連載5回目となる今回は、
岩手と東京の二拠点で「異彩を、放て」というミッションのもと、
新たな文化をつくりだす福祉実験ユニット「ヘラルボニー」代表の
松田崇弥&松田文登さんにお話を伺った。
前編では、へラルボニーの活動内容の原点、
「障害者」や「障害」の現状やその言葉に対して思うことなどを語った。
今回は後編をお届けする。
(※前編「『違うからこそおもしろい』アートで『障害』の概念を変えていく」はこちら)

自然とアート
山井梨沙(以下、山井): もともと個人的にアートが好きで、
今は『さどの島銀河芸術祭』も仕事で関わらせてもらっていますが、
自然とアートってものすごく近い存在だと思うんです。
もちろん、どちらも価格というかたちでその価値が決められてしまう面もありますけど、
本来アートは生活の延長線上にあるもの。
それって自然のフィールドとすごく近いですよね。
スノーピークは自然と共に楽しむことをビジネスとして展開しています。
自然は誰のものでもないし、誰がどう楽しもうがその人次第。
だからこそ純粋な信頼関係ができる。
アートにもそんな部分があって、
作品を前にしたら社会的地位とか関係ないじゃないですか。
以前、スノーピークで社員とその家族でキャンプをする
「スノーピーク・ファミリー・ウェイ」というイベントを企画しました。
検品や製造の補助をする〈スノーピークウェル〉という子会社では、
障害のある方の就労支援をしているんですけど、
彼らにも一緒にキャンプを体験して欲しくて。
スノーピークウェルのスタッフのなかには
初めてキャンプをするという人もいたのですが、とても楽しんでくれました。
普段あまりコミュニケーションをとるきっかけがない人たちばかりだったので、
キャンプを通じてひとりの人間として関わることができて、
私もすごく楽しかったんです。
アートにもその感覚に通じる部分を感じていて、
作品を通してコミュニケーションをとるということは、
お互いにとても自然なことだと思うんです。

(写真提供:さどの島銀河芸術祭)
松田文登(以下、文登): 自然とアートが似ているって、おもしろいですね!
確かに、なんでだろう。
そんなに詳しいわけじゃないんですけど、
『どうぶつの森』というゲームのコンセプトも
「なんにもないけど、なんでもできる」って感じですよね、確か。
梨紗さんの「自然は誰のものでもない」という発言を聞いて、
何もないと思うか、それとも何でもできると思うかっていうその感じは、
確かにアートも同じだと思う。
価値づけというよりは、人それぞれ価値観が違うっていう意味で
共通点があるのかなと思いながら聞いていました。
松田崇弥(以下、崇弥): 私たちのパートナーである
知的障害のあるアーティストのなかには、
自分の作品をアートとすら思っていない人も多いと思います。
特に重度の人たちは。
点を打ち続けることが好きだとか、円を描き続けることが好きという方が多くて、
こちらでおこがましくもアートと定義させていただいているんです。
ただしその作品が売れないと、その好きな行為を辞めさせて、
コーヒーのパック詰めの作業を勧めることにもなりかねない。
私たちは、好きな行為を続けることを肯定していきたいと思っています。
文登: それが喜びにつながるのであればね。
崇弥: これは『let it be』という作品なんですけど、
作品が結構有名になったおかげで
オノヨーコさんが実際会いにいらっしゃることになったんですよ。
そのときに、作者の小林 覚さんは
オノヨーコさんと会ってもまったく喜ばなかったそうなんです。
『Let it be』という曲が好きなのであって、オノヨーコが好きなわけではないから。
もし私だったら、
無理矢理でも「来てくれてありがとうございました」と言ってしまうと思いますね。
当時、周りにいた人たちは滅茶苦茶焦ったらしいです(笑)。

(写真提供:HERALBONY)





















































































