連載
posted:2021.5.26 from:東京都武蔵野市 genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
昨年7月に東京から北海道の美流渡(みると)地区へ移住した
画家のMAYA MAXXさんと
木工作家の臼田健二さんの二人展が、吉祥寺で開催されている。
開催の経緯は思いがけないものだった。
昨年秋、私は雑誌の取材で道北・下川町に住む臼田さんのもとを訪ねたことがある。
このとき運転が苦手な私に代わって車を出してくれたのがMAYAさん。
道内各地を巡ってみたいという思いもあって一緒に下川町を訪ねてくれた。
臼田さんは静岡県出身。東京でシステムエンジニアとして働いた後、
1992年に北海道に移住し木工制作を始めた。
東川町で工房を開き、2015年に下川町に拠点を移した。
主に器を制作していて、ナラやセンなどさまざまな樹種が使われている。
クルミの器は、木の皮の部分をあえて残していて、その有機的な形からは、
天に向かって木が伸びていく生命力のようなものが感じられる。
臼田さんは地元の材を使うことにこだわりを持っている。
北海道の広葉樹は、紙の原料としてチップにされてしまうことが多い。
年月を経て大きくなった木でさえも、粉々になってしまう状況を見て、
そこに新しい命を吹き込むことはできないだろうかと考えたという。
MAYAさんは取材に同行するなかで、偶然にも
以前から家に置きたいと思っていたランプシェードが
臼田さんの手によるものだったことに気づいた。
ちょうど欲しいサイズがネットで売り切れていたという話をMAYAさんがしたところ、
その翌日、取材帰りの私たちに臼田さんがランプシェードを手渡してくれた。
昨日、取材を終えてすぐに工房でつくってくれたというのだ(!)。
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下川町での出会いから1か月ほど経った頃、
今度は臼田さんが美流渡にあるMAYAさんのアトリエを訪ねてくれた。
そのとき臼田さんはお土産にと、器をふたつ持ってきてくれた。
私はそれを見ているうちに、MAYAさんの作品と並べてみたいという衝動に駆られた。
MAYAさんは美流渡に来てから、近くにある〈栗沢工芸館〉という施設で
陶芸制作もスタートさせていた。
ここは予約をすれば市⺠がいつでも陶芸を行える施設。
絵画の次に好きなものは陶芸というMAYAさんは、
10年以上前に制作を試みたこともあったが、都会では継続が難しい状況だった。
移住をして思う存分、陶芸ができる環境を得たことで、
絵画制作と並行して精力的に取り組むようになった。
「器には表と裏と内と外があって、角度の違いで見える景色が違うところがいい」
臼田さんがアトリエを訪ねたときMAYAさんがつくった塔のような焼き物があり、
それらと臼田さんの器とを床に配置してみた。
臼田さんの器は、じっと静かに動かない印象があり、
隣にMAYAさんの少しでも触れたら倒れてしまいそうな塔を組み合わせると、
そこに不思議な調和が生まれた。
さらにその横に絵を置くと、硬質な空間にふわりと柔らかな風が吹いたように感じた。
まるで風景を見ているかのようなコンポジション。
臼田さんもMAYAさんも自然に近い暮らしをしており、
森のエッセンスのようなものがそこに凝縮されているのかもしれないとも思った。
「臼田さん、二人展やろうよ!」
MAYAさんがそう語り、プロジェクトが動き始めた。
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展覧会場として場所を提供してくれたのは、
東京を拠点に展覧会企画や出版を行う〈ブルーシープ〉の代表・草刈大介さん。
草刈さんとは20年ほど前から、さまざまなプロジェクトで
一緒に仕事をさせてもらっていて、美流渡でのMAYAさんの活動にも
前々から興味を持ってくれていた。
2021年5月に開催が決まり、冬の間、MAYAさんは
週4日間、陶芸制作を行うようになった。
栗沢工芸館は、地域に住む工芸家らの手によって管理運営が行われており、
冬季の担当の陶芸家・きくち好惠さんが、さまざまな技法をMAYAさんに教えてくれた。
ろくろや手びねりなど技法を変えたり、目の粗い土や細かい土など素材を変えたり。
MAYAさんは新しいものを吸収して独自の表現を次々と生み出していった。
とくに興味深かったのは、“うまくいかない”ことによって、
魅力的な形が生まれていくことだった。
あるとき動物をパーツに分けてつくろうと足を制作していったのだが、
高さが同じにならなかった。それをやり直すのではく、
花器のようなものへと用途を変えてしまったのだ。
最初から花器をつくろうとしてできた形ではないことが、
見る者に新鮮な印象を与えるものとなった。
MAYAさんの作品は大小合わせて100点以上。
臼田さんも50点ほど作品を制作し、5月13日、開催日の前日に設営が行われた。
私はMAYAさんと臼田さんの作品を組み合わせて並べる役目となった。
並べ始めてみると、なかなかしっくりこなかった。
感覚的にリズムのあるコンポジションをつくるだけでは、
何かが足りないような気がしたのだ。
そのとき、MAYAさんの小さな動物や土偶のような作品を器と器の間に並べてみると、
器が建造物や木のように見えてきて、物語が感じられる空間となっていった。
さらに土偶のようなものたちをカップルや家族に見立てて並べていくと、
空間がにぎわってくるような感覚を覚えた。
「そうだ、かっこいい並べ方を考えるよりも、
器と器をまるで恋人同士のように、組み合わせていけばいいんだ」
私はそう思い、器や塔も、互いに寄り添わせるようにすると、
作品たちがとても喜んでいるように見えた。
緊急事態宣言下の開催ではあったが、会場には多くの方が訪ねてくれた。
MAYAさんの友人が臼田さんの作品を買ってくれたり、
その逆があったりと、作品を通じた新しい輪が広がっていった。
「今回の自分の器がこれまでと違うものに見えました。
そして、MAYAさんの表現に刺激を受けました。
表現の幅が広くて、ものとしての存在感がありつつ脱力感もあって、そこがすごい」
臼田さんに展覧会の感想を尋ねると、そんな風に答えてくれた。
「コロナ禍で皆さんが来てくれたのは本当にありがたいと思いました。
展覧会で自分の作品を客観的に見て、次の課題が見えてきました」
MAYAさんが語った課題とは、表現を二方向に振り切っていくこと。
一方では器として使い勝手の良いものをさらに追求し、
もう一方では、いわゆる陶芸とは外れた
動物のような巨大な物体をつくってみたいと考えていた。
また、臼田さんも、木の表面に荒削りな部分を残すなど、
もっと自由度の高い表現を目指していきたいと思ったという。
規模の大きい美術館が休館するなかでの今回の二人展。
実施するかどうか迷いもあったが、年にわずか数回の展示に向けて、
コツコツと制作を続ける作家たちにとっては、
生きるための糧を得る数少ない機会であるし、
何より次なる作品を生み出すための原動力となる欠かせない場であることを、
今回あらためて実感した。
開催は6月13日まで。
旅行も難しい状況だからこそ、ここが北海道の爽やかな森のような空気を
感じられるような場であったらと願っている。
information
線と丸
臼田健二 MAYA MAXX 二人展
会期:2021年5月14日(金)〜6月13日(日)木・金・土・日のみOPEN 12:00~17:00
会場:PLAY! KICHIJOJI(東京都武蔵野市吉祥寺本町2-28-5)
TEL:0422-27-5206
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