連載
posted:2022.3.3 from:大分県臼杵市 genre:活性化と創生
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Mae Kakizaki
柿崎真英
かきざき・まえ●ライター。宮城県仙台市出身。2019年よりフリーランスライターとして、東京を拠点に活動中。月刊誌やニュースサイト編集者としてのバックグラウンドを活かして、Webメディアや雑誌などに寄稿を行う。
photographer profile
Satoshi Nagare
永禮 賢
ながれ・さとし●青森県生まれ、東京都在住。広告・雑誌・書籍・作品制作などで活動中。2020年、n.s.photographs設立。https://nsphotographs.jp
2021年11月、ユネスコ創造都市ネットワーク「食文化」分野での
加盟が認められ、一躍話題になった大分県臼杵市。
国内では、山形県鶴岡市に続く2都市目となる。
大分県の南東部に位置するこのまちには、
400年以上続く発酵・醸造文化や、
江戸時代に質素倹約の精神から生まれた郷土料理など、
独自の食文化が色濃く残る。
今回の認定にあたり評価されたのは、その臼杵市に根づく食文化と、
市を挙げて取り組んでいる有機農業の存在が大きい。
化学肥料や化学合成農薬を使用しないことで、
環境に負荷をかけずに栽培を行う有機農業は、
国連が掲げるSDGsなどの観点から、あらためて見直されている。
国も拡大に向けて着手するなか、
臼杵市では自治体が先導し、2005年頃から有機農業を推進している。
その活動をサポートしてきたのが藤嶋祐美さん。
市の南西部に位置する野津町(のつまち)で、
20年以上前から有機農業に取り組むパイオニアだ。
臼杵市が実施する施策のなかでも、とくにユニークなのは
草木を主原料とした完熟堆肥〈うすき夢堆肥〉の生産と、
それら完熟堆肥で土づくりを行い、
化学肥料や化学合成農薬を使わずに栽培された圃場(畑)を
〈ほんまもん農産物〉として市独自に認証する制度の2つ。
そこでつくられた野菜などは、
〈ほんまもん農産物〉という名で市場に出回る。
土づくりから始まる有機農業にとって、堆肥は重要な役割を持つ。
「よい土というのは、微生物がつくってくれるんです。
堆肥を使うのも、微生物が暮らしやすい環境をつくるため」と藤嶋さんは言う。
Page 2
藤嶋さんが長らく実践してきた有機農業では、
堆肥の配合を草木など植物由来の素材を約8割、
豚の糞など動物由来を約2割のバランスで行ってきた。
「動物性の堆肥は窒素が多く、使いすぎると土が栄養過多になってしまいます。
人間も過剰に栄養を摂り過ぎると肥満になってしまうように、
土も肥沃化し、作物にとってよい環境とは言えなくなるんです」
こうした藤嶋さんら有機農業者の考え方などを取り入れ、生まれたのが〈うすき夢堆肥〉。
市が運営する〈臼杵市土づくりセンター〉で2010年から生産されている。
原料となるのは、もちろん草木類(8割)と豚糞(2割)のみ。
1次発酵と2次発酵を挟み、およそ半年かけてできあがった堆肥は、
臼杵で有機農業を営む農園の多くで使用されている。
藤嶋さんの農園でも、〈うすき夢堆肥〉は欠かせない。
ふかふかな土で育てられた作物は、
どれも活き活きとしているように見える。
実際に採れたてのニンジンをいただいてみると、果実のように甘い。
「よい土というのは、肥料の量では左右されないもの。
一度土がよくなれば時間が経つごとにどんどんよくなって、
野菜もおいしくなっていくんです」
そう話す藤嶋さんは、
市が有機農業推進の一環として行っている新規就農支援にも協力。
現在も、数名の研修生たちが〈藤嶋農園〉内に用意された
7反半ほどの畑や機械を用いて、有機農業を学んでいる。
藤嶋さんをはじめ、彼らが育てた作物は
市独自に認証した〈ほんまもん農産物〉として出荷。
臼杵市内には〈ほんまもん農産物〉を取り扱う店が多くあり、
気軽に青果店で購入したり、飲食店で料理として味わうことができる。
また、〈藤嶋農園〉では〈給食畑の野菜〉も手がけている。
臼杵市では、市内の小中学校の給食に、
できる限り地元産の旬の農産物(=給食畑の野菜)を使う取り組みをしており、
現在、〈藤嶋農園〉をはじめ、64戸の農家が参画。
子どもたちの農業に対する理解や、地元への関心を養うことにも貢献しているという。
information
藤嶋農園
〈藤嶋農園〉でつくった〈ほんまもん農産物〉は取り寄せも可能。申し込みはメールにて。
Mail:honmamon.yasai@gmail.com
Page 3
市や藤嶋さんら生産者の努力が実を結び、
〈ほんまもん農産物〉を扱う店も増えている。
たとえば、臼杵駅から徒歩5分ほどの場所にある〈喜楽庵〉。
日本料理の原型とも言われる本膳料理を供する料亭で、
さまざまな流派があるなかでも、
藩主が冠婚葬祭の際に食べていた武家本膳が味わえるのは、全国でここだけ。
その自慢の料理に〈ほんまもん農産物〉が使われている。
「市を挙げた有機栽培の取り組みに、感化されたんです。
明治11(1878)年の創業以来、地元の野菜と魚介を使い続けてきましたので、
より安心して食べられるよいものをという想いで、
〈ほんまもん農産物〉を使うことにしました」
と女将の山本千代さんは話す。
旬の食材を使った会席料理のほか、
お昼時には箱弁当にお吸い物などがついた手軽なお昼御膳を提供。
その日の仕入れによって、料理内容は変わるものの、
胡麻豆腐や、刺身の切れ端や中落ちなどにおからをまぶした「きらすまめし」など、
臼杵市で江戸時代から食べられている郷土料理がお目見えすることも。
オプションでつけられる臼杵名物のふぐ刺し(季節限定)とともに味わえば、
ユネスコも認めた食文化を体感できる。
information
Page 4
大分銘菓のなかにも、有機農産物を積極的に使っているメーカーもある。
小麦粉を原料とする煎餅生地に、
ショウガと砂糖でつくった蜜を表面に塗った「臼杵煎餅」。
大分県内に7社ほどある製造元のなかでも、
1919(大正8)年創業の〈後藤製菓〉では、
約5年ほど前から、地元産の有機ショウガにシフトチェンジを図ってきた。
その立役者が、5代目の後藤亮馬さん。
「かつて臼杵市がショウガの一大産地だった頃、
多くの店が地元のショウガを使って臼杵煎餅をつくっていたように、
この店も本来の姿に戻したいという想いがありました」と話す。
2020年には臼杵産の利用が100%に到達。
そのうちの7割ほどが有機ショウガだったという。
「地元産を使うという域内循環と、有機農業を促進するという意味から、
できるだけ有機ショウガにこだわった仕入れをしています。
有機ショウガを主役にした菓子ブランドの創設や
お菓子にとらわれないショウガの加工品をつくるなど
新たな取り組みにも挑戦しています」
臼杵市がまちを挙げて取り組み続ける有機農業。
今回出会った人たちは皆、食だけでなく
環境への意識の高さも持ち合わせていた。
環境に負荷をかけず、誰もが安心して食べられる農産物をつくり出す。
それは、世界全体で目指している持続可能な社会づくりの根幹。
ユネスコ創造都市ネットワーク(食文化分野)に加盟が認定された今、
臼杵市の挑戦は次なるステージへと進もうとしている。
これから、どんな新しい展開が待っているのか?
その試みに期待が集まる。
『edit Oita(エディット大分)』では、有機農業への取り組みに加えて、臼杵市の食文化についても詳しくご紹介しています。記事はこちらから↓
Feature 特集記事&おすすめ記事