アフリカ太鼓に日本舞踊、壁画制作。
美流渡らしい旧校舎の活用が始まる

活用から1か月。こんなふうに使いたいという声が上がって

仕事場の向かいにある旧美流渡(みると)中学校。
2年前に閉校になったこの校舎の利活用の取り組みが、約1か月前から始まった。
私が代表を務める地域PRプロジェクト〈みる・とーぶ〉が
活用の窓口になったことは、以前の連載で書いた。
その後、オンラインで校舎の試験活用についての説明会を行ったり、
月1回の清掃活動を行ったりするなかで、予想以上の広がりが生まれようとしている。

今年は試験活用期間ということで、
まず地域のみなさんにさまざまなかたちで使ってもらって、
意見をヒアリングして、今後につなげていこうと考えており、
さっそく、体育館を使ってみたいと申し出てくれたのは、
岩見沢市の山あいの万字地区に2018年に移住した岡林利樹さんと藍さんだった。

ふたりはアフリカ太鼓の奏者。週末に美流渡地区で開かれることになった
小さな音楽会に参加することになり、そのリハーサルを行いたいというのだった。
リハーサル当日には、道内各地からアフリカ太鼓仲間が集まってきて、
体育館で音合わせが行われた。

広々としたスペースでリハーサル。

広々としたスペースでリハーサル。

その傍らで、太鼓メンバーの子どもたちがボールを蹴って駆け回っており、
これだけ広いスペースがあれば、練習をする大人も、
それを待っている子どもも伸び伸びできてハッピーだということがわかった。

駆け回るスペースも十分。

駆け回るスペースも十分。

また、定期的に体育館を使いたいと言ってくれたのは、
一昨年に美流渡地区に移住した陶芸家のこむろしずかさん。
こむろさんは日本舞踊の名取にもなっていて、
地域の人たちと一緒に踊る教室を開くようになっている。

「ソーラン節」や「炭坑節」など、地域のお祭りがなかなか開催できないなかで、気分だけでも味わってほしいと、少人数で開催。

「ソーラン節」や「炭坑節」など、地域のお祭りがなかなか開催できないなかで、気分だけでも味わってほしいと、少人数で開催。

みる・とーぶでも、8月から9月にかけてイベントを企画。
校舎活用の中心的存在になってくれている、
昨年夏に美流渡に移住した画家のMAYA MAXXさんと
1階の窓に打ち付けられている雪止めの板に絵を描く企画を進めている。

期間は8月6~11日の6日間。
地元の人や市内にあるアートとスポーツに特化している
北海道教育大学岩見沢校の学生にも協力を呼びかけ、
MAYAさんの下描きをもとに、みんなで色を塗る予定。

中学校の隣に立つ、同時期に閉校した小学校側のものを合わせると、
窓は全部で40枚近く。
大きい窓は縦2メートル、横5メートルにもなるので、
絵ができたらきっと迫力あるものになるに違いない。

小学校の一部は煉瓦造り。窓は大きく幅は5メートルにもなる。(撮影:佐々木育弥)

小学校の一部は煉瓦造り。窓は大きく幅は5メートルにもなる。(撮影:佐々木育弥)

このほか9月には教育大学と連携しながら
教室にMAYAさんの作品を展示する計画も進行中だ。
現在、福岡アジア美術館で開催中の『おいでよ! 絵本ミュージアム』で、
MAYAさんは何十メートルにもなるダンボールに、動物や木々を描いており、
これをなんとか美流渡に運び入れて、こちらでも展示ができたらと
調整をしているところだ。

『おいでよ! 絵本ミュージアム』の展示風景。縄文文様のようにうねる木々をMAYAさんが現地で描いた。(撮影:小川真輝)

『おいでよ! 絵本ミュージアム』の展示風景。縄文文様のようにうねる木々をMAYAさんが現地で描いた。(撮影:小川真輝)

知れば暮らしが見えてくる
「わたしのまちの習慣&ご当地ルール」


今月のテーマ 「わたしのまちの習慣&ご当地ルール」

全国にはさまざまな習慣やルールがあり、
まちの文化として代々受け継がれています。

今回は地元の人には当たり前となっている
習慣やご当地に伝わるルールについて
〈地域おこし協力隊〉のみなさんに教えてもらいました。

何気ない暮らしの一部から
その地域の暮らしを覗いてみましょう。

【岡山県浅口市】
伝統の手延べ麺づくり「かどぼし」を守る地域のルールとは

私が暮らす岡山県浅口市鴨方町は手延べ麺のまち。
手打ち麺は生地を麺状に切っていきますが、
手延べ麺は包丁を使わずにだんご状の生地をひたすら延ばしてつくられます。
屋外で麺を干す仕上げの作業「かどぼし」が昔はそこここで見られたそう。

そうめんの手延べ

現在は機械化が進み、
麺づくりの全工程を屋内で行う麺工場がほとんどですが、
今でも晴れた日は季節を問わずかどぼしを行っているのが〈河田賢一製麺工場〉です。
12時頃、白い糸のような麺が軒先でリズミカルに舞います。

かどぼし

かどぼしは空気がきれいでないとできません。
そのため、地区内では午前中の野焼きは禁止。
細かい灰が手延べ麺に付着してしまうのを防ぐためです。
地元の伝統産業を守る、地域のルールの紹介でした。

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こばん

大阪府出身。〈カブ〉で旅するフォトライター。全国各地を愛車と旅する様子をインスタグラムに投稿するのが趣味。フォトジェニックな「星と海のまちあさくち」に一目惚れし、2017年5月、岡山県浅口市地域おこし協力隊に着任。浅口の魅力を取材し、紙面やWEB、SNSで発信中。

シェアスタジオ〈南太田ブランチ〉
2拠点居住者の
新たな住まいのつくり方

YONG architecture studio vol.7

横浜市の野毛山エリアで活動しながら、
長野県立科町で地域おこし協力隊として活動する
〈YONG architecture studio〉永田賢一郎さんの連載です。

今回はついに最終回。横浜で新しく立ち上げた、
住居兼シェアスタジオについてご紹介していきます。

横浜での新たな暮らし方

2020年6月から始まった、横浜と長野の2拠点生活。
横浜には金・土・日の週3日の滞在になり、
それまで住んでいた〈藤棚のアパートメント〉から引っ越すことになりました。
日中は仕事場の〈藤棚デパートメント〉〈野毛山Kiez〉があるので、
夜に寝泊まりができる25平米くらいの小規模な物件を探すことになったのです。

4年間暮らした〈藤棚のアパートメント〉を出ることに。

4年間暮らした〈藤棚のアパートメント〉を出ることに。

藤棚のアパートメントの管理でお世話になっていた
〈東京R不動産〉さんに物件を問い合わせてみると、
横浜駅から京急本線で7分ほどの南太田にある物件を紹介されました。

4階建てのビルのうち3〜4階が住宅仕様で空いたままになっており、
主に3階が住居スペース、4階は倉庫と屋上という構成。
3〜4階の室内の面積は約180平方メートル、
屋上を合わせるとおよそ300平方メートルの物件です。

〈荒川電気商会〉さんという電気資材問屋の物件で、
3〜4階は前会長宅であったようでした。
老朽化が進んでいますが、改修して活用できそうか相談したいとのこと。
探していた物件は25平方メートル。かなりスペースを持て余しそうですが、
ひとまず現地へ行ってみることになりました。

南太田にある4階建てビル。

南太田にある4階建てビル。

3階の既存図面。3階には7つの部屋とキッチン、4階には広い屋上と倉庫がある。

3階の既存図面。3階には7つの部屋とキッチン、4階には広い屋上と倉庫がある。

全部で7部屋、各部屋が25平方メートルくらいはあります。
室内には以前の生活感が残りますが、それぞれ特徴のある仕上げで
そのまま使えそうな部屋もあり、とても魅力的な物件でした。
とはいえ、自分だけでは使い切れない大きさです。
何か活用できないかと考えていました。

雰囲気のあるテクスチャーの廊下が迎える。

雰囲気のあるテクスチャーの廊下が迎える。

寝室はRのかかった織り上げ天井に暖炉も。

寝室はRのかかった織り上げ天井に暖炉も。

子ども部屋は壁のクロスが印象的。

子ども部屋は壁のクロスが印象的。

身近な“夏の野草”でつくろう!
虫刺されなどに効く
手づくり「チンキ&軟膏」

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

はじめに

みなさま、お久しぶりです! 
妊娠、切迫早産、育児と、環境や体調の変化のため連載をお休みしておりましたが、
体調が回復してきたため、連載を再開することとなりました。
約2年ぶり。
ドキドキしつつも、こうして記事が書ける喜びをあらためて噛み締めています。
元気に仕事ができるって、本当に幸せなことだー! 

そして、出産がこんなにも命がけだということも、体験するまで知りませんでした。
全世界の母みんなを抱きしめたい。
出産については、いつか記事にできたら。

突然の休載にもかかわらず、待ってくださっていた読者のみなさま、
復帰回も丁寧にサポートしてくださったコロカル編集部のみなさま、
本当に本当にありがとうございます。
また今月から、よろしくお願いいたします! 

桜満開の中で笑顔をみせる、畠山千春さん、ご主人のコーイチさん、娘さんのショット

安心して使える、手づくり虫刺され薬のススメ

キャンプにバーベキュー、ハイキングなどのアウトドアが楽しい季節になってきました。
そこで気になるのが、外出時の虫刺され。
「安心して使える虫刺され薬を手づくりしたい」という方のために、
道端に生える“夏の野草”で簡単につくれる「虫刺され薬」を紹介します。

ドクダミ、ツユクサ、アサガオ、オオバコ、ヨモギ。
ここで紹介する野草は、生葉を揉んで患部に擦りつけるだけで効果があるので、
出先で急に虫に刺されちゃった、というときなどに
覚えておくだけでも役に立つかもしれません。

それでは、さっそく身近な夏の野草たちを紹介していきましょう。

自然に近い暮らしのメリットとリスク。
災害にどう備える?

災害に備え、あらためて暮らしを見直す

大雨による土砂災害など、各地で災害が相次いでいます。
伊豆下田も、先日の豪雨で道路が寸断され、陸の孤島になりかけたそう。
自然と隣り合わせで暮らすということは
どんなメリットとリスクがあるのでしょう?
あらためて、災害に備える暮らしを考えてみました。

移住は冒険だった。
豪雪地帯にアトリエを構えた
画家・MAYA MAXXの1年の記録

〈森の出版社ミチクル〉から活動記録を刊行

昨年の7月17日に、20年来の友人であり、
これまで数々の仕事をともにしてきた画家のMAYA MAXXさんが、
美流渡(みると)に移住してきた。

移住してちょうど1年が経つのを前に、1冊の本が生まれようとしている。
タイトルは『移住は冒険だった』。
東京から北海道への移住をMAYAさんは“冒険”であるとし、
その活動と描かれた作品を収録した本だ。
編集と文章は私が担当し、4年間続けている小さな出版活動
〈森の出版社ミチクル〉から刊行することとなった。

〈森の出版社ミチクル〉の新しいレーベル〈ローカルブックス〉より7月31日発売予定。A5版96ページ。Facebookから注文可能。

〈森の出版社ミチクル〉の新しいレーベル〈ローカルブックス〉より7月31日発売予定。A5版96ページ。Facebookから注文可能。

本をつくるきっかけは、今年の3月に私が編集した『いなかのほんね』だ。
この本は、美流渡をはじめとする岩見沢の山あいに住む人々10組に
インタビューをしたもの。
このときMAYAさんにも取材をさせてもらい、完成したばかりの本を手渡したところ……

「このくらいの小さな本で、1年ごとに活動の記録をまとめてみたい」

そう、話したことから本づくりがスタートした。

北海道教育大学の学生がインタビュアーとなり、なぜ不便な地域で暮らすのかを住民にインタビューした文庫サイズの本。『いなかのほんね』(中西出版)

北海道教育大学の学生がインタビュアーとなり、なぜ不便な地域で暮らすのかを住民にインタビューした文庫サイズの本。『いなかのほんね』(中西出版)

刊行目標は移住から1年後。
印刷所への入稿時期を考えると、準備期間はわずか3か月。
編集の期間はとても短いものだったが、これまでコロカルの連載でも
MAYAさんの活動について記事にしてきたし、写真も撮りためていたものがあったので、
とにかくそれらをもとに全体の構成を考えてみることにした。

まず、節目となった時期に撮影した写真と作品を時系列に並べていった。
なぜ北海道への移住を決断したのかも大切だと考え、移住する以前についても触れた。
昨年は新型コロナウイルスの感染拡大によって外出自粛が要請され、
MAYAさんの個展が中止や延期となったわけだが、今回時系列に活動を追うことで、
どんな状況でも絵を描き続けてきたMAYAさんの姿が浮かび上がってきた。

10年間京都で活動し、その後東京で制作を行っていた頃の作品を、日付とともに掲載した。

10年間京都で活動し、その後東京で制作を行っていた頃の作品を、日付とともに掲載した。

そして、編集を進めていくなかで、北海道へと移住して、
瞬く間に絵に変化が起こっていたことをあらためて感じることができた。

アトリエの整備が終わって本格的に制作が始まったのが9月1日。
その後、絵の全面にグリーンやイエローなどが現れ出したのが10日後のこと。
ものを際立たせるための輪郭線が消え、
森の木々を感じさせる色で画面が埋め尽くされていった。

アトリエで制作をしつつ、北海道各地の森も訪ねた。

アトリエで制作をしつつ、北海道各地の森も訪ねた。

「住む場所に影響を受けるというのはわかっていましたが、
これほどまでとは思いませんでした。何を描こうとは思っていなくても、
見たものが蓄積されて、それが画面に表れていきます」

秋が過ぎて冬へ。そして10年に1度の大雪を体験。
季節がめぐるごとに色彩は変化し、絵から立ち上ってくるムードも変わっていった。
そして、真っ白な雪の中で過ごした数か月を超えて、
まるで雪を内側から見たかのような、透き通るブルーの絵が生まれた。

厳冬期に描かれた正方形の作品『Snow』。

厳冬期に描かれた正方形の作品『Snow』。

大阪から徳島市、そして美馬市へ。
2段階移住で始めた
スリランカカレー店〈白草社〉

移住の決め手は「澄みきった穴吹川」

過疎のまちに移住する————。
そう聞くと、地域活性化に貢献したいとか、
これまでの働き方を見直して地域に関わりながら起業したいとか、
何か志を持って移住する人たちを思い浮かべるかもしれない。
でも、「景色のいいところに住みたかった」というシンプルな思いから
移住する人たちもいる。

徳島県西部にある美馬市。
県内過疎地域に指定され、見渡せば大自然が広がるのどかな地域だ。
古い家が建ち並ぶ旧道沿いの一角、
周囲に溶け込むようにスリランカカレーの店〈白草社〉はある。
一見どころか、よくよく見てもその外観にカレー店の手がかりはないが、
今年2021年6月22日に3周年を迎えた。
店を営むのはともに大阪出身の乾亮太さんと、その妻・歩希(あき)さん。

狭い旧道沿いに佇む店。店の目印は突き出し看板だが、そこには店の名前とロゴが入っているだけ。

狭い旧道沿いに佇む店。店の目印は突き出し看板だが、そこには店の名前とロゴが入っているだけ。

窓ガラスに描かれているのは山の稜線。友人が描いてくれた。

窓ガラスに描かれているのは山の稜線。友人が描いてくれた。

大阪から徳島へ、徳島からもっと田舎へ

亮太さんは地元、大阪で雑誌の編集者をしていた。
一度は地方で暮らしてみたいと、2015年8月に徳島市内の出版社に転職。
徳島を選んだのは、両親のふるさとで多少はなじみがあったから。
当時、つき合っていた歩希さんも体を壊すほど激務だった仕事に区切りをつけ、
2か月遅れで徳島へ移り住んだ。

「ただ、引っ越して来た当初から飲食か小売りなのかわからないけれども、
将来的には自営業をしたいねって、話をしていました」(歩希さん)

最初にふたりが暮らしたのは徳島市内の比較的若い世代が多く、利便性の高い地区。

「最初は徳島での新しい出会いにワクワクして結構飲み屋にも行ったんですけれど、
なかなかなじめなくて。それに大阪にいたときよりも仕事が忙しいことや、
地方に来たのにまちなかで暮らしていることなど、
当時の状況にだんだんと疑問を抱くようになって……」と亮太さん。
そして2年が過ぎた頃、
ふたりのなかで飲食店をやりたいという思いがいよいよ大きく膨らんだ。

「徳島のことがなんとなくわかってきて、ここで小売りは難しそうだなって思ったんです。
となると、飲食。ふたりともカレーが好きでよくつくっていたので、
すんなりカレー屋だって決まりましたね」(亮太さん)

「大阪はスパイスカレー大国なんです。雑誌取材でいろんな店に行っていたらどんどんハマって食べ歩きました。それまでは食に全然興味がなかったんですけどね」と亮太さん。

「大阪はスパイスカレー大国なんです。雑誌取材でいろんな店に行っていたらどんどんハマって食べ歩きました。それまでは食に全然興味がなかったんですけどね」と亮太さん。

ここからの動きが早い。歩希さんは飲食の仕事に切り替え、
2017年冬、物件探しをスタート。早い段階で美馬市に絞ったという。
その理由は大きく3つ。
1.きれいな川が近くにあって、景色がよかったから
2.空き家バンク制度が整っていたから
3.移住者の起業に対する支援制度があったから

「たくさん稼ぎたいわけではなかったんです。
僕たちと飼い犬1匹が暮らしていけるくらいの収入があれば十分だと思っていたから、
まちなかに住むというこだわりはなかったですね。
むしろふたりとも川が好きなので、歩いてすぐ川に行けるところが理想でした。
特に水がきれいな穴吹川はいいなあと思っていて。
しかも、『美馬市空き家バンク』という行政主体のサイトが
民間の不動産情報サイトみたいによくできていたから物件を探しやすかったですね。
年明け2018年1月に数件を内見し、ここに決めました」(亮太さん)

店舗スペースつきの大きな家。元お好み焼き屋だったその場所は状態もよく、
少し手を加えるだけですぐお店が始められそうだと思ったことが
大きな決め手になったという。

夏には県内外から人が集まる穴吹川。透明度は国内トップクラス。。

夏には県内外から人が集まる穴吹川。透明度は国内トップクラス。

少量多品目栽培って? 
いろんな種類の野菜を育てる
小さな農家は儲かるの?

小豆島の夏野菜、収穫中!

7月上旬、まだ本格的な暑さの夏がやってくる前ですが、
畑では夏野菜が旬を迎えています。
7月第2週だと〈HOMEMAKERS〉ではこんな野菜が収穫できます。

・トマト 5種

・ピーマン 3種

・ナス 5種

・キュウリ

・トウモロコシ

・空芯菜

・トレビス(赤チコリ)

・ズッキーニ 3種

・コリンキー

・レタス 2種

・ケール 2種

・ルッコラ

・赤紫水菜

・赤リアスからし菜

・紫小松菜

・インゲン

・ラディッシュ 2種

ざっと、17品くらい。
これに春に収穫して保管してあるじゃがいも、玉ねぎを合わせると
20品ほどの野菜を出荷できる状態です。
トマトやナスなど細かい品種に分ければ、30種類以上に。
毎日毎日たくさんの種類の野菜を見ています。そしてもちろん食べてます。

ある日のまかないごはん。ケール、トマト、赤リアスからし菜、バジル、ナス、コリンキー、じゃがいも、ズッキーニ、玉ねぎ、オクラなどなど野菜を盛りだくさん食べてます。

ある日のまかないごはん。ケール、トマト、赤リアスからし菜、バジル、ナス、コリンキー、じゃがいも、ズッキーニ、玉ねぎ、オクラなどなど野菜を盛りだくさん食べてます。

〈HOMEMAKERS〉の基本の旬野菜セットは9品ほどの旬の野菜を組み合わせています。

〈HOMEMAKERS〉の基本の旬野菜セット(2660円)は9品ほどの旬の野菜を組み合わせています。

私たちはいわゆる「少量多品目栽培」の農家です。
言い換えると、たくさんの種類の野菜を少しずつ栽培している農家です。

具体的な数が定義されてるわけではないので、
ほかの農家さんと比べて多いか少ないかということですが、
だいたい年間60種類以上の野菜を育てていたら多いほうじゃないかなと思います。
栽培量としては、市場などに卸せるくらいの量になってくると
多いんじゃないかと思います。

日本全国の農家の中でうちがどれくらいかなと客観的に考えてみると、
たぶん「超少量多品目栽培」くらいだと思います。
うちは農家の規模としてはとてもとても小さくて(栽培面積が小さくて
栽培量も少なくて)、そのわりにいろいろな野菜を栽培している。
分類したら、家庭菜園に近いほうだと思います。

ま、そもそも北海道や九州の農家さんと比べたら、
平地がほとんどない「島」という場所で農業をしているんだから、規模が全然違います。
農家と名乗っていいのかな? と、ときどきふと考えたりします(笑)。

5月上旬、植えたばかりのナス、ピーマンの苗たち。

5月上旬、植えたばかりのナス、ピーマンの苗たち。

7月上旬、収穫が始まったナス、ピーマン。畑の景色は日々変わってます。

7月上旬、収穫が始まったナス、ピーマン。畑の景色は日々変わってます。

定番の真黒ナス。このほかに、長ナス、越前水ナス、緑ナス、紫宝ナスなど色や形、食感の違う5種類のナスを育てています。

定番の真黒ナス。このほかに、長ナス、越前水ナス、緑ナス、紫宝ナスなど色や形、食感の違う5種類のナスを育てています。

虫刺されや化粧水にも!
ドクダミや枇杷の葉でチンキづくり。
庭の植物でおいしいお茶も

身近にある植物を生かす、暮らしの知恵

庭の草木が生い茂るこの季節。
下田で暮らす津留崎徹花さんは、草刈りしたあとに
葉っぱをいろいろなことに使っているそうです。
匂いの強烈なドクダミは万能薬に。
よもぎやレモングラスなどのハーブはお茶に。
身近な植物を活用して楽しんでいます。

校舎ににぎわいを取り戻したい!
旧美流渡中学校の校舎再生プロジェクト

撮影:佐々木育弥

2年前に閉校になった中学校の試験活用が始まる

私の仕事場の窓からいつも見えるのが旧美流渡(みると)中学校の校舎とグラウンド。
過疎化によって2年前に閉校。中学校の裏手には同時期に閉校になった小学校もあり、
こちらには息子が2年間通っていた。

小中学校は一緒に運動会をしたり、PTAでの交流もあったりと、
私にとってはどちらもなじみ深い場所。
そして、ふたつある校舎のうちの中学校については、
今年から試験活用が行われることとなった。

学校として使われていた10年ほど前に大規模な改修が行われていて、校舎はとてもきれい。(撮影:佐々木育弥)

学校として使われていた10年ほど前に大規模な改修が行われていて、校舎はとてもきれい。(撮影:佐々木育弥)

閉校については、以前の連載でも書いたとおり、
地域の灯がひとつ、またひとつと消えていく寂しさを感じさせるものではあったが、
同時に私は始まりでもあると捉えたいと思った。

子どもの人数が減っていけば、学校という形態を維持するのは難しい。
それであれば、地域の現状に即した活動内容へと変化させていくことで、
また新しい風が起こるんじゃないだろうか。
何よりわが子の思い出も詰まったこの場所が、
だんだん荒んでいくようなことになるのは避けたい。

そんな思いから、私が代表を務めている地域PRプロジェクト
〈みる・とーぶ〉が中心となって、市内にある北海道教育大学岩見沢校と連携しながら、
一昨年、昨年と学生さんや市民のみなさんと、
校舎活用やまちづくりに関するディスカッションの場を設けてきた。

北海道教育大学岩見沢校の学生たちが考えた美流渡中学校の3年後の未来予想図。

北海道教育大学岩見沢校の学生たちが考えた美流渡中学校の3年後の未来予想図。

このとき、校舎の管理をしている市役所や教育委員会が
どんな展望を考えているのかは、はっきりとはわからなかったが、
市民側からのアクションを続けていくことは大切なんじゃないかと考えていた。
しかし、新型コロナウイルスの感染が拡大していき、
校舎活用のディスカッションも一時中断せざるを得なくなり、
1年ほどこの活動が止まったままとなってしまった。

そんなあるとき、昨年夏に東京から美流渡へ移住し、
地域活動にも関わってくれている画家・MAYA MAXXさん
こんなことを話した。

「雪に覆われた真っ白なグラウンドに、
ひとつだけ巨大なオブジェがあったら美しいと思う」

今年の3月ごろだったのではないかと思う。
美流渡地区は10年ぶりの大雪に見舞われており、
中学校のグラウンドはまだ真っ白な状態だった。
誰も踏みしめていない雪の絨毯を毎日のように見ていたMAYAさんは、
ここに数十メートルのポールを立て、それを芯にクマのオブジェをつくって、
実際に自分でそれを眺めてみたいと思ったという。

一面の雪に覆われたグラウンド。

一面の雪に覆われたグラウンド。

このクマのオブジェというプランは奇想天外なものではあったが、
私はグラウンドを借りられないかと市役所に掛け合うこととなった。

市の担当者と話しているなかで、このオブジェ制作とともに、
校舎の整備や清掃活動も自分たちで行いたいと申し出た。
日々、窓から校舎やグラウンドが見えており、
雪解けとなってからは雑草が勢いを増していく様子を見ていて、
気になってしかたがなかったからだ。

また、小中学校ともに豪雪対策から、1階の窓には雪止めの板が貼られていた。
地域の住民からは、校舎が閉ざされてしまった感じがして
悲しいという声が上がっていたことから、
MAYAさんが窓の板に絵を描いたらどうかという話をしてくれた。

1階が雪止めの窓で塞がれた校舎。

1階が雪止めの窓で塞がれた校舎。

MAYAさんは、昨年アトリエのドアや窓に紺色の絵具で石を描き、今年は倉庫に植物の文様を描いた。美流渡がどんどん明るいムードになっているように思う。

MAYAさんは、昨年アトリエのドアや窓に紺色の絵具で石を描き、今年は倉庫に植物の文様を描いた。美流渡がどんどん明るいムードになっているように思う。

地元の人がリコメンド!
「わたしのまちの案内したい
場所・施設」


今月のテーマ 「案内したい場所・施設」

気兼ねなく旅や帰省ができるようになるまで
あともう少し。
次の旅行を考えたり、ガイドブックを見て
旅気分を味わう人もいるのではないでしょうか。

今回は、地元の人がおすすめの場所や施設を紹介。
〈地域おこし協力隊〉のみなさんに、まちを訪れた
旅行者を案内したいスポットについて教えてもらいました。

知る人ぞ知る場所や施設、必見です。

【秋田県にかほ市】おいしい天然水の給水スポット

鳥海山

にかほ市のシンボルともいえる鳥海山。
山に降り注いだ雨雪は長い時間かけてろ過され、
それが地下から湧き出したものは伏流水と呼ばれています。

市内の至るところに湧水地があり、
どこを歩いていても水の音がするような水に恵まれたまち。
それを見せつけるかのように、
にかほにはこんな場所があるんです。

鳥海山の湧水地

道端に突如として現れる「水」と書かれた看板。
ここでは伏流水が勢いよく流れています。
象潟町の本郷という集落にあり、
とくに案内などはありません。

伏流水の様子

知る人ぞ知る場所ですが、地元からも遠方からも、
空いたボトルを持って水を汲みに来る人がよく見られます。
暮らしに欠かせない水。
その豊かさが、ここの暮らしの豊かさをも
物語っているような気がします。

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國重咲季 くにしげ・さき

京都府出身。秋田県の大学に進学したことを機に、東北各地の1次産業の現場を訪ねるようになる。卒業後は企業に勤めて東京で暮らした後、にかほ市で閉校になった小学校の利活用事業「にかほのほかに」に携わるべく秋田にAターン。地域で受け継がれてきた暮らしを学び、自給力を高めることが日々の目標。夢は食べものとエネルギーの自給自足。

摘みたてのハーブにお湯を注ぐだけ!
おいしいフレッシュハーブティー

レモングラスにローズマリーにバジル! 庭のハーブを楽しむ

初夏の小豆島、日に日に風景のなかの緑色が濃く、力強くなっていきます。
うちの庭の木々やハーブたちも新しい葉を増やしながらぐんぐん成長してます。
植物の力強さを感じる季節です。

庭の緑も庭越しに眺める山の緑も夏に向かって濃くなっていきます。

庭の緑も庭越しに眺める山の緑も夏に向かって濃くなっていきます。

いまの家で暮らし始めて9年目。
少しずつ少しずつ手を入れて育ててきた庭。
観賞用の美しい庭もいいのですが、ハーブなど食べられる植物をメインで育てる
「エディブルガーデン」(食べられる庭)にしたいなと思い、
ハーブの苗を分けてもらったりして、毎年増やしてきました。

小豆島で暮らし始めて9年目のうちの庭。リュウゼツラン(トゲトゲしたアロエみたいな植物)がだいぶ大きくなりました。

小豆島で暮らし始めて9年目のうちの庭。リュウゼツラン(トゲトゲしたアロエみたいな植物)がだいぶ大きくなりました。

レモングラスにセージにローズマリー。庭に近寄って見てみると実はいろんなハーブが植わってます。

レモングラスにセージにローズマリー。庭に近寄って見てみると実はいろんなハーブが植わってます。

植物には1年で枯れてしまう「一年草」と、
何年も枯れずに育ち続ける「多年草」があります。

例えば、スイートバジルは、苗を植えてもその株は1年で枯れて終わってしまいます。
種が自然と落ちて、環境がよければ次の年の春に新しい芽が出てきます。
ちなみにバジルは熱帯地域を原産とするシソ科のハーブで、
本来は毎年枯れずに成長する多年草なのですが、
寒さに弱く四季のある日本では冬に枯れてしまいます。

一方で、ローズマリーは寒さに強く、小豆島では年中葉を茂らせています。
越冬しますが、新しい葉が出てきて元気に成長するのは春夏です。
やっぱり冬はじっと寒さに耐えてる感じですね。

それから、ミント! ミントは宿根草で、冬の間は地上の葉は枯れてしまったり、
残っていても弱々しい感じですが、しっかり土の中で生きています。
一年草か多年草かといえば多年草ですね。
ミントに関しては地植えをおすすめできないほど
土の中で根を増やし、毎年繁殖してきます。
気づけば庭中ミントだらけ。力強い植物です。

そんな知識も何年も庭の手入れをしているとだんだんとついてきます。

「今年はここらへんにパクチーの苗を植えてみよう」
「レモンバームをもっと増やしたいなぁ、株を分けて移植しようかな」

その植物が1年で枯れてしまうのか、来年もそこに残り続けるのか、
そんなことをイメージしながら植えてます。

鉢植えで育てているレモングラス。いつもこの葉を摘んでハーブティーにしてます。

鉢植えで育てているレモングラス。いつもこの葉を摘んでハーブティーにしてます。

昔おじいちゃんが植えた松の木やサルスベリの木、あやめなども残っています。少しずつ庭もリノベーション。

昔おじいちゃんが植えた松の木やサルスベリの木、あやめなども残っています。少しずつ庭もリノベーション。

小さな丸い葉がかわいいタイムは冬の間はほとんど枯れてしまいますが、春になるとまた新しい芽が出てきます。

小さな丸い葉がかわいいタイムは冬の間はほとんど枯れてしまいますが、春になるとまた新しい芽が出てきます。

南伊豆にゲストハウス
〈ローカル×ローカル〉を開いた
イッテツくんのこと

南伊豆にユニークな
ゲストハウスがオープン!

今年4月、南伊豆町に〈ローカル×ローカル〉という名の
ゲストハウスがオープンしました。
運営するのはイッテツくん、こと伊集院一徹さん。
世界一周の旅や地域おこし協力隊などを経て、
なぜ南伊豆でゲストハウスを立ち上げることになったのでしょう?
マンガ連載もスタートしたという多才なイッテツさんの
ゲストハウス開設までのストーリーです。

ヨモギでオイルバームづくりに挑戦!
庭の草花を暮らしに生かす

野草が自生する庭に

昨年から岩見沢市の美流渡(みると)地区に借りた仕事場で
日課となっているのは、庭づくり。
幅10メートル、奥行5メートルくらいの広さがあって、
雪解けから少しずつ手入れをしている。

手入れといってもすごく簡単で、イネ科の草とセイタカアワダチソウという外来種を
ときおり抜いていくだけ。少しだけ花を植えたり畑にしたりもしているが、
あとは野草が自然にまかせて育つのを見守るようにしている。

なぜ、イネ科の草とセイタカアワダチソウだけを抜こうかと思ったかというと、
以前、岩見沢の市街地で暮らしていたときに、何もしていなかった庭が、
だんだんとイネ科の草とセイタカアワダチソウに覆われて、
ほかの植物が消えていく様子を見ていたからだ。

全面を覆うカバー力のある植物の繁殖を弱めてあげると、
いろんな野草が生えるんじゃないかと考え、
借りたばかりのときは荒れ放題となっていたこの庭の手入れを始めた。

庭には野草がいっぱいに生えている。

庭には野草がいっぱいに生えている。

今年は雪解けとなった4月中旬頃から、この手入れを始めており、
昨年とは庭の様子が明らかに変わっていった。
以前の住人が植えたバラやボケなどの低木の勢いもよく、
その手前には、白と赤の花を咲かせるクローバーが成長していった。

ほかにも、アサツキやミツバ、ドクダミ、ヨモギ、フキなどが芽を出し、
あっという間に緑に覆われていったのだが、昨年とは違い
植物たちが上手に棲み分けしながら、調和を持って育っているように見えた。
このエリア分けを崩さないように、小さな道をつけてみると、
さらに庭らしい雰囲気となっていった。

野菊があちこちに生えている。東京で暮らしてきた私にとっては、雑草として刈ってしまうのは惜しいくらいの美しさがある。

野菊があちこちに生えている。東京で暮らしてきた私にとっては、雑草として刈ってしまうのは惜しいくらいの美しさがある。

あえてタネや苗をお店で買って植えたわけではない庭だけれど
(ほかの家と様子がかなり違う)、それでもいろいろなものが収穫でき、
毎日の楽しみになっている。
ほとんど雑草のようにあちこちに自生しているアサツキやミツバをつんで薬味にしたり。
スギナやカキドオシを干してお茶にしたり。

スギナ、ヨモギ、カキドオシなどを干してお茶にする。

スギナ、ヨモギ、カキドオシなどを干してお茶にする。

そして、今年どうしても挑戦したいと思っていたのがバームづくりだ。
化粧品のジャンルでいえば、クレンジングや保湿などに使われるオイルを
固形化させたものがそれにあたる。
ネットで調べてみると、自分でもつくれることがわかり興味を持った。

今回挑戦したのは、ヨモギのオイルバーム。
ヨモギは、かぶれやかゆみをやわらげる効果があるというので、
虫に刺されたときに使ってはどうかと考えた。

以前から、ドクダミの花をホワイトリカーにつけた
「ドクダミチンキ」を虫刺され対策として愛用していたのだが、
かきむしったあとにつけるとしみるので、子どもたちには案外不評。
ヨモギのオイルであれば、アルコール分がないからしみないんじゃないか。

効くか効かないかはよくわからないが、
何かつけると子どもたちはひとまず安心するので、
おまじないのような役目を果たしてくれればと思った。

ドクダミの花を摘んで、それをホワイトリカーにつけるとチンキになる。

ドクダミの花を摘んで、それをホワイトリカーにつけるとチンキになる。

長野県立科町〈町かどオフィス〉
工事費3万円!? 古い建物を再利用して
空き家活用の拠点に

YONG architecture studio vol.6

横浜市の野毛山エリアで活動しながら、
長野県立科町で地域おこし協力隊として活動する
〈YONG architecture studio〉永田賢一郎さんの連載です。

立科町にて、空き家活用の促進をミッションに活動拠点をつくるべく、
まちの中心部に空き店舗を見つけたのが前回まで。
今回はその空き物件のリノベーションの過程と、
そこから広がる活動について紹介します。

〈藤屋商店〉を開く

前回ご紹介した〈藤屋商店〉さんは、築97年と歴史ある建物であり、
まちの中心に位置するため、かつてはまちのみんなが知っている商店でした。

お店は約10数年前に閉店しているが、オーナーさんはまだこの建物に住んでいらっしゃる。

お店は約10数年前に閉店しているが、オーナーさんはまだこの建物に住んでいらっしゃる。

内見させていただくと、当時の様子が想像できる家具や小物がたくさんあり、
移住者である僕にとっては、とても魅力的でどこか懐かしい空気のある場所でした。
なるべくこの雰囲気を壊さないよう、
最小限の手数で活用していくのがよさそうだと思いました。

藤屋商店の山浦文子さん。

藤屋商店の山浦文子さん。

昔の藤屋商店の様子。

昔の藤屋商店の様子。

ただ、こちらの物件の店舗部分には水回りがなく、
トイレも老朽化して撤去された状態でした。
地方では下水道の整備が不十分で、汲み取り式のトイレも少なくありません。
そのため、水回りの工事はコストがかかります。

空き家や空き店舗を活用する際、
「こうした不利な条件をどう捉えるか」が場所づくりのヒントになります。
お金をかけて修繕するだけでなく、現状使えるものから
場所の使い方を考えることで、新しい活用方法が見えてきます。

ここにあるもので何ができるか。

ここにあるもので何ができるか。

藤屋さんの場合、徒歩15秒ほどの距離に、ふるさと交流館〈芦田宿〉があります。
なので、トイレを使うなら交流館へ行けばいいのです。
そして、コーヒーが飲みたくなったり、まちについて聞きたいことがあれば、
同じ通りの〈はじまるカフェ〉さんや〈清水商店〉へ行けばいいのです。

建物がすべての機能を備える必要はなく、積極的にまちや周辺環境に頼れば、
不完全な建物は活路を見い出せるし、まちには人の往来が生まれるようになります。

小豆島の素材を味わえる
〈キッチンUCHINKU〉の
おいしいランチ

地元の人たちで賑わう、「自分の家」のようなカフェ

小豆島の「醤(ひしお)の郷」という醤油蔵が立ち並ぶ地区に、
〈キッチンUCHINKU(うちんく)〉というカフェレストランがあります。
「うちんく」とは、四国地方の方言で「私の家」という意味。
元そうめん工場の倉庫をリノベーションした広くてゆったりした店内で、
もうひとつの自分の家で過ごしているような気分で
ごはんを食べたり、話をしたりできるお店です。

住宅街にあるそうめん工場の倉庫をリノベーションした〈キッチンUCHINKU〉。

住宅街にあるそうめん工場の倉庫をリノベーションした〈キッチンUCHINKU〉。

ワークショップで子どもたちと一緒につくったみんなの「うちんく(私の家)」が店内に飾られています。

ワークショップで子どもたちと一緒につくったみんなの「うちんく(私の家)」が店内に飾られています。

UCHINKUは、小豆島に移住してきた西本さんご夫妻が2017年4月にオープン。
奥さんの西本理香さんは小豆島出身。
移住する前にご家族で何度も小豆島を訪れていたそうで、
京都や大阪のレストランで、20代にして店長を務めてきたご主人の西本真さんは、
いつかこの場所で自分のお店をやりたいと思っていたそう。

オープンして4年、いつも地元の人たちがごはんを食べに来ていて、
ランチ時は特に賑わっています。

周年おめでとう! の絵をお子さんが描いてくれたそう。こういうの宝ですね。

周年おめでとう! の絵をお子さんが描いてくれたそう。こういうの宝ですね。

ランチのデリプレート。野菜いっぱいでうれしい。パンは奥さんの理香さんが焼いてくれます。

ランチのデリプレート。野菜いっぱいでうれしい。パンは奥さんの理香さんが焼いてくれます。

パスタやデリプレート、グリーンカレーヌードルなどいろんなランチを楽しめます。

パスタやデリプレート、グリーンカレーヌードルなどいろんなランチを楽しめます。

UCHINKUさんには毎週、私たち〈HOMEMAKERS〉の野菜をお届けに行っています。
島内のレストランやカフェなどで野菜を使ってもらえるのは、
私たち農家にとってとてもありがたく、うれしいことです。

「来月ってどんな野菜があります?」
「花ズッキーニが採れるけどどうかな?」
「エンダイブ育ててほしいんですよ」

近くにいてちょくちょく会えるからこそ、そんなやりとりができる。
お互いにフィードバックしながら野菜を育てる、料理する、そんな関係です。

コリンキーやインゲンなどを使ったサンドを試作中。盛りつけを一緒に検討。

コリンキーやインゲンなどを使ったサンドを試作中。盛りつけを一緒に検討。

「焼くとうまいんすよ」とグリル。うん、たしかにおいしい。

「焼くとうまいんすよ」とグリル。うん、たしかにおいしい。

移住して4年目の田植え。
米づくりで感じる子どもの成長

今年の米づくり、いつもと何が違う?

伊豆下田に移住してから、自分たちが食べる米を
自分たちでつくるようになった津留崎さん一家。
今年も4年目の米づくりがスタートです。
家のリノベーション作業と並行してやらなくてはならないなど
今年はいつもと少し事情が違うようです。
それに対して、娘の反応は……?

土偶をつくってみたい!
〈栗沢工芸館〉で始めた
中空土偶づくり

縄文時代につくられた土偶を完全再現!?

前回の連載で、岩見沢市の美流渡(みると)に昨年移住した
画家のMAYA MAXXさんが陶芸の制作をしていることを書いた。
実は傍らで、昨年の冬から私も週1回、陶芸をするようになった。

きっかけはMAYAさんと一緒に、地域にある〈栗沢工芸館〉を訪ねたことだ。
ここは市民が予約をすればさまざまなクラフトが体験できる施設で、
冬季は地元の陶芸家のきくち好惠さんが担当となり、
陶芸制作を中心にした体験が行われている。
MAYAさんがあるとき、きくちさんに「菊練り」を学ぶというので、
私も教えてもらうことにした。

菊練りとは、粘土の中に残っている空気の粒を抜くために行う基本の工程で、
一度ちゃんと知っておきたいと思っていたのだ。

〈栗沢工芸館〉には地域の人々がクラフトを体験できる環境がある。

〈栗沢工芸館〉には地域の人々がクラフトを体験できる環境がある。

午前中、たっぷり菊練りを練習。
けれど練った粘土をどうするのか、私はまったく考えていなかった。
せっかく練ったんだから、何かつくってみようかな。
そう思ったとき頭に浮かんだのは、函館にある北海道唯一の国宝、「中空土偶」だった。

函館市南茅部地区で発見された中空土偶で「茅空(カックウ)」という愛称で親しまれている。〈函館市縄文文化交流センター〉で公開。

函館市南茅部地区で発見された中空土偶で「茅空(カックウ)」という愛称で親しまれている。〈函館市縄文文化交流センター〉で公開。

土偶は縄文時代につくられた素焼きの造形物で、全国各地で出土している。
以前から土偶の独創的な形に惹かれていて、
写真集や文献を集めたり、絵本を描いたこともあった。
2016年に近隣の地区に山を買ったときには、山の土で土偶をつくったこともあった。
そのとき、土をきちんと精製していなかったため手のひらサイズしかできなかったが、
いつか大きな土偶をつくってみたいという気持ちを持っていた。

土偶の何が好きなのかは言葉で言い表すことが難しいのだが、
私にとってはかわいいぬいぐるみを見たときのように心が和み、
またさまざまな土偶の形を見れば見るほど、
なぜこのような造形になったのかとあれこれ想像するのがとても楽しい。

2012年につくった絵本『DOGU』。ウェブで公開したことがある。

2012年につくった絵本『DOGU』。ウェブで公開したことがある。

山の土を使ってつくった土器と土偶。

山の土を使ってつくった土器と土偶。

というわけで、中空土偶をまったく同じようにつくってみようと考えた。
この土偶の高さは41.5センチ。
中が空洞になっている「中空」構造の土偶の中で最大の大きさ。
きくちさんにアドバイスをもらい、上半身と胴体、足をパーツに分けてつくり、
最後に合体させることにした。

私は美術大学に通っていたので、粘土で立体をつくった経験はあった。
しかし、中を空洞にした大きな物体をつくるのは今回が初めて。
手探りのなかで少しずつ作業をしていった。

まずは上半身をつくっていった。

まずは上半身をつくっていった。

建築家が地域おこし協力隊に。
長野県立科町で空き家問題に挑む

YONG architecture studio vol.5

横浜市の野毛山エリアにて、
オフィスや住宅、アトリエなど複数の拠点をつくり活動する
〈YONG architecture studio〉永田賢一郎さんの連載です。
今回は2020年6月から活動している、
長野県北佐久郡の立科町(たてしなまち)での取り組みを紹介します。

多拠点で動き回る「風の人たち」

建築の仕事に限ったことではありませんが、複数の地域に拠点を持ち、
地域の人と関わりながら活動している人たちがいます。
横浜で日々接する知人や友人たちにも、そのような暮らし方をする人たちがいました。

地域の風土をつくるには、外からやってくる「風の人」と
地域に根ざした「土の人」の存在が重要だといいます。
風の人の役割は、地域に新しい価値観や人を運んでいくことです。

横浜の藤棚商店街にて〈藤棚のアパートメント〉
〈藤棚デパートメント〉の職住近接の暮らしを送るなかで、
自分も風の人となって横浜以外の別の地域にも関われたなら、
もっと多角的に地域のことを見られるようになるのでは、と思うようになりました。

立科/蓼科との縁

僕にとっての“別の地域”は、長野県の立科町でした。
この立科町は「蓼科」という字のほうがなじみがあるかもしれません。
蓼科山の北側の山麓にあり、県内では東信地区といわれるエリアです。
「蓼」という字が当用漢字になく「立科」という名前が町名になりました。

立科町移住定住支援サイト『旅する移住』より抜粋。立科町は面積66.87平方キロ、人口7000人弱と小さな町で、南北に細長く、中央でくびれているのが特徴。

立科町移住定住支援サイト『旅する移住』より抜粋。立科町は面積66.87平方キロ、人口7000人弱と小さな町で、南北に細長く、中央でくびれているのが特徴。

蓼科山は幼少期からよく家族で訪れていた場所で、
訪れるたびに工作をしたり絵を描いたりして過ごしていました。
自然に囲まれた環境のなかで、最初にものづくりの楽しさに目覚めた場所でもあり、
建築の仕事に進もうと思ったのも当時の環境が影響している気がします。
いつか何かのかたちでここに関わりたいと思いつつ、
それは遠い先の話だと思っていました。

中学生の頃。蓼科に来たら工作するのがお約束。

中学生の頃。蓼科に来たら工作するのがお約束。

人と地域をつないでくれる
「わたしが好きなまちの方言」

今月のテーマ 「わたしが好きなまちの方言」

日本には、その土地それぞれで発展した言葉・方言があり、
挨拶や日常的に使う言葉も、まちが違えば言い回しも異なります。

今回は〈地域おこし協力隊〉のみなさんに
お住まいのまちで話される方言のなかでも
特に好きな言葉を教えてもらいました。

相手への思いやりやあたたかい気持ちが
ひとつの言葉のなかに込められたものばかり。
みなさんが住んでいるまちでは、どんな言い回しをしていますか?
ぜひ比べてみてください。

【秋田県にかほ市】
地元の輪に入るきっかけをくれた魔法の言葉

まんず、かだれ

「まんず、かだれ」

にかほ市で暮らすようになった頃に
地元の方からかけられた言葉でした。
「かだる」というのは
「仲間になる、参加する」という意味の方言。
秋田県のほか、山形県や岩手県でも使われることがあるそうです。

地元の方が集まる場にお邪魔した際、
輪に入れず側で立っていた私に、
「まんずかだれ」と声をかけてくれました。

「仲間に入りなよ!」なんて、
大人が口に出すのはなかなか気恥ずかしいような気がしますが、
「かだれ」は「こっち来なよ」というくらいの
気軽な感じで使うことができるうえ、
相手に「仲間になってもいいんだ」と、
安心感を与えられる言葉です。

よそ者の私にとっては、魔法のように心温まる言葉でした。

photo & text

國重咲季 くにしげ・さき

京都府出身。秋田県の大学に進学したことを機に、東北各地の1次産業の現場を訪ねるようになる。卒業後は企業に勤めて東京で暮らした後、にかほ市で閉校になった小学校の利活用事業「にかほのほかに」に携わるべく秋田にAターン。地域で受け継がれてきた暮らしを学び、自給力を高めることが日々の目標。夢は食べものとエネルギーの自給自足。

築80年の家の片づけがスタート。
家族で一緒につくる家

いよいよリノベーション、その前に

下田に移住して4年、ついに古い家を購入した津留崎さん夫妻。
不安や迷いもあったようですが、契約を済ませると
わくわくがまさってきたそう。
そして築80年のその家のリノベーションを前に、片づけがスタート。
家族で楽しみながら、少しずつ家づくりが進んでいるようです。

農園であり、家である。
新しい「東京の農業」を
次々と発信する拠点

新規就農して「東京の農家」になる

新規就農はローカルでなく東京でもできる。
その実例を見せたいと「東京の農業」にこだわっている
〈繁昌(はんじょう)農園〉の繁昌知洋さん。
農業のイメージアップのため、これまでとはひと味違うやり方で、
農業の可能性を広げようと努めている若手農家だ。

〈BESS〉の家を拠点に、東京都青梅市に16か所の農地を持つ繁昌さん。
学生時代から自然に関わる仕事を求めていて、
農業に惹かれていったのは当然のなりゆきだった。
そして体験農園や農業スクール、2年間の農家研修などを経て、
2016年、自身の名を冠する農園を独立開業することになった。

繁昌知洋さんと妻の美智(みさと)さん。

繁昌知洋さんと妻の美智(みさと)さん。

「独立するときは、まさか東京でできるとは思っていなかったので、
千葉や長野などで土地を探していました。
そんななか、偶然、東京都の立川市で農業をやっている人に出会ったんです。
その人と話して、“東京でも農業ができるんだ”と思いました」

東京での農業に大いに可能性を感じた繁昌さんは、
さっそく農地を探し始め、現在の青梅の農地を見つけた。

繁昌さんのスタイルは少量多品種生産。
現在では約140種類のオーガニック野菜を育てている。

「始めた当初は、売り先も定まらないまま、とにかくつくる日々。
売れたらいいけど、見込み生産みたいなものでした。
でも最近は、ニーズに合わせた受注生産に近いです」

東京産であることを打ち出すことで、都内のお客さんからの注文が増えている。
さっそく東京で農業をしているメリットを生かすことができたようだ。

「特に都心部のお客様は舌が肥えているというか、
普通のスーパーなどで売っていないような野菜を望む人が多いんです。
西洋野菜のカーボロネロとかコールラビとか。
お客様のニーズにそれぞれ応えていったら、自然と品種が増えていきましたね」

新規就農者の場合、最初から大規模農地を用意することが難しく、
特に東京や都市圏では飛び地の農地で活動している人も多い。
大量につくれないという特性を逆に生かせば、少量多品種という可能性が見えてくる。

もうひとつ、繁昌さんが「新規就農者がやるべき」と掲げるのが伝統野菜だ。

「各地の伝統野菜の復活も、新規就農者だからこそやりやすいことだと思います。
僕の場合は、江戸東京野菜。
亀戸大根、金町こかぶ、のらぼう菜、八丈オクラなどを栽培しています。
一般流通している野菜は、食べやすいように品種改良されているものが多いですが、
野菜はもう少しえぐみのあるもの。
伝統野菜にはそうした野菜本来の味が残されているので、
その味も忘れないようにしていきたいです」

収穫したばかりの亀戸大根。

収穫したばかりの亀戸大根。

伝統野菜が忘れられつつある理由には生産効率や流通、味などがあるだろう。
ほかにも農業にはフードロス、後継者不足など、社会課題がたくさんある。
その課題解決には、少なからず新しい目線を持った取り組みが必要になる。
それを解決していくには、新規就農者のほうがやりやすいのだろう。
繁昌さんは、それらの課題を明確に見据えながら農家としての道を歩んでいる。

北海道の森の景色が育んだ
臼田健二さん、
MAYA MAXXさんの二人展

森に囲まれた道北のまち、下川町を訪ねて

昨年7月に東京から北海道の美流渡(みると)地区へ移住した
画家のMAYA MAXXさんと
木工作家の臼田健二さんの二人展が、吉祥寺で開催されている。

開催の経緯は思いがけないものだった。
昨年秋、私は雑誌の取材で道北・下川町に住む臼田さんのもとを訪ねたことがある。
このとき運転が苦手な私に代わって車を出してくれたのがMAYAさん。
道内各地を巡ってみたいという思いもあって一緒に下川町を訪ねてくれた。

臼田さんは下川町木工芸センターで作品を制作している。工房には樹種も形もさまざまな器が無数に並んでいた。

臼田さんは下川町木工芸センターで作品を制作している。工房には樹種も形もさまざまな器が無数に並んでいた。

臼田さんは静岡県出身。東京でシステムエンジニアとして働いた後、
1992年に北海道に移住し木工制作を始めた。
東川町で工房を開き、2015年に下川町に拠点を移した。
主に器を制作していて、ナラやセンなどさまざまな樹種が使われている。
クルミの器は、木の皮の部分をあえて残していて、その有機的な形からは、
天に向かって木が伸びていく生命力のようなものが感じられる。

クルミの器。皮の部分と内側の部分の色のコントラストが美しい。

クルミの器。皮の部分と内側の部分の色のコントラストが美しい。

臼田さんは地元の材を使うことにこだわりを持っている。
北海道の広葉樹は、紙の原料としてチップにされてしまうことが多い。
年月を経て大きくなった木でさえも、粉々になってしまう状況を見て、
そこに新しい命を吹き込むことはできないだろうかと考えたという。

取材で訪ねた日、臼田さんは所有する森に案内してくれた。2016年に山を買い、自ら間伐をして道をつけ、大きなウッドデッキもつくった。

取材で訪ねた日、臼田さんは所有する森に案内してくれた。2016年に山を買い、自ら間伐をして道をつけ、大きなウッドデッキもつくった。

「道北の風景は美流渡はとはまた違う」、下川町を訪ねMAYAさんは語った。

「道北の風景は美流渡はとはまた違う」、下川町を訪ねMAYAさんは語った。

MAYAさんは取材に同行するなかで、偶然にも
以前から家に置きたいと思っていたランプシェードが
臼田さんの手によるものだったことに気づいた。
ちょうど欲しいサイズがネットで売り切れていたという話をMAYAさんがしたところ、
その翌日、取材帰りの私たちに臼田さんがランプシェードを手渡してくれた。
昨日、取材を終えてすぐに工房でつくってくれたというのだ(!)。

MAYAさんの自宅に取りつけられたランプシェード。

MAYAさんの自宅に取りつけられたランプシェード。

塩分18%の昔ながらの梅干しレシピ!
小豆島の梅と瀬戸内海の塩でつくる

梅の下準備から土用干しまで! 丁寧に紹介します

6月、梅仕事の季節です。
梅干し、梅シロップ、梅酒、梅コンポート、梅酢など、1年分の梅食材を仕込む季節。
私たちにとって、特に「梅干し」は欠かせない食材なので、
梅仕事は暮らしの大事な仕事です。

小豆島に移住して、この地で育った梅で梅干しをつくるようになって
今年で9年目(途中仕込めなかった年もありますが)。
ようやくレシピも落ち着いてきたので、
今回は私たち〈HOMEMAKERS〉の梅干しのつくり方をご紹介します。
塩分18%の昔ながらの梅干しづくりです!

幼稚園時代の娘。一緒に梅の収穫をしました。

幼稚園時代の娘。一緒に梅の収穫をしました。

夏休みに梅干しを干す仕事。

夏休みに梅干しを干す仕事。

まずは主役となる「梅」の準備。
梅干しに使う梅は黄色く熟した完熟梅が理想的。
黄色く熟して、樹から自然に落下した梅を使うのが最高なのですが、
それはなかなか難しいので、熟し始めた頃に木から梅を手摘みします。

ちなみにうちは梅専門の農家ではないので、
そんなにたくさんの梅の木があるわけではありません。
祖父が残してくれた大きな梅の木。
もう収穫しないからと近所の方から譲り受けた梅の木。
耕作放棄され、山に戻ってしまいそうな段々畑に植えられている木も多く、
自然栽培といえば聞こえがいいですが、自然の中でワイルドに育った梅たちです。

農薬も化学肥料も使わず、自然の中で育った梅で梅干しをつくれることがうれしい。

6月に入ってから梅の収穫が始まります。

6月に入ってから梅の収穫が始まります。

まだ少し緑色の梅。梅干しをつくるときは、収穫後に追熟させます。

まだ少し緑色の梅。梅干しをつくるときは、収穫後に追熟させます。

梅ひと粒ひと粒を手で摘みます。

梅ひと粒ひと粒を手で摘みます。

収穫した梅は、より柔らかくふっくらした梅干しになるように
「追熟(ついじゅく)」させます。

収穫してからも梅は呼吸していて、熟していきます。
このとき気をつけないといけないのが、追熟させる環境。
ビニール袋などに入れたままでは傷んでしまいます。

おすすめなのはダンボールに新聞紙を敷いて、
そこになるべく重ならないように梅を広げ、フタは半開きの状態にして、
常温で直射日光の当たらない風通しのいいところに置いておくこと。
そうすると、梅が緑色から黄色に変わり、なんともいい香りがしてきます。
皮が柔らかくなってきたら、梅干しにするグッドタイミングです!
(ちなみに最初から熟した黄色い梅であれば、この追熟は必要ないです)

追熟して黄色くなった梅。部屋中に梅のいい香りが漂います。

追熟して黄色くなった梅。部屋中に梅のいい香りが漂います。

さて、ようやく梅干しづくり。
大きな流れとしては、

1 梅を塩漬けする(6月中旬)

2 赤紫蘇を入れる(6月下旬)

3 土用干しする(晴れの日に3日ほど干す)(7月下旬)

という感じ。
時期はあくまでも目安で、赤紫蘇を入れるのが7月になってしまっても、
梅を干すのが8月になってしまっても、梅干しがつくれないわけじゃないです。
ただ、梅が採れるタイミング、赤紫蘇が採れるタイミング、
晴れが続くタイミングに合わせると、だいたいこのような時期になります。