ユネスコ食文化創造都市
臼杵市が取り組む有機農業とは?

世界が認めた臼杵の有機農業

2021年11月、ユネスコ創造都市ネットワーク「食文化」分野での
加盟が認められ、一躍話題になった大分県臼杵市。
国内では、山形県鶴岡市に続く2都市目となる。

大分県の南東部に位置するこのまちには、
400年以上続く発酵・醸造文化や、
江戸時代に質素倹約の精神から生まれた郷土料理など、
独自の食文化が色濃く残る。

今回の認定にあたり評価されたのは、その臼杵市に根づく食文化と、
市を挙げて取り組んでいる有機農業の存在が大きい。

化学肥料や化学合成農薬を使用しないことで、
環境に負荷をかけずに栽培を行う有機農業は、
国連が掲げるSDGsなどの観点から、あらためて見直されている。

臼杵市における有機農業のパイオニア、〈藤嶋農園〉園主の藤嶋祐美さん

〈藤嶋農園〉園主の藤嶋祐美さんは、臼杵市における有機農業の先駆けだ。

国も拡大に向けて着手するなか、
臼杵市では自治体が先導し、2005年頃から有機農業を推進している。
その活動をサポートしてきたのが藤嶋祐美さん。
市の南西部に位置する野津町(のつまち)で、
20年以上前から有機農業に取り組むパイオニアだ。

年間50〜60種ほどの野菜を少量多品目で栽培する〈藤嶋農園〉

〈藤嶋農園〉では、年間50〜60種ほどの野菜を少量多品目で栽培している。

臼杵市が実施する施策のなかでも、とくにユニークなのは
草木を主原料とした完熟堆肥〈うすき夢堆肥〉の生産と、
それら完熟堆肥で土づくりを行い、
化学肥料や化学合成農薬を使わずに栽培された圃場(畑)を
〈ほんまもん農産物〉として市独自に認証する制度の2つ。
そこでつくられた野菜などは、
〈ほんまもん農産物〉という名で市場に出回る。

土づくりから始まる有機農業にとって、堆肥は重要な役割を持つ。
「よい土というのは、微生物がつくってくれるんです。
堆肥を使うのも、微生物が暮らしやすい環境をつくるため」と藤嶋さんは言う。

藤嶋さんの畑には、隣家の飼い猫もよく訪れる

藤嶋さんの畑で寛ぐ隣家の飼い猫。よい土は、猫にとっても居心地がいいらしい。

熊本〈橙書店〉の田尻久子さんに聞く
日常のなかの第3の場所

本業は、〈橙書店〉の店主です

熊本に〈橙書店(だいだいしょてん)〉あり。
本好きの人たちの間では、そんなふうにさえ言われる。
名だたる詩人や作家が信頼を寄せ、
かの村上春樹が、秘密の朗読会を開いたこともある。

〈橙書店〉の前身である雑貨と喫茶の店〈orange〉がオープンしたのは2001年。
〈orange〉の隣の空き店舗を借り増し、〈橙書店〉が誕生したのは08年のこと。
そして16年の熊本地震をきっかけに、〈橙書店 オレンジ〉として
現在の場所へ移転。今に至る。

古い雑居ビルの2階にある、70平方メートルほどの広さの店内。

古い雑居ビルの2階で、バレエ教室として使われていた70平方メートルほどのフロアを改修した。

店内には、店主の田尻久子さんが選んだ新刊が主に置かれている

扱っているのは主に新刊で、店主の田尻久子さんが1冊1冊、丁寧に選んだ本が並ぶ。書店の向かいの部屋にはギャラリーも。

店主の田尻久子さんは忙しい。
なぜなら〈橙書店〉は、書店であると同時に喫茶店でもあり、
展示会などを行うギャラリーも併設している。
熊本発の文芸誌『アルテリ』の編集室も担っていて
最近では、絵本などの発行元になることもある。
田尻さんは、そのすべてにまつわる膨大な業務やら雑用やらをこなし、
自ら、エッセイも書く。

平日の昼下がり、〈橙書店〉を訪ねると、店にはすでに何組かのお客さんがいて、
田尻さんは喫茶の注文をとったり、厨房でコーヒーを淹れたり。
本を選び終えたお客さんに呼ばれて会計をして、雑談をして。
厨房に戻って手際よく洗いものをしたかと思えば、
合間に販売用のレジ袋の束にハンコを押し続けていたりする。
とにかく手が休まることがない。

田尻さんの「普段の1日」はどんな感じですか? と聞くと、

「午前中、店に来る前に喫茶用の買い出しをして、
仕込みのある日はカレーをつくったりケーキをつくったり。
11時半に店を開けてからは、
接客の合間に本の発注をしたり、『アルテリ』の発送をしたり。
自宅はここから車で20分ほどの場所にあるのですが、
帰宅後は、やり残した仕事とか原稿とか。
日付が変わる前に寝るってことはないかなぁ」

書店の店主、喫茶店のマスター、編集、執筆……
いろんな顔があって大変ですね、と返すと少し間があって、田尻さんは言う。
「いや、本業は〈橙書店〉の店主です」

橙書店と描かれた細長い看板。

ビルの階段室の入り口に設けられた細長い看板が目印。

ジビエ、牡蠣、京鰆。
グルマン垂涎の“冬の味覚”を
京都府中丹エリアで食べ尽くす!

自然も食材も豊富!
知る人ぞ知る人気エリア「中丹」

突然ですが、「中丹(ちゅうたん)」と呼ばれるエリアをご存じですか?
京都府の北西部に位置する福知山市(ふくちやまし)、
舞鶴市(まいづるし)、綾部市(あやべし)の3市からなる地域で、
丹後と丹波の真ん中(丹後地方南部と丹波地方北部)にあるから中丹。

JR京都駅から特急で1時間〜1時間半ほどで行けるほか、
府内を南北に走る京都縦貫自動車道と、
福井県敦賀市・兵庫県三木市を結ぶ舞鶴若狭自動車道がクロスする地帯のため、
車でのアクセスにも優れている。

昔ながらの漁港の風景が残る人工の水路。

舞鶴港へと続く人工の水路、吉原入江では昔ながらの漁港の風景が残る。

海と山の豊かな自然に恵まれた中丹エリアはまさに食材の宝庫。
とくに、寒さが厳しくなるこの時期はジビエや真牡蠣(まがき)など、
冬の味覚がおいしさのピークを迎える。

京都の中心地からほんの少し足を延ばしただけなのに、
この地だからこそ出合える、
とびきりの山海の幸を巡るプチトリップへナビゲート!

山々に囲まれた福知山で
〈夜久野ジビエ〉を訪れる

2020年のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』の
主人公・明智光秀の丹波平定以来、城下町として栄えた福知山。
福知山盆地を中心にぐるりと山に囲まれた地形で、
冬場は濃い朝霧に包まれることがしばしばある。

ベテラン猟師・中島健太郎さんと昨年に狩猟免許を取得した息子の紳之介さん。

猟師歴21年の中島健太郎さん。有名レストランのシェフなどプロの料理人からも信頼が厚い。左は、昨年に狩猟免許を取得した息子の紳之介さん。

福知山市夜久野町(やくのちょう)で〈夜久野ジビエ〉の看板を掲げ、
自ら狩猟をして鹿を仕留め、食肉加工、販売までを手がけているのが、
猟師であり料理人の中島健太郎さん。

ハンターの証であるオレンジのベストと帽子を身につけた健太郎さん。

オレンジのベストと帽子はハンターの印。健太郎さんは、ジビエや農産物加工品の販売を行う有限会社〈田舎暮らし〉の代表も務める。

今から21年前の2001年、飲食店勤務などを経て
父の農業を手伝うべく就農研修を受けていた際、
畑の作物を食べ荒らす鹿や猪を駆除するために狩猟免許を取ったのが
猟師になるきっかけだった。

罠を仕掛けて猟をすることもある。

猟銃のほかに罠を仕掛けて猟を行う。猟の合間のメンテナンスも怠らない紳之介さん。

「当初は害獣を駆除することが目的でしたが、
環境を守り、食べるための狩猟へとシフトしました。
命を無駄にするのではなく、
きちんとさばいておいしくいただくべきとの思いで、
2013年に食肉処理場であり、加工場である
〈夜久野ジビエ〉をつくったんです」

血抜きをされた鹿を解体していく妹のともこさん。

仕留めた鹿はすぐに血抜きをして食肉処理場に運ばれてくる。内臓処理と解体を担当するのは、中島さんの妹のともこさん。40分ほどで1頭を解体していく。*解体前の汚染防止のため、直腸結紮により衛生管理を徹底。この後、解体処理は吊り下げて行われます。

中島さんが扱うジビエは、京都や東京のフレンチ、和食店などに卸すほか、
ECサイト、ふるさと納税を利用して購入することができる。
一度食べてリピートする人も多く、
「クセがなくて食べやすく、おいしい」「臭みがなくて驚いた」という声が多い。

鹿肉の精肉や加工品はサイトから購入できる。

血抜きがきちんと施された鹿肉は、この通りの美しさ。精肉や加工品の購入は、有限会社〈田舎暮らし〉のサイトから問い合わせできる。

少しでもよい状態のものをおいしく味わってもらうために、
中島さんが大切にしているのが処理スピード。
罠や猟銃で仕留めたら全身に血が回らないようにすぐに血抜きをして、
1時間以内に内臓を取り除くことで鮮度をキープしているのだという。

「何よりも、寒暖の差が激しく肥沃なこの土地自体の力が大きい。
丹波の栗や黒豆に代表されるように、畑で育てる作物だけではなく
野山の芝栗なども栄養価が高いはず。
それを餌にしている鹿がおいしくないわけがないですよね」

鹿肉のローストなどがセットになった〈健太郎の京都ジビエ〉は6480円。

鹿肉のロースト、燻製、ハム、低温調理肉などが入った〈健太郎の京都ジビエ〉(6480円)。福知山市のふるさと納税やぐるなびの「接待の手土産」などで購入できる。

実際に狩猟に同行して見学する体験ツアーも随時実施している。
狩猟見学と市内のフレンチ〈ビストロq〉の鹿肉ディナーコースがセットに。
中島さんの取り組みや思いに興味がある人はぜひ!

information

map

田舎暮らし

住所:京都府福知山市夜久野町直見915-2

TEL:0773-38-0553

アクセス:JR上夜久野駅から車で約5分

料金:ジビエハンターと行く/リアル狩猟体験&絶品! ジビエフレンチ堪能ツアー1人27000円(13歳以上)。※ツアー詳細は、福知山でさまざまな体験プログラムを扱う〈北色〉で確認を。

Web:田舎暮らし

Web:北色

Art, Art, Art NARA
漫画家・マキヒロチさんが
奈良の魅力を再発見。

長い歴史と豊かな自然で知られる奈良に、
今、続々と新しいスポットが誕生している。
自身の作品で〈奈良ホテル〉の茶がゆ朝食を取り上げるなど、
奈良とゆかりのある漫画家のマキヒロチさんが、
これまで知らなかった魅力を発見するため、
4つのキーワードをもとに奈良を巡った。

Architecture|建築
〈奈良国立博物館〉で近代の名建築に触れる

神社仏閣に負けず劣らず、見応えある建築が多い奈良県。
なかでも、明治27(1894)年に〈帝国奈良博物館〉として建てられた
〈奈良国立博物館 なら仏像館〉は代表的だ。

〈奈良国立博物館 なら仏像館〉の西側はかつての正面玄関。

現在は使用されていない西側が〈奈良国立博物館 なら仏像館〉のかつての正面玄関。

石づくりの柱とクリーム色の外壁のコントラストが華麗な洋館は、
明治を代表する建築家・片山東熊(かたやまとうくま)が設計を手がけたもの。
ネオルネッサンス様式の外観が、園内でゆったり過ごす鹿の姿と相まって、
奈良の歴史を感じさせる景色のひとつでもある。

マキさんの手からせんべいを食べる仔鹿。

鹿せんべいを手にすると勢いよく集まってくる鹿たち。仔鹿にはマキさんもキュンと。

〈奈良国立博物館 なら仏像館〉を訪れたのは初めてだというマキさん。

「華麗な博物館の外観と人懐っこい鹿の組み合わせで、
すでにテンションはマックス」と笑う。
館内へと足を運べば、国宝や重要文化財も含めた
100体近い仏像が常設で展示されており、そのボリュームは日本有数。

『金峯山寺仁王門 金剛力士立像』の高さは、約5メートル。

マキさんと比べると大きさがわかる『金峯山寺仁王門 金剛力士立像(きんぷせんじにおうもん こんごうりきしりゅうぞう)』は、高さ5メートルもの巨像。

とりわけ2021年2月から特別公開されている
『金峯山寺仁王門 金剛力士立像』の存在感は圧倒的だ。

マキさんのお気に入りは中国伝来の『如来三尊像』。

「仏さまの上に彫られている葉っぱがハートみたいでかわいい」と中国伝来の『如来三尊像』に見入る。

「これまであまり仏像を意識したことがなかったのですが、
ゆっくり一体ずつ見てみると、
それぞれにストーリーもあるし、芸術的な技法もおもしろい。
昔の人もこうやって表現していたんだと思うと、
時代を超えてつながる気がします。
『金峯山寺仁王門 金剛力士立像』も迫力がすごかったですね。
この『金剛力士立像』については写真を撮らせてもらえるから
見てきたよって言えるのもいい。
奈良を旅したら奈良博が楽しいって、みんなに勧めたくなりました」

奈良国立博物館が所蔵する『如来三尊像』のイラスト"

重要文化財『如来三尊像』(奈良国立博物館蔵)

information

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奈良国立博物館

住所:奈良県奈良市登大路町50

TEL:050-5542-8600(ハローダイヤル))

開館時間:原則9:30〜17:00(入館〜16:30)

休館日:月曜(祝日の場合は翌日)

観覧料:一般700円、大学生350円(特別展は別途)

Web:奈良国立博物館

冊子を見る → 01 Architecture

蒸留家・江口宏志
千葉県大多喜町の元薬草園で
新しい酒づくりを模索する

蒸留酒をつくる薬草園とは?

「地元にこんないい場所があるなんて、
大多喜町の人にちょっと嫉妬しちゃいますね」

千葉県夷隅郡大多喜町の〈mitosaya(ミトサヤ)薬草園蒸留所〉を訪れた、
若い夫婦客がそう語る。
今日は、毎月第1・第3土曜日に開かれる無人販売所
「HONOR STAND」の開催日。

毎月2回開かれる「HONOR STAND」

生産者から届いた生鮮品や加工品などを販売する「HONOR STAND」。オープン時は、建物以外の敷地は自由に散策できる。

広大な薬草園の入り口に設けたオープンエアのブースには、
地元で採れた野菜や卵、焼きたてのカンパーニュが並んでいる。
先の夫婦が手にしているのは、量り売り(6個で500円!)の
真っ赤な完熟リンゴと、オリジナルのハーブドリンク。

「僕たちは都内から来たんですけど、
近所だったら毎週遊びに通ってしまいそうです」

山口〈かものはら果樹園〉のシナノスイート

山口〈かものはら果樹園〉の無農薬栽培のシナノスイート。酒造で使う分の一部を販売する。「HONOR STAND」は無人販売、非接触、キャッシュレス。現金での支払も可能だが、おつりがないので、小銭を用意するのを忘れずに!

そんな様子を見て、ふらっと顔を出したのが
今回の主役、蒸留家の江口宏志さん。

「園内も自由に散策できますよ。
たぶんどこかにウチの人なつっこい犬がいます。
あと、先月から仔羊も飼い始めたので、よかったら見ていってください」

愛犬と一緒に散策する江口さん

愛犬むぎと一緒に敷地内を歩く江口さん。誰に対してもフレンドリーなむぎは、人気の看板犬。

江口さんが房総半島の中央に位置する大多喜町へ
移住してきたのは2016年。
地元で30年続いた薬草園の跡地を借り受け、
植物や果実を原料にした蒸留酒〈オー・ド・ヴィ〉をつくるためだ。

面積はなんと16000平方メートル!
敷地内には蒸留所と家族4人で暮らす自宅も建っているが、
なんといっても圧巻は、リアル植物図鑑のごとく
園内に植えられている数百種類の植物群。
漢方薬植物区や水生植物のエリア、南国の果実が育つ温室もある。

緑豊かな〈mitosaya薬草園蒸留所〉の入口。

〈mitosaya薬草園蒸留所〉の入口。階段をあがってすぐの所で「HONOR STAND」が開かれる。

「元が薬草園だから、ひとつひとつの木や草花に
学名や品種を記した“名札”がついているんです」という園内を歩くと、
HONOR STANDでの買い物ついでに散策を楽しむ人もちらほら。
まだまだ外出しづらい窮屈さも続くなか、小さな規模で、
ちょっと特別な買い物ができて、緑のなかを歩いたり植物に触れたりできるのは、
地元の人にとっても貴重な場なのだろう。

園内のマップを見るだけで、十分楽しい

妻でイラストレーターの山本祐布子さんが描いた園内のマップ。これを見るだけで、十分楽しい!

敷地内では酒づくりに使うハーブや植物も栽培しているが、
原料はそれだけではない。
地元農家がつくる果物や野菜を仕入れ、鴨川の畑で育つ無農薬栽培の麦を収穫し、
新潟の果樹園や山形のリンゴ農園など全国各地の生産者の元へも足を運ぶ。

「オー・ド・ヴィは香りを楽しむお酒。
自然の状態に近い原料を使うことで、
より豊かな味わいが引き出せると思うんです」

園内に設けられたブランコ

デザイナー・二俣公一
福岡での暮らしに軸足を置きながら
日本そして世界を見据える

生活のリアルに軸足を持っていたい

住宅や商業施設をはじめ、多岐に渡るデザインを
国内外で手がける空間・プロダクトデザイナーの二俣公一さん。
1998年にデザイナーとしてのキャリアを福岡でスタートし、
2005年に東京事務所を開設して以来、
福岡と東京、2拠点での活動を続けている。

住まいは福岡。週の前半に東京へ行き、後半に福岡へ戻って
週末はできるだけ福岡で家族と過ごす、というのが1週間の基本サイクル。
「生活のベースはあくまでも福岡。
仕事の拠点も東京だけにしようと思ったことはない」と言う。

二俣さんが主宰する2つの会社の福岡オフィス。

二俣さんが主宰する〈CASE-REAL(ケース・リアル)〉と〈KOICHI FUTATSUMATA STUDIO〉の福岡オフィス。

「ちょうど30歳になるタイミングで東京事務所を開設した当時は、
自分の建築やデザインの行く先を広げるためにも、
東京を知る必要があると思いましたし、
地方の“ゆったり感”に慣れてしまうことへの不安もありました。
実際に東京事務所を開設し、仕事が増えてきてからは
福岡と東京を頻繁に行き来することで
それぞれの場所のよさも悪さもわかる、というメリットが
大きかったように思います。
東京のようにコマーシャルやビジネス中心で動く世界って、
実はすごく特殊で、
それはみんなの“当たり前”じゃない気がするんです。
食べて、寝て、生活をする、暮らし中心の世界が
たぶん、多くの人の“当たり前”で、
やっぱり、軸足としては地方の空気感なり、
地方の生活をベースに持っておくほうが、
僕自身は判断を間違えない、かなと」

建築も家具や日用品も、それが人の暮らしを支えるものである以上、
暮らしのリアルから完全に離れてしまっては、
何をデザインのよりどころにしていいのか、わからなくなる。

「日本って、47都道府県あって、
東京がメインで地方がサブかというと、そうじゃなくて、
東京以外の46道府県を合わせた面積のほうが
圧倒的に広ければ、人も多い。
日本のマジョリティというか、リアルって、本当は地方にあると思うんです。
もちろん、東京にも暮らしはあるわけで否定する気はまったくないし、
ビジネス上はいろんな尺度があっていいと思うんですけど、
日々の生活とかそのリズムを考えると、
地方の暮らしのリアルをきちんと自分の中の尺度として
持っておくのは大事だと思っているんです」

ミーティングルームに貼られたポスター

ミーティングルームの一角。「DESIGN REAL」のポスターはドイツ人デザイナー、コンスタンチン・グルチッチがキュレーターを務めたデザイン展のときのもの。

「僕は鹿児島で生まれ育ったこともあって
九州の風土が性に合っているってことも自分でよくわかっているし、
バランスという意味でも、
鹿児島を知り、福岡を知り、東京を知り、海外も含めて、
そのどれかひとつだけに振り切って考えるのではなく、
わけ隔てなく、フラットに捉えながら、
無理のないラインを探るというのが
16年間、2拠点を続けて
今、一番大事にしていることかもしれません」

料理家・細川亜衣
外から来たからこそ気づく
熊本の“特別なもの”を大切にしたい

人も植物も動物も、同じ立場で生きている

結婚を機に、生まれ育った東京から熊本へと移住し、
住まいのある泰勝寺を拠点に
料理教室や料理会などを行っている料理家の細川亜衣さん。

泰勝寺は、肥後国熊本藩主・細川家の菩提寺として
江戸時代初期に創建された寺院で、今はお寺としての機能はなく、
「泰勝寺跡」として知られる。
細川さんが暮らしている家は、その泰勝寺の元僧坊。
料理教室などを行っているアトリエ〈taishoji〉は、寺の待ち合い所だった建物で
住まいは2013年に、〈taishoji〉の厨房と食堂は16年に、
古い建物を生かしながら改装した。

〈taishoji〉の食堂から見た庭

〈taishoji〉の食堂からも庭の緑が見通せる。

熊本に暮らして12年。料理を通してこの地の魅力を
県内外に発信する活動も行ってきた細川さんだが、
「移住するまで、熊本のことは何も知らず、
暮らしながらこの場所のことを知り、惹かれていった」のだという。
細川さんが最初に好きになったのは、ここ泰勝寺の自然だ。

「引っ越してきて一番感動したのは、
庭でとれるものの豊かさでした」

庭のスダチは移住してすぐ植えたもの。

夏の終わりに収穫の時期を迎えるスダチ。移住してすぐ庭の一角に植えた果樹のひとつ。

庭の緑は、深く、濃い。
瑞々しい苔の新芽から桜の老木まで、いくつもの命と時間が折り重なり、
その深く濃い緑のグラデーションをつくっている。
自宅の周りには、昔からある梅の木や栗の木、
住み始めてから植えたスモモやスダチなど、たくさんの果樹があり、
季節ごとに実をつける。

雨上がりの泰勝寺の敷地内

泰勝寺の敷地内。雨のあとには、緑が一層濃く感じる。

「梅雨入り前は梅、梅雨が明けたらスモモやブルーベリー……
庭なので、人工的なものではあるのですが、
若葉が芽吹き、花が咲き実をつけ、枯れてまた芽吹くという
自然のサイクルに励まされることもあります」

豊かな実りを享受し、庭で長い時間を過ごすうち、細川さんのなかに
人も植物も、そして動物も、この場所を借りて生きている
同じ立場の存在なんだ、という意識が強く芽生えたという。

「庭の木々は、私よりもずっと長生きで、
その長さに比べれば、私はほんのいっとき、
ここにいさせてもらっているだけなんですよね。
庭には、猪や猿や野ウサギもいたりして、
そのへんを歩いている動物に会うと、
お互い、この土地を借りて暮らしていることに
変わりはないんだよな、と思うんです。
みんなが同じ立場で共存している。
そういう気持ちを抱かせてくれることが、
ここを心地よいと思う一番の理由かもしれません」

古墳だけではありません。
料理人・野村友里が
宮崎県西都市の魅力を体感!

イベント参加のため、西都市へ

「食」を通じ、都市とローカルをつなぐ活動を続ける
料理人・野村友里さんが、宮崎県西都市(さいとし)を訪問。
同市では、今年8月から、
〈西都はじめるPROJECT〉という試みが始動していて、
その移住オンラインイベントに
スペシャルゲストとして参加するためだ。

野村さんにとって、初めての西都市。
いったいどんな土地で、プロジェクトはどんなものなのか。
期待を胸に、駆け足の旅がスタートした。

台風が過ぎた後の宮崎県の青空

台風一過の晴天とツバメが、野村さんを出迎えてくれた。

9月某日の宮崎は、台風一過の晴天で、暑さも真夏へと逆戻り。
ヤシ科の植物が連なる景色に、一気に南国ムードへと誘われるなか、
一路、西都市を目指す。

宮崎空港から車で約50分、宮崎市の市街地からも約40分と、
交通の利便性が高い一方で、手つかずの自然、
いにしえの文化の跡が残る土地。
大小300基以上の古墳が点在する西都原(さいとばる)古墳群は、
国の特別史跡に指定されている。

西都市には大小多くの古墳が点在

東西2.6キロ、南北4.2キロの広範囲に、300基以上の古墳が。市内を車で移動すると、おのずとあちこちで目にすることに。

〈西都はじめるPROJECT〉は、
市が進める移住・定住支援プロジェクト。
豊かな自然を生かしたユニークなワーク&ライフスタイルを発信し、
新しい暮らしや仕事などを”はじめる人”たちを支援。
移住はもちろん、起業や就農、子育てやコミュニティづくりのための、
多くのサポートプログラムが用意されている。
地方への移住者や2拠点生活者の友人を多く持つ野村さんも、
この取り組みに興味津々だ。

デザイナー・スズキタカユキ
東京・根室、ふたつの拠点の往来が
服づくりをより自由にする

日本あるいは北海道のイメージを超えた世界

学生時代、表現活動のひとつとして独学で服づくりを習得し、
映画、演劇、ダンス、音楽シーンなどの衣装を手がけるようになった
ファッションデザイナーのスズキタカユキさん。
自身の名前を冠したブランド〈suzuki takayuki〉では、
“時間と調和”をコンセプトに、
着る人の本質的な美しさを引き出すような洋服をつくり続けている。

カラフルな洋服が並ぶアトリエ

流行を追い求めることなく、長く愛されるものづくりを目指すスズキさんの洋服には著名人のファンも多い。

最近だと、東京オリンピック開会式で
ダンスパフォーマンスを披露した森山未來さんの衣装制作や、
同じく開会式冒頭、コロナ禍でアスリートたちが抱いた
不安や葛藤を表現したパフォーマンスで、
ダンサーの衣装デザインを手がけたことでも話題に。

一方で〈仕立て屋のサーカス "circo de sastre" 〉という
音楽家とのユニットに所属し、自ら舞台の上に立って、
音と光と布が織りなす見たことのない世界を創出。
国内だけでなくフランス、スペイン、インドネシアなど
海外でも公演を行っている。

デスクでデッサンするスズキさん

「鉛筆と紙があればどこでも仕事ができるし、生きていける。ものにあんまり執着がないんです」とデザイン画を描きながら。

そんなスズキさんが北海道・根室の土地に魅せられ、
東京と2拠点生活を送るようになったのは、2015年のこと。

「移住先を積極的に探していたわけではなかったのですが、
僕も妻も地方出身ですし、“東京にしか住めない”という意識は
もともとありませんでした」

さらさらと女性服を描いていく

会話をしながらも手を止めることなく、さらさらとデッサンを描きあげていく。

根室を訪れるきっかけとなったのが、友人の移住だ。
フライフィッシングが趣味のその友人は、
日本全国を回るなかで根室を訪れ、あっという間に移住を決意。

「彼は、東京でも活躍していたアクセサリー作家で、
『とにかく一度、来た方がいいよ』と強く誘ってくれるわけです(笑)。
彼のセンスや、ものを見る目を僕はとても信用していたのですが、
半信半疑で行ってみたら、日本にこんなところがあるのかと驚くほど、
想像を超えた世界が広がっていました」

荒涼とした春国岱が広がる

人の手がほとんど入っていない湿地と原生林からなる、春国岱(しゅんくにたい)。

北海道に行ったことは何度もあったし、
北海道に縁のある知り合いも少なくなかった。
しかしスズキさん夫妻が降り立った根室は、
今まで知っていた北海道とはまったく異なる場所だった。

「釧路と根室は同じ道東で比較的近いのですが、
それでも釧路から根室に向かう途中で風景が一気に変わる。
人の手が入っていそうな場所が圧倒的に減るんですよね。
しかも緯度が高いので、太陽が斜めから射してくるような感じで、
スコットランドとか北欧みたいなドラマチックな光なんです。
こういう環境に身を置いてみるのはおもしろいかもしれないと思いました」

浜辺に咲く花はオオハナウド

根室の浜辺に咲いているオオハナウド。

唯一の気がかりは、
訪れた時期がベストシーズンといえる6月だったこと。
すでにその時点で心はほぼ固まっていたものの、
自然環境がもっとも厳しくなる冬を知らずに決めるのは心もとない。
結局、地元の人が強くおすすめしてくる真冬に再訪し、
もうひとつの生活の場を根室に定めた。

建築家・谷尻誠
広島・東京の2拠点から学んだ
“谷尻流”働き方と発想力

キャリアは広島から始まった

「悔しかったんですよ。
いい建物を設計しても、わざわざ広島まで見に来る人は少ない。
だったらどうしても見に来たくなる、
本当にいい建物をつくろうと思いました。
仕事の本質は、“どこで活動するか”より“いいものをつくる”ことにある。
ずっとそう思っているんです」

こう話すのは谷尻誠さん。肩書きは建築家で起業家。
今、「ジャンルを超えて注目される人物」といえば、
間違いなくその名前が挙がるはずだ。

住宅からホテルまで建築家としての活躍に加え、
“絶景”物件を扱う不動産会社や工務店、家具制作会社に映像制作会社、
情報検索サービスからキャンプ用品ブランドまで、
次々と事業を立ち上げては話題を集めている。

たとえば、東京都渋谷区にある〈社食堂〉もそのひとつ。
ここは、ダイニングカフェであると同時に、
谷尻さんが建築家の吉田愛さんと共同主宰する
建築設計事務所〈SUPPOSE DESIGN OFFICE〉のオフィスでもある

〈社食堂〉でスタッフと談笑する谷尻さん

〈社食堂〉のデスクスペース。写真右手にキッチンを挟んでダイニングカフェがある。

いちばんの特徴は、一般客がランチを食べるスペースと、
設計事務所のデスクスペースとが、
オープンキッチンを挟んで仕切りなくつながっていること。
所長である谷尻さんの専用デスクはなく、
カフェの座席や壁づけのソファベンチなど、
その日パソコンを広げた場所が仕事場になる。

カフェエリアで仕事をする谷尻さん

この日の谷尻さんのデスクは壁づけのソファベンチ。

そんな谷尻さんは広島県出身。
建築家として独立し、最初にオフィスを構えたのも広島だった。
やがて東京での仕事が増えてきたのを機に、
2008年、東京にもオフィスを開設。
広島と東京を週イチで往復する2拠点生活が始まった。

08年といえば、クリエイティブな仕事をするなら東京で、
と考える人もまだ多かった頃。
なぜ東京に拠点を移さず、
2拠点というスタイルを選んだのだろうか?

その答えが冒頭の言葉。
「仕事の本質は“どこで活動するか”より
“いいものをつくること”だからです」。

写真家・川内倫子
移住先の千葉で
見つけたものとは?

田舎暮らしを、後押ししたもの

「毎日この景色を目にするたびに、豊かだなと思います。
緑の木々、川の流れ、燃えるような夕焼け。
家にいるだけで、写真を撮りたくなる瞬間がたくさんやってくるんです」

小さな生き物や草花など日常のなにげない光景から、
生命力に満ちた祭りや儀式まで、
やさしく真摯な目で世界を撮り続けている写真家・川内倫子さん。
長く都内で暮らしていた川内さんが、千葉県に移住したのは2017年。
豊かな自然が残る環境と、東京まで車で1時間という利便性。
両方を備えた土地を見つけ、大きな窓がある気持ちのいい家を新築した。

川内さんのご自宅の大きな窓。

周囲の自然を取り込むように、大きな開口部がふんだんに設けられた川内さんのご自宅。

「結婚、出産、引っ越し。
人生最大の変化がいっぺんにやってきたんです」

移住を決めたいちばんのきっかけは結婚だった。
田舎暮らしにはずっと憧れていたけれど、
ひとりでは不便だし心もとない。

「一緒に田舎暮らしを楽しめるパートナーが
いつかできたらいいな、とは思っていました。
夫は自然が好きなうえ、
小屋を建てたり、庭を整えたりという“生きる力”も持っている。
価値観は同じ。すぐに引っ越しを決めました」

ご主人が手作りした子ども用の小屋。

広い庭には、ご主人が手作りした子ども用の小さな小屋も。室内には、デスクやロフトも完備。

時代の流れも移住の後押しになった。

「10年くらい前は、東京に住んでいないと仕事に不利、
みたいな気分もありましたし、何より、
フイルムの現像所が近くにないと仕事にならなかった時期もありました。
でも今は、ネットがあればものはすぐ届くし、
地方であることの支障はほぼないですよね」

とはいえ、生活は一変。
子どもができ、家族と過ごす時間が長くなったことで、
限られたなかで、できることを効率的に進める習慣がついた。

廊下にはほかの作家の作品も。

ほかの作家の作品が飾られた廊下。

「夜中までだらだら過ごすということも、なくなりましたね……」

ふと川内さんが言葉を止めた瞬間、
開け放った窓から、さらさらと流れる川の音が聞こえてくる。
なんて気持ちがいいんだろう。

「ね? せせらぎが聞こえると、
家での会話もちょっとなごやかになるんです」