連載
posted:2021.1.27 from:神奈川県横浜市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
writer profile
Kenichiro Nagata
永田賢一郎
ながた・けんいちろう●YONG architecture studio主宰。1983年東京出身。横浜国立大学大学院/建築都市スクールY-GSA修了。2013年より設計ユニットIVolli architectureとして活動の後、2018年より永田賢一郎|YONG architecture studioとして活動を開始。2014年よりシェアスタジオ〈旧劇場〉や設計事務所兼シェアキッチンの〈藤棚デパートメント〉、〈野毛山Kiez〉など自身の活動の場を地域拠点化していく活動をライフワークとして展開。藤棚一番街理事。2020年より長野県北佐久郡立科町地域おこし協力隊兼任、横浜と長野の2拠点での活動を始める。
https://www.yong.jp/
こんにちは。〈YONG architecture studio〉の永田賢一郎と申します。
「リノベのススメ」では、2016〜2017年にかけて
〈IVolli architecture〉として掲載させていただき、今回は4年ぶりの連載となります。
IVolli architectureとして設計した〈藤棚のアパートメント〉を拠点に、
2018年から個人の設計事務所・YONG architecture studioとして横浜で活動を始め、
2021年現在、横浜市の野毛山エリアで新たに設計事務所兼シェアキッチンの
〈藤棚デパートメント〉、シェアアトリエ〈野毛山Kiez〉、
オフィス兼住居の〈南太田ブランチ〉など、複数の拠点をつくり活動をしています。
また現在では、長野県でも活動を始め、2地域でライフワークを展開しています。
今回の連載では、野毛山エリアに各拠点をつくった経緯やその後の変化を振り返り、
それらがつながることで生まれた新たな生活スタイルについて、
順を追って紹介してきたいと思います。
以前の連載では、藤棚のアパートメントのオーナー川口ひろ子さんとの出会いや
コンセプト作成の経緯をご紹介しました。
今回はその続編として、藤棚のアパートメントの完成後に
自ら設計したアパートに暮らすことで広がった地域との関わりについて、
振り返っていきたいと思います。
舞台は、横浜市戸部というエリアの5つの商店街が連なる藤棚町。
当時IVolli architecutreとして設計した藤棚のアパートメントが竣工したのは
2016年の12月。2013年に依頼をいただき、小規模ながら3年もかかった
壮大なプロジェクトでした(当時の苦労の様子はこちらから)。
藤棚のアパートメントは、ふたつの住戸の間に、
第三者が利用できる共有部を設けているミニマムなシェアアパートです。
アパートの入居者が使うだけでなく、
ワークショップなどでも使える場所を建物の真ん中に設けることで、
いろんな人がアパートに関われるきっかけをつくっています。
共有部と庭がつながり、建物の外にも居場所を広げることで、
たとえ小さくても、2住戸だけでも閉鎖的にならず、
地域に開かれた暮らしができると考えました。
各部屋の中にはお風呂、トイレ、ミニキッチンがあり
アパートの部屋としての機能は完結しているので、部屋に籠ることもできます。
部屋、共有部、そして庭。
暮らしのなかで周りとの距離感を調整できる場所づくりをしました。
設計の仕事をしていると、設計した先の暮らし方について提案することはあるものの、
引き渡したあとの使い方はお客さんに委ねることが大半です。
ですが、藤棚のアパートメントでは、自ら提案した
“小規模ながら広がりのある暮らし方”が実際どのようなものになるのか体験してみたい、
また、建築家が地域で暮らすことで設計以上にできることがあるのではないか、
という思いが大きくなり、自ら入居して運営もすることにしました。
日々暮らすことが設計のフィードバックにもつながり、自分自身の勉強にもなります。
考えれば、すべての人はどこかの地域で日々暮らしているわけです。
自分の身の周りの環境に目を配ること、“自分ごと”として地域で活動していくことが、
建築を生業とする人間の使命のような気もしていました。
Page 2
こうして2017年から入居者として藤棚のアパートメントに関わるようになり、
“地域で暮らす”という活動が始まっていきました。
入居者としてただ暮らすのではなく、アパートの使い方や共有部活用の窓口、
その運営をオーナーさんから委託され、
地域との関わりをつくりながら活動の発信を行っていきます。
共有部の活用は、アパート入居者は無料、
地域の人らがワークショップなどで使う場合は有料とし、
利用料の何割かを運営費として、
その残りをアパートの共益費としてプールしていく仕組みです。
とはいえ、ご近所にツテはなく、
はじめから共有部に人が集う風景があったわけではありません。
そこで入居後に最初にしたことは、周辺で活動する人たちに声をかけ、
地域についての勉強会を開くことでした。
藤棚のアパートメントがある藤棚商店街は動物園でも知られる野毛山に隣接しており、
周囲には〈ヨコハマアパートメント〉(ONdesign設計)や
〈CASACO〉(tomito architecture設計)など、
地域の拠点となる場所がいくつかあります。
起伏のある地形には見晴らしのいい公園もあり、
商店街や複数の地域の拠点がひとつの山の中に点在する野毛山という場所は、
とても魅力的に感じました。
藤棚のアパートメントは賃貸物件なので、
一般的には「駅から何分」「築何年」「駐車場の有無」「風呂トイレ別」といった
建物単体の不動産情報として評価されてしまいます。
しかし建物の価値はそれだけで決まるわけではありません。
周辺環境やまち並み、地域の人々などさまざまな要因の中で建物は存在し、
地域の魅力が建物の魅力をつくるといっても過言ではありません。
地域とともにある建物や暮らしのすばらしさを伝えていきたいと思い、
この勉強会を「野毛山ミーティング」と名づけ、
エリアの名前を浸透させていくことを目標に掲げました。
野毛山ミーティングでは、それぞれの拠点の活動紹介や地域の魅力を探っていきます。
おすすめのお店や場所、こんな人が活動しているよ、といった情報を
みんなでシェアし、拠点ごとの共有部を使って企画を練ったり、
入居者募集の告知を協力してもらったり、いろんなアイデアを出していきます。
不定期開催ではありましたが、年に数回勉強会を行い、
このアクションが次の展開へとつながっていきました。
Page 3
野毛山ミーティングに参加してくれた商店街の老舗かまぼこ屋さんが、
ある日、藤棚のアパートメントについて周辺の人々に紹介してくださり、
商店会の人たちを連れてやって来てくれました。
また別の日には、地域の自治会の会長さんも訪れてくれたり、
勉強会の様子が口コミで広がり、地域の方々の耳にも届いていったようです。
また、勉強会の参加者さんからの紹介で海外からの短期滞在者を受け入れたり、
演劇の公演で横浜に長期滞在する劇団の役者さんの入居先として利用してもらったりと、
当初想定していなかった使い方のほか、共有部を撮影スタジオとしたり、
ワークショップの開催、オーナーさんのパーティーを行うなど、
さまざまな使い方をしていきました。
イベントがない日でも、時間が合えば入居者同士でごはんを食べたり、庭掃除をしたり。
小さなアパート内での活動でしたが、共有部に日々いろんな人が出入りし、
それが生活のなかに自然と入り込み、まちに無理なく浸透していき、
小規模でも豊かで広がりのある暮らしをつくることができました。
藤棚のアパートメントでの暮らしや活動を経て、
商店街のお祭りへの参加や地域の映画館との共同イベントなども
行うようになっていきました。
また同時に、地域で暮らしていくと、次第に地域の方々が抱えている悩みや
地域の要望などが聞こえてくるようになります。
「空き店舗が増えてきている」
「若い人たちに商店街を利用してもらいたい」など、
商店街ならどこでも抱える課題が、やはり藤棚にもあるようでした。
地域の住民として始めた活動は次第にアパートを超えて、
商店街の課題へとアプローチしていくようになります。
次回は藤棚での次への展開として、設計事務所兼シェアキッチン
〈藤棚デパートメント〉の立ち上げについてご紹介したいと思います。
どうぞお楽しみに!
Feature 特集記事&おすすめ記事
Tags この記事のタグ