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デザイナー・スズキタカユキ
東京・根室、ふたつの拠点の往来が
服づくりをより自由にする

ローカルシフト
vol.004

posted:2021.9.7   from:北海道根室市  genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  さまざまな分野の第一線で活躍するクリエイターの視点から、
ローカルならではの価値や可能性を捉えます。

writer profile

Ikuko Hyodo

兵藤育子

ひょうどう・いくこ●山形県酒田市出身、ライター。海外の旅から戻ってくるたびに、日本のよさを実感する今日このごろ。ならばそのよさをもっと突き詰めてみたいと思ったのが、国内に興味を持つようになったきっかけ。年に数回帰郷し、温泉と日本酒にとっぷり浸かって英気を養っています。

credit

撮影(東京):永禮賢
撮影(根室):髙橋涼子

日本あるいは北海道のイメージを超えた世界

学生時代、表現活動のひとつとして独学で服づくりを習得し、
映画、演劇、ダンス、音楽シーンなどの衣装を手がけるようになった
ファッションデザイナーのスズキタカユキさん。
自身の名前を冠したブランド〈suzuki takayuki〉では、
“時間と調和”をコンセプトに、
着る人の本質的な美しさを引き出すような洋服をつくり続けている。

カラフルな洋服が並ぶアトリエ

流行を追い求めることなく、長く愛されるものづくりを目指すスズキさんの洋服には著名人のファンも多い。

最近だと、東京オリンピック開会式で
ダンスパフォーマンスを披露した森山未來さんの衣装制作や、
同じく開会式冒頭、コロナ禍でアスリートたちが抱いた
不安や葛藤を表現したパフォーマンスで、
ダンサーの衣装デザインを手がけたことでも話題に。

一方で〈仕立て屋のサーカス “circo de sastre” 〉という
音楽家とのユニットに所属し、自ら舞台の上に立って、
音と光と布が織りなす見たことのない世界を創出。
国内だけでなくフランス、スペイン、インドネシアなど
海外でも公演を行っている。

デスクでデッサンするスズキさん

「鉛筆と紙があればどこでも仕事ができるし、生きていける。ものにあんまり執着がないんです」とデザイン画を描きながら。

そんなスズキさんが北海道・根室の土地に魅せられ、
東京と2拠点生活を送るようになったのは、2015年のこと。

「移住先を積極的に探していたわけではなかったのですが、
僕も妻も地方出身ですし、“東京にしか住めない”という意識は
もともとありませんでした」

さらさらと女性服を描いていく

会話をしながらも手を止めることなく、さらさらとデッサンを描きあげていく。

根室を訪れるきっかけとなったのが、友人の移住だ。
フライフィッシングが趣味のその友人は、
日本全国を回るなかで根室を訪れ、あっという間に移住を決意。

「彼は、東京でも活躍していたアクセサリー作家で、
『とにかく一度、来た方がいいよ』と強く誘ってくれるわけです(笑)。
彼のセンスや、ものを見る目を僕はとても信用していたのですが、
半信半疑で行ってみたら、日本にこんなところがあるのかと驚くほど、
想像を超えた世界が広がっていました」

荒涼とした春国岱が広がる

人の手がほとんど入っていない湿地と原生林からなる、春国岱(しゅんくにたい)。

北海道に行ったことは何度もあったし、
北海道に縁のある知り合いも少なくなかった。
しかしスズキさん夫妻が降り立った根室は、
今まで知っていた北海道とはまったく異なる場所だった。

「釧路と根室は同じ道東で比較的近いのですが、
それでも釧路から根室に向かう途中で風景が一気に変わる。
人の手が入っていそうな場所が圧倒的に減るんですよね。
しかも緯度が高いので、太陽が斜めから射してくるような感じで、
スコットランドとか北欧みたいなドラマチックな光なんです。
こういう環境に身を置いてみるのはおもしろいかもしれないと思いました」

浜辺に咲く花はオオハナウド

根室の浜辺に咲いているオオハナウド。

唯一の気がかりは、
訪れた時期がベストシーズンといえる6月だったこと。
すでにその時点で心はほぼ固まっていたものの、
自然環境がもっとも厳しくなる冬を知らずに決めるのは心もとない。
結局、地元の人が強くおすすめしてくる真冬に再訪し、
もうひとつの生活の場を根室に定めた。

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東京とはまったく異なる環境下へ

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命の危険を感じる場所だから気づけること

東京にいる時間が短くなることに対して、
仕事面でも不安はとくに感じなかった。
なぜなら、それ以前から働き方がノマド的だったからだ。

「アトリエにも一応デスクはあるんですけど、
資料がたくさん必要だったり、このペンと紙じゃないとデザイン画を描けない、
みたいなこだわりはまったくなくて。
今はコロナで思うように移動ができませんが、
以前は地方で生地を織っている工場や、縫製をしている現場に行ったり、
イベントを開催していただいているお店に行ったりなど、移動が多かったんです。
さらに〈仕立て屋のサーカス〉の公演や、
インドネシアで立ち上げたブランドもあったので、
拠点は一応、東京にあるけれども、
いろんなところを転々としている生活でした」

それでも仕事でいろんなところへ行くのと、
拠点をふたつ持つことの意味合いは
実際にやってみるとかなり違うことに気がついた。
環境をあえて変化させることによって、
リセットされる部分が予想以上にあったのだ。

細かい計算で作られる洋服の数々

「ミシンの針目の細かさで全体の印象が変わるので、洋服によってそのバランスはかなり考えています」とスズキさん。

「根室でもほとんど不都合は感じていませんが、
実際には、東京との間に物理的な距離があるので、
諦めざるを得ないことがどうしても出てきます。
宅配便を送るにしても、東京だったら
夜の7時くらいまでに準備をすればその日の便に間に合うけれども、
根室だと午後3時くらいに締め切られてしまう。
ただ、諦めることによって時間ができて、整理されることが結構あるんです。
東京でどうしようもなく忙しいときでも、
前々から予定していたからと根室に行くと、
マイナス15度の真っ白な世界が広がっていて、
これはもう、しょうがないなと達観したり(笑)。
なので2拠点を持つ場合、環境や感覚が大きく異なる場所を選ぶのは、
僕としてはおすすめです」

接岸目前の流氷を見る

沖に浮かんでいるのが流氷。接岸するタイミングが展示会と毎年重なり、見ることができないのが目下の悩み。「皆と相談して、許されるなら展示会の日程を変えようと思ったり。一回くらいはいいかなと……」。

その点、東京と根室は同じ日本でも、
さまざまな面で対極的な場所と言えなくもない。
根室にいると「生きていることを実感しやすい」のも、
スズキさんにとっては大きな意味を持っている。

「あと2時間ここにいたら死んでしまうかも、
と命の危険を感じるような場所や状況が根室には当たり前に存在します。
日々そんなことを感じていると、
やっぱり都会では考えもしないようなことに思いを巡らせますよね。
この先も今のままでいいのかとか、
実はもっといろんな選択肢があるんじゃないかとか。
取るに足りないようなものに、意外と縛られていることに気がつくんです」

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多拠点がもたらす客観性

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服をつくること以外は、フラットな状態にしておきたい

薄皮を剥くようにして、
縛られていたものを除いていくと残る核の部分が、服をつくるという行為。
そもそもスズキさんは、ファッションデザイナーという職業を
目指していたわけではない。

「服をつくることが楽しくて、続けていたら仕事になっていたという感覚なので、
本来的にはもっと自由でいいはずなんです。
たとえば、ひと昔前は洋服も卸売りが圧倒的に多かったので、
シーズンごとに展示会をする必要性があった。
だけど今は販売方法も多様になって、自社で完結できるなら、
展示会をしないという選択肢もあるんだけど、
習慣としてやらなければいけないものと思い込んでしまっている」

楽しげに話すスズキさん

忙しさに流されてしまうことは、時に避けられなかったりもする。
渦中にいるときはとくに思考が止まりがちだが、
だからこそ多少無理をしてでもその場から離れてみるのは、
視界が開けるきっかけにもなる。

「コロナのこともあって最近強く思うのは、
それぞれがちゃんと考えて意見を持ったほうが
よい社会になっていくという当たり前のこと。
要するに、いろんな視点からの情報が混濁している社会で、
自分自身がどういうスタンスで、どの情報を取るのかが、
より重要になってきていると思うのです」

生命力にあふれた根室の森

「北海道の森は、針葉樹や白樺の寒々としたものばかりだと思っていたら全然違う。生命力に溢れているんですよね」

コロナはデジタル化を加速させたが、
世界中の都市やコミュニティがリアルタイムでつながるなか、
ひとつの場所にとどまることで
自然と身についてしまっている常識や先入観から、
なるべく自由でありたいとスズキさんは考えている。

雪原の中に佇むシカやキツネ

根室での散歩の途中にはシカやキツネに出合うことも多い。

「最近、インドで生地をつくり始めて、
糸を紡いでいる画像が送られてきたんですけど、
男の人が上半身裸の短パン姿で作業していて、まあまあラフなんですよね(笑)。
見ようによっては、繊細な服をつくろうとしてるのになんでこんな格好で……と
思う人もいるだろうけど、僕はむしろ楽しくなっちゃって。
自分たちが違和感を覚えることが、
向こうの感覚では普通だったりするのはよくあることだし、
先進国と言われるところの一般常識やモラルっていうのは、
実はあまり信用できないのかもしれないと僕は思っていて。
かわいそうとか、不便とか、一方的な目線で判断しちゃってるようなことが、
世界にはまだまだいっぱいあると思っているんです。
いろんな立場を想像しないと見えてこない物事はたくさんあるから、
自分をフラットな状態にしておき、他者やその文化を受け入れられる
メンタリティを保つことが理想的ですよね」

海面に薄い氷が張り始める晩秋

根室の海に薄氷が張り始める秋。厳しくも美しい季節がやってくる。

子どもの頃は学校が世界のすべてで、
「どうしてこんなことで」と思うくらいちっぽけなことに
全身全霊で悩んだりするものだが、
狭い社会の常識に縛られて息苦しくなるのも、それとよく似ている。

「ひとつの場所しか知らなかったり、逃げ場がないようなとき、
そこが自分に合わなかったら本当につらい。
その点、普段から見聞や見識を広げていれば、
今いる場所に生きづらさや不安を感じたり、
満足感を得られないようなとき、
マイナス要素を回避する術を見つけやすい。
それも拠点を複数持つことのよさだと思います」

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自由であり続ける意味

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一番大事なことを大事にするために、変化を起こす

根室の暮らしは大好きだし、
土地に対する思い入れもあるけれども、
執着はしたくないとスズキさんは思っている。
もちろん東京に対しても。

窓外にエゾヤナギが見える根室の家

根室の自宅2階にあるアトリエ。窓の外にはエゾヤナギが見え、一面にフキが自生している。

「家を買うという選択肢をあまり考えていないのも、それが理由です。
昔に比べると、今はコストやリスクを負わずに
いろんなことを自由に始められるようになったし、
トライ&エラーで物事を大きくしていくことが可能な時代と言えます。
日本はその土地独特のにおいが残っているローカルがたくさんある半面、
災害が多いので社会の状況も変わりやすい。
都市部がいいときもあれば、
都市だからこそのストレスもあるわけじゃないですか。
僕の場合、拠点を今以上に増やすと、
ひとつの場所にゆっくりできなくて本末転倒になってしまうけど、
拠点自体が変わる可能性はあると思います」

森や海辺に落ちていた動物の骨を飾った壁

森や海辺を散歩していて見つけた動物の骨。「もっとすごいのも落ちてますよ。クジラのでかい背骨がドーンとあったりとか」

自身のブランドに対しても思い入れは多分にあるけれども、
だからこそ執着はしたくない。

「僕は服をつくることが好きで、喜んでくださる方に届けたい。
それって別にブランドがなくなっても、できることじゃないですか。
だから続けているうちに本来の目的が歪んでしまったり、
自分の気持ちをおろそかにするのは違うと思っています」

本当に大事なことには強くこだわり、
それ以外は自由であり続けること。
今のスズキさんにとって根室は、
大事なものを見失わないために必要な場所なのだろう。

春国岱に沈む美しい夕日

春国岱へと続く木道。夕日が美しい。

「本当はみんな、自分が思っているよりも自由で、
見つめ直すだけで可能性が広がることは結構あるはずなんです。
だからどんどん自由になって、
自分にとって大事なことをより大事にできるようになっていきたい。
そのためにも身を置く環境を変えたりなど、
変化を起こすのは大切だと思っています」

Creator Profile

Takayuki Suzuki 
スズキタカユキ

●1975年愛知県生まれ。東京造形大学在学中、衣服の芸術的側面を追求した作品を発表するため独学で服づくりを学び、映画、舞台、ダンスなどの衣装を手がけるように。2002年自身のブランド〈suzuki takayuki〉を立ち上げ。国内外での活躍に加えて、近年はさまざまな企業とのコラボレーションや、アーティストの衣装製作、舞台美術の空間演出など、ブランド事業にとらわれない新たな活動も始めている。

Web:suzuki takayuki

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