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建築家・谷尻誠
広島・東京の2拠点から学んだ
“谷尻流”働き方と発想力

ローカルシフト
vol.003

posted:2021.8.23   from:広島県広島市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  さまざまな分野の第一線で活躍するクリエイターの視点から、
ローカルならではの価値や可能性を捉えます。

writer profile

Masae Wako

輪湖雅江

わこ・まさえ●編集者、ライター。建築誌、女性誌の編集者を経てフリーランスに。活動範囲はインテリア、日本美術、手仕事など。雑誌『Casa BRUTUS』連載「古今東西かしゆか商店」の番頭としてローカル行脚中。好きなものは音楽と仕事。

credit

ポートレート撮影:永禮賢

キャリアは広島から始まった

「悔しかったんですよ。
いい建物を設計しても、わざわざ広島まで見に来る人は少ない。
だったらどうしても見に来たくなる、
本当にいい建物をつくろうと思いました。
仕事の本質は、“どこで活動するか”より“いいものをつくる”ことにある。
ずっとそう思っているんです」

こう話すのは谷尻誠さん。肩書きは建築家で起業家。
今、「ジャンルを超えて注目される人物」といえば、
間違いなくその名前が挙がるはずだ。

住宅からホテルまで建築家としての活躍に加え、
“絶景”物件を扱う不動産会社や工務店、家具制作会社に映像制作会社、
情報検索サービスからキャンプ用品ブランドまで、
次々と事業を立ち上げては話題を集めている。

たとえば、東京都渋谷区にある〈社食堂〉もそのひとつ。
ここは、ダイニングカフェであると同時に、
谷尻さんが建築家の吉田愛さんと共同主宰する
建築設計事務所〈SUPPOSE DESIGN OFFICE〉のオフィスでもある

〈社食堂〉でスタッフと談笑する谷尻さん

〈社食堂〉のデスクスペース。写真右手にキッチンを挟んでダイニングカフェがある。

いちばんの特徴は、一般客がランチを食べるスペースと、
設計事務所のデスクスペースとが、
オープンキッチンを挟んで仕切りなくつながっていること。
所長である谷尻さんの専用デスクはなく、
カフェの座席や壁づけのソファベンチなど、
その日パソコンを広げた場所が仕事場になる。

カフェエリアで仕事をする谷尻さん

この日の谷尻さんのデスクは壁づけのソファベンチ。

そんな谷尻さんは広島県出身。
建築家として独立し、最初にオフィスを構えたのも広島だった。
やがて東京での仕事が増えてきたのを機に、
2008年、東京にもオフィスを開設。
広島と東京を週イチで往復する2拠点生活が始まった。

08年といえば、クリエイティブな仕事をするなら東京で、
と考える人もまだ多かった頃。
なぜ東京に拠点を移さず、
2拠点というスタイルを選んだのだろうか?

その答えが冒頭の言葉。
「仕事の本質は“どこで活動するか”より
“いいものをつくること”だからです」。

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“大変”を楽しむ

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2拠点生活は本当に大変?

「最初は必要に迫られて長い移動を繰り返していたのですが、
ほとんどの人が“週イチで広島と東京を移動するなんて、
大変でしょう?”と言う。
言われれば言われるほど、何が大変なんだろうと思い、
そして気づいたんです。
“2拠点は、世の中ではまだ価値化されてないんだな”と。
大変だと思うから、みんな避けたがる。
でも、その“大変”を人より先に自分のものにしてしまえば、
ほかの人には真似できない働き方ができる。
2拠点が価値化されると思ったんです」

座る場所は日替わり

とは言っても、である。
毎週、新幹線で片道4時間の距離を往復するのは、
本当に大変じゃなかったのだろうか?
そう聞くと、「実際は大変でしたよ」とケロリ。

「でも、それって“大”きく“変”われるときなんですよね。
なぜ大変かというと、今までのやり方に依存してない、
つまり慣れてないから大変なわけです。
じゃあ人より先に慣れればいい。先に大きく変わればいい」

もちろん、拠点をひとつに絞ってシンプルにすることは
時間の節約になるし効率もいい。それは確かだと谷尻さんも言う。

ただ、効率化を求めすぎたゆえに、
あらゆる仕事や役割が分類されタグづけされ、
ちょっとつまらなくなってしまっているのもまた事実。
本当は、仕事や役割がある程度混ざっているほうが、
情報もシャッフルされて化学反応を起こし、
新しいものが生まれやすい。

インタビュー中の谷尻さん

「2拠点にして毎週移動することで、
情報も移動して混ざっていくかもしれない。
新しい働き方やアイデアが生まれるきっかけが増えるかもしれない。
働く時間としての効率はよくないかもしれないけど、
“いいものが生まれる”という意味の効率は
よくなっているっていうことじゃないですか。
つまり2拠点の価値化です。
時間的な効率より、いいものが生まれる効率を、
僕は大事にしたいですね」

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キャンプで心身をリセット

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「都会×自然」がもたらすもの

今でも新幹線で4時間の距離を移動しつつ、
いくつものプロジェクトを進めている谷尻さん。では週末は?

「ほとんどキャンプですね。
キャンプに行くと頭が冴えるんです。
いろんなことを考えるうちに頭が整理される。
都会にいるとすべてのことが便利で、
あれこれ考えなくても済むことが多い。
ところが、キャンプに行くとすべてのことが不便。
テントをたてて、火をおこして、あれやってこれやって……と
いちいち考えなくちゃいけない。
でも、だからこそクリエイティブなんです」

便利は考えを止めてしまう。
不便だから考えて工夫して知恵が育まれていく。
それは谷尻さんが設計する建築の、根底を支える指針でもある。

「小さい頃に住んでいた広島の実家には五右衛門風呂があって、
毎日、薪をくべてお湯を沸かすのが、イヤでイヤで仕方なかった。
なのに今、キャンプで薪の火を使うことに至福を感じているんです。
火と水と木、自然の中にあるものだけで
こんなに幸せになれるなんてすごいよなって。
そういう根本的な豊かさみたいなものを体験として知っていることが
クリエイティビティのタネになると思うんですよね
そのタネを東京に持って帰って、
現代のテクノロジーと結びつけることで新しいものが見えてくる感じさえする。
だから僕は、都会も田舎も両方好き。
両方を行き来して、両方のいいところをつなぐことが、
いい発想を生むと信じています」

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自宅や別荘を事業化する

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別荘も多拠点の時代です

2020年、東京の渋谷区に自邸を建てた谷尻さん。
〈HOUSE T〉と名づけたそのモダンな建物は、デザイン性だけでなく
「個人住宅を事業化した」ことでもおおいに注目された。
具体的にいうと、ワンフロア約100平方メートルの
3階建てをつくり、自宅は2階のみ。
1階と3階はテナントとして貸し出せるよう設計したのである。

「1階と3階の賃貸収入でローンをまかなえるし、
いつか僕の仕事がなくなっちゃったら、
家ごと誰かに貸して自分と家族は山にこもって暮らせばいい。
……と言うか、家を建てながら、
実は田舎暮らしのための場所も探していたんです」

そう話す谷尻さんが見つけたのは千葉県のいすみ市。
1000平方メートルほどの土地を買い、別荘を建てることにした。
しかし、そのうち「別荘も事業化しよう」と思いつく。
別荘を建て、自分が使わない期間は一般客も宿泊できるホテルにする、
その設計、企画、運営を行うための会社〈DAICHI〉を立ち上げた。

「さらに思ったんです。
1軒じゃつまらない。別荘も多拠点だ!って。
どの地方にもすてきな場所がある。
いろんな場所に別荘をつくって運営すれば、
日本中に拠点ができることになる。
各地を旅しながら仕事も遊びも満喫できるわけです」

この「別荘も多拠点」計画は
すでに千葉県いすみ市と静岡県御殿場市で進行中。
広々した敷地に建物がひとつ、
自然の中でプライベートキャンプを楽しむイメージだ。
「年間20棟くらいのペースで増やしていきたい」と谷尻さんは言う。

「別荘のテーマは“足りないことを提案しよう”です。
照明はギリギリの灯りのみ。お風呂も薪の火で沸かす。
料理もキャンプ方式でつくる。
便利で当たり前に使っていたものが“ない”ことが、
どれだけ豊かなのかと伝えたいんです。
ここでの体験はキャンプと一緒ですが、
建物はあるので設営と片づけをしなくていい。
時間に余裕をもって過ごせる“キャンプ以上別荘未満”の空間です」

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原点に立ち返る

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多拠点を見据えた、これからの家

「これからは2拠点生活をする人や、
地方暮らしを選ぶ人も増えるでしょう。
そしたら、家の建て方や在り方も、大きく変わると思うんです。
たとえば、東京で“快適な”家を建てようとすると、
断熱をしてエアコンをつけて気密性の高いサッシを入れて……となる。
当然お金もたくさんかかります。
でも、地方の、自然豊かな環境に家を建てるなら、それは必要でしょうか?
無理して室内環境を整えるより、“外っていいよね”と考えてしまえば、
いろんなことが劇的に変わる。
お風呂もダイニングも屋外につくったほうが気持ちいいし
コストのかかるエアコンも気密性重視のサッシも不要になるはずです」

先日、福島のワイナリーから、
醸造所の横にレストランをつくりたいと相談を受けた谷尻さん。
レストランにはキッチンとダイニングとワインセラーと
試飲スペースと事務所が必要で、でも予算には限りがある。
そこで谷尻さんが提案したのは、なんと、テントを使ったオープンな空間。
基本は大きなデッキとテント。
専用設備が必要なキッチンとワインセラー用にのみ独立したハコをつくり、
食事や試飲はテントの下のオープンスペースをフレキシブルに使う。

谷尻さんのスケッチ

クライアントとの打ち合わせ時に、谷尻さんが描いたテント型レストランのスケッチ。(写真提供:谷尻誠)

「だって、立派な建物を建てちゃったらほかの醸造所と変わらない。
“行ってみたい空間”にならないじゃないですか。
冬は薪ストーブを焚いて、
夏は自然の風とテントがつくる日陰を利用すればいい。
予算がなくてもテントだったら立派なものが使えるし、
外でごはんを食べる気持ちよさは、何ものにも代えがたい。
2拠点で暮らすなら、東京はコンパクトなマンションにして、
ローカルの拠点を、
こういうイージーでオープンなつくりにするのもいいんじゃないかな」

あとはサウナですね……と、ここで谷尻さんが身を乗り出した。
実は3年ほど前からサウナの気持ちよさにはまっていて、
企業とコラボしたサウナストーブやサウナテントまでつくっている。
実際にホテルや住宅のプロジェクトで、
サウナを求められることも増えているそうだ。

サウナ後のスタッフ

スタッフにサウナの魅力を知ってもらうため、社員旅行に移動式サウナを持参して体験会を実施。写真は、“ととのい中”のスタッフ。(写真提供:谷尻誠)

「最近、〈サ室〉という、サウナを備えた茶室みたいな空間を考えたんです。
2畳ほどの小さなコンテナユニットとして製品化すれば、
ローカルでも簡単に拠点ができる」

いいアイデアでしょう?
と心から楽しそうにプランを話す谷尻さん。

小屋型の〈サ室〉

わびさびすら感じさせるミニマルな〈サ室〉。(画像提供:DAICHI)

「今、いちばん楽しいかも。働くのが楽しくてしようがない。
コロナ禍になって、
プロジェクトも仕事も全部止まってしまったときは、
このままだと何か月で会社がつぶれるのかなって試算して、
さすがに不安になりました。
でも、ふと気づいたんです。
昨年がちょうど独立して20周年だったんですけど、
20年前の僕は、仕事もお金もないし未来のこともわからないのに、
不安は一切なくて、やりたいことが体じゅうに満ちあふれていた。
今、不安になるのは、これまでの状況に依存しているからだ、
じゃあ、またイチから始めればいい。
僕、もう一度独立しようかなって」

笑顔の谷尻さん

そうしたら不安よりワクワクが大きくなってきた。
今から何ができる? 何でもできる。

「自分が何をしたいかをわかっていれば、
そして、自分をごまかさずにいいものをつくり続ければ、
活動する拠点はどこでもいい。
今あらためて、そう思っています」

Creator Profile

MAKOTO TANIJIRI 
谷尻誠

たにじり・まこと●1974年広島県生まれ。2000年、広島で建築設計事務所〈SUPPOSE DESIGN OFFICE〉設立。08年東京オフィスを設立し、2拠点生活を始める。14年より建築家・吉田愛と共同主宰。代表作に広島・尾道の〈ONOMICHI U2〉、東京の〈hotel koe tokyo〉や自邸〈HOUSE T〉など。来年春、生まれ育った広島県三好市に“お醤油屋さんのみたらし団子店”をオープン予定。

Web:SUPPOSE DESIGN OFFICE

Information

DAICHI 

Web:DAICHI

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