連載
posted:2022.9.26 from:北海道函館市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
profile
Masayuki Togashi
富樫雅行
とがし・まさゆき●1980年愛媛県新居浜市生まれ。2011年古民家リノベを記録したブログ『拝啓 常盤坂の家を買いました。』を開設。〈港の庵〉〈日和坂の家〉〈大三坂ビルヂング〉で函館市都市景観賞。仲間と〈箱バル不動産〉を立ち上げ「函館移住計画」を開催し、まちやど〈SMALL TOWN HOSTEL HAKODATE〉を開業。〈カルチャーセンター臥牛館〉を引き継ぎ、文化複合施設として再生。まちの古民家を再生する町工場〈RE:MACHI&CO〉を開設。さらに向かいの古建築も引き継ぎ、複合施設〈街角NEWCULTURE〉として再生中。地域のリノベを請け負う建築家。http://togashimasayuki.info
credit
編集:中島彩
函館市で設計事務所を営みながら、建築施工や不動産賃貸、
ポップアップスペースの運営など、幅広い手法で地域に関わる
〈富樫雅行建築設計事務所〉の富樫雅行さんによる連載です。
今回は、朽ちかけた土蔵をハーフセルフビルドでリノベーションし、
自宅兼ギャラリーとして地域に開いていくお話をお届けします。
今回の主人公は、世界を旅して山登りしながら、
その土地の人々の写真を撮りためている山田健太郎さん。普段は公務員でもあります。
そんな山田さんに出会ったのは、前回ご紹介した〈SMALL TOWN HOSTEL〉の
DIYサポーターにご夫婦で参加いただいたのがキッカケでした。
その頃から、山田さん夫妻は函館市西部地区に引っ越したいと
賃貸物件で古民家などを検討されていましたが、
〈箱バル不動産〉の蒲生寛之(がもう ひろゆき)くんの案内でこの土蔵と出合い、
ダイナミックな梁(はり)にひと目惚れしてしまった山田さんは、
蔵に暮らすという冒険に挑むことになります。
この土蔵は〈常盤坂の家〉(vol.1)の坂を降りて1ブロック先の
弁天町というエリアにあります。
この物件と出合ったのは、〈港の庵〉(vol.2)をともに運営するメンバーである
和田一明さんのワインショップをリノベーションした際に、
「斜め向かいにある蔵も空き家になっているから、誰か活用してくれれば」
と話していて、所有者の方を箱バル不動産にご紹介いただいたのがキッカケでした。
当初は古民家や賃貸なども探していた山田さんですが、
この土蔵に出合ってこれまでの選択肢はすべて取り払われました。
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この土蔵は明治40年に建てられました。
間口は2間半(約4.5メートル)で奥行き8間(約14.5メートル)、
20坪の2階建てで、床面積は合計40坪の大きな土蔵です。
当初は蔵の左側に母屋があり、海産商であったといわれています。
終戦後には古物商となり、平成5年まではパチンコ屋が営まれていましたが、
そのあとに母屋が解体され、土蔵だけが残されました。
土蔵の状態はよいとはいえず、外壁は崩れて朽ちかけていました。
そもそも蔵は住居用にはつくられていないので、
水道もガスもない真っ暗な状態であり、いろんな課題が立ちはだかります。
ところが、山田さんを見ているとその先のワクワク感のほうが
優っているように感じられました。
なによりも「2階の大きな梁を眺めながら暮らしたい」というのが
山田さん夫妻の1番の願いであり、暮らしに薪ストーブを添えるのが理想でした。
必要なのは、最小限の明かりをとって風の流れをつくること。
玄関や収納以外はすべて2階に集約し、
仕切りを最小限にしたワンルームに近い空間を目指します。
ご夫婦ふたりでは広すぎるくらいの物件に出合ったことで、
この場所で山田さんならではの空間を生み出すことになります。
家の機能を2階に上げることで生まれた1階の大きなスペースに、
山田さんがこれまでの旅で撮り溜めてきた写真を飾る
私設のギャラリーをつくることになりました。
アジアを中心に世界を旅し、子どもたちの笑顔を撮影してきた山田さんは、
これまで何度か写真展を開いてきました。
無邪気な子どもたちの笑顔が無数に散りばめられた空間にいると、
みんなの笑い声やその場の空気を感じられるようで、幸せな気分でいっぱいになります。
高齢化が進んで子どもの笑い声が少なくなってきたこの地域にて、
山田さんの写真が見られるだけで賑わいが増していくのではないかと思いました。
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土蔵の売買契約が完了し、2018年の1月末から工事を開始。
その頃は1年で1番寒さが厳しい時期でした。
最初の2か月だけは大工さんに屋根や外壁などをお願いして、残りはDIYで工事を進めます。
9月頭に開催される函館の大イベント〈バル街〉までの完成を目指そうと、
約7か月間かけて極寒のなかで工事に取り組みました。
この案件から、私の設計事務所でDIY主体の施工をサポートする新たな挑戦を始めました。
専門的な工事はプロの方に依頼しながら、施主がDIYで工事する範囲を
できるだけ広げられるようにサポートするための仕組みです。
まずは工務店や施工会社を通さずに、大工さんや左官屋さん、建材屋さんや材木屋さん、
電気屋さんといった家づくりの各業種さんと施主を結びつけるサポートをします。
そして専門的な工事管理や材料の調達、段取り調整などは当社が管理します。
そうすることで、細かいDIYの調整やコスト管理などを明確にし、
工事の進捗に合わせてDIYでの作業がやりやすくなります。
外部工事では、天窓を取りつけ、屋根を葺き替えます。
母屋とつながっていたであろう大きな開口部分は
住居部分の玄関として再利用するために新たなポーチを増設。
外壁の窓を開口し、DIYによる外壁塗り替えも行います。
内部工事は、階段の位置を変更するために新たに2階の床をくり抜きました。
1階にも新たに高床を組んで、住居部分の玄関から2階への動線を整理。
道路側にある蔵の扉はギャラリーの入り口としました。
土蔵の断熱に関しては、外からスッポリと断熱材で覆ってしまうのが1番いいのですが、
予算面も考えるとその選択肢は難しく、既存のサイディングもまだ使える状態でした。
そこで内側からの断熱方法を考えます。
コスト的にも内側からスッポリと柱や漆喰を覆って断熱できたらいいのですが、
そうすると立派な柱や梁などが覆われて見えなくなってしまいます。
そこで今回は薄くても気密性が高く、弱った漆喰への付着性もあるウレタンの断熱材を
約50ミリ吹いて、柱や梁が隠れないようにしました。
工事が始まると山田さんも大忙しです。
解体やそのゴミ捨て、柱や土台へ柿渋塗りをしたり、ビス打ちを手伝ったり。
大工さんによる工事が終わると、外壁を洗ってサイディングの研磨をしてペンキ塗りをし、
雨の日は内部の天井や壁の漆喰塗りをするルーティーンでした。
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なんとかかんとか工事が完了。
1階の私設ギャラリーはいろんな活動の場になるように、
一期一会が生まれるようにと〈spAce ICHIGoICHIe〉と名づけられました。
オープン時には、山田さんが釧路勤務時代にお世話になったという
阿寒町の森のお菓子屋さん〈パティスリージャンレイ〉さんに出店いただき、
2階の住居部分もオープンハウスを開催。
無事にバル街でお披露目することができました。
1日で約300人の来場があり、お菓子も完売となりました。
その後、2階のキッチンには山田さんが薪ストーブ屋さんでひと目惚れした
キッチンストーブを導入しました。
工事の直前にこのストーブに出合ってしまい、対面キッチンから業務用のI型キッチンへと
プランを変更して導入することになりました。
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バル街でのオープンを終えてから、大規模停電があったり、
翌月第一子の女の子を授かったりと、いろんなできごとがあった山田家。
12月には当社でリノベーションを担当した登録有形文化財
〈函館YWCA〉で不要になったグランドピアノを引き継ぐことになりました。
こうして新たに音楽の要素が加わり、可能性が広がった〈ICHIGoICHIe〉。
その後、あらゆるライブを開催していくことになり、
ジャズピアニストの海野雅威(うんの ただたか)さんの新作
『Get My Mojo Back』発売記念ツアーの初日もこの場所で行われました。
海野さんとはCDのジャケットに山田さんの写真が使われてから、
ご縁がずっと続いているそうです。
港町の土蔵をリノベーションして暮らし、そこから生まれた余白スペースを
自分なりのカタチで地域に開いていく取り組み。
蔵の扉の向こうに広がるギャラリーはまだまだ続く山田さんの旅をもの語り、
そしてそれは地域へ開いた小さなパブリックスペースのような存在になっています。
この場所を見ていると、玄関先の小さなスペースからでも、
ひとりひとりができる取り組みが地域に増えていけば、
まだまだまちもおもしろくなるんじゃないかと期待がもてます。
〈spAce ICHIGoICHIe〉から多くの一期一会が生まれ、
地域コミュニティにも波及していくのが今後も楽しみです。
次回は「ホワイトハウス」と呼ばれた平家を半2世帯にセルフリノベーションし、
コンテナのフォトスタジオも併設させたお話です。
information
spAce ICHIGoICHIe
スペース イチゴイチエ
住所:北海道函館市弁天町16-2
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