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庭にある共有スペースの役割とは?
〈藤棚のアパートメント〉。
IVolli architecture vol.6

リノベのススメ
vol.109

posted:2016.5.6   from:神奈川県横浜市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

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IVolli architecture

アイボリィアーキテクチュア

永田賢一郎と原﨑寛明による建築ユニット。2013年より横浜を拠点に活動開始。建築設計をはじめ、インテリアやプロダクトのデザインからプロジェクトデザイン、インスタレーションなど建築にまつわる様々な活動に取り組んでいる。
永田賢一郎(ながた・けんいちろう):1983年東京都出身 横浜国立大学大学院/建築都市スクールY-GSA修了 KUUを経て2013年より活動開始。
原﨑寛明:(はらさき・ひろあき)1984年神奈川県出身 横浜国立大学工学部建設学科卒業 オンデザインパートナーズを経て2013年より活動開始。
http://ivolli.jp/

IVolli architecture vol.6

こんにちは。アイボリィの永田です。
今回は僕らがアイボリィを設立するきっかけとなった
木造アパートの改修プロジェクトを紹介したいと思います。

僕らは今年でアイボリィを設立して3年目になるのですが、
このプロジェクトのお話をもらったのは3年以上も前です。
紆余曲折あり現在まさに、
というか、やっと進み始めた非常につき合いの長いプロジェクトです。

この木造アパートは横浜の戸部というエリアの、
5つの商店街が連なる藤棚町にあります。
藤棚町は名前の通り、藤棚が由来となっているのですが、
通行人のための憩いの場として設けた藤棚が評判となって町名になり、
今でもまちの入り口にその名残を見ることができます。

藤棚商店街。

藤棚商店街の藤棚。

藤棚町と、オーナーの川口ひろ子さんと僕との出会いは大学院の頃。
僕はその頃、建築家の西田司さんが設計された、
戸部にある〈ヨコハマアパートメント〉というシェアアパートに住んでいました。

オーナーの川口さんと。

〈ヨコハマアパートメント〉は1階に大きな共有部をもつ特徴的なアパートで、
定期的に展示が行われたり、書き初めや流しそうめんといった
季節に合わせた住民同士のイベントが行われたり、
日頃からさまざまな活動が行われている場所です。

ヨコハマアパートメントでの展示。

住民同士での流しそうめん。

学校に通いながら展示の企画や会場構成などを仲間とやったり、
学校の課題制作をつくったりしながら2年ほど住んでいましたが、
その間にオーナーさんとも仲良くなりました。
卒業が決まって引っ越しをすることになったときに
「いずれ今度はあなたにアパートをお願いするから!」と
送り出してもらったのを覚えています。

その後2年ほど上海で働いていたあるときに、
川口さんから「アパートの改修はいつやってくれますか?」と連絡が。
正直本当にやるとは思っていなかったのでとてもうれしく、
ちょうど前の事務所を退職したタイミングというのもあったので帰国を決意しました。
日本ではその頃原崎もひとりで仕事を始めていたところだったので、
帰国したときに声をかけてこのプロジェクトを始動、
これを機にアイボリィも設立することになりました。

ヨコハマアパートメントの大きな特長だった1階の共有部。
今回のアパートでもそのような活動のできる場所が欲しいというのが
オーナーさんの要望でした。
同じオーナーさんが同じ地域に2軒、このようなアパートを展開することで、
まちとの関わりに広がりが生まれます。
それはとてもおもしろいことなのでぜひやりましょうと、この計画はスタートしました。

ただ、藤棚町にあるこのアパートは、いわゆる風呂なしアパートで、居室は3部屋。
それといって特徴があるわけではなく、どちらかというとありふれた古い建物でした。

改修前のアパート。

風呂なしアパートだったかつての室内。

おまけに崖の下で境界線は曖昧、車は入らない。施工もなかなか大変そう。

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ヒントは、まちの藤棚?

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ただ目の前には庭が広がっていて緑も多く、
静かな場所だったのでこの庭を使えると、とても心地いい場所になりそうでした。

部屋から見た庭の様子。

以前はアパートの住民とオーナーという関係でもあったので、
当時の生活の中での実感などをオーナーさんと意見を交わしながら
2〜3か月かけてアパートの骨格となるコンセプトをつくっていきました。

まず大事にしたのは、
入居者の方が退去後も気軽に遊びに来れるような関係を、
オーナーさんとの間に築ける場所にするということ。
オーナーさんのキャラクターもありますが、
ヨコハマアパートメントを出た人たちは今でもつながりがあり、
たまに遊びにも来ています。
開かれた共有部を設けることで、退去後にも再び集える場所をつくれないかと考えました。

また、上の話にもつながりますが、
入居者が変わるたびに場所がリセットされてしまう
空間にしないことも目標にしました。
人がいて、そこに日々生活があって交流があることが、
アパートとオーナーさんにとって財産になるような、
暮らしの蓄積が価値になるようなデザインの方法はないかということも考えました。
時間とともに価値が育まれるアパートです。

とはいえ、改修することになった木造アパートは
個室が3部屋で共有部はありません。
普通といえば普通の間取りですが、
住人同士が交流できるような共有スペースもありませんし、
オーナーさんやお客さんがたまに来て滞在するような空間もありません。
そして近隣ともコミュニケーションが取りにくいです。

オーナーさんにとっては、アパート経営を通して、
長い時間、いろんな人と交わることになります。
たくさんの人と接しながら活動できる場所が
日常的にあるということをとても大切にされていたので、
僕らは3部屋あった間取りから、ひと部屋分は共有部として開いたアパートを提案しました。
個室が減ることはデメリットになりがちですが、
その分新たに設けられた共有部分に個室以上の可能性を感じてくれました。

初期提案。

建物自体の規模があまり大きくないので、
柱や梁位置などの構造は極力いじらずにレイアウトを変更し、
庭に面して広く共有部がとれる配置にしました。

隣家と共有する庭。

また少し特殊なのですが、目の前に広がる庭は
3分の1がお隣さんの所有となっています。
そのため、この庭にはアパートの住民とオーナー以外に、
お隣の方も出入りするという状態が生まれています。
うまくデザインできればお互いに使える場所になりそうですが、
何もしないとお互い気を使ってあまり使わない場所になりそうです。

お隣と庭を分断するようにブロックで壁をつくることもできましたが、
部屋の住民同士とお隣の家の方との距離感が同じくらい近く、
かつ互いにいい関係性を築けたなら、
顔の見えない入居者が出入りするアパートとは違った、
気持ちのいい外部環境がこの場所に築けると思いました。

そこで僕らは、庭に手を加えて隣地との間に
気持ちいい外部を積極的につくることを提案しました。
庭にある豊かな緑を生かしつつ、隣地を配慮しつつも分断しない、
そしてアパートの入居者が変わっても変わらずそこにあり続ける豊かな場所であり、
アパートの共有部の延長としても使えるような仕組み。

そんな都合のいいものがあるのか、となるでしょうが、
身近なところにヒントはありました。

藤棚の由来。

まちの由来にもなっている藤棚は時間をかけて成長していきます。
そしてそれは外とも中ともつかない場所をそこにゆっくりつくっていきます。
自然環境と、日々の暮らしと、
周辺環境がゆっくり絡み合いながらここにしかない場所を、
時間をかけて醸成していく構造として、この藤棚は最適でした。

模型写真。

さて、この提案はオーナーにも大変喜ばれました。
無事設計もまとまり、めでたく着工へ! 

と、言いたいところですが、なかなかそう甘くはありませんでした……。
ここからが長い戦いの幕開け。

次回は、着工から竣工への道のりをご案内致します!

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