連載
posted:2022.8.31 from:北海道函館市 genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
profile
Masayuki Togashi
富樫雅行
とがし・まさゆき●1980年愛媛県新居浜市生まれ。2011年古民家リノベを記録したブログ『拝啓 常盤坂の家を買いました。』を開設。〈港の庵〉〈日和坂の家〉〈大三坂ビルヂング〉で函館市都市景観賞。仲間と〈箱バル不動産〉を立ち上げ「函館移住計画」を開催し、まちやど〈SMALL TOWN HOSTEL HAKODATE〉を開業。〈カルチャーセンター臥牛館〉を引き継ぎ、文化複合施設として再生。まちの古民家を再生する町工場〈RE:MACHI&CO〉を開設。さらに向かいの古建築も引き継ぎ、複合施設〈街角NEWCULTURE〉として再生中。地域のリノベを請け負う建築家。http://togashimasayuki.info
credit
編集:中島彩
函館市で設計事務所を営みながら、建築施工や不動産賃貸、
ポップアップスペースの運営など、幅広い手法で地域に関わる
〈富樫雅行建築設計事務所〉の富樫雅行さんによる連載です。
今回は前編と後編にわたって、地域のパン屋、デザイナー、不動産屋とともに
〈箱バル不動産〉を立ち上げ、小さな複合施設づくりに挑んでいくお話をお届けします。
「函館移住計画」や古民家の再生、〈大三坂ビルヂング〉との出合いをご紹介した前編に続き、
後編では〈大三坂ビルヂング〉の工事からオープンまでの様子をお送りします。
2016年秋、〈大三坂ビルヂング〉土蔵の外壁が歩道に崩れ落ちたため、
外壁をネットで覆って応急処置を施し、何とかその年の冬を持ち堪えました。
冬の間、これまで取り組んできた「函館移住計画」と、
これから先、取り組んでいくべきことを話し合いました。
この小さなまちで、旅人と地域住民が交流し、暮らすようにして
まち全体を楽しんでもらえるような、それぞれの「暮らしを見つける宿」になりたい。
その拠点となるゲストハウスとして、〈SMALL TOWN HOSTEL〉と名づけました。
宿の立ち上げには新メンバーも加わり、僕たちの暮らしを表現するムービーを作成。
ゲストハウスに併設する店舗のテナント募集と同時に公開しました。
また、市販のガイドブックに載っていない、僕らの日常のオススメのお店を紹介する
マップの制作も手がけていきました。
これはあとからわかったことですが、ペリー来航以降、
西部地区の主要な坂のひとつ〈基坂〉には奉行所が置かれ、
大三坂の坂下には地方から公用で訪れる人々の宿があり、
その屋号が〈大三〉でした。大三坂はその宿名をもとに名づけられたとのこと。
それから160年余り、いま僕らがここで宿を始める巡り合わせが、
これから始まる多くの出会いを予感させました。
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冬の間、裏のゲストハウス部分(旧住居棟)の工事から先に始めつつ、
同時に『地域と生きる ゲストハウス開業 カレッジ』を函館に誘致し、勉強会を開催しました。
講師に〈アースキューブジャパン〉代表の中村功芳さんを迎えて、
ゲストハウスの経営から、地域に埋もれた魅力を見つめ直して
地域まるごと宿にする極意など、僕らがゲストハウスを始める上で
大事な部分を教わりました。こうして、自分たちが目指すべき「暮らしを見つける宿」
というコンセプトが磨かれていきました。
そして、雪解けが進んだ春先「子どもたちの記憶に残るような小さなマルシェを開こう」と
奈緒子さんとママ友が一緒に企画した〈small town market〉を開催。
子ども向けのお店をメインに、1日限定の写真館や
ピタゴラスイッチのワークショップなどを開き、1日に600人ほど来場いただきました。
正面の伝統的建造物に指定された部分は工事を始める前で、
そのオリジナルの姿を多くの方たちに見てもらい、激励と期待の声が寄せられました。
2017年5月、いよいよ正面の大三坂ビルヂングの工事が始まりました。
事務所だった建物を、飲食店などの複合用途の施設にリノベーションするため、
自動火災報知器や排煙窓、避難経路の確保などが新たに必要になります。
そのほかにも屋根の葺替え、崩れている外壁の補修、断熱、床のつくり替えと厨房の新設、
内部漆喰補修など、タスクは盛りだくさん。
いざ、足場を組んで外壁のモルタルを剥いでいくと、
柱や梁が腐って骨組みそのものが跡形もなくなっている部分があり、
まさに崩壊寸前のような状態でした。
土蔵棟では瓦屋根の葺き替えが必要で、
さらに瓦屋根を支える軒蛇腹を乾式で復元する(※)など、
難易度の高い工事がたくさんありました。
※土壁でかたちを起こすのではなく、木下地でかたちを起こしてモルタル塗りの上に漆喰塗装で耐久性を考慮して行うこと。
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工事がだいぶ進んできた2017年7月、クラウドファンディングの募集を開始しました。
これは僕たちが〈SMALL TOWN HOSTEL〉のプロジェクトを進める上で
本当に大きな力になりました。
資金面ももちろん大事ですが、それ以上に、宿を始める前から
多くの方に僕たちの取り組みやビジョンを知ってもらい、
自分ごとのように立ち上げに関わってもらいたい、
そして旅人と私たちの暮らしを結ぶガイド役として、
ひとりでも多くの共感を得たいという想いから始めました。
すると目標金額300万円をはるかに超える、計411万円の支援(支援者234人)が
全国から寄せられました。
クラウドファンディングの支援金をもとに1番導入したかったのが、薪ストーブでした。
レンガを積んで組み上げるメーソンリーと呼ばれる蓄熱式で、
地元の薪ストーブ屋さん〈ファイヤピット〉によるものです。
函館は日本の薪ストーブ発祥の地ともいわれ、五稜郭の設計者でもある
武田斐三郎(たけだ・ あやさぶろう)が“箱館”の港に停泊していた
英国船のストーブを手本に設計し、開拓使のために使われたといいます。
そうした函館らしい“火のある暮らし”をゲストハウスのリビングの中心に置き、
長い冬をみんなで火を囲んで語り合えるようにと導入しました。
工事において大きかったのは、DIYサポーターの存在です。
冬からゲストハウス部分(旧住居棟)の工事を始めていましたが、
工事費を抑えるために解体工事はできるだけDIYで進めていました。
そこで地域の方にも自分ごとのように建物に関わってもらえたらと、
DIYサポーターを募集することに。
床の補強や間仕切りの変更、電気水道工事などは大工さんや職人の力を借りつつ、
地域との交流を大切にしながら工事を進めていきました。
いろんな方がDIYサポーターに参加していただき、近所の方から学生さん、
東京からの旅行者が参加してくれることもありました。
ゲストハウスの床には、学生さんたちと一緒に地元の道南杉を張りました。
壁や天井は北海道のホタテの貝殻を再利用した漆喰を塗り、
建具は地域で解体された建物からもらったものを再利用。
キッチンには土蔵の床板を再利用してカウンターをつくったり、
洗面台は以前この建物で使われていた船箪笥や古いミシン台を
DIYで加工して取りつけました。
ベッドは道南杉を使ってみんなでつくり、最後に床の仕上げとして、
子どもたちと一緒に地元の〈秀明ナチュラルファーム北海道〉の無農薬米ぬかを使って、
床を磨き上げていきました。
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こうして〈SMALL TOWN HOSTEL〉が完成を迎えました。
正面の旧事務所棟の1階にはハンバーガー屋さんの〈She told me〉(現在は閉店)、
2階にはシェアオフィスを営みながら設計事務所を運営する〈大三坂オフィス〉と、
箱バル不動産の事務所、土蔵棟1階には〈710キャンドル〉(現在は移転)が店を構えました。
2017年12月1日、函館のクリスマスを彩るイベント
〈はこだてクリスマスファンタジー〉が始まる初日に大三坂ビルヂングは
グランドオープンを迎え、夜にはオープニングの花火が打ち上がりました。
オープンから新型コロナウイルスが流行するまでの約2年の間、多くの旅人に
函館西部地区の暮らしを見つけてもらうお手伝いをしてきました。
ゲストハウスでもイベントを開いたり、味噌づくりのワークショップをしたり、
思い描いていた以上に多くの交流が生まれていきました。
〈箱バル不動産〉による「函館移住計画」は3年間継続し、
4年目以降は〈SMALL TOWN HOSTEL〉が移住体験をする拠点となったため、
その活動を引き継いでいきました。
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こうして軌道に乗り始めた矢先、新型コロナウイルスの流行が始まりました。
ゲストハウスは1棟貸しに切り替え、ビル全体でさまざまな試行錯誤を重ねていきます。
箱バル不動産も次第に変化していきました。
これまでは代表の蒲生、芋坂淳とすべてを3人で話し合い、意思決定していましたが、
時代の変化のスピードに合わせてスリム化するため、
芋坂と僕は箱バル不動産の共同代表から抜けることに。
箱バル不動産の運営は蒲生家で経営する〈蒲生商事〉に完全に引き継ぐことになりました。
芋坂と僕は結成当時に「函館におもしろい不動産屋さんがいたらいいのに」と
望んでいましたが、結果的におもしろい不動産屋さんが生まれ、
僕らはそれぞれが独立した立場で互いをサポートするようになっていきました。
コロナ禍を経て、多くの人が暮らしを見つめ直すことで、
この西部地区での暮らしの魅力が再発見されていきました。
西部地区には移住者が増えて、お店を始める人が増えてきています。
現在でも、物件案内だけでなく、移住者の窓口となって
函館西部地区を紹介しているのが箱バル不動産代表の蒲生寛之。
函館移住計画やSMALL TOWN HOSTELなどでやってきた取り組みが
直接的ではないにしても、地域に新たな価値を見い出し、
次の時代の新たな文化を少しずつ育み始めていると感じます。
次回は、箱バル不動産のDIYサポーターにも参加していた山田健太郎さんが始めた、
まちへ暮らしを開いていく新たな取り組みをお伝えします。
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SMALL TOWN HOSTEL Hakodate
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