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連載

デザイナー・二俣公一
福岡での暮らしに軸足を置きながら
日本そして世界を見据える

ローカルシフト
vol.006

posted:2021.11.1   from:福岡県福岡市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  さまざまな分野の第一線で活躍するクリエイターの視点から、
ローカルならではの価値や可能性を捉えます。

writer profile

Tami Okano

岡野 民

おかの・たみ●編集者、ライター。北海道生まれ。北海道と東京育ち。建築やインテリア、暮らしまわりのデザインを主に扱う。ライフワークは住宅取材。家と住み手の物語をたどること。酒が飲めない代わりに、世界各国のお茶でひと息つくのが日々の潤い。

photographer profile

Yoshikazu Shiraki

白木 世志一

しらき・よしかず●商業スチルカメラマン。大学で写真を学んだ後、ローカル雑誌の編集を経て、2007年よりフリーランス、現在に至る。熊本県熊本市育ち。https://yoshikazushiraki.com/

生活のリアルに軸足を持っていたい

住宅や商業施設をはじめ、多岐に渡るデザインを
国内外で手がける空間・プロダクトデザイナーの二俣公一さん。
1998年にデザイナーとしてのキャリアを福岡でスタートし、
2005年に東京事務所を開設して以来、
福岡と東京、2拠点での活動を続けている。

住まいは福岡。週の前半に東京へ行き、後半に福岡へ戻って
週末はできるだけ福岡で家族と過ごす、というのが1週間の基本サイクル。
「生活のベースはあくまでも福岡。
仕事の拠点も東京だけにしようと思ったことはない」と言う。

二俣さんが主宰する2つの会社の福岡オフィス。

二俣さんが主宰する〈CASE-REAL(ケース・リアル)〉と〈KOICHI FUTATSUMATA STUDIO〉の福岡オフィス。

「ちょうど30歳になるタイミングで東京事務所を開設した当時は、
自分の建築やデザインの行く先を広げるためにも、
東京を知る必要があると思いましたし、
地方の“ゆったり感”に慣れてしまうことへの不安もありました。
実際に東京事務所を開設し、仕事が増えてきてからは
福岡と東京を頻繁に行き来することで
それぞれの場所のよさも悪さもわかる、というメリットが
大きかったように思います。
東京のようにコマーシャルやビジネス中心で動く世界って、
実はすごく特殊で、
それはみんなの“当たり前”じゃない気がするんです。
食べて、寝て、生活をする、暮らし中心の世界が
たぶん、多くの人の“当たり前”で、
やっぱり、軸足としては地方の空気感なり、
地方の生活をベースに持っておくほうが、
僕自身は判断を間違えない、かなと」

建築も家具や日用品も、それが人の暮らしを支えるものである以上、
暮らしのリアルから完全に離れてしまっては、
何をデザインのよりどころにしていいのか、わからなくなる。

「日本って、47都道府県あって、
東京がメインで地方がサブかというと、そうじゃなくて、
東京以外の46道府県を合わせた面積のほうが
圧倒的に広ければ、人も多い。
日本のマジョリティというか、リアルって、本当は地方にあると思うんです。
もちろん、東京にも暮らしはあるわけで否定する気はまったくないし、
ビジネス上はいろんな尺度があっていいと思うんですけど、
日々の生活とかそのリズムを考えると、
地方の暮らしのリアルをきちんと自分の中の尺度として
持っておくのは大事だと思っているんです」

ミーティングルームに貼られたポスター

ミーティングルームの一角。「DESIGN REAL」のポスターはドイツ人デザイナー、コンスタンチン・グルチッチがキュレーターを務めたデザイン展のときのもの。

「僕は鹿児島で生まれ育ったこともあって
九州の風土が性に合っているってことも自分でよくわかっているし、
バランスという意味でも、
鹿児島を知り、福岡を知り、東京を知り、海外も含めて、
そのどれかひとつだけに振り切って考えるのではなく、
わけ隔てなく、フラットに捉えながら、
無理のないラインを探るというのが
16年間、2拠点を続けて
今、一番大事にしていることかもしれません」

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わけ隔てのない感覚こそが強み

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超ローカルなところで、超ハイブリッドな仕事ができるおもしろさ

国内での仕事の半分は東京で、残り半分の“東京以外”は
福岡のみならず、千葉や神奈川の住宅設計、
兵庫の旅館の改装やランドスケープの整備など、
今や日本全国、驚くほど広範囲の“地方”に広がっている。

国内外のクライアントから送られてきた手紙や敷地の写真

オフィスの2階にある二俣さんのデスクまわりには、国内外のクライアントから送られてきた手紙や敷地の写真などが貼られている。

「いろいろなローカルを知る機会があるというのは、
単純に、とても楽しく、
場所をつくるために、おのずとそこに通うようになることで
学ぶこともたくさんあります。
とくに建築をやっていると、その土地の歴史や背景とも密接に関わり、
敷地を通して、それぞれの地域ともつながるので、
各地に点在する“自分と密接なローカル”への愛着が
世界を広げてくれている感覚はあります」

オフィス2階の模型ルームには建材のサンプルなどが並ぶ。

建材のサンプルなどが並ぶオフィス2階の模型ルーム。

今は、どの場所で仕事をしていても、違和感がなく、
「感覚的には、よりフラットに、
どの場所も同等のものとして捉えられる感覚が
求められるようになってきた」と二俣さんは言う。

「地方のプロジェクトのクライアントさん自身が
ローカルに根ざしながら、
見ているところはグローバルだったりする。
僕らは、海外の仕事も東京も地方も並列にやってきて、
相手の企業や施主も、そこをフラットに見ていて、
そのわけ隔てのない感覚が同調するというか、
超ローカルなところで、超ハイブリッドな仕事ができる、というのが
今、すごく楽しい」

二俣さんが使う12インチのMacBook

二俣さんのデスク。使っているのは12インチのMacBook。「移動が多いので、仕事道具はコンパクトなほうがいい」。

二俣さんは1975年生まれ。
ちょうど社会に出るタイミングでインターネットをはじめとする
情報環境やデジタル端末の進化が急速に進み、
それが、移動の多いワークスタイルを支えたり
世界とのフラットな感覚のベースにもなっているのだけれど、
「僕らよりも若い世代、
物心ついた時にはすでにネットが普及していた
20代、30代そこそこの人たちと一緒に仕事をしていると、
彼らはもう、全然ハイブリッドだし、
ローカルだからって、対東京だけで物を見ているわけじゃない。
そういう意味で、少なくともデザインの世界では
場所はもう、あまり関係なくなったということを
最近より強く感じます」

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地方で仕事をしていて今一番刺激を受けるのは……

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おもしろい人たちが外からではなく、地域から出てきている

二俣さんが、今、一番着目しているのは、
発信力があり、クリエイティビティの高い“おもしろい人”が
それぞれの「地域から」出てきていること。

「これまでは、おもしろい人が移住して、おもしろいことをやる、
みたいなパターンが目立っていたように思いますが、
最近、僕が地方で仕事をしていて刺激を受けるのは、
もともと、その地域にいた人たちがおもしろいことを始め、
地域だけじゃなく、社会的にもインパクトのあるプロジェクトを
自分たちのツールで発信し始めていること。
とくに農業をはじめ若い世代の生産者たちの
コミュニケーション力だったり
クリエイティビティの高さは、すごい」

そのことを強く感じた出来事のひとつが、
佐賀県嬉野市の酪農家・チーズ職人で
〈ナカシマファーム〉の代表を務める中島大貴さんとの出会いだ。
彼らのフラグシップ兼カフェ〈MILKBREW COFFEE〉をデザインした。

〈MILKBREW COFFEE〉の模型

〈ナカシマファーム〉のフラグシップ兼カフェ〈MILKBREW COFFEE〉の模型。

「〈ナカシマファーム〉は日本で初めてブラウンチーズの製品化に
成功したところなのですが、堆肥をつくり土を耕して牧草をつくるところから
すべて自分たちで手がけていて、
3代目の中島大貴さんは、福岡のロースタリー〈MANLY COFFEE〉と組んで、
自分たちの牛乳を使ったミルク出しのコーヒーを開発したんです。
それを国内だけじゃなくて、海外にも広めた。
彼らがすごいのは、カフェで使うカップなどもすべて
自分たちの農場で生分解できるシステムをつくり、実践していること。
それをとてもハッピーなかたちで発信しているのもすばらしいと思います」

ほかにも、福岡県久留米市の〈山口酒造場〉の部分改築など
「ローカル発のおもしろいプロジェクトは、たくさんある」と二俣さん。
自分たちの足元をよく知っているからこそ生まれる発想や
地域の未来を見据えた「地域発のチャレンジ」には、
外からもたらされたものにはない、強さやしなやかさがある。

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福岡という中間領域

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場所に媚びず、何をしたいかを優先させる

「福岡って、ちょっと特殊なんですよね」

インタビューも終盤、
地方を拠点に第一線で活躍するコツは何かとあらためて聞いたとき、
それは、ひとことで言うと、
「場所に媚びないこと」だと語り、
「媚びずにいられるのは、
福岡というまちが、そういう土壌だからかもしれない」と言う。

大濠公園にも近いオフィス

オフィス1階。博多駅からは車で20分ほど。福岡市民の憩いの場、大濠公園にも近い。

「福岡って、東京ではないという意味では地方なんだけど、
人の往来が多く、国内外への交通の便もいいし、
都市と田舎の間の“都合のいい島”にいるような感じなんです。
その中間領域みたいな感じが、居心地のよさにつながっている。
場所にとらわれずにフラットに捉えようよ、って、
福岡にも、いろんなグラデーションがありますが、
とくに市内だと、フラットでいていい状況になっているというか、
いったん自分がニュートラルな状態に戻る場所として、最適です」

もし、働く場所のローカルシフトを考えている人に
アドバイスできることがあるとしたら、
「やはり『媚びない』に尽きるかなぁ……」と二俣さん。

「媚びる、という言葉はキツいかもしれないけれど、
まず自分がやっていきたいと思う方向性とか、目的が軸にあって、
それをやるためは何が必要か、だと思うんです。
もちろん、人に寛容に接するとか、最低限の節度とか礼儀とか、
コミュニティとの関係は大事だし、
場所の個性をないがしろにするなんて話ではなくて、
どこにいても“何をするか”を優先させるという意味で、
場所に媚びないって、大事かな、と」

二俣さんが20代の半ばに買った椅子〈Latonda〉。

20代の半ばに買った椅子〈Latonda〉。スイス生まれの建築家、マリオ・ボッタ1987年のデザイン。好きなものは、昔からあまり変わらない。

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ホームグランドは大事?

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充電できる場所があること

福岡市内にある事務所は、
水道設備会社の倉庫だった2階建ての建物のリノベーションで、
トラックがそのまま入れるようになっていた間口の広さや
1棟貸しの自由な雰囲気が気に入って、
開業して間もない頃から、ずっとここにいる。

事務所のそこかしこに置かれた製品のサンプルの中には、
フィンランドのインテリアブランド
〈アルテック〉から発売された〈キウル ベンチ〉や
ベルギー・アントワープ発のデザインレーベル
〈ヴァレリー・オブジェクツ〉のカトラリーなど、
海外ブランドとの仕事から生まれたものも数多くある。

二俣さんがデザインした〈アルテック〉の〈キウル ベンチ〉

〈アルテック〉の〈キウル ベンチ〉。「キウル」はフィンランド語でバケツや桶を意味し、フィンランドのサウナと日本の銭湯・温泉文化という、両国の公衆浴場の文化に着想を得てデザインされた。

エントランス近くの一角には、
過去にイタリアのメーカーからリリースされた、靴を履くためのスツールも。
もともとは、福岡のファッションブランドのためにデザインされ、
その後、イタリアのメーカーが製品化、
現在は東京の〈E&Y〉から〈GO〉として再リリースされている。

靴を履くための鉄製のスツール

靴を履くための鉄製のスツール。コンパクトながら、デザインのバランス、重量ともに安定感がある。

ぐるっと巡り巡って今に至る〈GO〉からは
福岡のものでも、イタリアのものでも、そして東京のものでもない、
普遍的な「道具」としての佇まいが感じられる。
それでも、〈GO〉のことを話す二俣さんの表情からは、
出発点が福岡だったことに対する、少し特別な思い入れがうかがえる。

自宅は事務所から車で15分ほど。
家に帰ればふたりの娘の父親で、全国に散らばった敷地を訪ね、
時には移動と移動の合間が1日しかなくても、福岡に戻ってくるという。

二俣さんが福岡についての解説を寄稿した『モノクル日本全集』

福岡は、イギリスの情報誌『Monocle(モノクル)』の「世界で最も住みやすい都市」ランキングの常連都市。2020年に発売された『The Monocle Book of Japan(モノクル日本全集)』では、二俣さんが福岡についての解説を寄稿した。

「例えると、掃除ロボットの“ルンバ”みたいな感じです。
移動でけっこう時間を無駄にするんですけど、
遠くても帰らないと充電できない。
やっぱり自分が落ち着くホームグラウンドは福岡なんですよね。
自宅とか家族の存在というのも大きくて、
逆に言えば、遠くても充電できる場所がある。
ありがたいです。
なんだかんだ言って、それがけっこう重要かな」

Creator Profile

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Koichi Futatsumata 
二俣公一

1975年鹿児島県生まれ。空間・プロダクトデザイナー。大学で建築を学び、卒業後すぐに自身の活動を開始。現在は、空間設計を軸とする〈CASE-REAL〉と、プロダクトデザインに特化する〈KOICHI FUTATSUMATA STUDIO〉を主宰。住宅などの建築をはじめ、店舗デザインなど、数多くの商業空間も手がける。また、プロダクトデザインでは、椅子や照明といったインテリアからカトラリーなどの小物まで、多岐にわたる製品を手がける。

Web:CASE-REAL

Web:KOICHIFUTATSUMATA STUDIO

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