連載
posted:2025.5.26 from:長崎県雲仙市 genre:旅行
PR 星野リゾート
〈 この連載・企画は… 〉
「王道なのに、あたらしい。」をコンセプトとした星野リゾートの温泉旅館〈界〉。
それぞれの旅館で楽しめる温泉やその地の贅沢食材をその地の調理法を使用した会席料理、
個性あふれるご当地部屋の魅力はもちろん、〈界〉施設周辺地域の風土や歴史を紹介していきます。
writer profile
Toshiya Muraoka
村岡俊也
むらおか・としや/ノンフィクション・ライター。1978年生まれ。鎌倉市出身、同市在住。著書に『穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って』(新潮社)、『新橋パラダイス 名物ビル残日録』(文藝春秋)、『熊を彫る人』(小学館 写真家との共著)など。
photographer
Masanori Kaneshita
兼下昌典
かねした・まさのり/写真家。1987年広島生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業。
広告制作会社、イイノスタジオを経て2014年より木寺紀雄氏に師事し、2017年独立。
広告・雑誌などにおいて様々な分野で活躍中。
https://www.kanegonphoto.com/
その日の雲仙地獄は、硫黄ガスの噴煙だけでなく、濃霧で煙っていた。
幻想的な白い空気をかき分けるようにして坂を登っていくと、切れ目から十字架が見える。順路から少し外れた窪みにある十字架の脇には、殉教者の名前が記された碑があった。寺社でするように手を合わせるべきなのか、それとも両手の指を組んで頭を垂れるべきなのか、わからずにただジッと目を瞑った。
日本で初めて国立公園に指定され、訪れる人のために舗装された土地はかつて、キリシタンたちを迫害し、過酷な拷問や処刑を行った場所だった。「地獄」という呼び名は、単にその風景から来るものではなく、当時の記憶を留めたものらしい。
「キリシタン時代にわれわれが興味を持つのは、日本人が初めて西洋とぶつかった時代だからである。西洋と四つに組んだ時代だからである。日本人はその時、キリスト教というもっとも我々には縁遠い、距離のある、しかも激烈な宗教の風をまともに顔に受けたわけであり、そのためにあれだけ多くの殉教者と背教者が出、おびただしい血がそこに流れたとも言えるのだ」(『日本紀行 遠藤周作文庫』より)
『沈黙』など、キリシタンたちの深い苦悩を描いた遠藤周作は、こう記している。
「キリシタン時代」とは、南蛮貿易と共にキリスト教が長崎で広く受け入れられ、しかし豊臣秀吉のバテレン追放令と共に弾圧された、戦国時代から江戸時代にかけて指すのだろう。島原半島において、その時代の跡を辿ろうと思ったら、十字架の掲げられた土地を探せばいい。まるで西洋との軋轢の証のように、十字架が立っている。
原城跡に立つ十字架と、八分咲きの桜、祈りを捧げる天草四郎像。
雲仙から一気に山道を降りて、その軋轢がもっとも凄まじかった原城跡へと向かう。
崩された石垣には草が生え、周囲の段々畑と相まって、牧歌的な空気さえ流れている。だが、原城跡はかつて、およそ3万7千人もの農民やキリシタンが蜂起し、12万4千もの幕府軍と戦った場所である。まだ16歳だった天草四郎を総大将とした「島原の乱」の跡地。整地された地形だけが城跡として残されていて、その遺構の中を歩いていく。ここに3万人を越える農民が立て篭もり、兵糧攻めにあったのかと、想像すらできない苦悩を思いながら登っていくと、やはり十字架があった。その脇には風で倒されてしまっていたが、椰子科の植物が植えられていて、南国風情を感じさせる。その横では桜がチラホラと咲き始めていて、遠藤周作が言うように、文化の「ぶつかった」先にある風景なのかもしれない。
桜と十字架というシンボリックなものが並ぶ姿に、長崎という土地の奥深さを知る。
原城跡は、一方は雲仙へと至る山裾が広がっていて、残り三方は海に囲まれている。
南島原出身の彫刻家・北村西望が手がけた天草四郎像は、両手の指を組んで立っていた。侍のような姿で腰には刀を差し、頭には鉢巻を巻いている。胸には十字架が架けられていた。本当にこんな姿だったの? と思ってしまう。目を瞑っているのに、遠くを見つめているように見えるのは、それが祈りを捧げる姿だからだろうか。どこか仏像のようでもあって、やはり文化と宗教の不思議さを思った。
原城を見下ろす場所にある。北村西望作「平和祈念像」。
もう一度、その山裾を登り直して北村西望公園へ訪れた。
生家がそのまま記念館となり、庭は公園となって、作品が点在している。その中に、長崎平和記念公園に置かれている「平和祈念像」とサイズ違いの彫刻があった。右手は天を指差し、左手を大地と水平に伸ばしている。やはり目は瞑っている。原爆の悲劇を起こさぬよう、鎮魂の意味を込めて作られた作品だが、「地獄」と「原城跡」の中間地点にあるその像は、少し違う意味を帯びているように思えた。
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KAI Unzen
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