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島牧村の小さなマルシェで考えた、
本当に自然に寄り添う暮らしとは?

うちへおいでよ!
みんなでつくるエコビレッジ
vol.127

posted:2020.12.24  from:北海道島牧郡島牧村  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/

森と海とに囲まれた開放的な空気が漂う村

移住して9年になるが、本当に北海道は広いなぁとたびたび実感させられる。
数時間、車を走らせると気候が変わり、生えている木々の感じも変わってくる。
2か月ほど前に訪ねた、北海道の西部に位置する島牧村は、
森が深く海も近く、私が住む美流渡(みると)とは異なる景色が広がっていた。

ここを訪ねた理由は、10月17日に開催された小さなマルシェに参加すること。

「本当の意味で自然に寄り添った暮らしとは何かをみんなで考えたい」

そんなコンセプトから始まったのが「小さな町の小さなマルシェ」。
開催場所は〈島牧ユースホステル〉の敷地。
ここは吉澤隆さん、伊久子さん夫妻が45年以上続けている宿で、
息子の俊輔さんがマルシェの主催者だ。

マルシェの主催者、吉澤俊輔さん。

マルシェの主催者、吉澤俊輔さん。

宿泊した〈島牧ユースホステル〉の広間には、俊輔さんがとってきたフルーツが並べらていた。

宿泊した〈島牧ユースホステル〉の広間には、俊輔さんがとってきたフルーツが並べらていた。

開催前日に私はこの宿に1泊。吉澤さん一家はやわらかな笑顔で迎え入れてくれた。
イベントの準備に追われているのではないかと想像していたが、
そんなそぶりも見せずに、地元で採れたキノコや野菜、
鮭などをふんだんに使った食事を出してくれた。
食後に山で採ってきたというコクワの実を俊輔さんが勧めてくれた。
素朴で甘酸っぱいキウイフルーツのような味がした。

朝ごはんも土地のもの。ご飯の上にのった梅干しは、俊輔さんの手づくり。

朝ごはんも土地のもの。ご飯の上にのった梅干しは、俊輔さんの手づくり。

翌朝、マルシェの開催前に隆さん、伊久子さんが、
宿から車で十数分のところにあるブナの原生林を案内してくれた。
島牧はブナの北限帯で、国内はもとより世界各国から研究者が訪ねてくるという。
隆さんは、こうした研究者の案内役を務めることもあり、
動植物の生態やブナの森の成り立ちなどを詳しく説明してくれた。

ブナの森を詳しくガイドしてくれた隆さん。

ブナの森を詳しくガイドしてくれた隆さん。

紅葉が見頃を迎えていた。

紅葉が見頃を迎えていた。

ブナはちょうど葉が色づき始めたところ。
黄色い葉の間から木漏れ日が差し込んでいる。
地表には無数の苔が生え、キノコが顔を出していた。
木々に囲まれているのに、ブナの森は明るくキラキラと光っているような感覚がした。

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このマルシェが生まれるきっかけは?

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自分の手で暮らしをつくる取り組み

ブナの森から戻るとマルシェの準備が始まっていた。
道内各地からやってきた出店者は、思い思いに机を広げていた。
オーガニックの作物を素材にした食事やスイーツのお店、
雑貨のお店など20店以上が集った。

そのなかに私も机を並べさせてもらった。
最初はマルシェに遊びに行くつもりだったのだが、
以前に私がつくった本『やまの会が語った死ぬと生きる』
取材をさせてもらった農家のみなさんも、毎年このマルシェに出店していることもあり、
そんな関係から仲間に入れていただき、自分でつくった本の販売を行った。

マルシェの会場。

マルシェの会場。

このマルシェが生まれるきっかけは、2011年の東日本大震災。
俊輔さんによると、このとき原発事故が起こり、
電力に大きく依存した社会構造が浮き彫りになるなかで、
自分で自分の暮らしをつくりたいと思うようになったという。

「コンセントを差し込めば電気は使える。それまで何も考えずに使っていましたが、
自分でつくりたいと考えるようになりました」

そこで小さな風力発電や太陽光パネルを設置。
さらには野菜やお米を育て自給率を上げる取り組みを行った。
古家を自ら改修し住まいもつくった。
こうした持続可能な暮らしを模索するなかでマルシェも企画。
最初は数名の仲間で始めたイベントだったが、参加者は年々増え、
9年目となる今年は、出店者数も来場者ももっとも多かったそう。

賑わう会場。奥に見えるのが島牧ユースホステル。室内にもお店が並んだ。

賑わう会場。奥に見えるのが島牧ユースホステル。室内にもお店が並んだ。

マルシェをひと回りして、久しぶりに再開した友人たちとおしゃべりをし、
ステージで行われたライブやトークを聞いていくなかで、
私は次第に温かな気持ちに満たされていった。

それはおいしい食事や軽快な音楽に浸ったからだけではない。
とくに印象深かったのは、俊輔さんもメンバーであり、
今年の8月に立ち上がった「北海道子育て世代会議」が
ステージに登壇し語った内容だった。

マルシェ開催の10日ほど前、島牧の隣町である寿都町が、
原発から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場選定に向けた
文献調査に応募を表明した。

この会議では、これまで応募撤回の道を探るさまざまなアクションを展開していた。
残念ながら撤回には至らなかったわけだが、
「この問題のおかげで未来を考える良いきっかけとなった」と
メンバーらがトークで強調していたことが心に残った。

「北海道子育て世代会議」のメンバーのトーク。高レベル放射性廃棄物の最終処分とはどんなものなのか、文献調査に応募するとどのようなことが起こるのかなどを語ってくれた。

「北海道子育て世代会議」のメンバーのトーク。高レベル放射性廃棄物の最終処分とはどんなものなのか、文献調査に応募するとどのようなことが起こるのかなどを語ってくれた。

エネルギーの未来について、私も考えることがあるのだが、
解決策が見出せずにネガティブな感情が湧いてくることも多い。
けれど、子育て世代のみなさんの、互いの意見を対立させずに
対話をしようとする姿勢を知って、嘆いてばかりはいられないという気持ちになった。

また、マルシェ開催中は、俊輔さんが暮らす家もオープンにしてくれていて、
食料や電力などを自給する取り組みに間近で触れたことも、
自分ももしかしたら何かできるのかもしれないという可能性を感じさせてくれた。

俊輔さんが自分の手で直して暮らす「はるの家」。

俊輔さんが自分の手で直して暮らす「はるの家」。

俊輔さんは塩をつくり、味噌を仕込み、油を絞り、梅干しを漬けている。
手をかけ、目を配り、心を込める。
工芸家として木の器の制作もしているそうで、その彫り跡にも細やかさがあって、
手間を惜しまず、それを楽しむ姿勢を随所に感じた。
こうしたひとつひとつの積み重ねこそが、
未来に希望を生み出すのではないかと私には思えた。

俊輔さんがつくった器やカッティングボード。北海道の木を使っている。

俊輔さんがつくった器やカッティングボード。北海道の木を使っている。

「豊かな森と海の恩恵を受けて、私たちは生かされている。それを実感してほしい。
その想いを表現するのが『小さな町の小さなマルシェ』です」

開放的な島牧の自然に包まれ、終始ゆったりとした空気が流れる
マルシェの中で触れた人々の心は、とても穏やかだった。

ブナの実。巨木に成長するにはいったいどのくらいの月日がかかるのだろう。

ブナの実。巨木に成長するにはいったいどのくらいの月日がかかるのだろう。

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