連載
posted:2022.3.22 from:石川県金沢市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
photographer
出地瑠以
「いつか金沢でホテルを運営したいと思っていた」と言うのは、
“ライフスタイルホテル”ブームの先駆けともいえる
〈L&Gグローバルビジネス〉代表の龍崎翔子さん。
しかし石川県金沢市で、繁華街といえる香林坊エリアに
〈香林居(こうりんきょ)〉というホテルを新たにオープンさせた。
「金沢は、旅の目的地になるような名店がいくつもあり、
人生の節目の思い出づくりや、ハレの日に訪れるような旅先になっていると思います。
香林居は、大切な旅の舞台にふさわしく、
かつ“世俗から離れた”ようなニュアンスのホテルを目指しました」
そのようなホテルを目指したのも、L&Gが得意としている
「土地の空気感を織り込んだホテルづくり」という感性に引っかかった、
ある建物があったから。
香林居になったビルは、もともと〈眞美堂〉という九谷焼を中心に
世界の工芸品を扱うギャラリーだった。
ビルの老朽化から一度取り壊す方向になったが、建築的な価値を見いだした西松建設が、
建物を残すために奔走。
L&Gがサン・アド社をはじめとするクリエイティブチームと協働して企画・開発を行い、
ホテルとして建築を残すことになった。
それゆえ内観はフルリノベーションされているが、
外観のアーチを描く独特のファサードはかつてのまま残されている。
「物件を初めて見たときに、歴史や空間の年輪、堆積した時間の重みなどを感じました。
だから、長きにわたって愛されてきた景色の一部であるこの建物にふさわしい、
情緒的で上質な空間をつくりたいと思いました」
ホテルは地下1階から9階まであり、ルーフトップにはサウナと露天風呂を備える。
ホテルに入っていくと、まず1階に蒸溜所がある。
この場で毎日、石川県の霊峰・白山で採ったスギやクロモジを素材とした
芳香蒸溜水と精油を製造している。
香林坊という地の歴史をひも解くと、向田香林坊という安土桃山時代の僧に行き当たる。
彼は薬局を営んでいて、
あるときつくった目薬で前田利家の目の病気を治したという言い伝えがあった。
かつて、目薬は「蘭引き」と呼ばれる陶器の蒸溜機で精製されていたといわれており、
そこから「蒸溜」というキーワードを抽出して、蒸溜所を併設するに至った。
「植物の状態は、その季節や天候によっても違うし、個体差もある。
さらに蒸溜の際の温度や湿度などによっても仕上がりは異なってきます。
そうしたそのときその瞬間にしか出合えない刹那性の高いものを、
薬局のように“処方”しています」
最上階にあるサウナではセルフロウリュウが可能。
そこに備えてあるこの蒸溜水を焼けた石にかける。
するとスギの葉の、ほどよくスモーキーな香りが漂ってくる。
2階はエントランスとロビー、3~9階は客室。
中2階には、まだ日本では数少ないアイソレーションタンクを2台設置している。
地下には金沢の古民家を改装した人気台湾料理店〈四知堂(スーチータン)kanazawa〉の
ディレクションによるタイワニーズキュイジーヌがある。
全体的に落ち着いた雰囲気で、金沢らしい日本の伝統を感じさせながら、
モダンで上質な空間になっている。
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これまでにL&Gは、それぞれのローカルに合わせ、
個性の異なる5軒の宿泊施設を手がけてきた。
しかしながら、“ローカルを盛り上げたい”という思いとは、微妙に異なる。
龍崎さんは「地方創生というミッションを掲げてやっているわけではない」と語る。
「私はどちらかといえば、旅行者としてまちを訪れた際に、
その空気感をより鮮烈に感じられる体験をつくりたいのだと思います。
ただまちを歩いているだけだと、そういうシーンにはなかなか出合えません。
だから、ホテルという空間メディアを通じて、その土地に流れる空気を編集し、
ゲストに体感してほしいのです」
当然、ホテルのある土地との関係性は重要だ。
「私たちは、ホテルと土地は共生関係にある存在であり、
地域の方にもメリットがあり誇りに思ってもらえる、
そういう相互関係をつくっていくことが重要だと考えています。
そういう意味で、まち自体の魅力を広げていくために一番大切なのは、
そこに関わる人のインナーブランディング、
つまり地域の方がそのまちを誇りに思える状況をつくることだと思います」
L&Gは、まちに新しいものやブランドをつくり上げるというよりは、
必ず“そこにあるはず”の個性を発見し、編集していく作業を大切にしている。
「私たちがホテルをやっているエリアでも、
ローカルの人が“ここには何もないよ”という場所が少なからずあります。
でも、必ずしもそこで“遊べる”ことが重要なのではなく、
その土地に流れている空気感を肌身に感じられるというだけでも
ひとつの旅行体験だと思うのです」
最近は、たとえ観光地として整っていなくても
ローカルに流れる「ケの日常」におもしろみを感じる旅のスタイルも人気になっている。
例えば、京都の東九条に〈HOTEL SHE,KYOTO〉というホテルがある。
「ホテルの近くに銭湯があります。観光客のいない、マジでドープな銭湯です。
まちの人の発する独特なオーラが空間に充満していて、
そこに流れる空気感を思い出として持ち帰ることができます」
さらに大阪の〈HOTEL SHE,OSAKA〉での話。
「ホテルの向かいに、昭和の風景を真空パックしたようなうどん屋さんがあって。
うどんをすすりながら、関西弁のおっちゃん、おばちゃんがしゃべっているのを聞くと、
“大阪来たんだな”という気持ちになれます。
そういう土地の声を聞くような感覚を味わっていただきたいです」
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L&Gがこれまでにホテルをつくり、ゲストと接していくなかで発見し、
価値として高めてきたことがある。
「2015年にペンションを創業した当初は、
偶発的な出会いが旅の満足度を高めると思っていて、
“ソーシャルホテル”というコンセプトで運営していました。
でも、よく考えたら私は別に人と話すのは好きじゃないなと気がついて(笑)。
出会いを“人と人の出会い”に限定するのは、もしかしたら狭いのかも。
単に人と人が“おしゃべりして仲良くなって、いい思い出できたね”で終わるより、
もっと大きな可能性をホテルは秘めているのではないかと考えるようになりました」
龍崎さんは、2017年頃から
「ホテルとはメディアである」という言葉を掲げるようになった。
メディアであるならば、人だけではなく、土地や、文化、
さまざまなモノ・コトに出合うことができる。それがホテルの可能性であり、価値になる。
「人と人以外にも、人と土地、人と文化、そして人とライフスタイルの出合い。
何時間も滞在するなかで、土地を知ったり文化や生活習慣を知ったり、
そして誰かに出会ったり。ホテルとはそんな空間滞在型メディアであると思っています」
人と人との出会いが、実は一番簡単なのではないか。
人と文化や土地、ライフスタイルをどう出合わせるのか。
「2017年に〈HOTEL SHE,OSAKA〉をつくったんですけれども、
昭和情緒ある港湾都市、というまちの歴史を織り込み、
すべての客室にレコードプレイヤーを入れました。
当時は同世代だとレコードを持っている人は少なくて、
触るのも初めてとか、針を落とすという概念が初めてというゲストもたくさんいました。
そういう未知の機器が自分の占有空間にあることで興味を持ってもらう。
それをきっかけにそれまで素通りしていたレコード屋に行くとか、
好きなアーティストの LP を買うとか、さらに DJ になるとか。
新しい世界をちょっと覗き見する窓みたいなものを
ホテル空間だったらつくることができると思うのです」
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現在、L&Gは、これまでとは趣の異なる新しいホテルづくりに意欲的に取り組んでいる。
「いままで、HOTEL SHE,OSAKAのように、
ホテルを通じてその土地を流れる空気感やカルチャーに出合うような
仕かけのあるホテルをつくってきました。
その営みを一歩深めて、本当の意味でゲストのライフスタイルに肉薄するような
ホテルをつくっていきたいと思うようになりました」
そのアウトプットとして現在進行しているプロジェクトが、
産後ケアリゾート〈HOTEL CAFUNE〉だ。
「産後を、家族と休養し、学び、
思い出をつくりながら過ごすことができるような時間が必要だと感じました。
そんな時間を、そして産後に自分を労わるという価値観を、
ホテルで過ごす生活体験を通じてデザインしたいと思っています」
L&Gが目指す社会を、ビジネスを通して、この先どのように実現していくのか。
「自分たちはホテル業とは思っていなくて、
世の中に実装されてない選択肢をつくっていきたい。
そういう意味ではホテルでなくてもいいと思っています。
ただ、ホテル運営を強みとして持っていて、
ホテルが持っている可能性を私は発見しているので、
サービスとして世の中に提示していきたいと考えています」
旅や観光のためのホテルから、社会性があるホテルへ。
まだ見ぬホテルが、これからも龍崎さんの手で誕生しそうだ。
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