揉んで患部に擦りつけるだけで効果があるので、
出先で急に虫に刺されちゃった、というときなどに
覚えておくだけでも役に立つかもしれません。

それでは、さっそく身近な夏の野草たちを紹介していきましょう。

自然に近い暮らしのメリットとリスク。
災害にどう備える?

災害に備え、あらためて暮らしを見直す

大雨による土砂災害など、各地で災害が相次いでいます。
伊豆下田も、先日の豪雨で道路が寸断され、陸の孤島になりかけたそう。
自然と隣り合わせで暮らすということは
どんなメリットとリスクがあるのでしょう?
あらためて、災害に備える暮らしを考えてみました。

移住は冒険だった。
豪雪地帯にアトリエを構えた
画家・MAYA MAXXの1年の記録

〈森の出版社ミチクル〉から活動記録を刊行

昨年の7月17日に、20年来の友人であり、
これまで数々の仕事をともにしてきた画家のMAYA MAXXさんが、
美流渡(みると)に移住してきた。

移住してちょうど1年が経つのを前に、1冊の本が生まれようとしている。
タイトルは『移住は冒険だった』。
東京から北海道への移住をMAYAさんは“冒険”であるとし、
その活動と描かれた作品を収録した本だ。
編集と文章は私が担当し、4年間続けている小さな出版活動
〈森の出版社ミチクル〉から刊行することとなった。

〈森の出版社ミチクル〉の新しいレーベル〈ローカルブックス〉より7月31日発売予定。A5版96ページ。Facebookから注文可能。

〈森の出版社ミチクル〉の新しいレーベル〈ローカルブックス〉より7月31日発売予定。A5版96ページ。Facebookから注文可能。

本をつくるきっかけは、今年の3月に私が編集した『いなかのほんね』だ。
この本は、美流渡をはじめとする岩見沢の山あいに住む人々10組に
インタビューをしたもの。
このときMAYAさんにも取材をさせてもらい、完成したばかりの本を手渡したところ……

「このくらいの小さな本で、1年ごとに活動の記録をまとめてみたい」

そう、話したことから本づくりがスタートした。

北海道教育大学の学生がインタビュアーとなり、なぜ不便な地域で暮らすのかを住民にインタビューした文庫サイズの本。『いなかのほんね』(中西出版)

北海道教育大学の学生がインタビュアーとなり、なぜ不便な地域で暮らすのかを住民にインタビューした文庫サイズの本。『いなかのほんね』(中西出版)

刊行目標は移住から1年後。
印刷所への入稿時期を考えると、準備期間はわずか3か月。
編集の期間はとても短いものだったが、これまでコロカルの連載でも
MAYAさんの活動について記事にしてきたし、写真も撮りためていたものがあったので、
とにかくそれらをもとに全体の構成を考えてみることにした。

まず、節目となった時期に撮影した写真と作品を時系列に並べていった。
なぜ北海道への移住を決断したのかも大切だと考え、移住する以前についても触れた。
昨年は新型コロナウイルスの感染拡大によって外出自粛が要請され、
MAYAさんの個展が中止や延期となったわけだが、今回時系列に活動を追うことで、
どんな状況でも絵を描き続けてきたMAYAさんの姿が浮かび上がってきた。

10年間京都で活動し、その後東京で制作を行っていた頃の作品を、日付とともに掲載した。

10年間京都で活動し、その後東京で制作を行っていた頃の作品を、日付とともに掲載した。

そして、編集を進めていくなかで、北海道へと移住して、
瞬く間に絵に変化が起こっていたことをあらためて感じることができた。

アトリエの整備が終わって本格的に制作が始まったのが9月1日。
その後、絵の全面にグリーンやイエローなどが現れ出したのが10日後のこと。
ものを際立たせるための輪郭線が消え、
森の木々を感じさせる色で画面が埋め尽くされていった。

アトリエで制作をしつつ、北海道各地の森も訪ねた。

アトリエで制作をしつつ、北海道各地の森も訪ねた。

「住む場所に影響を受けるというのはわかっていましたが、
これほどまでとは思いませんでした。何を描こうとは思っていなくても、
見たものが蓄積されて、それが画面に表れていきます」

秋が過ぎて冬へ。そして10年に1度の大雪を体験。
季節がめぐるごとに色彩は変化し、絵から立ち上ってくるムードも変わっていった。
そして、真っ白な雪の中で過ごした数か月を超えて、
まるで雪を内側から見たかのような、透き通るブルーの絵が生まれた。

厳冬期に描かれた正方形の作品『Snow』。

厳冬期に描かれた正方形の作品『Snow』。

大阪から徳島市、そして美馬市へ。
2段階移住で始めた
スリランカカレー店〈白草社〉

移住の決め手は「澄みきった穴吹川」

過疎のまちに移住する————。
そう聞くと、地域活性化に貢献したいとか、
これまでの働き方を見直して地域に関わりながら起業したいとか、
何か志を持って移住する人たちを思い浮かべるかもしれない。
でも、「景色のいいところに住みたかった」というシンプルな思いから
移住する人たちもいる。

徳島県西部にある美馬市。
県内過疎地域に指定され、見渡せば大自然が広がるのどかな地域だ。
古い家が建ち並ぶ旧道沿いの一角、
周囲に溶け込むようにスリランカカレーの店〈白草社〉はある。
一見どころか、よくよく見てもその外観にカレー店の手がかりはないが、
今年2021年6月22日に3周年を迎えた。
店を営むのはともに大阪出身の乾亮太さんと、その妻・歩希(あき)さん。

狭い旧道沿いに佇む店。店の目印は突き出し看板だが、そこには店の名前とロゴが入っているだけ。

狭い旧道沿いに佇む店。店の目印は突き出し看板だが、そこには店の名前とロゴが入っているだけ。

窓ガラスに描かれているのは山の稜線。友人が描いてくれた。

窓ガラスに描かれているのは山の稜線。友人が描いてくれた。

大阪から徳島へ、徳島からもっと田舎へ

亮太さんは地元、大阪で雑誌の編集者をしていた。
一度は地方で暮らしてみたいと、2015年8月に徳島市内の出版社に転職。
徳島を選んだのは、両親のふるさとで多少はなじみがあったから。
当時、つき合っていた歩希さんも体を壊すほど激務だった仕事に区切りをつけ、
2か月遅れで徳島へ移り住んだ。

「ただ、引っ越して来た当初から飲食か小売りなのかわからないけれども、
将来的には自営業をしたいねって、話をしていました」(歩希さん)

最初にふたりが暮らしたのは徳島市内の比較的若い世代が多く、利便性の高い地区。

「最初は徳島での新しい出会いにワクワクして結構飲み屋にも行ったんですけれど、
なかなかなじめなくて。それに大阪にいたときよりも仕事が忙しいことや、
地方に来たのにまちなかで暮らしていることなど、
当時の状況にだんだんと疑問を抱くようになって……」と亮太さん。
そして2年が過ぎた頃、
ふたりのなかで飲食店をやりたいという思いがいよいよ大きく膨らんだ。

「徳島のことがなんとなくわかってきて、ここで小売りは難しそうだなって思ったんです。
となると、飲食。ふたりともカレーが好きでよくつくっていたので、
すんなりカレー屋だって決まりましたね」(亮太さん)

「大阪はスパイスカレー大国なんです。雑誌取材でいろんな店に行っていたらどんどんハマって食べ歩きました。それまでは食に全然興味がなかったんですけどね」と亮太さん。

「大阪はスパイスカレー大国なんです。雑誌取材でいろんな店に行っていたらどんどんハマって食べ歩きました。それまでは食に全然興味がなかったんですけどね」と亮太さん。

ここからの動きが早い。歩希さんは飲食の仕事に切り替え、
2017年冬、物件探しをスタート。早い段階で美馬市に絞ったという。
その理由は大きく3つ。
1.きれいな川が近くにあって、景色がよかったから
2.空き家バンク制度が整っていたから
3.移住者の起業に対する支援制度があったから

「たくさん稼ぎたいわけではなかったんです。
僕たちと飼い犬1匹が暮らしていけるくらいの収入があれば十分だと思っていたから、
まちなかに住むというこだわりはなかったですね。
むしろふたりとも川が好きなので、歩いてすぐ川に行けるところが理想でした。
特に水がきれいな穴吹川はいいなあと思っていて。
しかも、『美馬市空き家バンク』という行政主体のサイトが
民間の不動産情報サイトみたいによくできていたから物件を探しやすかったですね。
年明け2018年1月に数件を内見し、ここに決めました」(亮太さん)

店舗スペースつきの大きな家。元お好み焼き屋だったその場所は状態もよく、
少し手を加えるだけですぐお店が始められそうだと思ったことが
大きな決め手になったという。

夏には県内外から人が集まる穴吹川。透明度は国内トップクラス。。

夏には県内外から人が集まる穴吹川。透明度は国内トップクラス。

少量多品目栽培って? 
いろんな種類の野菜を育てる
小さな農家は儲かるの?

小豆島の夏野菜、収穫中!

7月上旬、まだ本格的な暑さの夏がやってくる前ですが、
畑では夏野菜が旬を迎えています。
7月第2週だと〈HOMEMAKERS〉ではこんな野菜が収穫できます。

・トマト 5種

・ピーマン 3種

・ナス 5種

・キュウリ

・トウモロコシ

・空芯菜

・トレビス(赤チコリ)

・ズッキーニ 3種

・コリンキー

・レタス 2種

・ケール 2種

・ルッコラ

・赤紫水菜

・赤リアスからし菜

・紫小松菜

・インゲン

・ラディッシュ 2種

ざっと、17品くらい。
これに春に収穫して保管してあるじゃがいも、玉ねぎを合わせると
20品ほどの野菜を出荷できる状態です。
トマトやナスなど細かい品種に分ければ、30種類以上に。
毎日毎日たくさんの種類の野菜を見ています。そしてもちろん食べてます。

ある日のまかないごはん。ケール、トマト、赤リアスからし菜、バジル、ナス、コリンキー、じゃがいも、ズッキーニ、玉ねぎ、オクラなどなど野菜を盛りだくさん食べてます。

ある日のまかないごはん。ケール、トマト、赤リアスからし菜、バジル、ナス、コリンキー、じゃがいも、ズッキーニ、玉ねぎ、オクラなどなど野菜を盛りだくさん食べてます。

〈HOMEMAKERS〉の基本の旬野菜セットは9品ほどの旬の野菜を組み合わせています。

〈HOMEMAKERS〉の基本の旬野菜セット(2660円)は9品ほどの旬の野菜を組み合わせています。

私たちはいわゆる「少量多品目栽培」の農家です。
言い換えると、たくさんの種類の野菜を少しずつ栽培している農家です。

具体的な数が定義されてるわけではないので、
ほかの農家さんと比べて多いか少ないかということですが、
だいたい年間60種類以上の野菜を育てていたら多いほうじゃないかなと思います。
栽培量としては、市場などに卸せるくらいの量になってくると
多いんじゃないかと思います。

日本全国の農家の中でうちがどれくらいかなと客観的に考えてみると、
たぶん「超少量多品目栽培」くらいだと思います。
うちは農家の規模としてはとてもとても小さくて(栽培面積が小さくて
栽培量も少なくて)、そのわりにいろいろな野菜を栽培している。
分類したら、家庭菜園に近いほうだと思います。

ま、そもそも北海道や九州の農家さんと比べたら、
平地がほとんどない「島」という場所で農業をしているんだから、規模が全然違います。
農家と名乗っていいのかな? と、ときどきふと考えたりします(笑)。

5月上旬、植えたばかりのナス、ピーマンの苗たち。

5月上旬、植えたばかりのナス、ピーマンの苗たち。

7月上旬、収穫が始まったナス、ピーマン。畑の景色は日々変わってます。

7月上旬、収穫が始まったナス、ピーマン。畑の景色は日々変わってます。

定番の真黒ナス。このほかに、長ナス、越前水ナス、緑ナス、紫宝ナスなど色や形、食感の違う5種類のナスを育てています。

定番の真黒ナス。このほかに、長ナス、越前水ナス、緑ナス、紫宝ナスなど色や形、食感の違う5種類のナスを育てています。

虫刺されや化粧水にも!
ドクダミや枇杷の葉でチンキづくり。
庭の植物でおいしいお茶も

身近にある植物を生かす、暮らしの知恵

庭の草木が生い茂るこの季節。
下田で暮らす津留崎徹花さんは、草刈りしたあとに
葉っぱをいろいろなことに使っているそうです。
匂いの強烈なドクダミは万能薬に。
よもぎやレモングラスなどのハーブはお茶に。
身近な植物を活用して楽しんでいます。

校舎ににぎわいを取り戻したい!
旧美流渡中学校の校舎再生プロジェクト

撮影:佐々木育弥

2年前に閉校になった中学校の試験活用が始まる

私の仕事場の窓からいつも見えるのが旧美流渡(みると)中学校の校舎とグラウンド。
過疎化によって2年前に閉校。中学校の裏手には同時期に閉校になった小学校もあり、
こちらには息子が2年間通っていた。

小中学校は一緒に運動会をしたり、PTAでの交流もあったりと、
私にとってはどちらもなじみ深い場所。
そして、ふたつある校舎のうちの中学校については、
今年から試験活用が行われることとなった。

学校として使われていた10年ほど前に大規模な改修が行われていて、校舎はとてもきれい。(撮影:佐々木育弥)

学校として使われていた10年ほど前に大規模な改修が行われていて、校舎はとてもきれい。(撮影:佐々木育弥)

閉校については、以前の連載でも書いたとおり、
地域の灯がひとつ、またひとつと消えていく寂しさを感じさせるものではあったが、
同時に私は始まりでもあると捉えたいと思った。

子どもの人数が減っていけば、学校という形態を維持するのは難しい。
それであれば、地域の現状に即した活動内容へと変化させていくことで、
また新しい風が起こるんじゃないだろうか。
何よりわが子の思い出も詰まったこの場所が、
だんだん荒んでいくようなことになるのは避けたい。

そんな思いから、私が代表を務めている地域PRプロジェクト
〈みる・とーぶ〉が中心となって、市内にある北海道教育大学岩見沢校と連携しながら、
一昨年、昨年と学生さんや市民のみなさんと、
校舎活用やまちづくりに関するディスカッションの場を設けてきた。

北海道教育大学岩見沢校の学生たちが考えた美流渡中学校の3年後の未来予想図。

北海道教育大学岩見沢校の学生たちが考えた美流渡中学校の3年後の未来予想図。

このとき、校舎の管理をしている市役所や教育委員会が
どんな展望を考えているのかは、はっきりとはわからなかったが、
市民側からのアクションを続けていくことは大切なんじゃないかと考えていた。
しかし、新型コロナウイルスの感染が拡大していき、
校舎活用のディスカッションも一時中断せざるを得なくなり、
1年ほどこの活動が止まったままとなってしまった。

そんなあるとき、昨年夏に東京から美流渡へ移住し、
地域活動にも関わってくれている画家・MAYA MAXXさん
こんなことを話した。

「雪に覆われた真っ白なグラウンドに、
ひとつだけ巨大なオブジェがあったら美しいと思う」

今年の3月ごろだったのではないかと思う。
美流渡地区は10年ぶりの大雪に見舞われており、
中学校のグラウンドはまだ真っ白な状態だった。
誰も踏みしめていない雪の絨毯を毎日のように見ていたMAYAさんは、
ここに数十メートルのポールを立て、それを芯にクマのオブジェをつくって、
実際に自分でそれを眺めてみたいと思ったという。

一面の雪に覆われたグラウンド。

一面の雪に覆われたグラウンド。

このクマのオブジェというプランは奇想天外なものではあったが、
私はグラウンドを借りられないかと市役所に掛け合うこととなった。

市の担当者と話しているなかで、このオブジェ制作とともに、
校舎の整備や清掃活動も自分たちで行いたいと申し出た。
日々、窓から校舎やグラウンドが見えており、
雪解けとなってからは雑草が勢いを増していく様子を見ていて、
気になってしかたがなかったからだ。

また、小中学校ともに豪雪対策から、1階の窓には雪止めの板が貼られていた。
地域の住民からは、校舎が閉ざされてしまった感じがして
悲しいという声が上がっていたことから、
MAYAさんが窓の板に絵を描いたらどうかという話をしてくれた。

1階が雪止めの窓で塞がれた校舎。

1階が雪止めの窓で塞がれた校舎。

MAYAさんは、昨年アトリエのドアや窓に紺色の絵具で石を描き、今年は倉庫に植物の文様を描いた。美流渡がどんどん明るいムードになっているように思う。

MAYAさんは、昨年アトリエのドアや窓に紺色の絵具で石を描き、今年は倉庫に植物の文様を描いた。美流渡がどんどん明るいムードになっているように思う。

地元の人がリコメンド!
「わたしのまちの案内したい
場所・施設」


今月のテーマ 「案内したい場所・施設」

気兼ねなく旅や帰省ができるようになるまで
あともう少し。
次の旅行を考えたり、ガイドブックを見て
旅気分を味わう人もいるのではないでしょうか。

今回は、地元の人がおすすめの場所や施設を紹介。
〈地域おこし協力隊〉のみなさんに、まちを訪れた
旅行者を案内したいスポットについて教えてもらいました。

知る人ぞ知る場所や施設、必見です。

【秋田県にかほ市】おいしい天然水の給水スポット

鳥海山

にかほ市のシンボルともいえる鳥海山。
山に降り注いだ雨雪は長い時間かけてろ過され、
それが地下から湧き出したものは伏流水と呼ばれています。

市内の至るところに湧水地があり、
どこを歩いていても水の音がするような水に恵まれたまち。
それを見せつけるかのように、
にかほにはこんな場所があるんです。

鳥海山の湧水地

道端に突如として現れる「水」と書かれた看板。
ここでは伏流水が勢いよく流れています。
象潟町の本郷という集落にあり、
とくに案内などはありません。

伏流水の様子

知る人ぞ知る場所ですが、地元からも遠方からも、
空いたボトルを持って水を汲みに来る人がよく見られます。
暮らしに欠かせない水。
その豊かさが、ここの暮らしの豊かさをも
物語っているような気がします。

photo & text

國重咲季 くにしげ・さき

京都府出身。秋田県の大学に進学したことを機に、東北各地の1次産業の現場を訪ねるようになる。卒業後は企業に勤めて東京で暮らした後、にかほ市で閉校になった小学校の利活用事業「にかほのほかに」に携わるべく秋田にAターン。地域で受け継がれてきた暮らしを学び、自給力を高めることが日々の目標。夢は食べものとエネルギーの自給自足。

摘みたてのハーブにお湯を注ぐだけ!
おいしいフレッシュハーブティー

レモングラスにローズマリーにバジル! 庭のハーブを楽しむ

初夏の小豆島、日に日に風景のなかの緑色が濃く、力強くなっていきます。
うちの庭の木々やハーブたちも新しい葉を増やしながらぐんぐん成長してます。
植物の力強さを感じる季節です。

庭の緑も庭越しに眺める山の緑も夏に向かって濃くなっていきます。

庭の緑も庭越しに眺める山の緑も夏に向かって濃くなっていきます。

いまの家で暮らし始めて9年目。
少しずつ少しずつ手を入れて育ててきた庭。
観賞用の美しい庭もいいのですが、ハーブなど食べられる植物をメインで育てる
「エディブルガーデン」(食べられる庭)にしたいなと思い、
ハーブの苗を分けてもらったりして、毎年増やしてきました。

小豆島で暮らし始めて9年目のうちの庭。リュウゼツラン(トゲトゲしたアロエみたいな植物)がだいぶ大きくなりました。

小豆島で暮らし始めて9年目のうちの庭。リュウゼツラン(トゲトゲしたアロエみたいな植物)がだいぶ大きくなりました。

レモングラスにセージにローズマリー。庭に近寄って見てみると実はいろんなハーブが植わってます。

レモングラスにセージにローズマリー。庭に近寄って見てみると実はいろんなハーブが植わってます。

植物には1年で枯れてしまう「一年草」と、
何年も枯れずに育ち続ける「多年草」があります。

例えば、スイートバジルは、苗を植えてもその株は1年で枯れて終わってしまいます。
種が自然と落ちて、環境がよければ次の年の春に新しい芽が出てきます。
ちなみにバジルは熱帯地域を原産とするシソ科のハーブで、
本来は毎年枯れずに成長する多年草なのですが、
寒さに弱く四季のある日本では冬に枯れてしまいます。

一方で、ローズマリーは寒さに強く、小豆島では年中葉を茂らせています。
越冬しますが、新しい葉が出てきて元気に成長するのは春夏です。
やっぱり冬はじっと寒さに耐えてる感じですね。

それから、ミント! ミントは宿根草で、冬の間は地上の葉は枯れてしまったり、
残っていても弱々しい感じですが、しっかり土の中で生きています。
一年草か多年草かといえば多年草ですね。
ミントに関しては地植えをおすすめできないほど
土の中で根を増やし、毎年繁殖してきます。
気づけば庭中ミントだらけ。力強い植物です。

そんな知識も何年も庭の手入れをしているとだんだんとついてきます。

「今年はここらへんにパクチーの苗を植えてみよう」
「レモンバームをもっと増やしたいなぁ、株を分けて移植しようかな」

その植物が1年で枯れてしまうのか、来年もそこに残り続けるのか、
そんなことをイメージしながら植えてます。

鉢植えで育てているレモングラス。いつもこの葉を摘んでハーブティーにしてます。

鉢植えで育てているレモングラス。いつもこの葉を摘んでハーブティーにしてます。

昔おじいちゃんが植えた松の木やサルスベリの木、あやめなども残っています。少しずつ庭もリノベーション。

昔おじいちゃんが植えた松の木やサルスベリの木、あやめなども残っています。少しずつ庭もリノベーション。

小さな丸い葉がかわいいタイムは冬の間はほとんど枯れてしまいますが、春になるとまた新しい芽が出てきます。

小さな丸い葉がかわいいタイムは冬の間はほとんど枯れてしまいますが、春になるとまた新しい芽が出てきます。