連載
posted:2022.8.26 from:福岡県北九州市 genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
profile
Seiichiro Tamura
田村晟一朗
たむら・せいいちろう●株式会社タムタムデザイン代表取締役。国立大学法人 九州工業大学 非常勤講師。1978年高知県生まれ北九州市在住。建築設計事務所に勤めつつ商店街で個人活動を広げ2012年タムタムデザインを設立。建築設計監理や飲食店経営、転貸事業を軸とした不動産再生プロジェクトも企画・運営しており、まちづくりや社会問題の解決などに向け活動中。商店街再生のキーマンとして、2021年1月にはテレビ東京『ガイアの夜明け』にとり上げられた。アジフライと鍋が好き。http://tamtamdesign.net/
credit
編集:中島彩
みなさん、こんにちは。
タムタムデザインの田村晟一朗(たむら・せいいちろう)と申します。
福岡県北九州市で建築設計事務所を営みつつ、転貸事業や飲食店運営をしています。
九州圏内を中心に全国各地へフットワーク軽く動き、現在はオフィスやホテル事業、
行政施設などBtoB、BtoG(企業と行政の取引)の設計を中心に仕事の依頼をいただいています。
生まれは高知県。工業高校から建築科に入学し、高校卒業後に進学のために北九州市へ。
その後も専門学校で建築を学んで、設計事務所に勤めてからも建築の実務しか学んでこなかったのですが、
なぜリノベーションに軸足を置きつつほかの事業も展開しているのか、
本連載を通じてお届けしていきます。
今回はタムタムデザインを立ち上げる前のお話。
小倉駅北口にて「リノベーションまちづくり」の起点となり、
そしてタムタムデザインの原点ともなった、とあるカフェのプロジェクトをご紹介します。
さかのぼること2009年。当時はまだ設計事務所に勤めていました。
“リノベーション”という言葉をまったく知らないそんな時代です。
設計室の室長というポストに着き、社長から「君も営業してきなさい」と命令が下されました。
それまで現場か設計作図か、という技術畑でしか経験を積んでいなかった僕が、
急に営業して仕事をとってくるという使命を持たされ、
「いや~マジどうしよう……飛び込み営業とかできない……」と弱気になっていました。
それで必死に考えた結果、ひとつの営業方法を思いついたんです。
それは“空き物件にプランを入れて売り込む”という方法。
一般的な設計事務所の実務の流れは以下になります。
1.クライアントが土地や空きテナントの区画情報を持って相談にくる
2.希望の用途に応じて計画する
3.イメージパースを描き、具体的なデザインを共有していく
4.実施設計、見積り、施工者選定を進める
5.着工し監理を行う
6.完工、引渡し
もっと細分化できますが、概ねこういう流れです。
僕が思いついた営業方法はこの1~3を先に自分でやっちゃって、
このプランを使ってもらう人を探す、という方法でした。
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まず物件を探すところからスタート。北九州市の中心市街地には小倉駅があり、
小倉駅に近い物件がいいと思われがちですが、実はそうでもありませんでした。
2008年に小倉駅の北口(新幹線口)の浅野エリアにあった大型商業施設が撤退して
でっかい空きビルとなって以降、このエリアには閑散感が漂っており、
小倉駅の北口エリアは集客のイメージがしにくい状態だったのです。
でもあらためてそのエリアを歩いてみると、ある物件が目に止まりました。
鉄骨2階建ての1棟貸しで、両隣と裏側は建物が近接していなくて使いやすそうな物件。
「ここ、なんかよさそうだな」と思い、不動産事業者に問い合わせて物件資料をもらいました。
1階の車庫の床はコンクリート土間になっており、壁と天井はスケルトン状態。
2階へのアクセスは外玄関から階段となっていました。
車庫のシャッターを開けると、路面に面してとても開放的で
すぐにカフェのファサードデザインが頭に浮かびました。
不動産会社の案内担当者に来てもらい、内覧と内部測量を行ったところ、
担当者から「ご希望の契約はいつ頃からですか?」「飲食をご希望ですか?」など、
当然、僕を借主のつもりでご案内いただいたのですが、
「あ、いえ、誰が借りるかわからないんですが、ちょっとプランしようと思いまして」
と伝えると、表情が「???」となっていたのを今でも覚えています(笑)。
内部測量とあわせて、ここで飲食が展開できるかどうか簡単な調査も行いました。
近隣を歩くことで、商業施設が撤退したあとの閑散感を、肌身を持って確認し、
本当にここで飲食の展開が難しいのかどうかを検討するためでもありました。
実際に歩いてみると、チェーン店の飲食店はなかったものの、
実は個人経営の店舗が多いことがわかりました。
専門学校やオフィスビルがあるエリアなので
「ランチ営業などで地道に商いをしていれば定着するのでは?」と思い、
「この場所でも飲食ができそうだ」とプランを進める決意に変わっていきました。
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個人的に本が好きなこともあって「ブックカフェがほしいな」という思いから
〈ASANO BOOK CAFE〉という地名を入れた
シンプルな名前のカフェプランをつくりました。
2階へ続く外玄関を内階段に変えて、内部から2階に上がれる動線に。
当時はまだめずらしかったイベントスペース併設のカフェを計画して、
1階はカフェ、2階は自由に使えるフリースペースとしました。
こうしたプランを事務所でつくるわけですが、
物件資料や作図中のプラン図を上司が見て「お、新規案件?」と聞かれるものの、
「いやー、勝手につくっているだけでして。これを使ってくれる人を探そうと思っています」
と伝えると、「ほ~」っというリアクション。
理解できたのか、呆れているのか、なんともいえない表情でした(笑)。
プラン図はA4サイズに10枚くらいになりました。
自分で自由につくったので、当然気に入っているプラン。
知人のカフェに足を運び、珈琲を飲みつつ勝手にプレゼンしていきました。
「お~!なんかおもしろいね。ちょっと心当たりがある人がいるから聞いてみるよ」
といわれて紹介された方が、現〈cafe causa〉のオーナーである
遠矢弘毅(とおや・ひろき)さん。
現在では北九州でリノベーション事業の第一人者と呼ばれています。
初めてお会いしたときは遠矢さんも独立前で、
“インキュベートマネージャー”として行政機関に在籍されていました。
遠矢さんからは「若い人や何かを始めたい人たちを応援したくてね。人をつなげたり、
おもしろいことを受け入れて実践してもらうための“インキュベートカフェ”を
やりたいと思って、場所をずっと探していたんだよ」とうかがいました。
そして、「ちょうど2階のフリ-スペースがその機能にぴったりだね」と
僕のプランに共感いただきました。
「ただ、あそこの場所は当然知っていて、1度考えたけど
物件候補のリストからは消していたんだよね」とも。
でも「このプランはおもしろい!」とすごく話に乗ってくれたことは
めちゃくちゃうれしく、当時のやりとりは鮮明に覚えています。
「ちょっと考えさせて」といわれて約1週間後に再会。
「あの場所、やっぱりいいね。イメージが湧いてきた」と、
1度消していた候補を再考していただき、復活させることになりました。
「ただ、家賃が収支に合わないから、家賃交渉をしてくれたら田村さんに設計をお願いする」
といわれ、初めて大家さんに交渉しました。
割と大きな値下げ率でしたが、プランを渡してイメージと遠矢さんの想いを伝えると
見事、了承をもらえました。これをきっかけに12年経った今でも、
本物件の大家さんとは仲よくさせていただいています。
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当初計画していたブックカフェから内容を調整し、
遠矢さんのイメージをしっかり踏襲して計画を練り、工事も順調に進んでいきました。
そうして2010年2月22日にcafe causaがオープン。
1階のカウンターは10席とりました。
これは遠矢さんがお客さんとしっかり向き合える席を多くつくりたかったから。
内部から上がれるようになった2階への階段は、cafe causaの象徴的な存在に。
この場所からたくさんのイベントやコミュニティが生まれていきました。
2011年、北九州にて全国初の〈リノベーションスクール〉が開催されて、このときに
「cafe causaのプロジェクトで自分がやったことは、リノベーションだったんだ」と知りました。
このcafe causaでは僕自身が計り知れない経験と、
その後の活動についてもたくさんのつながりを享受できました。
この場所は、のちに生まれた〈メルカート三番街プロジェクト〉への足がかりにもなりました。
小倉北区魚町にある〈サンロード魚町商店街〉のビルをリノベーションし、
魚町を活性化するプロジェクトです。
気づけばオープンして12年が経ち、僕もすごく成長させてもらいました。
イメージパースを自分の想いでつくり、共感してくれる人を探して、
1度は消えた可能性を再考させたこの方法。
このときからパースを“未来予想図”と呼ぶようになりました。
北九州は“リノベーションまちづくりの聖地”なんて呼ばれることもありますが、
このcafe causaはその起点となった場所です。
ぜひみなさん、1度は訪れて遠矢さんとお話ししてみてください。
次回は、事務所設立後、小倉にてクリエーターが集まるシェアオフィスを
自社で運営していくお話です。
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